『みんなでバレンタインデーの準備しませんか?』
そんな1文から、とあるイベントの紹介チラシは始まっていた。……というか、この1文だけでイベントの趣旨は説明できてしまっている。
即ち、来る2月14日――バレンタインデーに向けて、(日本では定番の)チョコレートを作ろうというイベントである。
小学生にも配慮したのだろう、ところどころの漢字にはルビが振られ、可愛らしいイラストで飾られたチラシだ。作るチョコレートも、かなり簡単なもののようで。
まず基本は、湯煎で融かしたチョコレートを型に入れて、上に銀のアラザンや刻んだナッツを飾る、カップチョコ。
クッキーやアーモンド、フルーツをチョコにくぐらせて固めるのも定番だろう。少し大きめのクッキーを使えば、チョコペンでメッセージを書く、なんてことも出来そうだ。
もう少し凝りたいという人は、砕いたビスケットに生クリームを混ぜて柔らかくしたものを丸め、融かしたチョコを塗せば簡単なトリュフチョコが出来る。
湯煎用のお湯を沸かした後は火を使わないし、融かす前に板チョコを刻む以外は刃物の出番もほとんどない。小さな子にも、或いは料理が苦手な大きな子にも、頑張れそうな内容だ。
イベント会場には、大量のチョコレートとアラザンや刻んだナッツ、チョコペン各色とカップチョコ用のアルミカップ、簡単にラッピング出来るペーパーバッグが用意されている。
それ以外のクッキーなどの材料、もう少し凝ったラッピング用材は自分で持ち込む必要があるようだ。必須は、エプロンと髪をまとめる三角巾や髪ゴム。
『好きな人に、お友達に、家族に――あなたの想いをチョコといっしょに贈りませんか?』
――掲示板に貼られたチラシを食い入るように見つめていた七宝・ヴィオラ(小学生エクスブレイン・dn0048)は、最後の1文を読み終えて小さく息を吐いた。
チラシの脇に綴じ紐でぶら下げられた名刺大のカードを1枚、手の中に収める。カードに記されているのは、イベントの日時と場所、持ち物だ。
カメのぬいぐるみを抱え直し、数歩歩きかけたヴィオラがふと振り向いた。先ほどまで彼女が立っていた場所に、新たな人影がある。
自身の手元にあるのと同じカードを手に取るその姿を見つめ、菫の瞳が揺らいだ。
●それぞれのチョコレート
その日、放課後の調理室は、少女たちの笑い声に満ちていた。
ホワイトボードに簡単なレシピが書かれ、詳しい内容のプリントはラミネートされて各作業台に配られている。
いくつかの作業台に別れ、集まった少女たちが作業を始まると、蕩けたチョコレートの甘い匂いが漂い始める。
伊織・順花(女子高生ダンピール・d14310)が身につけたエプロンのポケットで、このイベントのチラシがかさりと音を立てた。
元々クラスメイトに何か作ろうと思っていたところに、たまたま見かけたこのチラシ。小さな子たちも参加するなら、と参加を決めた順花である。元気でちょっぴり乱暴な口調の彼女だが、実は面倒見が良いのだ。
こう見えて料理経験は豊富なつもり。きっと助けになれるはず……。
加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)は材料置き場から取ってきたチョコレートを手にしつつも、少し不安そうに眉を下げた。
お菓子を作る時、いつもはお母さんと一緒だけれど、今日はひとり。周囲は知らない人ばかりで、内気な彩雪には不安が多い。けれど、
「えっと……ヴィオラさん、も。一緒に、作りません、か……?」
得意じゃなくても、一緒に頑張ればきっと美味しいものが出来ると思うから――、と。
ツインテールにした青い髪をふわり揺らし誘う彩雪に、同じようにどこか不安そうだった同い年の少女がこくりと頷く。
初めて会うお友達や先輩と肩を並べ、2人はチョコレートを包む銀紙を仲良く剥がし始めた。
蓋を開けてみれば、高校2年生の順花は参加者の中で最年長。ただ1人の高校生だった。
自然、周囲の参加者たちを見守る視線になり、自分の作業は2の次でついつい手伝いをしてしまう。
「包丁も、正しく持てば怖くないぜ」
そう言って、おっかなびっくり包丁を握るヴィオラに、持ち方と刻み方を実際にやって見せてやる。
理解したと首肯した彼女の、力の入った小さな肩を、安心させるようにぽんと叩いて。
「大丈夫、きっとおいしく作れるぜ」
順花は、にこりと笑いかけた。
同じ調理台でエプロンをつけ、癖の強い黒髪を束ねているのは、神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)だ。チョコを作るのは初めてらしく、
「カレーを作るのは得意なんだけどな」
手を洗いつつぼやいていたものの、チョコレートを刻む手つきは危なげがない。
きちんとレシピを見ながら作業を進める天花の表情は、真剣そのもの。甘いピンク色の瞳を、手元に集中させて。
……だって、これはただのお菓子作りではない。大切な人に想いを込めて贈るためのモノを、作っているのだから、力が入るのは当然だろう。
湯煎で滑らかに融かしたチョコを、ハートや動物の型に薄く流し入れていく。傍らに置いたホワイトのチョコペンは、固まった後で模様を描くためのものだ。
その隣。久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)の前には、湯煎したビターチョコレートとミルクチョコレート、2つのボウルがある。
ブラックでは苦すぎ、スイートでは甘すぎる――『理想の味』を目指して、2種類のチョコレートを少しずつ合わせているのだ。
何度か味見をしながら作業を続け、そろそろ良さそうだ、と一旦手を止める。けれど、それこそ何度も味見を繰り返した舌が味に慣れてきてしまったせいでは、との懸念もあって。ここはひとつ、他の人にも味見をしてもらうのが良いだろう。
「ヴィオラさん、味見してみてもらえるかい?」
呼ばれて近づいてきた少女はこくりと頷くと、スプーンでとろけたチョコレートをひと掬い。
「にが……あ、でも」
「ちょっと甘み感じた?」
再び頷いたヴィオラに、詩歌は満足げに唇の端を吊り上げた。目指したのは、ビターな中に甘さを忍ばせた、人間で言えばツンデレのような味。
だいぶ治った舌でもう一度自ら味見をして、アルミカップを並べる、詩歌。実は料理が得意じゃないという彼女は、1番失敗のなさそうなカップチョコをチョイスしていた。
カップに入れ終えたチョコレートの上には、ナッツをトッピング。半ば睨むように半眼にした赤い瞳に真剣な色を浮かべて、慎重に、慎重に。
まるで姉妹のように割烹着を着て並んでいるのは、ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)と出雲・陽菜(イノセントチャーム・d04804)。
「チョコって、なんだか和風なの……♪」
と、陽菜が楽しげに掻き混ぜている鍋の中では、小豆がことこと煮えている。チョコの色はイカスミ、と考えた彼女は一からチョコレートを作るつもりで、その実なんだかかけ離れたアレを作ろうとしていた。……アレとは何か、お察しください。
チョコレートとは一線を画した優しい香りが漂う中、金色狐のつけしっぽを揺らしミルミが微笑む。
「ふふっ、小豆の良い匂いが漂ってきました……」
でも。ふと周囲を見回してみると、他の調理台では小豆の匂いはしない気も……。気のせいだろうか――?
ミルミの脳裏に一瞬だけ過ぎった疑問は、様子を見るように近づいてきたヴィオラに気を取られたことで、(残念ながら)霧散してしまった。
「ヴィオラちゃんもよければ一緒に作りましょう♪」
招かれて寄ってきたヴィオラが鍋の中身を見て、ちょっとだけ表情を動かした。
漉した小豆に砂糖を加え、練っていく。赤紫とも茶色ともとれる色をしたそれを少しだけ取って、陽菜が味見をする。
「あぅ……おねーちゃん達も、食べる?」
持ち上げた木べらに付いたのを箸で取って、差し出す。少女のほっぺについた茶色いものを拭ってやりつつ、ミルミがひと口。
「わあ、餡子ありがとうございます! ほらヴィオラちゃんも、あーん♪」
「う。あの、えと……い、いただきましゅ……」
食べさせてもらう行為に照れたのか、噛んだのか恥かしかったのか。頬を真っ赤にしたヴィオラが逡巡の末に、ぱくりと食いつく。
……うん、見た目だけじゃなく味も餡子である。しかも結構美味しい。っていうか、ミルミさんたら餡子って言っちゃってますけどー!?
「これに、水飴とイカ墨入れてチョコ色にするの……♪」
至ってマイペースに作業を進める陽菜の瞳は生き生きと輝いていて、いつもの人形めいた雰囲気は影を潜めたようだ。
とろりと加えた水飴が艶を生み出し、真っ黒なイカスミが餡の色を暗く染めていく。
ミルミがぱちんと手を打ち合わせて、ヴィオラを振り返った。
「おお、チョコの色ってイカ墨だったんですね! ヴィオラちゃん知ってました?」
「え……っと、そう……なんですか?」
初耳だと大きく首を傾げたヴィオラだが、陽菜が自信満々に頷いて見せたため、そうなのかと納得した。このテーブル、ツッコミ不在である。
チョコとしてだけではなく、餡子としても些か心配になってきた作業は、いよいよ佳境の型詰めに進む――。
「アルルくん、一緒に作りましょう」
「おー、一緒に作ろうぜ♪」
慣れた手つきで板チョコを細かく刻んでいる少女と、袋に入れたクッキーを麺棒で叩いて砕いている少年。……に見える2人だが、実は性別逆転コンビである。
可愛らしいドレスにひらりとエプロンを纏った浅海井・実(男の娘魔女みのり・d10645)が男の子、さっぱりした男装にエプロンをきりりと締めたアルレット・ルルー(アンステイブルジェンダー・d12026)のほうが女の子なのだ。ただし、見た目と話し方は完全に逆なものの、中身は一応性別通りである。
「アルルくん、チョコの中にクッキーを入れてくださいね」
湯煎したチョコと材料を混ぜる実の手際に感心していたアルレットがハッとして、砕いたクッキーをボウルに投入する。細かく砕いたそれは、食感のアクセントになるだろう。
「しかし……どこで習ったんだ、これ?」
普段は少年を演じているアルレットだが、やっぱり女の子。さっくり混ぜ合わせたチョコレートを冷蔵庫に入れた実の背中に、憧れの視線を向けるのだった。
●作業の合間に
固めるために溶かしたマシュマロを加えるなど、苦心の末に出来上がったチョコ(?)を入れた冷蔵庫の前で、陽菜がミルミに抱きつく。
「チョコさんおいしくなぁれ……♪」
「一生懸命作ったものですから、きっと美味しくなりますよ♪」
おまじないをかける年下の少女の頭を愛しげに撫でながら、ミルミがにっこり微笑んだ。
チョコを冷やし固めるために冷蔵庫に入れてしまうと、一気に手持ち無沙汰になる。洗い物だっていくつかのボウルや包丁、泡だて器などだけだから、あっという間だ。
主催者が気を回したのか温かいお茶が配られ、自然と集まった者たちの間で話が咲く。
「みんなは誰にチョコを渡すの?」
そう尋ねた天花に、逆に質問が集中するのは世の常。片思い中の相手だと白状した彼女は、その姿を脳裏に描く。
年上の彼は、彼女からしたら見上げるほどに背が高くて、がっしりとした体躯をしている。思い出すのは、大きな手。
「顔はちょっと怖いけど。でも優しい人なんだ」
にっこりと笑ったその顔は、恋する少女そのもので。
「あたしのチョコ、喜んでくれるかな?」
それまでの生き生きとした表情に加えて少しだけ不安を覗かせた天花に、参加していた少女たちが励ましを送った。
作業の間、日向ぼっこよろしく窓際の棚の上に置いていたぬいぐるみを抱き上げたヴィオラに、彩雪が話しかける。
「あの、ヴィオラちゃんの亀さん、可愛いです、ね」
話によると、なんと彩雪も家で(こちらは本物の)カメを飼っているらしい。
「この子、お名前あるんです、か? 」
「おなまえ……カメさん……?」
名前は特につけていなかったらしい。少し考え込んでいたヴィオラだったが、
「……シルト。この子はシルト、です。買ってもらった時、母様がそう言ってましたから」
……彼女の母の母国語で、カメはシルトクレーテという。
そろそろ頃合か――。
冷蔵庫の中身の確認が始まる。
「ふふ……僕はクラブの人達に配るつもりだよ」
そう言って、詩歌は出来たばかりのカップチョコをひとつ摘んだ。チョコを入れる時に勢い余ってカップから零れてしまったものは見栄えが悪いので、味見がてら食べてしまおうというわけだ。
「あ、オレもクラスメイトにやるつもり」
と、順花も勧められた誰かの失敗作を、パクリ。
そうして、いつの間にか1箇所に集まっていた面々は再びそれぞれの作業台に戻り、最後の仕上げに取り掛かった。
●最後の仕上げ
冷蔵庫から取り出したカップチョコの出来映えに、彩雪は小さく微笑みを浮かべる。
作ったのは、カップチョコ。彩雪は、まるごとのアーモンドをひと粒ちょこんと載せて、シンプルに仕上げた。
持ち込んだかえるさん柄のラッピングペーパーで包んだチョコを、緑のリボンで飾って。
「……おにいちゃん、よろこんでくれるかな」
彩雪の小さな呟きに、同じテーブルで作業をしていた順花が太鼓判を押す。可愛い妹がこんなに頑張って作ったチョコレートを、喜ばない兄がいようか。
実とアルレットも最後の仕上げ。10グラムずつに分けたチョコレートを丸め、ココアパウダーを塗していく。
あらかじめ持ち込んでおいた箱に綺麗に並べられたトリュフは、どこか余所行き顔。見事な出来映えである。
けれど、アルレットの心には少しの寂しさが過ぎる。
(「もう、出来ちまった」)
チョコレートが完成したということは、楽しくてどこか甘かったこの時間も、もう終わりだということ。『楽しい時間はあっという間』という言葉を噛み締めている、と。
実が傍らの少女をやや見上げて、悪戯げに微笑んだ。
「アルルくん、受け取ってくださいね?」
「……って、おい。オレ宛?」
思わずツッコんだアルレットだが、次いでくすりと笑った。
嫌な感じはしないが何やら含むものがあるその笑みに、実がきょとんと首を傾げる。見れば見るほど可愛らしい少女の仕草だ。
「参ったな……」
そう口の中で呟いたアルレットは、対して少年らしい仕草で頭を掻く。
実は、実に贈るためのホワイトチョコトリュフを昨夜のうちに作っておいたのだった。既に、ラッピングまで済ませてある。
こんな偶然があるなんて。伝えたら、彼は笑うだろうか。
(「笑うか、2人で」)
バレンタインデーは、明日。
はてさて、彼女たちからチョコを受け取った彼(或いは彼女)らは、どんな反応を示すだろうか――。
作者:卯月瀬蓮 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月13日
難度:簡単
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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