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大概のことなら笑い飛ばせる自分にも、どうしても許せないものが一つある。
抵抗できない奴をターゲットに暴力を振るう――いわゆる弱い者イジメだ。
喧嘩するなとは言わない。悪さをするなとも言わない。
そんなことは、自分だって散々やってきた。
でも、抵抗する力や意思を持たないような、そんな連中を殴ったことは一度もない。
ガキの頃から、誰かの泣き声が聞こえるたびに走っていた。
相手がどんな奴だろうと、『それ』をやった時点で自分の敵だ。
退く選択なんて、あるわけなかった。
それなのに――最近は、どうしたことだろう。
誰でもいいから、力をぶつけてやりたくて仕方が無い。
胸の中にわだかまる、黒々とした衝動。
何も考えず、そいつを全部ぶちまけてやれたらどんなに気分がいいか。
そんな時、自分は子分からその話を聞いた。
タチの悪い高校生どもが、小中学生を狙ってカツアゲを繰り返しているらしい。
おかげで、連中のたむろする公園には誰も近づけないのだそうだ。
――誰かが泣く声が、頭の中で聞こえる。
ちょうどいい。こいつらにぶつけてやろう。
「……殺っちまおうぜ」
そう子分に告げた自分の口元が、やけに歪んだ笑みを浮かべた気がした。
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「皆、揃ってるかな。――説明、始めてもいい?」
教室に集った灼滅者たちを見て、伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)はそう言って話を切り出した。
「札幌で、一般人が闇堕ちして羅刹になりかけてるんだ」
通常であれば、闇堕ちした者はたちまちダークネスに乗っ取られて元の人格を破壊されてしまうが、今回はダークネスとしての力を得ながらも、人としての意識を辛うじて残しているという。
仮に灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救うことが可能かもしれない。
「名前は『陽崎・千哉(ひさき・ちや)』さん。中学生のお姉さんだけど、随分と喧嘩っ早い性格らしくて……子分が何人かいるみたい」
いわゆる『ガキ大将』と考えるとわかりやすいだろうか。
「弱い者いじめが何よりも嫌いで、誰かが泣くたびにどこからか駆けつけては、いじめた子に謝るまでやっつけてたんだって」
そんな激しさが、彼女を闇へと誘ってしまったのか――額から黒曜石の角を生やした千哉は、己の内から湧き上がる羅刹の暴力衝動に必死に耐えているのだという。
でも、それも遠からず限界を迎えてしまうようだ。
「悪い高校生が、小中学生を脅してお小遣いを巻き上げたりしてて。それを聞いた千哉さんは、子分を連れてやっつけに行っちゃうんだ」
結果、高校生たちは千哉に殺害され、手を血で染めた彼女は完全に羅刹と成り果ててしまう。
それは、何としても避けなくてはならない事態だった。
「高校生たちは公園にたむろしてるんだけど、皆は千哉さんたちより少し前に辿り着ける。まずは高校生を逃がして、狙われないようにしてあげて」
その後は、目標を見失った千哉たちと戦うことになる。
「子分の三人は力を与えられた一般人だけど、そんなに強くないから問題ないと思う。でも、千哉さんだけはそうもいかないんだよね」
闇堕ちしかけた人間を救うにはKOする以外に道がないが、神薙使いと解体ナイフのサイキックを自在に操る彼女は、この人数をもってしても強敵だ。
「でも、千哉さんはまだ人の心を残しているから。説得することで、その力を弱めることができるかも」
言葉だけでは彼女を救えないとしても、戦いを有利に進めることは充分に可能だろう。
「完全に闇に呑まれたら、もう灼滅するしかなくなっちゃう。その前に、千哉さんを止めてあげて」
救出が叶えば、学園に誘うこともできる。この時、少女の運命は灼滅者たちに託された。
参加者 | |
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宮村・彩澄(グラップルフェアリー・d01549) |
王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644) |
モーリス・ペラダン(怪力乱紳の騙り手・d03894) |
曹・華琳(サウンドポエマー・d03934) |
メアリ・ミナモト(天庭麗舞・d06603) |
埜口・シン(夕燼・d07230) |
虚中・真名(緑蒼・d08325) |
サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067) |
●
二月の札幌は、身を切るような寒さだった。
粉雪がちらつく中、王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)は持参したカイロを仲間達に手渡す。
「ありがとう~♪」
礼を言うメアリ・ミナモト(天庭麗舞・d06603)に、三ヅ星は笑顔で頷いて。雲に覆われた夜空を、決意とともに見上げる。
(「皆で絶対、頑張るんだ」)
闇に堕ちかけている一人の少女を、自分達の手で救うために。
公園に辿り着くと、いかにも柄の悪そうな五人の男子高校生がたむろしていた。
小中学生たちから巻き上げたと思われる金を見せびらかしながら、自慢げに『武勇伝』を語り合っている。
歩み寄る灼滅者たちに気付いた一人が、わざとらしく声を上げた。
「あぁん? なんだお前ら」
恫喝に怯むことなく、宮村・彩澄(グラップルフェアリー・d01549)が前に進み出る。
「この公園、しばらく借りるわね♪」
笑顔でそう告げた直後、彼女の全身から凄まじい殺気が放たれた。
おっとりとした容貌に見合わぬ迫力に、不良少年たちが息を呑む。すかさず埜口・シン(夕燼・d07230)が精神波を重ね、彼らをパニックに陥らせた。
取り乱す五人を見て、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)が無表情に口を開く。
「不吉なこと、あなた達に起こります」
顔の半分を仮面で隠したモーリス・ペラダン(怪力乱紳の騙り手・d03894)が、凄みのある笑みを張り付かせて彼らを睨んだ。
「ゲットアウト、モタモタしてると命は無いデスヨ?」
白い手袋に覆われた指が、芝居がかった仕草で入口を示す。少年たちの緊張が極限に達した瞬間、三ヅ星の声が公園中に響いた。
「わっ!!」
それが最後の一押しとなり、五人は口々に悲鳴を上げて駆け出していく。
ほうほうの体で逃げ去る彼らの背中を見送り、三ヅ星がにんまりと笑った。
「……まったくもう、二度と戻って来なくていいよ」
溜め息をつくシンに、モーリスが軽く肩を竦めてみせる。酷い脅しをかけてしまったが、性質の悪い不良少年には良い薬だろう。それに、この場に居続けては彼らの命が危なかったのも事実だ。
「間違っては無いデスヨネ、ケハハ」
特徴的な笑い声を響かせた後、油断なく周囲に視線を巡らせる。本番は、ここからだ。
スレイヤーカードの封印を解いた曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)が、今回の救出対象――陽崎・千哉に思いを馳せる。
何よりも『弱い者いじめ』を嫌い、内に膨れ上がる羅刹の破壊衝動に耐えている少女。
ややあって公園に姿を現した彼女は、抱けば折れてしまいそうなほどに細い体をしていた。
今でこそガキ大将に収まってはいても、決して常勝無敗とは言い難かっただろう。それでも果敢に戦い続けてきたのは、力なき者を守ろうとする一心ゆえか。
「……正義感は尊い、と思うよ。一応はね」
そう呟いた虚中・真名(緑蒼・d08325)は、でも、と思う。
もしかしたら。千哉が闇に堕ちた原因の一端は、彼女が守ってきた『弱い者』にもあるのかもしれない――。
●
三人の子分を従え、千哉はゆっくりと歩を進める。
彼女はぐるりと公園内を眺めやると、あからさまに落胆の表情を浮かべた。行き場のない衝動を不良高校生に叩きつけてやるつもりで来たのに、それらしい姿はどこにもない。代わりに、見覚えのない連中がいるだけだ。
苦しげに眉を寄せ、頭から突き出た黒曜石の角に触れる。
壊したい。殺したい。奥底から湧き上がるどす黒い欲求に、今すぐ身を任せてしまいたい。
そうすることが出来れば、どんなに楽になるだろう――!
「力、ぶつけたいですか」
千哉の葛藤を察したサフィが、そっと声をかける。色めき立つ子分たちを手で制しつつ、千哉が彼女を睨んだ。
「……誰だ、お前ら」
警戒心を強める千哉に、華琳が軽く両手を上げてみせる。
「君は、抵抗する力や意思を持たない人に暴力をふるうことは嫌いだったんじゃないか?」
逆に問いを返され、少女の藍色の瞳が僅かに見開かれた。
「その衝動は、心の中の闇が引き起こしているんだ」
いつでも仲間を庇える位置に立ちながら、モーリスが言葉を重ねる。
「アナタの中の鬼は、暴力と弱いモノイジメが何よりも好きデスヨ」
「自分の中の闇……鬼……?」
「ああ。私は、それを討ちに来たんだ」
頷く華琳に続き、サフィが再び口を開いた。
「あなたの闇――促されるままでなく、制する術を私達、教えられます」
「私たちがその衝動の受け皿になるわ。それに、戦うことで助けることもできるしね」
咎人の大鎌を肩に担ぎ、彩澄が言う。頭を押さえ、荒い息をつく千哉に向かって、サフィが両腕を広げた。
「来て下さい。あなたの力、私達、受け入れてみせます」
「う……ああああああああああああッ!!」
天を衝く咆哮が、千哉の喉から発せられる。彼女の後ろで子分たちが身構えるのを見て、モーリスがマントを翻した。
「サテ、バロリ、心を鬼にして鬼退治とイキマショウ」
抜き身の日本刀を手に、執事服に身を固めたビハインド『バロリ』に呼びかける。
黒き仮面のバトラーは滑るような動きで主の前に立つと、凄まじい勢いで振り下ろされた異形の拳を己の身で受け止めた。
恐るべき威力を秘めた鬼神の一撃を目の当たりにしても、モーリスは怯まない。
「ヤハハ、私はヨワイモノなので存分に手加減願いマスヨ?」
上段の構えから鋭い斬撃を浴びせつつ、千哉の抑えに回る。中衛に立ったシンが、そこに光輪の盾を届けた。
(「千哉のこと、頼むね」)
想いを仲間に託しつつ、三人の子分に向き直る。まずは、彼らを黙らせなくては。
自らに『カミ』の力を降ろした三ヅ星が、渦巻く風の刃を放つ。万が一にも敗れるようなことがあれば、千哉は『弱い者いじめ』を平気で行う羅刹に成り果てるだろう。
――そんなことは、決してさせない。
ライドキャリバーの『フローレン』に飛び乗ったメアリが、笑顔のまま前方を指した。
「さぁ、翔けようか。あの風より速く~!」
発進したフローレンが機銃を連射し、子分たちの足元を薙ぎ払う。動きが鈍った隙を逃さず、メアリが氷の魔法を解き放った。
ガトリングガンを構えたサフィが、爆炎の弾丸で追い撃ちを加える。
「……エル、お願いです」
主の命を受け、霊犬の『エル』が浄化の眼でバロリのダメージを回復した。
血気に逸って前衛に殴りかかる子分たちを視界に映し、真名が夜霧を展開する。華琳の放った審判者の光で傷を塞いだ彩澄が、咎人の鎌を大きく振りかぶった。
断罪の刃が一気に加速し、力任せの斬撃を子分に浴びせる。それを見た千哉が、禍々しい呪いを孕んだ毒の竜巻を呼び起こした。
「弱さは罪デス。弱いのが悪い、ソウは思いマセンカ?」
挑発とも取れる言葉を吐くモーリスの足元から、影の触手が幾本も伸びる。
絡み付く影に動きを縛られた千哉が、鬼の形相でモーリスを睨んだ。
これでいい。他人の機微が分からぬ自分は、怒りにより彼女を引き付け、仲間の助けとなろう。
「弱い者が虐められていたら助ける、いい事だと思うよ」
優しき風を招いて前衛たちを癒す真名が、千哉に声をかける。
荒れ狂う視線を真っ直ぐに受け止め、彼はゆるりと言った。
「……でもね、『弱い』人が守られるだけで、強い人に依存するっていうのは嫌だな、と思う」
弱い者に乞われるまま拳を振るい続けていれば、いずれは力のあり方を見失う。
そう――今の千哉のように。
真名の言葉を聞いた千哉の面に、一瞬、驚きの色がよぎった。
それを横目で見た三ヅ星が、自らの右腕を巨大化させる。
「力を受け止めるために、こちらも全力で行くよ!」
振り下ろされた拳が、子分の一人を地に沈めた。
●
敵陣に突撃するフローレンの背に跨ったメアリが、洋弓に似た形の天星弓に矢をつがえる。
彗星の威力を秘めた一射が子分を捉えた直後、シンが赤き逆十字で追い撃ちを加えた。
大きくよろめいた子分が、風の刃で反撃に出る。彩澄は咄嗟に身を捻ってかわそうとするも、避け損ねてまともに食らってしまった。
「……まだ思うように動けないのは、仕方がないわね」
敵に向き直り、負けじと『カミ』の力を降ろす。お返しとばかり放たれた風刃が、子分を切り伏せた。
メディックの回復に支えられ、灼滅者は最後に残った子分に攻撃を集中する。
三人目が倒れるまで、そう長い時間はかからなかった。
「おおおおおおおおッ!!」
雪に覆われた公園に、千哉の雄叫びが響く。
無数の刃を孕んだ暴風が、華琳の全身を瞬く間に切り裂いた。
「――その衝動、私は受け止める。容赦なく力をふるって、その欲求を満たしてほしい」
白い肌を血に染めながらも、華琳の声に揺らぎはない。
この戦いが終われば、千哉は元に戻ると信じているから。
「圧倒的な力で誰かを傷つけるのは、弱い者虐めと何が違うの?」
バベルの鎖を瞳に集中させたシンが、千哉に呼びかける。
本当の君は、そんな卑怯な人間じゃない筈――。
ひたむきな彼女の言葉を聞いて、千哉の表情が大きく歪んだ。
魂に眠る闇の力を注いで華琳を癒しながら、真名が千哉に問う。
「今は『守りたい』気持ちと『やっつけたい』気持ち、どっちが強い?」
いじめた者を倒して、それで終わりにしては駄目だ。
仮にそんなことをすれば、弱い者はもっと泣き続ける。
理不尽な暴力から守ってくれた人が、自分の所為で『泣かせる立場』になる――それが、辛くて。
「それでもいいの? いいっていうなら、灼滅する」
頭を強く抑え、千哉は抗うように首を横に振る。
この瞬間も、彼女は内なる闇と戦い続けているのだ。
ガトリングガンから無数の弾丸を吐き出しつつ、サフィが控えめに諭す。
「あなた自身が嫌っていること、皆も、千哉さんも、傷つきます。……誰も、幸せなれません」
拳を握って戦い、誰かを守るのが彼女の望みであるなら。
それは――殺すためではなく、生かすために。終わらせるためではなく、変えるために。
「心の中の黒い化物に負けないで、千哉!」
「千哉さんは優しい、ですから……勝てない方が、おかしいです」
シンとサフィの声を聞き、千哉が低く呻く。
ジグザグに肉を抉る斬撃がモーリスの腕を傷つけるも、その威力は序盤と比べて明らかに落ちていた。
「過去のアナタが泣いていマスヨ?」
影の色に染まった黒き刃が、千哉の心に鋭い一撃を浴びせる。すかさずバロリが仮面の奥から素顔を晒し、彼女のトラウマを引きずり出した。
頭の中で、子供の泣く声が聞こえる。
泣いているのは、自分? それとも、他の誰か――?
一瞬立ち止まった千哉に、三ヅ星が迫る。
「君はその力で何がしたかったんだ?」
ただ強くなることを願っていた自分が、誰かを守りたいと思ったように。
「無抵抗な子を、乱暴な力から……助けるために、使うんじゃないのか!?」
藍色の瞳から目を逸らさず、ありったけの思いを込めて。三ヅ星は、鬼の一撃を千哉に叩きつける。
鍛え抜いた拳で追い打つ彩澄が、声を張り上げた。
「ここまで抑えてきたんだから、最後までしっかり!」
同じ力を持つ者として、千哉の気持ちはわかる。だから。
「――必ず、助けるからね!」
浄霊の視線でモーリスを癒すエルの傍らで、サフィがガトリングガンのトリガーに指をかけた。
「自分を、信じて下さい。……私も、信じます」
撃ち出される大量の弾丸。その身に巣食う闇を浄化するが如く、炎が千哉を包む。
すかさず、華琳が神秘的な歌声を響かせた。
君が昔の心を取り戻せたなら その時は喜んで友になろう。
正義の心を取り戻せたなら その時は喜んで共に戦おう。
歌詞とメロディにのせて、自らの想いを千哉に伝える。
死と隣り合わせの青春だけど 君と一緒なら恐くない。
そんな友達がほしいんだ 君ならきっとなれるだろう――。
「ぐ……っ」
精神を強く揺さぶられた千哉が、一瞬足を止める。
その隙を見逃すことなく、シンが地を蹴った。
胸によぎるのは、闇に堕ちたあの日の記憶。
月の光。紅い血に濡れた、自らの手。こころが喰われ、黒く、黒く染め上げられていく感覚。
忘れたように振舞っていても、本当は今でもはっきり憶えている。
(「話を聞いた時から、助けたいって思ってたんだ――」)
羅刹に堕ちかけた千哉。振り上げた拳で、全てを砕かんとする少女。
彼女の手が血に濡れ、取り返しのつかない罪を背負ってしまう前に。自分のように、大切な物を喪ってしまう前に。どうか、どうか。
橙の瞳が、藍の瞳を真っ直ぐに映す。
緋色のオーラを宿す光輪が鮮烈な輝きを放った時――勝敗は決した。
●
倒れた千哉の頭に、黒曜石の角はもう見当たらなかった。
ほっと胸を撫で下ろした後、彩澄はすっきりした表情で軽く伸びをする。千哉の救出も無事叶ったし、思い切り体を動かして自身のストレス解消も兼ねられた。言うことなしである。
やがて千哉が目を覚ますと、三ヅ星が屈託の無い笑顔を向けた。
「良かった、気がついたね」
頭を振って上体を起こした後、はっとして周囲を見渡す千哉。
彼女の意図を正確に察した三ヅ星は、安心させるように大きく頷いた。
「大丈夫、君の仲間ならそこにいるよ」
子分たちの無事を確かめ、千哉が安堵の息をつく。
歩み寄ったモーリスが、彼女に声をかけた。
「マダ、声は聞こえマスカ?」
「いや……」
首を横に振り、千哉は改めて灼滅者たちの顔を見る。
「助けてくれて、ありがとな」
雪を払って立ち上がり、彼女は初めて笑みを浮かべた。
ややあって、華琳が口を開く。
「――良かったら、武蔵坂学園に来ないか」
簡単に説明を交えて誘いをかける彼女に続き、サフィが言葉を重ねた。
「千哉さんのお力、お借りしたいです。頼もしいお姉さん、ですから」
弱き者のために戦おうとする彼女の意志は、ダークネスの理不尽から誰かを守る力になるだろう。
「あなたの心、他の誰かに響きます。……変えられます」
今にも溢れそうな想いを、胸の奥に仕舞って。
そっと手を差し出しながら、シンが千哉に笑いかけた。
「私たちと一緒に行こう?」
泣いている誰かを、その力で助けるために――。
千哉の手が、差し出されたシンの手をしっかりと握る。
「陽崎・千哉だ。よろしく頼むぜ」
名乗った後、彼女は晴々と笑った。メアリが、にこやかに頷く。
そのやり取りを聞いていた真名が、厚い雪に覆われた地面にふと視線を向けた。
千哉が学園に赴けば、すぐ駆けつけられる者はここに居なくなる。
いずれ春が来て、雪解けを迎えるように。誰かに守られていた人たちの心にも、ほんの少しの勇気が芽吹くと良い。
守ってくれた人に、温かな想いを届けられるように。
「――守られるだけの人って、嫌いだよ」
祈りをのせた呟きは、夜気を孕んだ風の中に吸い込まれていった。
作者:宮橋輝 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 3
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