如月の花の海 ~爆誕☆いぶすきの菜の花子ちゃんZ~

    作者:矢野梓

     陽は菜の花に出でて菜の花に沈む――早すぎる春が訪れるその地は今まさにそんな風景の中にあった。鹿児島県指宿市。これが2月のごく当たり前の風景であるのだから日本という国は奥深い。豊富な地熱、黒潮に抱かれた穏やかな海、何もかもが暖かな南の国は、立春を超え本格的な春に向けてひた走る――。

    「誰だ、きれーに咲いとるもんば……」
     老人は小さなスコップを手にすると一部なぎ倒されている菜の花畑に足を踏み入れた。観光客とてこの辺りまでは滅多に来ないというのに、この辺りの菜の花はまるで大暴れでもしたかのように荒らされている。
    「ちくっと前んことだろが……」
     新しい花をつけているのを見れば再生不可能という程の痛手ではなかったのかもしれないが、それにしても――ぶつぶつ言いながらではあるけれど、さすがに地元民の手入れは上手い。手馴れた手つきで土を掘り、しおれたものを取り除き……。
    「はよう、元気になっとけ」
     一通りの手入れを終えて一息ついて、老人は満足げに腰をのばした。と、その時彼の目に留まったものは――。
    『はぁい、元気になってまいりました♪ ワタクシはいぶすきの菜の花子ちゃんチェット』
     淡い金色の髪にこれでもかと差された菜の花はまるでヘルメット。鬼の子かと老人が腰を抜かしかけたのも無理はない。
    『ゲルマンシャーク様のおぼしめしにより、こうして爆誕☆』
     華麗にくるりと回ってポーズを決めれば、なぜか周辺の菜の花のざわざわと伸びゆき……
    『さあ、ご一緒に!』
     菜の花で世界征服を――手を差し伸べてくる若い女性に、老人は恐れ慄いた。いくらチカゴロのワカモノが奇妙な風体をしているとはいってもあれは別格だろう。
    「ま、まま、ま。それは好きにせ!!」
     踵を返して脱兎のごとく――ご老人、実に懸命な選択であった。
    『ああら……せっかくの機会を。でもまあ、今は見逃してあげましょう☆』
     菜の花子ちゃんはゆっくりと伸びをした。奇しくも先のご老人と同じように。動ける喜び、再びの世界征服。そして新たな生の証に得た名前――いぶすきの菜の花子ちゃんZ。歴史の動くときが来ようとしているのである。

    「いや、ゲルマンシャーク様ってぇのも続くとウザ……いや食傷気味ですね」
     いつものように灼滅者達が教室に顔をそろえると、水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は口を切った。愛用のシステム手帳も傍らに健在で、必要なメモ類は総て順番通り教卓に並べてあるようだ。
    「せっかくこの間倒して下さったばかりだというのに、きょ……恐縮ですが……」
     危うく舌を噛みそうになったのか、慎也は慌てて口を閉じると九州地方の地図をボードに貼り出した。しるしがつけてあるのは菜の花怪人の記憶も新しい、鹿児島県指宿市である。
    「菜の花のシーズンももうすぐ終わるってぇ土地柄なのは、ご存じでしょうが……」
     それを惜しんだのかなんなのか、ゲルマンシャーク様とやらはここの菜の花怪人も復活させてしまったらしい。

    「今回の菜の花子ちゃんも以前と同じ菜の花畑に出現します」
     ところは日本最南端の駅から開聞岳の方向へさらに進んだ所。周囲に人家はなく、線路はあれども枕崎線は関東の過密列車とは比較にならないくらいのんびりとした運行だ。まず戦闘に支障が出るとは思えない。慎也の指定する時刻、この場所で待ち伏せていればターゲットは向こうからやってくる。むしろそれ以外の時間ではバベルの鎖に引っ掛かってしまうだけなのだが。
    「まあ、前回同様菜の花畑を踏み荒らしてしまうことになるのはちょっと……なんですが」
     だが、そこに登場するのは敵方の事情であるし、そもそも花畑の菜の花自体が菜の花子ちゃんによって強化されているのだから、多少のことは目をつぶる以外にはない。
    「世界征服再びとか張り切られても迷惑極まりなし……」
     というわけで――と慎也少年が取りあげたのは手帳のリーフ。万年筆で丁寧に書かれた文字が並んでいた。

     ・菜の花ハリケーンα → ご当地ビームらしきもの。
     ・花黄金ストライクΩ → ご当地キックらしきもの。
     ・金色背負いZ → ご当地ダイナミックらしきもの。
     ・黄金魔法A(エース) →なんか金色っぽいオーラを飛ばすらしい(NEW!)。

    「いやもう、痛々しいったらねぇ……いや、痛々しいこと甚だしいと思われます」
     慎也は何とも微妙な面持ちで灼滅者達を見回すが、彼らとてどうしてやることもできない。何しろ痛々しいのは自分達ではなくて敵方なのだから。
    「で、菜の花子ちゃんのそれは諦めるとして……」
     灼滅者の1人が話を切り替えてくれたのを幸い、慎也はもう1枚の紙を取り出す。こちらには強化菜の花の特徴が書かれているらしい。
    「無数の菜の花が絡み付いてきて足止めってーのは前回と同じ……です」
     だが今回は菜の花もパワーアップしているらしい。なんと当の菜の花怪人のそれよりもタチの悪いビームを使ってくるらしい。
    「菜の花ハリケーンと似てるっちゃ似てんだけど……よ、じゃなくってぇ」
     似ているんですけどね――律儀に言い直した後、バツが悪そうに窓の外を見た。だがすぐにまた表情を整えて説明に戻る。今度の菜の花は邪魔だけでなく攻撃も可能。しかもそのビームは個人を狙うものではなく一列まとめて狙えるとのこと。
    「幸い被害者は出てないし、他に強化人間が加勢するってこともありませんが……」
     前回よりも楽だという保証は全くない。
    「それでも行っていただけるでしょうね?」
     確認するような響きに、無論否を唱える灼滅者はいない。

    「ああ、ちなみに今回の菜の花子ちゃんの正式名称は……」
     うんざりしたように慎也は一瞬天井を仰いだ。その名は『いぶすきの菜の花子ちゃんZ』。ドイツ語風にツェットと発音するのがミソのようだが、菜の花子ちゃん自身うまく発音できているとはお世辞にも言えない。
    「けど、まあそれも一応正式名称なんで……」
     せめて灼滅する前にこちらはきちんと発音してやってくれ――エクスブレインからの頼みとしては奇妙な部類に入るかもしれないけれど、ともあれ慎也は真剣な表情で頼み込むと、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)
    ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)
    織部・京(紡ぐ者・d02233)
    壱乃森・ニタカ(桃苺・d02842)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    ムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)
    雪柳・嘉夜(月守の巫女・d12977)

    ■リプレイ

    ●菜の花子ちゃんZの花の海
     陽はきらきらと如月の、花の海にも照り返り――鹿児島県指宿の春は金色の花と共にある。もっともこの黄金の花、年末から咲いているというから春告げの花にはちょっとばかり微妙なところもあるけれど。
    「黄色い絨毯みたいでキレイだね」
     アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)が呟くと、ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)も文句なく頷いた。日々戦いとスリルを求めるガムもこの風景には感嘆を禁じ得ない。もう少し時を待てばこの国の童謡に歌われるように夕陽は花の海に沈んでゆくのだろう。
    「のどかで暖かくて良い所ですね」
     室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)も胸一杯に花の香を吸込んだ。関東の空っ風にはない温もりに心もふわりと軽くなる。遠く花の向こうには円錐状の開聞岳が春の大気に霞んでいる。
    「武蔵野はこんなに寒いのに、菜の花がこんなに沢山咲いてるなんて……」
     スゴイよね――アナスタシアの唇から言葉が零れる。それを拾い集めようとするかのように、壱乃森・ニタカ(桃苺・d02842)はそっと両手を上向けた。この美しい景色がご当地怪人――いぶすきの菜の花子ちゃんZに蹂躙されると思うと2人の心は痛む。綺麗に咲き誇るこの菜の花は絶対に世界征服の道具ではない筈だ。
    「ご当地怪人と戦うの初めてでちょっとドキドキ」
     対峙する気満々の小さなニタカを見守りつつ、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)は菜の花ウィンドブレーカーに袖を通した。鮮やかな黄色のそれはこの町の公務員達の制服代り。のみならず農協の人も郵便局の人も誰もかれもが菜の花の同化したようなその井出達。無論慧樹にもこの景色にもぴたりとはまる。いわばまあ、保護色よねと織部・京(紡ぐ者・d02233)もくすりと笑った。ゆっくりと周囲の人影を確認し、香乃果と共に人払いの殺気を漲らせる。ムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)も満足げに頷いて静かに花畑の奥深くへと足を進めた。指宿といえば屈指の温泉地。殊に砂風呂で有名だけあって、一足踏みしめるごとに土までもふんわりと温かなように思われて。
    「さて、復活してすぐだろうが早々にご退場願おうか」
     地元の方々にまた迷惑を掛けさせる訳にもいかないんでね――落ち着き払ったその声に、雪柳・嘉夜(月守の巫女・d12977)も慎重にその背を追った。

    「折角綺麗に咲いている菜の花、なるべくそのままの形で残したいですが……」
     周囲がすっかり金の花に囲まれて後、嘉夜の漆黒の瞳に淋しげな色が浮んだ。できるなら花を傷つけたくはない。それは誰もが思う事だけれど、かの当地怪人はこの菜の花をも操って手先にしてしまうのだ。ならば……。
    「お花を傷つけたくないけど……ごめんねっ!」
     ニタカは柏手のように手を鳴らすと、ひともとの株を握り締めた。抵抗なくずぼりと抜けたその跡から柔らかな土の香が立ち上って-―。

    ●再☆登☆場
    『こらあーっ! 今その手に抜いたものは何ですがかーっ』
     早春の花畑に甲高い声が響いた。低くしていた身を一斉にあげれば、仁王立ちしているだろう女性の姿が目に映った。
    「現れたな指宿の菜の花子ちゃんツェット!」
     金色の髪に無数にさされた金の花。菜の花アフロとしか言いようのないその髪型は慧樹にとってはもはや馴染みだ。
    「ココで会ったが100年目! ……でもないけど、このスミケイ様がもっぺん退治してくれるー!」
     びしりと人差し指を突きつければ、
    『スミケイ……随分個性的な名乗りなんですね!』
     全く余計なお世話の評が下された。寧ろ単純ならぬ安直すぎる名乗りのご当地怪人なんぞに言われたくないことこの上ないが、慧樹が言葉を継ぐよりも早くガムがすっと進み出る。
    「おのれ! 菜の花子ちゃんZ(ゼット)め!」
     Zは勿論英語風。しかも『いぶすきの』を完全省略。菜の花怪人はくるりとガムに向き直る。
    『何ですと? もう1回おっしゃってみろ?!』
     白い顔にあっという間に朱が昇る様はまさに瞬間湯沸かし器。言葉遣いまで見事に狂うその取乱しっぷりはいっそ天晴れ。
    『ワタクシはいぶすきの菜の花子ちゃんチェット、なのですよ』
     そこんとこお忘れなく――言いかける彼女をムウは指2本で黙らせる。菜の花怪人の目の前に突きつけられたのは1枚のカード。
    「Let's rock !」
     井の中の蛙のご当地怪人にその言葉がどこまで通じたかは定かではないが、菜の花子ちゃんの表情は完全に変っていた。半分座った眼でぎろりとガムを睨み据えると、
    『菜の花ハリケーンα!』
     律儀に技名を喚いてくれる。やれやれとガムは髪をかきあげた。ディフェンダーでなかったら結構なダメージを被ったに違いないその技は彼女としても得意技。
    「ガハハ! 平蜘蛛!」
     花を越えて飛ぶビーム、突撃していくライドキャリバー。戦いはあっという間に熱を帯びる。綺麗な花が欠片と化して舞い上がるのを目にするのは、京にも心苦しくはあったけれど、こうなれば1秒でも早く決着をつけるのみ。
    「行こう、けいちゃん!」
     その名が誰を意味するのか仲間達には判らない。判るのはただ京が真に戦闘モードに入った事、それだけ。
    「折角咲いた花なのにっ……貴女の勝手にされていいものじゃないよ!」
     超絶技巧のギターの響きに今までとは異なる京の口調。香乃果は一瞬疑問の眉根を寄せたけれども、今は自分もが激しいビートをかき鳴らす時。
    「いぶすきの菜の花子ちゃんZ!」
     ドイツ語の発音も完璧に香乃果の言葉は刃の如く菜の花子ちゃんZの耳を貫く――すっかりドイツにかぶれちゃって……郷土愛はどうしたんですか……続く言葉に菜の花怪人の目が更に強く底光りする。
    『ゲルマンシャーク様を……』
    「異人さんに誑かされちゃ駄目ですよ」
     異人さん――身も蓋もなく切って捨てられたその時の、菜の花子ちゃんの形相をアナスタシアもニタカも当分忘れられそうにない。アナスタシアはそっと肩を竦めて、シールドの加護を京に贈り、ニタカは身に余るかとも思われる槍に軽々と捻りを加えた。
    「槍の攻撃ならニタカでも届く……!」
     穂先に貫かれた菜の花子ちゃんが僅かに態勢を崩したところを、今度はムウの刃が戦艦をも断ち切らん勢いで振り下ろされる。黄色い花弁が再び青い空へと舞った。刹那、周辺の菜の花達がざわりと震え、一気に数十センチも茎をのばした。強化されているという菜の花も本格的に動き出したのだろう。
    「ハナさんこちらーっ!」
     回転する槍は風を生み、鋭い穂先は囲みにかかる菜の花を切り散らす。慧樹の草刈り……そんなフレーズが似合う程の勢いに、嘉夜は複雑な笑みを浮べた。あれは操られている菜の花達の怒りを一身に向ける為の作戦だと彼女も承知している。であればこそそっと目をそらし、防護の符をガムへと向けた。だが、わさわさと伸び、灼滅者達の足に絡み付き、あるものはビームまで放つその姿は何と哀しいものであろうか。花を傷つけねばならぬ自分達は何と罪深い存在だろうか。
    (「どうかその美しい姿で人を傷付けようとしないで……菜の花子ちゃんZ、貴女もだよ」)
     きっと菜の花も泣くの――言いたい事は星の数程。今は戦う事でしか思いを交し合えないけれど。

    ●花の海、沸く
     幾つ物足止めが灼滅者達の上に振りかかり、沢山の菜の花が無差別にビームを放つ。些細な傷とはいえ、灼滅者達の体は今や傷のない所を探す方が難しい。かと思えば本家本元はキラキラと後光を放ちながら平蜘蛛に背負い投げ。なよなよした外見からは想像もできない程ダイナミックな投げに、指宿の大地が揺れる。ガムは軽く舌うちしたい気分で、龍の骨をも叩き斬るという一撃を。だがそれも致命傷とはならない。菜の花子ちゃんZは強いのだ。ならば攻め手を得意とする者、クラッシャー陣の攻撃をという訳で解き放たれたのは京の黒い影。生物のように伸びて怪人を絡め捕れば、今度はムウが緋色のオーラをその武器に。傷口から吸いあがってくるような生命力は確かに菜の花怪人のそれ。その傷がまだぬれぬれとしている内に、ニタカはその手の内に魔法の矢を生んだ。
    「菜の花を弄び悪さをする菜の花子ちゃんは、このニタカが許さないぞぅ!」
     流星の如く尾を引く矢の軌跡。肩口を貫かれながら怪人はそれでも叫び返す気力を失わない。
    『いぶすきの菜の花子ちゃんチェット。菜の花を誰よりも愛するのはワタクシです!』
     その呂律の回らなさが小っちゃい子のようで可愛いとアナスタシアは思うけれど、二十歳を過ぎた大人としてみれば一体どうなのか。
    「貴女の名前は『ツェット』なの。さあ、もう1度言ってみて?」
     言葉は幼稚園の先生のように穏やかに、殴りつける盾はそれとは全く裏腹に。度重なる怒りにどちらを向いて爆発すればいいものやら、菜の花子ちゃんの視線は彷徨う。もの哀しい位に響き渡る香乃果のメロディがこんなに似合わないなんて――防護の符で慧樹を足止めのくびきから解放しつつ、嘉夜はじっと立ち尽くした。向こうには炎の奔流に薙ぎ払われる強化菜の花。彼女の周囲の菜の花が火が呼ぶ風に震えている。肩を震わせて泣いているような、花達に嘉夜の小さな雫がぽとりと落ちた――。

     花の海は金色に沸くが如く、ただ1体の怪人はその力尽きる事を知らぬように思われた。だがそれでも戦いはいつかは果てるもの。
    『貴女は泣いてくれるのね。ならばさあ、ワタクシと一緒に――』
     菜の花子ちゃんの視線がふっと緩んだ。彼女の攻撃は多彩を極め、灼滅者側のケガの数などもう数えるのもばかばかしい程で。だが怪人にも怪人なりの基準というものがあったのだろうか。菜の花を踏み荒らさぬよう立ち位置を殆ど変えない嘉夜をいたく気に入っていたのは確かである。だが嘉夜がそれに応えるかという点は全く見込み違いという他はないが。
    「……」
     静かに首を振る嘉夜。それが永遠の拒絶である事を怪人はすぐに理解する。
    「ゼットかチェットか知らねーけど、またカワイイ菜の花を犠牲にするのかよ」
     慧樹は大きく息をついた。何事にも判りえない道というのはある。花を愛する気持ちは同じでも、決して同じ景色を見る事のできない相手というものも確実にある。枕崎線の線路が寄り添いながらも決して交わる事がないように。
    『ワタクシはいぶすきの菜の花子ちゃんチェット! なんですうぅぅ』
     その掌にぱちぱちと爆ぜる金色のオーラ。それは無数の花を蹴散らしながら、まっすぐに慧樹の胸を射抜いて……消えた。

    ●いつか咲く花のために
     自分こそが菜の花を傷めている癖に――灼滅者達の目に菜の花子ちゃんは憐憫と矛盾の対象として映る。そして改めて思うのだ。ご当地怪人ならば恐らく皆が陥る矛盾。歪む郷土愛という名の――その縺れ合う麻を絶つ事ができるのは、やはり灼滅者しかないのだろう。
     枷となっていた足止めを振り払い、ムウは斬鑑刀を構え直す。命中率こそ落ちているような気もするが、続く仲間達の攻撃はそれを補って余りある。京の足取りは鳥のように軽く、死角を狙う腕前も冴え冴えと。
    「再生怪人ごときが影から逃げられると思うな!」
     あたしらだって何度でも強くなってるっての――横一文字に大きく裂けた傷口は後方の香乃果からもはっきりと見て取る事ができた。無尽蔵かとも思われた菜の花子ちゃんの力も漸く衰微の兆しを見せ始めているのだろう。
    「……ごめんなさい」
     今は攻撃の手も回復の手も緩める訳にはいかない。貴女が本当の貴女になる為に――防護の符はひらひらと慧樹の傷を癒す。その間にニタカのロッドが高く天を差し、ガムの斧が捻りを見せた。片方は上からもう片方は横から、2つのインパクトが菜の花怪人の上で弾ける。人形のように折れ曲がった体は悲鳴を上げるかのよう。骨の折れる音は何度聞いても愉快なものにはなりえない。それから気をそらせるかのように、アナスタシアはそのハンマーを大きく振り回した。大気が切られ、スズメバチの羽音のような唸りを残し、それは起き上がりかけた菜の花子ちゃんを再び大地に叩きつける。ざわざわと菜の花達が風に逆らった。まるで護るように揺れるその根元へと、慧樹は槍を振るう。ばさりと空へと散った菜の花の間を、嘉夜のビートが射抜く。狂ったように鳴り響くギターの音色に、菜の花怪人の唇が動いた。
    『やはり……貴女も……』
     シャウトというには余りにも悲痛な叫び。十重二十重にかけられた枷の幾つかを消し去っても、最早そこに勝機を見出す事はない。操っていた筈の菜の花達もいつの間にか随分か減ってしまった。もう一度消える時がすぐそこに迫っている事を全身で感じながらガムは務めて明るい笑みでビームを放つ。怪人としての生が終るのは哀しい事ではない筈だから――。
     灼滅者達の怒涛の攻撃が始まった。見切られる技も決してなかった訳ではないけれど、畳み掛けるとなれば数の有利は雄弁に語る。繰り出される凄まじい連打を菜の花怪人が全てかわすのは無理な事。
    『ゲル……マン……シ……』
     のたうつたびに零れてくる言葉の切れ端に京の愁眉。
    「ゲルマンシャークさんって何を考えてるんでしょう?」
     無造作に再生怪人を生み出すその存在。力が余っているからなのか、それとも他に理由があるのか。彼女の疑問はもっともなれど、それに答えられる者はない。如月の花の海にその申し子が苦しむ様は余りにも悲しい。
    「……終りの時間だよう」
     祈るように囁いたニタカ。その合図をアナスタシアは聞き逃さない。再び空を裂くハンマーにニタカが魔法の矢を合せる。庇うかのように蠢いた菜の花達は慧樹に一掃された。最後のシャウトを嘉夜は忘れない。切ないような高い声が最後に呼んだのは一体誰の名前だったのだろう。だが全てはギターの音色がかき消した。音の刃は哀れな怪人の玉の緒をすっぱりと断ち切ったのである。

     荒れた菜の花畑に早春の風が淋しかった。灼滅者達は誰からともなく菜の花畑を直し始める。癒しを施す事はできないけれど、せめて無事だったものはその命を全うできる事を祈って。
    「いぶすきの菜の花子ちゃんツェット……おかしな話だケド、楽しかったぜ」
     来年の春、また戦おうな――とは流石に口にできなかった慧樹ではあるけれど。彼の思いは他の仲間達にも判っている。
    「あの子も怪人じゃなければ仲良くできたのにね」
     ニタカが呟くとアナスタシアはその肩にそっと手を置いた。来年はこんな怪人騒ぎなどなく平和であるように。そう願いながら。
    「さあ、片づけたら楽しみに行こうか」
     ムウが立ち上がる。この菜の花もこの地の恵みも、菜の花子ちゃんの愛したものを大切にする為に……。香乃果もそっと笑って頷いた。灼滅者達はもう一度消えていった命に祈る。春が再び巡る日を遠く心に待ちながら――。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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