ダンスは誰のためのもの?

    作者:飛翔優

    ●ダンスの勝者は
     東京湾に近い街の昼下がり。波音が聞こえる静かな時間に、女達の火花が散る。
     事の発端は三千院沙羅。彼女が上級生と思しき女性に、ダンスバトルを仕掛けたのだ。
    「また負けに来たの? いいわ、格の違いを思い知らせて上げる!」
    「……勝負成立ね」
     女性は余裕のある表情で、暗く笑う沙羅を迎え撃つ。
     何事かと集まってきた者たちを観客に、各々三人の女性をバックダンサーに、華々しく燃え上がるダンスバトルが開幕した。
     ジャンルはヒップホップ。
     軽快なリズムの中に、自分なりの表現を織り込んでいくダンススタイル。挑戦を受けた女性の動きはとても洗練されたものであり、誰の目から見ても間違いなく優れたものだっただろう。
     しかし……。
    「く……」
     沙羅は違った。
     その上を行っていた。
     動きの鋭敏さも、優雅さも、演技の何度も。
     常人ならばぶれてしまうターンも、ステップも、全て流麗な舞となっていた。
     表情はもちろん常に笑顔。時に激しいビートを刻んでいるはずなのに、疲れ一つ見せはしない。
     機械的な技術に想いを載せる。自分をより良く見せるため。
     女性に付け入る技術はない。
     相手を、観客すらも圧倒するダンスが持ち味だと、沙羅は演じ抜いて魅せつけた。
    「……結果は、聞くまでもないかしら」
    「……」
     最初とは打って変わって、勝ち誇った笑みを浮かべるのは沙羅の側。
     力なく膝をつく女性から視線を外し、彼女は踵を返していく。その瞳に、人あらざる兆しを浮かべながら……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを前にして、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・bn0020)は説明を開始した。
    「現在、三千院沙羅という女子高校生が、闇堕ちしてダークネス・淫魔と化す事件が発生しようとしています」
     通常、闇堕ちしたならばすぐにダークネスとしての意識を持ち、人間の意識は掻き消える。しかし、彼女は元の人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちながらもなりきっていない状況だ。
    「もし、沙羅さんが灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出してきて下さい。しかし、完全なダークネスになってしまうようであれば……」
     その前に灼滅を。
     前置きを終え、葉月は次の説明へと移っていく。
    「現場となっているのは東京湾に近い街にある高校。この場所で、沙羅さんは闇堕ちしようとしています」
     当日、沙羅は町中で、自らのライバルにダンスバトルを仕掛けている。この勝敗が決した直後に、灼滅者たちは割り込むことになる。
    「結果は勿論、沙羅さんの勝利。そして……」
     特異な点が一つ、と、葉月は続けていく。
    「今回の場合はダンスバトルで沙羅さんに敗北を認めさせなければ、助けることはできない、といった点です」
     その為、まずは沙羅にダンスバトルを仕掛ける必要がある。それに打ち勝った上で、戦いを仕掛ける必要があるのだ。
    「幸い、沙羅さんはプライドが高く、負けず嫌い。内なる声の誘惑よりも、ライバルに負けることをより悔しく思ってしまうほどに……。……ですからダンスバトルに持ち込むのも容易いと思います」
     そうして勝ったなら、沙羅は……淫魔は敗北など認めぬと攻撃を仕掛けてくる。負けたなら、沙羅は満足して立ち去ろうとする。……こちらから戦いを仕掛けぬ限り。
    「……それでは、沙羅さんの戦闘能力に付いて説明しましょう」
     沙羅の淫魔としての力は八人で戦えば十分に対処できる程度。
     しかし、ダンスによって自らの力を高めながら一列を薙ぎ払ったり、催眠を仕掛けながらダメージを与えたり……と言った搦め手を仕掛けてくる。また、戦闘が長引くにつれて効力を増す癒しの舞も厄介な力となるだろう。
     その他、三人の少女を配下として引き連れている。
     力量は低い。が、沙羅をサポートするように毒などを浄化するダンスを用いてくるため、留意しておく必要がある。
    「以上が今回の説明となります」
     説明を終えると共に、葉月は小さな息を吐く。締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「ダンス勝負が必要な特殊な相手。ですが、皆さんならばきっと大丈夫と信じています。どうか油断せずに戦い、救出して下さい。何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    火鶴・朧(神楽ブレイク・d01215)
    宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    樹宮・鈴(奏哭・d06617)
    久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)
    比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)
    クリス・レクター(ブロッケン・d14308)

    ■リプレイ

    ●独り善がりなダンシングガール
     ――ダンスが好きな女の子だと、三千院沙羅の友人は言っていた。
     ダンスによって見る者を笑顔にする。その笑顔が自分の笑顔になる。
     相手を笑顔にできなかったことを悔しく思うこともある。だからこそ、努力して腕を磨くのだ。
     彼女を変えたのは、勝負を仕掛けてきた上級生。
     上級生は技術で完膚なきまでに叩き潰した後、下手くそだの、みんなあなたのダンスなんて見たくないの、などと辛辣な言葉を言い放った。それからだ、沙羅が技術を磨くことに没頭するようになったのは。
     そして……。

     東京湾に近い街。波の音が聞こえる落ち着いた商店街で、今、一つのダンスバトルが終結した。
     勝者たる沙羅はバックダンサーを務めていた配下にラジカセの回収を命じつつ、颯爽と踵を返していく。雑踏に紛れ立ち去らんと、配下と共に歩き出した。
    「待てェい!」
     呼び止められ、沙羅は瞳を細めて立ち止まる。
     観衆の中から、樹宮・鈴(奏哭・d06617)が仲間たちと共に飛び出した。
    「その程度で勝利宣言とは片腹痛いッ! 我々に勝ってからにしてもらおうかッ!」
     振り向く沙羅に挑戦状を叩きつけ、静かに反応を伺っていく。
     火鶴・朧(神楽ブレイク・d01215)は軽い拍手を送った後、晴れやかな笑顔で手を伸ばした。
    「いやぁ、ダンス上手いねー俺友踊ってみない?」
    「……」
    「そんな踊りじゃ、魂は震えない。俺たちとも勝負してもらうよ」
     返事を待たず、瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192) がポータプルアンプを地面に置いていく。
     挑発的に口の端を持ち上げて、睨んでくる沙羅を見つめ返していく。
    「……何だかよくわからないけど……いいわ、勝負してあげる。私は負けないけど」
     契は交わされた、互いの準備も整えられた。
     再び訪れた対決に観衆の関心が集まる中、情熱の焔がぶつかり合う。寒風が吹く町中で静かな火花を散らしていく……。

    ●ダンスは誰のためのもの?
    「それでは……始めっ!」
     久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)の宣言を皮切りに、ダンスバトルが開幕する。
     恢が描くはブレイクダンス。
     鈴と呼吸を重ね、心を重ね、旋風のごとく舞い踊る。。
     似合いのエンドを探しに行こうと、アンプより響くはロック。ヒップホップを覆い尽くす激しき曲。
     されど、それは蹂躙するチャリオットではない。大自然の中にあるエレファントが如く、鳴り響く様々な音楽との調和を目指すもの。
     体を逸らしバック転を描いた後、地面に手をやりウィンドミル。
     一瞬停止した後に倒立して身を起こす。
     勢いのままとんぼ返りを決めたなら、もう一度静止し笑顔を送った。
     共に踊る仲間たちを、沙羅ですらも軽快なフットワークで導くため。
     時には主役を譲っていく。
     ダンスに華が加わるなら。
    「――忘れたのかい? ダンスをする喜びを。一緒に踊ったほうが、一人より、楽しいんだ。敵も味方もないよ」
     沙羅の反応はない。ただただ自分の世界に没頭し、ロックの誘いを拒絶する。
     対照的なのは喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)だ。
     技術よりも想いを乗せることを優先し、時に観客に誘いを駆けて全てを楽しさで染めていく。
     ヒップホップとロックを繋ぐ鎹が如く、元気な舞を描いていく。
     朧もまた笑顔で全力で、大好きな曲を演じていた。
     細かい技術は二の次、弾んだ調子でゴキゲンに。
     力強いステップでアスファルトの地面に跡を残し、自然と零れてきた言葉をハイスピードラップに乗せて叫んでいく。
     けれど姿はいつもの服。ダンスも、いつも通りの演目。
     何も特別なことはない。
     大好きな曲のメロディとリズムに突き動かされるまま、ネイキッドマインドで全身全霊ダイナミック!
     踊りが楽しい、踊りが好き。
     勝負なんて関係ない。ただ全身全霊で、弾ける笑顔で一つ、一つ舞を積み上げて、世界を明るく染めていく。
     受け入れ、補いあい、更なる彩りで全ての舞を輝かせる。
     灼滅者たちの紡ぐ舞に巻き込まれたのは、観衆だけと言うわけではない。沙羅も、拒絶を続けていた沙羅ですら取り込まんと、明るく軽快に誘い続けている。
     けれど、止まっていた。
     沙羅がダンスをやめていた。
     瞳から涙を流していた。
     気づいてか、気付かずか……いずれにせよ、今はまだ曲の途中。
     軽やかなステップを刻みつつ、灼滅者たちは沙羅へと想いを向けて……。

     ダンス素人だからと踊らずに見守っていたクリス・レクター(ブロッケン・d14308)が、動きを止めた沙羅に声をかけた。
    「彼らノ踊りヲ見て……君ハなにヲ感じタ?」
    「……」
     返事はない。
     或いは紡げぬのか。
     ――このミュージックの果てを追求する気はないかい、音楽探偵。
     故に、鈴が重ねていく。
     アップテンポのリズムに乗せて。
     音楽にあわせて体を動かすのってこんなにも楽しいと。其れを忘れるのってすごくもったいねえよ、と。
     ――瞳の端から零している涙はどんな意味?
    「ねえ沙羅ちゃん。あんたの感情全部受け止めたげる。アナタのために、踊ります。一緒に遊ぼうぜ!」
     呆然とした様子で佇む沙羅に、鈴はまっすぐに手を伸ばす。
     沙羅は激しく首を振り、伸ばされた手を拒絶した。
    「違う、違う! そんなハチャメチャで」
     けれど、どれも独り善がりではなく。
    「ムチャクチャなダンスの集合体」
     けれど全ては調和して。
    「違う、そんなの!」
    「……でも、キミにダンスは全然楽しそうじゃないのだ」
     叫ぶ沙羅に問うたのは、お遊戯の様に稚拙で、でも精一杯楽しんで……うさ耳をぴるぴる動かしながら、楽しげに踊る宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)。
     再びの沈黙が示す意は、反論の言葉が見つからないから?
     否。
    「違う、ううん私は、でも、だって」
    「君がやりたかったダンス、目指した夢はそれか?」
     混乱した様子で自問自答し始めた沙羅に、比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)が新たな問いかけを紡いでいく。。
    「今、君は本当にダンスを楽しめているのか?」
     踊りながら、兎織が尋ねた疑問をもう一度。
     自分と向き合うことができるよう。
     答えへと至ることができるよう。
    「わた、し、は……」
     返答は最後まで語られない。
     あるべきでないものが顕現したから。
    「……はっ、忌々しい」
     敗北の証であることを、顕現した淫魔は知らぬのだろう。
    「いいかい、私は負けちゃいないよ。負けちゃいないんだ。あんたらなんかに……」
     少女の残滓を欠片も残さぬ淫魔は手を伸ばし、バックダンサーを務めていた少女たちを呼び戻す。
    「……そうさ、あんたらが死ねば私の勝利。……だろ?」
     ――戦いの時が訪れた。されど音楽も、軽快なステップも止みはしない。
     全てはダンス、記されゆく軌跡の演ずるまま……さあ、闘争と言う名の舞を描こうか。

    ●ダンシングバトルは情熱的に
     一生懸命なステップで淫魔のダンスから放たれる衝撃をかわしつつ、兎織はバベルの鎖を瞳に集める。精神と視界を研ぎ澄まさせ、魔女っ娘が持つステッキのような得物を固く握り締める。
     込めるは魔力、想いと共に。
     淫魔を滅し、沙羅を救いだすとの決意。
     まずは配下を張り倒さんと前に出た。
     反撃を避けるついでにステッキでぶん殴り、インパクトと共に魔力を爆裂させる。
     二度、三度と腕に伝わる衝撃を抑えた後、一旦身を離して再び魔力を込めていく。
     彼女が殴りかかるために前へと出る傍ら、波琉那は踊る合間に静かな情熱による衝撃を配下達へと与えていた。
     ダンスへと込めた想いと共に、徐々に力を増幅させ。治療を行い合う配下達に、今は少しだけ眠っていて欲しいと願いながら。
    「……今は大丈夫そうだけど……サポート、継続してね」
     更に霊犬への指示も出し、盤石の体制を整える。
     霊犬が頷き返した刹那に放った衝撃が、配下の一人を叩き伏せた。
     故に、逢真は踵を返す。
     次に傷ついていた個体へと向き直り、軽快な打撃を叩きこむ。
     一回、二回と、ダンスの隙を突くように。
     沙羅からの衝撃を浴びせかけられても苦に思うことなく、むしろ新たなダンスへの弾みとなして。
     楽しげなダンスが止まぬよう、一姫が静かな風を巻き起こした。
     優しく暖かなその風は、覚えた痛みを和らげる。刻まれた呪縛も浄化して、万全の状態へと戻していく。
     願いは一つ、手遅れになる前に殴り倒す。沙羅を救い出すために……!
     ……願いが届いたか、程なくして配下の殲滅に成功した。改めて意識を向けた淫魔の表情は、どこか苦しげに歪んでいて……。

    「ほんと、忌々しい……」
     言葉と同様、淫魔の動きに切れはなく、鈍い。回避のタイミングを容易く見切ることができるほどに。
    「そろそろ終わりにするの」
    「沙羅さんを助けるんだよっ!」
     故に、一姫は治療の手を止め幼きオーラを放出した。
     怯んだ所に兎織が魔力の矢を重ね、淫魔としての存在を削っていく。
     守りの姿勢も崩れたから、鈴が刀を閃かせた。
     全てを投げ出してしまえ、私もあんたもみんなもみんなも、と。
    「踊りきろうぜ? 隣は私が支えるからさ」
    「任せた、樹宮。彼女の心の欠片を取り戻そう」
     全てを楽しめ、暴れろ、好きなように、お前は全てを手に入れられると暴力的なリズムに乗せて。
     激しいメロディに誘われるまま恢は低空を舞うかのように疾駆して、鈴の刃を浴びた淫魔に鋭い拳を叩きこむ。
    「が……」
    「ちょっト痛いヨー!!」
     途切れたダンスの合間に入り、踊れぬクリスが加護を砕く。
     重ねてきた情熱を崩されて、淫魔の顔が再び苦痛に歪む。
    「な、めるなぁ!」
     それでも描かれた新たな舞踏を、クリスは難なく受け止める。
     直後に神薙刃で反撃し、再びダンスを止めさせた。
    「これで……」
     素早く朧が肉薄し、肥大化した拳で殴りかかった。
    「ねえ――」
     ――君は何でダンス好きなの?
    「……」
     淫魔からの回答はない。
     答える気力もないのか、元より答えを持たぬのか。
     静かな息を吐き出して、クリスは得物を締まっていく。纏うオーラも最小限に留めた後、優しい拳で止めを刺す。
     仰向けに倒れた沙羅の顔に、禍々しき淫魔の色はない。
     居たのは少女。泣きはらした瞳で笑いながら、静かな眠りへとつく少女。
     灼滅者たちは小さな息を吐いた後、彼女たちを安全な場所に寝かせるために動き出した。

    ●負けず嫌いな少女は
     大きな騒ぎになることもなく街の片隅に設けられていたベンチへと退避して、灼滅者たちは沙羅たちを寝かしつけた。
     待つこと数分。冬の冷涼な風にくすぐられるようにして、沙羅が静かに覚醒する。
    「あ……えっと……」
    「無事で良かっタ。僕たちはネ……」
     戸惑う沙羅に、クリスが優しく説明を。
     全てが終わる頃、沙羅は再び泣きだした
    「ごめんなさい……ほんと、何やってたんだろ私……」
     一粒、二粒と涙が流れるうち、拳がわなわなと震えていく。
     小さく頷いた後に音もなく立ち上がり、天に向かって宣言した。
    「だー! もう、ムカつく。私も、そのダークネスってやつも。絶対に許さないんだから!」
     即ち、武蔵坂学園への合流。
    「ははっ。ようこそ、武蔵坂学園へ」
     逢真が手を差し出したなら、力強く握り返してくれた。
     だから、波琉那も語りかける。
    「もし、よかったら今度またダンスバトルしない? ……もっと沙羅さんの技術とかを盗む……じゃなくて勉強したいよ!」
    「……もちろん、いいわよ!」
     未来への約束を。
     絆の証を。
     それでも、今はひとまず残る少女たちの介抱だと、沙羅を含む灼滅者たちは向き直る。一人、一人に声をかけ、覚醒を促していく。
     全てが終わったなら……武蔵坂学園へと歩き出そう。
     新たな仲間を迎えよう。
     ダンスによって燃え上がった情熱は、絆は、決して冷めることなどないのだから――!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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