PURE CLUBへようこそ

    作者:刀道信三

    ●PURE CLUB
     煌びやかな店内の中央でスポットライトを浴びたステージの上で拍手喝采を受ける少女と、その視線の先で青い顔をして膝をついている少女がいた。
    「これで理杏さんも、おわかりいただけましたよね?」
    「嘘……こんなの嘘よ……新人で鈍臭い貴女に私が負けるなんて……!」
    「現実を見て下さい。今日から私がこのお店のナンバー1です」
     ここは会員制メイド喫茶ピュアクラブ。
     厳正な審査で選ばれたピュアな紳士淑女だけが入店することを許された社交場。
     ここではウェイトレスを指名することで人気投票を行うという一風変わったシステムがある。
     その中でもステージ上で振りつけ付きのカラオケを披露するパフォーマンスは客達に好評で、ウェイトレス達の人気ランキングを大きく左右していた。
     籠野・美鳥(かごの・みどり)はそんなピュアクラブに入店したばかりの新人ウェイトレス、美しい少女ではあったが内向的な性格であまり指名を取ることができないでいた。
     しかしある日を境に彼女のダンスは急激に上達し、客達を魅了した。
     今では常連客のほとんどが彼女を指名し、今も先日までこの店のナンバー1だった理杏という少女を見向きもせずに、スポットライトに照らされた美鳥に惜しみない拍手を送り続けている。
     そんな拍手の雨の中、引っ込み思案だった少女は、自信に満ちた妖艶な笑みを浮かべるのだった。

    ●クラブではない。なんか、こうもっとピュアな何か。
    「あなたはピュアな心をお持ちですか?」
     放課後に灼滅者達をファミレスに集めた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、急にこんなことを切り出した。
    「実はあるお店で働いている女の子が淫魔に闇堕ちしそうになっているんだよ」
     その店は会員制でピュアな心の持ち主しか入店することができないのだ。
    「まあ、正面からお店に入る必要はないんだけどね」
     少女の名前は籠野美鳥、高校1年生、ピュアクラブでウェイトレスのアルバイトをしている。
     美鳥は人間としての意識をあるていど残しているが、時間が経てば完全なダークネスへと闇堕ちしてしまうだろう。
    「そうなる前にみんなには彼女を助けてほしいんだよ」
     もし美鳥が完全に淫魔になってしまったら、彼女を灼滅しなければならなくなってしまう。
    「これから美鳥さんはお店の人気ナンバー1ウェイトレスの理杏さんにダンス勝負を挑むみたい」
     このダンス勝負の終わった直後なら美鳥と接触することができる。
    「ダンス勝負が終わるより前に接触しようとするとバベルの鎖の予知に引っ掛かって、美鳥さんには逃げられてしまうよ」
     そしてもし彼女に灼滅者の素質があるなら、戦闘して倒せばいつもなら闇堕ちから救出することができるが、今回はそれとは別にダンスバトルで彼女に敗北を認めさせた上で倒さなければ、助けることができない。
    「だからダンス勝負を挑まないといけないんだけど、ダンス勝負の勝敗は美鳥さんの気持ちしだいなんで、負けたと思い込ませることができれば大丈夫だよ」
     もちろんダンスの実力で負けを認めさせても構わない。
    「美鳥さんはこのお店での立場にこだわっているから、負けたら美鳥さんの方から襲い掛かってくると思う」
     その際に強化一般人を従えてくるが、常連客のほぼすべてがそうなので数だけは多い。
    「闇堕ちしそうな女の子を放っては置けないよ。みんなだってそうだよね?」


    参加者
    向井・アロア(晴れ女だよ・d00565)
    久遠・翔(囚われし者・d00621)
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    ミルフィ・ラヴィット(アリスを護る白兎の騎士・d03802)
    黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)
    カミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527)
    村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)
    竹尾・登(何でも屋・d13258)

    ■リプレイ

    ●夢の館
     夜の歓楽街、灼滅者達は会員制メイド喫茶ピュアクラブの裏口に集まっていた。
     ダンス勝負が始まったのか、店内から聴こえていたBGMがカラオケのイントロへと変わる。
    「ダンス勝負とか人気投票とか、私はあんまり興味ないけど、こういう青春もあるんだねー」
     思い詰めずほどほどテキトーが一番と続ける向井・アロア(晴れ女だよ・d00565)は、しかし殲術道具にメイド服を着てきたりと、意外に真面目なのか、それとも一風変わったメイド喫茶に潜入することを楽しんでいるのかもしれない。
    「メイドは人気やランキングなどではございませんわ。主人やお客様に精神誠意尽すという事……つまり真心なのですわ!」
     こちらは本職のメイドさんであるミルフィ・ラヴィット(アリスを護る白兎の騎士・d03802)である。
     メイド喫茶のメイドさんは、どちらかというとウェイトレスというのが正しいのだろうが、本場本職のミルフィにとっては複雑な気分になるのかもしれない。
    「うわぁ、なんかすごい大人な感じの店なんだけど、オレみたいな小学生が入っちゃってもいいのかなぁ……?」
     店の佇まいとか雰囲気的に竹尾・登(何でも屋・d13258)の気持ちはよくわかるが、会員制であることを除けば喫茶店、小学生が入ったって、大丈夫だ、問題ない。
    「のんびりしてるとダンス勝負が終わっちまうッスよ。そろそろ入った方がいいんじゃないッスか?」
     カラオケ1曲1曲はそれほど長い時間はかからない。
     高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)は、妖の槍を肩に担ぎながら仲間達を促した。
    「あ、途中で従業員に会ったら、オレがプラチナチケットを使うから、任せてくれよな!」
     登が自分の胸をドンと叩き、気分を切り替えて先頭に立ってピュアクラブの裏口から店舗に入って行き、仲間達がそれに続く。
     店舗から流れてくる音楽は曲調を変え、歓声と共に2曲目のイントロが流れ始めていた。

    ●ダンスバトル
     美鳥の歌は激しい曲調のものではなく、ダンスも技巧を見せるような派手なものではない。
     どちらかといえば、彼女の性格を表したような清楚で爽やかな昔のアイドルソングだ。
     しかし彼女を指名する常連客達だけではなく、他の客や従業員達でさえ、彼女の一挙手一投足が彼らを魅了し、目を離せずにいた。
     やがて彼女は歌い終わり、止まる音楽に合わせて最後のステップを踏む。
     一瞬の静寂の後に訪れる万雷の拍手。
     観客はすべて立ち上がり、涙を流す者までいるスタンディングオベーション。
     それは既にサービスとして客に振る舞われるパフォーマンスという域を超えていた。
     その熱狂は先にパフォーマンスを行った少女の目から見て、まるで現実感がない悪夢のような光景であった。
    「理杏さん……」
    「私にも1曲やらせてもらえますか?」
     美鳥の言葉を遮るようにして、アップテンポの激しい曲と共に黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)が、ステージのバックから現れた。
     突然の乱入者に美鳥はステージを一歩降り、観客達も呆然と成り行きを見守る。
     日頃からライブ活動で鍛えている激しい歌とダンスのパフォーマンスに、ラブフェロモンの効果がない強化一般人の常連客達の目も釘づけになった。
     間奏ではバックダンサーとして久遠・翔(囚われし者・d00621)とミルフィが音楽に合わせて殺陣を披露する。
     事前に打ち合わせ練習などないアドリブではあったが、本物の殲術道具で行う演舞の迫力に観客達も息を呑んだ。
    「貴方が踊るのは勝負のためだけですか? ただ勝負に勝つためだけのダンスで、貴方は楽しいですか?」
    「私は、そんなつもりは……!」
     歌い終わり、曲が終わるまでの間に、いちごは美鳥にマイクで問いかける。
    「楽しく踊ることが第一なの! 寛子は自分が楽しく踊ることで、みんなを楽しませたいから、アイドルになったの!」
     曲調が変わる。
     ステージバックから飛び出してきた村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)といちごはタッチして、ステージ上を入れ替わった。
     寛子が踊るのは、美鳥が歌ったものより今風で明るく元気のいいアイドルソングだ。
     勝敗なんて考えずに、心からダンスを楽しんでいる寛子の様子に観客達の心が掴まれる。
     この店に集まる客達は、別にダンスの専門家でも芸能関係者でもないピュアな紳士淑女達である。
     美鳥のファン達だって、最初からダークネスの力に魅了されていたわけではない。
     最初は素直な感動から、彼女のファンになったのだ。
    「スタッフは何をやっているんですか? 不法侵入者ですよ!」
     そうなると面白くないのは美鳥である。
     この店は彼女にとっての箱庭、誰にも踏み入ってほしくない領域だ。
     彼女の声に強化一般人と化している20人の常連客達はハッとして、美鳥の敵意が伝染するように、灼滅者達を睨みつける。
     店内には剣呑な戦いの空気が漂いつつあった。

    ●籠の中の鳥
    「一般人の避難誘導は済んだぜ!」
     ダンス勝負の間に登とアロアとナノナノのむむたんは一般人達を戦場となるフロアから避難させていた。
     現在フロアに残っているのは灼滅者達と美鳥と強化一般人達のみ、一般人への被害を気にする必要はない。
    「なんなんですか! 貴方達は?」
     なりかけとはいえダークネスの力を持った美鳥の動きは素早く、臨戦態勢からまず最初に動いた美鳥のパッショネイトダンスによるステップからの蹴り脚が灼滅者達を薙ぎ払う。
    「さって、オレはこっちのダンスでアピールさせてもらいますかね」
     美鳥の蹴りを槍で受けた琥太郎は、衝撃で痺れた手の感覚を確かめてから槍を構え直した。
    「オレ、女の子殴るとかホント趣味じゃないんだけど……ごめんっ!」
     人や机のひしめくフロアを、琥太郎は美鳥の許へ最短距離で駆け抜け螺穿槍を放つ。
    「美鳥ちゃん、危ない!」
     そこへ横から一人の強化一般人が飛び出して迫る矛先を受けて吹っ飛んだ。
    「夢野さん!?」
    「ゲッ、一般人は一般人で殺しちゃったら、スゲエ後味悪いッスよ?!」
     幸い彼は銀のトレーで直撃を避けており、致命傷には至っていなかった。
     むしろ美鳥を守れた達成感からか、すごいイイ顔で気絶している。
     シャキン――
     空気を断つように鋏が高く鳴いた。
     今まで壁と同化しているかのようにたたずんでいたカミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527)が、シザーケースから取り出した鋏を片手に、真っ直ぐ美鳥へとその暗い瞳を向ける。
     シャキン、シャキンシャキンと徐々に早くなっていく音と同時に、カミーリアの殺気も膨れ上がっていき、どす黒い殺気は殺傷力を持って美鳥に襲いかかった。
    「ひぅ……!」
     本来気の弱い美鳥はそれに怯むが、それより彼女を囲うように立っていた6人の強化一般人達が恐怖のあまり次々と失神する。
     少し離れたところで眼鏡を外した翔が、コツコツと靴のつま先で地面を叩く。
     自分の中の何かを調律するように、何度かそれは繰り返され、ピタリと止まった。
    「ようやく戦闘か……待ちわびたぜぇ」
     ギアが切り替わったように静止状態から唐突に低姿勢で疾走を始め、いつの間にか美鳥の背後に回った翔のナイフから繰り出されたティアーズリッパーが、防具の上から美鳥の白い肌に朱色の線を刻む。
    「……なかなか厄介ですわね」
     ミルフィが居合斬りで美鳥を攻撃しようとすると、椅子を盾に抱えた強化一般人が割り込んで攻撃を肩代わりして気絶した。
    「強化一般人さん達が邪魔して、美鳥さんに攻撃が届きませんね……」
     ギュィインとバイオレンスギターをかき鳴らして、いちごが放ったソニックビートの音波も、強化一般人が立ちはだかって、そのまま昏倒する。
     今のところ直接的に戦闘の障害になってはいないものの、美鳥を狙って攻撃しようとすると強化一般人が攻撃を庇うので、とても美鳥に攻撃が通り難くなっていた。
     幸い戦闘不能にはなっているものの、死者は出ていない。
    「邪魔ー! でもそれだけこの人達も必死ってことなのかな?」
     そう言いながら美鳥を狙ったアロアのフォースブレイクが、また一人強化一般人をホームランした。
    「もう、やめてください!」
    「危ない!」
     美鳥に攻撃しようと密集していた灼滅者達に、美鳥は魅了の視線をかけようとするが、それに気がついた登がワイドガードを割り込ませる。
    「ぐう……!」
     いくらかは相殺することに成功したが、魅了の魔力による精神への侵食が灼滅者達を苦しめる。
    「みんな、しっかりして!」
     そこへ寛子のリバイブメロディが響き渡り、仲間達の精神を浄化した。
    「助かった!」
     そう言って琥太郎は再び美鳥へと肉薄する。
    「あのさ、オレキミのコト可愛いと思うんス。ダンスも上手いし、こんなやり方しなくても、1位になれる魅力十分あるッスよ。だから……」
     琥太郎が美鳥を狙った槍の斬撃が強化一般人を切り裂いた。
     女の子を攻撃したくない琥太郎と、美鳥を守りたい強化一般人達の間に奇妙な信頼関係が芽生えかけていた。
    「な、なにを急に言い出すんですか!?」
    「そうだそうだ!」
    「俺達の美鳥ちゃんに抜け駆けは許さん!」
    「というかイケメン許すまじ!」
     赤面してる美鳥を他所に、分厚い灰皿やら椅子で武装した強化一般人の一団が琥太郎に殺到する。
     それはそれとして、彼らは前提として美鳥のファンなのであった。
    「イタッ!? ちょ、地味に痛いぞ!」
     一発一発のダメージは少ないものの、足止め効果があるので、くらえばくらうほど避けれなくなっていくという地味な嫌がらせつきである。
    「琥太郎ちゃん、大丈夫?」
     集中攻撃を受けている琥太郎に寛子はエンジェリックボイスをかけるが、ダメージより足止めが蓄積していて効果が薄い。
    「ああもう! こうなったら、オレがコイツらを引き受けるから後は頼んだッス!」
     言われるまでもないとカミーリアと翔は、美鳥の両サイドから同時にティアーズリッパーで刃を交差するように一閃させた。
    「きゃあっ!」
     美鳥自身の耐久力はそれほど高くなかったのか、その一撃でガクリと地面に膝をつく。
    「歌もダンスも楽しんでこそ……そしてメイドは真心を持って尽してこそですわ」
     そこへミルフィの愛刀が更に閃き、美鳥を袈裟懸けに切り裂いた。
    「誠心誠意接すれば、必ずお客様は応えて下さいますわ」
     美鳥が倒れたことで、琥太郎を囲んでいた強化一般人達も、ドサリと糸が切れたように倒れるのだった。

    ●本当の空
    「私はただもっとお客さん達と仲良くなりたかっただけなんです……」
     そう言って意識を取り戻した美鳥は項垂れた。
    「さっきも言ったろ? キミなら、あんな力に頼らなくても大丈夫ッスよ」
     少し照れながら琥太郎は美鳥に手を差し伸べる。
    「今回は勝負になっちゃったけど、次は楽しく一緒に踊ろ!」
     琥太郎の手を取り立ち上がった美鳥に、寛子は満面の笑顔を向けた。
    「ねえねえ、美鳥ー、結局ピュアな心の持ち主って何なの? あの人達って、みんなピュアなの?」
     無邪気に駆け寄って来たアロアが、まだ気絶している常連客達を指しながら、マシンガンのように質問する。
    「は、はい、ピュアクラブのお客さん達は、みんなピュアな心の持ち主なんですよ」
    「寛子も普通に会員になって食べに来たいんだけど、どんな審査があるの?」
    「あっ、私も食べに来たい! あとこの店って時給いくらくらいなの?」
    「……そういうこと気にするのはピュアじゃないんじゃないか?」
     とアロアは登にツッコミを入れられる。
    「あはは……一応アルバイトは高校生になってからね?」
    「そっかー、ここでバイトしてみるのもいいかもって思ったけど、ピュアって難しいのね」
    「ところで美鳥さん、私達の学園に来ませんか?」
     そう言って、いちごは美鳥に武蔵坂学園について説明した。
    「えっと……あの、こんな私でもよければ……」
     まだ自分がしでかしてしまったことを後ろめたそうにであるが、美鳥はそう言った。
    「ようこそ同胞。お前さんの青春に幸あれってな」
     そう言って翔はポンと美鳥の頭を撫でる。
     その様子を眺めていたカミーリアは、事件の終わりを感じて、手の中でクルクルと遊ばせていた鋏を、シザーケースにストンと戻すのであった。

    作者:刀道信三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 10
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