●廃村の蹂躙者
人里より少し離れた山中。そこに一つの廃村があった。
周囲に何もないため、忘れられて久しいような場所だ。訪れるものもなく、ひっそりとそこにある。
しかし今、そこには人の気配があった。長期休暇の暇つぶしにと、五人の大学生がやってきたのである。
本来であれば、それはそれだけの話だ。本当に何もない、寂れてしまった村を見て、それでも彼らは多少の満足をする。それだけの話だった。
だがそうはならなかった。そこは確かに廃村であったが、そこに住み着いていたものがいたのである。しかもそれは、ただの獣などではなかった。
「ひっ……! な、何なんだよ、アレは……!?」
青年は必死で走っていた。時折足がもつれ転びそうになるが、何とか持ちこたえ、また走る。
歩くという発想はなかった。だってそんなことをすれば、自分もあんな風になってしまう。
「はぁ……! はぁ……!」
青年の脳裏に浮かぶのは、先ほど自分が目にした光景だ。ほんの少し前まで、楽しく過ごしていたはずだった。
それが気がつけば、前方を歩いていた友人がいなくなっていた。
いや……そうでないことは分かっている。だがそうとしか思えなかった。思いたくなかった。
だってそうだろう。目の前にある炭化した物体が、先ほどまで笑い合っていた友人の成れの果てなどと、考えられるわけがない。
しかしそんな思考は、次の瞬間吹き飛んだ。それがこちらへと目を向けた瞬間、理解する。それが何なのかは分からないが……自分は今日この時、死ぬのだと。
だから逃げた。死にたくなかったから。無理だとわかってはいても、その場に留まるという選択だけはなかった。
後のことはよく覚えていない。おそらくは他の友人たちもバラバラに逃げたのだとは思うがその保証はなく、既に時間の感覚すらない。
いつまで、何処まで逃げればいいのかは分からない。だが。
いつの間にか俯きながら走っていた。何処を走っているのかもよく分からず、しかし青年はふとそれに気付く。
何処から吹いてきているのか、暖かな風を感じた。
何だろうと思い顔を上げ――
「あ……」
それが最後の言葉になった。
●炎獣の殲滅
「この度は集まっていただき、ありがとうございます」
集まった灼滅者達の顔を見渡すと、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は深々と頭を下げた。
そして頭を上げてから、言葉を続ける。
「今回の依頼は、とある廃村に住むダークネスの灼滅です」
ダークネスの種類はイフリートだ。某県山奥にある廃村に、それが住んでいる。
「正確に言うならば、イフリートが現れたことでその村は廃村になってしまったのですが……」
バベルの鎖によってそういった情報は伝達されづらい。だが廃村になってしまったのは事実だ。
そして世の中には好き好んで廃村へとやってくる物好きがいるわけで。つまりは、そういうことである。
「そのおかげでダークネスがそこに居ることを察知することが出来た、とも言えるのですが……」
下手をすれば灼滅者達に被害が出てしまう可能性がある以上、素直に喜ぶわけにもいかない。
かといって放っておけば必ず被害が出てしまう。
姫子としては心苦しくとも、皆に頼む以外にないのだった。
「廃村へと向かってしまうのは大学生五人です」
既に大学は長期休暇に入っているらしく、暇つぶしに何かしようということで廃村巡りとなったようである。ただし何処と決めているわけではなく適当に探したらそこになったというのだから、何というか運がない。
襲われるのは、彼らの一人が村の中央にある広場に差し掛かった瞬間だ。そこまで分かっていながら……というよりも、そこまで分かってしまっているが故に、それを防ぐことは出来ない。
「バベルの鎖による予知を防ぐため、その瞬間まで待たなくてはなりません」
それより早い段階で何かをしようとすると、勘付かれて逃げられるか、或いは奇襲を受けかねない。少なくとも碌な結果にならないのは確実だろう。
とはいえ、見殺しにしろと言っているわけではない。要するに襲い掛かるギリギリまで待って、飛び掛った瞬間に何とかすればいいのである。
幸いにしてすぐ近くには、随分とぼろくはなっているものの姿を隠すには十分な元民家がある。一階建てではあるが、十人は余裕で寝転がれそうな部屋が広場に面している。そこに隠れ、タイミングを見計らって飛び込むのが無難だろう。
イフリートが襲い掛かるのは、数十メートル先からだ。その姿はその家からならば確認できる。その速度は一般人には反応できないレベルであるが、灼滅者ならば間に割り込む程度は可能だろう。
ただしその方法が問題だ。そのタイミングで行動可能なのは最大二人までである。それ以上の人数が何かをしようとすると、やはり事前に察知されてしまう。
一番無難なのは、一人がイフリートの攻撃に割り込み防御をして、もう一人がその隙に攻撃を加えることだろう。
気をつけなければならないのは、攻撃を防ぐだけでは駄目だということだ。そのままではイフリートは、再び先ほど狙った一般人へと攻撃しようとするからである。
そのために注意を逸らさせる意味で、攻撃を行う必要がある。
しかし上手く注意を引き付けることに成功しても、注意が必要だ。イフリートはその後、その者を重点的に狙うことになる。誰が注意を引き付けるか、よく考える必要があるだろう。
「その後はイフリートと戦闘になると思いますが……そのままでは一般の方々が危険です」
つまり一般人を避難させなくてはならないわけだが、当然それを行う者はその間戦闘に参加できない。人数が少なければその分抜ける穴も大きくはないだろうが、おそらく避難に手間取りしばらく戻ってくることは出来ないだろう。
逆に人数が多ければすぐに戻ってこれるだろうが、その分戦力が減ってしまう。
「どうするかは、皆に任せます」
しっかりと話し合って決める必要があるだろう。
しかしそもそもの話、今回はイフリートの灼滅の依頼である。
つまりは。
「……最悪、一般の方々の生死は問いません」
要するに必要ならば、一般人を囮に使うことも可能だということだ。最初の段階で助けることなく、見捨てる。姿を見せなければ、イフリートは一般人全員を殺したところで油断するだろう。そこを全員で一斉に攻撃すれば、大分有利に戦いを進められるはずだ。
「勿論一般の方々も含めた全員が無事に帰還するのが一番ですが……」
現実は全てが理想どおりにはいかない。必要ならば、時には非情な選択をしなければならないのである。
「肝心のイフリートですが、特に変わったところはありません」
見慣れているものもいるだろう、炎を纏った獣の姿に、ファイアブラッド相当のサイキック。
そう、普通だ。普通に、油断のならない相手である。
「分かっているとは思いますが、絶対に単独で戦わないようにしてください」
その場合、怪我で済む保証はない。
ただ全員で油断なく戦えば、問題なく倒せる相手ではあるだろう。
「尚、襲うのを邪魔するにしろ、しないにしろ、最終的に戦うのは広場がいいでしょう」
広さは十分あり、戦うのに邪魔になるようなものも特にない。他は狭い道であったり、既に寂れているものの家があったりと少々戦いやすいとは言えないような場所だ。素直に広場で戦うのがいいだろう。
「また、廃村に向かう際ですが、注意しなければならないことが幾つかあります」
山間の村であったため、下手をすれば……というよりも、間違いなく雪が降っている。防寒対策をきちんとやっておかないと、着いたはいいが寒さで凍えて力が発揮できないということも考えられる。そこは注意したほうがいいだろう。
また足元にも気をつけた方がいいかもしれない。イフリートの周囲や移動した場所ならば雪も瞬時に溶けるだろうが、そうでないところは普通に積もっている。足を取られて転ぶ、動作が遅れるなど、支障をきたす場合もあるだろう。
しかしそういったものは大抵動きやすいように出来ていない。安全を取るか危険の可能性があっても普段通りの動きが出来るようにするか。そこは各人の判断のしどころである。
「……こんなところでしょうか。それでは、申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
そう言って姫子は、頭を下げたのだった。
参加者 | |
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エイナ・ルディレーテ(蒼き魔法と剣・d00099) |
戌井・遙(星降る夜・d00620) |
アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814) |
フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509) |
深束・葵(ミスメイデン・d11424) |
藤堂・瞬一郎(高校生神薙使い・d12009) |
霧月・詩音(凍月・d13352) |
神孫子・桐(放浪小学生・d13376) |
●廃屋よりその時を
一面の銀世界。一見すると素敵な状況にも思える言葉だが、あくまでもそれは余裕のある人間にとってである。
少なくともそれを望んでいないものにとっては厄介なものでしかない。
「寒い……さっさと終わらして帰りたいな」
戌井・遙(星降る夜・d00620)の現在の心境が、まさにそれだった。そこは屋根があり、風を遮る壁もある。さらにヒートテックを着てカイロを貼っているというのに、それでも寒さを凌ぎきれていない。
それは深束・葵(ミスメイデン・d11424)にとっても同様だ。寒さに震え、え、ファイアブラッドなのに? みたいな視線を向けられているが、ファイアブラッドは別にそういうものではないのである。
「ファイアブラッドでも寒いものは寒いよ~。何、この寒さ!?」
ダウンジャケットにブーツ、重ね着した肌着の下に大量のカイロを装着しているが、それでも予想以上の寒さがその身体を襲う。終いにはわざと自らの身体を傷つけて、それにより生じた炎で暖を取ろうとしているのがちょっとシュールだった。
そんな二人と対照的なのは、神孫子・桐(放浪小学生・d13376)だ。とはいえ別に寒さに強いというわけではなく、単純に現在使用しているESPのためである。
「ESPってすごい! 本当に寒くないよ!」
時折わざと切ったりして、その効果の程を確かめている。若干二名から羨ましげな視線が向けられていたが、桐はそれに気付く様子もなくそんなことを続けていた。
また他にも同様のESPを使っている者が居る。藤堂・瞬一郎(高校生神薙使い・d12009)もその一人だが、正直彼は寒さとかそもそもどうでもよさそうだった。
「隠すってのも、なかなか想像力を掻き立てられるっつーか……素敵だぜ、とし子さん」
自らのビハインドであるとし子さん。ロングコートにロングスカートと、本来は一般人に足から下がないのを見せないようにするためのものだったはずだが、おそらく今の彼はそれも含めてどうでもいいのだろう。いつもと違う服装のとし子さんを見て、ひたすらでれでれするばかりだった。
霧月・詩音(凍月・d13352)もそのESP――寒冷適応を使用している一人だったが、その手には双眼鏡が握られている。それが向けられている先は、すぐそこに見える広場とその周辺だ。エクスブレインより聞いた話によれば、そこで一般人が襲われてしまうらしい。
しかし。
「……わざわざこんな所に来たのなら危険に巻き込まれるのも当然な気がしますが」
ポツリと呟いたのは本音だ。元々詩音は過去に体験した出来事により一般人に好意を抱いていない。そうした言葉が出てしまうのも、ある意味で当然と言えた。
「廃墟マニアっていうんだよね、こういう人達。元々何も無い場所だからお宝映像が撮れる筈もないんだけど……」
こういう場所で偶然ダークネスと出会ってしまうのは、引きが良いのか悪いのか。そう言いながら、葵は肩を竦める。
「打ち捨てられ、人々からも忘れられた地に住まう獣……その棲み処を脅かす方にこそ、責はあるのかも知れません」
こちらも寒冷適応で寒さに対処していたフランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)が、少し言葉を選ぶようにして返した。
元々そうしたのはそのイフリートだ。だがだからといって、それ以外のことに関しての責任は果たしてあるのか。
「しかしながら看過する訳にも行きません、我らが務めを果たすのみ」
とはいえそれはそれ、これはこれ。
「まあ、彼らには罪は無いのできっちり灼滅はしますけどね」
頷く葵が言うように、それが人として当然のことであり、灼滅者の役目でもあるが故に。
「……奴らが絡んでいるのなら放置は出来ませんね」
詩音としても、それ自体には異論ない。
「イフリートってすごく強い! でも桐達はみんなで強いから平気!」
桐の放った言葉は力強かったが、いまいち根拠に欠けていた。しかしその様子から、本心から言っているのだということが分かる。
微笑ましさに似たものを感じ、微かに空気が和らいだ。
「好奇心猫を殺す、という言葉もありますから……今後は注意してもらいたいですね」
エイナ・ルディレーテ(蒼き魔法と剣・d00099)はそう願うが、そもそも今後があるかどうかは、彼女達次第である。
そして――。
●ただそこにある罪
「……来ました」
詩音の瞳がそれを捉えた。広場へと猛然と向かってくる、炎を纏った獣――イフリート。その向かう先、広場の手前には、一人の青年の姿も見える。
このままでは、あと一分もしないうちにその青年の命は失われてしまうだろう。
それを認めるわけにはいかないから。
「我是丸!」
それを止めるために、葵の意思と言葉に従い、ライドキャリバーの我是丸が勢いよく飛び出していった。
そしてもう一人。
「Slayer Card,Awaken!」
アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は防寒着を脱ぐのと同時にスレイヤーカードを解放した。その身に十字架の紋様を各所に縫い付けた赤い修道服を纏うと、再び防寒着を着込み武器を握り締める。準備完了だ。
我是丸の後に続き、壁をぶち破りながらイフリートへと突撃した。
わーお豪快、という仲間の視線を置き去りに、アリスはその身を走らせていく。
イフリートと戦うのは、この間の鶴見岳以来だ。並のイフリートを相手に今更恐れもないが。
「私が何かを間違えたせいで犠牲が出るのは怖いことだわ」
呟きながら、気を引き締めていく。その視線が向かうのは、もうすぐそこにいる炎の獣。
――綺麗に跡形もなく灼滅してあげましょう。
その言葉を、口の中だけで呟いた。
それが、誰にとっても幸いだから。
そんなアリスよりも数瞬早く、イフリートが青年を襲うのよりも先に、その前へと我是丸が躍り出た。
その際イフリートへと機銃を放つが、その動きは欠片も鈍らない。突然現れた我是丸を、邪魔だとばかりに吹き飛ばした。
その間にイフリートが動きを止めたのは、ほんの一瞬。けれどその一瞬で、アリスはさらに一歩を縮める。
が、その腕が届くまでには、足りない。そしてそれを詰めている間に、イフリートは青年を捉えてしまうだろう。
しかしアリスにはそこまでで十分だった。
「さあ、イフリート、あなたの相手は私がするわ。かかってらっしゃい」
言葉と同時、イフリートの真下にまで延びていたアリスの影から、無数の腕が飛び出した。それこそがアリスの持つ武器の一つ、汎魔殿。
影よりわき出た無数の腕がイフリートの身体を掴むと、そのまま地面へと叩き付けた。
瞬間地面に積もっていた雪が蒸発し、その周囲へも影響を与える。だがそれは青年へと届くギリギリのところで止まっていた。
それを確認し、アリスは一つ息を吐く。それからイフリートへと視線を戻し。
目が合った。
感じるのは、明確にこちらへと向けられた殺気。しかしそれは狙い通りだ。アリスは臆すことなく、その目を見返す。
アリスは先日強力なイフリートと戦った。しかしそれでアリスが劇的に強くなったかというと、そういうわけではない。彼我の戦力差は相変わらずである。
でもそれが分かっていながらも、アリスの心には変わらず怯えの感情は欠片もない。
何故ならば。
「封印術式開放」
そこに居るのは、アリス一人ではないから。
後ろから聞こえたのはエイナの声だ。アリスの横に並びながら、その手に握られるのは焔の如き抜き身の刀身。
無造作に一歩を踏み出すと共に、一閃。血液代わりの炎が宙を舞った。
「滑らないように気を付けないとな……それにしてもすごい雪だなぁ」
何処か暢気に呟きながら、ゆらりと前に出るのは遙。その手にはいつも通りの二刀。白い刀身の冬桜。黒い刀身の黒椿。
地面に寝転んでる獣に、挨拶代わりにぶちこんだ。
そしてついでとばかりに葵より放たれた光の刃が、その身をさらに切り裂く。
吼える炎獣。
未だその近くに居る青年は、座ったままその場を動こうとはしなかった。というよりも、突然のことに理解が追いつかず動けないのだろう。既に青年が狙われることはないだろうが、その距離では巻き込まれかねない。
しかしその間に詩音が立ち塞がった。
確かに一般人に好意を抱いてはいないけれど。
「……死にたくなければ、今すぐこの場から立ち去ってください」
だからといってむざむざ死なせるつもりもないから。
そこにすかさず瞬一郎が飛び込む。言うことを聞かせてる暇はないと判断し、青年を引っ掴むと引きずるようにしてその場を離れた。
「ほらこっち来い! 死にたくねぇならな!」
そのまま青年の仲間達のところまで移動すると、彼らが状況を理解するのを待たずに強引に先導していく。その後を殿として、とし子さんが続いた。
そしてそちらへと意識が逸れた、その瞬間のことだった。
影の腕を引きちぎり、一瞬でイフリートがアリスの目の前へと移動する。既にその腕は振り上げられ、アリスの反応は一瞬遅い。
その腕が、振り下ろされる。
――直前。
「安らぐ事能わず、死出の眠りに就くが良い」
遠方より届いたフランキスカの歌声が、イフリートの身体へと響いた。それは眠りに誘う旋律。受けたものは例えダークネスであろうと――。
『――――――っ!』
だが咆哮がそれを掻き消した。そしてその動きを再開させると、今度こそその腕がアリスに振り下ろされる。
しかし今度はアリスも対応していた。腕でその攻撃を受けると、衝撃を流すためにそのまま後方へと飛び退く。
それでも相手はイフリートだ。逃しきれない衝撃に骨が悲鳴を上げ、熱に皮膚が焼ける。痛みと熱さに意識にノイズが混じり、だがアリスの視線は変わらずにそれを捉え続けている。
お返しとばかりに、影からわいた無数の腕が再度イフリートを地面に叩き付けた。
そして着地したアリスに、桐から護符が飛ぶ。それは傷を癒すと共に、炎への耐性を与えるものだ。
礼代わりに視線を向ければ、どういたしましてとばかりに満面の笑顔を返された。それに否定的な感情が沸き上がってこないのは、桐の人徳故か。
ともあれその口元を少しだけ緩めながら視線を前に向けると、アリスは再びイフリートのところへと突っ込んでいった。
●再び忘却の果てへと
多少てこずりながらも無事に青年達を村の出口付近にまで送り届けた瞬一郎が戦場へと戻ると、戦況は若干押され気味であった。急ごしらえでもあるせいか、連携に微妙な齟齬があるのが大きい。先ほどアリスを庇った我是丸が消滅してしまったのも厳しく、正直あと少し瞬一郎の到着が遅れていれば、一人や二人倒れてしまっていたかもしれなかった。
しかし瞬一郎は前線へと赴くとし子さんへと、
「頼んだぜとし子さん。後ろ姿も凛々しいな。くぅっ!」
などと言っているあたりそんな状況を理解しているのかいないのか。まあ即座に前衛の皆へと清めの風を使用している辺り分かってはいるのだろう。
ともあれ、揃い。状況が動いた。
「瞬一郎サンキューな!」
礼を述べながら、遙が前に出る。イフリートの振るう豪腕を潜り抜け、さらに一歩を前に踏み出す。地面を力強く踏みしめながら、その胴体へと炎を纏わせた二刀を叩き込んだ。
それに合わせるのはフランキスカ。イフリートより数度の攻撃を受けたその身体は傷ついていたが、その目は欠片も死んでいない。
その手に持つは大身幅広の片刃剣。ルーンが刻まれた刀身を、その身より生じた炎が包み込む。
「汝、獄炎に囚わるべし。燃え尽きよ!」
そして遙が傷つけたそこを、なぞるように斬り裂いた。
そこに葵が滑り込む。手には炎刃。三度の斬撃。
同種の攻撃は、やはり同一の場所を撫でる。二度のものよりも大きな炎が舞った。
だがイフリートもただではやられない。咆哮と共に、その身に宿す炎が膨れ上がる。それから腕を振り上げると、そのまま地面へと叩き付けた。
「……っ!」
それと共に溢れる炎。それは近くに居た者達の身を焼き、体力を削る。
だがそうはさせじと桐が動いた。
「回復するよ! まだまだ我慢だ!」
招かれた優しき風が、体力を取り戻させ、その火傷を癒していく。
それが気に食わなかったのか、イフリートの視線が桐へと向いた。
しかし動くのよりも先に、そこに割って入ったものがある。
それは歌声だ。
「清冽なる白銀の地。其処に住まうは忘れ去られし炎獣。鮮血と破壊を求めし生に今、終焉を――」
詩音によるディーヴァズメロディ。先程は抵抗したイフリートだが、傷ついた身体ではその誘惑に耐えられない。
「世に満つ力の面影よ、虚海より出でて敵を討つ力の矢となれ!」
意識を途切れさせたその身体へと飛んだのは、アリスの追撃。バベルの鎖を瞳に集中した後でのマジックミサイル。
狙い済まされたそれは、先ほど遙達が斬り付けたそこを正確に穿った。
さすがにその衝撃で、一瞬にしてイフリートは目を覚ます。
だが。その時既にエイナは懐へと飛び込んでいた。
度重なる胴体への攻撃で、イフリートの意識は完全にそちらへと向いている。故に。
言葉はなかった。有ったのは青の軌跡と、その後に再度その刀が振るわれたという事実のみ。
直後、エイナの手に刀はなく、代わりにそこにあるのは一枚のカード。
首を亡くした獣の肉体が、音を立てて崩れ落ちた。
「灼滅完了。これでこの村は、本当の廃村に戻ったわけね」
アリスの呟いた言葉の通り、もうそこを荒らす存在はいなくなった。これで再びそこは、時の流れに置き去りにされたかのような静かな時間が流れるのだろう。
今はまだ残る戦いの後も、しばらくすれば全て雪が覆い隠してしまうに違いない。まるで、最初から何もなかったかのように。
しかしそれが当然なのである。それが、終わったモノの宿命だ。
「おつかれさまでした! 雪遊びしたいけどあの人たち連れて帰らなきゃかー?」
などとちょっと切なげな雰囲気に浸っていたら、突然そんな元気でありながらも少し悲しそうな桐の声が飛んだ。
それだけで皆の口元に自然と笑みが浮かんでしまうのは、もうちょっとした才能だろう。そんな桐へと、苦笑しながら瞬一郎が自分が様子を見てくることを伝えた。
「いなきゃいねぇでいいんだけど。一応な」
いないのならばそれでよし。居たら居たで、終わったことを伝えれば勝手に帰るだろう。
そう言うと、じゃあ雪遊びしてていいか? とか聞いてきたが、それを拒否することが出来る者は、そこにはいない。
遙だけは空を見上げながら、暖かい飲み物が欲しいなどと考えていたが、どうやらそれを買うには今しばしの時間が必要そうである。
もう滅びてしまった村。そこを、まるでかつて健在であった頃のように、桐の笑い声が響き渡った。
作者:緋月シン |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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