チョコも恋心も溺れ死ぬほど

    作者:一兎

    ●予感はカカオの香り
    「お客さんのプレイ凄かったっすねー。ギャラリーが沸いて、ウチも繁盛っすよ。これ、別ゲーの景品チョコなんすけど。よかったら」
     そうやって店員に差し出されたチョコを受け取り、霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)はゲームセンターの外へ出た。
    「そういえば、バレンタインデーも、もうすぐなんですのね。……あら?」
     バレンタインデー。それは異性(場合によっては同姓)にチョコを送る日。
     チョコに込められる想いは愛。義理や友情の意味もあるがとにかく、そういう日なのだ。
     そんな世間一般女子の一人である弥由姫は、ふと足を止める。違和感を感じたのだ。
     視線を向けた先には、一人のイケメンがいた。
    「ほら、僕は見ての通りだからさ。毎年、たくさんチョコを貰うんだ。正直、食べきるのが大変だけどね」
     イケメンは隣を歩く男友達に向けて、爽やかに苦笑する。白い歯が眩しい。
     ただ弥由姫は、イケメンではなくその向こう側、電柱の影に一人の少女の姿を見つけていた。
     その少女は、イケメンに視線を浴びせていて、恋乙女の一人であるのが見るだけでわかった。
     しかし、こう『憧れのあの人にとびっきりのチョコを!』みたいな視線ではなく。
     そこで弥由姫は、違和感の正体に思い当たった。
    (あぁ、なるほど。ハメ技を繰り出そうとする。醜悪な輩の顔ですわ。……私には関係のない事ですし。今日は帰りましょう。電車の時間は……)
     あとは当人たちの問題。少なくとも、その時はそう思った。
     だが弥由姫は知らなかった。その違和感が小さな予兆である事を。

    ●ヤンデレ少女、夢に出る
    「皆様は、チョコレートで溺れ死んだ事が、あるでしょうか?」
     あるわけない。それが答えだ。
     そもそも死んでいれば、宣言する事も出来ないのだが。そう言う弥由姫の表情は、決して冗談を言うものではない。
    「えぇ、夢の出来事ですわ。それも悪夢。私ではなく、どこかのイケメン様が見る事になるものですが。そうですわね? 須藤さん」
     灼滅者たちを前にして、次に弥由姫は微笑む。
     彼女が確認をとったのは、エクスブレインである須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)だった。
     なんとなしに違和感の件を話してみたところ、まりんは事件に発展するとの未来予測を出したのだ。
    「うん。その怪しい雰囲気の女の子、名前は毒味・知代子(ぶすみ・ちよこ)って言うんだけど。イケメンの男の子の事が大ッ好きなの! ……けど、イケメンだから、ライバルも多くって、それで独り占めしたいって想いから闇堕ちしちゃって」
     あとは、弥由姫の言った通りの事が起きる。
     知代子が闇堕ちしたのは、他者の夢へと入り込み、悪夢を操って宿主を衰弱させるダークネス、シャドウである。
     イケメンの夢へと入り込んだ知代子は、己のチョコレートのみを味わって欲しいからと、溺れ死ぬほどの大量のチョコレートを用意したのだった。ただし夢の中で。
    「そのため、わざわざ手紙に睡眠薬入りのチョコレートを同封して、送りつけるそうです。ご苦労な事ですが、イケメンの方も方ですわね。自身がモテると自覚していながら、疑いもせずに食べるのですから」
     弥由姫の言葉は、ある意味ではもっともである。
     余談だが、チョコやクッキーに、自身の髪の毛やら何かを混ぜたりする人は、実際にいる。イケメンでモテるという人は気を付けるべき事なのだ。
    「えっと、とにかく。イケメンさんの夢の中に入れば、毒見さんとはすぐ会えるから、止めてあげて欲しいの。闇堕ちしてダークネスになってるから、戦闘不能になるまで攻撃する必要があるけど」
     弥由姫の言葉に押され気味なまりんは、気を取り直して言い切った。
     しかし。
    「あら、そういえば。私が見た時の毒見さんは、闇堕ちしていなかったのですわね? でしたらまだ、こちら側へと救い出せる可能性があるのでは?」
    「あ、えっと……うん、まだ大丈夫!」
     弥由姫の指摘に、まりんはまたドジを踏んでいた事を知った。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    先旗・宮古(ハラペコライダー・d01486)
    天羽・蘭世(虹蘭の謳姫・d02277)
    山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)
    高遠・彼方(剣爛舞刀・d06991)
    ウォーロック・ホームズ(チョコレートはメイジ探偵・d12006)
    霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)

    ■リプレイ

    ●少女の抱えるジレンマ
     イケメンの夢へと入り込んだ時、灼滅者たちが最初に感じたのは、部屋一杯に充満した甘いチョコレートの香りだ。
     部屋の中央で、グツグツと煮立つ巨大な鍋からは湯気が立ち昇る。不思議な二重構造らしく、チョコのテンパリングも出来る仕組みのようだ。
     鍋の縁から何かの棒で中身を混ぜる知代子の姿は、異様にも見えた。
     とはいえ、夢の中で少々の物理法則を気にしても仕方ない。
    「毎年貰ってたって分を足しゃあ、あのくらいにはなったんだろうが。全部食べてきたって事は、一応律儀なんかねー」
     見上げて次に、ソファに倒れているイケメンの姿を見て、山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)は呆れるように言う。
    「ですが、それが必ずしも良い選択とは限りませんわ」
     鷹秋の言葉に、霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)が返す。その間に、迫水・優志(秋霜烈日・d01249)が知代子に声をかけた。
    「何してるんだ? バレンタインってのはわかるが、そんな大量のチョコさ」
    「……誰っ!?」
     それまで気づいていなかった。いや、眼中に入ってなかったのだろう。知代子は最初にびくりとして、振り向く。
     肌の白さと目の下に出来たクマの両方が不健康そうなイメージを思わせる容姿をしていた。一方で、体の端々からぶよぶよとした何かが蠢いていて、シャドウになりかけているのもわかる。
    「私たちは、ミス・チョコ、君にアドバイスしにきた者だよ。私の推理によるとだね。むっ!? どこいったかな?」
     話し合うには落ち着きが必要だ。ウォーロック・ホームズ(チョコレートはメイジ探偵・d12006)はそこまで考えていなかったが、癖で素早く割り込むと、自慢の迷推理を披露しようとする。
     しかし、目当てのブツが見つからない。
    「……私はただ、彼に、愛を受け止めて、欲しい、の。……このチョコレート、は。想いの、大きさ……深さ、重さ……」
     それに気を抜かれたのか、疑問を一度放置して、知代子は語る。ある意味では真っ直ぐな想いを。
     イケメンと交わした言葉(8割が挨拶程度)や、イケメンの時折みせる仕草(確実に尾行しないとわからないレベルの癖まで)。
     その情熱と行動力を別の事に費やせば、もっと有意義な青春が送れたろうに。
    「勿体無いですわね、貴方……。そこまで見ていたのでしたら、わかるでしょう? あの方は、毎年貰う幾つもの本命チョコレートを多すぎて大変だと笑う。そのような殿方を慕っていても、仕方ないでしょう」
     弥由姫は笑うでもなく。ましては怒りもせず、淡々と事実を述べる。
     そこに、やっとブツを見つけたホームズが、ブツを見せつけ。
    「そうだとも。我々の所属する学園に来れば、イケメン君はたくさんいるぞ。密かに撮影させて頂いたこの写真のボーイズは、ほぼフリーだ!」
     報われぬイケメンより、報われるイケメン。それもまた道である。
     果たして、ホームズの迷案を聞いた知代子はゆっくりと鍋の縁より降りてきて、ホームズの間近に迫り。
    「むっ、どうしぃたぁえわとすんっ!?」
     サイキックの力が込められていなかったため、実害的なダメージはなかったが、ホームズは頬に強いビンタを受け、すっ飛んだ。
    「……否定させ、ない。私の、想いも。人生も! 全部、全部……!」
     既に気づいていたのかもしれない。ただ、知代子がそれを受け入れるには時が経ち過ぎていた。
     イケメンを監視する日々は日常となり、自らのアイデンティティーにまでなっていたのだ。今更自分を変える事など出来やしない。
    「脅えちゃダメなんだ。変わる事を怖がってちゃいけないんだよ。だから、ボクたちがここに来たんだ!」
     先旗・宮古(ハラペコライダー・d01486)は、知代子の姿に自身を見ていた。かつて恋した人の隣には、自分じゃない誰かがいる。それでも嫉妬に溺れる事無く、宮古は人生を歩んできた。
     その叫びが、届いたかどうか。灼滅者たちは各々の殲術道具を構える。
     絡み付くジレンマの影から、少女を解き放つために。

    ●誰もが普通の女の子
     人としての意思からか、忘れきれぬ恋心のせいか、知代子の攻撃がイケメンに危害を加える事はなかった。
     そのまま知代子は、影の力で鍋のチョコレートを操り、一つの弾丸へと変化させる。
    「貴方に……何が、わかるという、の……!」
     知代子の飛ばした弾丸は、実弾にも劣らぬ速度で宮古へと迫る。しかし、宮古は避けようともせず、拳を構えて。
    「わかりっこない! 境遇は似てる。なんとなく気持ちはわかる。けど! ボクとキミは違うんだから、わかるわけない! でも、違うからこそ一緒に考えられる!」
     突き出した拳で、チョコの弾丸を砕く。弾丸を目で見る暇はない。ただ気持ちでぶつかっただけだ。
    「私は、今も変わろうとしてる、っす……。そうやって頑張れるのも、今が楽しいからっすよ。友達のおかげっす」
    「簡単に、変われるなら……こんな、に。苦しま、ない……!」
     知代子が攻撃を放った隙に、小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)は宙より迫る。
    「いや、簡単っすよ。間違いに気づけているなら、次は反省っす! 想いもやり方も、全部フェアに行くっす」
     振り下ろすガンナイフに翠里自身の影を宿し、知代子の傍に着地すると同時に、シャドウの具現であるブヨブヨとした知代子の影を斬る。
    「まずは、邪魔くさい物をどっかにやるっすよ。蒼も手伝うっす!」
     翠里の呼びかけに霊犬の蒼が吠えて、すれ違い様に影の一部を切り取り。翠里と共にその場を離れる。
    「……私の事、は。誰も、気にして、くれない! 悪いのは、私だけじゃ、ない……!」
     心からの叫びだった。影により引き出されたトラウマのせいか、知代子自身の言葉が飛び出していた。
    「女の子は誰だって、魅力的になれるのです。振り向いて欲しいと思うのではなく。振り向かせる女の子になればいいのです」
     見苦しくもある叫びに、天羽・蘭世(虹蘭の謳姫・d02277)は優しく微笑んでみせる。
    「私は、女の子らしく、ない。お化粧も、わからない、し。髪の手入れ、だって……出来ない!」
    「ですが、綺麗な声をしていますよ? 全部、一度にこなさなくていいのです。小さな積み重ねが大事なのですから」
     年下の少女に、言われる言葉ではない。だが、知代子の心は確かに揺さぶられた。
    「それに、この髪。手入れが出来ない割に、整ってますわね。素材はよろしいのではなくて?」
     同時に、知代子の背後から弥由姫が、髪の一部を手に取り。そう言う。
     二人は知代子を挟んで、視線を交わす。そして。
    「蘭世はまだまだ、未熟です。いえ、みんな途上で、これから先はずっとあるのです……」
    「……ですから、私たちもお手伝いしますわ。お互いで高めあえば、格ゲーも魅力も、しだいに上達するのですから」
     蘭世は虹色のオーラで出来た翼を広げ、翼から七つの光を放ち。
     弥由姫は静かに唸るチェーンソー剣を、影を縫いとめるように突き刺した。
     
    ●男の見方
     バレンタインデーにおいて、男の大半は受身である。その中、最近の風潮で男からチョコレートを送る事も珍しくなくなってきていた。
     女の子が主役の一日ではあるが、男もそれに関わる以上、それぞれの考え方を持っているのだ。
    「偏見かもしれないし、まぁ……そこまで本気で受け止められても困るが。男として、やっぱり印象に残るのは、手渡しと手作り、からの告白。だろうと思うぞ俺は、うん」
     高遠・彼方(剣爛舞刀・d06991)の声は、どこか無責任な響きがあったが、これも彼方なりの考えである。
    「……告白して、も。どうせフラれる、って……わかって、た……!」
     しかし知代子も、とことんまでネガティブだった。
    「それは、ストーキングした奴が言う台詞なのか? いや、そういうものかもしれん」
     この台詞は彼方以外に聞こえないほど、小さく呟かれた。聞こえて刺激するのもマズい。
    「告白しなければ、何も伝わらんだろう。なんのために言葉があると思ってる」
     ただ、その次の言葉は正論だった。合わせて彼方は、その場で無敵斬艦刀を振りぬく。
     斬艦刀の斬撃は、オーラで出来た刃となり、放たれる。
    「……!」
     知代子は、対抗するために急いで影をより集め、壁を作り出した。
     瞬間、壁に線が走ったかと思うと二つに裂け。斬りおとされた部分は床に落ちて、影へと戻る。
    「その言葉の代わりになんのが、バレンタインのチョコだろーが。想いごと形にしたって、受け取れねぇもんなら、意味はねー」
     鋼糸を手繰り寄せながら鷹秋は、言葉を繋げ。
     切り開かれた影の壁を越えて、彼方の斬撃は知代子へと叩き込まれる。
     血はでない。斬っているのはもっと精神的なモノ。人の内にある物だ。
    「望みがない。どうせ無理。そう言いながら前に進めるなら、大したもんだ。けどな、マジに好きなら関係なく突っ走れるもんだろーがよ」
     筋骨隆々の鷹秋だが、実は猫好きである。しかし猫アレルギーであるために、ジャレつくたび苦痛を味わっている。
     それでも鷹秋は猫が好きなのだ。
    「……どうして、貴方達は、ここまでする、の……?」
     なぜか? 
     これは再び割り込んできた、ホームズの台詞。
    「なに、簡単な推理だよ、ミス・チョコ。意固地になるからいけない。もう少し視野を広げてみたまえ。イケメンもいいが男はハートだよ。私とか、私とか、私とか」
    「ウォーロック。お前さっき、そこで転がりながら『いいだろママンからのチョコを、貰った数に入れたって!』とか言ってなかったか?」
     自信満々に関係ない推理をしてみせて、おまけに自分をアピールするホームズに、後ろから優志がツッコミを入れる。
    「何を言ってるのかねミスター・ユウシ!? アレはだ。そう、トラウマだ。トラウマの仕業だよ! あと私の事はホームズと呼びたまえ」
     台無しだった。けれども、二人も灼滅者である。
    「ともかく! その心を、盗ませてもらう!」
     選んだ台詞はかなり間違っていたが、宣言したホームズの指先から光弾が放たれ。
    「別に、俺は深い意味もないな。ただ、よっぽど人を想える奴が作る。『量』じゃない『質』の極上チョコとか、そういうのを見てみたかったってとこだ。もう、必要なさそうだけどな」
     合わせて、優志は左手に貼り付けた護符を燃やす。燃えた際に生じる炎は光となり、知代子の影を照らし出す。
     眩しい光の中、知代子は思った。
     新たな恋を探すのも、いいかもしれない。……けれど、その前に。
     光弾が影を貫き、知代子の意識はそこで途絶える。

    ●想いを振り切って
     10分ほどして、知代子は目覚めた。
     灼滅者たちが安堵する中、知代子が真っ先に行った事はイケメンへの告白だった。
     夢の中で起こすとは、器用な事をするものだが、その結果は言うまでもなく。
    「あれっすよ。失恋なんて、人生にはつき物っす。今のうちに振り切れてよかったと考えるっすよ」
     翠里の声も、届いているのか。
    「よーしよし……失恋は、辛いよね。ボクも最初は同じだったよ……」
     ジレンマがあったとしても、やはり恋心は本物だったのだろう。今は宮古が背をさすってるが、知代子はとにかく泣いていた。
    「いや、それはわかるんだが。何も、また眠らさなくてよかったろうに……」
     もう一度言うが、ここはイケメンの夢の中である。
     イケメンなしに存在しない空間の中で、その本人は気絶していた。
     床に倒れるそれを見ながら、彼方の呟きは女子勢へと。
    「あんな酷い振り方をしておいて、笑ってすまそうというのが、いけないんです! どうせバベルの鎖で忘れて、またどこかで同じ事をするのですから、妥当な制裁です!」
     対して蘭世は、ぷりぷりと怒りながら主張する。
     これはバベルの鎖の悪用だとか以前、人としてのモラルの問題だ。
     恐らく、女子(もしくは女子の心を持つ男)にこの話をして、怒らない者は一人もいない。
     それほど、イケメンの断りの台詞は酷いものだった。
    「いや、な。俺も男としてアレはないとは思ったがな。何もこか……」
     男の尊厳のために、試しに言い返そうとも思ったが、途中で止めた。
    『なに……?』
     女子たちからの視線は、それはもう殺気に満ちたものだったから。
     結果的に、少女はイケメンへの想いを振り切った。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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