「何だよありゃぁ……」
急ブレーキが間に合い、男の軽トラックは飛び出してきたソレとぶつからずに済んだ。
「ウウウウゥ」
「ば、化け物」
荷台に積んでいた粗大ゴミが道路に散らばったが、そんなことなどもはや気にならない。車のライトに照らし出されたのは、今まで見たこともない存在だったのだから。
「に、逃げ」
恐怖から男は慌てて車を発進させようとしたが、もう遅い。
「ガァァァァッ!」
「ひっ、ああああああぁぁぁ」
身体の一部が変じた刃を叩きつけられた軽トラックは男を乗せたままガードレールを突き破り崖下に落ちていったのだから。
「皆、集まっているな?」
現れたエクスブレインの少女は、鶴見岳の戦いでソロモンの悪魔が使役していた『デモノイド』が事件を引き起こすのを察知したと告げた。
「事件が発生するのは愛知県の山間部、先の戦いの敗北でソロモンの悪魔がデモノイド達を廃棄したという線も考えられるが詳しいことはわかっていない」
ただ解っているのは、事件を引き起こすデモノイドが暴走状態にあると言うことぐらいなのだとか。
「もっとも、暴走状態とはいえデモノイドの戦闘力はダークネスに匹敵する」
放置すれば今回予知された事件の他にも被害が出る可能性がある。
「故に皆にはデモノイドを撃退してきて貰いたいのだ」
少女はそう言うと黒板に歩み寄って一本のチョークを手に取った。
「まず、デモノイドだが、皆に倒して貰いたい個体は山中を突っ切り崖に反った道路に飛び出してきたところで山道を走っていた軽トラックと遭遇、事件を起こす」
この個体と接触可能なのは事件の直前、山中と道路の二カ所であり、前者は遮蔽物が多く足下も悪い。
「後者は広くて遮蔽物はないが人よけをしなければ被害に遭う筈だった軽トラックがやって来てしまうだろう」
まぁ、人よけの手間を苦にしないなら道路で戦った方が問題は少ない。
「ただし、夜の山の中だけあってどちらの戦場も暗い。明かりは必須となる」
もっとも、この辺りの問題をクリアしてしまえばあとはデモノイドと戦って倒すだけなのだが。
「尚、デモノイドは近接戦闘を得意とするようだ」
腕で殴りつけたり身体を変形させて作り出した刃で殴ったりというように。
「デモノイドはKOすれば灼滅出来るようだが、当然ながら一撃は重い油断はしないようにな」
少女はそう釘を刺すと説明の一部を書き込んでいた黒板に向き直り黒板消しへと手を伸ばす。
「私に言えることは以上だ。一緒に行く事は出来ないがこの一件、くれぐれもよろしく頼んだぞ」
少女は向き直ると教室を後にする灼滅者達へ頭を下げた――文字を消すか一瞬迷い黒板消しを持ったままだったが。
参加者 | |
---|---|
宍倉・太一郎(羅断の迅戟・d00022) |
留守・正嗣(四穂の呑底・d01992) |
フィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799) |
ブルー・クリムゾン(蒼紅の死神・d05544) |
山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622) |
鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759) |
ンソ・ロロ(引きこもり型戦士・d11748) |
山田・菜々(鉄拳制裁・d12340) |
●そを待ちて
「あれくらい置いておけば、通ろうとはしないだろうか」
後方を振り返ることなく留守・正嗣(四穂の呑底・d01992)が口にしたのは、おそらくこちらに向かうと言われていた軽トラックへの対策のことだろう。感情の乗らぬ表情から漏れた言葉は内容が内容でなければ同行した面々もたわいない独り言だと思ったかもしれない。
「私も殺界形成でトラックがこちらに来ないようにするつもりですし」
大丈夫でしょうと告げた鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)は通行止めの看板がある方へと向き直るが、視線の先にあるのはまだ暗闇のみ。
「道路で待ち構えて出てきたところを叩く。シンプルね」
あとは、ブルー・クリムゾン(蒼紅の死神・d05544)がそうコメントしたとおりの単純な作戦を遂行するだけの筈だった。
「しかし夜間に粗大ゴミを積んだ軽トラックか。まさか山中に不法投棄するつもりではないだろうな……?」
他所に思考を傾ける程度の余裕があるのも、物音さえしないからだろう。宍倉・太一郎(羅断の迅戟・d00022)は物陰に潜みながら白い吐息を漏らすと道路の先から木々の生え茂る山側へと目をやり、手にした発煙筒を握りしめる。
「デモノイド……ですか」
夜の沈黙を僅かに破り口を開いたのは、山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)だった。
「ソロモンの輩には鶴見岳の借りがある。あの時はデモノイドと相見える機会は無かったが……」
(「始めて戦う事になるから……油断は出来ないわね……」)
「デモノイドって、なんかいかにも怪物って感じっすよね」
まだ一度も刃を交えたことのないからこそ敵の強さを気にする者、山田・菜々(鉄拳制裁・d12340)の様に容姿についてコメントする者が居るかと思えば。
「デモノイドにされた方も元は普通の人間だったでしょうに……」
望まずして化け物へと変えられた人の境遇へ同情を示す者もいて。
(「戦う為だけに生み出されるなんて気の毒」)
箒に跨り上空にいたフィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799)からはもう既に見えていたのだろうか。
「流石に戦闘前に一休憩するほどの余裕はありませんでしたね」
口にした言葉が本音なのか冗談なのかは、空を飛ぶ仲間の下でデモノイドを待ち伏せていた面々には解らない。
「ウウウウゥ」
「来るぞ」
解ったのは別のこと。行く手を遮る木々の枝をへし折り、唸り声をあげながら直進するゲストの到着だった。
「ウオオオォォォォォゥ」
発煙筒が投じられ、灼滅者達が各自で用意してきた明かりがつけられる。
「こ、これ……元人間なんっすよね?」
物陰に設置されたドラム缶――ではなくその中のンソ・ロロ(引きこもり型戦士・d11748)は、もはや見まごうことの無いほどの距離に迫った『それ』の姿に思わず顔を引きつらせた。
(「このようなこと、許される筈がない」)
玖耀は、ソロモンの悪魔への憤りを胸に手袋に包まれた拳を強く握る。
「そこまでっす!」
「オォ?」
道路を目指して山の中を駆けてきたモノが立ち止まったのは、菜々の声へ反応したのかそれとも。
(「まぁ、でも……私がやる事は変わらないわね……」)
始めてやり合う事になる敵の実力を警戒していたブルーだったが、最初から解っていたことだったのかもしれない。
「灼滅するのは対症療法でしかないですが、今はこれ以上の被害を防ぐのが先決でしょう」
「そうね……さっさと後始末を終わらせましょう」
山桜桃の言葉に頷き、契約の指輪を填めた方の手をデモノイドへと向ける。これが、戦いの始まりだった。
●力
「ガァァッ!」
「流石――だな」
虚をついたであろう指輪から放たれた魔法弾を横に飛んでかわした蒼き異形は腕の一部を刃と変え、死角から繰り出したはずの無敵斬艦刀による斬撃をきっちりと受け止めていた。戦闘力だけならダークネスと互角と言われた存在だ、灼滅者達の前で見せた攻撃への反応も前情報を踏まえれば頷けるものがあった。
「だが」
灼滅者達は更にその一歩先を行く。
「オォォ?!」
「流石に今すぐ貴方の時を止めては差し上げられませんが」
動きを阻害するぐらいならと口にしたフィーナルの手から伸びた鋼糸がデモノイドの一方の腕に絡み付き。
「カルム」
「がうっ」
呼び声に応じた霊犬が口に斬魔刀をくわえたままアスファルトを蹴って飛ぶ。
「ウオオォォ」
「悪いな」
サーヴァントのものも交えた複数の灼滅者による連係攻撃。対応しきれないものが出始めつつも、霊犬のカルムが繰り出す斬撃にまで反応しようとしたのが逆に致命的な隙を生じさせた。
「ガッ」
正嗣が捻りを加えて突き込んだ【黒狐】に貫かれ、穂先がデモノイドの身体の反対側へと突き抜ける。
「グガォォォォ」
「っ」
苦痛の咆吼があがり、痛みを堪えかねるかのように振り回した腕が正嗣を引っかけたのは、狙ったものかそれとも偶然か。
「うぐっ」
弾みで【黒狐】が引き抜かれ血の尾を引いて殲術道具ごとアスファルトに叩き付けられた正嗣の息が一瞬詰まる。
「予想していたが、中々に一撃が重いな……」
感想を口に出来る程度の損傷で済んだのは守りに重きを置く戦い方をしていたからだろう。
「だ、大丈夫っすか?」
仲間の負傷にンソは、味方の盾とすべく慌てて分裂させた小光輪を飛ばし。
「何処見てるっすか、お前の相手はこっちっすよ!」
デモノイドの気を惹くべく、WOKシールドを構えた菜々が突っ込んで行く。
「行きますっ」
ワンテンポ遅れて山桜桃も証の杖を振り上げて飛び出した。菜々と山桜桃が連携に気を配っていれば、それはデモノイドを挟み打ち出来たであろうタイミング。
「ウグオォォォォッ」
「しまっ」
ばらけた攻撃をデモノイドは時間差迎撃しようとし。
「ガァッ?!」
各個撃破という最悪の結果を防いだのは、ンソのビハインドが放った霊撃だった。
「チャンスっす、このす」
「ガァァァッ!」
一つのズレが迎撃タイミングの全てを狂わせたが甘んじて受けるデモノイドではなく。
「っ」
「ガァッ」
WOKシールドと刃に変わった腕がぶつかって菜々とデモノイドの双方が後方に吹き飛ぶ。
「逃がしませんよ、これでっ!」
追いすがり山桜桃の振り下ろす証の杖はインパクトの瞬間に殴打した対象へ魔力を流し込み。
「ギャァァァァッ」
叩き付けられて傾いだデモノイドの身体は内から爆発する。
「流石にこれで終わりではありませんか」
だが、それだけだった。フォースブレイクをもろに喰らいダメージを受けてはいたが、健在で。
「くるぞ」
「ウォォォォン」
傷つき吼えた化け物は、身体の一部を刃に変えて跳躍した。戦いはまだ終わらない。
●手負いの獣
「逆巻け凶刃――岩融ッ!!」
「ッガァァァ」
叩き付けられたマテリアルロッドの一撃を腕で受け止めていた蒼い怪物の巨躯へ太一郎の繰り出した突きが刺さり。
「注意が散漫じゃ無いかしら」
ブルーはデモノイドの足に触手と化した影を絡み付かせながら、微かに視線を動かした。
「行って」
次の瞬間、エンジンを吹かしていたライドキャリバーがデモノイド目掛けて突撃し。
「グガッ」
「ここだっ」
天使を思わせる歌声を正嗣が披露する中、突撃によろめいた蒼の巨体を刃と化した玖耀の影が切り裂く。
「グゥゥゥゥガァァァァッ」
身体に刻まれた傷を増やしたデモノイドは苦痛の咆吼をあげながら暴れ、まともに食らおうものなら数人係りの回復が必要になりかねない蒼い腕が暴風の様に荒れ狂った。
「うぅぅぅ……ひ、ひどい……っす」
それは、傷つきながらも戦うことしか出来なくなったソロモンの悪魔の道具に向けられたものか、それとも凶腕にはじき飛ばされた味方の傷へ向けられたものか。ンソは味方を癒す為に歌い出し。
「想像以上ですね」
フィーナルも味方に護符を飛ばして前線を支える。箒から降りて中衛に位置取ったことで符の持つ癒しの力は増したが傷を癒すサイキックとて万能ではない。
「これ以上長引かせるのはよろしくなさそうです」
回復出来ないダメージが味方にも蓄積しているはずなのだ。
「これでも喰らうっすよ」
「ガァァァァッ」
対峙するデモノイドは、菜々の繰り出した無慈悲な斬撃に悲鳴を上げこそするものの、倒れず。
「なんて頑丈な。仕方ないですね……全力でいかせてもらうです」
痺れを切らした山桜桃はダンピールのサイキックを使うと決めて。
「ウギャァァァァッ」
出現した赤きオーラの逆十字は満身創痍のデモノイドを引き裂いた。
「ん?」
それは目に見えて動きが鈍った訳ではない、僅かな変化。正確にはここまで単身に灼滅者達の集中攻撃を受け疲弊しつつあったからだろう。
「ガァッ」
「そうか」
ホンの僅かな攻撃に対する反応の遅れ。小さな綻びだったが、攻撃を避け損ね足下を微かにふらつかせただけでも太一郎を勢いづかせるには充分だった。
「悪いが此処までだ……行くぞ、一気呵成に畳み掛けるッ!」
アスファルトを蹴って駆け出すと同時に紗牙羅の断戟を持つ手に捻りを加える。発した言葉は、己に言い聞かせる為のものではなく仲間に呼びかける為のもの。
「ウォォォッ、ガァッ?!」
一直線に突っ込んでくる敵に気づいたデモノイドは繰り出される突きごとその身体を叩きつぶそうと腕を振り上げた姿勢のまま悲鳴を上げる。
「貴方の時を止めて差し上げます」
腕に絡み付いた鋼糸が迎え撃つ為の腕を切り裂いていたのだ。
「ふむ、ならば……」
「あ、あっしも」
右腕を鋼糸に傷つけられたと思えば今度は正嗣とンソの影がデモノイドの足を襲う。
「うおおおおおおっ」
四肢の内三つを封じられた形になったデモノイドに太一郎が繰り出した螺穿槍を避ける術はなく。
「グアァァァァァァァッ」
「終わりにしましょう」
串刺しになって咆吼する手負いの獣へ撃ち込まれるのは、漆黒の弾丸。
「ギッ」
「闇に狂わされし魂よ……安らかに眠れ」
弾丸に貫かれた場所を開いた方の手で押さえもがくデモノイドに終わりを与えたのは、詠唱圧縮された魔法の矢。
「……ヲ」
戦いを強いられた悲しい蒼は微かに口元を動かすとどうっと倒れて、グズグズと崩れ始めた。
●祈りを
「魂がどの種族かは分かりませんが、どうか今は安らかにおやすみなさい」
「なんとか倒せたっすね」
祈りを捧げていたフィーナルは、菜々の声に振り返り立ち上がる。
「そうですね」
横ではまだ玖耀が自分同様デモノイドにされた者へと祈りを捧げていたが、グズグズにとけてしまった骸はもはや存在せずそれがここにいた名残はもはや戦いの痕跡しか残されて居なかったのだ。
(「この分だと捜索は無意味でしょうね」)
消失を確認したはもはやこの場に留まる理由はないと言わんがばかりに踵を返しており。
「看板と、障害物を撤去せねばな」
先に行くぞと言い残し、正嗣も一足早く人除けに使ったものの始末へ向かったところだ。祈り終えたなら玖耀も手伝いに向かうことだろう。
「片っぱしから倒していくしかないんすかね」
問うように呟き夜空を仰いだ菜々もまた。
「そう言えば……最後に何か言いかけていたような気もしましたが」
もっと上手くやれば、聞き取れただろうか。いまわの際にデモノイドが口にした言葉を。今耳を澄ましても聞こえるのは夜風が梢を騒がせる音だけで。
「フィーナルさん、行きますよ」
「あ、はい。すみません」
先を行く仲間に声をかけられたフィーナルは、慌ててその場を後にした。
作者:聖山葵 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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