異形が夜を駆ける

    作者:波多野志郎

     ――夜を、異形が走る。
     走るのは道路だ。この小さな峠道には、人の姿はない。夜になればそこは無人の野に等しい――ごく、例外を抜かしてしまえば、だ。
     異形はただその峠道に沿って駆け抜けていくのみ――それが、不幸の引き金でもあった。
     前方から、光が近づいてくる。この峠道は一種の抜け道だ、それを知る一部の長距離トラックの運転手が使用するのだ。
    『――ォ』
     異形が唸る。ザン、と地面を蹴り、その速度を加速させた。
     かき鳴らされるクラクション。トラックはブレーキを踏み、ハンドルを切ろうと試みる。だが、異形は構わず加速した。
     そのまま突っ込んだ異形はトラックのフロントへと拳を叩きつけ、粉砕する。
     轟音が鳴り響き、トラックが横倒しで倒れていく――それを跳躍し、踏み砕き足場にしながら異形は駆け抜けていった……。

    「……デモノイド、知ってる人は知ってるっすよね?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう厳しい表情で言った。
     鶴見岳の戦いでソロモンの悪魔が使役していた、デモノイド――どうやら、それが事件を引き起こすようなのだ。
     その事件が発生するのは愛知県の山間部、とある峠道だ。
    「実際、何が起きてるかは不明っす。鶴見岳の敗北でソロモンの悪魔がデモノイド達を廃棄したのか、別の理由があるのか……でも、問題はこのデモノイドが騒動を引き起こすって事っす」
     デモノイドはどうやら命令などを受けているようではない、暴走状態にあるようだ。だが、その戦闘能力はダークネスに匹敵する――放置する事は出来ない。
     そのデモノイドは峠道をひた走っている。道に沿っているため、裏道として長距離トラックの運転手達が使う道に合流してしまうのだが、そこに合流する前に待ち構えれば接触できるだろう。
    「夜中だから、光源の用意は忘れないでほしいっす」
     デモノイドはその拳の攻撃や腕の刃による近接攻撃を使ってくる。ダークネスに匹敵する戦闘能力を持つ相手だ、慎重に戦術を練って対処に当たって欲しい。
    「状況は見えないっすよ。だからこそ、万全の準備を持って対処に向かってくださいっす」
     よろしくお願いするっす、と翠織は厳しい表情のまま締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    黒白・黒白(パステルカオス・d00593)
    水軌・織玻(水檻の翅・d02492)
    更科・由良(深淵を歩む者・d03007)
    柊・志帆(浮世の霊犬・d03776)
    緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)
    六徒部・桐斗(雷切・d05670)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    シレネ・シャロム(ベラドンナ・d08737)

    ■リプレイ


     ――夜を、異形が走る。
     夜の森をひた走るのは、人とは大きくかけ離れた異形だ。その青い肌、異常に発達した筋肉はその姿を人から大きく外れたものへと変えていた。
    「…………」
     不意に異形が地面を砕きながら急ブレーキ、低く身構える。ギギギギ! と火花を散らしながら踏みとどまった異形は白い吐息をこぼしながらその牙を剥いた。
     その異形の目の前に、立ち塞がるように灼滅者達の姿があった。
    「うわー! グロい! でかい! つよそう! 何このグロノイド! キモカッコイイね!」
     こちらへと駆けて来るその異形――デモノイドの姿に緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)がこぼす。それに同意するように、柊・志帆(浮世の霊犬・d03776)もコクリとうなずいた。
    「うわー…なんというかキモイ相手だね。ソロモンの悪魔の趣味悪すぎ! 悪魔の名前は伊達じゃないね」
     取りあえず青マッチョとでも名づけよう、と言う志帆に、シレネ・シャロム(ベラドンナ・d08737)はふとある漫画を思い出した。
    (「人の癌細胞を使ったアレ、結構似てるよね」)
     漫画であるのなら、その登場人物の出番なのだろうが――目の前のコレはあいにくと漫画ではない。
    「あれって、人がああ成ったんッスよね……」
     その黒白・黒白(パステルカオス・d00593)の言葉こそ、周囲の空気を凍らせた。人とは程遠いそのデモノイドへと黒白は恐る恐る、かすれた言葉で問いかける。
    「聞こえている? 言葉、わかるッスか? 自分達は貴方を助けたいッス」
     黒白の問いかけにデモノイドはしばらくその動きを止めた。一つ、二つ――十秒ほどしてか、デモノイドがその口を開く。
    「ォ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
     夜の大気を震わせる咆哮とその身に納まりきれない殺気があふれ出し、それは灼滅者達へと向けられた。その事に、黒白は唇を噛みぼやく。
    「やっぱり、やるしかないッスか……」
    「そうじゃの、もはやコレは害悪をもたらす存在じゃ」
     悲しげな黒白へと更科・由良(深淵を歩む者・d03007)が静かに告げた。デモノイドの咆哮の中でも不思議と耳へと届き、胸の奥へと突き刺さる言葉だった。
    「何があったのかは分からないけど、やる事は変わらないよ。被害は出させない。絶対に此処で倒すの!」
     決意を込めて水軌・織玻(水檻の翅・d02492)が言ったその直後、デモノイドは地面を蹴った。それを見たちくさがスレイヤーカードを手に解除コードを口にした。
    「助けて僕のヒーローレッド!」
     その声に応えるようにビハインドのヒーローレッドが跳び出した。
     そのヒーローレッドへとデモノイドはその凶悪な拳を振るう。鈍い打撃音と共にヒーローレッドの体がくの字に曲がり、宙を舞った。
     その拳を振り切ったデモノイドの足元から影の檻がその姿を現す――八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)の影縛りだ。
    「ここは人の道、そっから外れたお前が好き勝手走っていい場所じゃねぇ」
     重ねるようにナノナノの九紡がしゃぼん玉を重ねる。そして、影の檻へと囚われたデモノイドへケミカルライトをばら巻きながら六徒部・桐斗(雷切・d05670)が身構えた。
    「始めましょうか、ご同類」
     影の檻に囚われたデモノイドへ桐斗が跳躍し、シールドに包まれたその拳を叩き付けた。
    「オ――ッ!!」
     デモノイドが怒りの咆哮を轟かせる――桐斗の言葉通り、それが戦いの始まりを告げる合図となった。


     デモノイドがその右腕の刃を振るい、影の檻を破壊する。
    「コペル!」
     夜霧を開放しながら志帆がその名を呼べば、霊犬のコペルが尻尾を一振りその浄霊眼でヒーローレッドを回復させた。
     体勢は整っている、由良がその右手をかざしその手中へ漆黒の弾丸を生み出す。
    「大人しくするのじゃ!」
     ドン! と由良のデッドブラスターが射出された。デモノイドはその弾丸へと刃を重ね相殺する。鳴り響く爆発音、それに紛れてシレネは木陰から身を躍らせデモノイドの死角へと回り込んだ。
    「あらゆる状態異常の積み重ね、それってとっても怖いよね」
     下段から振り上げられた解体ナイフがデモノイドの太い足を切り裂く。デモノイドが反射的に裏拳を繰り出すが、そこに既にシレネの姿はなかった。
    「行って、ヒーローレッド!」
     ちくさの防護符による回復を受けながらヒーローレッドが間合いを詰め、その霊撃の一撃を繰り出す。その一撃を受けながら、デモノイドは大きく後方へと跳んだ。
     だが、デモノイドはその視界の隅に銀の蝶が跳ぶのを見た――幻覚ではない、跳んだデモノイドに反応した織玻のアンクレットだ。
    「まだまだ踊る様な華麗な動きは出来ないけれど――!」
     まだ荒削りだと自覚するその動きで織玻はその掲げた右腕を異形化させ、デモノイドへと一直線に振り下ろす!
    「――――ッ!」
     ゴッ! と織玻の鬼神変に殴打されデモノイドが地面へと落下した。叩きつけられる直前でその拳で地面を殴りつけ、デモノイドはその反動で体勢を立て直す。
     そのデモノイドの脇腹が音もなく切り裂かれる――優しげに淡く光る手刀を構えた黒白がそこにいた。
    「救うなんて都合のいい事は言わないッス、……ただ貴方を、止めて見せる」
     ティアーズリッパーによって切り裂かれたデモノイドがその動きを止める。ミシリ……、とその拳が軋むほど握り締められ、デモノイドは地面を砕くほどの踏み込みと共に腕の刃を薙ぎ払った。


     夜の森をいくつもの輝きが揺れて、無数の影を生み出す。
     その光の揺れはそのまま戦いの激しさを現していた。森の中を止まる事無く間合いを取るために動き回っているその証拠なのだ。
    (「ん、狩りだね、狩り。少しでも油断すればHAGEるけど」)
     シレネは木々を縫うように駆けながら内心でこぼす。
    (「それにしても随分な重量級、それに見合うパワー。かなりの強敵だけど――」)
     だが、まともにやらなければいい。十全に力を発揮出来なくさせればいい。
    (「人類はいつだってよりずるく、より楽に勝てるように工夫してきたんだから」)
     デモノイドの死角へ死角へと回り込み、シレネがその背へと解体ナイフを薙ぎ払う。その大きく切り裂かれた傷口へ織玻が踏み込んだ。
    「やられた分は倍返しするんだから!」
     織玻の振るったマテリアルロッドがその背を打ち、内側から大きく衝撃が爆ぜた。
    「ガ……ッ」
     その連撃にデモノイドがたたらを踏む。その瞬間、その足元の影が爆ぜアイアンメイデンという拷問具を形取った影がデモノイドをその身へと飲み込んだ。
    「少し、活きが良すぎるぞ? まったく」
     由良の血の伯爵夫人による影喰いを受けて内側から這い出すデモノイドへと十織は石化の呪いを繰り出す。
    「通行止めだ、先へは行かせんぞ、勿論Uターンも禁止な」
     ビキリ、とその足の先から石化していく。九紡のふわふわハートによる回復を受けながら桐斗は確かに聞いた。
    「……カエリ、タク、ナド……ナイ」
    「――ッ!?」
     その『言葉』を聞いた黒白が息を飲む。思わず、その動きが止まった。
    「喋れるんスか!?」
     その事実にこそ、背筋が凍った。これほどの異形に成り果て、ソロモンの悪魔の道具になってなお、目の前の存在は人間としての意識がかろうじてあると言うのか?
    「――コロ、シテ……クレ」
     かろうじて絞り出したとわかるその願いに桐斗は密かにその形のいい眉をしかめた。
     忍びとして育てられた身として戦闘道具であるデモノイドに一種の親近感を感じていたのだ。ただ仕事を純粋に果たすのみという存在になれたのだろう、と羨む心も無かったとは言えない。
     だが、その前提の全てが覆った。このデモノイドは道具にさえなれなかったのだ。心をわずかながらも残され、望まぬ道具とされてしまったコレは――そういいたくはないが、あまりにも『哀れ』だった。刃を心に己を殺す、それを選ぶ余地がある分、まだ自分には救いがあったのかもしれない、桐斗は誰にも悟られないように拳を硬く硬く握り締めた。
    「い、意識があるなら……まだ、まだ……!」
     黒白が震える声でそこまで言った。救えるかもしれない――その希望を最後まで口に出来ないのは、その希望こそ絶望だと知っているからだ。
     殺したくない、その当たり前の願いこそ、この場では最悪の絶望だった。
    「…………」
     ちくさはヒーローレッドの背中を見る。そこにただ無言で立つヒーローの背中が小さく見えたのは気のせいだろうか?
     ――この世界には、全てを救ってくれるヒーローなどいない。それが厳然なまでの現実だった。
    「――殺してあげる」
     その呟きに全員の視線が声の主に集中した。そこでは、志帆が不機嫌を隠しもせずにそこにいる。その足元では自身の主の心を察したように静かにコペルがその身をこすりつけた。
    「そうだな、その通りだ」
     十織がため息交じりにこぼす。
    (「元人間と聞きゃ、戻せるもんなら戻してやりたいが……」)
     十織はその前置きを飲み込んだ上で、言葉を続けた。
    「奪い進もうとする者は俺たちの全てで止めるだけだ。魂をそれ以上悲しみで汚さんように、な」
     せめて、その心だけは救ってやりたいと、同意を求めて十織は吐き出した。
    「オ、オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオ!!」
     デモノイドが雄叫び、地面を蹴った。誰もがそこに矛盾を見る。殺される事を望む者がなおも抵抗する理由など、ただの一つだ。
    (「死を心の底から望める者など、おらぬじゃろうが……!」)
     由良は唇を噛み、その哀れな化け物と対峙した。
     ――そこに奇妙な戦いがあった。
     激しく、命を賭けた戦いであるのは間違いない。だが、攻撃を繰り出す度に己に痛みが芽生える戦いなど、異様と呼ぶしかない。
     これは、何よりも心の戦いだった。
    「そっち、来るよ!」
     織玻の言葉に桐斗は呼吸を整える。デモノイドの凶悪な拳が眼前に迫る――それを桐斗は最小の動きでシールドに包まれたその拳を繰り出した。
     衝突する拳と拳。火花を散らし、デモノイドの拳打の軌道が逸れる――そして、そのまま懐へと潜り込み、桐斗は告げた。
    「こちらもお仕事です。依頼された以上、やるべきことを果たすのみ、こちらもあちらも死して屍拾うものなし。ただ灼滅させてもらいましょう」
     その放電光をまとう両の拳がデモノイドの胴体を連続で打った。デモノイドの体が揺れ、体勢を崩す。そこへちくさがチェーンソー剣を振るい、ヒーローレッドが零距離で霊障波を繰り出した。
    「ガ……ッ」
     ふらつくデモノイドを九紡のしゃぼん玉が包み、弾けていく。そして、胸元にハートのマークを浮かべた十織が影の檻にデモノイドを捕らえた。
     そこで木陰から死角へと回り込み、シレネが解体ナイフを横薙ぎ一閃、デモノイドを切り裂く!
     そして、黒曜石の呪刀を志帆がその傷口へと突き刺し大きく広げ、コペルがその斬魔刀の刃を滑り込ませた。
     黒白が間合いを詰める。その影が楔となり、音も無くデモノイドへと突き刺さっていく――。
    「ガ、ア、ア……!」
    「もう、いいんスよ……!」
     まだ動きを止めないデモノイドへ、黒白が震える声で言った。それは、この場にいた者の多くが心の底から絶叫したかった言葉だろう。
    「……手向けの花火じゃ」
     そこへ由良が無数の魔法の矢を撃ち放つ。そのマジックミサイルはその夜の森に鮮やかな軌跡を描きデモノイドへと穿っていった。
     そして、風にリボンをなびかせて織玻が真正面から駆け込む。その両手には眩いほどのオーラが宿り、高速で振るわれた。
     その一撃一撃の手応えを織玻は忘れない。それは既に絶望の物語を終えてしまった哀れな存在の命を絶つ感触なのだから……。


    「ごめん、助けれなかったっス……」
     黒白が残骸となったデモノイドの亡骸を前に呟いた。そこにはもはや人としての死は存在しない――徹底的に人としての尊厳を奪われ尽くした哀れな存在の残骸だけがそこにある。
     そこに、言葉は無かった。やり遂げた達成感も。強敵を倒したと言う充実感も。これから被害にあったであろう多くの者が救えたのだという喜びも。ただ、その胸に重く苦い黒い感情だけが残った。
     ――その頃、箒にまたがり空を飛んだちくさが地上に目を凝らしていた。
     しかし、そこには何も見出せない。その箒の先に下げたランタンの明かりではとても全てを見通せない――ただ、底の見えない闇が世界を覆っているのだ、という恐怖だけが心の中に湧き上がる。
    「悪魔め、一体何を考えているんだ?」
     その問いに対する答えはない。ただ、眼下に広がる闇のようにこの世界には見通せない悪意が潜んでいる、その事だけを思い知った……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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