逸脱艶武、彷徨う無頼娘

    作者:雪月花

     ボコボコにされてのびた少年達が、人通りの少ない高架下の路面に転がっている。
    「強いんですね、お兄さん達」
    「……んぁ?」
     不良同士の争いを制した少年グループの面々が振り返ると、いつの間にか少し離れた場所で、ショートカットの少女が微笑んでいた。
     少女は顔立ちこそあどけなさを残しているが、落ち着いた雰囲気で何処となく年に見合わない艶っぽさを醸している。
     よく見れば、その衣服に包まれた肢体もなかなかのスタイルだ。
     喧嘩の直後でいきりたっていた少年達は、ゴクリと喉を鳴らした。
    「素敵でした。私、強い人って大好き。……ねぇ」
     うっとりと眺められたら、何かを期待してしまっても罪はない。
     しかし、少女の次の行動は、彼らの期待するようなものではなかった。
    「私とも、是非戦って下さい」
     楽しそうに、とても楽しそうに笑って、少女は獲物もなく構えを取った。
    「な――」
     凄まじい闘気と共に放たれる色香が、少年達を飲み込んでいく。

     ボコボコにされた方の少年が意識を取り戻した時見たものは、自分達を倒した少年グループが揃いも揃って血の海に沈んでいるところだった。
     最後のひとりが少女の手で軽々と投げ飛ばされ、コンクリートの壁に激しく打ち付けられてずるずる落ちていく。
    「ひ……ひぃっ」
     少女と目が合った少年は、立ち上がることも出来ずにガタガタと震える。
     しかし、彼女はすっと目を細めただけで、そのまま何事もなかったかのように歩き去って行った。
     残された者達の間を、寒々とした冬の風が吹き抜ける――。
     
     学園の教室にて。
    「みなさんにお願いがあるんです……」
     心細げな眼差しで、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は灼滅者達に告げた。
    「サイキックアブソーバーの力で、ダークネスによる事件を察知したんです。そのダークネスは、アンブレイカブル……」
     言葉を切った彼女は、少し震えていた。
    「雰囲気はだいぶ違いますが、恐らく……鶴見岳の戦いで闇堕ちされて、行方の分からなくなっていた柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)さんだと思います」
     真夜と思しきアンブレイカブルは、闇堕ちする前の明るかった彼女とは違う、あだっぽい仕草の落ち着いた女性のような雰囲気を纏っているという。
     普段の元気な彼女を知っている者ほど、そのギャップに戸惑うかも知れない。
     他のダークネスや眷属、強そうな一般人のいる場所にふらりと現れては、彼らに戦いを挑んでいるようだ。
    「彼女はアモンとの再戦を望んで、その手掛かりとしてソロモンの悪魔を探しているようです。でも、あまり積極的に探していないのと、ソロモンの悪魔自体がなかなか表に出て来ない性質ですから、まだ出会ってはいないみたいですね……」
     強い者に戦いを挑むのは、アンブレイカブルとしての欲求だけでなく、どうやら彼らとまみえるまでに力を付けたいという意味合いもあるようだ。
     特に何もない時も、ストイックに自らを鍛え続けているらしい。

    「これから、真夜さんはまた強そうな人達を見付けて、襲い掛かろうとしています」
     そう言って、槙奈はとある町外れの高架下で喧嘩をする不良グループの件を説明した。
    「勝負がついた後、真夜さんは勝った方のグループに戦いを挑みます」
     一度戦うと決めた相手には、下手な手加減は失礼だと思っているらしく、死角や急所を狙った攻撃も容赦なく行うという。
    「不良グループは鉄パイプなど武器になりそうなものを持ってはいますが、ダークネスには敵いません……。でも、グループ同士の喧嘩に決着がついた直後にみなさんが勝負を挑めば、真夜さんの注意を惹き付けることが出来ると思います」
     一般人と戦闘に長けた灼滅者、どちらが強いか真夜にはひと目で分かる筈。
     後は、彼女を救いたいという思いの丈をぶつけて、拳を突き合わせるだけだ。
    「真夜さんの意識は、もう殆どアンブレイカブルに飲み込まれ掛けているみたいです。今回の接触が、最初で最後のチャンスになると思います……」
     なんとか救出して欲しいところだが、無理なら灼滅するしか道がない。
     真夜であったアンブレイカブルは強力で、迷いを生じさせたり手加減などしていてはこちらが危うい。
     かつて彼女の仲間だった灼滅者達には、過酷な依頼だ。
     槙奈の目に涙が光る。
    「……お願いします。どうか、どうか真夜さんを助けてください」
     搾り出すように言って、少女は顔を伏せた。


    参加者
    上代・絢花(忍び寄るアホ毛マイスター・d01002)
    童子・祢々(影法師・d01673)
    椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    月見里・无凱(深淵に舞う銀翼の風・d03837)
    有馬・由乃(歌詠・d09414)
    静野・奈津姫(金髪隻眼の暗殺者・d10424)
    戯・久遠(薄明の放浪者・d12214)

    ■リプレイ

    ●闘鬼、風の中に
     そこは、時折高架橋の上を走っていく電車以外は通るものもない、寂しい場所だった。
     だからこそ、彼らは争いの場をそこにしたのだろう。
     それぞれ別の高校らしき制服を着崩した少年達が、その辺で手に入れたものを武器に殴り合っている。
     不良マンガやドラマさながらの光景だが、より稚拙で泥臭い。
     灼滅者達が積まれた大型家電の影から窺っていると、高架下へと続く曲がり角に小柄な人影が現れた。
     引き結ばれた唇の端が、目の前の戦いにゆっくりと三日月のように持ち上がっていく。
    「真夜どの……でござるよな?」
     野原に吹き抜ける風にひと房跳ねた髪を揺らし、上代・絢花(忍び寄るアホ毛マイスター・d01002)は目を見張る。
    「ああ、だが中身は別人だな」
     頷いた風真・和弥(風牙・d03497)は、どんな意味合いであろうと彼女を必ず止めるという思いでいた。
    (「まったく……団長も皆さんも、ミイラ取りがミイラになりかねないな」)
     闇堕ちも辞さないという姿勢に、月見里・无凱(深淵に舞う銀翼の風・d03837)は眼鏡のブリッジを押さえた。
     彼らまで二の舞を演じない為にも、自分も慎重かつ確実な立ち回りをしなければと、傍らの少女達を見遣る。
     ライドキャリバーのピークと共に平静な様子の童子・祢々(影法師・d01673)はしかし、いっそ悲壮なまでの眼差しをしていた。
     テスト勉強をお互い教え合ったのも、つい昨日のことのようなのに。
    (「真夜……。必ず助ける。どんなことをしてでも」)
     見送ってくれたクラスメイト達の言葉を思い出し、椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)は目を伏せた。
     紗里亜と真夜はクラスメイト同士。そのことが、彼女により強い決意を抱かせる。
    (「……皆の為にも頑張らないと」)
     静野・奈津姫(金髪隻眼の暗殺者・d10424)は、鶴見岳の作戦に参加したひとりだった。
     ひとつ選択が違えば、自分もこんな風に大切な人を忘れ闇への道に足を踏み入れていたかも知れない。
     そして……鶴見岳でも真夜と肩を並べて戦った、有馬・由乃(歌詠・d09414)。
     絶体絶命の局面に闇堕ちを選んだ真夜達には、命を救って貰ったという思いが強い。
    「今度は私が助けになる番です。絶対、一緒に学園に帰ります」
     小さくも力強い言葉に、静かに彼らの様子を見守っていた戯・久遠(薄明の放浪者・d12214)も、深く頷いた。
    「彼女もきっと止めてくれると信じているだろう。それに応えねばな」

     やがて時は訪れる。
     一方のグループの最後のひとりが倒れ、少年達が手にした勝利。
     それをもぎ取るが如く、風が動き出す。
    「ピーク!」
     祢々の声に応え、歩き出した少女の進行を妨害するように突進した。
     灼滅者達も物陰から飛び出す。
    「武装瞬纏!」
     久遠の解放の言葉に、殲術道具と共に白銀の毛並みを持つ霊犬・風雪が現れ、併走する。
    「今を春べと咲くやこの花……!」
     スレイヤーカードを閃かせる由乃の手にも、力が篭る。

    ●仲間と、ともだちと
    「柳さん、見付けました」
     少女の正面に立った由乃が紡ぐ間に、和弥も追いつく。
     その背後にジャマーの絢花と祢々、メディックの紗里亜が布陣した。
     少女の背面に回るように、无凱と奈津姫、そして久遠とその背後に風雪が並ぶ。
     久遠は強烈な殺気を放ち、少年達を見遣る。
    「命が惜しければこの場より疾く立ち去れ。全力でだ」
    「う、うわぁっ」
     灼滅者達が出てきた時点で腰が引けていた不良達は、怯えた表情で逃げ出した。
     倒れた少年達はそのままだが、放っておいてもダークネスの目には留まらないだろう。
     ひとまずの憂いも去ったところで、絢花は口を開く。
    「お待たせしたでござる真夜どの」
     絢花の言葉を受け、祢々も少女の顔を見据える。
    「……真夜、迎えに来た」
     次々と告げられた言葉にしかし、少女は小首を傾げた。
    「そう言われましても、私はあなた方の仰る真夜さんではありません」
    「なるほど……じゃあ、一応は初めまして、の方が良いのかな? 俺は風真和弥」
     普段通りの様子で和弥は名乗る。
    「ま、『風の団』は基本的に入退部自由だし、煩い事を言うつもりはないけどな。ただ、それでも何処かへ行くなら一言位言ってからにしやがれ」
     次第に剣呑な色を醸してきた和弥に嘆息し、无凱も真夜に目を向けた。
    「君は僕から借りてるモノがあるんですよ? 借りたモノは返しましょとおばあ様に言われませんでしたか?
     柳君、自分で返すと言ったんですから……約束は果たしましょうね?」
    「それは残念でしたね。退団も約束も、私には関わりのないことです」
     少女は肩を竦める。
    「……俺は『柳に』言ってるつもりなんだけどな。悪いけど、退部届の代理提出は認められないぜ。
     一応は俺が団長なんだし、その位の権限は認めてくれても良いと思うけど?」
     食い下がる和弥に、少女は溜息ひとつ。
    「あなた、ご自分が仰ったこともお忘れですか?
     ……どの道、柳・真夜という人間はもういません」
     死人が届けを出せるべくもないと続けられた言葉が、胸に突き刺さる。
     重苦しい空気を破るように、无凱が口を開く。
    「ソロモンの悪魔を探しているようですが……確か名は『アモン』。
     君が最後に戦った相手……ですよね? 柳君」
    「仰りたいことの意図が分かりません」
     淡々と返す少女。
     思わず由乃は一歩踏み出した。
    「今すぐ勝てないことは分かっています。私も強くなりますから、一人で挑もうと思わないでください。
     柳さんを含めたあの時の4人は見つかりました。助けられた4人其々が迎えに行っています。
     ……貴女のことも、私達が必ず助けます!」
    「いい加減にして下さい」
     言うが早いか由乃の目前に迫る拳。
     咄嗟に翳した護式・道真の障壁がそれを食い止めるも、由乃は踏ん張った足を震わせる。
     しかし、背後から伸びる影に少女は飛び退く。
    「目を開け、耳を傾けろ。今お前の前に立ち、止めようとする者達が誰なのかを」
     空を掻いた影技の主、久遠が湖面のような眼差しで語り掛ける。
    「……あの悪魔は私の獲物です」
     それにと呟きながら、少女は改めて構えを取った。
    「あなた方とは、ここで決着をつけるのみ」
     纏うオーラが膨れ上がり、闘いの高揚に場が包まれていく。
     和弥はそれを感じつつも、不敵に口端を吊り上げた。
    「強い相手と戦う、アンブレイカブルとしてはごく定番な行動だな。……即ち!
     今のお前は一般人でも逸般人でもなく、一般アンブレイカブルだ!」
     愛用の日本刀の唾に指を掛けた彼に、少女の表情も再び笑みに近付くのを見て仕方ありませんね、とぼやく无凱。
    「まさか、君と戦うことになるとは思いませんでしたが。
     まずは、お前を底から引っ張り出す必要ありだな……柳!」
     眼鏡を外し「闘牙!」と叫べば、現れた妖美に波打つ柄を持つ薙刀状の槍を構えた。
     同じく杖を翳す由乃。
    「マテリアルロッドは普段使いではありませんが……私との相性は悪くありません。お相手、願います……!」
    「楽しめるかどうかは分からんが、お相手しよう」
     久遠の腕に装着された縛霊手も、オーラで覆われる。
    「真夜どのは渡さないでござるよ、アンブレイカブル!」
     絢花は言い放ち、鋼糸を張り巡らせていく。
     自らの力を高め、或いは守りを固めていく仲間達から飛び出した和弥の雲耀剣を避け、少女は絢花の巡らせた結界糸までもすり抜けた。
    「早い……!」
     捻りを加えて突き出した槍でも捉えること叶わず、无凱も舌を巻く。
    (「止まって……!」)
     祈るような思いで祢々が撃ち出した制約の弾丸も、少女の服の裾を掠めただけだった。
     まるで掴みどころのない風。
     その癖、浴びせてくる攻撃は厳しい。
    「大丈夫ですか?」
     和弥が受けたダメージを、すかさず紗里亜がシールドリングで癒し、風雪も治療に当たった。
    「こりゃあ、一筋縄じゃいかないな」
     自らも真紅の霧を発生させた和弥の笑みにも、苦笑が滲む。
    「……有馬、早めにあれを使う」
    「はい!」
     久遠は由乃に手短に伝え、手の甲のWOKシールドを展開させる。
    「我流・赫焉刻船!」
     少年の声と共に少女の前後から繰り出された二つのシールドバッシュは、狙った僅かなタイミングの差で久遠のものは避けられたものの、由乃のそれが直撃。
    「やるじゃないですか」
     それに乗った少女は、嫣然と笑い由乃を標的にし始めた。

    ●取り戻せ、あの笑顔
     戦いは一進一退。
    「っ……!」
     癒え切っていない由乃の懐に、稲妻を拳に宿した少女が踏み込む。
     早すぎて避けられない、しかし2人の間にピークが割り込んだ。
     凄まじい威力の抗雷撃で弾き飛ばされ、そのまま消滅していく。
    「まだ希望はあります」
     気遣うよう少しだけ振り返った由乃の囁きに頷いて、祢々は少女に訴え掛けた。
    「君のお祖母さまはいつ真夜が帰って来てもいいよう、食事の支度をして待ってる。
     君が帰って来なくなったあの日からずっと。真夜の家族は、君が帰ってくると信じてる!」
    「っ!?」
     脳裏に光景が閃いたのか、少女は目を見開いた。
     今だ。
    「柳ー! いつまで寝てるつもりだ!!」
     すかさず无凱が声を上げながら距離を詰め、オーラを収束させた拳の連打を見舞う。
    「うぐっ……」
     まともに食らった少女はたたらを踏む。
    「今のままじゃ、どんなに頑張っても奴らに手ぇ届かねんだよ。さっさと起きやがれ!!」
     普段は聞かない、无凱の荒い言葉。
     そこに、幾度目かの結界糸を張りながら絢花が口を開いた。
    「真夜どのの笑顔ないと、部内の華が減ってしまうでござるよ。部の皆も、真夜どのの帰りを待っているでござる」
     絢花は真夜と共通のクラブである、忍者部の面々の様子を語る。
    「それに部の皆だけでなく、真夜どのを取り巻く人達皆が真夜どのの帰りを待っているでござる。
     しかも、今回の事を聞いて初めて真夜どのを知った人達も、真夜どのを助けるために集まってくれたでござる。
     ……みんな真夜どのという縁(つながり)で集まった仲間でござる」
     そう言って、絢花は微笑む。
     ちょっと寂しい、笑みだった。
    「だから、そんな衝動に打ち勝って皆で一緒にいつもの日常に帰るでござるよ!」
     少女は激しくかぶりを振った。
    「思い出せ、何故力を欲したか。守るべきもの、帰るべき場所を」
     そこへ久遠が攻撃と共に追い討ちを掛ける。
    「どうして……どうしてっ、この身体はもう私のものなのに!」
     掌で顔を覆いながら、混乱をきたした少女はあらぬ方へと駆け出した。
    「ダメですっ!」
     飛び出した紗里亜が両手を広げて遮る。
    「柳さん。クラス替えまでに一度クラスの皆と遊びに行くって、約束しましたよね。
     皆楽しみにしてるんです。そして皆心配してるんです……。
     クラスメイトがこんな形でいなくなるなんて嫌です。だから、帰ってきて下さい!
     自分の日常を手放さないで。『一般人』の柳さんに戻って……」
    「やめて……それ以上は言うなァッ!!」
     髪を振り乱して紗里亜に向けた拳を、滑るように割って入った由乃が受け止める。
     尚もがむしゃらに手足を振るう少女に、祢々は堪らない気持ちになった。
    「真夜は1人で平気なの? 寂しくないの?」
     言葉を紡ぐ毎に、視界が滲んでいく。
    「僕はこのまま真夜がいなくなったら寂しい。そんなの嫌だよ……!
     お願いだから戻ってきてよ!!」
    「私も、快活で元気を貰える柳さんの笑顔がまた見たいです」
     今にも泣き出しそうな祢々の懇願に目頭を熱くしながら、由乃も微笑んで見せた。
     少女の攻撃が止んだ。
     何かを堪えるように、握り締めた拳が震える。
    「私――私はっ……! うあぁぁ!」
    「よし! ちょっと我慢な」
     存外に明るい声の和弥に、无凱もふっと笑う。
     バンダナの赤い軌跡を残して駆け抜ける和弥、直後に无凱が槍を回転させながら突っ込んでいった。
     和弥の刀が、走り出した時同様静かに鞘に戻される。
     確かな手応えが、あった。
    「……っと!」
     取って返し、和弥は重力に従い落ちていく少女の身体に手を伸ばした。
    「真夜っ!」
     弾かれたように、中衛にいた祢々が駆け出す。
     和弥が受け止めた身体は見た目そのままの軽さだったが、掻き消えたりはしなかった。
    「真夜……!」
     祢々が覗いた少女の顔は、あどけない無邪気な、彼女のよく知る真夜のものだった。
     由乃と紗里亜がその外傷を癒しながら優しげな笑みを向けると、みるみるうちに藍の瞳から涙が溢れ出した。
     今まで張り詰めていた気持ちがぷつりと切れたように、声を上げて泣き出す祢々。
     その背を紗里亜が優しく擦る。
     祢々にとって、友達を失う可能性は古い傷を抉られるようなものだった。
     それでもずっと、動揺を押さえ込んでいた。
     こんな風に、人の目も憚らず誰かの為に泣く日が来るなんて――。
     少女達は子供のように泣きじゃくる祢々の側に寄り添い、男性陣はその周囲で静かに見守る。
    「闇堕ちか。いつかは選択せねばならない時が来るのだろうか」
     久遠がぽつりと零す。
     灼滅者として生きる以上、闇堕ちとは常に隣り合わせだから。

    ●キミの帰る場所
     何処とも知れぬ場所を走って、流離って。
     真夜は自らの意思とは関係なく動き、挑み、闘う自分をぼんやりと内側から見ていた。
     まるで、夢を見ている時のようだ。
     次第にそんな風に考えることすら忘れ、真夜自身の意識も薄れていく。
     このまま眠りに就くように、消えていくのだ。このまま――。
     けれど、誰かが自分を呼んでいる。
    『真夜!』
    『柳さん……』
    『真夜どの』
    『柳!』
     よく知った声も、何処か懐かしいもののように感じた。
     もう、自分は随分遠くまで来てしまった気がする。
     それでも……叶うなら、もう一度。
    『私は――』
     あの場所に、あの人に。
     真夜は、精一杯手を伸ばした。

     瞼が震えて、漆黒の大きな瞳がゆっくりと開かれる。
     そこは、夕闇迫る寒々とした高架下。
     周囲には、8人の灼滅者とそれに付き従う者の姿があった。
    「真夜っ」
     周囲の状況を飲み込む前に、祢々は意識を取り戻した真夜にしがみついた。
    「真夜もどこか行っちゃうかと思って、すごく怖かった……!」
     収まってきたと思った涙が、またぶり返した。
    「祢々さん……」
     真夜はそっとと彼女の背に腕を伸ばす。
     ――おかえり、おかえりなさい。

    「皆さん……お手数お掛けしました」
     真夜が見せた笑みは少し弱かったけれど、間違いなく彼女自身のものだった。
    「ひとまず暖かい場所を探して、スイーツでも食べますかね」
     チョコトルテの箱を取り出す无凱に、紗里亜も友チョコを出す。
    「バレンタインンは過ぎちゃったけど、気分だけでもと思って。
     そういえば、2月16日は有馬さんの誕生日だったんですよ」
    「そうだったんですか」
     真夜は目を丸くする。
     甘いものと見てアホ毛を反応させつつ、絢花はみんなを見回し笑った。
    「さっ、皆で帰るでござるよ、『一般人』の日常へ」

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 16/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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