夜道に響く

    作者:馬頭琴


     コツコツ……
     夜の道というのはなんでこんなに靴音が不気味に響くのだろう。
    「遅くなっちゃったな……」
     彼女が腕時計で時間を確かめると時刻は0時を少し過ぎていた。
     こんなに遅くになるつもりはなかったのに。どうしても今日中に片付けたい仕事を処理していたら、どうしてもこの時間になってしまった。
     この時間の帰り道は住宅街の明かりも消え、頼りない街灯がおぼろげに道を照らすだけである。
     この時間に、この道を歩きたくはなかったのに。
     それでも早く家に着きたい一心で、彼女は道を進む。
     少し歩いたところで彼女は背後違和感を感じた、自らの足音にほんの少し遅れて別の足音がした気がする。
     気のせいに違いない、もしくはこの時間にジョギングをしている青年か何かだろう、以前一度見かけたことがあった。
     次第に背後の足音が大きくなっていく。
     その足音を聞きながら彼女は妹から聞いたあの噂を思い出した。
     昔この町に切り裂き魔が出たんだって、夜の道を一人で歩いてる女の人の喉掻き切ったうえにその人の内臓を引きずり出したりしたらしいよ、結局犯人は見つかってないんだってさ。まるで切り裂きジャックみたいだよね。
     妹にその話ほんとなの?と聞いたらしーらない、あたしも又聞きだし。なんて言っていた。怖がりのあたしを驚かせるためのほら話なんだろうとその時は思った。
     足音がだんだん近づいてきた気がして、彼女は不意に後ろに振り返りたいと思った。
     どうせたいしたものではないのだ、ただ念のため確認したくて。
     思い切って彼女が振り返ると、そこには黒いコートを着た男がいた。
     男の手には何か光るものが握り締められている。
     男の顔を見る、すると男はとてもうれしそうな笑みを浮かべた……


    「みなさん、お集まりいただきありがとうございます」
     集まった灼滅者達に園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は頭を下げた。
    「ところで皆さんは切り裂きジャックをご存知ですか?」
     彼女は自分の持っていたバッグの中からいくつかの書類と一冊の本を取り出すと机の上にそれを置いた。
    「彼は19世紀末のロンドンを恐怖に陥れた殺人鬼で、少なくとも5人の女性をバラバラにしたとこまでは分かっているものの、一世紀以上たった今も正体がわからない人です」
     この本の他にも様々な作品で彼を題材にした話が書かれるくらい有名で、存在そのものがフィクションみたいな犯罪者だって言われたりします、と机に置いた本を灼滅者達に渡す。
    「今回出現した都市伝説はどうやらおそらく切り裂きジャックをモチーフとした噂話がサイキックエナジーの影響を受け実体化したものと思われます」
     あくまでモチーフにした噂話だから、彼の存在は厳密に言うなら切り裂きジャックそのものともまた別の存在と言えるのかも……と彼女は資料を見ながら小さくつぶやいた。
    「出現条件は0時ちょうどにこの道を女性が通ることと思われます」
     彼女は地図に書かれた道を指す、その道はピンクの蛍光ペンでわかりやすく色づけされていた。地図に書かれた他の建物と比較するに道幅は車二台がぎりぎりすれ違えるくらいだろうか。その道から少し行った先に青い丸印が書いてあり、横にかわいらしい文字で佐々木さんの家と書いてある。
    「これが今回被害を受けることが予報されている佐々木美穂さん、皆さんには彼女を気絶させるなり迂回させるなりなどしてこの時間に彼女がこの道を通らないようにし、代わりに都市伝説と相対してもらいます」
     この都市伝説は出現した瞬間にあたりに一般人が入り込めない環境を作り出すみたいなので、一般人の乱入などは想定しなくても大丈夫だと思います、と彼女は付け加えた。
    「切り裂きジャックもどきは殺人鬼のような死角からの斬撃や、解体ナイフに性質の近いメスのような武器を使った攻撃をしてくるようです」
     またかなり身のこなしが軽く、とらえることに苦労する場面が予想されるようだ。
    「都市伝説はダークネスではありませんが、対処できるのは皆さんのような灼滅者だけです……犠牲者が出る前に事態を収拾できるよう、皆さんよろしくお願いします」
     そして皆さん無事で帰ってきてくださいと彼女はもう一度頭を下げた。


    参加者
    イゾルデ・エクレール(ラーズグリーズ・d00184)
    天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)
    天衣・恵(無縫・d01159)
    シオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    アイネスト・オールドシール(アガートラーム・d10556)
    乃董・梟(暗部明照・d10966)
    君津・シズク(積木崩し・d11222)

    ■リプレイ


    「工事中につき通行止め、迂回にご協力くださいってどういうことよ」
     美穂は今朝通った時にはなかったこの先の道で、工事をしていることを示す看板に書かれている注意書きを読み上げた。
    「まったく、急いでるってのに」
     とはいえ通ることができないのなら仕方ない、さっさと家に帰ってシャワー浴びたいなぁと思いながら彼女は迂回路にその足を向けた。
    「よし、迂回してくれた。とりあえず一安心やね」
     美穂が踵を返したのを確認すると、工事看板の裏から犬に姿を変え潜んでいたアイネスト・オールドシール(アガートラーム・d10556)が出てきた。
    「ちゃんと迂回路に入ってくれたみたい」
     電信柱に上って上から様子を見ていたシオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)がそう言うと。
    「さて、それじゃ天衣さんたちに合流しましょ」
     近くの民家の塀に隠れていた君津・シズク(積木崩し・d11222)が言ったのを皮切りに、彼らはそこを離れた。

    「5……4……3……2……1……よーしれっつごー!」 
     槙奈が指定した場所近くに待機していた天衣・恵(無縫・d01159)は時計を確認するとその道に歩みを進める、電球の切れかかった街灯がチカチカと音を立てた。
    「う~……やっぱり女の子に囮頼むのは辛いなぁ」
     恵から少し距離をとった位置で彼女の後を追う乃董・梟(暗部明照・d10966)は申し訳なさそうな顔で恵の背中を見る。
    「しかたあるまい、今回の都市伝説の出現条件は女が指定時間にここを通ることだ、その点で恵は適任だろう」
     同じく後方から恵を追うイゾルデ・エクレール(ラーズグリーズ・d00184)は愛用の銃をいじりながらそう答えた。
     コツコツ……コツコツ……
     恵がさらに道を進む。すると彼女の足音にほんの少し遅れて別の足音が聞こえてきた。
    「でたねジャック……」
     だんだんと大きくなっていく背後の足音に、その存在を確信した恵はゆっくりと後ろへと振り向く。
     そこには黒いコートを着た男が立っていた、フードを深くかぶっているため顔を確認することはできず口元が少し見えるだけだ。
     男は恵を見て満面の笑みを浮かべると恐るべき速さで接近した。その右手にはメスのような刃物が握られている。
     突然切りつけてきたジャックに対しとっさに構える恵、メスは彼女の右腕を服の上から切り裂く。
    「……っく!?」
     初撃で致命傷を与えられなかったジャックはメスを逆手に持ち直し、たたみかけるように再度恵に斬りかかる。
     次の瞬間、キーンと金属と金属がぶつかる音がしたかと思うとジャックと恵の間に槍を構えた一條・華丸(琴富伎屋・d02101)が立ちはだかっていた。
    「皐、住之江!」
     華丸の声に合わせジャックの背後から天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)と花魁姿の住之江が襲いかかる。
     しかし、皐の槍はジャックを貫くことはなく、虚しく地面に刺さり住之江の攻撃も空を切った。
    「今のをよけますか」
     完全に入ったと思ったんですけどね、と呟きながら皐は地面に刺さった槍を引き抜く。その顔はどこか、強敵にあったことを喜ぶかのように笑っているように見えた。


    「噂通り、なかなかに素早い相手のようだな」
     一歩離れた地点でジャックを観察していたイゾルデはこちらの奇襲を完全にかわしたジャックの動きを見て冷静に分析する。
    「ごめんね、すこしおそくなっちゃったよ」
     美穂を迂回路に誘導していたシオンはライフルを構えたイゾルデの横に立ち自らのバベルの鎖を瞳に集中させて戦況の観測に移った。
    「さっさと片付けさせてもらうで」
     遅れて戦列に参加したアイネストはどす黒いプレッシャーをジャックに向け、明日も朝早いんや、と殺気立った眼で鋼線を構える。
    「どおりゃああああ」
     前線に参加したシズクはジャックを視認すると雷を宿したこぶしで殴りかかった。
     轟音を立てて迫る拳をジャックは宙返りをしながら紙一重でかわし、灼滅者の数が増えたのを確認してメスを強く握りなおす。
     すると辺り一帯に霧が立ち込め始めた、うっすらとした霧が灼滅者達の視界を遮る。
    「やっかいな霧ですね」
     寸前までジャックのいた場所を殴りつけ、自らの拳が外れたことを悟った皐は死角からの攻撃に備えながらロンドンと言えば霧の町で有名でしたっけねと呟いた。
    「チッ……!」
     霧にまぎれてジャックが華丸の喉にむけメスを向ける、間一髪のところで主人の危険を察知した住之江がそれを受け止めたものの、反撃に放った衝撃もジャックをとらえることはなく、またもや霧にまぎれてしまった。
    「みんな、大丈夫だよな?」
     ギターをかき鳴らしながら梟が皆に向けエールと癒しのメロディーを送ると、右腕を抑えていた恵の顔に生気が戻る。
    「えい!」
     周囲にサイキックエナジーでできた光輪を展開させた恵は先ほど自分をかばった華丸に向けその光輪を放つ。
    「悪いな恵」 
     恵に光の盾を与えられたことに感謝の意を表した華丸はジャックに対し影の手を放つ。
     しかしその手さえも、霧のようにぬけだすジャックをつかむことはできなかった


    「ちょろちょろとすばしっこい奴やなぁ、少しじっとしとれ!」
     アイネストはそう叫ぶとゆらゆらとまるで幽霊のごとく動くジャックの背後にまわした鋼の糸を手繰り寄せる。
     死角から這い寄る鋼の糸、しかしそれすらもジャックはよけてしまうか、そう見えた時、ジャックの進路を数発の弾丸がふさぐ。
    「……!」
    「援護する……そこだ……!」
     民家の屋根の上から戦況を観察していたイゾルデの援護射撃。
     的確なタイミングで放たれた射撃がジャック動きを阻害すると、銃弾に意識をとられたジャックの左肩の腱をアイネストの鋼糸が切り裂く。
    「今だね!」
     イゾルデとともに民家の屋根に移動していたシオンは動きの鈍ったジャックの周囲を地点指定した範囲一帯の熱を奪い去る死の魔法、フリージングデスを発動させた。
     脅威を感じ飛び退くジャック、しかし範囲から完全に抜け出すことのできなかった彼の体の一部が凍りつく。
    「……」
     間髪いれず、飛び退いた先を先読みしていたかのように位置取りをしていた住之江がジャックに接近する。
     だが、空中で体勢を立て直したジャックは住之江を足蹴にするとシズクを標的と見定め、肉薄し構えたメスで襲いかかった。
    「好きにさせるわけないでしょ」
     レンジ内に入られたことを悟ったシズクはあえてハンマーを構え回転し、逆にジャックを強引にはじき返した。
    「もう逃がさないですよ」
     宙を舞うジャックの体、その体を皐は自らのその鍛え抜かれた鋼の拳で打ち抜く。
     そのまま地面へと叩きつけられたジャックは、メスを握り直すとナイフから漏れ出す瘴気のようなものを華丸に向ける。
     身構える華丸、しかし瘴気を乗せたその風は物理的なダメージよりも、むしろ毒のような力で華丸の体を蝕み、彼の体から力を奪う。
    「華丸!」
     血の気がなくなり、青ざめていく華丸の顔を見た恵は、すばやく霊力を指先に集めると華丸に向け照射した。
    「ふぅ……助かったぜ。そしてこいつはお返しだ!」
     徐々に赤みを取り戻していく華丸、ジャックの姿を両目にとらえると、ジャックに向け再び影の手を向ける。
    「物騒な都市伝説はノーサンキュー!!」
     華丸が影縛りを放ったタイミングを見計らい梟が後方からギターの激しい旋律を鳴らすと放たれた音波に気を取られたジャックの四肢を影の手が縛り付けることに成功した。


    「本物の切り裂きジャックがどういう理由で凶行に走ったかは知らんが、お前さんのように、ただ殺すだけの存在ではなかったはずや。たとえ万人に受け入れられん理由やったとしても、それはまぎれもなく人の所業や。解放したるで、ジャック。噂にゆがめられたその存在からな!」
     影の手で身動きが出来なくなったジャックをアイネストはさらに自らの影の巨人で強固に縛りあげる。
     お前さんも、ほんとは被害者みたいなもんやからな……そう言いながらジャックを縛り上げるアイネストは悲しげに瞳を揺らした。
     影の手により磔にされたジャックに対し、他の灼滅者たちは最後の一撃を与えるために構える。
    「あなたは所詮フィクションよ、妄想は妄想に還りなさい!」
     雷の力を拳に宿したシズクはその全身全霊を込めジャックにその重い一撃を与える。
    「こいつはとっておきだ……!……食らえ……!」
     完全に活動する力を失ったジャックにイゾルデは引き金を引く。
     ライフルから放たれる一条の光線。その光線に包まれながらジャックは、どこか解放される安堵のような笑みを浮かべ消滅していった。

    「ま、これで一件落着かな、美穂のことも守れたしね」
     跡形もなく消滅したジャックのことを考えながら梟は空を見た、星がきれいに瞬いている。
    「切り裂きジャックか……実際にあった事件なんだよな」
     花魁姿の住之江を見つめながら華丸はロンドンで起きたという過去の事件について思いを馳せる。
    「原典の切り裂きジャック本人も、もしかしたら都市伝説の類だったのかもしれませんね」
     何はともあれ、被害が出る前に刈り取ることができてよかったですね。と持参していたランプを回収しながら皐はそう答えた。
    「さて、通行止めを撤去しに行くぞ、念のため周囲を索敵してから帰還するか」
     イゾルデは荷物をまとめながらそう言った。
    「終わったらちゃんと後片付けもしないとだね」
     シオンもそれに同意しながら空を見ると、今日はお星さまがきれいだなぁと子供のような声を上げた。
    「さ、行きましょ。もういい時間よ」
     シズクはそう皆に告げると通行止めを設置した場所に向け歩きだした。
    「もうこんな時間か……朝、起きれるかな……」
     アイネストは懐に忍ばせていた懐中電灯を見ると憂鬱そうに歩きだす。
    「さーっと片付けてサクッと帰ろうねー」
     恵はシズクの後を追いながら、そういえば私囮役だったから通行止めの方は手伝えなかったねー等と話しかけている。
     他の灼滅者たちも後片付けをして帰路につこうと夜の道を歩き出した。

    作者:馬頭琴 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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