強き花鯱

    作者:池田コント

     あーちゃん、すごいよ。ヒーローみたい……。
     そんな風に言われたのは、いつのことだったか、誰の言葉だったか。
     マスクをかぶって、いじめっこに立ち向かっていった過去。
     半べそをかきながら、迷子と一緒に親を捜した思い出。
     人だった頃のかすかな記憶が泡のように浮かんで消えていく。

     海に一人の少年が佇んでいた。
     切れ長の目の内で、瞳は青緑にギラギラとした光を放っている。
     ピアスは耳に留まらず、口や舌にも見れる。
     隠すことのできない暴力的な雰囲気は、たとえるなら野性のシャチの様である。
     花楯・亜介(花鯱・d00802)であった。
     先日の鶴見岳で起こった戦いの中で闇堕ちしてアンブレカブルとなり、その傷もすっかり癒えた今となっては、手にした強大な力を振るいたいという欲望が彼を衝き動かしている。
     服をめくって腹を見ると、よく鍛えられた日焼けした肌には、あのソロモンの悪魔に空けられた穴は跡形もない。
     ハセベミユキといったか。もしかしたら同じ通学路を歩くことになっていたかも知れない少女の悪魔は、亜介にある場所を教えた。
     そこに行って思う存分暴れてくるといい、と。
     自分を散々痛めつけてくれた相手の言葉を聞くのは癪だが、他に行くあてもない。彼はそこに向かっていた。
     アンブレイカブルに帰る居場所などない。
     強い悪を倒す。
     それも、かっこよく、ヒーローのように。
     ただひたすら、誰よりも強く。
     それが彼の求めるもの。今のすべて。

     ドガアゥオン!
     爆撃を受けたかのように、壁が吹き飛んだ。
    「悪いな。玄関どこだかわかんなくてよ」
     そう言って悪びれた笑みを浮かべたのは、煙の晴れた、壁の穴から現れた少年、亜介だった。
     突然の登場に騒然とするのは強面の男達だった。威圧的な派手なスーツや、柄シャツを着ている者が多い。けれど、彼らは亜介の登場を予期していた。亜介を中心に放射線状にぐるりと待ち受けていて、塀の外でも亜介の退路を塞ぐようにぞろぞろと姿を現す。
     その中の一人、顔に刀傷の走る壮年の男が口を開いた。
    「歓迎するぜ、クソガキ。どういうつもりか知らねえが、この悪杉会になめた真似して生きて帰れると思ってねえだろうな!?」
     ドスの効いたセリフだが、亜介は気圧された様子もなく八重歯をむき出しにして笑った。
    「いかにも悪党くさいセリフじゃんか。上等だ! お前ら全員、叩きのめしてやるよ! かかってきな!」
     その瞬間、亜介の足下から影の花が咲き、巨大なシャチが飛び出した。
     
    「先日闇堕ちした学園の生徒、花楯・亜介さんの消息がわかりました」
     と五十嵐・姫子から待望の一報が入った。
     ダークネスの眷属の拠点に襲撃をかけるようだ。
     場所は広島にある暴力団組織悪杉会の親分の本宅、日本庭園のある広い屋敷。
     バベルの鎖で察知されるのも構わずのりこむようなので、相手も少なく見積もっても二十人以上の子分衆が集まっている。もっとも、闇堕ち状態にある亜介に少しでも抵抗できるような力を持つのは若頭含めほんの数人であるだろう。
     時間はかかるにしても亜介の勝利は揺るがないと思われる。
     けれどこの戦いに勝利した頃には、おそらく亜介は完全なダークネスとなり、もう二度と学園には戻ってこない。
     最悪の場合ではあるが、救出に失敗するならばここで亜介は灼滅せねばならない。
     ダークネスこそ灼滅者の敵であるからだ。

     亜介を救うために、彼との戦闘に勝利する必要がある。ダークネスとしての力を散らしてやるのだ。
     説得も不可欠だろう。彼の中にまだ残っている人としての意識に訴えかければ、弱体化が望める。彼を人に引き戻して彼を倒すのだ。
     邪魔になるのは、ダークネスの眷属達だ。彼らは襲撃をかけられた側ではあるわけだが、亜介を闇堕ちから救出するにあたって妨害を行ってくるのだからやはり邪魔と言うしかない。亜介がどうであれ、君たちを生かして帰そうとはしないだろう。
     
    「うひー。闇堕ちってすんごく強くなっちゃうんでしょ? 私がそうだったときはそんな実感全然なかったけど……めちゃくちゃ怖いんだけど! しかも暴力団組員がわんさかいるとか!」
     夏虎は両頬に手をあてて、不安を表現しているようだったが、
    「でも、そうだよね。だからって、怖がってばかりもいられないよね! みんなの力で必ず成功させよう! んで、私の新作納豆料理食べてもらうんだ!」
     納豆云々はともかく、こうして闇堕ち救出作戦が始まった。


    参加者
    宗原・かまち(徒手錬磨・d01410)
    四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)
    葛城・百花(花浜匙・d02633)
    花楯・宇介(あの日タイムマシン・d03452)
    九重・透(目蓋のうら・d03764)
    東堂・汐(あだ名はうっしー・d04000)
    村山・一途(赤い夢の住人・d04649)
    スヴェンニーナ・アウル(キャットウォーク・d10364)

    ■リプレイ


    「やれ!」
     一斉に銃弾が撃ち込まれた。
     亜介は避けることもなく、良くて蜂の巣、悪けりゃ肉塊。
     数十秒に及ぶ射撃がようやくやむと、
    「なんだ、もう終わりかよ」
     無事な亜介を見て、くわえていたタバコをぽろりと落とした。
    「少しはサイキックがのってるみてーだが、全然たりねぇよ。もっと強い奴はいねーのか!」
    「野郎、ふざけやがって!」
     子分達が振り回す匕首や日本刀を余裕でかわしながら、亜介は問いかける。
    「なあ、お前、悪いことしたことあるか?」
    「は?」
    「悪いことだよ、万引きとか、カツアゲとか」
    「俺は三人消したことがある。お前を四人目にしてやるよ!」
     巨漢が繰り出す匕首の刃を、亜介は人差し指と中指だけで挟んで止めた。
    「なんだよ、いんじゃねえかよ、殺人犯。ぶっ殺すのにふさわしい、クソ野郎がいるじゃんか」
     亜介の姿がふっとかき消える。
     否。
     早すぎて常人の目には捉えられないのだ。
     再び亜介を認識したのは腹に一瞬で五発のパンチを受けた後。
     亜介の身体能力は、男が無様に吹っ飛ぶことすら許さず、襟首をつかんで、容赦なく顔面を殴り始めた。
     唇が裂け、まぶたが切れ、鼻が折れ、歯が砕け、妖怪のような顔になる。
    「も、もう許じべ……」
    「土下座で謝れば許してやるよ」
    「ほんヴぉに?」
    「嘘。謝ったら殺す。飽きても殺す」
     ぐしゃ!
     壁に顔面から叩きつけられ、血の跡を引いてずるりと落ちる。
    「これでもくらえ!」
     子分の放った魔法弾を振り向きもせずに片手で受け止め、握り潰した。
    「こんなまずいもん食えるかよ。もっと俺を楽しませろよ、悪党ども!」


    「てめえらっ!」
     こちらに気づいた子分を槍で豪快に薙ぎ払う。
    「引き受けましょう、露払い!」
    「だから見せてくれ、連れ戻す様、人情人情人間の、その讃歌を!」
     レヌーツァ、不志彦達が拓いた道を、四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)達が駆け抜ける。
     追いかける子分達の前に、夏海達が立ち塞がった。
    「こいつらは俺らに任せて花楯を、頼む!」
    「頑張れよ、宇介。お前の兄貴を取り戻してこいよ!」
     花楯・宇介(あの日タイムマシン・d03452)達が頷くのを見届け、ナイトは斬艦刀を構える。
     その迫力に気圧され子分達は一歩後ずさった。
    「友の為にもここは決して通さないぜ!」
     その瞬間、ナイトのカッコいい浴衣がはためいた。


     塀の穴より現れた乱入者達に気づいて、若頭が叫ぶ。
    「新手か! 貴様ら、どういうつもりでうちの組を……」
    「生憎と」
     九重・透(目蓋のうら・d03764)は良く通る声で、その言葉を遮る。
    「そちらに用はないのだ。押しかけておいて誠に申し訳ないが、邪魔をするなら……片づけさせてもらうよ」
    「なんだとコラァ!」
     強面の男が襲いかかるも、透はするりと身をかわして懐に入り、高速で拳を炸裂させ、同時に東堂・汐(あだ名はうっしー・d04000)が横合いから殴り、殺気を叩きこむ。
     それだけで、一人の男が倒れた。
    「私ったらほんとに最強すぎるぜ!」
     少女達の強さに子分衆がざわめく。
     ただでさえ亜介一人を持て余していたというのに、九人の新手が現れた。しかも全員見かけ通りの少年少女ではないのだ。
     けれど、宇介達の目当てはヤクザ達ではない。
     仲間を助けるために闇堕ちした、学園の仲間であり、宇介にとっては兄である……。
    「亜介!」
     懐かしいはずの顔は、別人のような表情を浮かべていた。触れるもの全てを壊すような、荒ぶる鬼神のような迫力。
     けれど、スヴェンニーナ・アウル(キャットウォーク・d10364)は亜介にはなにも変わりがないかのように話しかけた。
    「おむかえ、きたよ」
     亜介は見知った顔を見ても戦いを止めようとはしない。
    「あーちゃん、弱いものいじめ? かっこわるーい。それはヒーローじゃなくて悪い人がすることだよ」
     亜介は子分の顔面を片手で締め付けながら、
    「あ? もしかして俺のこと言ってる?」
    「かっこいいヒーローは、仲間を守って支えあって、巨大な悪に挑むもの。そうやって戦わなくちゃ」
    「その通りよ。守るべきものがあってこそのヒーローでしょう」
     葛城・百花(花浜匙・d02633)が言い添える。
    「なにがヒーローだ。ガキどもが」
    「こっちは大事な話をしてるの。邪魔するんじゃないわよ……!」
     クールな印象を与える百花であったが、子分の横やりに対しては厳しかった。
    「それじゃあ守ってやるから横にどいてな」
     再び亜介は子分達をぶちのめす作業に戻ってしまう。
    「聞けよ。お前の大切な仲間なんだろ? ちゃんと聞いて……ちぃ!」
     非と亜介の間を子分達が遮る。まずはこの林のような人を減らさなければ。
     非はリングスラッシャーを放ち、雑魚をまとめて吹っ飛ばす。
     村山・一途(赤い夢の住人・d04649)が人の中を駆け抜けながら、敵を斬り捨てていき、スヴェンニーナの視線の先にいる男達が氷結の中に呑まれていく。
    「早く落ちてくれねーかな……あ!」
     子分達を早く片付けたい宇介目がけて放たれた魔法弾を、スヴェンニーナの盾が軽減し、宗原・かまち(徒手錬磨・d01410)が弾いた。
    「おい、平気か?」
    「あ、はい、大丈夫……」
     百花のガトリングガンから放たれた弾丸が、亜介の肌を穿つ。
     けれど、亜介は動じず、楽しそうに百花を睨んだ。
    「無抵抗の女子供には手を出さねーよ。俺が殺すのは悪、それも強い悪だ……けど、刃向うんなら容赦はしねぇ」
     ダークネスだけあり百花は圧倒的な力の差を感じる。
     だからといって止める道理はないけれど。
    「悪いけど、とても邪魔」
     スヴェンニーナの縛霊手が若頭を殴り倒したとき、亜介も幹部の一人を倒したところだった。
     いよいよ全員で本題に取り掛かれる。
    「シャチって、食物連鎖の頂点にいるのに必要のない殺生はしない生物なんだって」
     透は動き回る亜介にピッタリとはりつきながら、拳を放つ。
    「今の君が振るう力は、必要な暴力?」
    「考えたこともねえな。けどよ、じゃあ逆に聞くが、こいつらは必要な悪党か?」
     ダークネス配下で人を陥れる暴力団組織、
    「悪党をぶっ潰すのが不必要だっていうのか? ああ? 俺はただのシャチじゃねぇ」
     亜介のシャチが体をねじりながら透へと襲いかかる。シャチが直撃せずとも、影の水面へと飛び込む余波ですら、透はなすすべなく吹き飛ばされた。
    「私もかっこよくてヒーローみたいな、最強になりたいっていうのがモットーだ。でもヒーローって、皆を幸せにして憧れられるような存在だろ?」
     汐の超最強の槍は亜介の影花に受け止められた。だが、そこから汐は槍をねじり込ませて、その防御を打ち破ろうとする。
    「お前は悪人は殺してしまえば良いって思ってるのか?」
    「思ってるね」
     亜介は笑う。
    「悪を蹴らねぇライダーがいんのかよ。悪を斬り殺さねぇ宇宙刑事がいんのかよ。どうしようもねぇ悪を、かっこよくぶちのめすのがヒーローだろ?」
     汐の槍の穂先が亜介に届くというそのときに、影花は爆発するように花弁を広げ、汐は衝撃に跳ね飛ばされた。
     荒ぶるシャチに手を焼いて、傷がどんどん増えていく。
     けれど亜介はまだまだ疲労を見せない。 
    「不壊を意味するアンブレイカブルだけあって流石に丈夫だな」
     非は口の端に流れる血をぬぐう。
    「さすが花楯家長男ってとこだな……!」
     亜介への攻撃だけでなく雑魚の相手もして疲弊した様子を見せる宇介を一瞥し、非はリングを放つ。
    「タフさには私も自信があってな。こうなれば根競べだ。お前にはまだお前を想う家族や仲間がいるんだってことを、思い知らせてやる」
     妹を失った自分のようにはさせはしないと。
    「あなたを助けようって人達がいっぱい押しかけてるんだよ!」
     夏虎が手で示す塀の外には、二十四人もの仲間が集まって、後から後から湧いてくる増援に手出しさせないようにしていた。
     裕也の紅蓮斬が一人を斬り伏せ、薫の月光衝がまとめて薙ぎ払う。
     炎の翼を開いたスウが飛び、司の斬影刀が切り裂いて、雛のソーサルガーダーが仲間達を守る。
     和泉の制約の弾丸が撃ち抜き、眠兎が祭霊光を放ち、クリスが異形化した腕を振るい、不律が歌声を響かせる。
    「部長がいなくてどうすんだ、まだ始まったばかりだろ」
     亜介が部長を務めるオルカに所属する、レインの影が捕えた敵を、すかさず近づいた夏海の大鎌が斬り捨てた。
    「花楯が帰って来てくれなきゃ再入部できないじゃんか」
    「お前は何をしてる。ふざけるな、勝手に堕ちるな。お前の大切な物を中途半端に放り出して、勝手に堕ちるな!」
     好きな事する部の部長、百合が技を振るう。その傍には途流の姿もある。
    「また皆で遊びてーし、クラブの皆も待ってんだ。帰ってこい。いいからさっさと帰ってこい!」
     鶴見岳で亜介に助けられた、ヴェルグと空の姿もある。背中合わせに敵を打倒していく。
    「あのね、亜介くんはさ、ダークネスになんかなっちゃいけないの。太陽と海が似合う人なんだからさ!」
     伊介は、兄の救出は弟の宇介に任せ、百合達と共に増援を押しとどめる。
     そのとき、塀にドガンと新たな穴が開いた。
    「大切な人に心配かけるのは違うだろ。とっとと目を覚ませ」
     その穴を開けた、人部部長徹太に敵が殺到するのを、幾彦がマジックミサイルで撃つ。
    「花楯さん! うちの部長が寂しがってます! 早く戻ってきてください!」
     3年0組から実と霊犬クロ助も駆けつけていて、連携して敵を倒す。
    「数学教えてもらうって決めたもん。一緒に遊ぶって約束したもん」
     ライドキャリバーに乗った、ゆうが戦場を駆ける。
    「戻っといでよ。一息ついたとき、帰れる家族と、友達のいる場所、あるんだから」
     かれんはこれだけの仲間が駆けつけてくれた、亜介のことを思い、戦う。


     サポート合せて三十三人分の想い。
     また、駆けつけたくても叶わなかった、部員やクラスメイトのような人達の分も。
    「オメェんとこの団員にも殴ってでも引きずってでも連れて帰って来いって言われてよ。こんな所にいる場合じゃねぇよな?」
     一途の斬撃を影花で防ぐも宇介の彗星のごとき矢に貫かれた亜介に、かまちは電撃を帯びた拳を叩きこんだ。
    「待ってるやつがいる。お前を迎えに来たやつがいる。闇ん中で燻ってねぇでさっさと戻ってこい、シャチ」
    「うるせぇ!」
     その瞬間。
     亜介の強烈な一撃がかまちの腹部を貫いた。
     かまちの背に、あるはずのない、血に濡れた手が生えた。
    「かまち!」
    「宗原さん!」
     仲間達の悲鳴。
     力を失うかまちの体。
     でも。
    「オメーのクソみてぇな拳なんて効かねぇなぁ……」
     亜介に寄りかかるようになった、かまちは再び力をみなぎらせて亜介の胸倉をつかみ、頭突きをぶちかました。
    「……っ! この野郎!」
     亜介も負けずに頭突きを返すと、かまちは更に頭突きをする。
     頭突きの応酬が始まってしまって、それが夏虎には楽しそうに見えて、なんだか呆れてしまった。
    「もー、男同士でなーにやってんだか」
     応酬を終えた亜介に、一途が斬りかかる。
     即座に反応した亜介の一撃は空を切り、一途は背後より刀を突き刺した。
    「ヒーローになる夢、格好いいですね。応援したいと思います」
     亜介は刃を握って捕まえようとするが、一途は寸前で刃を抜き離れる。
    「でも、止めますよ。だって……ヒーローっていうのは、あなた自身の夢でしょう? 誰かが代わってくれるならそれでいい。そういうものじゃないでしょう?」
     一途は亜介目がけて駆けた。刃と共に気持ちを届けるために。
    「あなたの夢は、あなたにしか叶えられないんだから」
     闇から戻れ、と。
    「抗って、あがいて、もがいて……ヒーローの意地を見せてみなさいよ!」
     百花の影がシャチに喰らいついた瞬間、宇介が手に持った矢を亜介に突き立てた。
    「あーちゃんがいないとご飯が余っちゃうんだよ。わかる? ご飯無駄にすんじゃねえって言ってんだよ! 早く帰ってこないと晩御飯もカルピスも抜きにすっからな」
    「お前、らぁ……!」
     一途の刃をも受け、亜介の放出する闇の気配が弱まっていく。
    「もどっておいで。独りは、つまんないよ」
     自分を見つめるスヴェンニーナを最後の光景に、亜介は意識を失い倒れた。

    「くそ……!」
    「これ以上は野暮ってもんだろ?」
     驚き振り返った子分を、非のライドキャリバーが倒した。変な塗装の銃が零れ落ちる。
    「お、俺の風水が……」
     そいつが最後であるのを確認して、非は亜介を介抱する仲間達に目を移した。


     まどろみ。
     楽しい夢の中にいるように、膨大な力の誘惑が後ろ髪を引く。
     けれど、目を覚まさないと。
     晩飯もカルピスも、抜きにされるのはごめんだし。
     それに。
     命がけで止めにきてくれたこいつらが、やっぱり大好きだから。
     だから、言わないと。
     ただいまって。


     目覚めた兄は、いじめから助けてくれたあの頃のような顔をしていた。
     帰ってきたんだ。
    「宇介……」
    「あーちゃん……」
     宇介は今にも泣き出しそうな顔で兄に近づき……。
     思いっきり頬をぶん殴った。
    「こんの、バカ兄貴ッ!」
    「い、痛ぇな!? なにすん、だ……?」
    「父さんも母さんも伊介も俺も心配したんだぞ! 心配、したんだ、本当に……」
    「悪かったよ……悪かった」
     感情的な宇介を、亜介は落ち着かせる。
     すると、べし、と頭を叩かれた。叩いたのはかまち。
     抗議する気持ちは失せた。おかえり、とぼそりと聞こえた気がしたから。
    「おい、今……」
    「そうだ亜介、オメーバレンタインいなかっただろ?」
    「バレンタイン? え、もう終わったのか?」
    「可哀想なオメーに久米がチョコくれるってよ。有難くもらっておけよぉ……ッ」
     かまちに羽交い絞めにされた亜介の顔を、スヴェンニーナは自分に向かせた。
     ピンクの円らな瞳がじっと亜介を見つめる。
    「な、なんだよ……」
    「うーん。ぼこれと、皆に言われてきたけど……」
     不穏なセリフを口にして亜介の鼻をつまむ。
    「ふぁにふんだ!」
     開いた亜介のその口に、にんまり笑顔の夏虎が自作の納豆チョコをつっこむ。
    「むぐぅうう!?」
    「ハッピーバレンタイン」
     これ生納豆にミルクチョコぶっかけただけじゃ……。
    「さぁ、たくさん、おたべ?」
     スヴェンニーナの手には大量の納豆チョコ。
     なにこの絶望感。
     透はそんな亜介に小さな包みを押しつけ、小さくつぶやいた。
    「……おかえり、我らがヒーロー」
     少し離れたところで、その様子を百花や汐が楽しげに眺めている。
     増援を片づけた仲間達も亜介を中心に輪を作る。小突いたり、おかえりなさいを言ったりする。

    「……良かった」
     一途はその場にしゃがみこんでため息をついた。
     亜介に命を救われた、彼女の鶴見岳の依頼も今ようやく完了したのだ。
     空やヴェルグ達も、無事な姿が見える。
    「……今日は死ぬにはいい日だ」
     一途はにこりと笑って、仲間達のもとへと駆け寄っていった。

    作者:池田コント 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 27/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 9
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