林の中の魔物

    作者:水上ケイ

     いつもの林の散歩道の傍らで、老人は立ち去りかねていた。
     道の脇に立つ見慣れた廃屋の、普段は閉まっている扉が壊れてがたついている。古くひび割れ、蔦の這うガラス窓越しに青いものがガラクタの間を動いているのがみえる。そしてかすかな腐臭。
     さっさと通り過ぎればよいものを、老人の足はおそらく恐怖ゆえに動かぬ。

     そのうち恐ろしい唸り声が聞こえた。老人が少し耳が不自由だったとしても、主は怪物ではなかろうかと、容易に想像をたくましく出来そうな声だ。
     だが、老人はなぜか一歩踏み出した。
    「コロ……お前、コロか? あの世から青鬼になって帰って来たのか?」
     再び唸り声とともにまふっとした毛がチラリと動く。
     老人はおそらく、恐怖に錯乱してありもしないものを見たか、もしかしたら、その人ならぬ声に滲む慟哭を感じたのかもしれない。
     震える足をまた一歩、進める。
     そこに待つ死へと向かって……。
     

    「みんな……ちょっと聞いて欲しいの」
     鞠夜・杏菜(中学生エクスブレイン・dn0031)が教室の灼滅者達に話しかけた。
    「鶴見岳のデモノイド、覚えてるよね? あれと同じのが愛知県の山間部で事件を起こすの」
     敗残のソロモンの悪魔がデモノイド達を廃棄した可能性もあるが、詳細は不明だと杏菜は話す。また、このデモノイドは、命令などは受けておらず暴走状態のようだ。
    「それでも、デモノイドはダークネスに匹敵する戦闘力があるし、放置すれば大きな災いになるわ。撃退してきて欲しいの」
     
     続けて杏菜はこのデモノイドの出現場所について説明を始めた。
    「デモノイドが出現するのは、林の中よ。辺りは野鳥の鳴き声がきこえそうな静かな場所。その中に一本道がとおってるんだけど、そばに廃屋があるの」
     古い大きめの木造平屋で使われなくなって久しいようだ。
     不幸にもおじいさんが一人、デモノイドがいるとは知らずに確かめようと歩いてくる。
    「予測ではおじいさんは死んでしまうわ。でも皆がデモノイドに接触できるのはこのおじいさんが扉を叩いたあとなの」
     灼滅者達は顔を見合わせた。それは老人にとって危険なのではないか、と。
    「そうね。扉を叩いておじいさんが殺されるまでにはほんの少しだけ時間があるはずよ。えっと……1分?」
     杏菜はちょっと俯いた。
    「バベルの鎖があるもの。それで何とかできるならして欲しいの。そこは皆に任せるわ。あと、この個体はもしかしたら少し、どこかが腐りかけているかもしれないわね」
     このデモノイドの攻撃は近接単体のみに限られると杏菜は付け加え、例えどこか腐っていようと十分に注意してほしいと皆にお願いした。
     それからこの事件には直接関係ないかもだけど、と杏菜はメモに目を落とす。
    「このおじいさんだけど、随分お年みたいね。散歩が好きなんだと思うわ。あと、愛犬をつい最近交通事故で亡くしてるわ。そのショックで少し混乱気味なのかも……、まあそんな感じです」
    「未来予測の優位はあるけど、デモノイドの戦闘力は侮れないと思うの。全員で協力して上手くやってください」
     無事に帰ってきてね、と杏菜は灼滅者達を送り出した。


    参加者
    風間・司(中学生殺人鬼・d01403)
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)
    時田・六徳(ナライ・d04713)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)
    東野・竜武(高校生神薙使い・d11679)
    渡辺・綱姫(渡辺源次綱・d12954)

    ■リプレイ

    ●冬の終わりの林にて
    (「なんでデモノイドがこんな所でうろついてるんや」)
     ……ま、今考えても仕方ないか。
     ざわざわと頭上で梢が鳴る。
     風間・司(中学生殺人鬼・d01403)は廃屋を見守る大樹の陰で物騒なチェンソー剣を愛おしく撫でた。
    (「うちの愛機は絶好調や! これでデモノイドしばき回したるで!」)
     8人は時を待つ。
     穏やかな人の気配が徐々に近づき、やがて一人の翁が廃屋をみつめて立ち尽くす。立春を過ぎたといっても辺りはまだ冬の灰色で、老爺も景色に溶け込むようにくすんで見えた。
    「被害が出るんじゃ放っておけないよな~」
     久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)が緑の瞳で細い姿を追った。呆けた様にぶつぶつと、老人は死んだ愛犬の名でも唱えているのだろうか。
    「あのデモノイドがコロってことは無いと思うが……」
     時田・六徳(ナライ・d04713)が低く呟く。
     花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)のまなざしも同情の色を帯びた。
     愛犬を亡くした心境は察するが、亡くなった命はもう戻って来ない。どちらにしても彼等が助けることができるのは老人の命だけだ。
     そのうち廃屋から低く唸り声が漏れた。
     あれはなぜ哭いているのだろう。
    (「苦しいのだろう、怖いのだろう……鬼でも化物でもなく、まるで弱々しく泣き伏せる子供のよう」)
     ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)はただただ哀しくその声を聴いた。
    (「でも、ルリには救えない……助けてあげられない。ルリにできることはただ一つ、化物ではなく、貴方を人として葬ること……」)
     刻漣・紡(宵虚・d08568)も静かに祈るように、戦いの時を待つ。
    (「誰かを傷付ける前に止めてあげるの。人に戻す術がないのなら、せめて安らかに私達の手で」)
     隠れ護る者達の存在を知らぬままに、老人が独り言を呟きながらまろぶように一歩を踏み出した。
     渡辺・綱姫(渡辺源次綱・d12954)がいつでも飛び出せる様に鬼王丸を掴む。
    (「爺やはんをみすみす死なせるわけにはいきまへんえ。必ず救いはりますえ」)
     東野・竜武(高校生神薙使い・d11679)は間近に老人の姿を認めた。廃屋の影、老人の死角で身構える。
    「なんとしても助けるぜ……」

    ●守護者達
     正直、老人が扉を叩く理由など灼滅者達には関係のない事だった。
    「コロ、私を連れていけ」
     骨ばった拳が扉を打つ。
     ただ彼等は命を護るという一点において躊躇なく、突風の如く現れて老爺を守護した。ガラクタを蹴散らす派手な音が迫り来る中、司が精一杯腕を伸ばして老人の服の裾を引っ張った。
    (「間に合え、間に合え!!!」)
     犬がけたたましく吠えついて老人を追い立てる。竜武とルリは扉の前を塞ぐ様に踊りこんだ。
     ――その瞬間。轟音と共に扉が吹っ飛び、日の光の下に青い悪夢が兆す。
     だがルリは異形をドリルで通せんぼして、相手がまるで人であるかの様に語りかけた。
    「ダメだよ……人を殺したら、貴方は本当の化物に成り果てる……」
     返事は凄まじい咆哮だ。竜武が攻撃を予想して下腹に力を入れて構えた瞬間、太く青い腕が力任せに振り下ろされる。
     死ぬはずだった老爺の身代わりに衝撃を受け止めて、竜武は思わず呟く。
    「コロ……って風貌じゃないよな……譲歩してもクマ……だな」
     織兎も老人を背後に庇うように前衛に並んだ。
    「おじいさん大丈夫か~!」
     攻撃を引き受ける覚悟は彼にもあった。
    (「救出するぞ~。もっと生きててほしいって愛犬だって願うと思うんだ~」)
     そして騒がしいのは司だ。
    「なんやあれ、でっかっ!! じいちゃん、どう見てもあれ犬の原型とどめてないやろ!! ……なんやキモッ!!」
     文句を言いつつも忙しく槍を操って一撃入れる。
     そしてメディックを引き受けた紡は、後方から契約の指輪を竜武に向けてヒールする。やはり彼女も、デモノイドから老人の姿を隠すように動いていた。
     更にその後ろ。
     戦闘音に犬の鳴き声が混じる。
    「ワン!」
     後ずさりした老人を懸命に導くのは犬に変化した六徳だ。
    (「青もふがコロな訳ないだろ! しゃんとしろ!」)
     噛み付くように吠えたあとは、衣服の裾を引っ張って離さない。犬に吠えられて老人は夢から醒めたような顔をしたが、それも一瞬。綱姫が風を呼んで眠らせた。雷鋼義兄さまと声をかけるとビハインドが心得たとばかり老人を運びゆく。
    「爺やはん堪忍おす。多少手荒になってしもうたかもしれへんけど、死なせるわけにはいかへんのおすえ」
     二人が逃げ延びた事を確認し、綱姫は戦場に戻る。
    「鬼斬丸に宿る先祖はん、力を貸しておくれやす……」

    ●人かデモノイドか
    「じいさんの方はもう大丈夫だっ」
     六徳は人間に戻るなり仲間に叫んだ。灼滅者達は扉からさっと飛びのいて間合いをとる。おびき寄せようとしたのだが、デモノイドは躊躇なく彼等を追いかけてきた。
     ルリが盾とドリルでデモノイドと渡り合い、メディックの六徳は早速忙しい。
     織兎は自分の方針を攻撃重視ときめていた。
    「こっちもいくぞ~」
     こいつは死ぬまで止まれないのかもな~と高速で死角を突きながら彼は思う。どうやら猪突猛進。敵を見れば戦闘開始。
    「デモノイドって話せないのか?」
     切り裂くついでに思いつきを呟けば、異形の視線に射抜かれそうだ。
    「今日も頼むでー、愛機ちゃん」
     司がチェーンソー剣にキスを落として巨体を迎え撃つ。六徳は紡とメディックを代わり、早速忙しく働いた。
     風が唸り、降りそそぐ光に照らされて、地を蹴る灼滅者達の影が目まぐるしく躍る。
     敵の身体が大きくしなる。攻撃を察して、綱姫は咄嗟に鞘を地に突き立てるように身を庇った。
    「鬼王丸を守っとる鞘さかい、そない簡単には……」
     気合は充分。
     だがデモノイドの身体が突然傾いでぐらついた。ポニーテールが空を泳ぐ僅かな間の内に、綱姫は気づいた。
     彼女だけではない。灼滅者達は敏く、ジャマーの位置から紡が声を上げる。
    「左腕が……!」
    「腐りかけてやがる……生み出されるのが早かったようだ」
    「えっ?」
    「いや、言ってみただけだ」
     竜武が嘯き、拳を固めてデモノイドを撃ち抜いた。続いてルリがギガドリルランスを回転させながら突っ込む。
     一部腐敗が始まっていたとしても、さすがにデモノイドはすぐには倒れない。
    「まあ、急所ってわけでもないのかな~」
     織兎が呟いた。どちらにしても部位狙いはスナイパーの十八番だけれど。
     そのスナイパーであるマヤは、きっちりと堅実に攻めることを選んでいた。
    「これを避けられますか……? 魔法の矢よ、かの者を射ぬいて下さい!」
     女性のような優しい顔でマヤはガンナイフを構え、正確に的を撃ち抜いた。魔力の弾雨がデモノイドに降り注ぐ。同時に彼は後方をも気にかけていた。メディックとスナイパーは老人とデモノイドの間の最後の壁だったから。
     綱姫のサーヴァントもマヤと同じスナイパーの位置に戻って戦っていた。
    「あんたはんも好きでそないな身体になったんとちゃうんやろうけど、そないな力ほっとくわけにはいかへんのおすえ」
     綱姫の得物は鬼斬丸、先祖伝来だという縛霊手である。
     紡は影を操り、デモノイドの動きを封じるように仕掛けていった。
    (「苦しみが長引かぬよう皆で力を合わせるの……」)
     紡の足元から伸びた影がデモノイドを拘束する。一瞬の後、影を千切って敵はルリを襲った。
     戦ううちにルリが狙われる頻度は高まっていった。怒りに狂ったデモノイドは、今ではルリしか目に入らぬかのようだ。しかしそれはルリの作戦だった。
     小さなルリはオーラを高めてひたすら堪える。たまに攻撃が外れたり、片腕が腐りかけといっても、敵の一撃の威力は強烈だった。
    「つっよいなぁ~」
     妙に感心しながら織兎が靄を撒き、
    「しっかりしろ!」
     六徳が縛霊手から霊光を放つ。彼はずっとルリの援護にかかりっきりだったが、攻撃を一身に引き受けたルリは最後まで立ってはいられなかった。癒せぬ傷も蓄積してゆく。
     とうとう、デモノイドの凄まじい一撃に小さな身体が跳ねて倒れる。ドリルも細い腕もぱたりと地に落ちた。
     ルリはもう戦えないことが、灼滅者達にはひと目でわかった……。
     だが他の者は皆無事に立っていて、デモノイドは満身創痍だ。
     紡は黙して胸に下がった指輪をひとつ撫で、願いを込めて魔法弾を撃ちこむ。
    (「道から外れた魂、どうか安らかに眠れるよう……」)
     竜武は変化させた異形の腕でデモノイドとせめぎ合った。
    (「クマでも……勝つぜ」)
     そして鬼王丸を手にした綱姫と彼女のビハインドも跳んだ。
    「……あんたはんの中におる鬼、うちが祓わせてもらいますよって!」
     綱姫が斬撃を放てば、連続して雷鋼も攻撃を決める。
    「これで沈んでいいんだぜ!」
     織兎が逆十字を放ってデモノイドを朱に染める。
     マヤの矢が飛び、六徳は縛霊手の御霊を休ませなかった。
     ヒョオと風が往き、戦場を縁取る林が枝を鳴らした。灼滅者達は魔を討ち取ろうと力を尽くし、悪魔の手先に成り果てた、人ならざる者が最後の命を燃やして戦う。
     司は自分に向かってバランス悪く突進してくる巨体を見た。刹那、デモノイドの重い一撃が炸裂する。
     視界が緋に焼けた。だが司は地を踏みしめ、愛機を握り締めて気炎を上げる。
    「此処で倒れてたまるかぁぁぁぁぁあああ!!!!」
     唸るチェーンソー剣を握り締めて突進し、一閃。
     崩れ落ちたのは敵の方だった。
     肩で息をする司の足元に、鈍い音を立ててデモノイドは倒れ、もう動かない。

     戦いは終わった。風がやんで、林の中に束の間静けさが満ちる。
     紡は急いでデモノイドに駆け寄った。
    「おやすみ、ごめんね」
     元より返事を期待していたはずがない。
     ――だが。
    『アリガト……ネ』
     確かに声が聞こえて紡は紫の瞳を瞬かせた。近くにいた灼滅者達も顔を見合わせる。
     だがそれを最後にデモノイドはとろとろと得体の知れない何かに変じた。後はいくら耳を澄ましても、聞こえるのは風の音だけだった。
     朽ちた葉が墓標のように残骸に舞い降りる。残ったのはひとかたまりの気味の悪い何かと歪んだ拘束具。
    「……」
     紡はしばし立ち尽くし、マヤが殲滅道具を収めて息を吐く。
    「デモノイド……こんな強敵がまだまだいるのでしょうか……」
     そして、司はさっと顔を上げて仲間を振り仰いだ。
    「その、じいちゃんは大丈夫やったか?」

    ●救い
     老人は毛布の上に寝かされていた。六徳があらかじめ準備しておいたものだ。
     彼はよく寝ている老人に近づいて、間近に声をかけた。
    「これ、近くに落ちてたけどじいさんのか?」
    「……あ?」
     目を覚ました老人に六徳はお守りを差し出す。それは犬のお札で、六徳が準備しておいたものだった。しかし、老人は慌てて身を起こすと壊れた廃屋を振り返った。
    「いやそんな事よりあそこにな、鬼のコロが……」
     老人は状況を確認してポカンとしたが、紡が安心させるように話しかけた。
    「もう安全です。大丈夫ですよ」
    「……嬢ちゃん達が助けてくれたのか?」
     見回す老人に、灼滅者達はそれぞれ微笑んだり照れ隠しに視線をそらしたり。
     六徳がもう一度、お札を押し付けて言った。
    「多分だけど、そのコロが、じいさんを守ってくれたんだと思うぜ」
    「ええ。此処にきたのもね、犬の姿に導かれた気がするの。きっとお爺さんを守りたい誰かがいたのね」
    「……そうか。そうだったんかもな……ありがとうな」
     老人は深々と頭を下げて六徳からお札をもらい、ぽつぽつと道を辿り始めた。
    「コロちゃんのためにも長生きしてね」
     目覚めたルリが手を振って、おじいさんはもう一度深く頭を下げた。
     犬変身した六徳がその脇を走り抜けてゆく。
     雲が切れて、林には春を偲ばせる明るい日差しが溢れた。

     立ち去る間際、ルリはデモノイドの為に祈った。
    (「傷ついた魂……それでも鬼に成り果てることはなかったよね……」)
     少なくとも、もうデモノイドは泣いていない。

    作者:水上ケイ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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