雪の降りしきるあぜ道を、異形の魔人が悠然と歩いていた。
彼の背後には、鮮やかな紅の跡が残されていた。全てほんの少し前に、この魔人が殺めた人の流した血だ。
その魔人は、施された改造によって異形と化し、人の身でありながらダークネスに迫るほどの力を与えられた強化一般人――『デモノイド』である。
このデモノイドは、一切の指令を受けることなく放置されていた。当て所もなく山道をさまよっているうちに、山あいの小さな人里へと辿り着いた。
そして彼を化け物と呼び逃げ惑う人々を、無惨に虐殺してのけたのだ。
だがそれは彼に与えられた、『ただ味方でないものを殺し尽せ』という本能の赴くままの行為。そこにこのデモノイドの思考は一切存在しない。
そして思考能力を持たぬデモノイドは、虐殺の後もやはり何処へともなくさまよう。あるいは彼に残された人としての僅かな本能が、懐かしい場所を求めているのかもしれない。
偶然かはたまた必然か、デモノイドの向かう先には県内でも有数の大都市が存在している。もしこのデモノイドがそこまで到達してしまえば、つい先刻の殺戮を上回る死者を出すことになる。
そしてこの魔人の足ならば、その惨劇は決して遠くない未来に待ち構えていることだろう。
そんな未来を暗示するかのように、デモノイドは禍々しい雄叫びをあげる。
――だがそれはどこか、異形の怪物となってしまった己を嘆く慟哭のようでもあった。
「――俺の全能計算域が、新たな惨劇の発生を察知したようだ」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、重苦しい雰囲気で告げた。
先の鶴見岳の戦いで、ソロモンの悪魔の軍勢の中心的戦力であったデモノイドと同系統の個体が、山間部の集落を壊滅してしまうというのだ。
「事件が発生するのは、愛知県の東部だ。どうやらデモノイドの製造施設は愛知の廃村にあったらしくてな、そこのデモノイドが逃げ出したらしい。
あるいは鶴見岳の戦争で敗れたソロモンの悪魔どもが、施設を放棄したって可能性もあるがな、詳細は今のところ不明だ」
どうやらこのデモノイドは一切の命令を受けておらず、明確なターゲットも持ってはいないらしい。
「だが奴の進路上には名古屋がある、言わずと知れた大都市だぜ。集落の方も一大事だが、早いとこ奴を何とかしないと更にとんでもない被害が出ることになる……」
そのために、このデモノイドが集落へと到達する前に灼滅してほしいとヤマトは告げる。
「このデモノイドとは、集落に着く前の山の中で接触できるぜ」
その山中での迎撃に成功すれば、集落にも被害を出すことなくデモノイドを灼滅することができる。
「だが奴と接触できるのは夜だ、当然見通しは悪い。それに山はあまり人の手が入ってないし、雪まで降ってやがる、足場も良いとは言えないな。かなり戦い難くなりそうだぜ」
もっとも、それは敵のデモノイドにとっても同じことだ。
先日の鶴見岳の作戦で明らかになったように、デモノイドは肉弾戦による直接攻撃が主体で、特殊な攻撃は行わない。
足場も見通しも悪いという状況は、デモノイドにとっても相当にやり難いことだろう。それを生かすことができれば、有利に戦うことができるはずだ。
「と言っても、この間の戦いで分かった通り、デモノイドは相当に強力だぜ。なんせダークネスであるイフリートとタイマン張ってやがったんだからな」
即ちデモノイドの戦闘力はダークネスとほぼ同等であり、灼滅者は一対一では到底勝負にならない強敵である。
「お前たちの肩に大勢の命がかかってるんだ。力を合わせて、必ず奴を灼滅してこい!」
激戦へと向かう灼滅者たちを、ヤマトは激励の言葉で送り出した。
参加者 | |
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風見・空亡(超高校級の殺人鬼・d01826) |
泉・星流(箒好き魔法使い・d03734) |
明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017) |
高倉・光(羅刹の申し子・d11205) |
黄嶋・深隼(紫空を飛ぶ隼・d11393) |
ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242) |
今川・克至(月下黎明の・d13623) |
ミリー・オルグレン(小学生神薙使い・d13917) |
●
――夜の山中を彷徨う魔人。その魔人に気取られぬよう十分な距離を取りつつも、灼滅者たちは敵が放つ禍々しい殺気を正確に捉えていた。
「どうやら、私の地図とESPが役に立ったようだ。わざわざ鎧を着けてきた甲斐があったな」
ペンライトの僅かな光を頼りに地図を見詰めながら、ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)はこだわりの芝居がかった口調で呟く。
ジェイは日中にやってきて山の地図を手に入れ、そして敵の出現ルートを予測していた。敵はまんまと彼の予測した通りに、灼滅者たちが待ち構える地点へとやってきたというわけだ。
さらに彼の纏うフルメタルアーマーの能力で、彼の現在地が地図上に示されている。その情報は敵に見付からず山中へと踏み入るのにも役立った。
「それじゃ、行ってくるよ。こういう場所でこそ、魔法使いの力の見せ所だからね」
少女のような容姿に尖がり帽子を被った泉・星流(箒好き魔法使い・d03734)は、愛用の箒に乗って夜の空へと飛び立つ。そんな彼の姿は小さな魔女にしか見えなかった。
「僕らが敵に集中攻撃を仕掛けるのは、星流君が敵に夜光塗料を浴びせてから、ですよね」
今川・克至(月下黎明の・d13623)はそう言って、各自にポジションの確認を促す。
デモノイドの進路上には、彼の故郷である名古屋がある。故郷を守るためにも、彼はここでデモノイドを止めるために真剣だった。
「常に斜面の上側に位置して、鶴翼の陣で敵を包囲という形ですね」
女のように艶やかな着物姿に得物を携えた高倉・光(羅刹の申し子・d11205)は、冷淡とも取れる口調で応じた。
「大丈夫やて。被害増やさんためにも、ここであのデカいの止めたいのはみんな同じや。さ、俺らも配置につこうや」
黄嶋・深隼(紫空を飛ぶ隼・d11393)がそう言うと、灼滅者たちはデモノイドを中心に散開し、各々のポジションにて待機する。
「人恋しいんかもしれんけど、被害増やす訳にいかんねん。――中空を舞う無敵斬艦刀、隼!」
封印解除の言葉が紡がれ、深隼の手の中に無敵斬艦刀が現れる。
「丁度最近気が立ってたとこだ、悪いが思う存分暴れさせてもらおうか。簡単に朽ち果ててくれんなよ、木偶野郎」
光は先程までとは一変した粗野な口調で呟いた。愛刀『根無し草』を抜き放ち、己を『人の子』から『羅刹の子』へと意識を切り替える。
「ちょっとわくわくしちゃうなー。よーし、みんなで頑張るぞー!」
激戦の予感に高揚感を覚えながら、ミリー・オルグレン(小学生神薙使い・d13917)は決意を固める。
「元一般人だと言うのに、こいつは話を聞かなそうだな。
――さて皆、私の後ろは頼んだぞ」
前衛に位置するジェイは、戦いに備えバスターライフルを構えると、高速演算モードへと移行する。
●
箒に乗った星流は、敵に気取られないよう上空に待機していた。デモノイドは彼に気付くことなく、山道をただ愚直に下ってゆく。
仲間が皆位置についたことを確認すると、星流は一気に敵目掛けて急降下する。そして手にしたボトルの塗料を、デモノイドへとぶち撒けた。
昼間に十分に蓄光させた塗料は淡い光を放ち続け、闇夜の中でデモノイドの異形をはっきりと浮かび上がらせた。
「GAGYRRRRY――――!!」
デモノイドは敵の存在に気付くと、かつて人であったとは思えぬ名状し難き咆哮をあげる。そして伸ばされた腕を刃へと変え、デタラメにその暴威を振い始めた。
先陣を切った風見・空亡(超高校級の殺人鬼・d01826)は、一息にデモノイドへと肉薄すると真正面からその攻撃を受け止める。
ダークネスにも比肩するデモノイドの一撃を防ぎ切った空亡は、ブラックフォームでダークネスの力を僅かに引き出し、速やかに自身の傷を癒した。
(「ハッ! 単調な攻撃だね、自慢はパワーだけかよ。ちったぁあたしを楽しませな!」)
空亡は心の中で、人には決して見せない粗暴な口調で敵を嘲笑う。
光は攻め手を止められた敵の懐に飛び込むと、上段に構えた『根無し草』による重い斬撃を見舞う。デモノイドは光の雲耀剣を受け大きく怯んだ。
「おー、デカい身体がよう光ってわかりやすいなぁ。ついでに燃えてこっちの光源にもなってもらおかな!」
深隼はその隙を見逃がさず、無敵斬艦刀に炎を纏わせると、デモノイドへと叩き付ける。
「ふぁあ。塗料と炎とで随分と眩しくなってんなぁ」
明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)は敵を相手にしながらも、眠そうに欠伸を噛み殺す。そのぼんやりとした表情をほんの僅かに引き締め、ジグザグと化したナイフで敵を切りつけた
ミリーも、巨大な鬼神の腕を振りかざすと、仲間に続くように敵へと飛び出す。
「いっくよー! 克至くん援護よろしくね!」
「了解です、攻撃合わせますね!」
ミリーは掛け声をあげ、何如にも楽しそうに鬼神変を見舞う。そんなミリーの全力の殴打に合わせるように、克至は両手に構えたサイキックソードから光の刃を放った。
「いいぞ、どうやらこちらの作戦が上手くはまったみたいだな。敵は相当に攻め辛そうだ」
ジェイは長大なライフルを携え敵に肉薄すると、至近距離からビームを放ち、敵を威圧する。
●
「ほら、こっちだこっち!」
星流は箒を駆ってデモノイドの注意を引き付けつつ、その手の制約の指輪から放たれる魔法の弾丸で攪乱する。
さらに空亡はデモノイドの真正面に対峙し、一身にその攻撃を受けつつ巧みに凌いでいた。
(「てめぇやっぱり通り大したことねぇな。所詮は反射で動くだけのマシーンかよ、人形がッ!」)
デモノイドは足場が悪い上に、自らが発光しているせいで夜目も利かなくなっている。加えて灼滅者たちによる執拗な妨害を受け、その威力を発揮できないでいた。
光は身に纏う光輪を盾と化し、デモノイドの攻撃を巧みに受け流している空亡を守護する。
「あー、えっと……ありがとうね、光さん」
空亡は若干言い淀みながら光へと返礼した。そして敵の攻め手が弱まったのを見て取ると、素早い動きで敵を翻弄しつつ攻撃に転じ、ティアーズリッパーで襲い掛かる。
深隼も続くように無敵斬艦刀による斬撃を見舞った。これで止めとばかりに渾身の力を込めた一撃だ。
――が、デモノイドは紙一重のところでその切っ先から逃れた。
「んなッ!? まだ思たより余裕あるやないか……」
「それなら、私が敵を引き付けている間に、一気に畳み掛けるんだ!」
ジェイはライフルを素早く龍砕斧へと持ち替えると、龍翼飛翔で敵の注意を引きつつ仲間へと呼び掛けた。
「うん! よーし、一気にいくぞー!」
そう応じると、ミリーは圧縮された魔力の矢を狙い過たず敵へと放つ。
「もういいだろ、お前もさっさと眠れ」
ミリーの攻撃にタイミングを合わせるように、止水も手にしたナイフに暗い想念を集め、漆黒の弾丸を成し敵へと射出する。
「GRRUAAAAAA――――ッ!!」
ミリーと止水の攻撃を続け様に受け、デモノイドは大きくよろめく。己の死が近いことを認識してのことか、最後の力を振り絞るように咆哮する。
「辛いんですよね、こんな姿されて。でも僕には貴方を救うことはできません。
だからせめて、安らかに……」
克至はESPを駆使して木々を躱しながら、一気に敵へと接近する。そして柔和な口調でそう語り掛けると、裁きの光でデモノイドを包む。
「A……Ar……ガt――う……」
闇夜を照らす光を一身に浴びながら、デモノイドは断末魔と共にグズグズと崩れ不定形の残骸となった。
デモノイドは最後まで、ただ獣のように唸るだけであった。それでも灼滅者たちは、彼の声なき言葉を聞いたような気がした。
●
「ふぅ、お疲れさん。まだ動けるし、デモノイドの足跡でも辿ってみよか? こんな森ん中やから、デカいの通った跡はよう分かるで」
敵が完全に沈黙したのを確認して、深隼は仲間へと言う。戦闘による負傷が軽微なら、デモノイドがやってきた方を探索してみようという案があがっていたのだ。
「あー、それなのだが……。更なる敵との遭遇してもマズいから、調査は学園に任せて目の前の敵に集中するように、と学園から釘を刺されてな」
ジェイの言葉に空亡は僅かに安堵する。元々探索に参加する気はなく、探索することになれば仲間の目を盗んで帰還しなければならないな、と思っていたからだ。
「では、この場でできる限りの情報収集だけしておくことにしますか?」
『根無し草』を収めた光は普段の礼儀正しい口調で言う。しかし、唯一の手掛かりであるデモノイドの残骸も原型を留めておらず、何も得られるものはなさそうだった。
「ねえ、それよりもさー。このままにしといたら可哀想じゃないかなー?」
ミリーはデモノイドの残骸を示して言った。
「そうですね。僕も亡骸を放置するのは忍びないですし、この場で簡単にでも弔ってあげましょう。デモノイドのサンプル自体は、この間の鶴見岳で十分得られているでしょうから」
克至の提案で、デモノイドの残骸はサイキックによって完全に消滅させることになった。
「お前が元はどこから来た誰かは分からんが、どうか安らかに眠ってくれよ」
消えてゆく亡骸を見詰めながら、止水は穏やかな表情で告げる。
灼滅者の活躍で、デモノイドによる殺戮は未然に防がれた。だが、このデモノイドもまた、ダークネスによって怪物へと変えられた犠牲者の一人なのだ。
彼のような犠牲者がこれ以上増えることのないように――そう祈りながら、灼滅者たちは山をあとにした。
作者:AtuyaN |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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