墓標に魔が迫る

    作者:立川司郎

     積雪解けぬかるんだ道を、ゆっくりと足音が登り続けていた。
     慣れ親しんだ10分の道であったが、最近は足腰が弱く登るのも次第に時間がかかるようになってきた。
     右手に水の入った一升瓶、そして左手に菊の花束を。
     墓石が道の先に見えてくると、老婆は足を止める。
     今日は毎月欠かさぬ、夫の月命日であった。
     ……オオオオ……。
     どこかで獣のうなり声のようなものが聞こえて来た気がする。
     だが老婆は気にせず、歩き出した。
     そのケモノがヒトならぬもので、そしてただ闇雲に山中を駆け回って辿り着いた事を……その本能を抑えようもなく、数分後には老婆と出くわして墓石の前に無残に骸を散らす事になる事を。
     まだ、老婆は知らない。
     鶴見岳の戦いの後、デモノイドやイフリートの動向について学園側でも警戒を続けていた。
     エクスブレインの相良・隼人は道場にあぐらをかいて座ると、ひとつ地図を取り出して皆に差しだして見せた。
     それはどうやら愛知県の地図のようである。
    「実は鶴見岳で現れたデモノイドが愛知に現れてな。鶴見岳で敗北したソロモンの悪魔が廃棄した可能性もあるが、詳細は不明だ。あんまり話が通じるように見えないし、とにかく暴れ回って人里に危険をもたらす」
     あれだけ使っておいてもったいねェな、と隼人は呟いた。
     それが同情心か何かは、隼人の顔色からはうかがえない。
     隼人が言うには、デモノイドは既に暴走状態で接触すると攻撃を仕掛けてくるのだと言う。
     攻撃は近接にしか届かないが、炎を自在に操る。
    「あの婆さんを近づかせないようにしないと、真っ先に殺されちまうぞ。お前達が到着するのは、婆さんが墓に到着する直前。まあ、デモノイドが現れるまで10分くらいはあるが、念のため婆さんを麓に送り返すのが賢明だな」
     1人2人くらい欠けたとしても、6人で耐えられるはずだと隼人は話した。老婆を送ってすぐに引き返せば、もっと安全に倒す事が出来る。
     墓参りに来て自分も墓に入ってしまう……なんて、悲しすぎるだろ。
     隼人は少し寂しそうに言うと、地図を渡した。目的地は雪解けした田舎道で、墓地は小高い林の中にあるという。
    「犠牲を出さず、無事にデモノイドを倒して戻って来い」
     デモノイドは決して侮る事の出来ない敵なのだから。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    広瀬・芙蓉(神韻・d07679)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    百舟・煉火(彩飾スペクトル・d08468)
    花久谷・凛子(花ひとひら・d11471)

    ■リプレイ

     木々の間から差し込む日差しは、二月にしては幾分と暖かかった。
     麓からゆっくりとした足取りで登ってくる小さな影を見つけた朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)は、ちらりと関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)に視線を合わせてうなずき合う。
     やがてクロトから足を踏み出すと、登ってくる人影に向かって行った。
     一升瓶と菊の花を持った彼女は、足下をしっかりと見据えていてこちらに気付く様子がない。少し手前で足を止めたクロトは、じっと視線を向けて口を開いた。
    「……婆さん、ちょっといいか?」
     クロトの声に気付き、ふと老婆は顔を上げた。少し乱暴な口調であったと思い、傍にいた峻がクロトの頭に手をやって下げさせた。
    「ああ、すみません口が悪くて……その、俺達は親父に言われてあなたを待ってたんです」
     プラチナチケットを使った二人は、この墓地の管理者の関係者であると名乗った。老婆はにこりと笑い返し、軽く頭をさげる。
     特にクロトの言葉遣いに何か嫌な思いをした様子もなく、むしろ孫を見るように柔らかい笑顔で二人を見返した。
     そんな対応に、クロトの方が少しばつが悪そうに視線を反らす。
    「この辺に最近野犬が出るらしいから、婆さんに伝えてやれってさ。今この辺見て回ってくれてるから、もうちょっとの間麓に降りててくれないか」
    「わかったわ、ありがとうね。……お墓参りで怪我をしちゃ、お墓のお爺さんにも怒られちゃうもんねぇ」
     どうやら、ちゃんと話を聞いて降りてくれそうだ。峻とクロトはほっと息をつくと、老婆を送って麓へと降り出した。
     苛立ったようにクロトが背後を振り返るが、峻は何も言わずにクロトの手を引っ張る。今は仲間の事が気になるが、老婆に気付かれないようにしなければ。
     時間的には、もうじき……ヤツが来る頃。

     クロトと峻が麓へと降りていくのを見送ると、森田・依子(深緋の枝折・d02777)はそっと茂みから立ち上がった。同じように影に隠れていた広瀬・芙蓉(神韻・d07679)が、ほっと息をついて依子を振り返る。
     これでようやく解除出来る、と手にカードを握り締めて小さく『sanat』と言葉を口にした。
    「お婆さんは話を聞いて、降りてくださったようですね」
     戦いに巻き込まずに、戦闘が終わるまで待っていてくれそうだった事に芙蓉は安堵していた。ここでの戦いは自分にとっても辛いものになる事は予想していたから、出来るなら一般人を巻き込むような事は起きて欲しくなかった。
     山の方を見ていた百舟・煉火(彩飾スペクトル・d08468)が、眉をしかめて力を解除する。
    「……まったく、敗れてからも迷惑を掛けるとはしつこい奴らだな」
     煉火の言葉に、芙蓉は無言で山を見つめる。
     彼女の言葉が、迷いを振り切った厳しい精神から来るものであるとは分かって居たが、対して芙蓉はデモノイドが何故暴れるに至ったのかを考えてしまう。
     どこからか咆哮が聞こえ、芙蓉は体を強ばらせた。
    「来い!」
     煉火の声を聞き、ぽつりと依子が呟いた。
     ……来なければ、来ない方が良かった。
     本当は……こんな風に終わらない方法があればそれが良かった。苦しんでいる声が、聞こえるようだから……。
     依子の言葉に、芙蓉は目を伏せた。
     それでも、戦わねばならない。
     奥の茂みから飛び出して来た影を、依子が見据える。大きなケモノのようなその影は、一端手前の地面で跳ねるように墓石の間を飛び越え、立ちはだかる依子の前へと着地した。
    「壊させません。護る為、あなたを斬ります」
     しずかな声で言うと、依子は飛びかかった。

     守りは考えず、依子と煉火はデモノイドへと飛びかかった。花久谷・凛子(花ひとひら・d11471)が放った光の輪が、まずは煉火の前で輝いて盾となる。
     攻撃する二人が少しでも傷を受けぬよう、凛子は二人に意識を集中させた。
    「お怪我はすぐに治しますから、無理せず伝えてくださいね」
     細いがよく通る声が、凛子から出た。
     攻撃を受け止める者が居ない分、凛子が護らねばという思いを強く感じる。
     六人でも十分戦える……その隼人の言葉を信じ、一気に片を付けるべく前衛二人は攻撃を続ける。じきに、クロトと峻も帰ってくる。
     その時までに耐えられれば、その後は二人に護ってもらいながら、倒しきるだけ攻撃が続けられればそれでいい。
     殺気を周囲に満たしながら様子を見ていたさくらえは、デモノイドの攻撃を受け止めた依子の背後で深呼吸を一つした。
    「使われて……捨てられて……」
     依子の言葉に、彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)は目を伏せる。
     かつてヒトだったものの中には、まだ感情が詰まっている気がした。大きく振りかぶる依子の刀身が叩き込まれる度、呻き声を上げるデモノイド。
     ただ終わらせる事を願いつつ攻撃を叩き込む依子に続き、さくらえは影をゆらりと動かした。
    「力押しは駄目です。……多分」
     小さく依子が言ったのを聞き、さくらえは影でデモノイドを覆わせた。喰らうようにデモノイドを包む影を、デモノイドは咆哮をあげつつ振り払おうとする。
     霊縛手でデモノイドの動きを鈍らせようとしていた煉火は、それを聞いてちらりと視線を向けて伺う。
    「どうして?!」
    「私も炎を使うから。……多分、感ね」
     依子に言われ、煉火はふわりと浮き上がって蹴りを叩き込んだ。片足で着地しつつ、更に回し蹴りを繰り出す。
     霊縛手による攻撃より、やや捉えやすい気はする。
     ふ、と笑って煉火が構えた。
    「いいだろう、ボクの蹴りで宇宙の果てまで吹き飛ばしてやる」
     煉火とて名に炎を宿す者である。
     その性質もまた、炎のように激しい。それでも自分や仲間が炎で燃え尽きないように、気配りをする事は忘れなかった。
     デモノイドの拳から放たれる炎はいつしか煉火の体を焼いていたが、気合いを入れるように声を上げると再びデモノイドの前へ立った。
    「どうした、来ないのか!」
     引きつけるように煉火が叫ぶ。
     デモノイドの背後には、墓石がある。出来れば、墓は倒したり割ったりしないで済ませたかった。デモノイドを倒しても、その結果誰かが悲しむような事になれば、煉火にとって任務に成功したとは言えないだろう。
     墓石を倒したくないのは凛子も同じで、煉火の考えを読んだ凛子もオーラキャノンを次々放ってデモノイドを誘導しはじめた。
     出来るだけ手前に寄せて、後ろにある墓石から引きはがす。
    「いいぞ、その調子で誘導してくれ」
    「はい。百舟さんは攻撃を続けてください」
     凛子の声を、煉火は頼もしく耳にする。
     倒す事に迷いは無い。
     無いが、護るべき人々が悲しむ事には断固拒否だ。

     炎が、じわじわと広がっていく。
     放っておけば体を焼き広がる炎を最初は二人とも消そうとしていたが、攻撃の手を休める事も出来ずに処置を後衛に任せて飛び込んでいった。
     凛子は、せめて炎にこれ以上焼かれぬようにと防護符を放つ。
     炎が広がりつづける限り、凛子は符で二人をフォローするつもりであった。響はそれを見て、ちらりと芙蓉を振り返る。
     歌を。
     仲間を癒す為に、芙蓉と二人で歌う事が出来ればと思っていたが、そう思いながら小刀を握る手が緩まない。
     飛び込んだ死角から、柔らかい芙蓉の歌声が聞こえていた。口元を手で覆い、響は後ろに下がって俯いた。
    「……一緒に……歌ってもいい?」
     小さな声であったが、芙蓉には聞こえていたようだ。
     にこりと笑って、芙蓉が頷く。
    「全力で癒す事が、全力で戦う為の支えだもの」
     芙蓉に言われ、響がそっと声を漏らす。
     穏やかで優しい芙蓉の歌声に合わせるように、響が歌う。人前で歌う事に恥じらいがあったが、それでも滑らかに響き渡る芙蓉の声を聞いて歌わずに居られなかった。
    「広瀬さんの歌は素敵ですね。自信があって、声も澄んでいます」
     こんな風に誰かと戦いの中で謡合わせる事は、あまり無い機会である。自分が飛び込んでいった時、背後から聞こえた歌声というものはとても心に残るものだ。
     飛び込んでいったからこそ、響には分かる。
     芙蓉はそれについて、ただ笑顔を浮かべていた。
     芙蓉は芙蓉でそれが綺麗事だと自分で感じていたが、その綺麗事を捨てるつもりはなかったし、その為に戦い続けようと思っていたから。
     癒やしの歌を、素敵だと言ってくれた。それが芙蓉の出来る事であり為すべき事だった。
     歌に耳を傾けていたさくらえが、視線をちらりと上に向ける。
    「……戻って来たよ」
     ほっと息をつき、さくらえも笑みを浮かべた。
     箒に乗って山道をショートカットしたクロトが、後ろに峻を乗せて飛来する。デモノイドの姿を確認すると、煉火達との間に停止する。
    「ほら降りろ」
    「だあああああっ!」
     デモノイドに上から襲いかかるように、峻がナイフを構えて飛び降りた。振り上げたデモノイドの腕に弾かれ、空中で姿勢を整えて着地する。
     激しく動き回るデモノイドの攻撃は、さらに峻に襲いかかる。その背後にクロトが飛び降りると、峻と二人で挟み込んだ。
    「待たせたな、時間かせいでやるから傷を癒せ」
     峻が言うと、煉火が笑った。
     大丈夫、やれる。
     煉火に同意するように、依子も頷く。
     クロトは呆れたように肩をすくめるが、二人がやれるというなら止めはしない。デモノイドも大分追い詰められているように見えた。
    「無理、なさらないでくださいね。あと少しですから」
     まだ、歌声は聞こえているから大丈夫と凛子は皆に声を掛けると、傷の酷い煉火の方へ光の輪を放った。
     これでもう少しの間、炎の火傷から護ってくれるはず。
     シールドを放つ凛子の表情は、不安そうに歪んでいた。デモノイドは傷を負って動きを鈍らせていたが、攻撃する度炎をまき散らして……前衛はすっかり炎に包まれていたから。
     振り上げたデモノイドの腕を、クロトが止める。
    「装甲を剥いだ、攻撃を集中させろ」
     影で刃を作り、デモノイドの表皮を切り刻んでいくさくらえ。依然として炎が四人を焼いていたが、受ける傷はほとんどクロトと峻が阻止している。
     さくらえは安心して攻撃に転じた。
     残りは、後ろが支えて治癒してくれる。
    「……終わらせよう」
     さくらえの言葉を聞き、峻がデモノイドの足下に滑り込む。すり抜けざまにナイフで切り裂くと、背後に居たクロトがミサイルを叩き込んだ。
     ミサイルの集中攻撃を受け、デモノイドがぐらりと倒れた。
     あっ、と凛子が声を上げたが背後にいたクロトがデモノイドの巨体を支えて踏ん張った。ずしりとした衝撃がクロトに伝わるが、デモノイドの体が背後の墓石を崩すことはなかった。
     やがて墓石に触れる事なく、デモノイドの体が消えていく。
    「……これでいいのか」
     溜息まじりでクロトが言うと、凛子はほっと息をついた。
    「はい」
     無事墓地を守り切る事が出来た事に、凛子は笑顔を浮かべた。

     ざわざわと風が吹いている。
     クロトはスレイヤーカードを仕舞うと、麓の方へ視線を向けた。墓地が荒らされた様子も無く、近くにあった花が少し折れた程度だ。
     その花も既に枯れてしまっていたから、おそらく後でお婆さんが片付けるのだろう。
    「婆さんを迎えに行ってやらないとな。……行くだろ?」
     クロトが峻に声を掛けると、峻はゆるりと歩き出す。辺りの後に続いて、響が小走りに駆け寄った。
     お婆さん、待ち疲れてないかしらと響が首をかしげる。
    「お前、背負ってやるとか言ってたよな」
     笑って峻が言うと、クロトが眉を寄せた。
    「それは降りる時だ、急いでただろうが」
    「余分に上り下りして疲れただろうから、背負ってやれよ」
     からかうように峻が言う。
     そう言いながら、峻も『婆さん軽そうだったし、交替すればすぐ着くだろ』と言っている所を見るとクロトと二人でお婆さんを手伝うつもりのようだ。
     二人のやり取りを聞いて、響がくすりと笑う。
     気になる事は幾つかあったが、ひとまず戦いが無事に終わって安堵していた。足を止め、響がふっと背後を振り返る。
     片付けをしている仲間の背後に、ざわざわと風に揺れる木々が見える。そこにはもう、何の気配もなかった。

     お婆さんを迎えに行ったクロトと響、そして峻を見送ると残りの五人は墓地の片付けをはじめた。デモノイドは消滅してしまったが、彼らがつけていたと思われる金具は幾か残っていた。
    「……これは持ち帰りましょう、ここにあってもゴミにしかなりませんから」
     依子が金具を拾い上げると、凛子はそれと周囲の林を交互に見てじっと考え込んだ。元々デモノイドを見たのは鶴見岳だったのに、何故こんな所に。
     凛子の疑問に答えるように、さくらえが口を開いた。
    「事件はこの辺りに集中しているんだ、ここで廃棄されたんだろ」
     廃棄という言葉に嫌な思いがするが、さくらえは顔には出さなかった。デモノイドが望んであのような姿になったのかは分からないが、利用するだけして要らなくなったら廃棄とは名にとも哀しい。
     デモノイドの声は、まるで悲鳴にも聞こえて心を痛ませた。
     そっと芙蓉が依子から金具を受け取り、両手で包み込む。優しく金具を見つめ、芙蓉はふと言葉をかけた。
    「もう、お前にはすべき事はないのよ。……お休みなさい」
     祈りの言葉とともに、大切そうにしまいこむ。
     それを見ていた凛子が、視線を煉火に向けた。もっと歳を重ねて強くなったら、護りたい者が護れるようになるだろうか。
     だけど凛子の言葉に、煉火が言う。
    「なりたいなら、歳を取らなくても今なるようにしろ」
     凛子は将来ヒーローになりたいのではない、今ヒーローでありたいのだ。
     今、という言葉に凛子が頷く。
     今、強くなりたい。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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