渚の黒湯怪人!

    作者:天風あきら

    ●謎の一団、埠頭に現る!
     頭がつるんと楕円の卵型になっている男達が三人。顔すらない。
     彼ら三人を連れ歩いているのは、彼らに比べれば普通の男だった。
     日に焼けたチョコレート色の肌、この寒いのに流れる輝く汗、爽やかな笑顔に白い歯。身に纏うのは背中に『黒湯』と書かれた温泉浴衣。……季節を間違えてやしないか。
    「うわぁぁぁ!」
     そこへ突如響き渡る悲鳴!
     埠頭の一角で、バイクに跨った集団が、気の弱そうな男性の周囲をぐるぐる回っていた。
    「おらおらおら!」
    「ひゃっはー!」
     バイクの集団は楽しそうだ。
     それを目にした『黒湯』の男は、配下を引き連れてそちらに歩み寄り、一台のバイクに目をつけるとそのバイクを横っ腹から蹴り倒した。
    「この日に焼けた肌が光るキーック!」
    「だぁぁぁ!」
    「おい、何しやがる!?」
    「あんたら、一人相手に寄ってたかって力づくとはいけすかねーな」
     白い歯がキラーン。行動も暑苦しい。
     その間に、被害に遭っていた男性は、怖い集団と怪しい集団から逃げ出していた。
    「構わねぇ、やっちまいなぁ!」
    「こっちも可愛がってやれ! この日に焼けた肌のようにしてやる!!」
     数は同等、しかし実力差は圧倒的。何せ『黒湯』の男達は──ダークネスなのだから。
     あっと言う間に沈むバイクの男達。
     しかし忘れてはならない。今回は黒湯怪人の目に留まったのがたまたま小悪党だったが、彼らはごく普通に生活している人々を傷つける可能性もあるのだから。
    「それで黒湯怪人、これから何を?」
     卵男──温泉卵戦闘員が問う。……どこから声を出しているかは不明だが。
     黒湯怪人はその卓越した指揮能力で、短い間に三人もの仲間を得ていた。
    「温泉卵戦闘員よ、おれの目的は知っているな?」
    「横浜を中枢としたネットワークの確立と世界征服……でしたな」
    「そう、その為には……力のある幹部を利用する、又はおれ自身が幹部となるのが最善……とおれは考えたのだ」
    「なんと……! それは壮大な計画!!」
    「そう、そして客寄せパンダ的なノリで、新たなご当地幹部を迎えに香港に向かう!」
    「おお、それは頼もしい!」
    「そしてその幹部にも黒湯に浸かってもらい、この日に焼けた肌の様になってもらえば、おれの名も上がるに違いない!」
    「うぉぉぉっ!!」
     興奮する三戦闘員。
    「我々は新たな力を得て、この難局を乗り切るのだ!」
    「おおお!」
    「……して、その手段は?」
    「ふっ、まずはこの大桟橋に寄港中の豪華客船を乗っ取り、各地を寄港し横浜の素晴らしさを説きながら、目的地……香港へと向かう」
    「それは大胆な!」
    「当然、船の風呂は全て黒湯にする! そして朝はシュウマイ、昼はサンマーメン、夜は中華だ!!」
    「おー!」
     ──それ全部中華じゃん。
     そんなツッコミは、どこからも上がらなかった。
     
    ●復活の時!
    「皆、集まったね」
     篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)は、教室に集まった灼滅者達を見回した。
    「先日の鶴見岳戦で闇堕ちし、行方不明になっていた池添・一馬さんの居場所が判明した」
     閃の告げた言葉に、どよめく灼滅者達。仲間を救うことが出来る、その機会がとうとう訪れたのだ。
    「彼は今、ご当地である横浜にいる。どうやら、無事ソロモンの悪魔からは逃げおおせたようだね」
     即ち、あの強敵から逃げ切るだけの力を今の彼は持っている。
    「彼は『黒湯怪人』を名乗り、仲間を集め、世界征服への覇道を歩もうとしている」
     ご当地怪人としては至極真っ当な闇堕ちの仕方だ。
    「皆には、何とか彼を止めて欲しい」
     頷く灼滅者達。
     それを確認して、閃は一馬達の詳細を語りだした。
    「まず彼……『黒湯怪人』は、日に焼けたチョコレート色の肌をして、背中に『黒湯』と書かれた温泉浴衣を纏っている。どうやら任侠を重視する独自の判断基準と、短期間で戦闘員を集めた優れた指揮能力を持っているようだね」
     更に、自らご当地怪人の幹部を目指す、またはご当地幹部に取り入るまでの野望も抱いている。
    「黒湯の温泉が大好きで、事あるごとに黒い肌をアピールしてくる。使う攻撃手段は、ご当地ヒーローの皆が使うアビリティの、強化版と思ってもらっていい」
     ちなみに、ご当地……黒湯ビームに焼かれると、対象はチョコレート色の肌になってしまうという。戦闘には影響はないが。
    「そして彼は、三人の温泉卵戦闘員を従えている。それぞれ、出来たての温泉卵を投げつけて攻撃してくるだろう」
     それから、彼らの行動について。
    「横浜の大桟橋に寄港中の豪華客船を乗っ取って、目的地──香港へと向かうつもりみたいだ。正直、乗船されてしまえば手の出しようがない。何としても港で食い止めてほしい」
     そして最後に閃は、厳しい言葉を付け足した。
    「何とか救出してもらいたいけど……出来なければ、灼滅せざるを得ない。彼はもはやダークネス……皆に迷いがあれば、致命的な隙を生むかもしれない」
     閃が痛ましげに目を眇める。
    「今回助けられなければ、彼は完全に闇堕ちしてしまい、おそらくもう助けることはできなくなるだろうね。最初で最後のチャンス……皆、頑張って」
     そうして閃は、皆を送り出したのだった。


    参加者
    無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    服部・あきゑ(赤烏・d04191)
    伊庭・蓮太郎(ウォークライ・d05267)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    高峯・いずみ(ジャッジメントガンナー・d11659)

    ■リプレイ

    ●相対する時!
    「さあ、いざ行かん! 我が覇道の一歩へと!!」
     肩で風を切り、意気揚々と豪華客船に乗り込もうとする黒湯怪人と温泉卵戦闘員達。
     しかしその前に、立ちはだかる者達がいた。
    「待たせましたね。部長……一馬さん」
     神凪・燐(伊邪那美・d06868)が槍を手に彼らを迎える。
    「部長……懐かしい響きだな。いつも聞いていたぜ、ここでな」
     と言いながら、池添・一馬だった黒湯怪人は浴衣が肌蹴た胸をとんとん、と親指で突く。どーでもいいが寒くはないのか。……ダークネスだから然したる問題ではないのか。
    「……よぉ、怪人。ヒーローが殴りに来てやったぜ?」
    「おっと、お前はご当地ヒーローか! いいねいいねぇ、宿命の相手って奴か」
     黒湯怪人と不敵な笑みを交し合う服部・あきゑ(赤烏・d04191)。
    「見つけたわよ一馬君。凄い恰好になったわねぇ♪」
     つかつかと歩み寄りながら笑顔を向ける高峯・いずみ(ジャッジメントガンナー・d11659)。
     黒湯怪人の前に立ったと思ったら──思いっきり素手でぶん殴った!
    「おっと、いきなりだな」
     しかし黒湯怪人は、サイキックでも何でもないただの拳を、やはり素手で軽く受け止めて見せた。
    「さっさと帰るわよ。貴方は部長さんなんだから」
    「さっきから『部長』とうるさいな。おれはもうご当地怪人なのさ! 見よ、この黒湯に染まりきった肌!」
    「……皆、心配して待っている。帰るぞ」
     黒湯怪人のアピールをものともせず、伊庭・蓮太郎(ウォークライ・d05267)はストイックに言い放つ。
    「あ、黒湯って黒いお湯だからといって、肌が黒くなりませんよ~。まったく、勘違い甚だしい」
    「黒湯だけじゃ日焼けしないのに、どうして日焼け確定なんですか!」
     尤もな燐と無堂・理央(中学生ストリートファイター・d01858)の言葉。
    「黒湯って、良く知らないけど……そんな真っ黒になるのなら、入りたくないわね?」
     秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)もまた、首を傾げてクールな一言。
    「な、何おぅ!? 貴様ら、この日に焼けた黒い肌の魅力がわからないと言うのか!?」
    「えーやだー、ガングロ趣味なんてダッサーい! 卵も完熟が美味しいよねー! 魅力を教えてくださいよー怪人さーんうひゃひゃひゃひゃ!」
     あきゑが演技とは思えない大笑いをかます。
    「調べてみたんですが、黒湯って東京二十三区の方が有名なんですよね~。横浜にはもっと誇るべきものがあるんじゃないですか?」
    「!?」
     槍をぽんぽんと肩に乗せながら言う燐。
    「そもそも、黒湯と言ったら大田区ですよね?」
     更に森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)が致命的な一言。
    「な、何、だと……?」
    「だって調べるとまずは大田区が出てきますし」
    「い、いや……横浜にだって黒湯はある!」
    「じゃあ、横浜の黒湯について、そこの空き倉庫で教えて下さい」
    「お、おう! わかっ……て、そんな安い挑発に乗るか!」
     心太の巧みな話術に引っかかりそうになった黒湯怪人。
     しかし。
    「どうだ、戦うなら邪魔の入らないように場所を変えないか。……まぁ、勝つ自信がないならこのまま船に逃げ込むのもしかたないが。黒湯怪人だか中華街怪人だかわからんような奴はそのあたりがせいぜいだろう」
     ぴきーん。
     蓮太郎の言葉に、黒湯怪人の額に血管の筋が浮いた。
    「そこまで言うのなら……いいだろう! お前達の挑戦、受けて立つ!! この日に焼けた黒い肌にかけてな!」
     挑発、乗ってるじゃねーか。
     そう、作戦通りに事が運んだことを裏でほくそ笑む灼滅者達だった。
     
    ●切られた火蓋!
     あらかじめ下調べをしていた、空き倉庫の一つ。灼滅者達は、黒湯怪人達をそこへ引き入れることに成功した。
    「さあ、温泉卵戦闘員達よ! おれ達の力、見せつけてやろうではないか!!」
    「おおー!」
    「黒湯怪人様がいらっしゃれば、このような奴らなど!」
    「無力に等しいわ!!」
     ……その自信は実力に由来するのだろうが、彼らのビジュアルがとてもそうは見せてくれない。
    「じゃあ──行くぜ」
    「!?」
     言うが早いか黒湯怪人は、目立たぬように努めていた長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)に狙いを定め、すかさずビームを放つ。
    「この日に焼けた肌のように光れビーム!」
    「ぐぅ……っ」
     じゅうっ。
     その一撃の衝撃は、彼の強さを物語っていた。これが、ダークネスと化した者の力……!
    「そして何気に黒い肌に……っ!?」
    「一馬さん、貴方に作って差し上げてない料理がございます。梁山泊で新作のカレーを食べませんか?」
     燐が黒湯怪人に語りかけながら、温泉卵戦闘員の腹を槍で穿つ。
    「うぉ……っ」
    「こいつ、強い……!」
    「怯むな、温泉卵戦闘員達!」
     思わずのけぞる温泉卵戦闘員達を、黒湯怪人が鼓舞する。その姿は、在りし日の『彼』を見ているようだった。
    「梁山泊の皆が貴方の帰りを待ってます。貴方の存在は太陽なんですよ。私にとってもそうなんです。そんな事してないで、さあ、皆で帰りましょう」
     黒湯怪人の元……池添・一馬という人格が纏め上げていた、クラブの名。その存在。燐はそこに訴えかける。
    「うるさい! おれはもう黒湯怪人だと何度言わせる……!」
    「何度でも言おう。勝って連れて帰る」
     麗羽が障壁を展開しながら端的に言う。
    「仲間を集める……いかにも元人格らしい発想だよな、怪人。だが、お前と元人格との仲間には決定的に違う部分がある――お前の仲間は、きっと、お前を見捨てるぜ?」
     あきゑの、厳しい挑発。
    「何おう!?」
    「我らが黒湯怪人様を見捨てるなど……!」
    「この命にかけて、最期までご一緒する!!」
    「温泉卵戦闘員達……泣かせるじゃないか」
     思わず滲み出た涙を、浴衣の袖で拭う黒湯怪人。
    「そいつらはそうでも、お前が取り入ろうとしてる上の連中はどうだ? 腹ン中まで黒湯の色に染めながら、利用し合って、支配して……はっ、笑わせんなよ」
     その眼光は、鋼の如く鋭く。
    「それがどうした? 世の中は、ダークネスの支配で成り立っている」
    「あたし達はそれをぶち壊しに戦ってきたんだよ! お前もな。──おらぁぁっ!」
     温泉卵戦闘員の腹に、集束したオーラを纏った拳を連打する。
    「ぐはぁぁっ」
     息を詰まらせる戦闘員。
    「乱取稽古を思い出しますね。ですが、あの時はあんなに楽しかったのに、今は全く楽しくないです」
     心太が、目を閉じて指輪に魔力を込めながら言う。
    「帰ってきてください! 池添部長! 僕ともう一度戦う――りべんじするんでしょう!? こんな、楽しくない戦いで、自分の力で戦わずにいて、それで良いんですか! 部長!!」
    「だからこの方はもうお前達の知る人間ではない!」
    「今、おら達が話しているのは、池添部長だべさ! おめえは引っ込んでるべ! だーくねす!」
     目を開いた心太の顔の周りに、雫が散って。
     指輪から放たれた魔法弾は、真っ直ぐに黒湯怪人へと向かう。
    「うおっ」
     黒湯怪人には大した傷ではなかったが、それでも痺れが残る。
    「いい加減、目を覚ましてよ。梁山泊の皆も部長の帰りを心待ちにしてるんだよ?」
     と、理央はボクシングの軽やかなフットワークで黒湯怪人に迫る。そして展開した障壁の向こうへ、ジャブを叩き込んだ。
    「ぐっ……」
     一瞬、黒湯怪人の瞳の奥が怒りに染まる。
    「部長はこの程度のダークネスに屈する程度の鍛え方しかしてなかったの? 違うよね! 早く戻ってこないと、犬の部長に居場所を全部取られちゃうよ!」
    「ぐぅぅ……黙れ、戦いの最中に余計な文句など挟むな……!」
    「安芸国の守護者・紅葉……行くわよ?」
     この戦いに何を感じ取ったのか、唯一、クラブ『梁山泊』のメンバーではない紅葉は、普段はしない名乗りを上げる。
    「お前もご当地ヒーローか! 来い!!」
    「悪いけれど……あなたは後回しなのよね?」
     言いながら、温泉卵戦闘員に向かって電光のアッパー。
    「ぐぁぁ!」
    「ほら、さっさと自分を取り戻しなさい」
     いずみが、笑顔のままバスターライフルをぶっ放す。その一撃が、黒湯怪人に圧力を与える。
    「ひっ」
    「早く戻ってこないと後が怖いわよ?」
     今もその笑顔が怖い。
    「部長、妙な遊びはここまでだ。部の皆に心配をかけてまでするようなことではないだろう」
    「遊びなどではない! 我らの野望を、遊び呼ばわりするな!!」
    「お前は部にはなくてはならない存在だ。部長という役職を抜きにしてもな」
     若干顔をしかめ、蓮太郎は温泉卵戦闘員に紅葉と同じくアッパーカットを喰らわせる。
    「おんたまー!」
     断末魔の叫びをあげて、倒れる温泉卵戦闘員。
    「お、おのれ、よくも……!」
    「喰らえ!」
     残った二人の温泉卵戦闘員は、あっつあつの出来立て温泉卵を取り出し、投げつけてきた。
    「あつっ……」
    「べったべた……」
     その半熟も半熟、どろりとした感触に、顔をしかめる麗羽と理央。
     しかし温泉卵戦闘員一体の敗北を見たことにより、戦いの趨勢も見えてきた。後は黒湯怪人だが……。

    ●決着! そして──
    「おのれ、おのれおのれ……!」
     黒湯怪人は怒りに震えていた。それはサイキックによって強制的に付与されたものだけではない。
     温泉卵戦闘員は全て倒され、黒湯怪人は追い詰められていた。
    「な・に・を・闇墜ちしてるだべさ! 池添部長~~!!」
     巨大化させた右手で、黒湯怪人の頭部にアイアンクローをかます心太。みしみしと音がする。
    「ぐぁぁ……!」
    「無堂さん。次、どうぞ」
     ぺいっと理央の前に投げ出される黒湯怪人。
    「はぁぁぁっ!」
     理央は肘からロケット噴射した拳を黒湯怪人の腹に叩き込む。
    「ぐっ」
     続け様に紅葉。
    「この一撃を……見切れるかしら?」
     一撃、と言いながら連打で繰り出される拳。
    「かはっ……」
    「こんなに愛されているんだから……早く帰ってきてあげるべきじゃないのかしらね?」
     そう、今のズタボロ加減も愛のなせる業。……なのだろうか。
     そして、いずみ。その顔から、今まで貼り付いていたのではないかと思わせるような笑顔が、消えた。
    「私を本気にさせる前に戻ってきなさい、救ってあげる」
     バスターライフルから漆黒の弾丸を撃ち出して、言い放つ。
    「ぐぅおお……まだだ、まだ終わらん……!」
    「皆が待ってるわよ、これ以上心配させないの」
     いずみの笑顔が、戦闘中に戻ることはなさそうだ。
     蓮太郎が続く。
    「四の五の言わずに大人しく戻って来い。お前は部員と交わした約束を抱えているはずだ。忘れたとは言わせん」
     約束。それは何だったか。……何か恐ろしい物ではなかったか。
    「黙れぇぇ……」
     黒湯怪人がもがき苦しんでいる間に肉薄した蓮太郎は、背後に回り込み『黒湯』の二文字を刻んだ浴衣ごと斬り裂いた。
    「ぐぁぁ……この、人間めぇ……!」
    「!?」
     すると黒湯怪人は即座に振り返り、蓮太郎を持ち上げ倉庫の床に投げつけた。
     ぶつかり、散乱する空のドラム缶。そして巻き起こる大爆発。
    「くっ……何のこれしき……!」
     それでも蓮太郎は立ち上がって見せた。
    「まだまだですね……槍術について、まだ教えたいこともございますし。そろそろ帰りましょう」
     槍を構えて黒湯怪人を見据える燐。そのまま螺旋を刻む槍を突く。
    「ぐっ……」
     よろける黒湯怪人。
     彼に狙いを定めながら、麗羽は思う。
     自分の生まれた土地、好きな土地。ご当地にもいろいろあるだろうけど、少なからずその土地との絆があるんだろう。
     でも、絆ってそれだけではないのではないだろうか。実家と自分の家があるように、帰るべき場所はいろいろあると思うんだよね。
     だから、帰って来ないのなら、こちらから迎えに行くしかないか。
    「──ま、手加減できる相手じゃないから、力尽くになっちゃうだろうけどね」
     一気に距離を詰める麗羽。その長い髪がなびいたかと思うと、影を宿した拳を叩き込む。
    「っつ……」
     引きずり出されるトラウマ。それは当たり前だが、一馬の形をしていた。
     あきゑもまた、拳を握る。
    「楽しい時に一緒に笑って、悲しい時に一緒に泣いて。道を間違えた時には殴り飛ばしてくれて。そういうのが、そういうのが――」
     言葉に詰まるあきゑ。首を振って、言葉を絞り出す。
    「――聞こえてるんだろう、池添・一馬! お前が集めた仲間達が! 服部・あきゑが! お前を殴り(助け)に来てやったぞ!!」
     どくん。
    「ううう……」
     捨てられたはずの魂が、共鳴している。
    「行くぜ秋野!」
    「こちらが本物になってしまうかもしれないわね?」
    「思い出せ、これが……お前が本当に目指した強さだ! 仲間だ!! 今、必殺の!」
     同時に跳躍するあきゑと紅葉。
    「黒湯キーック!!」
    「うわぁぁ……」
     ご当地のパワーを吸収した、二人のヒーローによる『本物』の黒湯キックが、黒湯怪人を地に沈めたのだった。

    ●復活の部長!
    「う、うう……」
     時間をかけ、手当を施された池添・一馬は目を覚ました。
    「──お帰り、一馬」
    「おかえり」
    「おかえりなさい、部長」
    「ああ、ただい……」
     どごぉっ。
     温かい言葉に続いて床にぶち込まれたのは、鉄をも砕く一撃。
    「ま……?」
    「部の規定だからね……『部長が闇堕ちしたらタコ殴り』。覚悟はいい?」
     ぱきぱきと拳を鳴らす理央。
    「ちょ、ちょっと待て……」
    「そうですよ」
     遮る心太。
    「あ、ありがとうな……!」
    「どういたしまして」
     そして心太もにっこり微笑むのだ。
    「さあ、皆待ってますよ……拳を握って」
     『ふんじばってでも連れて帰る』という決意の表れか、事前に用意していた縄を取り出す心太。若干青ざめる一馬。
    「さぁ、帰るわよ。ほら立つ!」
     いずみが虚脱状態の一馬を無理矢理立たせる。
    「良し、じゃ帰ろうかしらね」
     引きずって行こうとするいずみ。彼女に逆らう力もない一馬。そして仲間達が、彼の周りに集う。
     そんな中で、蓮太郎が眉を寄せていた。
     純粋に戦いを楽しめないのは初めてだ。ましてや誰かを心配しながら戦うなど。
    「……やれやれ、こんな戦いは二度とごめんだ。何かを考えながら戦うなんて、俺には合わない。向いていない」
    「そうかしらね?」
     騒ぎの中心からちょっと離れて、紅葉が蓮太郎に話しかける。
    「私も……堕ちるとあんな感じになるのかしらね?」
     闇堕ち。それは灼滅者にとって、決して起きてはならない事態。しかし、あんな風に助けてくれる仲間達が沢山いるのなら。
    「機会があれば、また会いたいものね?」
     その呟きは、隣の蓮太郎にも聞こえないほどの小さな独り言だった。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 22
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