役目を失いし巨人に引導を

    作者:飛翔優

    ●山の中のデモノイド
     宛もなく、青の巨人は歩いていた。
     ひと気のない山中を、ただただ風が吹くままに。
     宛もなく、縋るべき者も共には居らず。
     小さな木を芽吹いたばかりの花を踏み潰し、無警戒に寄ってきた小動物たちを蹴散らして。己の進軍を邪魔する者などいないのだと。
    「ひっ!」
     人の声に反応し、青の巨人は視線を移す。
     何かを調査していたのか、はたまた山菜の採集か……ツナギ姿の老人が、腰を抜かしてへたり込んでいた。恐らく、無視したとしても大きな脅威とはならないだろう。
     しかし、青の巨人は襲いかかった。
     己に刻み込まれた役目が故。
     青に、赤が混じっていく。世界から命が消えていく。
     青の巨人本人に、そんな認識は無いのだろうけれど……。

    ●放課後の教室にて
    「鶴見岳の戦いでソロモンの悪魔が使役していたデモノイドが事件を引き起こしてしまうみたいです」
     そう前置きし、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は説明を開始した。
    「現場となるのは、愛知県の山間部。そこを、一体のデモノイドが歩いています」
     鶴見岳の敗北により、ソロモンの悪魔がデモノイドたちを廃棄したのか……その辺りの詳細は不明。しかし、そのデモノイドが命令などを受けておらず暴走状態であることは判明している。
    「暴走状態とはいえ、デモノイドはダークネスに匹敵する戦闘力があります。放置してしまえば大きな災いとなってしまうでしょう。ですから……撃破して来て下さい。大きな災いとならぬよう」
     葉月は地図を広げ、デモノイドの進軍ルート、戦うのに適した木々の開けている場所などを指し示す。
    「お昼すぎにこの辺りに行けば、接触することができます。場所柄ほぼ憂いなく戦うことができるでしょう。……もっとも、そうした優位を重ねても、デモノイドは強敵なのですが」
     力量は灼滅者八人と十二分に渡り合える程度。得物はなく、破壊の力にも優れている。
     特筆すべきはやはり、その巨大な腕による全力パンチだろう。生半可な守りでは防ぎきれないほどの威力を誇る。
     組み合わせた両手で地面を殴り周囲に衝撃波を走らせる技も侮れない。砕けた大地に足を取られてしまう事もあるのだから。
     その他、掴みかかり握り締める事によってダメージと麻痺を与える、と言った攻撃も仕掛けてくる。
    「以上が説明となります」
     地図など必要な物を渡し、葉月は締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「一体、それも知能自体は低い存在とはいえ、強敵。決して油断せず戦って下さい。撃破してきて下さい。……何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    斬崎・霧夜(霧の夜は怪しい変態にご注意・d02561)
    メフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)
    ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)
    高村・葵(ソニックソードダンサー・d04105)
    御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)
    暁・紫乃(悪をブッ飛ばす美少女探偵・d10397)
    城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)

    ■リプレイ

    ●まどろみに沈む森
     小さな芽や動物たちが目覚めの兆しを見せていく、春へと向かい始めた冬の森。灼滅者たちは陽光を精一杯浴びることができる開けた場所で立ち止まり、静かな息を吐き出した。
     今のところ人の気配はない。デモノイドが歩いてくると思しき方角に誰かが向かった様子もない。
    「心配は無さそうだね。僕たちが倒すんだし」
    「そうだね。遠くにもデモノイド以外に動く物の気配はなかったよ」
     斬崎・霧夜(霧の夜は怪しい変態にご注意・d02561)の軽い呟きに呼応して、箒で空を飛び偵察していたメフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)が頷きながら高度を下げる。
     幸いな報告に、城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)は安堵の息を吐き出した。
    「これなら憂いなく戦えるね……と」
     気を若干緩めた時、重々しい足音が聞こえてきた。
     即座に暁・紫乃(悪をブッ飛ばす美少女探偵・d10397)が向き直り、スレイヤーカードを掲げていく。
    「旭より早く、曙より輝き、黎明すら超えろ暁!」
     瞬く間にジャケットを羽織り、鋼糸をしならせた。
     他の灼滅者たちも同様に姿を変えてデモノイドを待ち望む。
     足音が近づく度、より素早く動けるよう身構えた。遠くに残滓が見えたなら、互いに頷き合って最高のタイミングを伺っていく。
     蒼い輪郭を完全に確認できるようになった時、誰が合図するでもなく大地を蹴って駆け出した。
     彷徨いしデモノイドに、滅びと言う名の安らぎを与えるため。

    ●デモノイドは宛てもなく
     少なくとも二メートル以上はある巨大な体躯、体中を覆う人には有り得ない青の色。両腕から伸びる刃のような物体を引き釣りながら、デモノイドはやって来た。
    「さて、それじゃまずはこれを……」
     勝利への道程を描くため、霧夜が口の端を持ち上げながら己の周囲に霧を放つ。
     同じ場所に位置する仲間と共に力を高めると共に、デモノイドを観察する。
     巨躯と腕力から繰り出されるストレートは、今現在の灼滅者では敵わぬほどに強く重々しい。直撃を受けたならば、防御に優れる者以外は立っていることも難しいだろう。
    「……けど、ね。その程度なら……と、僕も付き合うよ、メフィアちゃんっ」
    「うん、まずは戦闘能力を削らないとね」
     力を受け取りながらも集中力と高めたメフィアが霧夜と呼吸を合わせ、同じタイミングで影を伸ばす。
     左右から巨躯を絡めとり、自由な動きを禁じていく。
    「……」
     力任せに引き伸ばし、デモノイドは大地を殴る。
     衝撃と共に地割れが生じ、前衛陣の足が沈んでしまった。
    「っ……気を引き締めないと……」
     群れから逸れ、まともな思考も持たぬとはいえ、デモノイドの力は強大。ソロモンの悪魔の邪悪で卑劣な行動にも一定の評価を与えられるレフィアでさえいただけないと思う相手でも、油断できない事に違いはない。
     腰元のケースから一枚の符を取り出して、催眠の魔力を与えてデモノイドに投げつける。
     跳ね除けることもできず唸るデモノイドの巨躯を、横合いから御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)の放つ炎が包み込んだ。
    「これが裁きの火だ」
     影に縛られ、炎に焼かれ、デモノイドは暴れだす。碌に対象も定めぬまま、最も怒りを覚える対象となった椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)に殴りかかる。
     デモノイドに怒りを与えた盾を掲げ、なつみは情報からの右ストレートを受け止めた。受け止めてなお体中を足が埋まるほどの衝撃に、拳を握って唇を噛み締める。
    「このくらいっ!」
     全身の力を投じて跳ね除けて、腕の守りをこじ開ける。
     仲間から注ぎ込まれる力によって痛みを軽減しながら、盾を掲げたまま突撃した。
    「そう、あなたの相手は私。私だけを見なさい!」
     胸元へと突き出せば、再びデモノイドが彼女を見る。拳を握り、腕の筋肉を盛り上がらせ、倒れこみかねない勢いで殴りかかる。
    「っ!」
     再び、なつみは拳を受け止めた。痛みを堪えながら跳ね除けた。
     勢いを殺しきれずつんのめる彼女を横目に、霧夜は再び影を伸ばす。
     メフィアは影を刃と成し、硬い肉体を引き裂いた。
     防御が甘くなった所に、ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)は景気よくガトリングガンをぶっ放す。
    「……」
     己の役目を果たすため。
     守ってもらっている分だけ確実にダメージを積み重ねると。
     息のあった連携に晒されて、なおもデモノイドは大地を殴る。衝撃波をばらまいて、前衛陣を薙ぎ払った。

     拳を受けるたび、体をきしませていくなつみ。時折交じる地面を殴る事による衝撃派や掴みかかり握り潰す技によって耐え切れないほど追い込まれてはいないものの、一歩間違えれば倒れてしまいかねないほどのダメージが蓄積していることに違いはない。
     故に、力生は照らしていく。
     なつみを、優しい光で癒していく。
     間に合わない可能性があることを薄々と感じながら、それでも耐えれば戦況が好転するはずだから。
     唯一守りに優れる彼女が倒れてしまえば、そこから坂から転げ落ちるが如く崩れてしまう可能性も在るのだから……。
     ……今もまた、なつみに対して大きな拳が振り下ろされる。
     盾が鈍い音を奏でていく。
    「癒しの光だ、受け取ってくれ」
     即座に光を降り注がせ、なつみの体を治療する。
     少しでも彼女の負担を軽減するために、紫乃がデモノイドに鋼糸を巻きつかせた。
    「つっかまえたなのー!!」
     木々に張り巡らせか弱い力をカバーする、動きを制限するための捕縛技。
    「さあ、お前も紫乃の平穏の礎にしてやるの!」
     ギリギリと締めあげて、体の自由を阻害する。
     されど力で抗って、デモノイドは地面を殴りつけた。
    「ジョルジュ!」
     城戸崎葵に呼応して、ビハインドのジョルジュは波動を放ち相手の慣れをリセットする。
     若干揺らいでいくデモノイドを横目に、城戸崎葵自身はギターをかき鳴らした。
     響かせるは勇猛な、仲間の傷を癒すためのロックミュージック。心を、想いを高ぶらせ、次の一撃を受けるための余裕を与えていく。
     歌声などいらぬと言うかのように、デモノイドは拳を振り下ろした。盾で防ぎながらも、なつみは地面に膝をついてしまう。
     限界が近い。そう感じながら、城戸崎葵は歌い続けていく。
     すべてはなつみを支えるため。
     支えることで、棄てられて可哀想なデモノイドに引導を渡すため。
     彼の意思を汲んだのか、ジョルジュの放った一撃が鳩尾と思しき場所に突き刺さる。
     が、デモノイドは止まらない。光を受け続けるなつみに対し、その大きな腕を振り上げて……。
    「……?」
     振り上げたまま固まった。
     体を痺れさせてしまったのだろう。全身をぷるぷると震わせていた。
    「これなら……!」
     好機と高村・葵(ソニックソードダンサー・d04105)が気を注ぎ込み、なつみの状態を安全域まで持っていく。
    「シェリー!」
     ライドキャリバーのシェリーには突撃を命じ、震えるデモノイドの体を削りとった。
    「――!」
     デモノイドは吼える、高らかに。
     周囲を薙ぎ払わんと、拳を地面に叩きつける。
    「そのくらいなら……!」
     被害は軽微と、高村葵は前衛陣を盾で覆っていく。動きが阻害されぬよう、悪しき力への体勢を与えていく。
     シェリーは突撃した。
     主の命ずるまま、デモノイドにぶちかました。
    「――!」
     新たな拘束に苛立つデモノイドの拳が、此度初めてシェリーの体をぶっ飛ばす。
     大きな音を立てた後、シェリーは虚空に消滅した。
     横目に捉え、小さく唇を噛み締めながら、高村葵は斬艦刀を抜き放つ。明るい炎を走らせて、断ち切るために突貫した!

    ●今はまだ静寂に満ちる場所
     時折動きを止めるようになったデモノイドを、メフィアはより鋭敏になった瞳で観察する。
     元々は、首の後を狙ってみる予定もあった。が、慎重さもあって動きが鈍くなった今ですら狙うのは難しく、何よりも倒すのには必要無さそうとも思われた。
     故に、放つ。
     影で刃を形成して。
     横を、霧夜が紅蓮に染まりしナイフ片手に駆け抜けた。
    「最後に見る相手の顔が、自分を害したくて仕方ないって表情じゃ死に切れないだろう? だから、僕は笑顔なのさ。なんてねっ。……ま、もう人の感情もないんだろうけど……ね」
     笑みに一筋の影を差し、振り抜き火力を足していく。
     デモノイドからの返答は、周囲をなぎ払う衝撃は。ジョルジュが消滅していくさまを横目に捉え、城戸崎葵は拳を握り締める。
    「もう少しで……だから……」
     優勢でも油断せず、歌声を響かせ仲間を癒す。
     痛みが癒えていくのを感じながら、ライラは沈んだ足を引きぬいた。
     ガトリングガンを構え直し、ノータイムでぶっ放す。
     一発、二発と弾が抜け、デモノイドを揺るがした。
    「はっ!」
     まともに動けぬ隙を縫い、高村葵が懐へと飛び込んでいく。
     傷口に一発、二発と拳を叩き込み、内部へと衝撃を伝えていく。
     デモノイドは動けない。糸にがんじがらめにされたから。
    「……紫乃」
    「ひゃっはぁぁぁあああ! 盛り上がって参りましたなの!」
     攻撃の機を逃さぬためライラが魔力の矢を創りだした。
     紫乃は鋼糸をしならせて、デモノイドの周囲に張り巡らせる。
     一発、二発と魔力の矢が蒼き体を貫いた時、締め付けた糸が左腕を切断する。
     それでもデモノイドは倒れない。拘束を振り切り、腕を高々と振り上げて、再び地面を殴りつける。
    「っと」
     後方へと飛び退き回避して、紫乃はニヤリと笑う。
    「ライラちゃん!」
    「……はい」
     即座にデモノイドの足元へと飛び込んで、紫乃は大鎌片手に縦横無尽に駆け回る。
     ライラもまた前方へと踊りでて、拳を固く握りしめた。
    「これで……」
    「……終わりよ」
     弧を描く斬撃が、デモノイドの足を切断した、
     影を貫く数多の閃光が、胸を腹を貫き砕く。
     デモノイドは倒れ溶けていく。断末魔も残さず、ゆっくりと。
    「美少女探偵と愉快な仲間達の大ビクトリーなのー!!」
     誰かが見ているかもしれないからと、紫乃は拳を振り上げ勝利を高らかに宣言した。
     幸い、周囲に新たな敵はいない。デモノイドが完全に溶ける頃、新たな風が吹く頃にはそれも判明し、灼滅者たちは安堵の息を吐き出した。

     季節柄、周囲に花は咲いていない。
     治療を行った後に周囲を散策したなつみは、肩を落としながら解けたデモノイドに向き直る。
     ライラとともに手を合わせ、静かに目を瞑っていく。
    「……」
    「……」
     デモノイドという化物だったけれど、元は人間。名もない死者となった存在が、良い黄泉路を辿れるよう。
     風が枝を揺らす音に誘われ冥福を祈る儀を終えた後、周囲を散策していた者たちも戻って来た。とりあえず近場にはなにもないと、彼らもまた小さな溜息とともに伝達した。
    「……それでは、帰ろうか」
     故に、力生が帰還を促した。
     デモノイドに背を向け歩き出した時、力生が一人振り向いた。
    「しかし……本当にデモノイドはどこから来たのだろう。このあたりに……もっと深い場所に何かあるのだろうか」
     ……森は何も語らない。
     もうすぐ終わる冬の時間も眠り、春に備え続けている。
     備え続けることができる程度には、平和が取り戻されている。そのことに違いはない……遥かな青空から降り注ぐ優しい陽射しが、そう語ってくれているような、そんな気がした。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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