円環の剣、閃く

    作者:一兎

    ●必罰一閃
    「くくく……ゲルマンシャーク様、私の完璧な作戦に抜かりはなし。必ずやこの地、栃木を始めに、この江別のレンガで、かのベルリンの壁をも越える壁を築き上げてみせましょう!」
     遠く、北海道にある江別のレンガ、別名、野幌レンガ。
     栃木の外れにある廃工場の前で、新たに目覚めたご当地怪人、野幌ベルリンレンガは叫んでいた。
    「これより、この廃工場を我が拠点とする! ……さて、まずは寝床をだな」
     台詞から多人数だと思うかもしれないが、実際は一人である。
     その全貌はこうだ。日々寝泊りしながら、ちまちまとレンガを積み上げ、栃木を境に日本を東西に分断、ゆくゆくは世界征服を果たす。邪魔さえ入らなければ完璧な作戦だった。
     そう、邪魔さえ入らなければ。
    「そうはさせない。俺がいる限りはな」
     閃き。そう表現するのが一番正しいだろう。いつの間にか怪人の背後に現れた少年は、手に持つ刃で怪人を切り裂いていた。
    「ぐっ……。貴様、何者だ!」
     突然の事に、その場を飛び退き、襲撃者の方を振り向いて怪人は問いかける。
     だが。
    「やれ、オフィス」
     少年は問いにも答えず、ただ命令する。応えて現れたのは、一匹のアンデッドだった。
     ただし人ではない、犬だ。肉の幾つかは腐り落ち、骨をむき出しにした体からは、犬種を特定する事は難しい。
     そのオフィスが、怪人の体へと牙を突き立てる。
    「いぎぅ!? ま、待て、話し合えばわかる。私も元は人間だ。貴様もその口だろう? お互いを知り合えば、分かり合える。和解できる。人の心もベルリンの壁と同じだ。ほら、レンガは役に立つぞ?」
     焦った怪人、ベルリンレンガは命乞いを混ぜながら、まくしたてていく。
     それでも少年の歩みは止まらず。それどころか、小さく怒りの感情を見せて。
    「俺は灼滅者だ。お前たちのように闇堕ちした奴と一緒にするな」
     言い切ると、再び刃を振るった。
    「鍵島さんが言っていたのは、これの事か? ……仕方ない、調査を続けるか。来い、オフィス」
     月明かりの下、少年は刃にこびりついた血を払う。
     刃の名は、ウロボロスブレイド。円環を為す蛇竜の名を冠した殲術道具だった。

    ●灼滅者としてのあり方
     その知らせは、一風変わっていた。
    「つまり、ダークネスのとこに現れたのは、学園の奴じゃない灼滅者ってことだ」
     武蔵坂学園の生徒の他にも灼滅者が存在する事は皆が知ってるが、実際に現れ、それを未来予測に見るのは、そうある事ではない。
     一通り話し終えた鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は、間をおいて、その続きを話し始める。
    「そりゃ、ご当地怪人でもなんでも、ダークネスを灼滅してくれるなら大助かりだ。けどな、あいつは助かるかもしれなかったんだよ! 闇堕ちしたてで灼滅者になれたかもしれないんだ!」
     闇堕ちしきったダークネスは人へは戻らない。だが、闇堕ちしかけている時ならば灼滅者となる事で助かる道もある。
     当然、死んだなら。その者が生き返る事もないし、灼滅者になる事もない。
    「……放っておけば、さっき言った事が起こる。お前達は未来予測で、この灼滅者が現れるより先に怪人の所に行けるけどな、その時は戦闘中でも関係なく、この灼滅者に乱入されるかもしれない」
     別に、そのまま三つ巴となるだけで、戦闘は続けられるとも付けたし。
    「それでも、こいつも灼滅者だ。ワケはどうあれダークネスと戦ってるんだよ。それこそ分かり合うべきじゃないか? そうだろ? だから、出来ればでいい。戦闘は避けてくれないか」
     万里の熱意で伝わりにくいが。要は、闇堕ちしかけのご当地怪人を助けつつ、現れる灼滅者の少年と、うまく戦わずにすむようにしろ、という事だ。
    「もちろん、俺からも協力は惜しまない。といっても情報しか出せないが、まずはおさらいだ」
     闇堕ちしかけのご当地怪人の名は、野幌ベルリンレンガ。レンガにちなんだ技や、レンガを焼くための炎を使いこなすドイツ風怪人である。再生怪人ではないが、これで女子らしい。
     次に、現れる場所は栃木県のとある廃工場。怪人がここを住処にしようとしたところで、灼滅者の少年が現れる。
    「灼滅者の方の力は、実はそこまで対したもんでもない。だいたい、学園にいる殺人鬼の実力者と同じくらいになる」
     それでも大した力量なのだが、ダークネスに比べればやはり劣る。戦闘を避けるために動くとすれば、ありがたい情報だ。
     だとすると。共にいたアンデッド犬、オフィスの強さはどのくらいなのか?
     万里は、これも灼滅者と同じくらいだと言う。
    「まずは闇堕ちしかけの怪人から助ける。灼滅者と話し合うのもそれからだ。……実のところ灼滅者の目的はわからない。アンデッドを連れてる以上、絶対に味方だとも言い切れないし、もしかしたら本気で戦う事になるかもしれない」
     それでも万里は、灼滅者たちの無事を願っている。万里でない他のエクスブレインが未来予測していたとしても、同じように思ったろう。
    「大丈夫、お前達なら出来るって、無理だと思ってたら何も出来ないから、ほら、張り切っていけよ! 俺は信じて待ってるから!」


    参加者
    風野・さゆみ(自称魔女っ娘・d00974)
    龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423)
    古樽・茉莉(中学生符術士・d02219)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)
    フェリス・ソムニアリス(夢に棲む旅猫・d09828)

    ■リプレイ

    ●レンガ少女の築いた壁
    「私の心はベルリンの壁のように堅く高潔な物である。よって、貴様らの言う救いなどはいらん!」
     叫ぶや、ベルリンレンガは地面を蹴る。すると、レンガで出来た巨大な壁がせり上がった。
    「ベルリン奥義、マウアー・ツザンメンブルッフ!」
     崩壊を意味する技名とともに、その壁は灼滅者たちの方へと倒れ始める。
    「ミーシャ、押し返せ」
     迫る壁に対して、モーガン・イードナー(灰炎・d09370)はライドキャリバーを走らせ、チェーンソー剣を起動。
    「何に絶望したかは知らないが。ダークネスとして生を終えたいのならば、望みどおりにしてやろう」
     壁に近づくと、回転する刃を突きたて、ミーシャのハンドルを握り込む。
    「だが、少しでも人として悔いがあるのならば力を貸そう。ミーシャ、アクセル全開だ」
     二つのエンジン音が唸る。と次の瞬間、モーガンはレンガを削りながら、壁を駆け上っていった。
     あとには、縦の裂け目。
     その裂け目を壁ごと貫いて、一本の槍が進む。
    「何もかも壁の向こう側に押し込んでいても、疲れるだけですよ。誰かに崩される前に、自らが崩す思いで臨まなければ」
     槍を突き出した姿勢のまま、桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)は声をかけ、我が子を諭す母親のような優しい表情で微笑んだ。
     それにベルリンレンガは、わずかに後ずさり。
    「貴様らにわかってたまるか! 古臭い、カビが出る、耐震性がない。そんな理由で建築産業から衰退していくレンガを見続けた、私の気持ちが!」
     追い込まれて挙げた叫びは、今までの悔しさ。
    「それであなたはどうしましたか? レンガを悪事に用いれば、次に集まる物はレンガに対する悪意ですよ」
     ただ、その叫びに古樽・茉莉(中学生符術士・d02219)は冷たく言い返す。
    「あなたが真にすべき事は、壁を積む事ではなく、絆を積む事でしょう。違いますか?」
    「人を分かつための壁は、例えどれだけ強固だろうと、いつかは崩れ去る。壁の向こう側に生きる人と会いたいと願う者がいる限り。必ず」
     問い詰める茉莉の隣で、ガトリングガンを手にした一・威司(鉛時雨・d08891)が言葉を続ける。
    「しかし、人を守るための壁ならば崩れずに残り続ける。万里の長城のようにな。……俺はそう信じている」
     いつか崩れ去ってしまう壁か。いつまでも崩されぬ壁か。
     無数に打ち出される銃弾に対し、ベルリンレンガは反射的に壁を作り出した。
     壁が出来るという事は、物理的に分かれるだけでなく。精神的にも二分されるものがある。
     ベルリンレンガはそう思っていた。だから、周囲に壁を作り続けてきたのだ。
     しばらく続いた銃弾の爆ぜる音が鳴り止んだ時。
     そう信じていた壁に、亀裂が走った。
    「馬鹿な!? ヒビもないのにどうやって!?」
    「んなもん脆い壁や、壊せて当たり前や!」
     亀裂を突き破って、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は壁の向こう側へと、土足で踏み込んでいく。
    「古臭いんちゃう、モダンなんや。カビが出る? 風流でえぇやんか。耐震性がない言うてケチつける奴には、レンガに耐震求めんなアホって、言い返したれ」
     サイは一方的に言葉を並べていく。言い返す暇もないほど流暢に、開き直りさえ感じさせる清々しさで。
    「ええか。壁ん中、籠っとっても御天道さん拝まれへんで? いややん、ブタ箱入っとるわけちゃうのにそんなん。やから、壁の向こうのお日さんの輝き、よぅ見て覚えとき」
     段々語調を強めて、闘気によって白く輝く拳を振り被る。
     ベルリンレンガに、避ける意思はなくなっていた。
     次に振りぬかれた拳は、少女の頬をかすめて。
    「説教の途中やっちゅうに。挨拶なしに、ええ度胸やんか」
    「なぜ、ダークネスをかばう」
     向こうで振り下ろされていた剣を、受け止めた。

    ●少年の正義
     手荒いが、サイは気を失った元怪人の少女を、後ろへ投げ渡した。
     今ここをどけば、少年は迷いなく少女の首をとろうとするだろう。それだけは避ける必要がある。
     何より、奇襲という手段を用いてまで殺そうとする態度に、友好的な会話ができるかも怪しかった。
    「どけ、俺の用があるのは、そこのダークネスだけだ」
    「どかないよ。その物騒な物を仕舞ってくれない限りはね」
     出来る限り前衛が並び、少年の進路を断つ。
     言葉を返したのは、龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423)だ。
     右手の槍を主軸にした構えは、攻守を入れ替えるために、左手の刀を主軸にした構えへと移される。
     次に灼滅者たちは、予定通り、少年に探りを入れる。
     まずは、風野・さゆみ(自称魔女っ娘・d00974)が。
    「闇堕ちしても、灼滅者になる事で~。助かる命も、あるんですよ~? 知ってましたか~?」
     間延びしてはいるが、声音からわかるほど真剣なもので。
     対する少年の返答は『知っている』から、始まった。
    「一度でも闇堕ちしたような者を、助ける必要はない」
    「どうしてでしょう~? 灼滅者となれば、命が助かるだけじゃなくて~、仲間として共に戦えますよ~」
     さゆみも言い返すのだが。少年に態度を改める気配はない。それどころか。
    「闇堕ちしなくとも、人は灼滅者になれる。心の弱い奴らは闇堕ちする。それはいずれ、二度目の闇堕ちをもたらすに決まっている。だから今のうちに、殺す!」
     剣を持ち直し、少年は動き出した。
     進路を塞ぐ灼滅者たちなど目に入っていないかのように、迷いなく少女の方を目指して。
    「言い分はわかったヨ。けど、悪いからって、何でも殺して解決じゃァ、ダークネスとやってる事は、変わらないヨ?」
     他と同じように、フェリス・ソムニアリス(夢に棲む旅猫・d09828)は進路に立ち塞がりながら、ナイフを構えた。
     それでも少年の足は止まらず、剣を振る。
     大振りなフェリスのナイフと少年の剣とがぶつかり、火花を散らす。
    「逆に聞くが。絶対に闇堕ちしないと言い切れるか? 今、お前達の中にも、いざとなれば、闇堕ちして仲間のために戦うという、バカがいるんじゃないか?」
     これに、刃をぶつけ合う二人の元へ駆けつける灼滅者たちの中で一人、詠子の心が跳ねる。
     いざとなれば闇堕ちする覚悟でいたから。
    「それは甘えに過ぎない。いつかは仲間が助けてくれると心のどこかで思っている。違うか?」
     徐々にフェリスが押され、ついに刃が体を捉えようとした時、挟み撃ちになる形で、巫女が槍での突きを繰り出す。
    「違う。人は弱いから、手を取り合って助け合うの。それは弱さであって、人の強さの一つ。仲間を信じているからこそ、覚悟ができる!」
     巫女の脳裏には、双子の姉の姿が浮かんでいた。もし自分が誰かを守るために闇堕ちしたとしても、猪突猛進な姉なら、止めても助けに来るだろう。そういう信頼があった。
     叫びと共に繰り出された攻撃を、少年は跳躍してかわす。
    「そんなものは幻想だ。ではなぜ、闇堕ちする奴らは絶望する。人を信じる事が出来なくなったからだ!」
    「それもまた、正しいのかもしれない。一度、人の道理を反してしまった俺も、空虚なものを感じる事がある。だが、それを支えてくれたのも、今の仲間たちだ」
     宙に浮かぶ少年を追いかけて、モーガンのチェーンソーが唸る。
     モーガンは、学園にやってきた経緯の中で闇堕ちを経験していた。だからこそ言えるものがあった。
    「くっ、数で不利か。来い、オフィス」
     空中で少年は、チェーンソーを器用に剣で受け止めると、反動を使って後ろへ下がり。
     同時に、一匹のアンデッド犬が現れる。
    「よくわかった。お前達とは相容れないという事がな」
     アンデッド犬の姿を確認すると、少年は構えを変えた。
     自然に灼滅者たちに、新たな緊張が走る。だが、気圧されたりはしない。
    「いいぜェ……やるってんなら来いよ。人が話し合おうってのに、頭ごなしに否定しやがって。テメェこそ、覚悟できてんだろうなァ!」
     声の主である詠子に、先ほどまでの清楚な陰はない。清楚なフリをしているのが馬鹿馬鹿しくなるほど、頭にきたから。
     何より、仲間たちの言葉に背を押されたような気もしたから。
     少年の狙いは少女の命。
     灼滅者同士の戦いが幕を開ける。
     
    ●ウロボロスブレイド
     灼滅者である以上、闇堕ちしない限り、ダークネスほどの強力なパワーを得る事はない。
     それは、数で勝る灼滅者たちを圧倒的に有利にするはずだった。
     だが、直前までダークネスの力を操るベルリンレンガと戦闘していた、疲労や負傷が、思った以上に灼滅者たちを苦戦させる事になる。
    「お前を戦いへと駆り立てる矜持とは一体、何なのだ?」
     戦いの最中に威司は尋ねた。
    「俺の正義のためだ。それ以上でもそれ以下でもない」
    「そうか……。ならば、俺も俺の正義のために戦おう。例え命に代えても、この少女には傷一つ。つけさせない」
     果たして、少年の答えは満足のいくものだったのか。威司は覚悟と共に、ナイフのサイキックを解放。
     サイキックによって、夜の世界に霧が溶け込んでいく。
     これには、ただの霧ではなく。人の影を虚ろにするサイキックの力が込められている。
     対する少年は動じることなく、そばのアンデッド犬に一言。
    「嗅げ、オフィス」
     その言葉の通り、鼻のないはずのアンデッドは、匂いを嗅ぐかのような仕草をする。やがて、鼻先が一方に向くと。
     迷う事なく少年は、霧に飛び込む。
    「そうはさせません」
     途中、霧を突っ切ろうとする少年に向かい、茉莉は体当たり。
    「本当に相容れないのでしょうか? 一度、きちんと話し合えませんか。何か、お互いに協力できる事が、あるかもしれないです」
     ぶつかった勢いのまま組み付き、少年の襟首を掴み訴える。
    「しつこいっ! 俺はお前達とは違うと言っている。戦いに甘い考えを持ち込むな!」
     振り払いながら返す少年の声には、苛立ちが混じっていた。
     同時に、振るわれる剣。
     茉莉を狙った者ではない。その遥か先に倒れる、少女を狙ったものだ。
     本来なら届くわけがないが、少年がそうした意味に近くにいた茉莉は気づけた。
    「誰か、それを止めてください!」
     一本の剣だったそれは、ワイヤーで繋がれた幾つもの刃に分かれて、真っ直ぐに伸びていく。
    「随分変わった事してくれるじゃないの!」
     叫びを聞いて駆けつけた巫女が、刃を途中で叩き落とした。
     気づけば、霧は晴れ。
    「目が幾つもあると、やっかいだな」
     再び距離をとった少年は、柄を振り、刃を巻き戻す。一瞬のうちに、元の剣が出来上がった。
    「それ、蛇腹剣かいな。止めた時、えらい手応えが軽いおもたら、そういう事やったんか」
     蛇腹剣、または鞭剣と呼ばれるそれは、複数の刃をワイヤーで繋ぐ事で、一本の剣とする。
     ワイヤーを絞めれば剣として、ワイヤーを緩めれば鞭のように扱えるのだ。
     これにより、普段は剣で、離れた敵には刃の鞭で追撃するといった戦法がとれる。
     ただし欠点もある。サイの指摘通り、構造から軽くなるので、普通の剣に比べて威力も強度も劣ってしまう。
     もちろん、使い手の技量しだいで、性能以上の結果を引き出せるが、こういった武器は本来、奇襲に向いているものだ。
    「覚悟しろ。これを見せた以上、戦いは長引かせない」
     奇襲の大前提は、いかに敵の不意をつくかである。武器の正体を知られれば、見切られる前に倒すしかない。
     それが、今の少年がとれる最大の戦術だ。
    「覚悟なんてとうの昔に出来てるわよ。そっちこそ、覚悟しなさい。馬鹿にしてくれた分、ちょっとは痛い目、見てもらうんだから」
     対して、巫女が龍の牙のような槍を大地を突き刺して、言い返し。
     振動で廃工場の壁に立てかけられた鉄パイプが、倒れた。

    ●一枚の紙に託す
     鉄パイプがコンクリートの地面に倒れて音を鳴らすと同時に、お互いが動き出す。
     踏み込みと共に、少年は剣を大きく振り。刃が鞭のようにしなってサイへと迫る。
    「こんぐらい、なんぼのもんじゃぁ!」
     対して、サイは気合で一撃を受けた。勢いで傷つきながらの前進を続け。
    「今がチャンスですよ~。まじかるぱわ~で、痛いの痛いのとんでけ~♪」
     サイが攻撃を受けている間に、さゆみが癒しのサイキックを飛ばす。
     気の抜ける声と共にやってくる魔法のようなソレは、不思議と詠子の心身を両方ともに落ち着かせた。
     気のせいか、周囲の木々や草たちも、歌い踊っているかのように感じる。
     怪我の治った詠子の前を、ミーシャが横切っていった。
    「気を抜くな。敵は一人じゃない」
     モーガンの声だ。
     唸るミーシャの巨体が、迫っていたアンデッド犬を撥ね飛ばす。
    「言われなくても、わかってるてぇのっドラァ! ……っしャコラァ!」
     次に、詠子が叫び。宙に浮かんだアンデッドの体を、空を切る勢いで飛来した槍が貫く。
     詠子が立ち上がるや、投げたものだ。
     すると。
    「こいつで、往生せいやぁぁ!!」
     近くで似たような叫びが挙がり、合わせて、少年の体が転がっていく。
     巫女や茉莉との連携した動きで攻撃を切り抜けたサイが、全力の一撃を決めた。
     それが決着だった。
    「ええ加減、諦めたらどうや。犬っころもあの通りやで」
     言われながらも少年は、剣を持ち上げる。よろよろと立ち上がり。
    「確かに、オフィスがやられた今、俺に勝ち目はない。……が、手は残っている!」
     持ち上げた剣を、大地に突き刺す。
    「フェリス!」
     誰が叫んだのかもわからない。
     フェリスの名が呼ばれたのは、たまたま少女の一番近くにいたからだ。
     フェリス自身も呼ばれる前から動いていた。倒れる少女の身体を飛び込みながら抱き込み、共に丸太のように転がる。
     次の瞬間、刃の先が二人のいた地面から突き出て、フェリスの胴をかすめた。
     二人が無事だった事に、全員が胸を撫で下ろす。
     次に口を開いた巫女の声は静かなものだ。
    「どうも、綺麗に逃げられたみたいね」
     先ほどまでいたはずの場所に、少年の姿はない。
     当然、その武器も。
     最後の一撃は殺すためではなく、逃げるための一撃だったのだ。
    「だが、俺たちの目的は果たした。まずは勝利を喜ぼう。あの灼滅者の事も皆に伝えなければな」
     それに威司は、終わりである事を告げると、携帯電話で学園と連絡を取り始め。
     やがて他の灼滅者たちも、武器を置いて休んだり、少女の介抱に回ったりとそれぞれが自由に動きだした。
     ただ一人、茉莉は少年が去ったであろう方を見つめ呟く。
    「気づいてくれるでしょうか」
     戦いの最中に組み付いた時、少年のポケットの中へ入れた連絡先を書いたメモの事を。
     戦いを通して、少年は善でも悪でもなく。真の意味で純粋なのだと感じていた。
     だから、あえて賭けに出た。
    「小樽さんは~、どうかしましたか~?」
     呼びかけに仲間の方へと向き直り。
    「いえ、気になさらず。それよりも、元怪人さんの様子は?」
     それから茉莉が振り返る事はなかった。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 59/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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