蒼き者、命尽きる時

■リプレイ

●脅威
　そいつは山道を、時折張り出した木々の枝を巨躯で圧し折りながら進んでいた。
　とにかく体中が痛み、疲労感に満ちている。身体の一部が崩れ落ちているのも感じる。
　しかし立ち止まらない。本能に導かれるままに進めば、動く物体が二つ。普通なら『人間が二人』と表現するだろう。しかし、そいつには『動くもの』、『命令を与える存在ではない』、そして──『襲う対象』、それで十分だった。
　歩みを一気に早める。それは二足歩行から、やがて両手をついて四足走行に。周囲の木の枝は吹き飛んでいった。
　そして動くもの達の眼前に現れた時。そいつは雄叫びを上げる。
「ガァァっ！」
「うわぁぁっ」
　二人が悲鳴を上げた瞬間だった。そいつ──デモノイドと二人の間に、割り込んだ者がいた。影の先端が、デモノイドの斜め後方に回り込み、背中を切断する。その傷口から肉がずるりと崩れた。
「！？」
「逃げろ！」
　異能力を使うまでもなかった。既に襲われた夫婦はパニック状態で、叫んだラシェリール・ハプスリンゲン（白虹傾国の白孔雀・d09458）の単純な指示に、泡を食って従った。そのまま背を向けて逃げ去るのを、ラシェリールは見送る。
「人払い、頼むぞ」
　ラシェリールが棲天・チセ（ハルニレ・d01450）と浅守・双人（一人で二人の灼滅者・d02023）に声をかける。
「誰かを傷付ける前に止めてあげるんよ」
「絶対、犠牲なんて出させない！」
　二人は頷き、チセは人が近寄らないようおぞましいほどの殺気を噴き出し、双人は戦場となるだろう一帯の音を遮断する。
「これで存分に戦える！　さぁ、楽しもうじゃないか」
　ラシェリールは不敵に微笑み、その足元に黒孔雀の尾羽の様な影が揺れ、黄金の片翼と薔薇の飾られた杖『白虹凛星』を構える。
「全力出し切って、いざ勝負なんよ！」
　チセが言葉で止められない相手と割り切りをつけるように、小さな身体で巨大な縛霊手と無敵斬艦刀を構える。
「シキテ、思う存分に！　喰らいつけ！」
　チセが従える霊犬に命じると、シキテと呼ばれた霊犬は咥えた斬魔刀でデモノイドを斬り裂く。
「止めるぞ、絶対に……。ギア！」
　『グランド・ギア』と名付けられたリングスラッシャーを周囲に浮遊させる双人。
「残党狩りも、面倒くさいものだ。大人しくしていればいいものを」
　そう言いながら、彼らの後を追って山から下りてきたラムゥフェル・ノスフェラトゥ（欠落せし生存者・d01484）。他の仲間達も、それに続いて下りてくる。
「行くぞ！」
　ラムゥフェルはガトリングガンを構え、デモノイドに爆炎の魔力を掃射した。デモノイドの肌で、足元で爆ぜる火花。更に炎が巻き起こり、デモノイドの皮膚を焼き始める。
　その攻撃で、完全にデモノイドの意識は夫婦から離れ、灼滅者達へと向いた。
「その姿、見るに堪えません。引導を――せめて、この手で」
　彼女に続いたのは沖田・菘（壬生狼を継ぐ者・d06627）。まずは守りが肝要、と防護障壁を展開する。
「それが、私がしてあげられる最後の慈悲です」
　彼女がその日本刀『大和守安定【贋】』を抜くのは、まだ先になるだろう。
「過剰な変異の反動か、かなり不安定な状態と見える」
　宗像・陽心（鉄なる護り手・d11736）が距離を詰め、開いた障壁ごとデモノイドを殴りつける。デモノイドは攻撃を与えられた箇所に、彼女の拳よりも一回り大きいくらいのへこみをつけられた。
「グゥゥ……」
　唸るデモノイド。
　だが、まだ灼滅者の猛攻は終わらない。
「意識も無く、自分が消滅するのも分からないままに、ただ機械のように動いているだけ……本当に哀れだよね」
　哀しげな瞳を揺らす深束・葵（ミスメイデン・d11424）。『我是丸』と名付けられたライドキャリバーを見やりながら。
「それが運命共同体のサーヴァントじゃなくって、ただ量産された使い捨ての兵器だったとしても……見ているこちらまで悲しくなってきちゃう」
　だから。
「その悲しみ……ここで終わらせてみせる。行こう、我是丸」
　葵は、手にしたロケットハンマーを大地に叩き付け、その衝撃波をデモノイドへ。足元を揺らし崩され、体勢を崩すデモノイド。
　更に我是丸が突撃し、体当たりを喰らわせる。
「……何だか、やるせねえな……」
　ガイアパワーの充填用に食べかけのういろうを一気に頬張るリューネ・フェヴリエ（熱血青春ヒーロー修行中・d14097）。
　しかし、そうも言っていられない。リューネはういろうの包み紙をポケットにしまい、スレイヤーカードを掲げた。
「Allez cuisine！」
　声高に叫び、スレイヤーカードの封印を解く。
　現れる護符揃え、浮遊するリングスラッシャー。
「エクスプロジオン・デ・レ・ウィロウ！」
　意訳すると『ういろうダイナミック』。デモノイドの巨体を軽々と持ち上げ、地に叩き付ける物体と質量の差を感じさせない大技。投げ飛ばされたデモノイドは爆炎に包まれた。
　突如現れ、自らを苛む者達。デモノイドはそれに激しく苛立ちを感じていた。
「グゥルルル……」
　身体にガタが来ているとはいえ、戦闘用に改造されたデモノイド。これだけの攻撃を受けても尚、自分の命の危機ではなく、ただ目の前の存在を滅することしか考えていなかった。
「ガァァっ！」
　デモノイドが爪で薙ぎ払う。
「うわぁっ」
「きゃっ……」
「ぐっ……」
　その膂力に傷つけられ、圧倒される灼滅者達。
　戦いは、まだ始まったばかりだ。
　
●その灼滅は誰が為に
「ボクに出来るのは戦う事やから……持てる力の限りで、キミを倒すんよ！」
　チセが雷を帯びた拳を、デモノイドの腹に叩き込む。ずぶり、と中に食い込む感触が、はっきりと手に残った。
　一瞬遅れてシキテが斬魔刀の一振り。デモノイドの片腕に、深い傷が走る。
「頼りにしてるんよ、相棒さん」
　シキテと視線を合わせて、一撫でするチセ。
「狙いは外さない！」
　追跡効果により命中率の上がった双人の『ギア』が、デモノイドの身体を傷つけていく。また、いくつかの肉片が落ちた。既に骨の見えている部位もある。
「まだまだ、これで終わりではないぞ！」　
　けたたましい音を立て、銃弾を撃ち出すラムゥフェルのガトリングガン。ばら撒かれるように、デモノイドの身体に、地面に、着弾する。
　しかしデモノイドは未だ敵意を剥き出しにして、雄叫びを上げた。
「ちっ、しぶとい──ッ！？」
「お任せを」
　歯噛みするラムゥフェルの横をすり抜けて、デモノイドに肉薄する菘。真正面から日本刀で斬りつけ──ると見せかけ、デモノイドの左下に回り足の腱を断つ。
　体勢を崩すデモノイド。
　咄嗟に好機を見出した陽心は、鮮やかなフットワークでデモノイドに接近し、デモノイドの邪魔な腕を障壁で弾く。
「はぁあっ！」
　そのまま、腹の真ん中に打ち込まれる雷の拳の一撃。
「グっ」
　息を詰まらせるデモノイド。
「それっ」
　その隙に葵が、前衛を務める菘に癒しの力を秘めた矢を放つ。目線だけ振り向いて礼を示す菘と、笑顔を返す葵。
　我是丸もまたスロットルを上げ、自らの機能を回復させる。
　そしてリューネの環障壁は陽心へ。陽心の傷を癒し、彼女を守る盾となる。
「感謝する」
「おうっ」
　礼を述べる陽心に、親指を立てて返事をするリューネ。
　しかし、その陽心にデモノイドの腕が迫る。
「！？」
　気付いた時には彼女の胴体に巻きつき、そのまま締め上げるデモノイドの腕。みきみきと、背骨が悲鳴を上げる音がする。
「かはっ……」
　息を詰まらせ、落下する陽心。
「大丈夫か！？」
「ああ、すまん……」
　それでも先程の回復があった分、立ち上がれる陽心。
「殺す事が救いになるとは限らない。だが犠牲が出る前にこれ以上デモノイドが苦しまぬように……ここで殺す……！」
　ラシェリールが杖を掲げ、デモノイドに突撃。その杖で殴りつけると、注ぎ込まれた魔力が爆発を起こし、デモノイドの体内で暴れまわる。
「……怨むといい。元凶に仇を為してやる」
「グゥォォ……」
　ラムゥフェルの言葉、デモノイドの哀しげに尾を引く悲鳴。崩れ落ちるデモノイドの身体。後に残ったのは、拘束具と青い肉塊だけだった。
　
●追悼と怒りと
　灼滅者達は、森の中、目立たぬところに倒したデモノイドの墓を作った。改造を受けたとは言え元は人間、思うところがあったのだ。
「安らかに眠ってください」
「安らかに眠れ。ゆっくりと、な……」
　最後の土を盛って、菘とラシェリールは祈りを捧げる。
「元は私たちと同じ姿だったというのに、もはやどこの誰かもわからないのが哀れでならない……」
　黙祷しながら、一筋の涙を流す陽心。
「この体から魂は解放されたんかな。人間やった時の想いに戻れたんなら良いけど……」
　チセが寂しげに墓を、空を見る。
「おやすみ、またね」
　そして静かに、目を閉じた。
　ディフォルメされた犬のぬいぐるみをひとつ添える、ラムゥフェル。
「もう二度と、道に迷わぬように、また善く、会おう」
　その言葉はいっそ潔く。デモノイドとなった者との縁を心に刻む。
「……バベルの鎖の影響で、この墓自体がただの道端の石ころになってしまうけど、それでも私達は忘れない。デモノイドという悲しき生命体がいたことを……」
　葵が祈る一方で、怒りを抑えられない者もいた。
　不要な力を押し付けられて、体を異形へ変えられて。こんな形でしか終えられない。
「せめて、心安らぐ時間を……」
　──許せない、ソロモンの悪魔……！
　双人は口に出さず、しかし怒気を纏う。
「……こんな形でしか救ってやれなくて、すまねえ。でも、せめて今はここで、安らかに眠ってくれ……」
　祈った後、拳を反対の手に打ち付けるリューネ。
「……関係のねえ一般人を巻き込んで、こんな風に改造して、結局は使い捨てかよ……ソロモンの悪魔、俺は、いや俺達は、お前らを許さねえ！」
　その怒りが、ソロモンの悪魔に通じる日は来るのか。
　それは、彼らの運命次第だ。

作者：天風あきら	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年2月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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