路地裏の鬼

    作者:泰月

    ●邂逅
     そこは、とある街の路地裏。
     空調の室外機やゴミ箱が並ぶお世辞にも綺麗とは言えない空間だが、そんな場所でも通る人間はいるものだ。
    「ここ抜けると早いんだよな……ん?」
     路地裏に入って来た大学生くらいの男は、そこで予想外の光景を目にした。
    「……っ……はぁっ……」
     人気のない路地裏。そこにうずくまる若い女性。長い髪に隠れ表情は見えないが、傷つき疲れた様子。ついでにかなりスタイルが良い。
    「おーい、こんなトコでどしたの? なに、ワケアリィ?」
     動機はさておき、この状況で女性を放っておく、という選択肢を男は選ばなかった。
    「……」
     無言の中に込められた拒絶にも、男は怯む様子はない。
    「やー、無視しないでよ。こんなトコに一人でいたら、良くない男に捕まっちゃうよ?」
     下心が全くない、というわけでもないだろうに、まるで自分は違うと言わんばかりだ。
    「疲れてるのかな? 休むならもっと他に――」
     男が伸ばした手が、女性の身体に触れるよりも早く。
     凄まじい衝撃が男を襲った。
     男の身体が壁にめり込み、砕けた頭部から飛び散った鮮血が、路地裏を赤く染め上げる。
     鬼のそれに変じた腕で男の命を砕いた女性の頭部には、黒曜石の角が輝いていた。

    ●羅刹
     教室に集まった灼滅者達を出迎えたのは、見覚えのない顔だった。
    「……? あぁ、そっか。初めまして。夏月・柊子よ」
     向けられた視線に、夏月・柊子(中学生エクスブレイン・dn0090)はこれが初仕事であったことを思い出す。
    「早速だけど、のんびり自己紹介してる時間はないから、事件の話に移るわね」
     挨拶もそこそこに説明が始まる。
    「路地裏にうずくまってる女性を通りがかった大学生っぽい男性がナンパするんだけど……その女性、羅刹なのよ」
     羅刹。人に似た外見だが頭に漆黒の角を持つ鬼のダークネス。その性格は極めて粗暴とされる。
    「まぁ、ナンパもどうかと思うけどね。学生さんが羅刹に手を伸ばしかけたらグシャリよ」
     男のナンパの動機は定かではない。だが不純な動機だったとしても殺されるのは過剰防衛もいいとこだ。
    「その学生さんを助けてきて、って話になるんだけど……えぇと、この羅刹、既に傷ついてて弱ってるみたい」
     ダークネスもまた、バベルの鎖をその身に纏っている。交通事故に遭ったなどと言う理由では弱っている筈はあるまい。
    「何か事件に巻き込まれたのかも知れないわね。そのせいか、警戒心はかなり強いわ。言葉は通じるみたいだけど、話を聞いてもらえる可能性は低いと思う」
     何か事情がありそうだが、ダークネスであることは間違い無い。灼滅する事になるかも知れない。
     その時は、迷わず戦わなければ、自分達が危機に陥る事になるだろう。
    「配下はいないわ。路地裏に現れるのは羅刹の彼女1人だけよ」
     万全の状態であればそこそこ強い力を持つ羅刹と思われるが、既にダメージを負っている。
    「戦いになれば、神薙使いと縛霊手のサイキックを使うみたいよ」
     戦闘になってもこの人数ならば互角以上に戦えるだろう。
    「戦う時に限らず、路地裏から場所を変えない方が良いわ。一応街中だから」
     路地裏は広くはないが、戦いに支障が出る程ではないし、路地裏以外の他の場所や他の時間の未来予測は無いと言う。
    「あとは……そうそう。今回の目的はナンパ学生さんの救出よ。羅刹の事も気になると思うけど、学生さんも助けてあげてね」
     未来予測を大きく変えないようにしつつ、羅刹から学生を助ける。それが第一の目的。
    「私からは以上よ。それじゃ、気をつけて行ってきてね」
     説明を終えたエクスブレインは、現場に向かう灼滅者達の背中を見送った。


    参加者
    外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)
    鴻上・巧(灰塵と化した夢と欲望・d02823)
    楠木・刹那(鬼神の如き荒ぶもの・d02869)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)

    ■リプレイ

    ●対面
     路地裏に大学生くらいの男が入っていった。
     その直後、男の後を追うように8人の少年少女が路地裏へと続く。
     8人が男に追いついた時、丁度うずくまる若い女性に男が気づいた所だった。
    「おーい、こんなトコでどう――」
    「そこな方!」
     男が羅刹と知らずにかけた声に割り込んで響いたのは、聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)の声。次いで、男の横を抜けて前に立ち、睨み上げる。
    「人を呼びにいっていただけのわずかな時間に何という事。お姉様のお世話はわたくし達の手で充分です触れないでくださいまし。ご心配いただけたならありがとうございますのさあさあさあお引き取りを!」
    「は? えぇと……あんたの知り合いか?」
     ヤマメはろくに息も吐かずに言葉を発し男をこの場から追い払おうとした。関係者と思わせる能力を使った事と『お姉様』の一言もあり知り合いと思わせる事は出来たが、そこに留まっていた。
     『どういった関係者であるか』と言う所まで踏み込んだ言葉を告げていれば、より効果があったかも知れない。
    「車も待たせてありますから後はご心配なく……済みません、お騒がせしまして」
     睦月・恵理(北の魔女・d00531)もヤマメに話を合わせ、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)も男を軽く睨みつけるが、まだ男がこの場を去る様子はない。
    「危険かもしれないから、あっちからどっか遠くに逃げてねー」
     羅刹が動き出す前に、とアリスエンド・グラスパール(求血鬼・d03503)が言葉と共に、男に精神波を送る。
    「危険って……あ、あぁ。わかったよ」
     元々突然の割り込みにやや混乱しかけていた男には、これが良く効いた。アリスエンドの指が示した方向へと、慌てて立ち去る。
    「殺界使う必要は無さそうですね」
     立ち去る男の背中を見て、鴻上・巧(灰塵と化した夢と欲望・d02823)はぽつりと呟く。男を立ち去らせる為に用意していた最後の手段を使う必要がなくなった事と、1つの目的を果たせた事に安堵して。
    「さて、交渉と参ろうか」
     男の足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなったところで、外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)がパチリと音を立てて手にした扇子を閉じた。

    ●交渉
     灼滅者達は、路地の幅ぎりぎりに距離を取って羅刹を包囲する形を取った。羅刹の視線が、警戒の色を持って取り囲む8人に向けられる。
    「……交渉?」
     しかし、人数差を考えてかすぐに攻撃をしてくる様子もない。
    「そう敵意を放たないで。気づかれますよ」
    「とりあえず、お姉ちゃんのお名前教えてほしいなーって思うんだけど」
     正面に立ち視線を合わせる恵理にも、名前を尋ねるアリスエンドの言葉にも、返ってくる羅刹の視線にあるのは無言の敵意と警戒。
    (「何度か男性型とは交戦したけど女性は初ね……見れば見るほど人に近いのね」)
     只ひたすら敵意を向けてくる羅刹を見遣る比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)は、初めて見る女性型の羅刹、その人に近い姿へ心中で関心を抱く。
    「話をしたいだけで、戦う気はありません。少なくとも今は。その傷、大丈夫ですか?」
     羅刹に育てられた過去を持つ楠木・刹那(鬼神の如き荒ぶもの・d02869)が目の前の羅刹に向ける感情は、8人の中でも好意的な方だ。
     武器は封印状態のまま、今は敵意がない告げ、羅刹の傷を気遣うくらいには。だが、刹那の言葉にも羅刹の警戒が和らぐ様子はない。
    「これは、他の勢力への警戒です」
     刹那が戦場の音を外部から遮断する能力を発動する。
    「妾達は、とある組織に属する灼滅者でのう」
    「私達は街が心配で出てきただけです……が。傷ついているとは言え貴女は強力な羅刹ですね。私達も無意味な危険や街の被害は御免で、戦うかどうかは貴女がここにいる理由次第なんですよ」
     悲鳴が自身の所属を限定的に明かし、恵理が言葉を続ける。
    「此方の目的は一般人への被害防止。そして、あなたたちダークネスの暴動阻止さ」
    「そこでじゃ。お主と妾達で情報交換せぬか?」
    「他勢力の情報と交換ではいかがでしょうか。あなたにも、利はあるはずです」
     謡が淡々と自分達の利を伝えれば、悲鳴と刹那が情報交換を望んでいる事を伝えるが、羅刹の反応は特にない。
    「何も話したくなければそれで良し、但し人に危害を加えるのはなし。簡単よね」
     八津葉は補足として、強要するつもりも無いことを伝えた。
    「条件に添えば灼滅はしないよ。義があれば、必ず通す」
    「それに、ここで戦えば貴女の不利益にもなりますよ?」
     更に謡がすぐに灼滅はしない事、巧が戦う事の不利益を伝える。
    「油断させるお芝居でない証に、私は今からこのまま其方へ行きます。嘘と思い次第どうぞ先制攻撃なりと」
     スレイヤーカードの封印を解除せぬまま恵理が一歩踏み出した、その直後。
    「なら、そうさせて貰うね」
     羅刹の手が動き、風が一刃、薙いだ。
    「恵理様、危ない!」
     迫った危険に恵理のスレイヤーカードが自動的に封印を解除するのと同時に、飛び出したヤマメが恵理を庇った。交渉を全て仲間に任せ、念の為にと羅刹を信じずに不意打ちを警戒していたことで可能だった動きだ。尤も、ヤマメは軽くはない傷を負う事になったが。
     嘘と思い次第どうぞ先制攻撃なりと。その一言に、羅刹は反応したのだ。
     羅刹との交渉を望み、持ち込むべく言葉をかけた灼滅者達であったが、それは羅刹の方からの決裂となった。
     灼滅者達の言葉に、嘘はなかった。確かにすぐに灼滅するつもりは誰にもなく、中でも恵理と刹那は武器を見せずに話をしていた。それでも、相手が信じるとは限らない。
     すぐに戦う気はないと言う一方で、灼滅者達は羅刹を包囲した。ダークネスに対する対応と考えれば、それは決して間違った行動ではない。だが、それは、話を聞いても交渉に応じなければ戦う用意があると、言外に告げたも同じだ。
    「囲んでおいて戦う気がない事を信じろって? なめられたものね」
     そう相手はダークネスなのだ。手負いであるが故に戦いになれば互角以上になると情報はあったが、それでも生物としては『格上の存在』である。
     戦う用意はあるがすぐに戦うつもりはない、と言うのは格上相手には必ずしも交渉に応じるメリットにはなり得ない。
     まして、傷を負って警戒心が強くなっている相手だ。
     囲まれた状況で先制攻撃の機会を得られるなら、羅刹が交渉に応じるよりそちらを選んだのも無理もなかった。
    「えー……戦うのー? 優しそうな人なのにー……」
     アリスエンドが残念そうに、それでも鋸にしか見えないようなナイフを構える。
    「信用なんか出来ないよ。君達も」
     鬼神のものに変じた腕を向けてくる羅刹の表情には、はっきりと不信が浮かんでいる。
     戦いを避けられる可能性は感じられなかった。

    ●決裂
    「ぐっ!」
     鬼を思わせる巨腕に変じた羅刹の拳による攻撃を、巧の甲冑のような縛霊手が受け踏みとどまる。
    「ったく、人間の都合を押し付けるようで悪いが。ちっとは落ち着けっての!」
     ギリギリまで交渉を粘る為に敢えて反撃をせず、受けた羅刹の腕を甲冑のような縛霊手で掴んで止めようと試みる。
     一瞬掴みかけるも、凄まじい膂力で強引に振りほどかれた。振りほどかれた際に伝わった衝撃でたたらを踏む巧。
     そこに、羅刹と同じように腕を異形に変じさせたヤマメが、拳を羅刹へとぶつける。
    「ご縁の繋がった皆様と、近くの一般人の安全の方がわたくしにはよほど大事ですの」
     既に迷いは無い。これは、ヤマメがとと様と呼び慕っていた羅刹が消えた時と、きっと同じことだ。
    「全貌が掴めぬまま幕と言うのも忍びないけど、こうなってしまっては仕方ないね」
     交渉に臨んだメンバーの中で、最も早く交渉を粘る事を諦めたのは、制限時間を決めておいた謡だった。彼女の中で決めていた時間よりもずっと短いやり取りとなったが、元より戦いにも会話にも容赦をする気はない。
     思考を切り替え、螺旋の捻りを加えた槍の一撃で羅刹の腕を刺し貫く。
    「情報は欲しいけど其れに終始してはダメね」
     八津葉も切り替え、天使を思わせる歌声を響かせ味方を癒す。
    「已むを得ませんね」
     恵理の槍の穂先に冷気が集い、つららとなって羅刹の肩を貫き凍らせる。
     手負いとは言え、羅刹の攻撃力はまだ健在だった。鬼に変じた拳の威力のみならず、渦巻く風の刃の切れ味も決して侮れない威力を見せる。力押しばかりではなく、殴打と同時に網状の霊力で動きを縛る事もある。
     もし灼滅者がもう2人程少ない人数で事に当たっていたら、勝負は互角のものになっただろう。
     だが、この場においては8人いる灼滅者が優勢であった。
     八津葉と刹那の2人が癒しに専念し、巧とヤマメとアリスエンドが庇い手となり味方の前に立ち塞がる。侮れないとは言え、羅刹の攻撃はこの布陣を崩し切れない。
     その間に、恵理の攻撃は的確に羅刹を撃ち、謡の攻撃は羅刹の体力を削いでゆく。悲鳴の拳は羅刹の拳に威力の面では劣ったが、放つ網状の霊力は羅刹の倍以上だ。
     少しずつ、しかし確実に羅刹は追い込まれて行く。
     アリスエンドのジグザグに変形した刃に斬り刻まれ、遂に羅刹の腕が力を失いだらりと下がった。
    「このタイミングで言うのもなんだけど……最後にもう一回、私たちの話聞く気ない?」
     トドメが近いと感じた彼女は、その前にもう一度だけと交渉を試みる。
    「お姉ちゃんは優しい人なんだよね? 守りたい人とかいるんでしょ? 違うの?」
    「だったらどうだと言うの?」
     優しそうな人は出来れば殺したくないから。そんな想いで問いかけたアリスエンドの言葉に、返す羅刹の言葉は冷たい。
     追い込まれた上で交渉に乗る相手ならば、もっと早くに応じていただろう。
    「お主は確か山中の村を拠点にしておったはず――」
    「危ない!」
    「っと。答える気はないようじゃのう」
     悲鳴が情報を引き出そうと鎌かけるも、返って来たのは言葉ではなく風の刃。
    「無力化でとどめたかったけど、無理か」
     悲鳴を庇った巧が自身の傷を見ながら呟く。
    「この奇縁、存分に楽しませて貰おうと思っていたけど……決裂、だね」
     謡が小さく嘆息し、槍を構え直す。白き棘の意匠を持つ槍に貫かれ、羅刹が倒れる。
     ――それで終わりだと誰もが思った。

    ●異変
     灼滅者に倒されたダークネスはほぼ100%灼滅される筈だ。だからこそ灼滅者と呼ぶのだ。
     だが、この時は違った。起きたのは誰も予想していなかった異変。
     倒れた羅刹が、突如、光に包まれる。
    「え? ちょっと待って……何よ、これ」
     それに最初に気づいたのは八津葉だった。
     その声に、全員が視線が向けられる。謎の光に包まれた羅刹は、消滅するどころか傷がどんどん癒えて行くではないか!
    「これは一体……?」
     自己を強く律している刹那でさえ、疑問を隠せないが、誰も答えられない。謎の力が働いているようだが、見える範囲に他者の姿は無い。
     誰もが驚きを隠しきれないでいる内に、遂に完全に傷が癒えた羅刹が立ち上がり、その腕が再び鬼のそれに変じていく。
    「まだ戦うつもりみたいですね。来ますよ!」
     羅刹が灼滅者達に視線を向ければ、灼滅者達もそれぞれの武器を構え直す。先の戦いで消耗があるとは言え、一度倒した相手。退く理由はまだない。
     だが、間もなく灼滅者達は思い知らされる。
     羅刹を復活させた謎の力は、傷を完全に癒すだけに留まるものではなかった事を。

    ●決着
     無言のままに羅刹の手が動き風の刃が放たれる。
    「っ!?」
     霊力の網が絡んだヤマメはそれ避けきれず、大きく斬り裂かれた。刹那が準備していた防護の呪符も間に合わず、彼女の膝から力が抜け、倒れる。これまで味方を庇い続けたヤマメに訪れた限界。
     だが、庇い手としてのダメージの蓄積、それだけならまだ彼女が倒れる事はなかった筈だ。
     ならばと悲鳴と恵理と謡、3人の足元の影が鋭い刃となり、羅刹に襲い掛かる。僅かにタイミングをずらした連携攻撃だったが、羅刹は異形に変じた方の腕を振るい、3つの影の刃をことごとく相殺してのけた。
     直後、羅刹の拳を掻い潜って懐に潜り込んだアリスエンドの雷を纏った拳が羅刹の顎を捉える――が、彼女が離れるより早く羅刹の拳が横殴りに放たれ、復活前よりも強烈な衝撃がアリスエンドを襲う。
    「うー……お姉ちゃん、強くなったー?」
    「えぇ、間違いなく。先程までとはまるで別人のような強さです」
     ふらつきながらも魂が凌駕することで途切れかけた意識を繋ぎ止めたアリスエンドに、恵理が答えた通り。羅刹の能力は8人でも歯が立たない程に強化されている。
    「復活した上に強くなるって、冗談じゃないっての」
     羅刹の動きに制約を加えようと巧が魔法弾を放つ。倒れたヤマメを刹那と八津葉が後ろに運ぶは作れたが、羅刹の拳に砕かれダメージを与えられない。アリスエンドが与えた攻撃を始め、当たった数度の攻撃も大して効いている様子はない。
    「潮時かのう」
     最初にそれを口にしたのは悲鳴だった。倒した筈の相手に完全復活されただけでも形勢は逆転されているのに、攻撃は力強さを増した鬼の腕にほとんど阻まれ、逆に羅刹の攻撃は拳も風の刃も、威力を増している。
     おそらく能力強化は羅刹の体を包んでいる光がもたらしているものだろう。だが、その効果はいつ切れるか判らないのだ。
     既に一人戦闘不能になっている。このまま続けても、勝てる見込みのある相手ではない。
    「この力の情報。これを、早く皆に知らせてやらねばのう」
    「そうだね。既に興味深い獲物なんて言える相手ではない。ここは、撤退しよう」
     その言葉に謡が頷く。誰も異は唱えない。この状況は彼女達が懸念していた第三勢力の介入とは異なるが、それと同じかそれ以上に拙い状況だ。
     何しろ、サイキックアブソーバーからエクスブレインが読み取った未来予測にすらなかった事象なのだ。その状況で撤退を選んだとて、誰が彼女らを責められよう。
     いの一番に距離を取った悲鳴を筆頭に、アリスエンドと刹那でヤマメを連れ、順々に路地裏から撤退していく。
     残った謡が牽制にと放った風の刃だが、羅刹が放った風の刃に苦もなく阻まれる。
    「羅刹。私は八津葉。比良坂・八津葉よ。あなたの名前は?」
     去り際、八津葉が名乗り羅刹を見据えて名を問う。八津葉の手元には、羅刹に渡すつもりでいた連絡先を書いた紙が残っていた。
     しかし、羅刹は答えることなく、残る3人を見据えたまま後ろに跳んで灼滅者達から距離を取る。撤退する灼滅者達を追撃する様子は見せていない。
     巧が殿を務め、残った3人も路地裏から撤退していく。
    「巫女ちゃんが、私を守ってくれたんだ。なら、私は……」
     そう小さく呟いて、羅刹も灼滅者達とは逆の方向に去っていく。
     こうして、灼滅者達に謎の力を見せつけた羅刹は、いくつかの謎を残したまま路地裏の向こうへとその姿を消した。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 51/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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