●Catgirl
スポットライトを浴びながら、キャットガールが舞い踊る。
その軽快なステップ、打ち鳴らされる靴音に、観衆の多くが魅了されていた。
舞台の上で見事なタップダンスを披露するのは、猫に見立てた格好の少女。
濃紺のショートヘアが印象的な彼女は、ミュージカルのおどけた音楽に合わせて靴でリズムを刻む。時々転びそうな演技をしながらも、危うげなく踊りこなす。
彼女は名を、鈴宮・素鞠(すずみや・そまり)と言う。
素鞠の後ろでは八人のバックダンサーが応援するようにステップを刻んでいる。
演じられているのは『ナイン・ライヴズ』と呼ばれるミュージカルの一場面。
都内で開催されているこのダンス大会に、素鞠は憧れのミュージカルを持ち込んだのだ。
観客や審査員の反応はと言えば、これは判定を待つまでもない。
一人、納得の行かない顔をしているのは、選手用の席で見ているライバルの少女だった。
――嘘でしょう、あいつがあんなに上手く踊るなんて。どんな魔法を使ったのよ。
ライバルの少女は唇を噛み締めながら舞台を睨む。魔法でも使わない限り、あの鈴宮素鞠が短期間にここまで上達することなど有り得ない。
数々のダンス大会で素鞠を負かしてきた少女には、そう断言できる。
しかし、目の前に繰り広げられている光景は紛れもなく現実のもの。
目を疑うライバルの前で、舞台は佳境を迎えていた。
――月が青く輝く、百年に一度の夜。猫達は廃墟のダンスホールでダンス大会を開く。そこで一位を勝ち取った者は、月の魔力を受けて、願い事を一つ叶えることができるのだ。会場に駆け付けたのは、それぞれ立場も生い立ちも違う九匹の猫。彼等は自らの願いを叶えるため、得意のダンスを披露する。
とは言え、舞台の主役は、今や完全に素鞠だった。
観衆の熱視線は彼女だけに注がれている。
鈴宮素鞠は元来、クールな努力家だ。中学生で、この種の大会の常連になっていることからも、その実力は推して知るべし。だが、短期間で上手くなるにも限度がある。
ライバルの少女には思い至るまい。幾度となく彼女に負かされてきた素鞠が、悔しさと力への渇望から、遂に闇に身を任せてしまったことなど。
素鞠はダンスを踊り終えると、舞台の役になり切って、願い事――いや、野望を叫んだ。
「この私のダンスで、世界中の人間を魅了してやるニャ!」
哀れ、クールが売りの素鞠は、語尾まで猫に成り果てていた。
●Introduction
「そんなわけで、今回の目的は闇堕ちした一般人の救出、もしくは灼滅になります」
事件の概要を説明し終えると、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、教室に集った灼滅者達を改めて見回した。
その中には、橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)の姿もある。
「上手く行かないことが重なって、闇堕ちを招いたのね……救えるのなら救いたいけれど」
レティシアの言葉に、姫子は首肯して、
「素鞠さんは言わば闇堕ちしかけの状態ですから。彼女が灼滅者の素質を持つのであれば、救出できます」
灼滅者の素質がある場合、戦ってKOすれば救い出すことが可能だ。
「ですが、今回は少々特別で……救出には、もう一つ必要な条件があるんです」
それは、素鞠にダンスバトルを挑み、敗北感を与えること。
「素鞠さんは都内で開かれるダンス大会に出場予定です。なので、皆さんにはその大会に飛び入り参加して貰い、彼女の前でダンスを披露して頂きたく」
「飛び入りって、会場の人達は許してくれるのかしら」
「ええ、当日は欠席するグループが出ますから。飛び入り参加は歓迎されます。順番は素鞠さんのグループの直後、最後の組です」
それで、当日の演目なのですが――姫子は言うと、黒板を振り向いた。
レティシアがそこに書かれた題名を読み上げる。
「ナイン・ライヴズ……さっきの説明にあったミュージカルね」
「はい。同じミュージカルの一場面を演じて頂くことで、素鞠さんのプライドをより強く揺さぶれる筈です」
場面としては、月明かりが降り注ぐ廃墟のダンスホールで、立場も生い立ちも違う九匹の猫が、自らの願いを叶える為にダンスを踊る――というもの。
即興劇かつ創作ダンス風の一幕で、九名の設定、ダンスや曲の種類は、個々人で自由に決めていいのだそう。踊りながらであれば歌を唄っても構わないという。
「基本は九名全員が主役で、それぞれの個性に合ったダンスを、順に披露します。踊り終えた方から、何か願い事を一つ叫んで下さいね。二人一組とかで踊ったりしても大丈夫のようですが、必ず全員にスポットが当たるようにして頂ければと」
「一ついいかしら」
「はい、レティシアさん」
「相手はダンス経験のある実力者なのでしょう? 勝つのは大変だと思うのだけれど」
「大丈夫です。敗北感と言っても、飽くまで素鞠さんの基準ですから。皆さんが一生懸命に踊ることで、きっと彼女の心を打つことができる筈です」
「そう……歌も踊りも、心が肝心というわけね」
素鞠も本来、そんな心と、情熱を持った人間の筈。何度打ちのめされても、その度に立ち上がってきたのだから。
レティシアの言葉に姫子は頷くと、教卓の上の紙袋を手に取り、中身を皆に配り始めた。
「こちらが必須アイテムになりますので」
渡されたものをレティシアがしげしげと眺める。
それは何処からどう見ても猫耳と猫グローブと付け尻尾であり――どうやら、全員がこれを付けて挑むということで間違いなさそうだ。
「服装は、舞台の雰囲気を壊すものでなければ、自由みたいです」
それが救いと言えば救いかもしれない。
「ダンスで素鞠さんに敗北感を与えると、演技が終わった直後に、彼女の方から配下の八名を引き連れて戦いを仕掛けてきます。舞台上での戦いになるかと」
素鞠も配下もサウンドソルジャー系のサイキックを使うという。配下は一撃で倒せる程度だが、舞台上のこと、死者は出さない方が良いだろう。
「説明は以上です。皆さんなら、きっと良い舞台を創れる筈。宜しくお願いしますね」
何故か早くも猫グローブを付けたレティシアが、真剣な表情で頷いた。
……気に入ったのだろうか。
参加者 | |
---|---|
上條・和麻(咎人は己が身を凶刃とす・d03212) |
識守・理央(疾走する少年期のヒロイズム・d04029) |
辻村・崇(真実の物語を探求する者・d04362) |
坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041) |
月輪・熊娘(娘々熊ガール・d06777) |
美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244) |
オルランド・バルディビア(泡沫ノ陽・d13987) |
穗積・稲葉(稲穗の金色兎・d14271) |
●序言
拍手喝采は、飛び入り参加を告げるアナウンスによって静まった。
栄光をほしいままにしていた素鞠は、完全に水を差された形だ。
不平満々に舞台袖へ引き下がる、素鞠と取り巻き達。
彼女達の反対側――客席から見て左手の舞台袖には、準備を終えた灼滅者達の姿がある。
舞台袖で様子を窺う素鞠は、アナウンスされた演目に我が耳を疑った。
――さあ、本大会の最後を飾るのは、九匹の猫達が繰り広げる歌と踊りの競演。
その名も『ナイン・ライヴズ』。
それぞれの想いと願いが込められた、一度限りの即興劇が、いまここに幕を開ける。
●第一幕
月明かりが破れた屋根から降り注ぐ、廃墟のダンスホール。
ゆったりとした足取りで最初に現れたのは、黒い衣装を身に纏い、真っ赤なスカーフを首に巻いた黒猫――辻村・崇(真実の物語を探求する者・d04362)。
通行人か、辺りに靴音が響く。小柄な黒猫は、すがるように音のした方へ駆け寄るが、無情にも靴音は遠ざかってしまう。逆方向から聞こえてきた靴音に彼は再び駆け出すが、追いかけ手を伸ばしても、気配は虚しく遠のくばかり――。
舞台の中央でうなだれる黒猫。
そんな彼を誘うように、どこからか明るい曲が聞こえてくる。
音楽に合わせてステップを踏む崇。初めはゆっくり、段々と軽快に。
くるりとターンすると、彼は屋根から覗く月に両手を伸ばして、願いを叫んだ。
「みんな、僕と一緒に踊ってよ!」
それこそが始まりを告げる一声。
廃墟である筈のダンスホールが、一挙にきらびやかな照明に彩られ、アップテンポの音楽が鳴り響く。
肩で風を切りながら登場したのは、目立ちたがりの子猫に扮した美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)。ボディラインを際立たせるピンクのレオタードに聴衆がどよめく。彼女が魅せるのはセクシーで躍動感溢れるダンスだ。
ハイヒールを鳴らしてモデル歩き。スタイルを誇るような手振りや腰の動きは、色気もあるが、スタイリッシュでもある。猫グローブのまま、奏音は観客に投げキッス。
舞台袖の素鞠が「ニャンて破廉恥な!」とか小声で叫んだが、淫魔な彼女に言えたことではない。奏音が目指したのは、まさしく彼女――闇に堕ちた素鞠を表現することだった。
アッパーな音楽が一転して寂しげな曲に変わり、奏音が内省するようなダンスを踊る。
虚飾と虚栄で寂しさを埋める、素鞠の本心の表した舞踏。
舞台中央に歩みを進めると、奏音は空を見上げて月に願った。
「私は、本当の自分を見てくれる友達が欲しい」
彼女が言い終えると、寂しげな音楽が、物静かで憂いを帯びた曲に移行する。
奏音に代わって舞台に登場したのは、黒衣を纏った上條・和麻(咎人は己が身を凶刃とす・d03212)。
彼の舞踏は淀みないものだったが、その足運びはどこか在り来りで単調なもの。
俺には、自分という物があまりない――そう思う彼は、その想いをダンスに託す。
曲の中盤、曲調がテンポアップすると、和麻は軽い動きのダンスに移行した。
孤独なステップ。自分を探るような舞いを見せる。
だが、まだ違う。これはまだ追い求める舞踏ではない……!
一瞬頭を抱えるような仕草を見せ、和麻は黒衣をなびかせた。本当の自分を探すように、一心不乱に舞い踊る。
舞台中央でスピンした後、和麻は青白い光に照らされながら月に両手を伸ばして、
「俺は知りたい、自分が何の為に存在しているのかを」
彼が願いを告げて去った後も、圧倒的な舞踏に場内は静まり返ったまま。
灼滅者側の舞台袖では、その時、坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)が舞台を見据えて猫グローブを装着していた。
――あたしはMy猫耳とMy猫尻尾があるから。借りるのはグローブだけでいい。
言葉通りの装いで、未来は舞台へ躍り出る。
ムーディなBGMに合わせて、未来扮する踊り子の猫がステージに舞う。
艶かしく妖しく、それでいて品性は失わず。赤い照明の下、ミステリアスに、魅惑的に。
舞台は一転して酒場のような雰囲気に変わる。
サポートダンサーとして参加した明日香も、長髪をなびかせて、すらりとした肢体を活かしたダンスを未来と共に披露する。
そして未来が大きく息を吸い、曲に合わせて歌を唄う。
直後、観客の誰もが驚き耳を塞いだ。破滅的な歌声が、場内を文字通り暴れまわる!
舞台セットがグラグラ揺れて、舞台の端に積まれた木箱がガラガラ崩れた。
演技の一環として、明日香が耳を覆って逃げていく。
「ひ、酷い歌ニャ……!」
舞台袖の素鞠も思わず耳を塞いだ。
だが、当の未来は深刻な顔。スポットライトの下で嘆き崩れ、彼女は願いを口にする。
「嗚呼、月よ! この呪われた声をどうか取り替えて!」
叫びを聞きつけ、登場したのは橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)。
「貴女は研鑽が足りないだけ」
唄うように言ってレティシアが未来に手を差し伸べる。
「月の魔力などなくても、努力すれば素敵な歌声が手に入るでしょう」
未来が立ち上がり、北欧の民族音楽を思わせる曲にレティシアが舞い、歌を奏でる。未来もまた曲に合わせて共に踊った。
「音楽で繋がり合える、素晴らしき縁を――私は月に願いましょう」
レティシアが台詞を終えたのを合図に、舞台は次の幕に移行する。
●第二幕
叙情的な調べと共に、とんがり帽子とローブを纏った猫が現れる。
厳密に言えば、主人を失った使い魔猫――識守・理央(疾走する少年期のヒロイズム・d04029)。屋根から覗く月をバックに、スローなダンスを披露する。
「誇り高き魔女の猫。箒さえあれば空も飛べる! 星にだって手が届く」
身振り手振りを駆使した、ミュージカルに近いパフォーマンス。自信満々に唄う使い魔猫は、反面、どこか虚しさも湛えていた。
メロディに合わせて歌い踊りながら、時に尊大に、時に寂しげに。
彼の仕える主はもういない。寄る辺をなくした使い魔猫は、虚しく夜を彷徨うばかり。
彼こそは誇り高き魔女の猫。しかし今は、主を失った使い魔猫。
天井から注ぐ月明かりを浴びながら、彼は虚空に手を伸ばして願いを告げる。
「ああ、この寂しさを消してしまいたい」
サポートの榮太郎が、音楽に合わせて、泣きのギターを響かせる。
音楽が終わり、うなだれて首を振った使い魔猫は、闇に溶けるように姿を消した。
誰もいなくなった舞台に、少し間をおいて、平穏な曲が流れ始める。
橙色の明かりに照らされて歩いて来るのは、孤独のままに生きてきた猫。
演じるのはオルランド・バルディビア(泡沫ノ陽・d13987)。
太陽の沈まぬ母国の音で、意味のない即興の歌を口ずさむ。
緩やかに伸びやかに唄う彼の歌声は、会場の雰囲気を暖かく一変させていた。
歌も踊りも楽しいけれど――彼は思う。それでもまだ、何かが欠けている。
「孤独を抱えて唄うより、もっと楽しいことがあるのでは……?」
青い月に問いを投げかけ、答えを求めるオルランド。
その疑問に応えるように、舞台袖から月輪・熊娘(娘々熊ガール・d06777)が現れる。
歌を紡ぐオルランドに熊娘は近づくと、窺うように軽くステップ。
オルランドが熊娘に微笑みかけて、前者は歌を、後者はダンスを。
息の合ったパフォーマンスが会場を明るく包み、観客を魅了する。
熊娘はとにかく舞台を楽しむことを望み、誰よりも純粋にダンスを踊っていた。宙返りや側転でくるくると舞う。オルランドが彼女の舞踏を歌で応援。
「この楽しさをみんなにも分けてあげる! ねぇ、もっと楽しもう?」
熊娘の願いの直後、待っていたかのように穗積・稲葉(稲穗の金色兎・d14271)が舞台に登場した。マントを羽織り、懐中時計を首から提げて。彼は旅猫、歌を愛する陽気な唄い手。
アイリッシュな民族調の曲に合わせ、彼は跳ねるように靴音を鳴らす。軽快なタップダンスだ。首から提がる懐中時計を揺らしながら、マントをなびかせ小気味良く舞う。
オルランドがソロで歌を披露し、稲葉が歌に合わせたタップを決める。
身軽にくるっと宙返り、タタタッと踵を鳴らして稲葉は歌うように願いを告げた。
「私は流浪の歌唄い! 望むは共に唄い踊る友。この歌が胸に響いたならば、さぁさぁ、皆々様、お集まり下さい。今宵は輪になり踊りましょう!」
ダンス中心の舞台は、その一声で、終幕に向けて駆け抜ける。
レティシアと奏音、そしてオルランドが声を合わせて歌を唄う。
誘うような歌声に、再登場した未来が彼女らしいダンスを見せる。
稲葉が間奏にタップダンス。
舞台袖から顔を覗かせた崇は、熊娘に手招きされて笑顔で踊る。
暗がりから現れた理央が見事な宙返りを打って観客を沸かせる。
最後に登場したのは和麻。違和感なく混ざり、ソロのダンスを披露した。
何のために踊るのか。誰がために唄うのか。何を求めて生きるのか。
簡単に答えの出せる問いではない。しかし少なくとも、彼等はこの舞台の上で、それぞれが唯一無二の役を演じていた。
――或いは、それこそが答えなのかも知れない。
やがて九人全員がステージ中央に集い、月明かりを望んで歌声を合わせる。
最後の曲が鳴り止むと共に、盛大な拍手が会場を包み込んだ。
●救出劇
「凄いニャー! って、そうじゃニャかった!」
思わず肉球を打ち鳴らして拍手してしまった素鞠は、次の瞬間、ハッと気付いて怒りに髪を逆立たせた。
「あんな危ない奴ら、野放しにしておけんニャ!」
障害となるものは排除する。素鞠は八人の配下と頷き合うと、舞台へ。
一方その頃、客席で観客と共に拍手していたアヅマが、さて、と立ち上がった。
舞台上の稲葉が会場に殺界形成。
「お帰りはこちらでーす」
誘導員を装った悠花が観客の退場を促していた。大勢の流れに釣られて、他の客も会場を後にする。
ざわめく会場をよそに、舞台に躍り出た素鞠と配下が、灼滅者達と対峙していた。
「鈴宮素鞠。さしずめ『道』に迷ったStraycatって所か」
未来の言葉に怒りを見せて、
「行くニャものども!」
邪魔者は排除してしまえばいいと、素鞠は配下をけしかける。その暴挙は、明らかに敗北感の現れだ。
「It's Show time!」
奏音が掛け声と共に力を解放。他の八名もそれに続く。
素鞠は配下を前衛に突撃させると、自らは魔力を込めた歌を放った。
対象となった未来が額を押さえて、
「……酷い歌だな」
「あんたに言われたくないニャ!」
稲葉のヒーリングライトが未来の体力を即座に回復。
素鞠の配下はいとも簡単に蹴散らされていった。
「テディ!」
手加減攻撃で配下をふっ飛ばした熊娘が指示を送り、ライドキャリバーのテディが素鞠に機銃掃射。
救出への想いを込めて、オルランドが制約の弾丸を放つ。
続いて奏音が激しくギターを掻き鳴らした。ソニックビート。耳を塞いだ素鞠に向けて、崇がマテリアルロッドから凄まじい竜巻を呼び起こす。
素鞠の服や毛皮が、風に引き裂かれて宙を舞った。
「悔しさと力の渇望で得た踊りは楽しい? 君が目指したのは、そんなものなの?」
崇の言葉に怒りを見せて飛びかかろうとした素鞠に、ウィザードハットを被った理央のマジックミサイルが炸裂する。
「楽しくないなら辞めれば?」
熊娘が選んだのは敢えて冷たい言葉。更に冷たい彼女の妖冷弾が素鞠に直撃する。
部分的に氷結した手足をそのままに、素鞠は奏音に躍りかかった。奏音は素鞠と同じ攻撃手段、即ちパッショネイトダンスで迎え撃つ。爪の斬撃、鋭い回し蹴り、前方宙返りからの引っ掻き――それら素鞠の攻撃を、奏音は全て受け切ってみせる。
避難誘導に回っていたアヅマが祭霊光で奏音を回復。
サポートのリュカが放ったレーヴァテインに素鞠が怯み、オルランドのディーヴァズメロディが彼女を包み込む。
最後の力を振り絞って素鞠が狙いを付けたのは、和麻だった。両手の鋭利な爪を伸ばして襲いかかる素鞠。
和麻の服を、身体を、素鞠の爪が切り刻む。
痛手に顔を歪めながら、和麻は素早く素鞠の片腕を掴んだ。
「ダンスは自分の心に写し出す物。自己がない俺には羨ましいものだ」
素鞠の目が驚きに見開かれる。
「……けど、今はどうだ? 何かを諦めて闇に堕ちた踊りなんて、本物とは言えねぇよ」
素鞠がきつく目を瞑り、泣くような顔のまま、もう片方の爪を和麻の胴に見舞った。
鋭い爪が和麻の身体を貫く。
それでも尚、和麻は素鞠を見据えて。
「闇に飲まれた踊りなんてどうだっていい……自分の心で精一杯やる、お前のダンスが見たいんだ……!」
鮮血に濡れた爪を引き抜くと、素鞠は頭を抱え、悲鳴を挙げて後ずさった。
彼女の心が激しく闇に抵抗しているのだ。
稲葉とレティシアが、急ぎ和麻の傷を癒す。
悲痛な呻き声を発する素鞠に、槍を構えて踏み込んだのは熊娘だった。
「手伝ってあげる!」
槍による足払い。
その手加減攻撃に素鞠が宙を舞い、直後、床に強く身体を打ち付けた。
立ち上がる体力も、立ち昇る闇も、既になくなっていた。
●終幕
素鞠や取り巻き達が受けた痛手は、稲葉が率先して癒していった。
意識を取り戻した素鞠に、闇に落ちていた時の面影はなくなっている。語尾も綺麗さっぱり元通りになった彼女は、立ち上がると、たどたどしく灼滅者達に謝り、礼を告げた。
機を見計らって、崇が学園のことを素鞠に説明。
和麻の傷は癒え、彼と未来は腕組みしながら様子を見ていた。
「本当のあなたのダンス、見てみたいな」
「タップダンス、あんま知らないんだ。良かったら教えてくれたら嬉しいっす!」
奏音と稲葉の言葉に、素鞠は心を動かされて、
「……楽しいですね、踊るって。今度は、一緒にどうですか?」
理央が言って手を差し出す。差し出された理央の手を取る素鞠。
「学園が貴女の新たな舞台になればと。……きっと楽しい」
オルランドが穏やかな笑みでそう言った。レティシアも笑顔で頷く。
猫は九つの生を持つという。一度は闇に堕ちた素鞠は、また再び甦り――新たな舞台で生き続けるのだろう。
熊娘もまた、どこか不機嫌そうに、無言で握手を求めた。
おずおずと手を握り返す素鞠。その表情が驚きから、ささやかな笑みに変わった。
真心を伝達する、接触テレパス。
――次に会うときは、笑顔で! いっしょに学園生活を楽しもう!
掌の温もりと一緒に、熊娘は素鞠にそう伝えていた。
作者:飛角龍馬 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 5/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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