彷徨する青、黄昏の防衛線

    作者:宮橋輝


     この町に『それ』が訪れたのは、偶然に過ぎなかった。
     走っていた先に、たまたま人の住む町があった――たった、それだけ。
     それだけで、平和は脆くも崩れ去ってしまったのだ。

     青い巨体が走り抜けた後には、赤い血の花と、折り重なる死体の山。
     唸り声を上げて、『それ』は手当たり次第に動くものへと襲いかかっていった。

     犬の散歩に出ていた、若い女性も。
     立ち読みをしようとコンビニに向かっていた、高校生くらいの少年も。
     仕事を終えて家に帰ろうとしていた、壮年のサラリーマンも。
     出会ったものは全て、物言わぬ骸となって路上に転がっている。

     ――ウ……オオオオッ……!

     死を撒き散らしながら彷徨う影を、ただ月だけが見つめていた。
     

    「鶴見岳の戦いで、ソロモンの悪魔の軍勢に加わっていた『デモノイド』のことは聞いてるよね」
     軽く挨拶を交わした後、伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)はそう言って話を切り出した。
     今回、サイキックアブソーバーがデモノイドによる事件を感知したらしい。
    「事件が起こるのは、愛知県の山間部。デモノイドは特に命令とかは受けてないらしくて、あちこちを闇雲に暴走してる」
     先日の戦いでソロモンの悪魔は鶴見岳の力を入手できなかったため、デモノイド達を纏めて廃棄したという可能性もあるが、詳しいことは分かっていない。
     ただ、このまま放っておけば、暴走状態のデモノイドが町に出てしまうことは確実だ。そうなれば、多くの人々が犠牲になるだろう。
     その前にデモノイドを倒してほしいと、功紀は灼滅者たちに告げた。
     戦場となるポイントは少し開けており、足場も安定している。
     灼滅者たちがデモノイドと接触する時間は夕方になるが、まだ充分に明るいの懐中電灯なども特に必要ないだろう。
     気をつけるべきことがあるとすれば、それは敵の戦闘能力だ。
    「特別に強化された一般人とされているけど、デモノイドの力はダークネスにもひけをとらない。一体だけでも、ここにいる全員と互角以上に戦える筈」
     油断だけはしないでねと念を押しつつ、功紀は説明を続ける。
    「デモノイドは怪力で殴りつけたり、刃物みたいに変形した腕で攻撃してくるよ。どちらも凄い威力だけど、後衛にまでは届かないのが救いかな」
     陣形をしっかり整え、互いに連携していけば、戦いを有利に運べるかもしれない。
    「止めるチャンスはこれ一回きり。失敗したら、たくさんの人が犠牲になっちゃう。……責任重大だけど、皆ならきっと大丈夫って信じてるから」
     だから――お願いね。
     説明を終えた功紀は、そう言って全員に頭を下げた。


    参加者
    神羽・悠(天鎖天誠・d00756)
    秋庭・小夜子(大体こいつのせい・d01974)
    糸崎・結留(アマテラス様がみてる・d02363)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    大條・修太郎(紅鳶インドレンス・d06271)
    明日・八雲(十六番茶・d08290)
    レヌーツァ・ロシュルブルム(﨟たしマギステラ・d10995)

    ■リプレイ


     夜の気配を運ぶ冷たい風が、頬を撫でていく。
     暮れなずむ空を見上げ、大條・修太郎(紅鳶インドレンス・d06271)が口を開いた。
    「月が出る前に終わらせたいところだな」
     全員で陣形を整え、五感を研ぎ澄ませて周囲を警戒する。間もなく、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が敵の接近を告げた。
    「来たぜ、お相手サンだ」
     地を揺らして迫り来る、青き異形の巨体。その姿を認めて、修太郎が眼鏡の位置を直す。
    「……噂通りでかいね」
     魔術式により強化を施した制服に身を包んだレヌーツァ・ロシュルブルム(﨟たしマギステラ・d10995)が、橙色の瞳で真っ直ぐに『それ』を見つめた。
     ソロモンの悪魔に歪められてしまった人間――デモノイド。
     辛うじて二本の足で立ってはいるものの、何も知らぬ者であれば彼、あるいは彼女を『人』とは思わないだろう。
    「グルルルルルル……ッ!」
     低い唸り声を上げるデモノイドを前に、治胡が呟く。
    「このグロテスクなモンが元『一般人』とはね……」
     何にしても、人里に辿り着く前に食い止めるチャンスが得られたのは幸いだった。ここなら、存分に戦える。
    「ぶったたいて止める。ミスったら被害出る。簡単だよな」
     秋庭・小夜子(大体こいつのせい・d01974)の言葉に、糸崎・結留(アマテラス様がみてる・d02363)が答えた。
    「あんな危ないの、放置しておけないのです! 退治するのですよー!」
    「うんうん! 皆がいるから、ダ~イジョ~ブ♪」
     愛らしい兎の耳を風にそよがせ、殺雨・音音(Love Beat!・d02611)が後列から声を響かせる。
     彼女の隣で、明日・八雲(十六番茶・d08290)が淡々とスレイヤーカードの封印を解いた。
    「――解除」
    「さぁ、喰わせて貰うぞ!」
     陽光を喰らう月の魔槍『WhiteEclipse』を構え、叫ぶ小夜子。愛刀を抜き放った神羽・悠(天鎖天誠・d00756)が、デモノイドを睨む。
    「これ以上、先には進ませねぇし、誰も犠牲にさせやしないぜっ!」
     水の如く澄んだオーラで肉体を覆った八雲が、決意とともに拳を握った。

     必ず、ここで止める――!


    「ウ……ガアアアァッ!」
     地を蹴ったデモノイドが、結留に飛びかかる。
     丸太のような腕が振り下ろされると同時に、激しい衝撃が少女の全身を襲った。
     戦術も技巧も何もあったものではない、力に任せただけの攻撃。それでも、その威力は強烈の一言に尽きる。生半可な防御など、まるで意味をなさないだろう。
     一息に距離を詰めた修太郎が、WOKシールドのエネルギー障壁を瞬時に展開する。
    「お前の相手はこっちだ」
     挑発とともに繰り出された盾がデモノイドを捉えた直後、治胡が真正面から打撃を重ねた。
    「――神羽」
     敵がたちまち怒り狂うのを認め、傍らの悠に視線を送る。
     以前にも肩を並べて戦った間柄、意図を伝えるのに多くの言葉は要らない。
    「了解! 任せろっ!」
     治胡に答えた悠が、自らの体内から灼熱の炎を呼び起こした。『神閃・焔絶刄』に燃え盛る炎を纏わせ、果敢に打ちかかる。
    「神炎を宿し、全ての穢れを断ち斬れ! レーヴァテイン!」
     炎に包まれたデモノイドに向けて、八雲が黒き殺気を放った。
    「……油断はしない。全力で『君』を倒す」
     敵の巨体から目を逸らすことなく、自らのジャマー能力を高めていく。その間に、音音が光輪の盾で結留の傷を塞いだ。
    「守りも固めて一石二鳥でしょ♪」
    「音音おねーさん、ありがとうなのです!」
     礼を言う結留を守ろうとするかのように、小夜子が前に出る。彼女にとって、結留は実の妹にも等しい。
    「うちのそば離れんなよ、危なっかしくてみてられん」
     魔法の矢を撃ち出しながら告げる小夜子に、結留が頬を僅かに膨らませて答えた。
    「むぅ……ちゃんと気をつけるのですよ」
     絶妙のタイミングで影業を伸ばし、触手でデモノイドを絡め取る。ぴたり息の合った連携は、血の繋がった姉妹に勝るとも劣らない。縛霊手を優雅に操るレヌーツァが、霊力の網を広げて敵の足を封じた。
     苛立つデモノイドの眼前に立ちはだかり、治胡が不敵に口を開く。
    「さァて、早いトコ前を退かさねぇと後衛から撃たれまくるぜ」
     かかって来いよ――と手招きする彼女に、青き怪物が突進した。
     巨大な刃に変じた腕が、治胡の肩口から胸にかけて深々と食い込む。一歩も退かぬ彼女の傷口から、血潮を宿す赤い炎が上がった。
     治胡に光輪の癒しを届けつつ、修太郎が眼鏡のレンズ越しにデモノイドを見据える。
     何か目的があっての暴走なのか、それとも。
    「――ただ、壊したいだけか」
     怒りに任せて荒れ狂う異形の巨体からは、理性や知性といったものは感じ取れない。
     人としての思考や感情は、とうに失われてしまったのだろうか。
     痛みを堪え、治胡が巨大なガトリングガンを構える。吐き出された無数の弾丸が風を切り、獣の咆哮にも似た音を響かせた。爆炎が炸裂し、デモノイドの分厚い肌を穿つ。固めた拳に雷を宿した悠が、顎を抉るように追撃を見舞った。
     少年の青く澄んだ瞳に、恐れの色は無い。強敵との戦いは、むしろ望むところだ。
     素早く側面に回り込んだ八雲が、影業を伸ばしてデモノイドの足首を薙ぎ払う。低く唸る巨体を見上げて、彼はそっと問いかけた。
    「君は、どんな人だったの?」
     返答は無い。言葉の意味を理解しているかどうかすらも、定かではなかった。
     もう、声は届かないのだろうか。『彼』か『彼女』かも分からないこの人は――既に、どこにも存在していないのだろうか。
     自分が何者であったのかを忘れ、あてもなく彷徨い。目に映る全てを砕いて、血塗られた道を進む。
     それは、凄惨を通り越して悲愴ですらある。デモノイドもまた、ソロモンの悪魔に利用された被害者に過ぎないのだろう。
    「ネオンに釘付けにしてあげる♪」
     デモノイドに肉迫した音音が、バトンを操るかのように槍をくるりと回転させる。
     生じた旋風が敵を激しく煽った瞬間、彼女はバックステップで素早く後列に戻った。
    「へっへ~ん、こんな芸当、一人ぼっちのキミには出来ないよね?」
     兎の耳に添えた手をぴょこぴょこと動かし、猛るデモノイドをからかう。頼もしい前衛に守られているという安心感が、彼女をいつもより強気にさせているのかもしれない。
     レヌーツァが白い指で極細の糸を手繰り、デモノイドの動きを縛る。火力の要たるクラッシャーの攻撃を通すため、敵の力を削いでいくのが今の自分の役目だ。
     その援護を受けて、小夜子が迷わず前に出る。
    「守りは任せたぜお前ら!」
     やや掠れ気味のハスキーボイスに乗せるは、仲間達への揺るがぬ信頼。
     螺旋の捻りを加えた刺突がデモノイドの腹を貫いた直後、結留が小夜子に続いた。
    「どんどん攻撃していくのですよ!」
     小さな手を握り締め、鋭く地を蹴って正拳を繰り出す。
    「はぁーっ!」
     幼い体格に見合わぬ重い打撃が、デモノイドの鳩尾を捉えた。


     一瞬たりとも気を抜くことなく、灼滅者たちは万全の態勢で戦いを進めていく。
    「ほらほらぁ、ネオンのこと、もっと注目してくれないと怒っちゃうぞ♪」
     踊るような動きを交えて手を振る音音を見て、デモノイドが猛り狂った。
    「あっ、怒ってるのはそっちだった? こっこま~でお~いでっ♪」
     お尻を叩いてさらに挑発する彼女に続き、修太郎が声を重ねる。
    「来てみろ、その手が届くならな」
     後衛目掛けて突撃しようとするデモノイドの前に、悠が立ち塞がった。
    「見逃すわけねーだろっ!」
     炎を纏う剣閃を浴びせ、巨体を押し止める。すかさず、治胡が鍛え抜いた拳を脇腹へと叩き込んだ。
    「グアアアアアアアッ!!」
     雄叫びとも、悲鳴ともつかぬ叫びが、灼滅者たちの鼓膜を震わせる。
     デモノイドを、元に戻す手立ては無い。ここで倒さなければ、多くの犠牲が出ることも分かっている。
     それでも――考えずにはいられない。哀しき異形の巨人が、かつて人間であったことを。
     彼は、彼女は、果たしてこんな姿になることを望んだだろうか?
     人としての全てを引き換えにしてでも、強くなりたいと願っただろうか?
    (「……まさかね」)
     八雲が、心の中で首を横に振る。おそらくは、予想すらしていなかったのではあるまいか。
     狡猾なソロモンの悪魔が、正直に真実を伝えるなどとは考え難い。
    「好き好んで、こんな姿になったわけじゃねぇよな」
     治胡が、苦い呟きを漏らす。脳裏によぎるのは、獣になりかけたあの日のこと。
     今でも思う。自分は救われたのではなく、生かされたのではないか。この手で、別の誰かを救うために。
     それなのに――決して救えぬ命が、目の前にある。どうしようもない程に、悔しくて仕方がなかった。 
     強く唇を噛む治胡の後方で、八雲が契約の指輪をはめた手をデモノイドに向ける。
    「……どっちにしても、俺は君を殺すことしかできないよ」
     静かに紡がれた言葉は、決して揺らがぬ事実であり、非情な宣告でもあった。
     指輪から放たれた弾丸が巨体を貫き、その動きに制約を加える。刹那、デモノイドが腕を大きく振りかぶった。
    「! おねーさまっ、危ないのですよ!」
     結留の警告も空しく、凄まじい膂力を秘めた拳が小夜子を強かに殴りつける。辛うじてその場に踏み止まった彼女の背を、修太郎が光輪の盾で支えた。
     ――誰一人として、倒させるものか。
     姉と慕う小夜子の危機を救うべく、結留が荒ぶるデモノイドの前に立つ。
    「そうはさせないのですよ!」
     重さを感じさせぬ合金製の槍から繰り出された螺旋の一撃が、青き異形の脚に打ち込まれた。
     小夜子がその隙に体勢を立て直し、回復を担う仲間と可愛い妹分に礼を述べる。
    「ん、ありがとよ」
     彼女は得物を再び構えると、矢のように飛び出して鋭い突きを見舞った。
     敵を穿ち、一刻も早く戦いの決着をつけるのがクラッシャーの役目。それ以外は、考えない。

     灼滅者たちの作戦は、これ以上ないほど上手く機能していた。
     守りに優れた治胡、後列に立つ音音と修太郎の三人が怒りによって敵を引き付け、その間に他のメンバーが状態異常を重ねる。そこに、クラッシャーの小夜子と結留が最大火力をぶつけるという寸法だ。
    「ネオン達が止めちゃうんだから、大人しくしてなさぁ~いっ」
     音音が、リングスラッシャーを七つに分裂させてデモノイドを切り刻む。彼女が一方的に攻撃を仕掛けられるのも、前に立つ仲間達が戦線を維持してくれているおかげだ。
     だからこそ、全力で皆をサポートする。誰にも、これ以上痛い思いなんてさせない。
     傷とともに増える状態異常が、青き巨体の束縛をさらに強めていく。レヌーツァが側面に回り込み、縛霊手に覆われた腕を振り上げた。
     先日、鶴見岳で対峙したソロモンの悪魔を思い出す。
     あの圧倒的な力をもって、彼らは人をこのような姿に変えてしまったのだろう。
    「貴方に罪は無いというのに――なんて物悲しいのでしょう。なんと心苦しいのでしょう」
     自分の力は、まだまだ悪魔に及ばない。異形と化した者を救う術はなく、出来るのは討ち滅ぼすことのみ。
     けれど、心は折れていない。ここで、折れるわけにはいかない。
     一撃を加えると同時に、霊力の網で巨体を絡め取る。レヌーツァの反対側に駆けた八雲が、足の腱を断ち切った。
    「……謝りはしない。許してほしいとも思わない」

     ただ、全力で君を止める――。

     影の触手でデモノイドを縛りつけながら、結留が小夜子に合図を送る。
    「おねーさま、今なのです!」
     迷わず踏み込んだ小夜子が、腹の底から叫んだ。
    「――全力で殴るぞ!」
     力の限り得物を振るい、渾身の打撃を叩き込む。流し込まれた魔力がデモノイドの体内で弾け、巨体を大きく揺らした。
    「グ……オオオオオオオオオオァッ!!」
     轟く咆哮。怒りに任せて後衛に突撃しようとするデモノイドを、前衛たちが阻む。
     畳み掛けるなら、今しかない。
     仲間の回復に徹してきた修太郎が、ここで攻撃に転じた。
    「破壊を繰り返して力尽きる前に引導を渡してやるよ」
     投じられた光輪が宙で弧を描き、デモノイドの首筋を切り裂く。すかさず、悠が上段の構えから『神閃・焔絶刄』を真っ直ぐ振り下ろした。
    「この世のしがらみと共に断ち切ってやるぜ!」
     重い斬撃が、巨大な刃に変じた左腕の半ばまで食い込む。間髪をいれず、レヌーツァが鋼糸を閃かせた。
    「その無念、一緒に持って行って差し上げますわあ!」

     神秘の都、倫敦の魔術結社の名にかけて。
     1888年の切り裂き悪魔の名にかけて。

    「――お休みくださいましね」
     囁くような声とともに、デモノイドの胴を薙ぐ。
     青い巨体が地響きを立てて倒れた時、治胡は弾かれたように駆け寄った。 
     傍らに膝をついた彼女の目の前で、異形の体が無残に溶けていく。
    「アンタのことを教えてくれ。……サヨナラの、その前に」
     傷口から覗く炎が彼女の顔を赤く縁取り、死に逝くデモノイドをほのかに照らした。
     尖った牙に覆われた口が、僅かに開く。
    「……カエリ……タイ」
     ただ一言、悲痛な呟きを遺して。デモノイドは、青き泥となって崩れた。


     戦いの終わりを見届け、悠が愛刀を鞘に納める。
     勝利の喜びよりも、今はやるせない思いの方が強かった。
    「こいつ、元は一般人なんだよな……」
     溶け崩れたデモノイドの残骸を見下ろし、小夜子が呟く。レヌーツァが、瞼を閉じて黙祷を捧げた。
     ひたすらに進もうとしていたのは、家に帰ろうとしていたからか。
     我が家の場所さえ、忘れてしまっていたかもしれないけれど。
     修太郎が、小さく溜め息をつく。亡骸から情報を得ようにも、この有様では難しいか。
     それより、街を守れたことを喜ぶべきだろう。幸い、重傷者もいない。
     帰ったら、最愛の弟に褒めてもらおう――と、音音は思う。
     自らの血から炎を生み出した治胡が、デモノイドを荼毘に付した。
    「殺し合いは……好きじゃねぇな」
     最期に声を聞けたのは、救いだったのかどうか。
     天に昇る煙を眺め、八雲が思いを馳せる。改めて、ソロモンの悪魔への怒りが胸中に湧き上がった。
     ――今はただ、穏やかに眠ってほしい。それくらいしか、願えない。

     デモノイドの弔いが終わった頃、小夜子が皆に撤収を促した。
    「さっさと山を降りんぞ。ぼーっとしてたら、夜中になっちまう」
     だから、自分達は日常に戻ろう。
     飯でも食いに行こうと誘う彼女に、結留が頷く。そろそろ、お腹が空く時間だ。
    「晩御飯食べに行く人はこの指に止まるのですよー!」
     次々に手が上がる中、治胡が悪い、と誘いを断る。
    「……俺はちっと残ってくわ」
     仲間達に背を向け、彼女は空を見上げた。
    「ココ、星が綺麗に見えそうだから――」
     ただの感傷に過ぎなくても、これを捨ててしまったら自分は自分でなくなる。
     今夜だけは、喪われた魂に寄り添っていたかった。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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