●scene
――ねえ、そんなに好きかな? 犬。
訊くまでもないか。
見てよ、あそこのオバさん。犬の死体抱えながら死んじゃってさ。
僕、嫌いなんだよね、犬。煩いじゃん。
……眠れなくなるぐらいに、ね。
「……って、聞いてる? おーい」
木に磔にした男の首を、蝸牛の這う速さでゆっくりゆっくり斬っていた天童司狼は、相手がショック死している事にようやく気付くと、ぺちぺち頬を叩いた。
そして、顔の中央に拳を叩き込む。男の頭部は、たったそれだけで生卵のように崩れ去った。
「もー。じれったいなあ。せっかくの機会だし色々やってみたのにー……帰ろっ」
天童の眼前には、大きな炎をあげて燃え盛る建物と、転がる多数の死体がある。
人間。そして、犬。
頸動脈を切られてあっさり絶命したと思われるものから、なにが死因なのか判断に窮するもの、人間なのか犬なのかわからないまでに分解しつくされたもの、果ては丁寧に肉を削がれた骨。
無秩序に点在するそれらは、大量の獣が喰い散らかした跡のようだった。
「えいっ」
天童は恐れを知らぬ子供のように、死体を次々炎に投げ入れ、燃やした。人肉の焦げるにおいを嗅ぐと、腹が満たされるようだ。橙色の炎が、傷んだ金髪を鮮やかに染める。彼は不服そうに唇をとがらせた。
「ちぇっ……早く来いよな、『灼滅者』」
●warning
「天童司狼を覚えている方は居るだろうか」
六六六人衆、序列五七九位の青年。
痛んだぼさぼさの金髪に、寝不足のくまが染みついた虚ろな瞳。
不眠症のストレスに耐えかね、殺人という形でそれを発散すべく闇堕ちした。
そんな噂を聞く。
鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)はその名を呟き、奴が呼んでいると口にした。イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)がはっと目を開く。
「天童さん!!」
「奴が再度事件を起こそうとしている。……しかもどうやら、大量殺人で君達灼滅者を誘っているようだ。闇堕ちさせよう、という意図を感じる」
三日月連夜事件以降、六六六衆の中で何故かそういった動きが出ているらしい。
どうやって灼滅者が犯行を察知するのかまでは、彼らは知らない。
ただ、灼滅者が来ないからといって殺人をやめることはありえない。
別に来ようが来るまいが、特に意味のない殺人など、ごく日常的にやっているからだ。
「相変わらずひどいです……」
「……見ているに君達、前回の一件で相当嫌われたようだな。普段はあまりやる気のない天童が珍しくやる気になっている。前は半分寝たまま戦っていたが、今回はちゃんと『起きてる』ようだ」
つまり本気で来るという事。
そんな中で、一般人被害を出来る限り少なくせねばならない。
場所は、とあるリゾート地の小さなホテル。
高原地帯の湖畔にあり、近隣に他の建物は少ないという。何かあってもすぐ騒ぎにはなり難い場所だ。
「ペット同伴可で、当日は愛犬家の集まりがあるんだとか。……こう言っちゃ何だが、奴らしいな」
天童はまず、中から人を追い出すために、建物に火を放つ。
介入できるのは、少なくとも火が燃え広がってからより後になる。
被害に遭うのは、宿泊客17名と従業員5名、犬が23匹。
パニックで、犬を連れて次々出てくる客達を天童は屋外で待ちかまえ、手裏剣で遠くからさくさく殺す。
出入口は1つしかない。
シューティングゲームでも楽しむつもりなのだろう。
「サイキックを使わんでも、1分間に数名殺るぐらい天童には軽い。俺の視た未来では、終盤はなんと言うか……ねっとり殺していたが、思うに待ちぼうけだ。君達が来れば手加減はするまい」
「ううう……ねっとりですか。イヴ、そういうのはちょっと……」
「無理に来なくてもいいぞ」
鷹神は間髪入れずに続ける。
「前回の事件の結果、人間を対象とするESPが動物には効かない、という事が判明している。ここには注意してくれ」
自分たちの動きはもとより、飼い主である客達が鍵となるだろう。
普通に止めようと思うとかなり難しい。
だが、仮にだ。
灼滅者たちのいずれかが闇堕ちをしたなら、僅かな時間ではあるが一人で天童に食い下がっていける。
では、闇堕ちせず倒れた者はどうか。
利害計算以前に、彼ならば嬉々として嬲りかねない。
「……人の命をなんだと思ってる。クソがッ」
眉間に皺をよせ、エクスブレインは嫌悪感を顕わに舌打ちした。
「……したいか?」
闇堕ち。
冗談とも、本気ともつかない、それゆえ恐ろしい声音だった。
「親兄弟家族友人恋人過去未来自分。すべて捨ててか」
鷹神は灼滅者たちを睨みつけた。
琥珀の眸は、いつも通り真っ直ぐで強い光を湛えている。
何ともいえない複雑な悲しみが、その中にわずかに垣間見えた。
「そのような下らん覚悟、本当は何もかも投げ打ってきたバカ野郎だけがするべきだ」
「鷹神さん……」
言いかえさないのは、鷹神の身の上を知っているからだろう。
イヴは俯き、スカートをぎゅっと握った。何かを決心したように彼女は頷く。
「……イヴ、お供します。皆さんと、皆さんの大切な人を傷つけたくありませんから……」
「……すまん、少し脅しが過ぎたな。とにかく、闇堕ちを前提に作戦を考える事だけはよしてくれ。これはエクスブレインとしての忠告だ」
まぁ、ほんとうの未来なんか俺にも分かんねーけどな、と、鷹神は軽く笑った。
「結末を決めるのは君達だ。だが……最後まで、どうあがいても駄目なら、君達は闇堕ちする。これだけ、約束な。勝手に信じるぞ。その時は、必ず助けに行く」
参加者 | |
---|---|
十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576) |
鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181) |
皆守・幸太郎(無気力高校生・d02095) |
楯縫・梗花(さやけきもの・d02901) |
土方・士騎(隠斬り・d03473) |
楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757) |
関島・峻(ヴリヒスモス・d08229) |
黒淵・真夜(希望の夢を見る・d09667) |
「来たね。やっぱり君達が『武蔵坂の灼滅者』か」
現れた待ち人の中に楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)の姿を見て、六六六人衆天童司狼はしたりと笑った。盾衛もまた笑い返し手を振ったが、歪みを見せる2人の口元には悪意しかない。
「いよーゥ天童サンおッひさー、バウ・ワウッ!!」
いっそあからさまな挑発に天童の笑みが消える。
「……狂犬病君はまぁいいけど、随分なめられたなぁ。それ嫌がらせのつもり?」
虚ろな瞳に怒りが点った。眼前の灼滅者はたった6人、しかも大嫌いな犬連れ。それが彼の自尊心を害した。
「望み通り、その犬抉り殺すよ」
天童が消える。犬の頭に強烈な捻りを加えた爪の一撃が降った。犬は煙に包まれ、代わりに銀の髪を血で濡らした少年が現れる。白い貌を伝って唇にさす赤色を舐め、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は低く嗤う。
「……おお、怖い怖い。いきなり随分とえげつない事やってくれちゃって」
本来注意が逸れた瞬間犬変身を解く気でいた。――その暇がなかった。動揺を悟られぬようゆるりと瑠璃色の盾を展開し味方を守る。天童は驚いていたものの、まだ不機嫌が優勢のようだ。
同じ護り手の十七夜が浅く無い傷を受けた。土方・士騎(隠斬り・d03473)と関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)に衝撃が走ったが、2人は一般人への被弾を遮る為ホテル入口側へ迅速に駆ける。鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)も加わり四方を囲んで隙を計る前衛達を天童はぼんやり眺め、いよいよ燃え盛るホテルへ視線を移した。
皆守・幸太郎(無気力高校生・d02095)とイヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)、数多の支援者達が救援の為中へ突入するのが見える。
「頼んだわよ。この不眠症ヤローは、私らでしっかり相手するから! さて、天童だったかしら。折角わざわざここまで出張ってあげたんだから、犬なんかじゃなくこっちを相手して貰うわよ」
鹿島が勝気に言い放つのを聞き、天童はなぜか笑った。
「天童サンッたら余所見しちャいやンだワン!」
隙だ。刹那、一瞬で鎖状に分解延長された盾衛の自在刀・七曲が鞭のようにしなり天童に迫る。
だが天童はそれを掴み、力任せに引っ張って盾衛ごとぶん投げた。峻の盾撃を跳躍でかわし、背中に急降下ざまの爪撃を入れ軽く包囲を逃れる。
「へえ。今日は随分やる気じゃない?」
峻のジャケットに赤黒い液体が染みる。楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)の優しげな顔がぐっと引き締まる。
――後ろは任せたよ。
孤児院からの友に託されたハンチング帽の鍔に触れ、深く被り直した。黒淵・真夜(希望の夢を見る・d09667)と並び立ち、護り手達に導きの矢を放つ。
感覚を研ぎ澄まされた士騎の盾が天童の頬を打った。彼はむっとした顔をする。
「……いいよ。なら僕にも考えがある」
天童は士騎を切り裂いて退けたのち、ホテルの入口へ何か投げた。恐らくホテルを燃やすのに使った助燃剤。
燻っていた小さな炎が一瞬で火柱と化す。
「まだ余ってたんだ、これ。ごめんね?」
一方、火事場のホテル内。
「この子が支配人って本当? まだ高校生ぐらいよね?」
「い、いえ……お客様のお連れ様では?」
ESPの効果で一般人に関係者とは思われたものの、流石に支配人でないとはばれた。だが幸太郎は持ち前のマイペースを維持し、誠実に語りかける。
「俺達が何者でもこのさい構いません。助けに来ました。皆の誘導に従って避難して下さい」
言葉に宿る真摯な思いに一般人のざわめきが鎮まる。
いろはが仲間達にケージやリードを、イヴは客に燐音に分けて貰った濡れマスクを配る。待って。私まだ逃げれない。火事の混乱で犬を見失った女性が涙ながらに訴える。
探してきますと、危険を省みず将平が駆けた。怪我人を担いで走る翔琉やエール、消火器を集めて回る煉火、あちこちで必死で火を消す沢山の子供達。その中には梗花の友人小次郎や幼馴染の南守もいる。
バイトのようであり、客だった気もする。不思議な気持ちだ。他人とは思えない。
命を想う意思は理屈を超え、客や従業員に伝わった。幸太郎は眼をいつもより少し開く。煙が染みる位で丁度良い。いくら眠い系同士といえ、あの男と同じ眼になるのは御免だ。
――天童。お前の本気より、俺の本気の方が上ってこと見せてやる。
「犬は抱えられれば抱えて! 傍にいてあげて下さい。大切な家族を守るのは皆さんです!」
いつになく声を張る自分が少し可笑しい。各階に待機する者達に指示を出しながらロビーへ向かう。待っていた光景に幸太郎は一瞬驚き――やはりダークネスの所業かと得心した。
罠だったのか。幸太郎はそう思う。
灼滅者達には知る由もないが、出入口を炎上させたのは天童にも全く計画外の事だ。彼にそれだけの危機感を与えたという事に他ならない。
ホームズが即座に窓を割り、まだ余力のある従業員達を逃がした。
「ケロちゃん行くぜ。せぇーのッ!」
錠と徹太が壁にサイキックを放ち非常口を開く。どんな絶望の中でも絶対諦めない。誰もがそれのみを考えていた。
外に残った灼滅者達も称賛されるべき闘いをしていた。
命中の不利を補い、圧倒的な力は盾の護りで削ぐ。目標のぶれを誘われたら端から前衛全員巻き込めばいいと、天童は範囲攻撃で対応した。だが、それゆえ爪に宿った破壊の力が牙をむく事は減っていた。
梗花はずっと清めの風に専念せねばならず、火力役を手裏剣の嵐から庇う護り手3人の疲労は激しい。特に初撃の打ち所が最悪であった十七夜は、峻と士騎より幾らか傷が深かった。
「んー。君、そろそろ死なない?」
「お断りするっす。俺も死なないし、皆も」
全員で、笑って学園に戻りましょうね――闘いの前に約束した。誰も破らないし、自分も。信じている。十七夜の足元に咲く影の花にぽつりと血が落ちた。血を吸い上げて蔦は伸び、天童を斬ろうと迫る。
今は回復手の欠員で不利だが、幸太郎とイヴが戻れば。中の状況は不明だ。入口の封鎖は皆に焦燥を与えたが、真夜は屈せず癒しの矢を撃ち、僅かでも敵の気をひこうと声をあげる。
「どうしてこんなことを……命を何だと思っているんですか!?」
「よくわかんないけど、大切なもの?」
「え……」
「可哀想だよね。1つの不幸な事故で、君達人間の日常は壊れる。『天童くん』もそうだった。神様にはその程度のものなんじゃない?」
「自分が……ダークネスが神だと言いたいんですか!」
「べつにー? でも『できそこない』の君たちよりは『天童くん』のほうが多分幸せかな」
できそこない。
かつて真夜も己の中のダークネスにそう言われた事がある。
あなたのやっている事は。……あなた達のやっている事は。深い憤りと悲しみが、続く言葉を喉の奥につまらせる。
峻の振るう紅の刃を天童は爪で弾いた。空いた手で彼の襟を掴み、ぐいと引き寄せる。
「ね♪」
峻は一瞬虚を突かれたように瞳を開いた。
「いや、俺に振られても……」
「強がりなんだね。君」
――可哀想。
天童は心底哀しげな顔をした。声音に滲むひどく純粋な同情が狂気と映る。過去の報告書で見た天童の言葉が峻の頭を過る。
『殺人鬼になれば楽だよ』。それを嘘だ、とは言えない。
「……関島君、」
峻のみではない。十七夜と梗花の顔色を見て、士騎は彼らの思いを悟った。皆、己より年下の少年だというのに。自分を棄てる覚悟をするには私も、彼らも些か若過ぎるだろうに。思慮深い眼差しが細められる。私に、出来ることは。
「天童サーン! あーそびーましョー、ッだワン!」
「っ!?」
空気を読んだのか読んでないのか、盾衛が体当たりで峻から天童を引きはがした。
「どいてよバカ犬。今大事な話してるんだ」
「あら残念。俺の事は勧誘してくンないッてわけ?」
「やだよ。君嫌いだし、今と大差なさそうだし、第一堕ちそうにない」
「へッ。ずっと正気の俺様チャンだァ!」
しろと言われたら意地でもしない。元よりそういう性分、闇堕ちなど尚更。命のやり取りが愉しくてたまらないように、闇を飼い慣らす狂犬は鋭く嗤った。右手の七曲を今度は空高く振り上げ、一気に最長まで分解延長する。
「犬の鎖でワンだオラァ!」
頭上に黒くそびえ立つ刀を叩きつけるように振り下ろした。遠心力の乗った一撃は天童の手を痛烈に打ち、彼は初めて痛みに顔をしかめた。
「アンタにも不幸な事故の報せよ、天童」
更に天童の足元を2本のナイフが裂く。鹿島の目線が示す先には、信を置く仲間の姿。フォルケと鉱は頷くと、迅速に入口の消火を始めた。やがて仁恵が大量の消火器を運びこみ、外に居た者達が火の勢いを弱めていく。
「まだ隠し玉はある?」
「……弱ったね。さっきので最後」
よくここまで人を集めたな。天童は苦笑を隠さず手裏剣を投げる。庇い切れず着弾した弾が胸元で爆ぜ、鹿島は膝をついた。負けない。こんなロクデナシここで殺してやりたい位だ。まして誰かの闇堕ちがどれほどの人に影響を与えるか、彼女は知っている。
「……全然話にならないわ。私を闇堕ちさせるには、あと665人足りないっての!」
何度目か判らぬ梗花の風が、猛る炎とは異質な温もりを纏って陣を駆けた。
――僕は誰かを守りたいから。
信じて待ってくれる人が居るから。壊すだけの彼とはわかりあえない。
だから梗花は口を封じ、天童の与えた傷をただただ塞ぐ。何度も。何度でも。暴力を用いない抵抗で答えとする眼差しは暖かくも強い。
客達が続々とホテルを脱し始める。付き添う多数の灼滅者達を見て、天童もやる気が失せたようだ。
「わかんないなあ。君達はいつもそう。死ぬかもしれないのに、どうして人の為に必死になれるの?」
「約束……破ったら、針千本っすから」
いつも。その言葉が、かつて天童と相対した相棒がどれ程奮闘したかを示している。
応えねばならない。満身創痍の身体を支え、十七夜はポケットの中の懐中時計をそっと握りしめる。大丈夫だ。壊れていない。皆で笑って帰る約束も、最後まであがく約束も、まだ守れる気がした。
何それ。もっと分かんないよ。放たれた弾丸を払いのけ、天童はすねたように呟いた。
避難先には日和が暖かい毛布を用意していた。多少の火傷や負傷はあるが、誰も命に別状はないと医学に明るい瑞穂が伝えると、皆ほっとした顔を浮かべる。労わる言葉をかける者、歌を歌う者、傷を癒す者。辺りに優しさが満ちていた。
幸太郎は逃げ遅れがないか確認をする。――犬が1匹足りない。見れば、犬を置いて逃げてきた女性が泣いていた。
「ごめんね、遅くなっちゃた」
煤まみれになった采とカエデが小犬を抱いて現れた。23匹完全救出、完了や。笑う采の手元を離れ、子犬が飼い主に駆け寄る。有難う、有難うと女性は泣きながら礼を述べた。
「一般人は俺達が引き受ける」
勢いの衰え始めた火を眺め、治胡が言う。
「みんな。帰らないと、待ってるヤツが泣いちゃうだろ」
「ボクが手伝いに来たのだ。負けたとは言わせないぞ!」
「関島にも伝えとくよ。有難うな、2人とも」
徹太と煉火の言葉に確りと頷き、幸太郎とイヴは駆け出した。
「貴様には分からないだろうな、天童」
投げ打つ覚悟をする者が居るなら、取りこぼさずに活かして帰す。闇に堕ちる一秒前まで手を差しのべたままでいる、その覚悟で支える者が必要だ。
――私も欲が張ったものだ。
士騎は愛刀を握りしめ、小さく笑った。自分も、仲間も、魂も命も。結局何もかも守りたかった。
(「鷹神君。これが、私の答だ」)
何も捨てられそうにない。これは守るための戦い、故に重い。
護る者の矜持を乗せた剣が死角から天童を切り裂いた。天童は腕を振り上げ、怒りに任せて爪を振るう。矛先は十七夜に向けられていた。
もう、目の前で殺されてたまるか。その想いが、峻を反射的に動かした。腹を抉った爪の傷は深く、血が溢れた。眩暈がした。仲間の顔が霞んでいく。
「君はこっちに来てくれそうと思ったのに」
殺人鬼の顔もよく見えない。死を傍に感じた。この場合、約束は果たせたというのだろうか。わからない。だが、己の為に破ろうとは思えなかった。
「……思う儘生きりゃ、そりゃ楽だろ。でも俺は遠慮する」
最後かもしれない意地を守る。楽な方に流されるだけの人生は歩んでこなかったつもりだ。彼は自分で、きちんと答えを出し終えていた。
十七夜と峻を庇うように士騎が立った。滾る血を抑え、殺人には活人を。士騎や峻のように、苦しみながらも人であろうとあがく鬼も居る。
「俺達は……殺人衝動に支配されるだけの安易な生き方はしない」
「天童、貴様にくれてやるものなど 何一つない!」
その心は六六六人衆に無い弱味だとしても、彼らだけの強さだ。
――梗花。しっかりな、もう少しだ。
帽子の奥から友の声が響いた気がした。己の弱さが闇に屈するかもしれないと思っていた。でも今はもう大丈夫だ。後ろにも傍にも支える仲間がいる。護る彼らを一人でも多く護りたいと、願いを乗せて符を飛ばす。
諦めない。その思いは時に運命を変える。
「正義の味方気取りなんて真っ平だ。ただ、テメーは気に入らねェ」
少し聞き慣れた男の声がした時、峻は急に意識が鮮明になったのを理解した。光輪の盾が周りに浮いている。
眼と声の奥に宿る真剣さの源は、天童への静かな怒り。眠りから醒めたヒーローは、これ以上ないタイミングで現れた。
「……待たせたな、皆」
「お待たせしました!」
幸太郎とイヴが帰ってきた。そしてもう1人。
「久しぶり、天童。皆が行けって言ってくれたから」
十七夜の相棒――薫凪燐音。けして忘れられない顔を天童は睨み付け、十七夜は輝いた眼で見た。
「形勢逆転、すね。司狼さん」
「私たちは決して闇に屈したりしません!」
どんな絶望的な状況でも最後まで足掻きたい。
怪我をしたり、例え命を落としても、己にできることをやり遂げたい。
真夜に芽生えたその思いを、ここに立つ者の多くが解するだろう。
「何なんだよもー白けるなぁ! やーめたっ!」
天童はいつかのように子供じみた癇癪を起こす。けれど、虚ろな眼の色が僅かに変わっていた。
「『できそこない』。君達は絶望してくれそうにない。……見方を変えなきゃいけないね『灼滅者』。こんな不利なゲームやってらんないよ」
満足したり、飽きて余裕の退却でない。彼は分が悪いとはっきり認め、退いた。それは大きな躍進と成功を意味していた。盾衛がその背に大きく声を投げる。
「天童サンまッたネェー! ……次は最後までコロシ合えると良いネッたら良いネ!」
「……そうだね。待ってるから、ちゃんと殺しに来てよ。じゃあ、おやすみ」
その真意はわからない。だが、天童司狼は確かにそう言い、夜の闇に消えていった。
作者:日暮ひかり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 24/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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