廃墟こそを終に

■リプレイ

●虚説、救いの為に
　愛知県山間部、廃工場――塗装も剥げ落ちたスライド式の鉄門扉を、錆びて回らなくなったレール車輪がかろうじて支えている。そのざらざらとした柵に背を寄せて、月雲・悠一（ブレイズオブヴァンガード・d02499）は周囲を見回した。
「先回りはできたようだな。巻き込まれる一般人ってのは、まずここに来るんだっけか」
「それと、でものいど、も。そっちは、離れたところに、だけど――」
　小谷・リン（凶星を見上げる氷蝶・d04621）が、廃工場を向いたまま悠一の言に補足を入れる。二人は件の一般人が、デモノイドとの戦いが繰り広げられるこの場に近づかないよう、後ほど『殺界形成』を使う役目を担っていた。
　今はまだその時ではない。色々を考えながら、空を見上げて風の音を聴く感覚の中から、ふと自分たちのものではない反応が取り出された。
「――ん。あちら、に」
「おお、おいでなすったか」
　見ると、道路沸きの電柱の影に、隠れるような姿勢で逃げ込む女性の姿がある。しばらくは顔だけ出してこちらを観察していたが、意を決したのか、彼女はあちらから声を掛けてきた。
「あ、あの～？　……もしかして、廃墟萌え同好の士の方々ですかぁ？　私服のポリスメンじゃないですよねえ？」
　地図を握り締めたその女性に向かって歩き出すのは、羽澄・昴（笑顔の裏に隠された狂気・d14709）だ。
「じゃ、ボクの出番だね！　もしもーし、そこのひと？」
　話しかけ、事前の作戦を実行しようとした、その瞬間のことだ。
　――ドゴォォォォン……。
「！？」
　アスファルトの塀がどこかで破壊される音が聞こえた。
「え、うわあっ！　爆発音！？　え、なんでこんなトコで……？」
　一気に雰囲気を変える灼滅者たちと、状況を理解できていない女性。昴は、この時にこそ『王者の風』を発動させた。
「ね、みなさんも一緒に確かめに行きませ――ひいぅ？」
「……駄目、だよ♪」
　その笑顔の警告にとりとめのない畏怖を覚え、彼女はわけもわからずその場にへたりこむ。目の端に涙を浮かべた彼女に、ふと真純・千明（トットテルリ・d07439）が手を差し伸べた。
「ほら、よろしければつかまって下さい。昴さんも、この人に悪気があったわけじゃないですから、ね……？」
「ぐしゅ。わたし、なにかわるいこと、しましたかぁ……？」
　手を引かれ、立ち上がって上目遣いで千明に問う女性。千明は、彼女と昴の間に立って、優しく語りかけた。
「気にしないほうがいいですよ。それよりほら、俺が間に立ちますから、ここはごめんなさいして立ち去るチャンスです、よ！」
「……そうします。よくわかりませんけどお兄さん優しいですから……。うぅぅ、せっかくの有給……」
　女性は俯いたまま頭を縦に揺らして、そのままとぼとぼと帰っていく。その背を後押しするように、悠一とリンの放つ殺気が周囲に結界を巡らせた。
　女性はその手にまだ未練がましく地図を握っていたが、『殺界形成』がある以上は、こちらに近づいてくることはないだろう。準備を終えた灼滅者たちは、鉄扉を乗り越えて廃工場の敷地へと入っていった。

●決意、彼の為に
　乾き、ひび割れた砂利交じりのアスファルトを踏む足音が、耳鳴りのような静寂を和らげる。その中に時折、場違いなほどにけたたましい破壊の雑音が差し込まれ、近づく灼滅者たちに否応ない緊張感を与えていた。
　廃工場内を反響する音は、しかしこちらに近づいてこない。どうやらデモノイドは、まだ灼滅者たちの存在に気づいていないようだ。
「それでもなお、繰り返される破壊、ですか。デモノイドとは、なんと悲しきものでございましょうか」
　――まるで、『私はここにいる』と暴れる子供のよう。紅月・リオン（灰の中より生まれいずるもの・d12654）は、前へと進みながらも瞳を伏せた。
「姿をいじられ、その身も瞬く間に腐り落ちる――と、ただ憐れむだけにさせていただけないのは、あまりに巨大な力を持たされたが故、でございますね」
「その苦しみに痛む心が残っているのか、いないのか。どちらにせよ、元に戻す手がないというのなら……」
　キース・アシュクロフト（氷華繚乱・d03557）は、冷たい風に手をさらし、指の間を通り抜けさせる。ゆっくりと閉じていくその掌の中には、ガンナイフが握られていた。
「せめて、一刻も早く、灼滅を」
　冷たい金属の銃把は、しかしすぐにキースの体温に馴染む。それとわかる殲術道具の重みを提げて、キースは警戒の度を深めていった。
　と、全員の足音が一瞬で小さくなる。敵はもう近い……その建物の角を曲がれば、こちらから強襲を掛けられる距離に、デモノイドがいるだろう。柩城・刀弥（高校生ダンピール・d04025）が、無造作に懐からスレイヤーカードを取り出した。
「準備はいいな。俺は打って出る、その気ならついてこい……『闇を討つ刃を我に』！」
　覚悟は既に決めている。ちらと仲間たちに視線を飛ばすも、その先の返事を聞かず、刀弥はその身を死角の中にある戦場へと投げ出した。
「ダークネスも、それに関わる全ても、俺はこの剣で討ち払う！　灼滅する！」
　内に刻み付けるような刀弥の絶叫に、高らかに鳴くチェーンソー剣が継がり、天井知らずに相乗されていく。それに数歩も遅れることなく、同じく角の向こうへと駆け上がっていくのは、玖条・羊（マギカ・d02606）の姿だ。
　迷い無くアスファルトを蹴飛ばし、流れるように躍り出る。こちらの突撃に気づいたデモノイドが、そして低いうなり声を上げた。
「ウウ、ウウァ……アアアアアアアアアアアア！」
「……なんや、悲しい生き物やね。無理やり改造されて、あとは暴れて死ぬだけ……そんな生は、アンタも嫌やろ？」
　デモノイドの叫びを弾き飛ばすように、玖条はスパートを掛け、跳躍する。膝を揃え、額の高さに交差させた両腕を横へぱっと開けば、光の帯を引いて輝く契約の指輪とガトリングガンがそれぞれに現れた。
「だから、最初から手加減なしや！　さっさと終わらせたるから、かかってきぃやデモノイド！」
「ヴォオオオオォォォオオオオオ！」
　玖条は解けた三つ編みを風に流し、着地から横回しでガトリングガンを前に振り向ける。その射線と、迎撃に走り来るデモノイドの視線とが、虚空でかち合った。

●迎撃、さらに彼の為に
「敵、正面！　猪突猛進や！　勢いに負けちゃあかんで！」
「……わかっ、た。玖条、合わせる、よ」
　ガトリングガンの銃身を空転させながら、玖条はそこに見えているものを言葉にする。その現実を等しく認識して、四肢に影業『影の手・終』を支えさえたリンが、操られる人形のように両の手を前に突き出した。
「わたし、が、出来ること、は、灼滅、すること、だけ。今、楽に、するから」
　うつろなリンの視線は、デモノイドの姿を捉え、離さない。そして敵が繋げる投足を予測したリンは、あの動きならかわしようの無い弾道をと、狙い済ましの一発を撃ち出した。
「……でっど、ぶらすた」
「デッドブラスターっ！」
　同時に玖条もまた、きらきらと輝く銀の光粒を集めるガトリングガンから、対色の黒き想念を射撃する。一瞬の内に、玖条とデモノイドとを隔てる最短の距離が、その光弾を走らせるカタパルトとなった。
「即席のクロスファイアや！　うちらの魔法でちょーっと大人しゅうしてもらおっか！」
　わずかなタイムラグをまたいで、二発が殺到するデモノイドに着弾する。デモノイドは肥大化した腕を交差させて顔面をカバー、しかし構わずに浸透する威力が、壊死の始まったその体をさらに深く蝕んでいった。
　たたらを踏んだデモノイドが、暴れるように腕を振り払う。刀弥はその暴威を遠巻きに眺めていたが、敵の腕が定位置に戻ろうとするその数瞬をついて、一気に背後を取ろうと駆け出した。
　決意を秘めた踏み込みは、疾風の速度を刀弥に許す。世界は残像のように流れていくが、刀弥は確かにチェーンソー剣の牙をデモノイドに逆立て、無慈悲に引き絞った。
「その命、喰らわせてもらう……」
　水気の多い掘削音が、ただ赤を撒き散らしながら響く。得物を振り抜いた刀弥は、その霧のように鮮やかな色彩を絡め取り、我が物とした。
「俺の復讐の為だ。血を乾かせ、地に敷かれるといい」
「グウウアァッ！」
　そんな刀弥へ、返せとばかりにデモノイドが突進を仕掛ける。その暴力のベクトルに割り込んで受けようとするのは、スレイヤーカードを掲げたリオンだ。
「『全ての罪は我にあり。されどその罪を乗り越える力は己が内にあり』。お相手いたしましょう」
　開放され、迸るバトルオーラを纏ったリオンの拳が、デモノイドの豪腕を内から殴り払った。穿ち穿たれ、衝撃にひどく痺れる五指を、リオンは緩ませずさらに握りこむ。
「――私は盾。剣を支え、また己は砕かれぬよう耐え忍ぶのが、その心意気でございます」
　崩れた姿勢を利用して、戻る振り子のようにリオンは拳を突き上げた。

●思慮、その為に
　戦いは続く。幾多の交差を経て、だが灼滅者たちは壊死が始まっているとは思えないほどの敵の頑丈さに手を焼いていた。
「さあどうしたどうした！　かかってこいよ、デカブツ！」
　意図的な呼びかけを交えながら、悠一はデモノイドと真正面からのぶつかり合いを続ける。加速と衝突を繰り返すロケットハンマー『軻遇突智』は、まさに縦横無尽、時には弧を時には鋭角を描いて、しかしその多くが敵の鎧のような肉体に阻まれた。
　反動に開いた脇に、デモノイドの閃光のような横蹴りが飛ぶ。かろうじてロケットハンマーの柄を間に挟むが、足爪が悠一の腕をかすめ、数条の濃い紅をそこに引いた。
「だからって引けるかよ！　理性も無い力なんかに、俺の炎は消されやしない！」
　ファイアブラッドである悠一の血が、その傷口から炎となって輝く。その熱を己の闘志に変えるように、悠一はその間合いから一歩も引くことはなかった。
　その立ち姿が、ふと闇にまぎれるように、輪郭をぼやけさせる――『夜霧隠れ』を展開させたのは、メディックとして動いている昴だ。
「ボクが支援するよ！　ふぁいとー！」
　そう無邪気に笑いながらも、昴は手元の解体ナイフを断続的に、せわしなくもてあそんでいた。味方の攻撃にあわせ、ナイフを振り回したり、突き刺したりする真似も時々見られる。
「しぶといなあ、『僕』も手伝おうかなあ！　……ま、でも、ボクがこうしてないとヤバいのはこっちか」
「そうそう。戦いが仕方なく長引いたときは、どっしり構えていられた方の勝ちだ。タオも、危なくなったら無理しちゃ駄目だよ！」
「ワォン！」
　霊犬『タオ』を前線に送る千明は、言葉の通りに落ち着いて戦場を見回していた。まだ強がる位には余裕のある愛犬の鳴き声に微笑んで、千明はさらなる力を指輪から放出する。
「でも、長くあれを見ているのは辛いな。――終わってくれ、早く」
　呟く言葉は、誰もが思っていた願いだ。叶える為の力を、千明もまた全力の支援と言う形で搾り出していった。
「ヴァアアアァァオオオオオッ！」
　ゆっくりと傾き始めていた天秤が、ここにきてバランスを変える。なんらかのサイキックか、それとも肉体改造の結果か……デモノイドは怒号とともに、その丸太のような筋肉をさらにパンプアップさせたのだ。
「だがそのでかい図体は、きっと当てやすかろう……！　ならば、貫く！」
　意を決したキースが、砲弾のような攻撃を振り回すデモノイドに、これまで避けていた踏み込みからの近距離戦をついに挑んだ。束ねられた繊維質を深く裂いていく感触が、キースの脳裏に秘められた忌まわしき過去を刺激し、その顔を剣呑に歪めた。
「――我が身は、絶対零度の氷華なり」
　ブレードに沿う銃身から、キースは数発の弾丸を立て続けに発射した。その間も堪えても堪えきれない苦痛が、絶叫する喉よりさらに深いところにあって、どうしようもなく取り出せずにいた――が。
　今、最も苦しんでいるのは。……己の身を弄られ、ソロモンの悪魔に未来を理不尽に奪われたこの者、デモノイドのはずなのだ。
　銃弾が、ついにデモノイドの身を貫通した。

●死別、時を止めて
　長い戦いの後、最期だけを見ればあっけなく、それはバランスを崩し倒れていく。
「終わりだ。そのまま消えろ、デモノイド……」
　刀弥の一刀は、デモノイドの首筋を、その裏にあった鉄枷ごと薙いだ。遠くに落ちる金属の乾いた音に続いて、デモノイドもまた、どう、と致死の転倒を見せた。
　反射的にデモノイドの頭部へ駆け寄った昴は、解体ナイフを振り上げ、……止める。
「そのまま、廃墟を枕に散るがいい。その方が、君も楽だろ？」
　どうしようもなく死ぬ者を、それ以上殺すことはない。壊死が目に見える侵攻を始めたその体に、キースは十字を切って祈りを贈る。
「安らかに眠れ。君はもう、誰かを傷つけることも、ないのだからな……」
「さよならや、名前も知らない、誰かさん……。仇、うちらがきっと、とったるからな」
　後ろ髪を編みなおし、優しく微笑む玖条は、そう言って手を振った。デモノイドの指先がぴくりと動いたのは、目の錯覚だろうか。
「ったく、許せないな、ソロモンの悪魔のやり口は！　本当に気に入らないぜ……」
　パシン、と悠一は義憤を込めた拳を対の掌に打ち付けた。組み合わさった両の手が硬く握りこまれ、悠一の怒りを体現する。
　その時、虫の息だったデモノイドの体が、先端から溶けるように崩れ始めた。液状と化し、その場に澱むことすらなく、廃工場を吹き抜ける風にさらわれ消えていく。
　――灼滅による死を迎えたのだ。
「何も残す事もなく滅び行く……。とはいえ、後ほどあの女性がまたここに来る可能性もございます。多少は片づけて参りましょう」
「ともあれ急ぎますか。大暴れのおかげで崩れやすくなった箇所もあるようですし、そういう所は軽く……ほら、タオ？」
「ワン！」
　リオンと千明が検分を始めると、その辺を興味深そうに嗅ぎまわっていたタオが、主の足元へ尻尾を振って歩いていった。その後姿をぼうっと見送ったリンは、ふとデモノイドに視線を向けた。
　かすかに……あらゆる寝息よりも小さく、それはまだ呼吸をしている。死に追い立てられ、崖っぷちにいるそのデモノイドの口中で、リンは舌が蠢こうとしているのを見て取った。
「ね、でものいど。最後に、言いたい事、ある？」
　試しの問いは、そして半端に応えられる。
「……ア、……ァ……ィ…………ィ、リ」
　意思の込められた発音の先を聞こうとして、口元に耳を近づけたリンは、その望みを叶えることはできなかった。
　唇は、舌は、囁こうとして、しかし中空で動きを止めた――。

作者：君島世界	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年2月25日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 14／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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