鬼隠れ

    作者:柿茸

    ●ある廃屋
    「ひとーつ、子供の腕千切り……」
     夕焼けに染まる廃屋。濡れた足音が響く。
    「ふたーつ、子供の脚飛ばし……」
     だが今日は一日中晴れであった。この廃屋の中も含め、辺りに水たまりがあるわけもない。
    「みーっつ、子供の腹を刺し……」
     水音が肉を潰す音に1回だけ変わる。革靴に踏まれた小学生程度の子供の腕が、容赦なく擦り潰された。
     それでも悲鳴は聞こえない。踏まれた子供は、胸を大きく切り裂かれ自らの血の海に横たわって既に絶命していた。
    「よーっつ、子供の胸を裂き……」
     足音が再び濡れた物に変わる。上げられる革靴からは糸を引いて血が地面に流れ落ちた。スーツに身を包んだ男が持つ長刃のナイフからは血が滴り落ちる。
     こちらに近づいてくる足音に、壁の後ろの机の下に隠れている女の子の震えが徐々に徐々に大きくなる。
    「いつーつ、子供の首を刎ね……」
     廃屋の中は、床だけでなく壁も、そして天井までも噴き上がった血で赤く染まっていた。壊れた玩具が投げ捨てられたかのように、ここで遊んでいたのであろう子供の死体とランドセルが床に転がっている。
     近づいてくる足音と声に目を閉じて耳を塞いだ女の子。
     どれぐらい時間がたったのだろうか。数十分だろうか、はたまた数秒だろうか。いつまでもこうしていることはできず、おそるおそる目を開けたその視界の中に。
    「みぃぃぃぃつけたぁぁぁー」
     目を開けるのを待っていた男が、さも面白い玩具を見つけたかのように口を三日月の形に歪ませた。

    「ふむ、灼滅者は来ず、かぁ……」
     残念、と肩を竦め、人目がない事をいいことに堂々と赤く染まる廃屋から去る男。
     廃屋の中に残されたのは……。
     
    ●教室
    「六六六人衆の1人の行動を察知できた」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は一同が揃った事を確認すると、端的にそう切り出した。机に地図を広げる。
    「この田舎町にある廃屋……この辺りだな。そこで学校帰りに隠れんぼをしていた小学生の集団を六六六人衆の一人が襲う」
     六六五番、名を霧咲・克司(きりさき・かつじ)と言う。獲物である解体ナイフにて遊んでいた小学生達を無残にも斬り殺してしまう。ヤマトはそう告げた。
     告げた後、ただな、とヤマトが難しい表情をして腕を組み付け加える。
    「どうもその克司……。お前達を、武蔵坂の灼滅者を呼び寄せるためにその殺戮を行うようだ」
     六六六人衆はエクスブレインの事は知らない。だが、殺戮をすると予想もしていないところから灼滅者達が現れるという噂は流れているようだ。それを利用し、あえて殺戮をすることで呼び寄せようとしているらしい。
     でもなんでそんなことを、その質問に対してヤマトが一瞬黙りこむ。ややあって、ゆっくりと口を開いた。
    「……目的は、灼滅者の闇堕ちにあるようだ」
     そのような意志が感じられた。
     説明を続けるぞ。と仕切り直すかのようにヤマトは続ける。
    「克司とは先ほど示した廃屋の中で戦うことになる。子供達が逃げるまで、時間を稼いでくれ」
     子供達は克司の持つ解体ナイフを見て直ぐに逃げだそうとするだろう。子供達が逃げる間、いかにして克司を押し留めるかが鍵となる。
     廃屋の中は物が散乱しているが戦闘の障害になる程ではない。元は小さな工場だったのか、ただ、20m四方の部屋が1つだけ、という構造になっている。入口は北と南の2つだが、東西にもガラスがなくなった窓が付いておりそこから入ることもできる。
    「克司の使う技は殺人鬼、そして解体ナイフのそれと同じ。当たり前と言えば当たり前だがな」
     だが、六六六人衆である以上その威力は計り知れない。そして今回の作戦の目的は『一般人の殺戮を止める』事であり、討伐ではない。
     また、克司は相手の今回の目的は灼滅者を闇堕ちさせることである。闇堕ちせずに倒れた灼滅者には、闇堕ちすらしない者と容赦なくとどめを刺そうとしてくる。
     油断は禁物だが、無理も禁物ということか。
    「もう一度言うぞ、今回の作戦は『一般人の殺戮を止める』事が目的だ。六六六人衆を討伐する事じゃない」
     そこを履き違えるなよ、とヤマトは念を押す。
    「相手の思惑通りになってしまうが、最悪、闇堕ちしてでも殺戮を止めることが最低条件だ。もちろん闇堕ちを出さない方がよほどいいがな」
     子供達を逃がし、誰一人倒れることも、闇堕ちすることもなく相手を消耗させて撤退させる。最善の手はそういうことになる。
    「……頼んだぞ。灼滅者」
     真剣な目つきで、ヤマトはそう言った。


    参加者
    佐藤・とき(コウノトリ・d01561)
    邊無・花梨(花夢タルト・d02376)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    蒼慧・紗葵(絢爛舞刀・d07227)
    言鈴・綺子(赤頭の魔・d07420)
    夜科・音彩(花想蝶・d13387)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    宮守・優子(食べる係・d14114)

    ■リプレイ

    ●突入
     廃屋近くの道を、灼滅者達は全速力で走る。
    「南側の机の下に1人、北の入り口付近に2人。東と西に、やや中央よりに1人ずついます」
     それと、子供達の思考に混じって1つ、大雑把に殺人願望が読み取れる思考があります。位置としては北の入り口です。
     夜科・音彩(花想蝶・d13387)がテレパスで読み取れた思考は以上。だが、それだけでも子供達を守ろうとする灼滅者達にとっては大きな助けとなる。
     ありがと、と口に出す佐藤・とき(コウノトリ・d01561)は拳を握りしめた。
    (「闇堕ちさせて何が狙いなんだ? にしても殺戮なんて許さない……!」)
     隣を飛ぶナノナノのゆきちも、ナノ! と気合を入れる。隣を走るライドキャリバーのガクも大きくエンジンを噴かした。
     それに跨る宮守・優子(食べる係・d14114)は緊張の面持ちのまま、ライドキャリバーのハンドルを回す。
    「最初のダークネスが六六六人衆っすか……」
     まぁ頑張るっすよ。と緊張に満ちた声。対六六六人衆の切り札として育てられたとは言え、いきなり相手が本命となれば緊張もする。何よりも。
    「ヘタすっとここで死ぬかもしれないんすよね……」
     死ぬのは怖い、それは誰もが思う事。その呟きに星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)が反応した。
    「ぶっちゃけ怖いですよ。足はガクガク、手だって震えるかも知れません」
     飄々とした様子で語る探偵然とした彼女は、しかし確かに良く見てみれば走る足は微妙に震えている気がする。顔も若干、硬い。
     だが、それでも彼女はしっかりとした、いつもの様子で自身の想いを皆に告げる。
    「それでも私は堂々と虚勢を張って敵に立ち向かいましょう。子供達の理不尽な運命など砕いて見せます」
     だって私は探偵ですから!
    「初めての戦いになりますから少し不安ですが、ううん。大丈夫。私達ならやれる。絶対子供達を護ってみせます……!」
     想いは人にしか無い確かな力ですもの。必ず、皆で学園に帰りましょう!
     綾と音彩、両方の想いに、おお、格好イイっすね! と言鈴・綺子(赤頭の魔・d07420)が笑った。だがその口は直ぐに不満げに尖らされる。
    「誘き寄せに殺人とか、理解不能っす。キッツイお灸をすえてやらなきゃ、ね!」
     六六六人衆の動機は一般の、人の心を持つ灼滅者には不明そのものなのだろう。だがその凶行は何にせよ止めねばならない。
     優子と同じく六六六人衆と戦うために育てられた蒼慧・紗葵(絢爛舞刀・d07227)は、その事を重々承知している。今の自分に逃がさず倒すだけの力はない。だが、凶行は止める。倒せない悔しさ故に、その決意は人一倍、硬い。
     曲がり角を曲がる。同時に子供達の悲鳴が聞こえた。時間の猶予はない。
     予め決めておいた手筈通りに散会。東西南北、それぞれの出入り口、窓に灼滅者達は位置に付く。逃げまどう子供達の声と、そして楽しそうに笑う男の声が中から聞こえた。
     北側に位置するのはときと邊無・花梨(花夢タルト・d02376)。クラスメイトのときの横顔を見ながら、花梨は。
    (「知った顔が傍にあるだけで、心強いわ。不安を隠す強がりも、いつもより少しで済む気がするの」)
     そっと、心の中で思っていた。その隣、廃屋の中へとすり抜ける緑の髪が一房。尻もちをついた子供へと、男がナイフを振り上げた、直後。
    「お相手を、待っていたのでしょう?」
     その背に、嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)の、瑠璃の柄に翼のような月牙を2枚持つ魔槍が突き立った。

    ●救出
     不意打ちに呻きながら、しかし背に槍が突き刺さる寸前に身体を捻り急所を避けていたスーツの男が、槍を振り払いふり返る。
    「おぉっとぉ、噂は本当だったってことかい?」
     さもおかしそうに口を三日月の形に歪める男、霧咲・克司。その姿がイコの目の前から、残像を残して消える。
     後ろに感じる殺気。続けて東西南北から駆けこんできた仲間の、後ろと呼ぶ声が聞こえた。目の前には尻もちをついて動けない子供。
    「逃げて!」
     叫びながらイコは子供を庇うように抱きしめる。その足に走る裂傷。決して浅くはないその痛みを堪えながら、ガクと共に走ってきた優子に庇った子供を託す。
    「イコ、大丈夫っすか!?」
    「私は、大丈夫……、だから」
     この子をお願い。優子が頷いて直ぐに子供を引き連れて入り口へと駆けていく。
     ガクの突撃はゆらりと、見切ったかのように紙一重で避けられたが、その避けた先から駆けこんで来ていた綺子のフォースブレイクは避けられない。こめかみに、杖と本人は言い張る鉄パイプが直撃し、流し込まれた魔力が克司の身体を吹き飛ばす。
    「皆、逃げるんだ!」
     ときが逃げまどう子供を入り口へと誘導する。先程優子が逃がした子供を含め3人が逃げた。後3人。ときの視界には東窓付近からこちらに駆けてくる子が1人、西窓から南へと逃げる子が1人。後1人はどこだ?
    「机の下にいます! 優子さん、お願いします!」
     戦場に良く通る声で音彩が告げつつ、自身はシールドリングをイコへと飛ばす。子供の誘導に回りたいが、しかし1回たりとも回復の機会を逃すこともできない現状。仲間を信じて回復に専念するしかない。
     ディフェンダーに就く紗葵、花梨が克司の視界から子供達を隠すように立つ。ゆきちはその後ろからイコにふわふわハートを投げていた。足の傷が完全と言えないまでも、癒える。
    「狙いは我々なのでしょう」
    「ご機嫌よう。それともお待たせしましたと言うべきかしら」
     敵の思惑通りに事が運んでいる、と言いたげに悔しげな表情を見せる紗葵とは対象的に、予言者の瞳を展開する花梨の表情は小首を傾げ、淑やかに笑みすら湛えている余裕の表情。
    「戯れにかりん達を呼び寄せた事、後悔させてあげる」
     その互いの表情と言葉に克司が、なるほど、と頷いた。
    「どういう原理かは知らないが、目的までも知られているらしいね。これは厄介だ」
     こちらも言葉に反して余裕の表情で、シールドを張り殴りかかる紗葵の拳を往なした。
    「その通り、あなたの企みなどお見通しですよ」
     子供を引き連れ南入口から出て行った優子と入れ違いに、芝居がかった声が入ってきた。
    「私の推理が正しければ今回の事件の犯人は―――霧咲さん、貴方ですね!」
     バベルの鎖を宿した瞳で克司を見据え、指を突き付けて綾が宣言した。
    「フッ、愚かな人ですね。一般人が殺される事件など探偵である私にとっては日常茶飯事!」
     その程度で心動かされて闇堕ちするなど絶対あり得ません。と、芝居がかった口調のまま、綾は自分に注意を向けるように話しながら入ってくる。
    「しょぼい子悪党の貴方には無理かも知れませんが、私を闇堕ちさせたいならまずは私を倒して参ったと言わせることですね、ハッ!」
    「ハハハ! 面白いね君ィ! そういう子は大好きだ……が、その割には震えているようだけど大丈夫かい?」
    「フッ、これは武者震いですよ」
     滑るように嘘が口を突いて出る。それがまた克司の心を刺激したのか、再び哄笑を上げる。
    「気に入った! そう言う子こそ……」
     闇堕ちさせがいがあるってものだ!
     言葉と共にどす黒い殺気が部屋中を覆い尽くした。狙われた綾と、そして咄嗟に子供を庇ったときに殺気が襲いかかる。
    「ぐっ……少し、離れる!」
     ゆきちのハートを受けて回復しながら、子供を引き連れて屋外へと離脱する。一歩遅れて優子も子供を2人、引き連れてこちらに向かってきた。
     怯える子供に優しく微笑みかけ、大丈夫、もう危ないところで遊ばないようにね。と子供達を帰す。
     その背が見えなくなった所で、ときと優子は互いに頷き再び屋内へと飛び込んだ。子供達が無事に逃げられたか確認するために二分が経過していた。

    ●激戦
     克司の攻撃は1人を狙って斬りつけるものが多かった。故にディフェンダーの紗葵がシールドバッシュを当てたのは大きかった。
     幸いにも相手はキュアや回復技を持っておらず、一度怒り状態になってしまえば半々の確率で、紗葵へと攻撃が向くことになる。故に回復がほぼ分散することなく、ゆきちと音彩、そして紗葵自身の回復で何とか保つことができていた。ときと優子が合流してからは、なおさら。
     だが、それでもやはり回復できないダメージは溜まって行く。克司としても、ならばいっその事怒りを付与した者だけを狙ってしまえば、怒りは関係ないと判断し紗葵を執拗に狙う。
     ジャマーである綾がペトロカースで石化を付与出来た事、そして同じディフェンダーである花梨が時に庇うこともあり、紗葵はギリギリのところで耐えていた。
    「くっ……!」
     だが、次は耐えられない、と判断した紗葵がシールドを展開し、大きく踏み込む。これが3度目のシールドバッシュ。速さでは克司の方が明らかに各上で、ホーミング付きであっても轟雷は一度も命中していない。イコも紗葵を攻撃させまいとグラキエスを回転させて突撃するが、紙一重で避けられた。見切られている。
     克司のナイフが閃いた。克司と紗葵、互いの獲物が交差し、互いの腹へと吸い込まれた。血を吐き、芝居ではなく本当に悔しそうな表情を見せて崩れ落ちる紗葵。
    「ひゅー。危ない危ない、お疲れさん」
     あれ、けど堕ちねえのなぁ。とぼやいた克司にエンジンを全開にして突撃するガクと、優子の伸ばした影が迫る。ライドキャリバーをひらりと避け、さらに影も軽く避けようとした克司の足が、しかし石化の影響により固まった。
    「言鈴先輩!」
    「おおりゃああああああ!!」
     愛羅武丸の一撃は、しかし影に絡まれつつも何とか身体を逸らした克司に当たらない。鉄パイプが床を砕く。
    「闇堕ちさせようってんなら、私を闇堕ちさせてみるがいいっす! ただしこの言鈴綺子、ちょっとばかしの状況じゃあ折れないっすよ!」
    「そうです、あなたみたいな鬼が私達を堕とそうだなんて──―人の想いの力を甘く見ないことですよ!」
     歯噛みしながらも体勢を立て直し言い放つ綺子に、綾にリングを与えながら音彩が挑発を重ねる。戦闘不能者が出てしまった。故に、止めを刺されないために注意を逸らそうと。
     ときの放つ結界と、綾の5度目になる石化の呪いが更に注意を逸らさんと克司に襲いかかるが、いなされ、身体を捻られ避けられる。だがしかし、先程からもそうだがやはり霊力に関わる力は苦手なのか、他の攻撃と比べやや大振りに回避動作を行っている。当たっている攻撃も、やはり霊力に関する攻撃が多い。
     紗葵を後ろまで運ぶか否か。一瞬悩んだ花梨は、攻撃を選択する。今までの相手との相性を考えて克司の周辺の空気を急激に凍らせるが、大した痛手となっていないのが見てとれた。
    「堕ちない、堕ちない、ねぇ……。それじゃその意志、本当か見せてもらおうじゃん?」
     石と氷に包まれている身体とは思えぬ速度で、そのスーツ姿が消える。全員が何をするつもりかを把握するが、しかし身体はそれに追いつかない。ならばと刹那の間に、数人が覚悟を決め―――。
     否。1人だけ、追いついていた。
    「させ、ない、わ……!」
     ディフェンダー故にか、それとも誰も闇堕ちさせないという想いからか。小柄な体を精一杯張り瞳に覚悟を宿し、花梨が紗葵の前に立ちふさがっていた。左肩から突き出たナイフから流れ落ちる血が、床を赤く染める。へぇ、とナイフの持ち主が感心した声を上げる。
    「誰も、殺させない……闇堕ち、させないんだから……!」
     歯を食いしばる顔が一瞬、痛みではなく悲しみに歪む。
    「花梨さん!」
     汝に光よ、あれ!
     聖書の言葉と共に音彩のシールドリングが、ナイフを引き抜かれ膝をついた花梨へと与えられた。ゆきちの飛ばすハートと、ときから放たれる霊力がさらに癒しを与える。
     そして両脇から克司へと踏み込む綺子、槍を構えるイコ。克司は2人へと目を移すが、視界の端に映った飛来する黒いダガーと、振われる氷の大鎌に生み出される無数の刃に身体が反応し、半ば脊髄反射でそれらを避けた。体勢が崩れる。イコの身体が横へ僅かにずれ、その背に隠されていた、窓から差し込む西日が克司の目を焼いた。
     それでも避けようとする身体。だが、石化が進行する。動いていた部位が動かない。
    「打ち抜くッ!」
    「凍りつきなさい」
     諸々の要因が重なり反応が一瞬遅れた克司へ、各々の覚悟を込めて放たれる拳と氷が穿つ。
     克司の口から血が一筋、零れ落ちた。

    ●撤退
    「いたた……思った以上に、やるもんだねぇ」
     口に溜まった血を吐き出して克司が大きくため息をつく。そして大げさに両手を上にあげて降参のポーズをとった。
    「……何のつもりです?」
    「参った参った。この場は引き下がろうかなってね」
     紗葵を庇う花梨。それを庇うときとガク。綺子、イコ、綾、優子が武器を構えたまま様子を見、音彩とゆきちが油断せず回復を傷ついている者達へ飛ばす。
     その中を、先程まであれほど身体中から溢れださせていた殺気を微塵も感じさせず、飄々とした様子で克司は比較的囲いが薄い所を通り、窓へと辿りつく。
     このまま戦い続ければ、もしかしたら倒せるかもしれない。石化は、氷は、炎は未だにその身を蝕んでいる。
     だが。戦闘を続ければこちらも最悪の形で犠牲を出してしまうだろう。其れが分かっているからこそ、克司も悠々と窓に到達してから振り向いた。
    「それじゃ、また機会があれば。その時まで御機嫌よう」
    「「二度と来るなっす!」」
     恭しく一礼。窓から出て行くその身に、優子と綺子の言葉が重なり投げかけられた。
     克司が出て行ったあとも数十秒間、緊張が屋内を包み込む。最初にそれを割ったのは、ときのため息だった。
    「よ、良かったぁ~」
     膝をついて地面に座り込むとき、そして花梨。傍らでは音彩が心霊手術を行い、紗葵の傷を塞いでいる。
    「あー、それにしても本当に私、不甲斐ないっす!」
     先輩は後輩を守らなきゃいけないのに! と地団駄を踏む綺子を、イコがまぁまぁと宥める。口を尖らせながらも大人しくなる綺子。
    「正しい者は七たび倒れても、また起き上がる……」
     父と子と聖霊の御名によりて、アーメン。心霊手術が終わり、祈りを捧げ、音彩は紗葵の様子を見た。先程よりも幾分、顔色が良くなったように見える。
    「……ぅ」
     紗葵がゆっくりと目を覚ました。辺りをゆっくりと見渡す紗葵に、パイプを咥えて壁にもたれかかりたそがれていた綾が、お目覚めですかと声をかけた。
    「克司さんなら撤退しましたよ。今回は何とか私達の勝利、と言ったところですね」
     これも敵を引き付けてくれた紗葵さんのおかげですよ。と未だに震える指先で帽子を押し上げ、パイプの玉を吹かして浮かす。
     そう、ですか……。と、悔しさを滲ませつつ床を見つめ、ほっと一息つく紗葵。そして、その瞳に決意を宿し、窓の外へと向けた。
    「今はまだ、けれどいつか必ず」

    作者:柿茸 重傷:蒼慧・紗葵(絢爛舞刀・d07227) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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