軍艦パテティーク

    作者:麻人

    「軍艦、ですか?」
     一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)は首を傾げて聞き返した。夕暮れの教室には集まった者たちの影が長く伸びている。須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は頷いて、もう一度繰り返した。
    「そう。長崎県佐世保の港にね、『出る』んだって」
     それは都市伝説が引き起こしたとある事件。問題の海域を通りかかった漁船が所属不明の『幽霊船』に撃破されたという報告である。

     場所は港の西、時刻は午前五時ごろ。
     夜間漁を終えて帰港しようとした矢先、視界を遮る巨大な影が出現した。
    「な、なんだ……?」
     漁師は驚いてレーダーを確認するが、何も映らない。
     まさか、と息を飲んで叫んだ。
    「幽霊船、だと!?」
    「――撃て」
     甲板にたたずむ人影が手をかざした途端、ドンッ、という爆音と衝撃が漁船を襲った。
     夜の海に投げ出された漁師たちはその後無事に救助されたものの、例の黒い巨船は跡形もなく消え去っていたという。

    「その黒い船っていうのがね、軍艦らしいんだ。夜が明ける前の僅かな時間にだけ姿を現す、都市伝説が生んだ暴走体」
     サイキックエナジーが人々の噂話や未知を恐れる感情と融合した時に都市伝説は現れる。かつて軍港として栄えた土地に甦る伝説として、目に映る全てを敵と心得て夜の海へと漕ぎ出す。
     その前に船へと乗り込み、甲板にて待つ青年艦長の幻を討ち取ることが勝利の条件となる。
    「行く手を阻む機銃や軍兵をかいくぐって、まずはそこまでたどり着くことが第一関門。無事甲板にたどり着いたら、あとは正面からぶつかるだけ!」
     艦長は銃を携えて『敵』を待ち受ける。
     空は夜天。だが、幾ばくもしない間に東の空が白み始めるだろう。朝が来れば船は消えてしまう。

     疾く、伝説を斃せ。
     その黒い艦体が暁に消ゆ前に。


    参加者
    長門・海(魔女で戦う魔法少女・d00191)
    レンヤ・バルトロメイ(天上の星・d01028)
    アイリス・シャノン(春色アンダンテ・d02408)
    逢坂・兎紀(依存症の殺人兎・d02461)
    東条・橘花(想影草・d03303)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    イブ・コンスタンティーヌ(楽園インフェクティド・d08460)
    小田切・真(少尉・d11348)

    ■リプレイ

    ●払暁を待つ
    (「軍艦とか機銃とかロマンあるね。……でもそういうのは、漫画や歴史の中だけでいいよ」)
     心中で誰に言うとはなしにつぶやきながら、レンヤ・バルトロメイ(天上の星・d01028)は行方を遮るように出現した軍兵にセイクリッドクロスをお見舞いした。
     出会い頭の一発に眩しく目を灼かれながらなお、軍兵はかざした刀を振り下ろす。受け止めたのは前衛クラッシャーのひとりである逢坂・兎紀(依存症の殺人兎・d02461)だ。
    「イブっ、イブ手ぇはなしてくるしい!!」
    「すっ、すみません」
     突進した際にフードが首に食い込んで、兎紀は「ぐぇ」とうめいた。イブ・コンスタンティーヌ(楽園インフェクティド・d08460)が慌てて手を離す。幽霊嫌い――本人曰く、『少し苦手なだけ』――な彼女にとって幽霊船内部という場所は鬼門である。
     幽霊船。
     だが、いわゆる古びた帆船とは違って近代的な艦体をした船だ。やけに作りがしっかりしている、とレンヤは感心したように目を細めた。機械的なフォルム、各所に配備された砲台と機銃。そして襲いかかる亡霊めいた軍兵がふたり。
    「普通、乗り込んで戦うより船に接近して乗り込む方が大変なのに。未来予測って凄いなあって思うよ」
     長門・海(魔女で戦う魔法少女・d00191)の言葉になるほどと高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)が頷いた。
    「これが幽霊船でよかったですね。確かに、本物の軍艦に潜り込むのは大変そうです……うわっ、と」
     死角から放たれた機銃が頬を掠める。
     薙は冷静に辺りを見回した。
    「――あそこです」
     いち早く発見した東条・橘花(想影草・d03303)が警戒の声を上げる。
     彼らはひとかたまりとなって軍艦上を駆け抜けていた。クラッシャーである海と兎紀、そして小田切・真(少尉・d11348)が先頭となって甲板を目指す。
    「ヴァリーさまの勇姿が見えませんのでちょっとお静かに」
     耳障りな機銃の騒音に目をすがめつつ、イブはビハインドのヴァリーに背後を任せて指輪を嵌めた左手を眼前に掲げた(ビハインドを従えているくせに幽霊が怖いなんて変な奴だと兎紀あたりは思っている)。イブの足元から影のような気が迸り鏖殺領域を形成。やや後方、スナイパーとして後衛を勤めるアイリス・シャノン(春色アンダンテ・d02408)と共に呪文を紡いた。絡み合う少女の声音が編み上げる呪いは二重のペトロカースである。
    「……朝が来る前に送ってあげなくっちゃ」
     闇にとざされた空を仰ぎながら、アイリスは曾祖父の言葉を思い出した。かつてこうした船々が悠然と群れを為して航行した時代があったのだ。
    「そういう意味じゃこの船って軍艦じゃないね」
     マジックミサイルの照準を合わせながら海がつぶやく。
    「軍艦ってのは軍に所属する船のこと。武装してても海保の巡視船や海賊船、軍を離反したような船も軍艦じゃないし、逆に武装の無い海自の補給艦は軍艦」
     だから、この船はただの不審船以外の何物でもないというわけだ。
    「へえ、よくご存じなんですね」
     薙は感心したように頷いた。
     なるほどそれなら遠慮はいらない。
     彼を守るように前へ出た霊犬は同じくアイリス、橘花の霊犬であるもち・桜と並んでそれぞれの主を含む中後衛の護りについている。全員が一丸となって進軍し、前衛が襲いくる軍兵と切り結び、後衛が機銃の抑えに回る作戦だ。
    「もち、浄霊眼なの」
     ァオン、と短い鳴き声と共にもちの瞳が清冽な光に満たされる。
     対象となった兎紀は「サンキュ!」と叫んで大地を、否金属質の床板を蹴った。既にレーヴァテインによって敵は炎に塗れている。手のひらでナイフの向きを器用に変え、力を入れやすい逆手に持ち直した。
    「お化けって熱いとかわかんのかなー? まぁいーや、早く倒れろっつーの!」
     肩と首の合間に刃を突き立てられた軍兵は声もなくぐらりと体を揺らして倒れた後、姿を消した。幽霊って力わざで倒せるんだなとどうでもいいところに感動する。フードに縫い付けられたウサ耳を揺らして着地。同時に隣に身を低めた真がホーミングバレットを射出して、残る軍兵の討伐を急いだ。
     四方八方から狙い撃つ機銃の嵐に対して、こちらは三体の霊犬が懸命に盾と壁となる。桜の美しい毛並みが弾幕によって傷ついていた。
    「っ、よくも!」
     橘花は普段こそおとなしやかな横顔に厳しい色を浮かべ、一心に弓の弦を掻き鳴らす。
    「彷徨える幻め……」
     幽霊船を放っておけば力のない人々が犠牲になる。阻止せねばならないという気迫が光り輝く一矢となって機銃を沈黙させた。
    「後ろの二機は放っておきましょう」
    「わかったの」
     アイリスは頷き、石化に引き続いて武器封じの効果を宿した十字架を顕現させた。既に機銃の幾つかはほとんどの戦闘力を失っている。セイクリッドクロスを受けた砲塔が破裂して、沈黙。
    「絶望のウミに沈めるのだ、エルザマリア!」
     海に寄り添うように従っていた少女型の影が泳ぐように軍艦上を疾駆、兎紀と切り結んでいた軍兵を闇の彼方に葬り去った。討伐の余韻に浸ることなく、海はその脇を駆け抜ける。薙の放つ癒しの矢が彼らの負った傷を癒した。
    「夜明けの前の空気は一番静謐だと思うんですが……」
     雰囲気など解さない機銃の乱射音に肩を竦め、霊犬とともに仲間の後を追いかける。イブは無言でヴァリーの袖を握りしめている。
    「……了解。甲板に向かいます」
     真は耳に手を当てて何事かをつぶやき、甲板に人影を認めたレンヤが肩越しにささやいた。準備はよいか、と仲間に問う。光源がどこかにあるのか、甲板上は薄らと光に包まれていた。その舳に悠然と誰かが佇んでいる。腰に手を当てて東の空を眺めているようだ。彼がこの艦の主であると一目で分かる風貌をしていた。
    「……何だか寂しそうなの」
     まるで誰かを、何かを待っているようだとアイリスは思った。
    「準備はいい? ……目標、艦長の撃破」
     レンヤは皆に目くばせを送り、最優先目標を改めて確認する。置き去りにした機銃は二台、撃破した機銃も二。艦長の両脇には最後の二台が備え付けられている。
    「どうかお引き取りを。貴男方の挑むべき相手は、此処には居ないのですから」
     弓を手に歩み出た橘花を艦長は横目で見据えた。小さく笑う。
    「さて、面妖な。ならばなぜ我らはここにおるのか」
     望まれたからではないのか、と艦長は問う。
     橘花は否やと首を振った。彼が満足する敵はどれだけ待っても現れないだろう。戦いは終わったのだ。
    (「だからこそ、でしょうか」)
     かつて軍港と栄えたこの地にそうした願いが残っているのか。勝ちきれなかった無念、あるいはあの悲劇が繰り返されるのではないかという懸念、恐怖。そうしたものが彼らを生んだのかもしれない――……。
    「いずれにしても、あなた方はこの時代にそぐわない」
    「そ。こんなとこで戦えるのはちょー楽しかったけど、時間もないしさ」
    「ビビらせやがりました落とし前、清算して頂きましょう」
     レンヤ、兎紀、イブがそれぞれの武器を構えた。艦長は苦笑して手を掲げる。機銃が向きを揃えてこちらを向き、茫洋と海に浮かぶ艦上に鋭い銃声を響かせた。

    ●呼ばれしもの
    「いててててっ!」
     ガトリングガンのトリガーを引きっ放しにしたまま、機銃の餌食となった兎紀は悲鳴をあげた。こちらの火力も負けてはいないが、敵のそれも侮れない。イブや橘花に任せた機銃はともかくとして、艦長の射撃は――ヤバい。
    「っ、さすがといったところか」
     普段の温和な口調をかなぐり捨て、真もホーミングバレットによる弾幕を張る。
    「貴殿も軍に名を連ねるものか?」
     軍服に身を包んだ真の身なりを指して艦長が尋ねた。
    「……名前は小田切……階級は少尉だ」
     答えると同時に再びの銃声。
     桜ともちが二頭並んで前衛の前に飛び出した。薙の霊犬は浄霊眼で前衛の援護にまわる。開幕から何度か妖冷弾を撃ち込んでいた薙だったが、状況を察して小さく舌を打った。
    「まずいですね。アイリスさん、回復を――」
     言いかけた時、脇腹を射抜かれた海が甲板の上を転がり倒れた。
    「ふっ……」
     ブラックフォームの発動によって海の首元に記されたスペードが黒く濁る。橘花が叫んだ。
    「待っていてください、あと少しで機銃を落とせます」
    「このっ、いい加減お壊れなさいな」
     橘花とイブの集中攻撃を受けた機銃は片方が沈黙するも、残る一方がまだ健在。応援に駆け付けてくれたリュカの助言を受けて、一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)はひたすらに祭霊光を前衛に下ろした。異国の言葉でやり取りする二人の会話は銃声にかき消され、他の者の耳には届かない。
     レンヤもまたジャッジメントレイを駆使して戦線が崩壊しないようもちこたえる。目を閉じ、差し出した手のひらの上に光の十字架が生まれた。
    「――!」
     それを打ち砕くかの如く、艦長の愛銃が火を噴く。
    「もちっ」
     ついに力尽きた霊犬の名を呼んだアイリスは怒りとも哀しみともつかない瞳で、それを撃った相手を見据えた。
    「ひいおじい様が言ってたの。力ある者が力無き者に手を出してはいけない。海を駆る者として誇り高くあれって。……今の貴方の姿は確かに勇ましいかもしれない……だけど」
     すると艦長は皮肉げに唇をゆがめて見せた。
     全てを否定する弾丸の雨をもって返答とする。排除、排除、排除。伝説は過去の英雄。新たな問いかけに答える術など持ってはいない。
    「つ……ッ」
     腹に銃創を負った真は後方に下がりつつ、戦況を論じた。
    「押されている」
     機銃が生きている序盤に負った前衛の深手が尾を引いていた。甲板に出るまでの戦術に問題はなかった――が、敵の首領たる艦長を前にしてこの低落。不覚、と唇を噛む。
    「東の空が明るくなってきた……!」
     レンヤの声が迫りくる刻限の存在を皆に思い出させる。
     だが、敢えて橘花はゆっくりと息を吸って目を閉じた。焦りは手元を狂わせる。型通りの手順で癒しの矢を番え、放った後も一瞬の残心に身を委ねた。薙もまた槍を床に突き刺して矢を放つ。
    「空が白んで参りました。お休みなさいまし」
     ヴァリーの影が躍り出るようにして、イブは気を刃と変えて黒き死斬を艦長の肩から胸元に刻み付けた。ああ、と彼は酷薄に笑む。
    「そうだ。日はまた昇る」
     こじ開けた前衛の合間から後衛に狙いをつけていた銃口を、彼はゆっくりと下ろした。
    「!」
     はっと、その意図に気付いた薙もまた矢を打ち消した。
     代わりに攻撃を加えようとして考える。どの技がより確実に彼へ届くだろうか――?
    「回復に専念して時間を稼ぐつもりだ」
     手慣れた仕草で弾の入れ替えを繰り返す艦長をレンヤは厳しい眼差しで見つめた。させるか、と兎紀はガトリングガンの銃口から燃え盛る炎弾を無数に吐き出す。火嵐のようなブレイジングバーストだ。
    「おらおらおらおらっ!! イブ、がんがんいけっ!」
    「はい」
     ジャマーであるイブは敵を倒すためにいるのではない。その動きを封じるためにこそ、指輪を閃かせるのだ。
    「……」
     艦長の、再充填を繰り返す手元が確かに鈍った。
     既にその背は淡い影を甲板上に作り出している。暁がもうそこまで迫っていた。うっすらと頬を指す光がだんだんとその輝きを増してゆく。
    「っ、白雪」
     皓々と白光を帯びる刀を手にアイリスが駆け抜ける。神速の太刀は一瞬の隙を見逃さなかった。軍服の胸元が裂けて血が噴き出す代わりに虚無が顔をのぞかせる。
     あと、もう一歩――!
    「……灼滅者の務め、果たさせて頂きます」
     橘花の彗星と見まごう光矢が彼の肩を貫き、そして薙の妖冷弾が絶対零度の凍気で手にした銃ごとその体を凍らせた。
     手ごたえ、あり。
     息を弾ませて見守る灼滅者たちの目の前で、弾け砕ける氷とともに伝説の幻影は消え失せた。まるで暁に解けるように跡形もなく……そして気付けば、軍艦で戦っていたことなど嘘のように港へ戻っていた。

    「あふ……早朝からいい運動になったよ。お腹すいた……」
     せっかくだから有名なハンバーガーでも食べていきませんかと誘うレンヤは、もしかしたら無尽蔵の体力と強かな神経を持ち合わせているのかもしれない。
    「お、いーじゃん! 行こうぜ」
     そしてもうひとり、食べ盛りの兎紀が賛成しないわけがなかった。
     同じ年代の少年たちが意気投合するなか、橘花は一歩引いたところで彼らをまぶしそうに見つめている。
    「おふたりとも、お元気ですね」
    「本当に。まさに、花より団子といいますか……」
     薙は海面を輝かせる朝陽に目を奪われていた。暗く何もかもを飲み込んでしまいそうな夜の海とは違う、朝の光景だ。
    「海に落ちるような事がなくてよかったですよ。もしも倒しきれなかったらとひやひやしました」
    「そしたらやっぱ海に投げ出されてたんかな? 消える瞬間に乗ってたらそのままどっかに連れてかれてたって可能性も……」
    「や、ややややめてくださいそういうお話は!」
     ウサ耳をしっかり握りしめて、イブは「兎紀先輩のバカバカ」と彼をなじった。その時、暁に舞う潮風がアイリスの淡い金髪を力強くはためかせた。彼女はたどたどしい手つきで曽祖父から伝え聞いた、また写真で見た敬礼を再現する。
    「おゆきなさい、幾夜の果てに見た暁の彼方へ」
     斃された伝説は人々の記憶から失われてゆくのだろう。
     港は今、黄金に輝く光に満たされていた。

    作者:麻人 重傷:長門・海(魔女で戦う魔法少女・d00191) 小田切・真(ブラックナイツリーダー・d11348) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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