Sh-MA 『少女、豪腕、ちからあるもの』

    作者:空白革命

    ●不撓不屈
     男はある日、少女の夢を見た。
     黒い沼のようなものから、小柄な少女がはえいずるという夢だ。
     まるで植物の生長を早回しでみているかのように、沼から突き出た『少女の手』が複雑怪奇に変容し、ぐにゃぐにゃと、ごきごきと、やがて一人の少女の姿を形作った。
     一見して小柄な、優しささえ感じる顔つきではあったが、体には獅子の毛皮を被り、眼球に黒目はなく、代わりにアンフィニマークが浮かんでいる。
     少女は一度瞬きをしてから、こう言った。
    「おまえは『ちからあるもの』か? さもなくば、心を握りつぶして殺す」
     男には、何を言っているのかわからない。だが武道の心得を少なからずもっていた彼は、少女にそう説明してやった。私は力があると。きっと君と組み合ってもねじ伏せることができるだろう。
     その答えに満足できなかったのか、少女は足下の沼にずぶりと腕を沈めた。
     ややあって、引き抜く。
     そのときには、巨大な『腕』を纏っていた。
     溶岩のように赤く輝く、肘までを覆う巨大なアームウェポンである。
     少女はまるで自らの手であるかのように起用に指を波打たせて見せると、沼から一歩だけ男に歩み寄った。
     ……と、少なくとも男にはそのように見えた。
     だが現実は違う。その一歩を踏み出す早さで男への距離を詰め、巨大な拳でもって相手の胸を殴りつけたのだ。
     その巨大さのこと。胸どころか肩や顔面を押し込み、体を異様にひしゃげさせ、バットに打たれた野球ボールのように吹き飛んだ。
     後方にあった壁を突き破り、破片をまき散らしながら回転。
     少女は両腕を突き出すと、指先をまっすぐに伸ばした。先端には大口径のものと思しき銃口が備わっている。
    「私が求めているのはその『ちから』ではない。間違うな、人間」
     彼女が呟いた途端、大量の銃弾が発射された。地面に落ちるまでもなく粉みじんとなった男は、彼女のつぶやきに答える暇すらなく。
     ……翌日、ベッドの上でイチゴジャムのようになって発見されたのだった。
     

     場所は武蔵坂学園空き教室。
     大爆寺・ニトロ(高校生エクスブレイン・dn0028)は教卓の上で胡座をかいていた。
    「世の中にはいろんな種類の力があるが、人間社会でいう純粋な『ちから』っつーのは、精神的な強制力のことだと言われてる。いわゆる、獅子の力より獅子を制する力……というやつだな。どんな時代もゴリ押しが嫌われる運命だ。まあ私は嫌いじゃないんだが……さておき」
     あご肘をついて、ニトロは言う。
    「ダークネス『シャドウ』の動きを察知した。ランダムに人の夢に入っては殺害するということを繰り返しているようだ。今回はそれを一時的にでも止めるのが、俺たちの役目ってことになる」
     
     シャドウ。
     夢に這い入る力を持ち、文字通り人間を『心から殺す』すべを持つ。
     彼らの戦闘力は灼滅者の比ではなく、現実世界で戦うとなればまず全滅を覚悟するべきだとされている。
     今回は精神世界(ソウルボート)内ということで、全員で力を合わせれば倒せない程ではない。
     だがしかし。
    「俺たちの役目は止めることであって倒すことじゃないからな。第一ここで倒したとしても、普通に逃げられるだけだろうし、無理に引き留めようとすれば本気モードで瞬殺される危険もある。だから、『戦いを通して何を伝えるか』が重要な鍵になってくるはずだ」
     ニトロは後半部分を強めて語った。
    「少なくともこのシャドウが戦闘行為を仕掛けるたぐいのものである以上、こちらも同じ夢に這入り込んでヤツと戦う必要がある。その中で、彼女が求めているものを示せるかどうか……まあ最悪、普通に撃退するだけでも構わない。牽制くらいにはなるだろうしな」
     キーワードは力。これは間違いない。
    「敵戦力はこのシャドウと、獅子型の眷属二体。これらと戦い、撃退してくれ」
     最後に一通りの資料を手渡すと、片眉を上げて見せた。
    「まあ何だ……バトルを通して何かを伝えるのは、得意分野だろ」


    参加者
    篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)
    黒山・明雄(狩人・d02111)
    朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)
    月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)
    待宵・露香(野分の過ぎて・d04960)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)

    ■リプレイ

     此、戦いの記録にて、その他一切を省く。

    ●『the strength』
     小柄な少女が宙を舞う。
     風を切り、くるんくるんと身を回転させ、腕を高く上げた。
     ただの腕にあらず。
     巨腕と呼ぶにも大きすぎる、バスケットボールの倍ほどはある拳が顔面へと繰り出された。
     それは祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913)が展開したエネルギー障壁を一瞬で破砕し、彼の顔と胸を押し込みにかかる。これが人間であれば頭蓋骨と肋骨の粉砕、脳の物理的破壊に至っても不思議ではないが、在処は人外にして灼滅者である。オーラを放射状に展開し、衝撃を分散。余った分はナイフのブレードで受けつつ、自らも後方へと飛び退った。
    「……ほう」
     少女シャドウは巨腕の指を一本ずつ波打たせるように開くと、再びバシンと拳を閉じた。ただそれだけで空気が爆ぜ、火花が散る。
    「今の一撃で死なないか。灼滅者にしても、少しは経験のある方と見える」
    「経験? 笑わせるなよ」
     在処はガード体勢のまま踵でブレーキをかけると、ナイフに炎を宿らせた。
     腕とナイフの間から片目が覗く。
    「俺の一族は古くから驚異を知り、抗い続けてきた。先人が脈々と編んできた血の鎖……その最先端がこの俺さ」
     胸に浮かぶダイヤのスート。在処は身を低くすると、滑るようにシャドウへと斬りかかった。
     それを大きく広げた掌で受け止めるシャドウ。
    「血の歴史と救済の業。それも力か……」
     シャドウはもう一方の手を広げ、反対側へと翳す。
     高速で飛来した無数の氷柱を、指の間で挟んで止めた。
     ちらりと見やれば、黒山・明雄(狩人・d02111)が獣のごとく駆けてくるのが分かった。
    「力、力な……あるさ、お前たちが在り続ける限り、闇にまみれようと戦う力がな!」
     槍を手放しオーラを展開。腕を不死鳥の翼が如く燃え上がらせると、全身の質量をまるごとぶつけるかのような突撃を仕掛けた。
    「俺は黒山、闇を狩るもの……!」
     勢いよくたたき付けられた拳を、しかしシャドウは何ということもなく受け止める。
     それだけではない。巨腕の肘部分が複雑に変形し、青白い発光体が露出。古い映写機のフラッシュバンに近かったが、明雄や在処のオーラが強制停止したことでその実が知れた。
    「除霊結界……それも二連続だと!?」
    「まだこの場には六人いる。あまりあることではないからな……暫く止まっていろ」
     歯がみする明雄をよそにして、シャドウはダッシュを開始。
    「とわ、こっちか!」
     白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)は腕まくりをすると、カードを天へと放り投げた。
    「見せてやるぜ、絶望の闇でも希望(ひかり)を捨てない、みんなの光(きぼう)で未来をつかむ……希望の戦士、ピュア・ホワイト!」
     長めの詠唱を終え、少女少女したドレスコスチュームに転身するジュン。
    「一人一人は小さな力ですが、自分にできる精一杯の役割を果たすことで戦えるのです。補い合い、力を合わせれば、とても大きな力となる!」
     ジュンはロッドを手前に翳すと近くにいた待宵・露香(野分の過ぎて・d04960)へと目配せした。
     霧香は小さく頷くと、ロッドに自らのエネルギーを集中させた。
    「仲間を信じて立ち向かっていく心……たとえ蛮勇でも、ダークネスの企みを許さない!」
    「言葉は理解した。さあ、示せ!」
     走りながら指先の機関銃を連射し始めるシャドウ。
     ジュンはエネルギー障壁を複数展開。それを遮蔽物として霧香はシャドウに突撃を仕掛けた。
     輝くロッドによる上段からの打撃である。
     シャドウは片手を垂直に立てての無刀取りで対抗。衝撃が内部を伝わり、肘部分のパーツがバキンと音をたてて破損する。
     が、ここで。
    「力も心も必要だ。だが、骨組みとなる技は必須になる」
     いつの間にか背後に立っていた吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が、素早く刀を抜いた。
     狙いは足下。素早く飛び上がるシャドウ。飛び上がるといっても上段打ちを受け止めている最中である。足を大きく広げるようにして体を丸め、ギリギリ足下のスペースをさける。
     が、昴は脇にさしたナイフを逆手で抜き、シャドウの脚めがけてコンパクトに投擲。膝関節に深々とナイフが突き刺さる。
    「取った!」
     片足。それも膝の裏からナイフを突き刺された人間がまともに着地することなどできない。バランスを崩したところを滅多切りにしてやればいい……と思った矢先のこと。
    「奢るなよ、人間かぶれ」
     シャドウは無理矢理膝を駆動し無理矢理地面に突き立て無理矢理力を入れて無理矢理ナイフをへし折り無理矢理両足で着地して見せた。
    「ダークネス未満の人間かぶれ、それが灼滅者の限界だ。数ランク下げられたところで、ハンディキャップにすらならん」
     横薙ぎで繰り出される手刀。しかしそれは巨腕の手刀である。素早く刀でガードした昴であったが、そのガードごともろに吹き飛ばされた。
     縦方向に回転し、地面を幾度もバウンドして転がっていく昴。
    「な……!」
     シャドウはアンフェニマークの浮かんだ目をぱちりと瞬いて、無表情のまま言った。
    「『ちから』は嘘をつかん。お前たちがいくら細工を練ろうと、どれだけ理屈を並べようと意味はない。『ちから』を示せ。戦って示せ。さもなくば……死ね」

     一方、篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)と月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)は獅子型の眷属相手に奮闘していた。
     顎を大きく開き、飛びかかってくる獅子。小鳩はその口にロッドを挟み込み、眼前数十センチのところで押し止める。
    「ちょっともふぁっとしてみたいようなー……じゃなくてっ」
     えいっと獅子を押し返し、返す刀でフォースブレイクを叩き込む。
     額を打たれて怯む獅子。そこへ無数のビーム射撃が浴びせられた。
    「もふもふって、途中で怠けたりしたら支援してあげないからねっ」
     小鳩を挟んでしまわないように弧を描くように走りながら、ライフルをバースト連射する架乃。
    「もう一発!」
     架乃は指輪から流れるエネルギーをライフルに注入。足を止め、獅子の横っ腹を貫くつもりで制約の弾丸を発射した。
     まともに立つこともできずにばたんと倒れる獅子。
     だがまだ、もう一体が残っている。
     死角をついて飛びかかった獅子が、小鳩の腕へと食らいついた。血が吹き出るも、オーラを噴出させてはじき飛ばす小鳩。
    「小鳩ちゃん!」
    「大丈夫、支援お願いしますね」
     腕を押さえる小鳩。架乃は小さく頷くと、指輪からダークネスエネルギーを抽出。魔弾に乗せて発射した。小鳩の背中に命中。途端、彼女の目の色がわずかに変色した。
    「連携で勝負、なのですよー!」
     握り拳を連続で獅子へ叩き込む。パワーに押された獅子はよろめき、せめて反撃しようとしたところで、朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)に頭ごと踏みつぶされた。
     ナース服に身を包み、薫は長い髪をかき上げる。
    「少女と巨大武器。アシンメトリーとアンバランスの相乗効果は侮れない……けど、こっちにもチャラ系にクール熱血、長髪クールっぽいイケメン三人組と女装っこプラス清楚系清純系マニッシュと幅広い時間帯で戦える布陣があんのよ。戦闘以外での負けはないわ!」
     謎の呪文を唱え、振り向く薫。
     シャドウは薫の文句を(理解していたのか否かはともかく)スルーして、指をがちゃがちゃと波打たせていた。
     ぱちぱちと瞬きをして、シャドウへ向き直る小鳩。
    「眷属のフォローを全然しないのですね。自分の力だけしか信じないような相手には、負けないのですよ」
    「……」
    「個々の力は未熟でも、協力することで強い敵とも渡り合えるのがチームプレイなのです。独り善がりはだめなのですよー?」
    「……」
     そんな小鳩に対し、シャドウは瞬きをひとつだけして、指を三つ立てて見せた。
    「お前がダークネスの力を使う立場にあるぶん、譲歩して三つの言葉を返してやろう」
     指を折りながら述べ始める。
    「ひとつ、その眷属は私の一部であり私自身でもある。厳密に仲間ではない。ふたつ、仮に私が眷属をかばって戦うようであれば、お前たちはこれ幸いと状況を利用するだろう。それが弱者側の戦い方として正しい。みっつ……」
     三本目の指を折り曲げる途中で、指鉄砲を小鳩へ向けた。この場合、比喩ではなく本当の鉄砲である。内部でガチンという音が鳴り、弾丸が放たれる。
     小鳩のすぐ横を通り過ぎ、後方の壁を粉砕、崩壊させた。
    「独善を是としないのは、おまえたちがスタンドアローンでないからだ。自分のために述べるならまだしも、私にそれを押しつけるか? いいから早くかかってこい。パワーセーブした私ですら、八倍の人数を要するのだ……」
     目を細め、どこか苦々しい顔をする。
    「理屈など、鬱陶しい」


     両手の五指を広げ、前へかざすシャドウ。アームウェポンが複雑に変形し、肘や手首の部分から無数の重火器が露出した。
    「ここから先に理屈はない。『今の私』に勝てない程度の力なら、それは虚勢と同じ。死ぬつもりで、かかってこい」
     全機銃掃射。
     大量にばらまかれた鉛の雨を、昂は独特の歩法で凌ぎながら接近していく。とはいえシャドウの攻撃をよけるほどの技量はない。ギリギリで攻撃をかすらせていくのが精一杯である。
     そんな彼の眼前にシールドリングを展開させる薫。
    「私たちはサイキックがあるから戦えてるんじゃない」
     ニッと笑って、複数のリングを展開させる。
     リングではじききれなかった弾が髪を一房千切っていく。
    「ふつうの人たちは、もっと過酷な時代を生き抜いてきたわ。ユーモアとちょっとの笑顔で、自分を見失わずにね。弱い私たちは、そうやって何かを受け継いでここまで来た。いろんなものを飲み込みながら、ここに立っているの。ダークネスには、分からないかな?」
    「分からせて見せろ」
     段幕が一時的にやむ。
     その期を逃すことなく、昴と小鳩はシャドウへと急接近した。
     ばらばらと一斉排出される空薬莢。跳ね散る円柱状のそれを飛び越えて、二人は斬撃と打撃を同時に繰り出した。
     それを両腕でもって受け止めるシャドウ。
     が、そうしてできた僅かな隙を逃さないのがチームプレイである。明雄と架乃はライフルを構えて発砲。腕と腕の間にできた微妙な空間を二つの弾丸が駆け抜け、シャドウの胸へと着弾した。
    「うけなさい、これが私たちの絆の力です!」
     ジュンはシールドを全開にして突撃を開始。腕をさらに変形させてやや小規模の段幕をばらまくシャドウだが。ジュンはそのさなかを真っ向から突っ切った。
     誰のためか?
     そう、彼の後ろに身を隠した霧香と在処のためである。
    「魂の紡ぐ螺旋が、闇の障礙を穿つ……フォースブレイク!」
     ジュンの左右から飛び出した二人が、同時にシャドウへと突撃。
     ロッドとナイフが、シャドウを正面から襲撃。
     胸を突かれたシャドウは、二歩三歩と後じさりした。

    「半々、といったところか……」
     シャドウは手をぐーぱーとさせると、アンフェニマークの浮かんだ目を閉じた。
     そして足下に沼を作り出すと、ずぶずぶと沈んでいく。
    「今はまだ、殺すに惜しいと見た。力を磨いておけ、またいずれ会おう」
     沈みゆく彼女に、顎を上げてみせる薫。
    「ところで、『そんなの』を集めてどうするの?」
     沈む速度は変わらない。が、シャドウは薄目を開けて言う。
    「カマをかけるならもっと上手くやるべきだ。しかし、そうだな。私の目的が知りたいなら……探せ」
    「…………」
     沈黙する薫とは別に、在処がナイフをしまいつつ問いかけた。
    「最後にもう一つ。名前、聞かせてくれないか」
     首まで沈んだシャドウは、唇をわずかに動かし。
    「『strength』」
     とだけ残し、ソウルボートから消えた。

     後日談、というわけではないが。
     このとき殺されるはずだった一般人は無事に救出され、灼滅者たちも無事に学園へと戻ることができた。
     しかしあのシャドウに関するこの後の情報は、杳として知れない。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 27/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ