青い獣の向かう先

    作者:緋月シン

    ●山上の悲劇
     それはきっと幸運だった。
     それの進行方向に誰もいなかったのは、ただの偶然だ。ほんの少しだけその軌道がずれていれば、おそらくは誰かに遭遇していただろう。そしてそこにいた誰かの命はなかったに違いない。
     だからこその幸運。
     それはきっと不運だった。
     それ以前に誰かにぶつかっていれば。その命を奪うような行動に出ていれば。或いはそこに辿り着く前に察知することが出来たかもしれない。
     だからこその不運。
     そこに居たのは一組の男女。眼下の光景に見とれながら、互いに愛を囁いている。
     無粋な邪魔が入ることなど欠片も予想していなかったから。彼らは結局最後まで、それの存在に気付くことはなかった。
     残ったのは二つの物体と、一匹の獣。
     その視線の先には、光の束。空で輝く星々の如く、そこには数多の光がある。
    『――――――――――!』
     その咆哮に意味はあったのか。或いはなかったのか。おそらくはそれ自身も理解していないだろう。
     ただ青い異形はその瞳に何の感情も浮かべずに、眼下の光を眺め。それに向かって走っていった。

    ●死という名の救い
    「お集まりいただきありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者達の顔を見回すと、頭を下げた。それから改めて今回のことについて説明をしていく。
    「皆さん既にご存知かもしれませんが、ここ最近突如デモノイドが出現し暴れ回るという事件が起こっています」
     その理由は分かっていない。ソロモンの悪魔が何らかの理由で廃棄したのか、或いは集団脱走でも起こったのか。相変わらずその原因は不明のままである。
     しかしいずれにせよ、放っておくわけにはいかない。
    「何かを命じられている様子は無く、どうやら暴走状態のようです。目に映る全てのものを破壊してしまう、といった状態ですね」
     これまでは偶然誰にも遭遇しなかったがためにそれの被害を受けるのは物だけだったようだが、ついに一組のカップルが遭遇してしまうのを予測した。
     が、それ自体を阻止するのは難しくない。彼らはその時その場所に居なければならない理由はなく、ただ気が向いたからという理由でそこにいるだけだ。
     そこへと向かう途中で邪魔をし、何か適当な理由を告げれば帰ってくれるはずである。或いは、その付近で姿を見せるだけで、二人きりでないのならと帰るかもしれない。
     場所は愛知県東部のとある山。その頂上付近の場所だ。開けた場所であり、眼下に都市の光景を眺めることが出来る。
     問題はそこだ。つまりはカップルが襲われるのだけを阻止しても、そのままではデモノイドがその都市へと向かってしまうのである。その後どうなるかは、言うまでもないだろう。
     何としても止めなければならない。
    「山と言っても丘よりも少し高い程度なので、そこに行くのに苦労はしないでしょう」
     また開けた場所というのも一箇所しかないため、すぐに分かるはずだ。
     デモノイドが来るのは、そこから都市へと向かう方向の逆。都市を背にすれば正面からやってくるような形である。
     そこを、迎え撃つ。
    「デモノイドの攻撃方法ですが、基本的に近接攻撃しかしてきません」
     その豪腕による直接攻撃と、刃と化した左腕による斬撃。共に単体攻撃だ。
     だから前衛がしっかりしていれば、後衛にまで攻撃が来ることはないだろう。しかしその代わりと言うべきか、一撃の威力が大きい。後衛もきちんと前衛を支えなければ厳しい状況に追い込まれてしまうに違いない。
    「それと、このデモノイドは身体の一部が壊死を始めているようです」
     それが全てのデモノイドに当てはまるのかは分からないが、少なくともこのデモノイドには制限時間のようなものがあるようだ。おそらく放っておいても、その命は長くないだろう。
    「しかしそれまで待っていては、沢山の命が犠牲になってしまいます」
     故にそうなる前に、灼滅を。
     それがきっと、誰にとっても最善の結果であろうから。
    「それと当日は満月ですので、光源の心配はいりません。デモノイドを倒すことに、全力を」

    「いずれ死す運命なのは、私達も同じです。ですが……いえ。だからこそ、せめて最後は灼滅による救いを」
     よろしくお願いします。
     そう言って姫子は、皆に向かって頭を下げたのだった。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)
    東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)
    真田・涼子(高校生魔法使い・d03742)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    天乃・桐(カルタグラ・d08748)

    ■リプレイ

    ●星空の下
     時刻は既に夜。空には真円を描く月。虫の音一つ聞こえてこない、静かな山中。
     そんなところを、一組の男女が歩いていた。
     彼らの目的は山頂付近、そこにある開けた場所である。正確に言えば、そこから見える景色だ。
     誘ったのは男の方だった。それが非常に綺麗で、彼のお気に入りだったからである。
     しかし自分達以外の声など聞こるはずもないそこに、不意にそれ以外の声が混ざった。
     そこに不安や恐怖を覚えなかったのは、その声が楽しそうなものだったからだ。
     声は次第に大きくなり、足音も聞こえ始める。そして、通り過ぎた。
    「天体観測楽しみー」
     それと共に、少し先からそんな声が聞こえた。顔はよく見えないが、その背丈から小学生ぐらいだろうと思われる。
     他にも天体望遠鏡のようなものを担いでいる高校生ぐらいの子の姿も見え、山の綺麗な所で天体観測するの楽しみだな、などと言っているのが聞こえてきた。
     ふと横を見てみると、ちょうど小学生ぐらいの子が通り過ぎるところだった。視線を感じたのか、顔を向けてくる。
    「僕たち上で星を観察するんですよ」
     笑みを浮かべ言いながら、双眼鏡などを見せてきた。
     なるほどと男は納得する。穴場だと思っていたものの、だからといって他に誰も知らないということはあるまい。
     そんなことを思っている間にも、さらに後方からやってきた子供達が、賑やかな様子で自分たちを追い越し進んでいく。
     何となくその姿を見送った後で男が女へと視線を向けると、目が合った。その顔に浮かぶ表情を見て、苦笑を浮かべ合う。
     どうやら考えていることは同じらしい。
     互いに頷き、二人は回れ右をする。そして、代わりに何処へ行こうかと楽しそうに話しながら、山を降りていったのだった。

    「どうやら帰ってくれたみたいですねー」
     件の場所に到着して五分ほど。先ほど追い越したカップルが来なそうなのを確認し、鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)は安堵の息を吐いた。それから念のためにと殺気を放ち、人払いをしておく。
     これで一先ずの準備は完了だ。既に街を背にした状態で陣形は整えられている。あとは、デモノイドが来るのを待つだけ。
     そしてそこに――と、都合よくはいかないのが現実である。準備を終えたところでちょうど敵が出てきてくれるわけではないのだ。
     仕方がないので、観測会に見えるようにと東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)によって用意された暖かい飲み物や軽食を各自が適当に摘む。
     油断しているわけではない。皆少なくとも一度以上依頼を経験している身だ。余計に気を張りすぎていても意味が無いということを知っているだけである。
     そうしながら真田・涼子(高校生魔法使い・d03742)が思うのは今回の相手のことだ。
    「デモノイドかぁ……敵ではあるけど捨て駒にされちゃうのは可哀想な感じだね」
     だが、それとこれとは別だ。
     鶴見岳でも戦ったし、油断できない相手であることは分かっている。気を引き締め、気合を入れた。
     油断も同情も捨てて、しっかり灼熱させよう。それがきっと、何よりも救いになるから。
    「長くない命……何れ死すべき運命なら、ここで葬る事がせめてもの情けか」
     そう呟くのは刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)だ。
     そこは母の地元であり、自分の生まれ育った故郷とも近い。故郷を離れて既に十年近く。だというのに、そこは昔と変わっていないように見えた。
    「犠牲が増えぬよう、悲劇は断ち斬るとしよう」
     だからこそ、必ず守ってみせる。
    「鶴見岳にいたデモノイドが、どうして愛知に?」
     そう言って首を傾げたのは華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)である。紅緋もデモノイドとは以前鶴見岳で戦ったが、何故アレがこんな場所に居るのか。
     しかも。
    「どうやら街を目指しているようですが、これは……帰巣本能というヤツでしょうか」
     それに答えたというわけでもないが、天乃・桐(カルタグラ・d08748)が呟く。偶然そう見えるだけなのか、或いは。
     しかしそれが分かるのは……。
    「まあ、ダークネスの考えなんて分からないですけどねー。分かるようになったら、人間としてもう終わってる気がしますし」
     結局は紅緋の言う通りだ。ソロモンの悪魔が何を考えてそんなことをしたのか、デモノイドが何を考えているのか。それは人である以上分からないことだし、分かってはいけないことである。
     分かるのはただ一つだけ。
    「仮に元は人で在ったものであろうと、もはや害成すので有れば討たねばなるまい」
     クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)が告げるように。
     被害を出さぬよう、全力で止めに行く。
     それだけだ。
     そして。
    「――来ました」
     耳を澄ましていた新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)が、それの到来を告げた。

    ●青い獣
     轟音と共にそれはやってきた。どうやら途中にある木々を薙ぎ倒しながら来たらしい。
     目の前にあった最後の一本を斬り倒し、仄青い月光に照らされながら蒼の怪物は姿を現す。
    「――これより灼滅を開始します」
     それと共に、紅緋が自らのスレイヤーカードを掲げ解放した。殲術道具を纏いながら、その心にあるのは一度は降したという自信。
     手には紫がかった深い赤色をした、霧状のバトルオーラ。決して過信にならないよう気をつけつつ、その一歩を全力で踏み込んだ。
     狙うは懐。大きな相手を倒すには、基本である。
     そして腕を異形化させ――
    「――っ!」
     咄嗟に姿勢を倒せたのは、経験の賜物だろう。反射的に下げた頭の上を、斬撃が通り過ぎた。
     しかし怯むことなくさらに一歩を前に進む。目の前には所々が壊死し始めている肉体。
     構わずぶん殴った。
    『――――――!』
     吼えたのは怒りか痛みか。
     しかしその時には既に紅緋は離脱している。飛び退った紅緋の目の前に、豪腕が振り下ろされた。
     その力は岩を砕き地面を割る。だが当たらなければ同じことだ。
     入れ違いで、瑠璃が踏み込む。神楽舞を舞う巫女のような服装を身に纏い、思うことは一つ。
     他所への被害を防ぐ為にも、この場での灼滅を。
    「悪夢が幻想を追い越す前に、潰えろッ!!」
     生きながらに腐敗していくよりは、幸福と信じて。
     舞う様な足取りで、異形化した腕を叩き込んだ。
     続く七波が降臨させたのは十字架。
     最優先なのはこの場での灼滅だ。町への突破は何としてでも阻止しなければならない。
     確かにデモノイドにされてしまったことには同情するが、自分達に出来る事は灼滅しかない。
     だから。
    「まずはその力を封じます」
     無数の光線がデモノイドに降り注いだ。
     それが終わる前に動いたのは刃兵衛。音もなく忍び寄りながら、その手に持つは風桜。
     デモノイドも元は人間、異形の姿にされた犠牲者だ。今の彼等はまるで死地を求めて彷徨ってるようにも見える。意思の疎通は出来ずとも、心の叫び位は受け止めてやりたい。
     思いながら、闇を斬り祓う刃でその足元を斬りつけた。
     しかしいつまでもやられているばかりのデモノイドではない。それは死角からの攻撃だったはずだが、或いはそれを読んでいたのか。
     腕を振り切った状態の刃兵衛の上から、刃と化した左腕が振り下ろされる。
     反射的にその場から転がるようにして退避した刃兵衛だが、即座に跳ね上げた視界の中で、その必要がなかったことを知る。左腕が振り下ろされた先は、刃兵衛が居た場所よりも若干右に逸れていた。
     外したというよりは外されたというべきだろう。その身体には、闇が触手のように纏わり付いている。
     桐の影だ。刃兵衛の攻撃と合わせるように放たれていたのである。
     その桐はというと、手に持つ解体ナイフをぐるぐると回しながら、微笑みを浮かべていた。
     別に殺人が楽しいというわけではない。
     ただ、仕事だからキチンとこなす。そしてあまりに無表情だと味気がないので、サービスとして笑顔を浮かべている。それだけだ。
     そう、それはサービスだ。せめてこれから殺す相手へと向けた、サービス。
     ついでに黒ニーソによる絶対領域のチラリズムとかも追加してみた。
     しかしデモノイドは、どうやらそれが気に入らなかったらしい。サービスだというのに、御代を払うかのようにその右腕を振りかぶる。
     だが桐は特に焦ることはなかった。理由は単純だ。視界の端で、夕香が構えているのが見えたからである。
     デモノイドが次の動きをする前に、夕香より放たれた弾丸がその動きを中断させた。
    「貴方は戻りたいのかもしれません。ですが……ごめんなさい」
     その方法を、自分達は知らない。
     だから。せめて一刻も早く、解放してあげたい。
     そのためにも。
    「ここは通しません、必ず止めてみせます」
     夕香は毅然と、デモノイドを睨みつけた。
     そしてデモノイドへの攻撃はまだ続く。
     次にそこに迫ったのは影だ。操るのは涼子。
     影は影であるが故に、既定の形を持たない。特に巨体であるデモノイドに対してならば、攻撃手段はまさに幾らでもあるといっていいだろう。
     鋭い刃と化した影が、その身体を斬り裂いた。
    「非常にシンプルな仕事だ」
     不意の呟きが空気を震わせた。
     声の主は足を動かすと、そのまま悠然と前に進んでいく。
     クラリーベルである。
    「何せ、敵を倒し、そして民を守る」
     まるで劇のように、その口は言葉を紡いでいく。
    「己の力故に自身もまた貴きとし、それ故に弱き民を守る事を義務とする」
     それは自身に課した誓い。
     しかしそこに気負いは無い。当たり前だ。
    「正にノブレス・オブリージュたる、といった所だな」
     過程はどうあれ、結局のところそれを決めたのは自分自身だ。
     ならば、そこに余計なものが混ざる要素など、あるわけがない。
    「――何時にも増してやる気が出る」
     一歩、さらに前に出る。そこはもう、デモノイドの攻撃範囲圏内だ。
     咆哮と共に、拳が繰り出された。
     その手に持つ細剣の名は青薔薇。過去はどうあれ、今はただ敵を貫くものである。
     迫り来る拳を、クラリーベルは敢えて炎を纏わせた刀身で受けた。
     理由など大したものではない。ただ、その方がらしいから。それだけである。
     背中に感じる視線に笑みを浮かべながら、身体を動かす。返す刃で、その腕を半ばまで断ち切った。

    ●五文字の言葉
     さすがというべきか、デモノイドはしぶとかった。
     それは承知の上であったが、まさか腕が千切れかけているのにも構わず振るい、しかもその威力が変わらないとまでは想像ができない。
     しかししぶといのはこちらも同じである。どれだけ続いてもその動きが鈍ることなく、攻撃を加え続けていく。
     紅緋が超近接戦闘を仕掛ければ刃兵衛が合わせ、それにさらに桐が合わせる。クラリーベルや夕香がなるべく防御を受け持ち、涼子が援護を仕掛け、攻撃を受ければ七波と瑠璃が即座に癒す。
     若干前衛に偏っているものの、相手が故に仕方のないことだろう。むしろ下手にバランスを考えていたら、或いは被害はこの程度では済んでいなかったかもしれない。
     デモノイドの攻撃を紅緋が肥大化させた腕で受け、即座にその腕を元に戻す。
     空をきる相手の腕。
     本来ならばそこで一旦離脱するところだ。
     しかし紅緋は敢えて前に出た。紅緋は再び腕を異形化させると、それを叩き付ける。
     だがそれは今まで狙い続けていた腹ではない。それは、腕だ。
     半ばまで千切れていた腕が嫌な音を立て、宙を舞った。
     直後に迫ったのは、冷気のつらら。
    「魂までも凍りつけ」
     紅緋の意図を察していた七波より撃ち出されたそれが、その身体を貫く。
     しかしそれでもと無理やりに動いたデモノイドの刃が、紅緋へと振りぬかれた。
     咄嗟に庇ったのはクラリーベル。だがこちらも若干無理やりだったためか、踏ん張ることが出来ずにそのまま吹き飛ばされた。
     そこに澄んだ歌声が響く。瑠璃の歌声が、傷ついた身体を癒していく。
     涼子の放った影が敵を飲み込むが、デモノイドは抵抗し打ち払う。
     だが桐の死角から放った斬撃が、その足元を崩した。
     そこに走りこんでいたのは刃兵衛。その手に刀は握られていない。右手は柄に。左手は朱塗りの鞘に。
     救う事の出来ない命なら、この手で全てを終わらせる。
     あったのは鞘走りの音。それと、鈍色の軌跡。
    「……せめて最後は安らかに眠るが良い」
     もう、何処にも行く必要は無い。
     その言葉に従うように、青い獣は音を立てながら地面に倒れこんだ。
    「もしもまだ言葉が……心が残っているなら、伝えたい事は、ありますか? 残しておきたいものはありますか?」
     そこに駆け寄ったのは、夕香だ。念のためにと涼子は警戒をしているが、どうやらその心配はなさそうである。
     動くことはおろか、そもそも声を出せそうな気配すらない。
     それでも。
    『……ア――』
     口元が動いたのは五回。音になったのは最初の一音のみ。
     それだけを残して、かつて人であったはずの何かは、その身体を完全に崩壊させた。

    ●星空の向こう側
     デモノイドの組織などが残っていれば採取したいと思っていた涼子であったが、残ったのはグズグズに溶けた、元が何であったのかすらも分からないようなものである。それを持ち帰ったところで意味があるとも思えない。素直に諦めた。
    「しかし、凄いプレッシャーでしたね」
     桐は先ほどの戦闘を思い出しながら呟く。
     アレが一般人から作られているなど、にわかには信じらないが……起こってしまっている以上、それが事実だ。早くアモン達の企みを潰さなければ。
     そう思う。
     どこで生まれたか? ということを聞いてみたかったと思うクラリーベルであるが、残念ながらそれが叶うことはなかった。
     しかし一先ず最低限の役割を果たすことは出来た。とりあえずはそれで納得しておくべきだろう。
     勿論満足するには、まだまだ足りないが。
     何か話していないか聞き耳を立てていた七波であるが、結局最後以外はただの叫び声でしかなかった。
     だがそれならばそれで別に問題はない。所詮それは可能であったならばの話だ。
    「これでもう走らなくていい……せめて安らかに眠ってください」
     今はただ、それだけを祈ろう。
     夕香は空を見上げていた。少し寒いけれど、空気が澄んでいるそこには綺麗な夜空が広がっている。
     だから、夕香はへレクイエムを捧げた。彼だったのか彼女だったのか、それすらも分からなかったけれども。
    「宗派が違ったらすみません」
     見送ってあげたいと、そう思ったから。
     不意に連続した音が流れた。
     自然と皆の視線がそこへと向かう。その先に居たのは瑠璃だ。
     奏でているものは、レクイエム代わりの一曲。
    「……帰りたかったのかな。自分の居た場所に」
     それを答えることが出来たものは、もう二度と現れることは無い。
     空に輝く月が、地上を優しく照らし続けていた。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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