その日はとっても

    作者:佐和

     その日はとっても楽しい日だった。
     家族みんなでテーマパークに出かけて、時間いっぱい遊んで。
     帰りの車の中でも、お土産と写真を見ながら、思い出で盛り上がって。
     他に車もなくて明かりも少なくて暗い山道なのに、車の中はとっても明るくて楽しくて。
     だけど。
     道に木が倒れていて、通れなくなっていた。
     困ったね、って言いながら、お父さんとお母さんが様子を見に車の外へ出た。
     倒れた木の向こうから、青くて大きな大きな、見たこともない化物が現れた。
     化物は、お母さんを突き飛ばして、お父さんを踏みつけた。
     お母さんもお父さんも、道路に倒れたまま動かなくなった。
    「グルル……」
     低いうなり声は、小学校近くの怖い犬のよりもっと大きくて怖くて。
     化物が頭を上げてこっちを見た瞬間、私は、ひっ、と声を飲み込んでいた。
     大きな足を踏み出して、車に近づいてくる化物。
    「中にいたら逃げられないわ! 外に出なきゃ!」
     お姉ちゃんが車のドアを開けて飛び出した。
    「万里! 逃げるんだ!」
     お兄ちゃんも反対側のドアを開けて、私を外に引っ張り出す。
     お兄ちゃんに手を引かれるままに足を動かしながら、気になって後ろを振り向く。
     化物に追いつかれたお姉ちゃんが、その両手に勢いよく挟まれたところだった。
     足がもつれて、その場に倒れこむ。
     離れてしまった手でそれに気がついたお兄ちゃんが、慌てて足を止めた。
    「早く起きろ!」
     私が立ち上がるのを助けようと、お兄ちゃんが手を伸ばす。
     見上げた先で、お兄ちゃんの頭が、青い影が通りすぎるのと同時になくなった。
     ゆっくりと。
     お兄ちゃんだったそれが倒れていく。
     その向こうに化物がいた。
     私は震えながら、立ち上がることすらできずにただ道に座り込んで。
     ぎゅっと、片手に持ったままだった大きなぬいぐるみを抱きしめる。
     お父さんがお土産にって買ってくれたぬいぐるみ。
     あら大きいわね、ってお母さんが喜んで。
     お父さんは万里に甘いんだから、ってお姉ちゃんがふくれて。
     小学生になってもまだまだ子供だな、ってお兄ちゃんに笑われた。
     ぬいぐるみを持ってるならこの方が可愛いかしら、ってお母さんとお姉ちゃんが、ポニーテールにしてた私の長い髪を下ろして、撫でるように梳かしてくれた。
     ああ、せっかく綺麗にしてもらった髪の毛なのに、道路についたら汚れちゃうな。
     そんなことを思いながら、私はただ化物を見上げていた。
    「ア……ィアア……」
     化物はまたうなり声をあげて、私を見ている。
     その後ろには、動かない4つの塊が横たわっていた。
     ……早くお家に帰りたいな。
     お家に帰って、みんなで、次はどこに行こうかってお話ししよう。
     お父さんの運転する車に乗って、お母さんの作ったお弁当を持って、お姉ちゃんに服を選んでもらって、お兄ちゃんとお菓子の取り合いっこして。
     また、みんなで……
     じっと見つめてくる化物を前に、私はそのまま、意識を失った。
     
    「この化物はデモノイドです。
     鶴見岳の戦いに向かわれた方の中には、見たことがある方も多いと思います」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は、自らが見た未来を語り終えてから、敵についての話を始めた。
     イフリートを倒すべく、ソロモンの悪魔の軍勢、その最前線に投入されていた強化体。
     その実力はダークネスにも匹敵すると見られている。
    「あの戦いの後、もはや不要とソロモンの悪魔に廃棄されてしまったのか、何か目的があって放たれたのか、もしくは、全然別の要因があるのか……
     原因は分かりませんが、暴走状態となったデモノイドが愛知県山間部に現れる未来予測が相次いでいます」
     今回の事件もそのうちの1つ。
     その中でも、苦い部類になる事件の1つ、だ。
    「デモノイドは、偶然遭遇した5人家族のうち、4人を殺してしまいます。
     一番末の女の子……小学校1年生の万里さんという少女の前で、あっという間に……」
     槙奈の顔が悲痛に歪む。
    「そして、皆さんがデモノイドに接触できるのは、デモノイドが万里さんの前に立ったその後からです。
     それ以前のタイミングで接触しようとすると、バベルの鎖に阻まれて、デモノイドは姿をくらませてしまいます」
     本当はこんな悲劇は止めたい。
     だが、この悲劇を止めてしまえば、デモノイドの次の行動が予測できなくなってしまう。
     ここでデモノイドを逃せば、これ以上の悲劇が起こる可能性を生み出してしまう。
    「デモノイドは『味方でない者』を見つけたら襲うように作られた、ダークネスとも戦える強化体です。
     とはいえ、調整は不十分のようで、身体の一部で壊死が始まっているようです。
     放っておいても長くはないでしょう。
     でも、その間に、人の多い街に出てしまったら……」
     だからこそ、槙奈は悲しげな顔に決意を込めて、灼滅者達に告げる。
     今、助けられるのは唯1人だけだ、と……
    「デモノイドは、武器や防具は持っていませんし、壊死しかかっているので鶴見岳での時より体力は落ちていると思われます。
     ですが、その怪力は健在です。近距離攻撃だけではありますが、その腕力での殴打や、腕を変形させた刃での一閃は、油断できるものではありません」
     充分に注意してください、と槙奈は言葉を重ねた。
    「あと、万里さんですが……」
     槙奈の表情に更に影が落ちる。
    「ショックが大きすぎたためか、皆さんがいる間に目を覚ますことはないようです。
     ただ、皆さんに何かできることがあったなら……」
     最後の言葉を口にすることができず、槙奈はただぺこりと頭を下げた。


    参加者
    阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)
    不破・聖(壊翼の鍵人・d00986)
    浅間・小鳥(ゴールデンドロップ・d01437)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    杉崎・莉生(白夜の月・d09116)
    白槻・聖(花紡ぎ・d10073)
    神楽火・國鷹(彷徨える隠秘学者・d11961)
    姫子松・桐子(玲瓏黎明・d14450)

    ■リプレイ

    ●惨劇の夜
     倒れた木の手前に1台のワゴン車が止まって。
     運転席と助手席のドアの開閉音と共に、2つの人影が車のライトの中へと現れる。
     教えられていたその光景を複雑な表情で見ながら、海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)はぽつりと呟いた。
    「デモノイドも、あの家族も、だーれも悪くねェんだよなぁ……」
     道路を塞ぐ倒木を確かめながら、相談するのは父親と母親。
     ほどなくして、父親が取り出した携帯電話に視線を落とす。
     だから、それに気付いたのは母親が先だった。
     倒木を乗り越えて来た、ところどころに金属や不可解な装置をつけた、青い巨人を。
     灼滅者達は、それがデモノイドと呼ばれる、戦いのためだけの存在として造られた犠牲者であると知っている。
     不破・聖(壊翼の鍵人・d00986)の冷静な表情の中にも、どこか苦々しい影が見えた。
    「ほんとは……誰も……」
     悲鳴を上げかけた母親を、目の前に降り立ったデモノイドの左腕が打ち払う。
     跳ね飛ばされて道路に転がり、母親はそのまま動かなくなった。
     気付いた父親が、母親へ駆け寄ろうと足を踏み出して。
     だが数歩も進まぬうちにデモノイドの右腕が振るわれた。
     直撃はしなかったがその場に膝をついた父親を、デモノイドが無造作に踏み潰す。
     ぎゅっと唇をかみ締める杉崎・莉生(白夜の月・d09116)は、悲痛に顔を歪めて。
    「出来る事なら、家族全員助けたかったよ。悔しいね……」
     呟きに、傍らに立つ白槻・聖(花紡ぎ・d10073)が優しくその肩を抱いた。
     デモノイドが、明かりに惹かれてなのか、単に進行方向だったからか、車へと近づいていく。
     車の後部座席のドアが開いて、右から少女が、左から少年とぬいぐるみを抱いた少女が現れる。
     デモノイドは自らに近い方……姉である少女へと視線を向けた。
     その様子を、阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)はじっと見つめる。
     嗚呼には、他の面々と違って、怒りや悲しみは感じられない。だが。
    「面白くはありませんね」
     ぽつり、と言う嗚呼の前で、姉がデモノイドの腕に捕まり、その凶悪な両手で潰される。
     エクスブレインの予知で、灼滅者達にはこの惨劇を見ていることしかできない。
     助けられる可能性のあるのは、ただ1人。
     肩に置かれた白槻の手に自らの手を重ねて、莉生は悲しみの中に決意を込めて顔を上げた。
    「悲劇は、止めなくちゃ」
     浅間・小鳥(ゴールデンドロップ・d01437)も頷いて。
    「悲しい犠牲者は増やさないよ」
    「万理ちゃんを助けようとした家族の想いを果たしましょう」
     嗚呼も静かに言葉を重ね、その手に刃を構える。
     デモノイドが兄である少年と、末の少女……万里を追うように足を進めた。
     振り向いた万里が躓き、兄が慌ててそれを助けに戻る。
     万里が顔を上げるのと、デモノイドが追いついて兄の後ろに立ったのは同時。
     そのまま、デモノイドは刃の生えた右腕を横へと凪いだ。
     倒れる兄を気にも留めず、デモノイドは万里へと近づき、その前に立ち止まる。
     その時が来たと、神楽火・國鷹(彷徨える隠秘学者・d11961)は姫子松・桐子(玲瓏黎明・d14450)へと振り返って頷いた。
    「参りましょう」
     桐子も頷き返して、巫女の装束を翻すと、傍らの霊犬・風花と共に、隠れていた木陰から飛び出す。
     4人を助けられなかった今の自分達に出来る事は、1つしかないのだから、と。
    「悲しみの連鎖、ここで絶ちます!」
    「Sunctus」
    「これより、処刑を執行する」
     桐子の決意に、皆の足音と眞白と不破の解除コードが重なった。

    ●戦塵の夜
    「俺が相手になる! これ以上、お前に人を殺させたりしねェから……!」
     叫びながら眞白が放ったバスタービームに、デモノイドがゆっくりと振り向く。
     眞白の横をすり抜けて走りこんだのは、不破と桐子。
     不破が通りざまに振るった斬艦刀はデモノイドへと深い傷跡を残した。
    「グルル……」
     そのまま、うなり声を上げるデモノイドの脇を通り抜け、万里との間に立ちふさがる。
     不破の影になるように付いていた桐子は、不破に背を向けて倒れている万里へと向かった。
    「桐子、頼んだぜ!」
    「はい」
     桐子は眞白の声に頷いてから、万里とぬいぐるみをそっと抱きかかえると、
    「風花、皆の護りをお願い」
     応えるようにきゅっと目をつぶった霊犬に笑いかけてから、その場を離れるように再び走り出す。
     その動きに気付いて、デモノイドが桐子へと顔を向けた。が。
    「こ、こっちですっ」
     必死に大きな声を上げながら、莉生がその手に展開したシールドでデモノイドを殴りつける。
     小鳥も、指輪に口付けてから十字架を降臨させると無数の光を撃ち放った。
    「殺しあいましょう。名も知らぬ方」
     嗚呼がその殺気でデモノイドを覆えば、白槻の裁きの光条が貫いて。
     桐子が万里を安全な場所へ連れ出すまでは足止めが役目と、デモノイドに相対する者達は攻撃を続ける。
     その間に、桐子はデモノイドから離れて、
    「こっちだ! そこの木陰がちょうどいい!」
     飛び出さずに残っていた國鷹が桐子を誘導する。
     桐子が頷き、指し示した場所へと向かったのを確認して、國鷹もデモノイドへと向かった。
     背後の戦闘音を聞きながら、だが振り返らずに桐子は走る。
     そして、デモノイドから遠く、戦いの余波も届かないその場所に辿り着くと、桐子はそっと万里を横たえた。
    「ここで少し待っていて下さいね……」
     ぬいぐるみを抱きしめて離さない小さな手に、自らの手を重ね、小さく語りかける。
     家族を失った少女の辛さを自分のことのように感じ、張り裂けそうな胸を抱えて。
     万里の顔を遣る瀬無い想いで見つめていた桐子は、一度目を伏せてから顔を上げ、戦い続ける仲間の元へ戻るべく、万里を置いて走り出した。

    ●葬送の夜
     戦いの場は、夜闇の中、明るく照らし出されていた。
     車の他に、桐子が仲間に渡しておいたベルトライトや、各々で予備として用意したケミカルライトなど、光源は充分過ぎるほどにあるのだから当然か。
    「天翔る星光の矢を受けろ!」
     國鷹の言葉通りに彗星のように放たれた矢が、デモノイドに突き刺さる。
     その矢から少し離れた場所が、周囲とは違う、深く鈍い青色になっているのが見えた。
    (「確か、一部が壊死している、って……」)
     明るいからこそ見えた色と、事前の情報から、小鳥はその青へと魔法弾を集中させる。
    「グルゥォォ……」
     デモノイドのうめき声に、今までと違う、痛がるような響きが混じった。
     むやみやたらに振り回された腕が、避けきれなかった眞白を直撃。
     すぐさま白槻と風花が回復してくれるのを感じながら、眞白は歌い続ける。神秘的なその歌声は、デモノイドに向けた鎮魂歌……
     そこに戻ってきた桐子が走りこんで、中段の構えからの斬撃をくりだした。
     全員揃った灼滅者達は、足止めから灼滅へと戦術を切り替える。
    「……許せない。全部、全部許せない……!」
     デモノイドを造り出したダークネスの抗争も。
     それに出会ってしまった家族の偶然も。
     正しくぶつける宛のない怒りに、不破は、冷静で居きれない自分を抱えて。
     怒りを決意へ、そして攻撃へと変換する。
    「とにかく……とにかく、今はこれ以上、殺させない……っ」
     爆炎の魔力を持つ弾丸は、不破の想いと共にデモノイドに炸裂した。
    (「助けてやれねェなら……心だけは、救いてェ……」)
     そう願ってテレパスを使ってみた眞白だが、デモノイドの思考を読み取ることはできず。
     できることはデモノイドを止めることだけか、と眞白はバスターライフルを構えた。
    「紫明の光芒に……呪縛よ、虚無と消えよッ! 発射ェーッ!」
     その光線と併走するようにデモノイドとの距離をつめたのは、嗚呼。
    「死とは覚悟を持って迎えるものです。その覚悟を持てなかった者達も、そして、その覚悟を与えられずに殺してしまった貴方も、不幸です」
     淡々と自らの考えを口にしながら、刃を翻す。
    「私は、貴方に死を与えます」
     相手に覚悟を与えるべく宣言をしてから、嗚呼はその刀を振り下ろした。
    「グルル……」
     反射的にやり返すように、デモノイドの腕に生えた刃が嗚呼に向かう。
     だが、切り裂かれたのは、そこに割って入った莉生だった。
     ダークネスと戦えるというデモノイドの怪力は、やはり侮れない。
     ディフェンダーの自分でさえこれほどの深手を負うのかと、愕然としながらも、気合いを入れなおす。
    (「しっかり役目を果たさなきゃ……」)
     そんな莉生を眩い光が包み込んだ。
     仲間の戦いを、仲間の想いを支援すべく、祈るように手を合わせる白槻の癒しの光だ。
     同じ光を、小鳥が裁きの光条としてデモノイドに放つ。
     狙ったのは嗚呼がつけたばかりの傷。
     重ねられた攻撃に、デモノイドの身体がぐらりと傾ぐ。
    「俺の風からは逃げられん!」
     そこへ國鷹の風の刃が撃ち込まれた。
    「あなたも犠牲者なのですよね……」
     傷つき、壊死しかかったその青い身体を見て、桐子がふっと顔を歪める。
     しかし、これ以上の悲しみを生み出してはいけない。
    (「本当の貴方もそう思いますよね?」)
     ごめんなさい、と呟きながらも、桐子の影が鋭い刃へと形を変え、デモノイドを切り裂いて。
     眞白の歌声が響く中で、
    「……潰す……!」
     不破の振り下ろした刀が、デモノイドへ深々と突き刺さった。
    「グ……アァァ……」
     呻き声とともに巨体が道路へ倒れ伏す。
     そのまま起き上がることもできず、身体は徐々に崩れ出していた。
    「歪められた命よ、終幕の時間だ」
     デモノイドの終わりを見下ろして、呟いたのは國鷹。
     その横を通り過ぎ、眞白は、崩れゆくデモノイドの傍らにしゃがみこむ。
    「お前だって寂しいよな……」
     何も出来ないなら、せめて忘れないでいたいと、眞白はデモノイドへ問いかけた。
    「名前、言えるか……?」
    「……アリツィ……アア……」
     うめき声は辛うじて言葉として聞き取れて。
     最後の力を振り絞るかのように、デモノイドは声を出す。
    「ムスメヲ、マモッテ……」
    「大丈夫、万里は無事だ。だから……ゆっくりと休め……な」
     だが今度は眞白の言葉に答えることなく、デモノイドは完全崩れ、その身体についていた金属だけが残った。
     それを見届けてから。
    「さようなら。冥府への旅路にお気をつけて」
     嗚呼は、刀を鞘に納めた。

    ●悲哀の夜
     戦いを終えた灼滅者達は、万里を囲んで集まっていた。
     白槻が万里とぬいぐるみをコートで包むように抱き、莉生もそっとストールをかけてあげる。
     万里は気を失ったまま、目を覚ます様子はない。
     その心の内を想って、灼滅者達は皆、無言だった。
     1人、周囲を警戒して、仲間達から少し離れていた嗚呼は、戦いの跡を見ながら、ふと、自分のESPなら万里の家族に今一度、仮初の命を与えられるのでは、と考える。
     元通りにはできないまでも、死へ向かう覚悟の時間を与えられれば、と。
     だが、4人という人数、そして、遺体の損傷の激しさを見て失敗の可能性が高いと判断し、ふるふると首を振って今の考えを追い払うと、再び周囲へと意識を戻した。
     そんな、沈黙の中で。
    「……なあ」
     ぽつり、と眞白が呟くように言った。
    「万里を武蔵坂学園に連れて行けねぇかな……?」
     きっと学園なら、ダークネス被害者の心のケアにも慣れてるだろうし、と言葉を重ねる。大きすぎる傷に立ち向かう為には、時間と仲間が必要だと、それはきっと学園にあるはずだと思うから。
    「私も、学園で保護してあげたいです」
     同意したのは、桐子。ダークネスに家族を殺された、万里に近い境遇を持つ桐子も、学園で救われた自分に万里を重ねて保護を訴える。
     しかし、小鳥は2人の意見に首を横に振った。
    「灼滅者でないなら、普通の世界に戻るべきだと思うの」
     指輪にそっと触れながら言う小鳥の意見に、桐子がはっとしたように顔を上げた。
    「警察にお任せしましょう」
     心配そうに白槻は桐子を見上げ、けれど腕の中の重さを感じながら少し哀しそうに、言葉を添える。
    「こんなことに二度と関わらないで済むならその方が……」
    「そう、ですね……」
     桐子は瞳を伏せながら、白槻の傍らにしゃがみこんだ。
     気付けば、万里の抱くぬいぐるみに葉っぱがついている。
     それを取り払ってから、桐子はそのまま万里の長い髪を梳く。
    「警察が来るまで、傍にいてあげましょう」
     気遣うような白槻に、桐子は小さく頷いた。
     反対側に座り込んでいた莉生が、泣き出しそうなほど哀しげな瞳で万里を見つめて、その小さな手をそっと握る。
    「……何もできなくて、ごめんなさい」
     仲のいい大切な家族が目の前でいなくなる辛さは、本当には分からないけど、考えただけでも耐えられそうにない。
     一緒に死にたかったって思ってしまうかもしれないくらいに……
     でも、それはきっと、正解じゃない。
    「今すぐは無理でも、ちゃんと元気に、前を向いて生きて欲しいな……」
     莉生の望んだ未来を口にしたのは小鳥。
     それは願いであり、万里へ贈る言葉。
    「悲しみに負けないで下さいね……」
     桐子も重ねて言葉を贈る。
     そこに歌が響いた。
     万里が起きないようにか、小さい声だけれど、綺麗に響く旋律は、鎮魂の賛美歌。
     皆が振り向いた先にいたのは、不破だった。
     救えなかった家族に。デモノイドとなった誰かに。
     小さく小さく、響き渡る歌声。
     ふう、と気持ちを切り替えるように息を吐いてから、眞白の歌声も重なった。
    「警察に連絡した。交通事故ってことにしたが」
     國鷹は仲間に告げながら、携帯電話をポケットにしまう。
     その折に、ポケットの中に入れていた手紙に手が触れ、國鷹は目を伏せた。
     万里に渡そうと自身の連絡先を記してきたが、この状況では警察に見つけられる可能性の方が遥かに高い。
     万里の力になるどころか迷惑をかけることになりかねないと、國鷹は手紙から手を離した。
     ため息を1つついて、上を見上げる。
     不破と眞白の賛美歌が響く中で、冬の夜空に幾つもの星が瞬いていた。
      

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 9/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 5
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