冬の燕 ~辻斬り燕斬~

    作者:相原あきと

     郊外にあるとある有名なお寺。
     そこではその日、大手企業の会長が亡くなった会社葬が行われていた。
     空は曇天の雨雲が覆い、まるで故人を憂うように大粒の雨が降っていた。
     時刻は夕方、すでにお寺の講堂内では式が始まっており、約三百人の参列者が順番にお焼香をはじめている。
     一方、講堂前のテントの下では、数人の受付係が芳名帳と香典の整理に追われていた。
     そんな中、テントに近づいてくる男が1人。受付係が男に気が付き声をかける。
    「本日は足元のお悪い中をお越し頂きまして、故人は生前、とても正義感が強く――」
     しかし、受付係は最後まで言い終える事なく、その首と胴を切り離されこと切れる。
    「正義感ね……はっ! くだらねぇ!」
     さらに周囲の人間が騒ぐ間も無く、全ての命が紅い血へと流れた。
     大粒の雨が降る音と、講堂内から聞こえてくる読経の声だけが周囲を支配する。
     一瞬で数人を血祭りにあげた男は、現代には似つかわしく無い格好をしていた。
     無地の黒羽二重の着流しには銀糸で燕の刺繍がしてあり、腰には白鞘仕立ての日本刀と黒漆太刀拵の長ドスを下げていた。
     浪人姿の男は、にやりと笑みを浮かべると講堂内へと歩を進める。
    「さぁ、血の雨の時間だ」
     浪人の言葉は事実となる。
     まさに雨の如く血が流れることになるのだから。

    「みんな、六六六人衆については勉強してある?」
     教室に集まった灼滅者達を見回しながら鈴懸・珠希(小学生エクスブレイン・dn0064)が皆に聞く。
    「今回、みんなにお願いしたいのは、六六六人衆が起こそうとしている大量殺人の阻止よ。場所は郊外にある有名なお寺、そこで大手企業の会長が亡くなったのでお葬式があるみたいなんだけど、そこに六六六人衆は現れるわ」
     敵は最初、お寺に隣接する霊苑の方から歩いて来て、最初に受付係、そのまま葬儀が行われている講堂に入って室内の約300人を皆殺しにするらしい。
    「敵に気付かれず接触する為にはどうすれば良いか、なんだけど……」
     珠希はそう言うと2つの条件を説明する。

     条件1。
     お寺に隣接する霊苑で、依頼参加者全員で待つこと。

     条件2。
     葬儀を行っている一般人達に事前に接触したりしないこと。

    「以上を守れば、敵が大量虐殺を行う前に霊苑で接触できるはずよ」
     敵と接触した後なら、その後は数人を講堂へ向って人を非難させたりする事は可能らしい。ちなみに、接触後約30分経つと順次参列者が講堂から出てくるので、霊苑で戦っていても一般人の被害が出る可能性があると言う。
    「あと、これは良い情報か解らないのだけど……」
     珠希は迷うようにあごに手をあてたまま言う。
    「この六六六人衆、どうもみんなを待っているみたいなの。だから、戦いになれば一般人より灼滅者のみんなを優先して襲ってくるわ」
     そしてこの相手は残忍で狡猾だ。とどめが刺せそうなら遠慮無く殺しに来る。
     この敵を撤退させる方法は2つ、一般人を全員逃がしきるか。
     この敵と同等以上の戦力をぶつけるか。
    「ただ、六六六人衆の強さは……そうね、最近報告書にあった六六六人衆・三日月連夜の事件も参考になるかも」
     つまり、闇堕ちを覚悟すれば依頼の成功は易いという事だ。
     もっとも……。
    「敵はこちらの闇堕ちを待っている雰囲気もあるの……」
     つまり、何の目的があるか知らないが、灼滅者達を闇堕ちさせたがっているという事か。
    「敵は殺人者と日本刀に似たサイキックを使ってくるわ。解体ナイフと影業に似た技も使えるみたいだけど……その2つはぎりぎりまで使わないみたい」
     敵の性格は狡猾で残忍。挑発やはったりはお勧めしない。相手は挑発にのったふりをして弱者を狙ってきたり、汚い手もお構いなしなので逆にこっちのペースを崩されかねないからだ。
     さらに通常はディフェンダーとして戦うが、気に入らない性格の相手を殺す場合はクラッシャーにポジションを変えてくる。
     こうなると灼滅者側の被害率が跳ねあがるので注意して欲しい。
    「それと、みんなとの能力差は歴然だと思って。得意分野で戦っても無駄だと思うわ」
     珠希が毅然として言う。今回はそれほどの相手という事だ。
    「もう一度言うけど、今回の目的は一般人が虐殺されるのを防ぐことよ。間違っても敵の灼滅じゃないから気をつけて」
     最後に、珠希が口に出すのを躊躇っていた敵について説明する。
    「敵の名は鬼哭・燕斬(きこく・えんざん)。序列四五一位の、六六六人衆よ」


    参加者
    天野・白夜(無音殺(サイレントキリング)・d02425)
    天護・総一(唯我独尊の狩人・d03485)
    速水・志輝(操影士・d03666)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    九十九・緒々子(回山倒海の見習いヒーロー・d06988)
    アイナー・フライハイト(ひとかけら・d08384)
    赤秀・空(アルファルド・d09729)
    ゼノス・アークレイド(フルメタルリッパー・d13119)

    ■リプレイ


     2月の冷たい雨が、霊園の石道をタタタタと小気味良く叩く音が響く。
     桜染の紬に帯を文庫の変わり結びにした藤色の袴を着た少女、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が、そばに立つ仲間に話しかける。
    「君も殺界形成をするとはね」
    「……仕事、だからね」
     赤秀・空(アルファルド・d09729)が抑揚無く呟く。他人がどれだけ殺されても構わないが、それで仕事が失敗するなら対応するべきだろう。殺界領域は誰かが倒れても良いよう、いろは、空、九十九・緒々子(回山倒海の見習いヒーロー・d06988)の3人が発動、支点の位置も講堂が範囲に入らないこの場所にしてある。
     すでに霊園に一般人はなく、いるのは8人の灼滅者だけ。
    「誰も死なねぇ、誰も殺させねぇ……もっとも、殺人鬼の俺がそんなこと思うなんざ妙な話だがな」
     張り詰めた緊張感漂う中、ゼノス・アークレイド(フルメタルリッパー・d13119)の言葉に仲間達が同意する。だが、次の瞬間。
     誰もが空気が変わった事に気が付いた。

     霊園の奥から1人の男が歩いてくる。
     無地の黒羽二重の着流しには銀糸で燕の刺繍、腰には白鞘仕立ての日本刀と黒漆太刀拵の長ドス。
    「よぉ、皆。来たみてぇだぜ?」
     ゆっくりと近づいてくる男からは、圧倒的な殺意だけが伝わってくる。
     アイナー・フライハイト(ひとかけら・d08384)は歩いてくる男から目を離せないでいた、自分の経験が警告するのだ、この男から目を離せば……。
    「そんじゃ、頼んだぜ?」
     ゼノスの言葉に、アイナーが男から視線は外し講堂へと無言で向かう。
     そう今は、仲間がいる。
     男は灼滅者達の先、約5m程で足を止めた。
    「はじめまして。お待ちかねの灼滅者です」
     丁寧に話しかけたのは天護・総一(唯我独尊の狩人・d03485)。
    「全員が、か?」
     総一はフッと余裕を崩さず。
    「そちらも用があるのでしょうが、その命、少々私達に預けなさい」
    「用? はっ、豚共を殺すなんざ余興にすぎねぇ……それに、命は預けるもんじゃねぇ」
     口が歪む。
    「奪うもんだ」
     ズズズズッと男から立ち上る殺気に当てられ、周囲の風景が一段階暗くなる。
    「ずいぶん余裕だな」
     影でその身を覆い戦闘スタイルに移行しつつ速水・志輝(操影士・d03666)が答える。
    「望み通り、相手をしてやる」
     同じく、天野・白夜(無音殺(サイレントキリング)・d02425)が腰に手を伸ばし言霊を紡ぐ。
    「……血化粧纏いて、死路に誘うは黒太刀の死神、起きろ……『斬鬼』」
     現れるは真なる黒の刀身を持つ太刀。
     次々に殲術道具たる武器を構えだす6人に、男がくつくつと笑みを漏らしながら刀を抜く。
    「その選択、後悔するなよ?」


     白い燕が飛ぶ。
     少なくとも、その列攻撃を受けた総一と志輝にはそう見えたのだ。
     周囲の墓石が両断され、2人の胸からも血が吹き出す。
     即座に白夜の鏖殺領域が燕斬を包み込むが、傷1つ無く燕斬が領域を歩いて抜ける。
     術式攻撃は命中しないとの予想通りだ。
     白夜は慌てず攻撃を別の物へと切り替える。
     総一のビームが雨を切り裂き、空の石化の呪いが燕斬にかかるが、その歩みは止まらない。
     桜色の袖をひるがえしいろはが飛び出す。上段から振り下ろされた日本刀が燕斬の肩口に食い込みやっとその歩みを止める。
    「ほう」
     燕斬が目を細め、瞬間飛び退くいろは。追撃は……来なかった。
    「噂通り……数が集まりゃ悪くねぇ」
     ドッ!
     燕斬の足下の水たまりが石道の石とともに宙に飛び、同時に燕斬が視界から消える。
     死の舞踏が幕を開ける。

     戦い初めてすぐ、緒々子は皆の苦戦を感じ取っていた。
     仲間にエンチャントをかけてから傷の酷い者に回復をと思っていたが……正直、回復で手一杯で支援ができないでいた。もちろん、自己回復も仲間はするが……メディックの緒々子に比べれば心許ない。
     そんな緒々子の焦りに気づいてか、燕斬が声をかけてくる。
    「できそこないの豚どもがすぐに餌を食い尽くすから、餌やり当番は大変だなぁ?」
     カッと頭に血が上る。拳が痛いほど握られる。だが、ここで挑発に乗り、燕斬が本気を出してきた場合、本当に死人が出てもおかしくなかったと今ならわかる。
     だからこそ、緒々子は冷静に頭を切り替え、逆に余裕の笑みで返してやるのだ。
    「ピーピーうるさい燕ですね」
    「あ?」
    「だいたい、燕が鷹に敵うと思っているですかっ?」
     荒ぶる鷹のポーズを取る緒々子に、燕斬が舌打ちする。

     依頼の成功条件が、常に敵の目的阻止かというとそうではない。
     つまり今回がまさにそうだ。
     しかし灼滅者達は敵の目的すら阻止する選択をした。
     結果、彼らの前には相応難度の壁が立ち塞がった。

     天護総一は『余裕』という感情以外を知らない。
     だからこそ初手で怒りを相手に与えた。ディフェンダーである自分が耐える……それは慢心では無い。自信だ。
     そして事前の予測通り、回復を貰いながら戦う事ですでに4分が経過していた。
    「代わるよ」
     空が即座に前衛に立つ。
     総一は交代で後ろへと下がる。前中後衛が2人ずつの陣形を崩さぬよう空の代わりに中衛となる。
    「おい、逃げるのか?」 
     燕斬が嘲笑を浮かべて挑発してくる。
    「鬼哭燕斬……でしたね。私の名は天護総一。今は非力ながらいつかあなたを灼滅する男になってあげます。けれど、今はその時ではない」
    「ほぉ?」
     総一は中衛につくと余裕の笑みを崩さず。
    「その時は遠慮なくお相手してあげます。それまで、私の名を胸に刻んでおきなさい」
     燕斬は総一の言葉を最後まで聞くと。
    「悪いな。豚の言葉は覚えてねーんだ」
     志輝の前にいた燕斬が消える。
     地面すれすれを飛ぶ燕のごとく、燕斬が迫るは――総一だった。
     燕斬の刀が鞘走る。
     回避は間に合わない。冷静に判断した総一だったが、途中で燕斬の動きがコンマ数秒止まり、総一の首の皮一枚を切り裂くに終わる。
    「予想通りだね」
     燕斬が刀を振り、自らの足にとりついた空の影を斬り裂く。
    「きっと、狙い続けると思ってたよ」
     空の言葉に、少しだけ燕斬の笑みが消える。
     燕斬にできた僅かな意識の隙間。
     燕斬が即座に反応するも、その首を黒太刀がわずかに切り裂く。
     白夜だ。
    「躊躇無くきたな」
     燕斬が鮫のように笑う。
    「……見た目は白の燕、中身は…ドス黒い猛禽類だな」
     再び距離を置いて白夜が太刀を構える。
    「……もっとも、昔はこっちもドス黒い猛禽類だったがな」
     白夜は自嘲気味に言うのだった。
    「志輝」
    「ああ、代わろう」
     当初の予定通り武器封じは最大まで付与する事ができたので、いろはと志輝がポジションを変える。
    「お前もか? ずいぶん臆病が揃ったもんだ」
    「簡単に倒れては、つまらないだろう?」
     燕斬に志輝が答える。
    「ふんっ……で、次はお前か?」
    「君みたいのは嫌い、だよ」
     いろはの言葉に燕斬が笑う。 
    「正義の使者気取りか?」
    「違うよ、たまたま嫌いな奴に悪党が多いだけの話」
     いろはが愛刀を鞘へと納めながら。
    「時遡十二氏征夷東春家序列肆位、四月一日伊呂波……行くよ」
     その構えのまま残像を残して消える。
     縮地法。
     瞬時に燕斬までの間合いを詰め一閃。
     血飛沫が舞い、燕斬の二の腕を切り裂く。
     だが、すれ違うように疾走した燕斬をいろはは見失う。
    「ぐっ……ぶは」
     背後で誰かが倒れる。
     振り返った先には、血を滴らせた刀を舐める燕斬と、切り捨てられ倒れた総一がいた。


     濡れた雨を拭いてからゼノスとアイナーが講堂へと入り込む。
     礼服を着、プラチナチケットを発動させた2人を呼び止める者はいない。
     2人は参列者の最前列、喪主に並ぶように座る偉そうな年配の男達に目星を付けると。
    「失礼します。故人の会社の重役の方々ですよね」
    「なんだキミは」
     不機嫌そうに返してくる男。
    「ただいま施設の一部に火災を検知したため、一時避難をお願いします」
     不機嫌男の周囲数名にも聞こえたのだろう、小さくざわめきが起こる。
    「キミ、今は会長の葬儀中だぞ。検知だかなんだか知らないが本当に火事なのかね!」
     不機嫌男は相当地位の高い者だったのだろう、周囲の取り巻きがゼノスとアイナーを「確かめたのか」「責任者を出せ」と追及してくる。
    「本当なんだ! 今すぐ非難してくれ! 下さい!」
    「なんだって?」
    「だから! いや、ですから本当に急がないと」
     ゼノスの脳裏に今も戦っている仲間達の姿が思い浮かぶ、自分達がここでまごついてるわけにはいかないのだ。
    「………………」
     ゼノスに食いかかってくる不機嫌男の前に、無言でアイナーが立つ。思わず気押され黙る男。
    「あなた達の安全が最優先です……」
     アイナーにはかつて、助けられなかった一般人がいた。
     だが、今この目の前にいる人々は避難さえすれば助けられる。
    「だから、それなら責任者――」
    「常務」
     顔を紅くして食いかかってくる不機嫌男(常務らしい)の肩に手を置き、後ろから少し若めの男が声を現れる。
    「常務、この方々の言うこと、信じましょう」
     常務が目を丸くし若い男を見やる。
    「で、ですが社長、今日は会長の――」
    「常務、彼らは嘘を言っていない。それは目を見ればわかる」
     社長と呼ばれた男が真っ直ぐにゼノスとアイナーと目を合わせ。
    「それで、私達は何をすれば良い」
     ゼノスがアイナーと目を合わせ、コクリと頷き合う。
    「はい、まずは……――」
     もしこの人数を混乱させるような事をしていた場合、避難にかかる時間はどれだけかかったか解らない。
    「大丈夫です、すぐに消防も来ます。落ち着いて移動してください。」
     アイナーが霊苑とは逆にある出口へ人を誘導し。
    「申し訳ありませんが、ご理解とご協力をお願いします!」
     もしもの為に霊苑側の出口に立ったゼノスが、こちらから逃げれないかとやってくる一般人に頭を下げる。
     関係者に誘導を頼むという作戦はまさに適切、満点だった。


    「ぼ、僕は……まだ……」
     空の胸からずるりと刀を抜き取ると、支えを失った空がバタリと倒れた。
     空といろはが前衛になってより、燕斬の猛攻にさらされたのは空の方だった。
     なぜ空が狙われたのか。それは途中から燕斬がその攻撃を完全に見切った事にある。つまり、殺りやすいと思われたのだ。
     もっとも、それは後衛から狙い撃ってくる白夜も同じだ。序盤こそ命中できたが今では全ての攻撃が見切られていた。
    「これで2人目……なのにお前ら、闇堕ちしねぇなぁ?」
     燕斬が不機嫌そうに言う。
    「……お前らの狙いは俺らの闇堕ちだ。だからその逆をやる」
     燕斬はその答えに溜息一つ。
    「なら、1人ずつトドメと行くか」
     視線が倒れている総一に注がれる。
     その瞬間、4人の灼滅者の中に1人だけ、僅かに闘志が高まったのを燕斬は感じ取る。
     ニヤリ。
    「まず1人」
     倒れた総一に向かって刀を振り下ろそうとする燕斬。
     その瞬間、1人が動いた。
     燕斬の斬撃が石道を割る。しかし、そこに総一はいない。
    「ほぅ」
     邪悪な笑みを浮かべて燕斬が見る先、そこには総一を抱えた志輝がいた。
     総一を墓石にもたれかけさせると、すっと立ち上がりサングラスを外す。
     紅い双眸が見開かれ、身体から染み出すように黒いオーラと影が吹き上がる。

     闇堕ち。

     他の3人の覚悟が闇堕ちしない事ならば、志輝の覚悟は異なる。
     生きていれば可能性は残る……死ぬよりはましだ。
    「よかったな。望み通りだろう?」
     影で作った刃と銃が、さらに凶悪なフォルムへと形を変えていく。
    「次はこちらの番だ。祝いにその序列……私に、奪わせろ!」
     石道を砕きながら燕斬へ向って跳躍する志輝。
     燕斬も同時に大地を蹴った。
     交錯。
     燕斬の脇腹を影の刃が切り裂く。
     だが燕斬はその腕を振るわない。
     斬られた傷を気にせずいろはの下へ。銀光が煌めく。
     咄嗟に日本刀で防ぐいろは。
     火花が散り、次の瞬間……燕斬の声が後ろから聞こえた。
    「俺に攻撃が読まれねぇように技を交互にしてきやがったな……」
     縮地の応用で足運びだけで即座に反転、そのまま刀を横薙ぎにする。
     だが、燕斬はいろはの死角に周り込むように同回転、そして――。
    「小賢しい!」
     いろはが倒れる。
     即座に志輝が飛び込んできて、燕斬をいろはから引き離す。
     すでに桁外れの戦いを行う燕斬と志輝を、緒々子と白夜が見守る。
     その横をすり抜け、男は燕斬達の方へ歩いて行く。
    「お前……」
    「なんで……赤秀先輩まで……」
     それは闇堕ちした空だった。
    「くははっ! これで2人よ!」
     志輝の攻撃を回避しつつ燕斬が笑う。
     空は無感情のまま燕斬に向けて問う。
    「正義は勝者の得る名声や称号に過ぎない……違うか?」
    「勝てば正義、か? だが俺は違う」
    「?」
    「生き方さ。正義も邪悪も、な!」
     緒々子の携帯が鳴ったのは……その時だった。


    「どういう事だよ!?」
     避難を終え急ぎ戻ってきたゼノスとアイナーが見たのは、燕斬と闇堕ちした志輝と空の戦いだった。
    「フライハイト先輩……講堂の方は」
    「もう、血の雨は降らないよ」
     これで、これ以上ここに留まる理由は無くなった。
    「……鬼哭燕斬、もうお前の求める獲物は此処には無い……お引取り願おう」
     刀から殺気を月光のように放ち闇堕ちした2人を弾き飛ばすと、燕斬は白夜に向かって言う。
    「得物が増えたのに、どうして帰る理由がある」
    「なら、見送るのならどうだい?」
     咄嗟の気配に燕斬が刀を後ろに突き刺す。
     それは背後に回っていた空の腹を易々と刺し貫き、刃が背中まで貫通する。
     ガッ。
     だが、そのまま燕斬の腕を空が両手で押さえつける。
     ドスッ!
     さらに燕斬の右足に激痛が走る。
     志輝の影の刃が燕斬の右足先ごと大地へ縫い付けたのだ。
     それは2人がかりの足止めだった。
    「今のうちです……」
    「逃げて」
     志輝と空が言う。
     解った事は、闇堕ちしても時間稼ぎにしかならないという事だった。
     重傷の総一をゼノスが肩を貸し、いろはにはアイナーが貸す。
    「き、鬼哭燕斬……いつか全力で、戦おうではありませんか」
     総一が息も絶え絶えに言う。
     そしていろはも。
    「次の招待状、待ってる、よ」
     燕斬は二人の啖呵にくくくと笑うと。
    「おい、後から来た2人、次に会う時は前に出な」
     アイナーが無言で睨み付け、ゼノスが短く啖呵を切る。
    「今の言葉、後悔するぜ」
     そして灼滅者4人は霊苑を後にしたのだった。


     霊苑から離れた灼滅者達は、前だけを見て歩を進める。
    「あいつ……ぜってー許せねーです」
     雨か涙か、顔に悔しさを滲ませて緒々子が言葉を吐く。
     アイナーと白夜は何も言わない。
     ただ、ゼノスだけは。
    「俺達みんな、同じさ」
     灼滅者は300人の一般人を救った、文字通り大参事を防いだのだ。
     それこそ、誰1人一般人は犠牲になることなく、彼らは目的を果たしたのだ。
     だが六人に降り続ける二月の雨は、思った以上に重く冷たかった……。

    作者:相原あきと 重傷:天護・総一(唯我独尊の狩人・d03485) 四月一日・いろは(百魔絢爛・d03805) 
    死亡:なし
    闇堕ち:速水・志輝(操影士・d03666) 赤秀・空(虚・d09729) 
    種類:
    公開:2013年2月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 24/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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