崩壊の蒼

■リプレイ

　宮藤・源太郎（闘戦の心猿児・d02422）が殺気を放ち道を行く。
　もうすぐ小学生は学校帰りの時間帯だ。
　彼らが寄り道も含めて帰宅をしようとこの道を行くならば、間違い無く起こる惨劇。それを防ぐ為に。
　木元・明莉（楽天陽和・d14267）も学校近辺で噂を流していた。
「通学路で熊が出て通行禁止みたい。30分位で解除するみたいだけど」
　という彼の言葉は少なくとも近辺の大人達には伝播した。恐らく学校にも伝わるはずだ。
　源太郎の殺界形成が上手いこと働いてくれていれば、一般人とデモノイドの遭遇を防げるはず。だが念には念を、という所か。
「まったくこんな形で地元に帰ることになるたぁね……」
　ふう、と宿木・青士郎（水を得た厨二病・d12903）がため息をつく。
　突如、がさ、と茂みから大きな音がした。猫や犬にしては木々が揺れる範囲も広い。
「来るぞ……」
　そう呟いたのは誰だったか。灼滅者達は即座にそれぞれ身構える。
　草木を掻き分け灼滅者達の目前に現れたものは蒼色の巨体。
　歪んだ翼、ねじくれ溶けかけたかのような、それでもなお太い腕。
　身体のあちこちにはその身を拘束するかのように金属が埋め込まれている。
「これが噂に聞く、デモノイドか」
　雪吉・リヒト（中学生サウンドソルジャー・d00893）は油断なくギターを構える。
（「強化された『人間』……なのか？」）
　ごくり、とリヒトが唾を飲む。目前の化け物はとてもではないが人間とは思えない。
「こんなのが元は一般人ってのは本当か……？」
　同様に思ったのは鍵守・鷲矢（万色の華炎・d01854）も一緒だったらしい。
「はっ、これじゃあイフリートの方が、いくらかマシなくらいじゃねぇか……」
　彼は苦しげに、喘ぐように吐き出す。胸の内には何とも言えない感情が渦巻き燻っている。
　相手がダークネスであるならば、躊躇い無く倒せた事だろう。
　しかし、目前の「これ」が人間であるというのなら。
　望まずしてこの姿となったというのなら。
　喉元までこみ上げた言いようのない感情を彼は懸命に飲み下す。
　何故なら、そうであっても「これ」を放置しておけばどうなるか――。
　ここに来るまでに、小学校で遊んでいる子供達を見かけた。何も知らず、ただひたすらに楽しそうに。
　彼らがこのデモノイドに遭遇してしまったならば。
「話し思い出すだけでも胸糞ワリィぜ！」
　リヒトはそう吐き捨てる。
　自身の身内に小学生が居る事もあり、楽しそうに遊ぶ彼らの姿に身内の姿がオーバーラップしたのかもしれない。
「まぁいい元人間だろーがなんだろーが、被害を出されると困るんだ。黙って見過ごす訳にはいかねぇんだわ」
　リヒトに続き鷲矢も振り切る。
「いいぜ。もう割り切った。俺達は、犠牲の連鎖を断ちに来たんだから……な」
　鷲矢のバトルオーラが炎のように燃え上がる。色を変えて揺らめくそれは彼自身の戦意を表したかのようだ。
　この存在を放置しておけばどれだけの被害が出るか、全て、理解している。
　――ならば灼滅者達は被害を食い止める為にも戦うしか無いのだ。

　灼滅者達を目にしたデモノイドはその巨体に見合わぬ素早さで腕を振るう。
　メアリ・ミナモト（天庭麗舞・d06603）の胴へと、薙ぎ払うかのように放たれた一撃は、彼女の胴を切り裂き……はしない。分厚い刃は最早鈍器。鈍い痛みが彼女を襲う。
　即座にメアリは詠唱を圧縮。魔法の矢を放つもデモノイドの表皮を削り取る事すら出来ない。
「デモノイド、とやらとは今回初めて会うさかいに」
　八十神・シジマ（黒蛇・d04228）は蒼の巨体を見据え鋼糸を両手で構えた。
「今回は戦闘もそうやけどしっかり眼に焼き付けていかなな」
　ちぃと頑強さを試させてもらうで、と彼は素早く鋼糸を張り巡らす。糸は敵を浅く刻む。
「デモノイド、はじめて戦うけどまけてらんねぇ！」
　源太郎は緋々金の禁縛手を振るい敵を殴りつけ、即座に霊力を網状にして発射。絡め取られたデモノイドがぐぐ、とどこか恨みがましげ呻いた。
　しかし源太郎はそんな敵を躊躇う事なく茶色の瞳で見据える。
「山でみんなががんばったんだ！　のこりはおれたちがなんとかするぜ！」
「ああ、その通りだ」
　天使の歌を聴かせてやるよ！　とリヒトが歌う。ギターを奏で、それに合わせるように。
　仲間の傷を癒し戦い続ける意志を奮い立たせる為に。
　鷲矢の纏ったオーラがゆらりと炎のように揺れる。彼はそれを両手の内へと収束。一条の閃光として放ち敵の身を灼く。
「ギィィィィィアァァァァァァ……」
　苦痛に、デモノイドが身を捩る。こんな姿になってなお、未だ痛覚は生きているのだろう。もがく様が妙に人間じみた動きなのがまた酷く不快だ。
　個人的・検閲（曖昧模糊・d08160）はただ無言で自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させた。
　見つめれば見つめる程に敵の外見はグロテスク。
　元々ねじくれ歪んだたような姿をしている上に、今にも崩れ落ちそうに見える。
　一般人なら目にし、それが何であるかを理解した瞬間に悲鳴をあげたであろう事は間違い無い。
　それでも彼女は無言を貫く。
　検閲にとって言葉は呪い。そうである以上、どのような事が起ころうともそれを迂闊に口にする事は自身に滅びを呼びかねない。
　恐怖を呼ばない為にも、彼女はただ黙して戦うのだ。
「あの木偶人形を撹乱してやろう」
　フゥーハハハーと、お前はどこの悪い魔法使いだ！　と言いたくなるような笑いとともに青士郎がバイオレンスギターをかき鳴らす。
　音波は敵を打ち据えるも、あのどこか溶けかけたような、爛れたような肉体には大した傷は負わせられない。
「このデモノイド、死に体だと思っててもいいのかね？」
　明莉はそう述べたが、そうであってもエクスブレインの話が本当であるならば、灼滅者8人分くらいの力は持っている。故に油断はならない。
　それ以上に彼の心中にはなんとも言い難い感情が渦巻く。
（「廃棄ってのが本当なら『使えないなら捨ててしまえ』ってか……勝手なもんだな」）
　ソロモンの悪魔への怒りもある。だが余計な事を考えて戦いがおろそかになっては堪らない。彼は考えを振り切り、ひたすらにデモノイドの挙動へと集中。
　自身へと絶対不敗の暗示をかける。
（「捨てられ死に掛ってる状態での暴走……それが命を奪う事に直結するなら絶対許せない事だ」）
　目前の「これ」が、あの小学生達を。場合によっては大人達を薙ぎ払っていくのは、例え事故のようなものであっても許すわけにはいかないのだ。
　彼はじっと敵を見やる。壊死しかけた部分を見極めようとするも、厳しい。
　キャスターの明莉ではそういった部位を狙う事は不可能。
　彼の傍に控える影を思わせるビハインドもまた霊撃を繰り出しサポートを行う。
「ソロモンもいい加減なことしちゃうね……」
　でもここらで何か情報を探らないと、とはメアリ。
　検閲も興味はあるらしい。彼女の言葉にこくりと頷いた。
　一体どのようにしてこのような化け物に変化をさせたのか。如何様な術によるものなのか。
　今回の遭遇で探りきれるとは思わない。それでも、何かしか掴めたら、という思いは同じ。
「グ……ゴォォォォォォ……！」
　デモノイドが足を振りあげる。ドン、と凄まじい攻撃がメアリに叩きつけられ、彼女はその場に倒れ伏す――。

　エクスブレインの告げた通り、デモノイドの攻撃はシンプルではあった。
　とりわけバッドステータスがあるわけでもなく、ただ刃となった腕を振り回したり、蹴り込んできたり、という程度だ。
　問題はそのどちらも凄まじい威力を持っている……という事だろう。
　リヒトの回復タイミングはベストだったと言ってもいい。恐らく仲間の体力が彼の予測以上削られてからでは遅かった。
　しかし彼がどれだけ素晴らしい働きをしていても、他の連携のとれないメンバーをカバーをしきるのは難しい。
　長期戦になれば、負けるのは目に見えている。
　ジャマー組の行動が振るわなかった事もあり、戦況はかなり厳しい。ただ漫然とサイキックを放っているだけでは、命中すら覚束ない。
　検閲も敵の攻撃にはひたすらに気を配っている。投擲やジャンプ等予想外の攻撃が来ないようにと警戒はしていたが、幸いにしてそう言った特殊なものは無いらしい。
　ペトロカースを使い彼女は少しでも敵の足止めをしようと試みており、その効果は多少なりとも戦況に良い影響を及ぼしていた。
　そしてデモノイドが幾度目かの攻撃を繰り出す。
　シジマへと刃が振るわれる。ぐしゃり、と嫌な音がした。
　彼の手足があらぬ方向に曲がり、地へと叩きつけられる。いっそ鋭い刃であったなら綺麗に真っ二つにされて苦しむ暇もなかったかもしれない。
　自身の力量も、技量も過信しすぎたか。彼の返り血で蒼い巨獣はその身を紅に染めていく。
「シジマぁ……ッ！！」
　倒れ伏した彼に源太郎が叫ぶ。
　シジマはまだ息をしている。それに少しだけ安堵はできる。
　だがそうであっても仲間が倒された怒りは決して収まらない。
「もっと強く！　もっと速く！　もっとはげしくぶんなぐる！」
　咆哮とともに源太郎が凄まじい速度で拳を連打する。オーラを纏ったその攻撃はひたすらに速く、そしてひたすらに苛烈にデモノイドを攻めていく。
　小さな身体で巨体のデモノイドへと挑む様は傍目に見ていると危なっかしいものもあるかもしれない。だがそうであったとしても、彼は決して挑む事を止めはしない。
「ギィィィィィィィィィィィイ……！」
　連打にデモノイドが吼えたける。
「痛ぇかよ？」
　鷲矢の言葉には僅かだが哀れみが滲んでいた。デモノイドはただひたすらに苦痛に藻掻いている。
「痛ぇよな……今、楽にしてやるぜ……！」
　命中率の低下を考え、鷲矢はサイキックソードを握る。サイキックエナジーで出来た光の刃を撃ち出しデモノイドの胸板を貫いた。
（「余裕があったら……なんて言ってる場合でもねぇか」）
　リヒトの背を冷たい汗が流れていく。多少なりとも他の仲間を手助け出来るように余裕を持ちたかったあたりだが、彼自身は十分、いや、十二分に動けていた。
　歌い続けた喉は最早カラカラ。血の臭いすらする。
　それでも彼は歌い続ける。仲間を支える為に。
「膝をついてる場合じゃねぇぜ！　オレ達は、アイツをこのままにしておく訳にはいかねぇんだ！」
　半ば絶叫のように、傷ついた仲間への、そして戦いの険しさに少しだけ折れてしまいそうになる自分自身への叱咤を込めて。
　検閲は黙として淡々の攻撃を続けている。
　感情が無いわけではない。危機感が無いわけでもない。
　彼女にだって現在の状況が厳しいのははっきりと判っている。
　それを口にしたら――呪となって自身に、仲間に返ってきてしまうかもしれない。
　だから、絶対に喋らない。
　彼女はただすい、と腕を振るう。途端に圧縮された魔法の矢がデモノイドへと降り注ぎ敵を貫いていく。
　それでもまだデモノイドは倒れはしない。
「なかなか強敵のようだな……だが……ククク、我が闇の魔力からは何人たりとも逃れられん……」
　ちゅーに病発動中の青士郎はデモノイドの肉体のサンプルが欲しいとちょっと思っていたりもする。大分弱ってきた今なら、奪えるかもしれない。
　そんな淡い期待とともに放った斬影刃は最早掠めもしない。敵は既に彼の攻撃を見切っている。攻撃手段が術式しか無い時点でこれは予測できた事だ。
　青士郎は自身の体力配分を見誤った。あまりに油断も大きすぎた。攻撃直後の隙だらけの彼へとデモノイドの足が振り下ろされる。
　ドゴン、と叩きつけられた攻撃に彼の全身が軋む。そのままアスファルトへと全身を強打し転がっていく。
　立ち上がろうという気力は一撃のもとに粉砕された。
　灼滅者達の脳裏に撤退の文字が過ぎる。3名が最早戦う事が出来ないという状況は楽観できない。
　それでも、今ここで引けば一般人が犠牲になる。
「引くわけにはいかねぇんだ……ッ！」
　全力で止めてやるとリヒトはひたすらに歌い続ける。身内に小学生が居るからこそ判る。彼らの笑顔を絶やすわけにはいかないと。
　そして源太郎にデモノイドの刃が叩きつけられる。だが彼は小さな身体で、その一撃を受け止めた。
　左手の縛霊手がぎしり、と嫌な音を立てる。全身も衝撃に痛みを訴えている。
「ま、けるかぁぁぁ！　これで燃えろぉ！」
　叫んだ彼へと鷲矢も続く。
「この花火は餞別にくれてやらぁ！」
　攻撃を受け止めた源太郎は右手に炎を吹きだし、それを全力で叩きつける。鷲矢のバトルオーラもまた炎の如く揺らめく。彼自身の全身から噴きだした炎と混ざり合い炎色反応の如く色をかえる。
　そして2人の炎がデモノイドの全身を包み込み、そして灼き焦がす。
　蹌踉めくデモノイドを見て好機と見た鷲矢が叫ぶ。
「おい、あんた。続いてくれ！」
　こくり、と検閲は頷き四重魔法障壁と名付けたオーラを両手へと収束させ放つ。
　光条がデモノイドを飲み込み、そこに明莉が無敵斬艦刀を振りかぶる。
「悪いが、逝ってくれ……」
　振り下ろされた彼の一撃にデモノイドの肉体はひしゃげる。
　そして断末魔の咆哮とともに崩れおち、どろりとした得体のしれない青の液体へと変わっていった。

　幸いにして戦闘中に倒れた三名の傷は、命に関わる程ではなかったらしい。
　とはいえしばらくは回復まで静養した方が良さそうだが。
「こないなのがわんさか出てきたら、ホンマ面倒やな。……悪魔じみとるわ」
　無言のままの検閲に肩をかされつつ、シジマはデモノイドをそう評した。
　だが彼以上に怒りを覚えているメンバーも居る。
「他者の命をないがしろにする事は許されない、だよな」
　明莉が告げると誰からともなく肯定がかえる。
　デモノイドが、人として死を迎える事すら許されなかったのなら、どれだけ残酷な事だろう。
「……ダークネスのやり方はやっぱ気にくわないな」
「ああ、人をこんな風にするダークネスのやつらはやっぱりゆるせねーぜ！」
　明莉の発言に源太郎は力強く頷く。2人は少しだけ残された青の液体へと手をあわせる。
　安らかな眠りは望めないかもしれない。それでも、せめてデモノイドとされた人の心が少しでも救われたらいい。そんな願いも込めて。
　――この先、シジマの告げたような未来が待ち受けているとしたなら、今のままでは灼滅者達も歯が立たないかもしれない。
　ならば、何が必要か？
　それぞれに力量を伸ばす事。そして技量を磨く事だ。
　どれだけの力を持とうとも、それを振るう為の技術が伴わなければ意味が無い。逆に、素晴らしい技術を持っていれば予想以上の動きをする事も可能かも知れない。その為には他の灼滅者の戦い振りを見てみるのも良いだろう。
　嘆くだけでは悲劇は食い止められない。
　明日を生き抜く為には更なる鍛錬が必要となる事だろう。

作者：高橋一希	重傷：八十神・シジマ（黒蛇・d04228） メアリ・ミナモト（黒キ奔流・d06603） 宿木・青士郎（十四の夜・d12903）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年3月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 11／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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