夜の静寂の中、ゆるりと闇が舞い降りた。
漆黒のロングコートを身に纏った闇は、周囲の声など耳を貸さずに門をくぐっていく。門から出て行こうとしていた部活帰りの少年が、ふと振り返って彼女を見た。
「……誰だろ?」
「新任の先生とか?」
「マジで?! 居残り授業してもらいてぇー」
彼女のはいたミニスカートの下に見える素足をちらちらと振り返りながら、少年達は足を止めて笑い合う。
胸元あらわなキャミソールからは見せブラのレースがちらりと覗き、人目を惹いていた。
一つ異質なのは、肩に担いだ長い大きなゴルフバッグ。
玄関を横切って、彼女は体育館の方へと歩き出す。気づいた男性教師が、声を掛けた。
「学校に何かご用ですか?」
「……はい。道場はどこですか?」
丁寧な物腰で、彼女が問うた。
彼女は自分の魅せ方を知っている。
どう話せばいいのか、どう行動すれば良いのか。
それはあくまでも、自分の目的を果たす為の手段でしか無い。教師に彼女が聞いたのは、道場で剣道部はどれ位の人数居るのか、どの程度の腕なのかであった。
体育館は柔道部が道場は剣道部が使用していて、ちょうど部活が終わる頃だと言う。グラウンドは静まりかえり、練習試合を控えた剣道部だけが居残りをしていたらしい。
ぐるりと見回し、道場内に居るのはざっと三十名弱。
彼女はゆっくりとゴルフバッグを置くと、中を開いた。中から現れたのは、大量の刀であった。
そこから一本、彼女は愛用の刀を取り出すと鞘から抜いた。
物も言わず、側に居た男性教師を切り裂く。
気づいて手を止めた生徒達が振り返ると、彼女は道場の入り口に仁王立ちして言い放った。
「刀を抜け、抜いた者から切る。……ただし」
逃げ出したマネージャーの女子生徒を、背中から一刀両断した。右肩がぱっくりと割れ、血しぶきをあげながら崩れ去る。
返り血を浴びながら、彼女はすうっと目を細めた。
「猶予をやろう。抜いた者から相手にするが、余計な女子供が逃げる時間くらいは軽く相手をしてやる」
言い終わるより先に、回りが逃げ出していた。
やむなく彼女は後を追うと、更衣室から出てきたばかりの女子生徒を切り裂く。道場は阿鼻叫喚の巷と化した。
ここでようやく逃げた剣道部の生徒が何人か引き返すと、彼女が投げ出したゴルフバッグから、刀を引き抜いて構えた。
「マ、マネージャーと女子生徒から先に逃げろ」
部長らしき少年が、後ろに声をかける。
にたりと笑い、彼女が振り返った。
少年達の手は震えていたが、それでも立ち向かう勇気はあるようだった。それがたまらなく嬉しい。
「私の名前は黒騎士。さくら、という名の黒騎士だ」
黒騎士はそう名乗ると、校庭を見回した。
まだ、目的は来てないようだ。
「早く来い、長くは待たぬぞ」
黒騎士の体は、歓喜に震えていた。
開け放たれた窓から、風がびゅうびゅうと吹き込んでいた。
それでも相良・隼人は体育館にじっと座したまま目を伏せている。手元にあるのは、以前の事件の報告書であった。
「六六六人衆が動き出した」
隼人はすうっと、報告書を出す。
それは六六六人衆の六〇一番、黒騎士さくらに関するものであった。
「こいつは高校の道場に乱入し、そこで次々と人を斬り殺していく。最初に刀を大量に持ち込んで、それを剣道部の連中に手渡して戦わせようとしている。奴らが斬られている間に、他の人間は逃げてもかまわないと言っている」
一見すると、それは優しさや騎士道精神にも見える。
しかしそうではない事を、隼人もすでに知っていた。これは単なるルール、彼女の中の決まり事でしかなかった。
「黒騎士は、お前達……灼滅者が来るのを待っているんだ。武蔵坂の灼滅者を闇堕ちさせる為にな」
黒騎士は目的が灼滅者であるが、闇堕ちさせる為ならいかなる手段をも取るはずだ。全員で掛かっても勝つのは難しい相手だが、隼人は今回の依頼においていくつか目標を設定した。
無事に戻る為の目標、である。
「今回の目標は一般人の犠牲を出来るだけ阻止する事だ。一番望ましいのは黒騎士を撤退に追い込む事だが、おそらく難しかろう。……最悪、誰かが闇堕ちしても犠牲が少なく済めば良し」
冷たい口調で隼人は言うと、一同を見回した。
冷酷だが、今回は闇堕ちする事を前提とした作戦なのである。それでも闇堕ちせずに済めば、大成功と言えよう。
「いいか、黒騎士はまず道場に現れる。そこに着くまでは誰にも攻撃しない。周囲の生徒はほとんど帰宅していて、職員室と運動部の部室の一部に人が居る程度だろう。だから、道場さえ阻止すれば黒騎士はそれ以上探し回る事はない」
道場の出入り口は二カ所、表口と裏口である。道場の中はほぼ体育館と同じ作りだが更衣室が手前の壁沿いに男女一つずつある。
黒騎士は男子教員を連れて、表の玄関から侵入する。
「奇襲を仕掛けるか、アイツの気の惹くような事を言って油断を誘うか、それともあえて誰かが闇堕ちするか」
むろん、闇堕ちはスイッチを入れるように出来るものではない。誰かが落ちる頃には、周囲は血の海であろうと予想する。
この戦いは、犠牲無くして終わらぬ。
だが、灼滅者達の戦いの絆が黒騎士を上回れば……あるいは。
参加者 | |
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無月・蒼衣(高校生殺人鬼・d00614) |
古室・智以子(小学生殺人鬼・d01029) |
夏雲・士元(雲心月性・d02206) |
鳴神・月人(一刀・d03301) |
戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) |
樟葉・縁(死灰復燃・d07546) |
巴・詩乃(待降の祈り・d09452) |
経津主・屍姫(無常の刹鬼・d10025) |
日の暮れた校舎の影は、人と建物の境界線を消して飲み込んでいる。ぽつんと付いた道場の灯りを見つけると、巴・詩乃(待降の祈り・d09452)は後ろを歩く無月・蒼衣(高校生殺人鬼・d00614)を振り返った。
詩乃のプラチナチケットのお陰で、二人とも比較的警戒される事なくここまで来る事が出来た。実際詩乃が小学生である為、同級生だと言い張るのは少し無理がある。
だが二人とも学生である事から、周囲の一般性との警戒心は薄い。……薄いが、武器を所持した状態でさくらに気付かれれば相手を警戒させる事になろう。
相手は、灼滅者が来るのを待ち構えているのだから。
「裏口の方は人の出入りが少ないわ。校舎の方に通じてるから、さくらもこっちの方までは見えないと思うの」
詩乃が言うと、蒼衣は校庭の方に視線を向けた。
確かに、裏口の方に立っていればさくらが来る玄関の方からは死角になるだろう。ただ、ここからだと表口からも死角になり、誰かに合図を送ってもらわなければ襲撃のタイミングに遅れる可能性が高い。
それがやや不安であるが、さくらが人質にする教師の保護は突撃組に任せてあった。
「裏口から少し中の様子を伺っておこう。さくらが来るかどうか、俺が道場の影から確認する」
蒼衣と詩乃は作戦時について話し合いを終えると、道場の影に立った。時折出てくる道場の生徒に軽く頭を下げ、詩乃が中をのぞき込むようにして生徒に挨拶をする。
三月といえど、夜風は冷たい。
肩をすくめ、二人は兄妹のように身を寄せて時を待った。
残る六人のうち、闇纏を使った上で隠れていたのは戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)だけであった。
鳴神・月人(一刀・d03301)は道場近くの建物の影……玄関側から死角になる場所に回り込み、身を潜める。しかし、プラチナチケットで教員の避難誘導を試みようとしていた中学生の経津主・屍姫(無常の刹鬼・d10025)を含め、そのほかの仲間は全員襲撃の関係上道場から遠く離れる事が出来なかった。
闇から、ゆるりと影が現れる。
校庭に据えられた夜間照明に照らされ、ふたつの影がとぼとぼと歩いて来た。一人はコート姿の女性、もう一人は教員のようである。
「あれか…」
聞こえないように小さな声で呟くと、蔵乃祐は深呼吸を一つする。女性は道場の近くまで歩いて着たが、蔵乃祐が仲間との攻撃タイミングを計ろうとした時に女は足を止めた。
ゆっくりと、彼女が振り返る。
彼女の視線は確かに、校庭のあちこちに残った人を装っていた仲間を捉えている。武器、物腰、制服。
そしてここまでの距離。
目を細めると、さくらはゴルフバッグを下げた。蔵乃祐が思わず飛び出し、彼女が刀で切り裂くより先に男性教員の体を掴む。
さくらが抜刀した刃が教師の肩をかすめ、下段から斜めに切り裂く。
「下がれっ!」
引きずるように後ろに倒すと、蔵乃祐はリングスラッシャーを構えた。駆けつけた屍姫が背に庇うと、さくらと視線がぴたりと合った。
護符を構えて氷を放ちながら、教師に声を上げる。
「早く逃げて、この人通り魔なんだよ!」
教師は戸惑いつつ、抜刀して斬り合いをはじめた彼らに恐怖していた。肩の傷は深いが、まだ意識があった。にいっとさくらは笑い、刀の切っ先を屍姫へと向ける。
「来ると思っていたよ。始めようか」
それが、戦闘開始の合図となった。
さくらは道場に入ろうとするが、その前に蔵乃祐が回り込む。残りの生徒を助ける時間は、稼がねばならない。
斬られるはずであった女子マネージャーを庇うように立つと、後ろに声をあげた。
「さっさと逃げないと、死ぬぞ」
震えながら、女子マネは後ずさりをする。
追撃しようとしたさくらの懐に、夏雲・士元(雲心月性・d02206)が飛び込んで影の刃で薙ぎ払った。ちらりと振り返ると、事態に気付いた蒼衣と詩乃の二人が裏口に居るのが見えた。これで少しは戦いやすくなるだろうと、士元が息をつく。
士元の刃の手応えは浅かったが、届いた事は分かる。刀を構えた古室・智以子(小学生殺人鬼・d01029)が、行く手を阻むように表口の正面に立つと、さくらはほうと声をあげた。
「刀を使うか。……残りも、楽しませてくれそうだ」
「あなたの思い通りには……ならないの」
智以子の足下には、点々と教員の流した血が背後へと続いていた。
守れなかった事、そして起きてしまった惨劇に体が震える。恐怖の為ではなく、救えなかった事……そして闇堕ちについて考えると、どうしても平静で居られなかった。
それでも、体を握りしめてさくらと対峙する。
作戦は智以子、月人、そして樟葉・縁(死灰復燃・d07546)でさくらを囲み、仲間を守りながら蔵乃祐が突っ込む。さくらの切り込みを刀で受け止めるが、その重みはビリビリと智以子の体に伝わった。
逃げる隙も、回避する余裕もない。
フォローを庇う智以子に任せ、蔵乃祐はさくらの動きをマークし続けた。ゆるりとさくらが動き、退避をはじめていた剣道部員に目をつける。
「あなたの相手は……こっちじゃないですかね」
蔵乃祐が言うと、ちらりと視線をやってさくらが動いた。間髪入れず、裏口にいた蒼衣が飛び出す。
太刀の重みに咥えて、さくらの攻撃の衝撃が蒼衣に襲いかかる。しかしさくらの刃はするりと滑り、再び突かれた。
構えの間を縫ってさくらの刃が、蒼衣の体を穿つ。
「ぐっ……巴…っ」
「早く、この隙に裏口から逃げて!」
刀を構えたまま、詩乃は蒼衣の後ろから生徒達を逃がしていく。ちらりとさくらを振り返ると、彼女は生徒達を目で追ってはしなかった。
さくらは、元々刃物を持っていない相手はあまり襲わないと聞く。
待ち伏せされた時点で、一般人の攻撃は諦めた?
だったらどうやって闇堕ちを……。
詩乃がそう考えを巡らせる間にも、さくらは刃を自在に操り舞うように切り刻んでいく。受け止める事と一般人を庇う事に専念する蒼衣から、今度は蔵乃祐に。
「……すみませんね、刃物は僕、扱い苦手なんですよね」
さくらの相手をしながら、蔵乃祐がそう言って少し笑った。
作戦が崩れていく事に、蔵乃祐もいらだちが隠せない。この女だけは逃がしたくない……その為なら、何でもする。
蔵乃祐はそう考えて戦っていた。
武器を使い分けながら、攻撃を仕掛けて相手の弱い所を探る。だが、それよりもさくらの攻撃と動きの方が遙かに勝っていた。
さくらの刃がするりと蔵乃祐の懐に入り、顔を近づける。
「てめぇら……身内で共食いすりゃいいだろうが。撒き餌がわりに堅気に手を出しやがって!」
ムカつくぜ、この糞女……。
叫んだ蔵乃祐の体を、さくらの刃が抉った。のど元に向けて切り上げた刃が、蔵乃祐の体を血に染める。
ぐらりと後方に体がかしぐが、蔵乃祐は何とか耐えている。
「くっそ……っ」
傷を癒す事なんか考えていなかった蔵乃祐は、治癒を諦めて突っ込む。攻撃を智以子が弾くが、さくらの動きを追うのがやっとであった。
治癒は士元が要であったが、初手でさくらへの攻撃の為に前に突っ込んだ士元は、仲間を治癒する為に体勢を整えるのにワンテンポ遅れている。
蒼衣への治癒にも、手を割かれていた。
「黒騎士サン!」
士元が、声を張り上げる。
彼女を止める為に、悲痛な声を。
「もう少し……待ってよ。もっと成長したオレ達を狙ったら、もっと強い闇堕ちに出会えるかもしれな……」
無情にも、士元の目の前で蔵乃祐の体が崩れた。後ろから抱えた士元に、薄れかけた蔵乃祐の声が聞こえる。
「スピードじゃ……競り負ける。リングスラッシャーは行ける……逃がすな」
か細いが、蔵乃祐が聞こえた。
士元は震える手で抱え、こくりと頷いた。
さくらは何を考えているのか、こちらの動きを待つようにぐるりと見まわす。それから、士元へと視線をやった。
智以子はさくらの目をじっと見据え、刀を構えたまま問いかける。
「どうして闇堕ちさせようとするの」
闇堕ちを狙っているのは、分かって居る。
だから自分達は、ここで逃がさない為に闇堕ちを覚悟してきた。出来るだけ……出来るなら、みんなで闇堕ちしてさくらを必ずここで倒して帰ると。
その為の、覚悟をしてきた。
さくらは智以子の問いかけに、ふと笑った。
「ふむ……そうだな。ゲーム……とだけ、教えておいてやろう。だから後で闇堕ちというのは興味がないな、今堕ちてくれ」
あっさりとさくらはそう、言った。
俯いた屍姫が、ぎゅっと拳を握りしめて呻くように声をあげる。
「闇堕ちって言うのは……大切なものを護る時、譲れない意志がある時……諸刃の犠牲を覚悟で、闇に魂を堕とすんだ! その覚悟を快楽の道具にするって言うなら、ボクはお前を許さない」
強い意志を声に乗せて、屍姫は叫んだ。
氷を放ちつつ、符を構えて次の動きに備える屍姫。妖の槍を構えた縁がさくらに突きかかると、その背後に位置した屍姫が導眠符を放った。
蔵乃祐の声に従い、搦め手でさくらを攻めていく。攻撃を月人が受け、縁と蒼衣はさくらに全力で攻撃を仕掛けた。
「闇堕ちなんてせんでもなァ……お前くらいどうにかしたるわ!」
縁の声が、道場に響く。
ホーミング無しでは、さくらに手が届きそうに無い。作戦も何もかも、さくらを倒すにはバラバラで……その悔しい思いは、縁を口数少なくさせていた。
闇堕ちをしなくても、倒せなければならない。六六六人衆の攻撃が激しくなった時、自分達が闇堕ちしなくても倒せるようにならなければ誰も護れやしない。
次々符を放つ屍姫に合わせ、詩乃が影を送り込んだ。影がさくらの足を絡め取り、一瞬その動きを止める。
さくらの向こうの詩乃と目が合い、縁が槍をさくらの脇へ目がけて真っ直ぐに突いた。返す刃でさくらが縁の太ももに刃を突き立てる。
「大丈夫、治癒するよ」
士元がシールドを送り込みながら、さくらの意識をこちらに向けようと声をかけた。
「もう、いくら殺されたって闇堕ちはしないよ」
このまま戦っていても、何の利益もあるまい。
士元の声を聞いたさくらが、すうっと顔を上げた。傷を負いながら、まださくらは動きが鈍る様子は無い。
何か、違和感がある。
さくらの唇が、半月を描いた。
獲物を見つけたケモノのような、歓喜と殺気を含んだ笑みであった。ぞくりと体を振るわせ、縁は槍を構える。
しかし闇に包まれたように、ふ…とさくらの体は音もなく沈み込み、そのまま滑るように懐に入り込んだ。
さくらの目を見た縁は、察していた。反対側にいた月人もまた、何かを感じていたのを縁は察していた。
それは、死。
「……いるじゃないか、犠牲者なら」
ここに。
さくらの低い声が、縁の耳元で聞こえた。
分かって居る。
分かりたくないが、分かった。
さくらの刃が何を狙っているのか、見えたからである。あの刃が鞘から抜かれたら、衝撃に蔵乃祐は耐えられないだろう。
蔵乃祐が、死ぬ。
そう感じた時、ぞわりと体の毛が逆立つような感覚に襲われた。
今まで抑えていたモノが、体を支配したのが分かる。槍を握り締めた縁が突っ込むのと、月人がさくらの背後を取るのは同時であった。
「……駄目だよっ…!!」
甲高い、悲痛な声が士元から漏れた。
そこに気配を感じたのである。
彼ら中で、何かが這い出る気配を。
自分が倒れる位なら、俺が行く。……誰も、倒れさせないという心。
蔵乃祐が死ぬ。俺が堕ちたら、仲間を助ける時間が稼げるという心。
「望み通り……来てやるよ!!」
月人の動きが、今までとは打って変わり妖の槍でさくらを攻め立てた。月人と縁、二人の攻撃は周囲にとても手が出せぬ程凄まじい。
しかしそれでも、さくらを追い詰めるには足りなかった。
本当は二人とともに堕ちようと覚悟していた蒼衣であったが、心の何処かでホッとしている部分もあった。
それは多分、智以子や詩乃も同じであろう。
さくらは月人の槍をはじくと、ふと笑った。ちらりと手を見ると、ぱっくりと傷が口を開けている。
「そろそろ引き時か」
「まだ遊び足りないだろ……よそ見をすんな!」
月人の攻撃をいなし、さくらはからからと笑った。血まみれで、自分も傷を負いながらも月人の言葉を楽しげに聞く。
月人もまた、自身の中に心底楽しんでいる感情を感じていた。それがどれほど危険かも、把握している。
「上がって来い、二人とも。私の所まで、這い上がって来い」
さくらはそう言うと、ふわりと踵を返した。
しんと静まったグラウンドに立った、月人と縁の背が遠く見える。
士元は何か声を掛けようとしたが、掛ける言葉がなかった。そっと歩き出し、詩乃が二人の服を後ろからぎゅっと掴む。
「すみません」
……すみません、もう一度繰り返して言った。
あの人が怖かった。
あの闇が自分の中にあると分かって居るから、強くならねばと思った。堕ちるなら倒すと決めていたのに……堕ちるなら一緒と思っていたのに。
智以子と蒼衣は何も言わないが、同じ気持ちであったかもしれない。
月人はふっと息を吐くと、ちらりと半分こちらを振り返った。
「……必ず戻る」
月人が言い残して歩き出すと、縁もその後を追うようにして足を踏み出した。背を向けたまま、縁が軽く手を振って挨拶を送る。
二人の様子はいつもと変わらぬものであったが、じきに……心が黒く染まってしまう事を、六人とも知っていた。
「二人とも!」
行きかけた二人の背に、屍姫が声をかける。
足を止めなかったが、屍姫は二人に言葉を送った。
「斬られた先生、生きてるよ! ……生きてたよ!」
犠牲は出さなかったという結果が、どうか彼らの心で暖かく輝いてくださいますように。屍姫はそう願い、二人を見送るのであった。
作者:立川司郎 |
重傷:戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) 死亡:なし 闇堕ち:鳴神・月人(一刀・d03301) 樟葉・縁(死灰復燃・d07546) |
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種類:
公開:2013年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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