幻炎の舞

    作者:時無泉

     その少女の姿は、火の妖精のようだった。
     指先まで神経を張りつめて。しかし腕に力が入っている様子はまるでなく。緩やかに彼女の指が揺らめく炎の輪郭を描く。
     くるりと回り、軽やかにステップを踏んで。そして微笑む彼女は何とも妖艶。
     彼女の周りにきらめく火の粉が見えるような気さえする。その火の粉は、妖精が振りまくという魔法の粉か。
     曲調が一転、彼女の動きがぴたりと止まる。次に動き出したとき、見えたのは業火。狂ったようにステージを駆け回り、胸に手を当て身を焼く炎に顔を歪める。助けを乞うように天を見上げ。直後絶望に身を委ねるように地に膝をつき。曲の終盤には、全てを焼きつくしていく妖精の姿がそこにあった。

    「今の……何。あんたいつの間に、そんなに上手く踊れるようになったの……?」
     驚きを隠せないのは、彼女の所属するダンス部の先輩である女生徒だった。
     少女が踊ったのは、近々行われる大会でダンス部が発表する予定のダンスだ。テーマは炎。
     その少女のダンスは、これまでの練習の中で飛びぬけて上手かった。それどころか、部内でも一番上手いと断言できるほどの舞。
    「先輩」
     少女は音もなくステージを降り、体育館の真ん中で呆然とする女生徒へ静かに声をかける。
    「私、こんなに上手くなりましたよ。先輩には散々いろいろ言われましたけど。もう、足手まといなんかじゃない。ダンス部にいらないのは、あなたの方です」
     瞳に、恨みの炎を燃やして。少女の発する静かな迫力に女生徒は気圧される。
    「次の県大会、私が真ん中で踊っていいですよね。先輩は端ででも踊っておいてください」
     そう言い捨てて立ち去ろうとした少女は、ふと思い出したように女生徒の方を向く。
    「あ、踊らなくてもいいですよ。先輩がいると、みんなの和が乱れますから」
     美しい魔の笑みを浮かべて、少女は体育館を後にする。

    「みなさん……ダークネスが、現れました」
     教室で待っていた園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が口を開く。
    「三好・静火(みよし・しずか)さん、高校一年生。ダンス部に所属する、少しおとなしい雰囲気の女の子です」
     ダンスはそこまで上手ではなかったものの、ダンスへの情熱は人一倍。努力を怠らない健気な少女だった――のだと言う。
    「ダンス部には性格の悪い先輩が一人いたようで……。上手く踊れない静火さんに嫌味を言ったり、いじめたりすることがあったそうです」
     それがきっかけとなったのだろう。彼女は淫魔へ闇堕ちしてしまい、そしてその先輩へダンスで復讐する。
    「ですが……静火さんには人間としての意識が残っています。つまり」
     ――まだ救うことができるかもしれない。
     槙奈が口にせずとも、灼滅者達はその意味を彼女の視線から察した。
    「ですから、皆さんには静火さんを助けてあげてほしいんです……」
     申し訳なさそうにうつむき、そして槙奈は先を続ける。
    「今回、重要なポイントが二つあります。……よく聞いてください」
     まず一つ目。
     灼滅者達が接触するのは、静火がダンスで先輩を負かした後ということ。
     それより先に接触しようとすれば。静火はバベルの鎖により灼滅者達に気付いてしまうだろう。
     二人がいるのは、学校の体育館だ。
     そして二つ目。
     静火を救うためには、彼女とダンス勝負をすること。
    「彼女とダンス勝負をして皆さんが勝てば、彼女は難癖をつけて皆さんに攻撃してくるはずです。その時が、彼女を救うチャンスです」
     もしダンス勝負をしないのならば、彼女は灼滅する以外方法はない。
    「あ、ダンス勝負についてですが……あまり、難しく考えることはありません。ダンスで、彼女の心を動かせばいいんです」
     不安げな灼滅者達の様子を見て、槙奈が慌てて付け加えた。要するに彼女に負けたと思わせればいいのだ。ダンスの技術だけが全てではない。
    「ちなみに、静火さんの部では創作ダンスをしています」
     創作ダンスとは、テーマに合わせた振り付けを自分たちで考え、自由に表現するものだ。
    「テーマと表現力、そしてメッセージ性。……重視すべきはこれらだと、思います」
     もちろん、それらを支えるための基本的な技術も本当は大事ではあるのだが。
    「ですが静火さんは、元々『努力』と『和』を大切にしている方です。ですから、その方向で訴えかけていけば大丈夫……かもしれません」
     彼女の心を揺さぶるならばはったりや薀蓄もおそらく有効だろう。また、音楽や声援でダンスの後押しをするのもいいかもしれない。
     もちろん、ダンスの実力を見せつけるのも構わない。
    「静火さんは、サウンドソルジャーのサイキックを使用します。また、戦闘時には静火さんの取り巻きの強化一般人三人も現れますので、気を付けてください……」
     取り巻きはWOKシールドのサイキックを使用し静火を守ろうとするが、その強さは大したことはないだろう。
    「例えダンスが上手くなったとしても、それで彼女が失われてしまっては、何の意味もありません。どうかみなさん、よろしくお願いします……」
     身を縮めるようにして、槙奈は灼滅者達へ頭を下げた。


    参加者
    羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    フレナディア・ヘブンズハート(煉獄の舞姫・d03883)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)
    藍堂・ルイ(歌う愛弩留総長・d11634)
    一花・泉(花遊・d12884)
    霧月・詩音(凍月・d13352)

    ■リプレイ

    ●相反する炎
     体育館の空気は冷え切っていた。
     ステージから静火が降りる。彼女が浮かべるは魔性の笑み。
     たった今ダンスを踊りきったはずの静火は汗一つ流さず、呼吸一つ乱していない。炎の舞――それを踊った割には、空気は凍えて重い。
    「待ったぁ!」
     威勢の良い声とともに、体育館の扉が開く。右手を前に突き出したポーズでそこにいたのは、藍堂・ルイ(歌う愛弩留総長・d11634)だ。その後ろから、次々に灼滅者達が体育館へ乱入する。
    「あなたたち、誰?」
     突然の邪魔に、静火の笑みが引っ込む。
    「私達、あなたとダンス勝負がしたいと思って来たの」
    「今のダンス、見てたわよ? ……正直、全然楽しくなかったわ」
     雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)ができるだけ角を立てないよう丁寧に言えば、フレナディア・ヘブンズハート(煉獄の舞姫・d03883)は赤髪をなびかせ、あっけらかんと言い放つ。静火の顔がわずかに歪んだ。
    「別に良いけど。勝負なんて、私が勝つに決まっています」
    「……今から私達も踊ります。見ていてください」
     霧月・詩音(凍月・d13352)は表情を変えず、オカリナを手にする。それに合わせて、他のメンバーもステージに上がり配置につく。最初にセンターに立ったソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)は、自らを落ち着かせようと胸に手を当てそっと深呼吸する。
    「静火ちゃん! アタシ達と勝負だ!」
     ルイがびしっと静火を指させば、詩音と詩月は互いに視線を合わせる。同じタイミングで、すっと息を吸って。
     緩やかなメロディが体育館に流れ出した。

     ソフィリアはそのゆったりとした曲調に合わせて、手足を伸ばす。身体全体をゆらゆらと揺らすように踊るその姿が現すのは暖炉の火のような、人々を優しく見守る穏やかな炎。
    「上手く踊れなくても、皆と一緒に踊るのは楽しいです」
     派手さはないが、彼女の元々の優しげな雰囲気が指の先の細かい動きに、表情に滲み出る。
    「すごく、楽しそうでイイ感じ……。次はわたし、だね」
     喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)が曲に乗ってステージの中央へ進み出て、ソフィリアとハイタッチを交わす。詩音は最初と似た穏やかな旋律を吹き、詩月は高まるリズムを奏で始める。
    「勝たなきゃ助けられないのはわかってるけど……ここのみんなとダンスを楽しみたい……と思っちゃうね」
     波琉那は曲に合わせ、軽やかにステップを踏み、ステージの上から人々へ差し出すように手を伸ばす。観客も巻き込んで楽しむ、穏やかな炎のダンス。燃え出した温かな火は、波琉那がさらに大きくし、その場にいたダンス部員たちへ伝わっていく。
    「次はひおだよ! ひおね、楽しく踊ることは誰にも負けないの!」
     跳ねながらステージ中央に現れたのは羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)。BGMも跳ねるリズムをメインとしたものへ変わっていく。
     体全体で表現するのは元気な炎。腕をいっぱいに広げ、膝を曲げて高くジャンプ。飛び跳ねる火の粉の幻は彼女の弾ける笑顔に乗って飛んでいく。
    「さ、泉おにーちゃんの番だよ!」
     陽桜がくるりと宙で一回転、控えていた一花・泉(花遊・d12884)とぱちんと手を合わせる。
    「おう、任せとけ」
     泉はぐっと拳を握り、ステージ中央で足を広げ構える。一瞬の静止、直後腕を素早く振り払う。キレのある動きは力強い炎を思わせる。黒一点、観客を魅了する彼の男らしいダンスを、詩音と詩月の奏でる、低い二つの旋律が後押しする。
    「今度はアタシの番だ! いっくぜー!」
     元気よくルイがステージの中央に躍り出る。ぱっと腕を上げ、天を指さすと、ぱちんとアイドルのように青の瞳で静火へウインクする。静火は険しい表情のままだが、それでもルイは太陽のように輝く笑顔で、流れ星のようにステージを駆ける。
    「炎が焼き尽くすだけなんで悲しいよ、アタシ達は世界中だって照らせるんだ!」
     燃える太陽を輝く炎と重ねて。自分も助けられた側だからこそ、今度は自分が助けたいと、懸命に踊る。
    「最後はアタシよ!」
     フレナディアが中央に現れる。体全体、ステージ全体をフルに生かした情熱的なダンス。幾度となく跳躍する、激しい動きながらも手先足先にかけての動きは繊細。身を情熱と歓喜に委ねたその踊りは、さながら激しく燃え上がる炎。
     強い意志を秘め、自信に満ちた笑みが静火とは対照的――静火の炎が苦しみの負の業火ならば、フレナディアの炎は命を燃やし突き進む正の業火。
     と、フレナディアが灼滅者達一人一人に合図を出し始める。ソフィリア、波琉那、陽桜、泉、ルイ、そして詩月、詩音。全員が中央付近に集まり舞う。
    「火は共に燃え盛ってこそ炎となるのよ!」
     静火に言い聞かせるように、フレナディアは叫んだ。灼滅者達が生み出し、そして少しずつ燃え上がらせた炎は、最後にはステージ上で大きな炎となっていた。
     ワアァ――と、灼滅者達がステージを降りた途端にダンス部員達から惜しみない拍手が送られる。
     静火がこれから踊らなくとも、結果は目に見えていた。
     静火自身も、祈るように手を組み、うっとりとした表情をしている。
    「すごく、楽しそうだった……。同じ炎なのに、こんなに違うなんて。……いいなぁ」
     そこまで言い終えて、彼女は目を伏せ頭を抱える。
    「私、何を言ってるんだろう。私の方が、ずっと上手に踊れるはずなのに」
     小さく小さく体を丸め、そして次に顔を上げた静火の目に宿っていたのは魔。
    「あなたたちのダンスは邪魔。そんなのいらないわ」
     冷たい微笑み。いつの間にか、静火の取り巻きらしい生徒が静火と灼滅者達の間に構える。
    「静火……ダンスへの情熱があっただけに、こういうことになってしまったのかもな」
     なんとか助けてやらないと――泉は一人呟き、殺気を放つ。
    「静火おねーちゃんはダンスとっても上手だよ! でも、ダンスはみんなで楽しく踊らなきゃ、だよ」
     陽桜は静火から目を離さず、サウンドシャッターを展開させる。
    「……こちらからは、逃がしません」
     詩音は体育館にいたダンス部員達を素早く避難させると、自分は入り口の前に立ちそこを塞ぐ。
    「そっか、アタシ達のダンス、邪魔かぁ……じゃあ、今度は一緒に踊ろうか!」
     悲しげに微笑むも、すぐにルイはスレイヤーカードからバイオレンスギターを解放し、構えた。

    ●雪解け
    「それじゃあいくよー!」
     陽桜は元気よく声をあげ、ガードで陽桜を含めた前衛の守りを固めていく。
     その隣からソフィリアが飛び出し、妖の槍を回転させながら敵陣へ踏み込む。静火をかばおうと腕を広げる生徒達を散らし、わずかな隙をついて静火を槍で払う。ルイは手にしたギターを生徒の一人を狙い、かき鳴らす。
    「私はこんなに踊れるんだから! 誰にも負けないわ!」
     声を荒げた静火が、ひるむことなく舞に合わせて手刀を打ち込もうとする。
    「悪いが静火嬢ちゃん。お前のダンスパートナーは俺だよ」
    「っ!」
     そこへ唐突に泉が静火の攻撃に割って入る。手刀をその肩に深く受けつつも、即座に静香の後ろへ回り込み、解体ナイフを振るう。刃が彼女を裂くことはなかったものの、避けようとしたために舞が途切れる。静火は後ろへ飛び退き、歯を食いしばる。
     が、すぐに生徒二人がシールドを展開させ突撃してくる。片方は怒りに任せソフィリアへ、片方は手近にいたフレナディアへ。
     ソフィリアはその攻撃を受け止めるように食らい、フレナディアはシールドで後ろに押されつつも、舞うような伸びやかな動きで刃がギザギザに変形したナイフを操り、生徒を薙ぐ。
     生徒はよろよろと後ろへ下がっていくが、その間に三人目の生徒がワイドガードを展開させる。
    「……こちらも、回復しますね」
    「詩音ちゃん、よろしくね」
     敵の様子を見た詩音が闇の契約をフレナディアにかける。回復を詩音に任せた詩月は光輪を分裂させ、敵に飛ばす。
    「私がいくね……」
     間髪入れず、波琉那が加減して生徒の首元を手刀で叩く。生徒が一人、その場に崩れ落ちた。

    「まだ……まだ一人よ。これくらい、どうにでもなるわ」
     静火は激しく舞い、前衛へ手刀を打ち込み、ときに舞に合わせた蹴りを入れる。キレのある、スピーディな踊り。波琉那の霊犬ピースが泉へ駆け、浄霊眼で回復を図る。
    「静火おねーちゃん、今、楽しいかな?」
     陽桜が風の刃で生徒を裂いていきながら、静火に尋ねる。が、その生徒は刃を振り払い、盾で陽桜を殴りつける。避けようとするもわずかに間に合わず、彼女の体が地を滑る。
    「静火ちゃん、あなたが努力してきたのは何の為かしら?」
     言いつつ、詩月は陽桜に光の盾を与える。すると生徒もエネルギーの障壁を静火をかばうように展開させる。
    「いっくぜー! パッショネイトダンス! アタシのステップは激しいぜ!」
     前に出たルイが軽やかに踊り始める。生徒を攻撃しながらも、ルイからは踊る喜びが溢れている。
    「観客も踊り手も楽しむ事。ダンスってそれが大事じゃないかしら」
     フレナディアは情熱的に踊り、逆手に持ったナイフに炎を宿す。そのまま舞うように生徒に近寄って炎を叩きつける。そこへ泉がトン、と置くように手刀を振れば、ふっと力が抜けたかのように生徒は倒れる。
    「どんなに上手でも、周りと合わせない踊りは楽しくないです」
     ソフィリアは断言し、間をおかずに槍を残った生徒へ突き出す。先ほどのダンスバトルで、彼女はダンスの楽しさがわかったから。生徒はすぐに地を蹴りソフィリアをシールドで殴りつける。が、詩音が攻撃に即座に反応し、闇の契約をソフィリアへかける。
     波琉那が加減して攻撃を打ち込み、直後、陽桜も腕を横へ振り抜く。最後の生徒が静かに地面に崩れた。


    ●狂炎
     あとは静火のみ。味方を失った静火は、どこか震えているようにも見える。
    「お前はそんな魂の籠らないダンスを踊りたかったのか? ……違うだろ」
     泉が諭すように、静火に語り掛ける。
    「……自分よりも劣る者を切り捨てるのはあなたの信条である『和』に反する事でしょう。……そしてあなたを傷付けた、あの先輩と同類になる行為だと気付いていますか?」
     今まで何があったかは知りませんが、と付け加えて、詩音は冷静に、静火を射抜くように見つめる。
    「……私は」
     静火は口を開いて、小さく息を漏らす。
     ――踊りたい。
     そう彼女の口が動いた。焦点の合わない目を下に向けながら。
    「こんなの……こんなのおかしい!」
     突如激情に身を任せ、静火は荒れる。髪を振り乱し、滅茶苦茶に、かろうじてダンスと呼べるものを踊りだす。
     すぐにピースはルイへ駆け寄り、詩月はシールドを泉へ展開し、問う。
    「ダンスが好きだからこそ、今まで頑張って来たんじゃないのかな。そのダンスで、他人を傷つけて、本当にいいの?」
    「静火おねーちゃん、戻ってきて! そして、ひお達と一緒にもう一度楽しいの、始めよう!」
     瞬時に腕を巨大化させ、陽桜は荒れる静火を横へ薙ぎ払う。
    「静火さんにもダンスの楽しさ……思い出して欲しいです」
     ソフィリアは祈るように言って、雷撃をまとった拳をまっすぐ静火へ突き出した。むせるように乾いた息が静火からこぼれ、そしてその足元がふらつく。
    「せっかくのダンス、楽しまなくちゃ……」
     波琉那が床をかかとで数回叩く。するとブーツのように足に絡んでいた影が大きく広がっていき、静火を包み込む。
    「集まりし小さき火 火は炎に、そしてやがて業火となり 人に魅せしは幻炎の舞――」
     詩音が感情を込めて歌い出す。温かなメロディが体育館に響きわたる。丁寧で、神秘的な歌声が心の奥底までしみわたっていく。
    「がんばること仲良くすること……そして踊りが大好きだった静火を取り戻してよ!」
     ルイもディーヴァズメロディを重ねながら、ひたむきに静火に訴えかける。
    「自分の意思で……本当の自分のダンスを踊るんだ。俺たちがその手伝いをしてやるからさ」
     泉が後ろへ回り、手刀を静火の首元に食らわせる。
    「三好ちゃん! あなたは本当は今のダンスを望んでいないはずよ!」
     体のラインをなぞるように、ナイフを持つ手を掲げて。フレナディアはターンしつつ、静火へ間合いを詰めていく。
    「苦しみのダンスなんて、アタシのダンスで打ち破るわ!」
     フレナディアがナイフを振り抜いた。静火の動きが止まる。そしてゆっくりと崩れ、彼女は気を失った。

    ●春
    「私、何してたんだろう……」
     静火が上体を起こす。いつもと変わりない体育館。しかし、彼女の周りにいるのは灼滅者達だ。
    「……気が付きましたか? もう大丈夫そうで、よかったです」
     様子を見ていた詩音がぽつりと呟く。
    「静火。いきなりで驚くとは思うけど」
     泉がそう前置きする。
    「武蔵坂学園に来ないか? というか、来てくれ」
    「私達もそこの生徒なんです。灼滅者っていう人達の学校です」
     ソフィリアが付け加え、説明する。
     灼滅者。学園。ダークネス。そして、静火に今起こった事。
    「俺達に静火の本当のダンスを見せてくれないか」
     しばしの沈黙。首を傾げ急な話に戸惑いつつも、彼女は頷いた。
    「ちょっと怖い気もするけど……で、でも、皆みたいな優しい人達がいるなら、行ってもいいかなって、思います」
    「静火ちゃんならきっと大丈夫。ダンスだって、今すぐは結果が出なくても努力は決してあなたを裏切らないよ。だから、学園に来てからも頑張ってほしいな」
     銀の目を細めて詩月が微笑みかけると、静火はありがとう、と自分を励ますように拳を握る。
    「そうだ……もし、よかったら今度、またダンスバトルしない? ……もっと静火ちゃんと一緒に踊りたいから……」
     波琉那が誘った途端、静火の目が輝きだす。
    「うん! ……あ、ダンス、したいです。皆のダンス、すごく楽しそうでしたから……」
    「ほ、本当? さっきのダンスどうだったか、すごく気になってたんだ……。でも、楽しかったならよかった!」
     静火の言葉に安堵したのか、ルイは静火の背中をご機嫌で叩く。
    「わ、私、皆と一つのものをつくるっていうのが、楽しいし素敵だなって思います……。だからダンスが好きです。あの、それなので、ぜひ一緒に踊りましょう!」
     やたら真面目に静火は頭を下げる。その様子に、フレナディアは思わずにやっと微笑んだ。
    「大歓迎よ。待ってるわ」
     そこへとことこと静火の方に歩み寄ってきた陽桜が、静火の顔を覗き込み、手を差し出す。
    「静火おねーちゃん、ひお達ともう一度一緒におどろーね♪ ひおも待ってるから!」
     陽桜のかわいらしい笑みに、静火もつられて微笑んで、差し出された手を握る。すると小さな手が、ぎゅっと握り返してくる。
    「みんな一緒だよ♪」
     灼滅者達は温かく静火を見つめていた。
     体育館は、ほんのり春色に染まっている。

    作者:時無泉 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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