ある平穏だった日の、もうじき夕方になろうという頃の事だった。
買い物や散歩、学校帰り。思い思いの目的を持った人々が歩く商店街。夕飯に向けた買い出しを終え家路につこうとしていた女性が、優しげな声色を背に受けたのが始まりだった。
「すみません、少し道をお尋ねしたいのですが」
「はい」
女性が振り返ればそこには男が立っていた。黒い外套を纏い黒いつば付き帽子を被った、紳士然とした若い男が女性に友好的な笑みを向けていた。女性は問う。
「どちらへ行かれるんですか?」
「この辺りにファミリーレストランがあれば、そちらに」
「あ、えっと……」
女性は自身の記憶を辿った。ついこの間、夫と息子と共に訪れたばかりのあのファミレスでいいだろうか──女性は一方を指し示し、にこやかにそこまでの道のりを説明する。それを聞いた男が笑みを柔らかく深めた。
「どうもありがとうございます。しかし今はまだ、夕飯には少し早いですかね」
「そうかもしれませんねぇ」
男の笑みに釣られ、女性がふふ、と零した直後。
「では、ゲームでもして時間を潰すとしましょうか。お付き合い願えますか?」
女性の背から、首から、鮮血が吹き出した。
すぐ横を自転車で通過しようとしていた若者の左半身がその血を浴びて染まる。一瞬遅れて「え?」と呟いた若者が、倒れた自転車と共に地面に転がった。呟いたと同時に腕が切り落とされていたからだ。
悲鳴が響き渡る。平穏そのものの中に在った筈の商店街が一瞬にしてそれを失った。ひゅんと飛んだ光輪に切り刻まれて、逃げようとした所で足ごと落とされて、慈悲を請うても泣いてすがっても殺されて、殺されて。逃げ惑う人々がさくりさくり、軽快な音を響かせるように。
「……最近はややマンネリ気味でしたし、これはこれでアリですね」
一瞬だけぴたりと手を止めた男が零した。生き残りを探すようにくるりと振り返り、けれど生き残りを見ようともせず空を仰ぐ。
「ほら、早く来ないと残りも全て死んでしまいますよ?」
──まぁ、それでもいいですけどね。
誰へと向けた言葉だろうか、同時に浮かんだのは薄い笑み。それはまるで夕飯前に軽食を摘むような、気紛れに身を任せるような。
ただただこの時を、楽しむような。
●再
「愚問だと分かっているけれどあえて聞こうか。五九九番の事は覚えているかな、鋭刃君」
いつぞやのようにペンを弄びながら、二階堂・桜(高校生エクスブレイン・dn0078)はごく軽い声色で目の前の少年に問うた。目の前の少年──甲斐・鋭刃(中学生殺人鬼・dn0016)の表情が一瞬にして強張った事に気付き、手の中のペン先を鋭刃に向ける。そして眉間にトン、と付けた。
「はい深呼吸ー。はいよく出来ましたー」
言われるがまま応じた鋭刃を見届けて、桜は他の灼滅者達へと顔を向ける。
「まぁ、簡潔に言えば五九九番がまた現れましたよ、って事さ」
六六六人衆、五九九番。自分の序列が変わる度に名乗り変える、紳士的だが無頓着な部分もある男。細長い体躯に黒外套、黒い帽子を身に付けて、日々の『夕飯』と称した殺人を自由気ままに楽しむ事を趣味とする男。以前、灼滅者達によって最低限の被害のみで撤退させたその五九九番が。
「しかも、どうやらキミ達を待っているようなんだよね。これから起こる大量虐殺もその為の手段みたいでさ。全くどうしようもない話なんだけれど」
窓の外に目を向けて、溜息をひとつ。
「どうもさ、五九九番はキミ達の闇堕ちを狙っているみたいでね」
それからちらりと鋭刃を見た。表情無く話を聞いている少年は、けれどその拳をきつく握り締めている。
「……少し話を戻そうか。キミ達が向かわなければ五九九番は商店街で殺したいだけ殺して、この間みたくファミレスに寄って更に殺して、それから普通に立ち去るよ。僕達の目的は、その殺戮を止める事。勿論商店街の段階でね」
幸いにも一人目の被害者が出るより早く、道を聞かれた女性がそれを説明しているタイミングで仕掛ければバベルの鎖をかいくぐる事が出来る。
「その斜め後ろに本屋があるから、その中で機を窺うといい。申し訳無いけれど事前の準備や人払いなんかはNGだ」
故に仕掛けた後は、その場にいる多数の一般人に被害が及ばぬように五九九番を撤退させる事が必要となる。
「なんだけれど、さっきも言った通り五九九番はキミ達の闇堕ちを狙っていると考えていいんだ。つまり、その為なら何だってやるって事。例えば優先的に一般人を狙ったり、キミ達の誰かがKOされてしまった時にトドメを刺そうとしたり。まぁもともと本当に紳士なのか怪しい所はあったよね」
そして、こちら側から闇堕ちを出さずに撤退させる事は簡単では無いと思う、と桜は付け足した。
「逆に言えば、誰かを闇堕ちさせる事さえ出来ればおおむね撤退してくれると考えていいくらい」
「……ふざけるな」
「そうだねぇ、まさにそんな感じだね」
鋭刃の呟きに、敵への呆れを含んだ声色で同意する。
「そんな目論見に乗るのも馬鹿馬鹿しい事だしさ、『向こう側』に行かずに撤退させる方向で頑張ってみておくれ。ただ前回みたいな時間稼ぎは難しいだろうから、そのつもりで。初めから戦う姿勢で行くようにという意味だよ」
あくまでも最優先すべきは闇堕ちしない事ではなく、一般人への被害を最小限に食い止める事。それでも出来る限り抗う力は自分達にはある筈だ。
「……鋭刃君、キミはまた『向こう側』に行きたいと思うかい?」
容赦無しとも思える質問に鋭刃からの返答は無い。少年の中にある葛藤のようなものは窺い知る事は出来ない。桜は灼滅者達へと視線を戻すといつものように笑んで、告げた。
「どうか頑張ってね。それで、皆で帰って来ておくれ」
待ってるからねぇ、と。
参加者 | |
---|---|
白瀬・修(白き祈り・d01157) |
織部・京(紡ぐ者・d02233) |
津宮・栞(漆の轍・d02934) |
高柳・綾沙(湖望落月・d04281) |
式守・太郎(ニュートラル・d04726) |
サーシャ・ラスヴェート(中学生殺人鬼・d06038) |
三園・小次郎(愛のみぞ知る・d08390) |
亜綾田・篠生(ピーキー・d09666) |
●再会
人の命を何だと思っているのか──問うてもその男は歪んだ笑みを浮かべるだけなのだろう。
本屋にて、開いた雑誌から溜息混じりに顔を上げた織部・京(紡ぐ者・d02233)がきょろりと店内を見回せば、所々にいる仲間達もどこか落ち着かない表情を浮かべていた。その中でサーシャ・ラスヴェート(中学生殺人鬼・d06038) だけはさらりとした無表情のまま、店内の一般人を眺めている。
(「六六六人衆の企みは俺が必ず阻止します」)
自身の行動原理たる胸の中にくすぶる無力感を式守・太郎(ニュートラル・d04726)は無意識下で覚えていた。手にした本を戻して店外へ目を向けたその時、すぐ側で静かな声がした。
「──来た」
それは待ち人の姿を知る白瀬・修(白き祈り・d01157)の声。やや強張った視線を追えば確かに、この商店街には似合わぬ風貌の男が優雅に歩を進める姿を見た。
悠長にしている暇など、一時ですら無かった。
伏しがちな双眸を上げ、震えを押し殺した少女は道を説明する女性と男の間へ滑らかに割り込んだ。
「顔見知りに……似た趣向の方がいるの。良いお店を紹介出来ると思うのだけれど……ご一緒に如何かしら」
津宮・栞(漆の轍・d02934)が言った直後、少し呆気に取られた女性の腕が後方に引かれる。振り返れば見知らぬ──例え過去に会った事があったとしても、その容姿を覚えている自信の持てぬ少年が、そのまま無駄に洗練された所作で反対側へと歩き出す。
「残念だよ、もう少し場所を選んで食事する人だと思ってたのに」
遠ざかる女性の姿を目で追っていた男が声に視線を戻し、不快感を込めた目で見る修の姿を認めた。
そして。
「おや……お久しぶりですね。お会いしたかったですよ」
男──五九九番は心底嬉しそうに引き歪んだ笑みを浮かべ、両腕を広げた。
瞬間パニックテレパスが、殺界形成が展開される。
「! 早く来るのだ!」
「きゃっ!?」
女性の手を引いてその場を離れようとしていた亜綾田・篠生(ピーキー・d09666)が、歩調を一気に早め駆け出した。
「貴女の……いや、全員の命がかかっている!」
篠生が見たのは矛盾した行動だ。五九九番は灼滅者達との再会を喜んだ。けれど、放たれた光輪が狙ったのは灼滅者よりも、一般人。
「待っ……!」
その若者と五九九番の間には、障害物が無いに等しかった。サーシャ一人だけでは通行人の阻害の全ては叶わない。
栞や高柳・綾沙(湖望落月・d04281)と同じく女性との間に割り込んでいた太郎が──太郎だけが反射的に伸ばした手は寸前で虚空を掠めた。自転車の倒れる音と、切り裂かれた若者の姿を目の当たりにした。
「ご挨拶代わりです」
目を見開く者達へ向け、五九九番は涼やかな微笑みを見せる。
自分達より力量が上の相手を、相手より先に止めるのならば。隙を奪うというのならば。そして女性と若者を共に救いたかったのならば。
(「真っ先に背後から斬りかかるべきだった!」)
強く噛んだ奥歯が軋む。俯きかけた綾沙はそれでも次の瞬間顔を跳ね上げ、声を張り上げた。
「──逃げろ!!」
商店街が、混乱に呑まれてゆく。
「店内に逃げて! 逃げろ!!」
込み上げたものを抑えながら京が乱暴に叫んだ。四方八方逃げ出す人々、先刻五九九番が狙ったのが一人で良かったと考えてから首を横に振った。
親を見失った子どもが泣いている。その身体を抱え上げた三園・小次郎(愛のみぞ知る・d08390)が迷わず走る。
「甲斐!」
「こっちだ!」
名を呼んで、返って来た声は平時では想像もつかぬ程に荒い。人波をかき分け見つけた甲斐・鋭刃(中学生殺人鬼・dn0016)に子どもを託し、小次郎はすぐさま五九九番の方へと戻るべく地面を蹴った。
前を見据えながら名を呼べば、自分のすぐ横を駆ける霊犬が大きく吠える。
「行くぞきしめん! 軽食ならスルメでも食ってろよ、オッサン!」
●守る
「通り魔です! 急いで!」
「ここに居て、外には出ないで!」
「向こうまで走って!」
随所で、手伝いに駆けつけた灼滅者達の声が響く。スムーズな避難は決して容易な事ではない。それでも。
「ここから動くな!」
子の親を見つけた鋭刃は二人ごと手近な店へと押し込んだ。このシャッターであれば自分でも閉める事の出来る作りだ──短く判断し下ろそうとした所で店頭に出された備品が邪魔をする事に気付き、躊躇う事なく蹴り飛ばす。
「甲斐、次は!」
老人を軽々と抱えた千景・七緒の声に丹生・蓮二がこっちだと声を上げる。その後ろをライドキャリバーに一般人を乗せた灼滅者が駆け抜けた。
許せない。行こう、けいちゃん。呟き、京は五九九番の元へと駆けた。
「そんなおばちゃん達じゃなく、あたしと遊んでくれよ!」
そして荒々しく言い放ちながらギターをかき鳴らす。
「津宮先輩、集中を!」
修の声と放たれた矢に栞の中で眠っていた感覚が呼び起こされた。手の震えを押さえ込み日本刀の柄を握り締める。一般人の壁として回り込もうとする栞の動きに合わせ身体の向きを変える五九九番はただ笑っていて、栞はその笑みを断ち切るように斬撃を振り下ろす。
「軽食も少々……振舞わせて頂くわ」
「どうも、お気遣いありがとうございます」
恭しい礼を交えながらそれらを避ける姿を腹立たしいと、そう思った。
享楽で人を殺す者に覚える嫌悪感が少女の声色を素に戻す。
「わざわざ呼び立てて貰ったんだ」
その嫌悪感を、怒りを手の甲のシールドに集約させて。
「存分に相手するのが筋だろう?」
挑発に乗せタン、と跳んだ綾沙が五九九番に殴りかかる。
目に見えて手応えが浅くとも無力感を味わうにはまだ早い。けれど太郎の胸中には痛み。
「お前の思い通りにはさせません」
自分の目の前では決して多くの人を殺させない。それが太郎の決意だった。
太郎の刃がジグザグ状に形を変えた。抉るように斬り付けた。
当たらずとも攻撃をし続けなければ足止めさえ行えない。自分は、自分達前衛は、仲間だけでなく一般人の盾でもある為に。
「帰れよオッサン!」
小次郎が地元愛を乗せたビームを放てば足下から跳んだきしめんが続く。その小次郎の背後から荒く響く足音が近付いて来た。
「傍迷惑、という言葉をご存知か? ……貴様のような単細胞を言うのだ!」
女性の身柄を引き継ぎ戻ってきた篠生だった。五九九番を侮蔑の目で見つめ、大仰な動作と共に早口で捲し立てるその周囲をリングスラッシャーが飛び回る。
「私は全力で貴様の嫌がる事をしてやろう! 貴様とは何もかもが被っているが人材としては私が遙かに上! そのような輩に私が負ける道理は無ぁい!」
直後、リングスラッシャーが分裂する。そして味方の盾となるべく散り散りに飛んだ。口の端を上げて見据えてくる篠生に五九九番は帽子のつばを上げ、
「貴方の様な楽しい方は嫌いでは無いですよ? 以前会った素敵な方を交えて是非歓談をしたいところです」
「心の底からお断りだ!!」
同類を見るような笑みを向け、篠生を数歩後退させた。
そこへサーシャが前衛に向けた夜霧を展開させる。この場に響く音は外部から遮断した。手の届く位置に一般人の姿は無くなった。それでもサーシャは手の中でナイフを踊らせながら口を開く。
「外野に手ぇ出すような野暮な真似はこれ以上するなよ?」
事切れた若者を一瞥した。人の「死」を前にしてもサーシャの顔に浮かぶ感情は変わらない。
「そんな事しなくても俺達は逃げたりしねぇから」
安心しろよ、と。その言葉に五九九番は何故か柔らかな笑みを深めた。
「どちらでも良いのですけれどね。貴方達が逃げないならば貴方達を堕とすだけ、逃げるのならば軽食を楽しんでゆくだけで」
「……どうして、それを狙うんだ」
「どうもこうも。それが摂理に則った正しい行動だからです。それよりも──」
さらりと答えた五九九番の表情が、笑みからやや呆れを含んだものへ変化した。短い溜息を吐きながら、
「私を止めに来た割には悠長ですね」
前兆すら感じさせぬ所作で光輪を分裂させ、薙ぎ払う。京が、太郎が息を呑む。胸に抱く殺意は同じなのに全然違う。より色濃く、鋭く斬り裂かんとする。
「出会い頭から感じていましたが、本当に私を止めたいなら初めから皆さんで殺すつもりでかかってきて頂かないと。まぁ四方を囲まれていたとしても殺されるつもりはありませんけれど」
人間が誰も逃げていなかったらもっと楽しかったでしょうね──五九九番は悠々と歩きながらくつくつと笑った。
「……っざけんな」
胸元に具現化させたスートに触れながら京が叫ぶ。
「そんな簡単に殺せるのばっかやってるからそんな序列なんだよ!」
「それでも貴方達より私が優れているという事はお忘れなく」
そこへ浄化の力を持つ音色が響いた。五九九番を睨めつける修の奏でたそれが、光輪に一閃された前衛を癒す。続けて動いた栞が再度肉薄して刀を振り下ろす。まだ精一杯、平静を装えている。
歯噛みしたままの綾沙が五九九番へと殴りかかり、太郎が影を繰った。鋭い刃へと変化したそれが五九九番の外套を一部、斬り裂いた。
自分が回復に徹したとしても、きしめんが自分の分まで奴に噛みついてくれる。小次郎はそう信じて仲間を癒す。
見える周囲から一般人の姿が消えた。
つまり自分達が堕ちるのならば──それは誰かが倒れた時でしかなくなったのだから。
●選ぶ
「ほんっと、けったくそ悪いわアイツ」
避難をあらかた終え、遠目に戦況を伺っていた千条・サイがぼやく。相変わらずどころか前回よりタチ悪いやんと溜息を吐き、けれどすぐに笑って鋭刃の背を叩いた。
「俺らの宿敵頼んだ。わざわざ一番美味いモン食わしたるこたないで、堕ちんなや!」
「因縁ごとぶった斬ってこい!」
原坂・将平が行けと促す。頷いた鋭刃が身を翻し駆け出したそこへ、椿森・郁が守る為の護符を飛ばした。
いつか向こう側へ行く日が来るとしても、それは今日ではない。
「……」
闇勝・きらめは五九九番を見据えていた。
狂気じみた笑み、紳士然とした立ち振る舞い……血塗られた店内、護れなかった人々、そして貴方という存在と抱いた憎しみ。
「──忘れていませんよ」
傷ついた外套を見ていた五九九番がその声に顔を上げた。きらめの姿を認めた途端嬉しそうに手を掲げた。
「おや、来てくださったんですか? 素敵なお嬢さん!」
「倒す為にですけれどね、狂気じみた美食家さん!」
治癒の力を宿す温かな光が、生まれる。
五九九番に挑む者を助けたいと願った者達の支援が届き始めた。立ち続ける為の歌声、浄化をもたらす優しい風、五九九番を狙う漆黒の弾丸。
それは一度は開きかけた相手との距離が、少しずつ埋められてゆくような感覚に似ていた。
「割と粘りますね。『貴方達』を潰せば手っ取り早いですか?」
そう言った五九九番が狙い始めたのは後衛──メディック。
「そう簡単にいくと思うなっ!」
気丈に言い返す修と、巻き込まれ更に早口で捲し立てる篠生の声、身構える鋭刃。小次郎の脳裏にほんの僅かな不安が落ちて、けれどその瞬間にきしめんの鳴き声が響く。
「……っ!」
小次郎は己を守る符を掲げる。同時に自分を癒してくれたきしめんを見遣れば、抱いた不安を吹き飛ばしてくれる笑顔が自分を見上げていた。
必ず庇えるものではないという事は、知っている。それでも仲間が攻撃を受ける度にもどかしさと怒りが胸を支配した。
「けいちゃん!」
その感情を隠す事も全身を走る痛みも忘れ、京が己に寄り添う影を呼ぶ。綾沙が薄らと浮かぶ月ごと叩き斬るように真っ直ぐ斬りかかる。
「……そろそろ、夕飯の時間よ」
冴え冴えとした斬撃と栞の声、それをくるりと避けた五九九番は「そうなんですよね」と一言。
「少し予定外です」
初めて見せたその表情に綾沙が突き動かされるように動いた。
もし誰かが闇に堕ちなければならないのならば、自分が率先して行ってしまえばいいと綾沙は考えていた。けれど今この場では。
「望みのモノは……絶対にくれてやらない!」
少女の拳に、雷が宿る。
後悔をしたくなかった。するぐらいならば今を全力で戦いたかった。相手の思い通りにならず、最後まで灼滅者として戦ってみせる。それが太郎の矜持だった。
太郎は殺人鬼だ。目の前にいる男を宿敵とする、灼滅者だ。
高速の動きに合わせマフラーが翻る。そして殺意を持って『殺害』をすべく、背後から斬りつけた。
「こっち見なオッサン! 俺ときしめんの地元愛を知れ!!」
挑発と共に放たれるビーム、そして六文銭。弱者を守るヒーローは寄り添う白い相棒と一緒ならば何も怖くない。
「この汚れたジャケットは貴様のプライドで弁償して貰おうかぁ!」
高圧的に叫びながら、篠生がリングスラッシャーを射出する。
「弁償時にお顔を忘れてしまっていたら申し訳無い。いや、素敵な方とは思うのですが、不思議ですね」
「今だ今! 今すぐ弁償させると言っている!!」
負け戦などは最初からイメージしていなかった。自信を満ち溢れさせながらも人命を守る事を第一とした負けず嫌いな殺人鬼、それが篠生。
「さっきも言ったろ、俺達は逃げたりしねぇって」
生み出されたのは激しく渦巻く風の刃。サーシャは五九九番に告げながらそれを放つ。
「その決意の一助になりたいのよ、鋭刃くん。だから」
行って、と。炎の翼を顕現させた嶌森・イコに背中を押された少年が呼吸をするように見極めた。死角を、急所を、どうすれば殺せるのかを。
「──約束をした!」
幾つも、幾つもだ。受け取ってきた全てを乗せて、鋭刃は五九九番を脇腹から斬り裂いた。
ぼた、と落ちた血は重ねられた全てによるものだ。数カ所の傷をひとつずつ押さえた五九九番がちらりと空を仰ぐ。
「困りましたね」
言葉に反し声色は軽い。言いながら小光輪によってそれを癒す五九九番がカツカツと歩き、振り返った。
「『今の』貴方達を倒す事でしたら出来るのですが、それでこちら側にいらっしゃる方が出た場合に逃げ切れる保証が無くなりました」
軽やかな口調と、朗らかな笑顔。言っている事と全く合っていないそれに灼滅者達はやや呆気に取られる。五九九番はひらりと身を翻す。
「ああ、これが人生の岐路、選択肢というものですか! ここで殺される事と立ち去る事、どちらの方がより胸糞悪いか天秤に掛けるという!」
「っ、待て!!」
灼滅者達の制止を無視し、五九九番がするりと横道へ滑り込んだ。
「楽しかったですよ、それなりに!」
その声が最後。商店街に静寂が落ちた。
「……ッ!」
誰かは歯噛みし、誰かは俯き、誰かはその場に座り込む。
残されたのは亡骸がひとつ。
最善の結果、そう言っても決して間違いでは無い。けれど胸に滲む悔しさは確かなものとしてチクリ、灼滅者達の胸を刺した。
作者:笠原獏 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 32/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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