鉄球撲殺遊戯

    作者:泰月

    ●人間叩き
     ホールの扉が弾け飛んだかと思えば、そこから一人の男が入ってきた。
     スーツ姿にアフロヘアと言う人目を引く出で立ちだが、それ以上に奇妙な物を手にしていた。
     鎖だ。その先には、巨大な鉄球がぶら下がっている。
     幼い子供の背丈と同じくらいのはありそうな巨大な鉄球を、まるで重さを感じさせずに片手で操り、気軽に振り回して――手近な席にいた人が、潰された。
    「おー。結構な人数集まってんな。さて、何人逃げられっかな? さっさと逃げないと、死ぬぜお前ら」
     今度は離れた席にいた人の頭が、突然弾け、血飛沫が上がった。
     鉄球男が小さな鉄球を高速で放ったのだが、殺された当人ですらそれを認識出来ていなかった。
     ようやく悲鳴が上がり、ホールにいた人が一斉に動き始めた。ホールの出入り口は2つ。内1つから男が現れた。自然に、もう1つの出入り口に殺到する。
     逃げる人々を、鉄球男は容赦なく鉄球で叩き、砕き、殺していく。
    「ま、待て! やめろ、やめてく――」
    「やめねーよ。ゲームはまだ始まったばかりだぜ」
     青年の命乞いの言葉を遮って、男が鉄球を高速で振り回す。
     鉄球男の周囲には、鉄球に頭や半身を砕かれて殺された人の体がいくつも倒れ、ホールを赤く染め上げていた。
    「おいおい、『なりそこない』はまーだ来ないのかぁ?」
     また一人、逃げ切れずにいた人が頭を砕かれる。
    「そろそろ叩き殺し飽きてきちまったぞ。ここじゃ外れだったか?」

    ●命を砕く者
    「お前達、事件だ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が集まった灼滅者達に告げた。
    「六六六人衆が、大量虐殺を起こす未来が見えた」
     六六六人衆。その名の通り、666人で構成されるダークネスの殺人集団である。
    「今回の敵は序列四八〇番、鉄・殴烈」
     ヤマトの告げた敵の序列に、僅かに教室がざわついた。
     これまで多かった五〇〇番台よりも少ない序列の六六六人衆。序列が上がれば強さも上がる。
    「あぁ、強敵だ。だが……さらに厄介な事に、奴の目的は虐殺だけじゃなさそうだ」
     ヤマトは一旦言葉を切って、集まった灼滅者の顔を見回してから続ける。
    「敵は、おそらくお前達を待っている。虐殺の裏に、灼滅者の闇堕ちを狙っている意思を感じるぜ」
     闇堕ちを覚悟すれば、虐殺を止める事はそう難しくないだろう。だが、それすらも敵の狙いの内と言う事か。
    「だとしても、虐殺を放ってはおけない。すまんが、頼む」
     敵の狙いに乗ることになったとしても、ダークネスを止められるのは灼滅者だけだ。
    「敵――殴烈の使う武器だが、鎖につながった鉄球だ。大きさは2つある」
     形状はボーラや流星錘と呼ばれる武器に近い。
    「バランスボール並の巨大鉄球でハンマーの様に重い一撃を、テニスボールくらいの小さい鉄球は矢の様に鋭い一撃になるだろう。どれも遠距離まで届く。あとは殺人鬼の鏖殺領域と同じものだな」
     殴烈は、刃のついた武器は使わない。その殺しのスタイルは、鉄球による撲殺だ。
    「現れるのは、とあるホールだ。何か発表会があり、1階席の収容人数200人ほぼ満席の所に現れる」
     かなり人数が多いが、事前に人払いは出来ない。
     裏にある狙いはどうあれ、虐殺も敵の目的の一つだ。
     それが出来なくなれば、その場所に現れなくなる可能性の方が高い
    「当日は使われないが、ホールには2階席がある。そこに忍び込んで奴がホール内に侵入するのを待ち伏せるのがいいだろう」
     一度対面すれば、数人が避難誘導にあたる事も可能だ。
     2つある出入り口から敵を引き離せば、一般人を逃がしやすくもなるだろう。
    「今回の目的は殴烈の虐殺を止めることだ。俺の予知の通りなら、奴はお前達を闇堕ちさせようとしてくるだろうが……闇堕ちしないで済むなら、その方がいい。全員で帰って来るのを、期待してるぜ」
     もう一度、全員の顔を見回し。ヤマトは灼滅者達を見送った。


    参加者
    虹燕・ツバサ(龍刃炎武・d00240)
    黒夜・零(黒騎士・d00528)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    犬神・夕(黑百合・d01568)
    浦波・仙花(壁の向こうの紅色・d02179)
    大業物・斬(ブチマケロジック・d03915)
    鬼丸・静女(文学少女志望・d05773)
    八千代・富貴(牡丹坂の雛鳥・d09696)

    ■リプレイ


     8人の灼滅者は待っていた。ホールの2階席で、此処を六六六人衆の虐殺の舞台にしない為に。
     彼らが見下ろすフロアには、出入り口が左右2箇所ある。敵がどちらから入ってきても良いように、それぞれの扉の上とその中間の3班体制。
     左側の扉の上では、黒夜・零(黒騎士・d00528)が左目に小型スコープを付け下階の監視に専念している。
     虹燕・ツバサ(龍刃炎武・d00240)も監視をする一方、自分の過去を思い出していた。かつて血族が虐殺され自分だけが生かされた日の事を。そんな事は絶対に繰り返させないと決意を込める。
     横にいる鬼丸・静女(文学少女志望・d05773)の様子は2人のとは少し異なり、顔はやや青ざめ僅かに震えていた。
     予知された六六六人衆の序列四八〇番。一体どれほどの力を持つ相手であるか。だが、彼女が恐れているのは未知の敵の強さだけではない。
     誰かが傷つくこと。そして、誰かを傷つける事。争い事に不向きな性格と言われた事があるのは、この辺りが所以か。
    「大丈夫です、武者震いですよ」
     それでも、2人に視線を向けられれば精一杯の笑みを浮かべ、答える。被害を出さないために私もしっかりしなくては。恐怖を押し殺し戦いに臨もうとする意志もまた、決意と言えよう。
     一方、右側の扉の上では浦波・仙花(壁の向こうの紅色・d02179)が待機していた。普段から壁や電柱に良く隠れている彼女にとって、隠れて待つこの状況は好都合だったかもしれない。
    「……普通の人、殺すなんて絶対許せないです。闇堕ちしてでも止める、です」
     ひょこひょこと下を覗きつつ発せられた言葉は彼女の決意。それが敵の意図だとしても、その時が来たのなら。
    「誰も闇堕ちなんてさせないわ。皆で生きて帰りましょう」
     八千代・富貴(牡丹坂の雛鳥・d09696)の抱く決意は逆、仲間を含め堕ちない覚悟だ。かつて闇堕ちから救われたことがあるからこそ、か。
    「はい、です。出来るだけ、しないように気をつける、です」
     富貴の言葉に頷く仙花。そんな2人のやりとりをすぐ傍で聞いていた大業物・斬(ブチマケロジック・d03915)は六六六人衆に、はっきりと恨みを持っていた。彼女の妹が別の六六六人衆の計略によって闇堕ちしているからだ。
     両扉の間で待つ笠井・匡(白豹・d01472)には、どちらの組の声も聞くとはなしに聞こえていた。
    (「できるだけ、被害は抑えたいけど……」)
     彼の胸にあるのは、一人でも多く救いたい気持ちと、これから宿敵と相対する高揚感。彼の役目はどちらから敵が来ても、抑えに回る事だ。
     仲間の会話は犬神・夕(黑百合・d01568)にも聞こえていただろうが、彼女の感情は揺らがない。どんな状況でも冷静さ保つ事、それが多くの人命を救うと信じているからこそ、夕はクールに徹する。
     8人が2階席に忍び込んでから、どれほどの時間が経ったか。
     その時は、唐突に訪れた。聞こえてきたのは何か重たいものがひしゃげたような音。続いて悲鳴やざわめき。
    「来たぞ!」
     零が珍しく大きな声を上げると「Sanctions Charge」と小さく呟いて下に飛び降りる。
     間をおかず、それぞれの台詞を唱え解除しながら飛び降りる灼滅者達。
    「ははぁ、お前達か。『なりそこない』は!」
     巨大な鉄球をぶら下げた、スーツ姿のアフロ男。六六六人衆が一人、鉄・殴烈は目の前で上から飛び降りてきた灼滅者を前に、余裕の笑みを浮かべた。


     ホールの中は突然の出来事に騒然となりつつあった。
     扉を壊して鉄球を持ったアフロ男が現れ2階席から少年少女が飛び降りてきた。これで騒ぎにならない方がおかしい。
     とは言え、まだ遠巻きに見るだけでこの場から逃げ出す人はいない。感じているのは違和感程度か。
    「8人か。さて、何人堕とせっかな?」
     殴烈が灼滅者の数を数える中、8人は周囲の状況を確認すると、頷き合いそれぞれの役割へと行動を開始する。
    「僕たちを待ってたんでしょ? なら、相手してあげるよ」
     殴烈の前に進み出た匡が、挑発するように言いながら体から殺気を放出する。
    「殺らせん、俺はその為に来た」
     その後ろからツバサが怒りも露わに飛び出し、龍の爪を模した巨大な刃に炎を纏わせ殴烈に斬りつける。
    「いくぞ、天龍咆哮――龍刃炎武」
    「はっ。いきなり仕掛けて来るたぁ、イキがいいじゃねぇか」
     届くかに見えた先制の一撃だったが、横薙ぎに振るわれた鉄球に刀身を叩いて阻み、届かない。
    「え、燃えてる?」
    「おい、何かヤバくねえか?」
     突如始まった戦闘行為と匡の殺気に押され人々がざわつき、徐々に扉へと動き始めるがまだ流れは早くない。
    「逃げてください! 小さい子やお年寄りを連れて、急いで!」
     後ろでそれを見ていた静女が精神波を飛ばすと同時に上げた声で、人々の流れが一気に加速した。
     既に殴烈が入ってきたのとは反対の扉には、斬と富貴が回っており開放済みだ。周囲の壁を壊すつもりがあった2人だが、扉は鍵がかかっておらずその必要もなかった。
    「死にたくなければ、今すぐここから逃げろ! 向こうの扉だ!」
     夕が逃げろと強い口調で指示を出し、扉を示す。彼女の声は逃げ惑う人々へ、周囲のざわつきにも邪魔されず良く響いた。
     だが、これだけやれば殴烈も8人の狙いを余す所なく察した。
    「まず逃がしたい、か。やってみせろ!」
     殴烈が言った直後、出口に向かう列の中の数人の頭が弾けた。赤が飛び散り悲鳴が上がり、あっという間にホール全体に恐怖に因る混乱が広まる。
     逃げる人々を体を張って守るつもりのある者もいた。零もライドキャリバーを防衛へと回していた。だが、それでも200人をその一割にも満たない人数で庇いきるのは難しい。殴烈は灼滅者が咄嗟に届かない位置を瞬時に見抜き、殺してみせた。
     灼滅者が姿を見せただけで、殴烈に他の人を狙わない理由は無い。
    「悪趣味な武器だ、殺すならスマートに殺れよ」
     殴烈の使う鉄球に対して抱く嫌悪感を隠そうともせずに呟いて、零の身体からドス黒い殺気が吹き上がる。それは放たれる同時に、敵を妨げる力を高める。
    「寂しいな……僕とも遊んでくんない?」
     続いて匡が障壁を纏わせた拳で殴烈を殴りつける。
    「……殺すこと、楽しくない。けど、そうしていい人も、いるかもしれない」
     いつの間に回り込んだのか。仙花は殴烈の死角、背後を取っていた。
    「でも今は、私はお兄さんを止める、です」
     柄に桜の模様を持つ刀で、殴烈の足を狙う。戦いになった今、若干の笑みを浮かべている事に、彼女自身は気づいているのか。
     4人の連携攻撃で、殴烈を扉から引き離しホールの舞台へと押し込んでいく。
    「お前らだけか? さっさと堕ちろよ。じゃねえと、あいつらもっと殺すぞ!」
     しかし、4人の攻撃を続けて受けても殴烈の余裕はまだ崩れている様子はなかった。
    「ここは危ない。落ち着いて、早く逃げろ。こっちだ!」
     戦いの場が移るのを見て、夕は舞台に近い席にいた人々の元へ駆け寄り、人の流れに注意しながら誘導する。夕自身は、殴烈の攻撃を警戒し、いざとなれば庇えるよう後ろ向きで誘導した人々について行く。
    「ちくしょー……だが今回はこっちが先決だ!」
     同じく殴烈に攻めかかる仲間達を見ながら、斬は小声で呟いて自分で自分の指を小さく噛み切った。彼女の中に渦巻く六六六人衆への恨み。
     殴烈は斬の妹を追い詰めた相手ではないけれど。それでも頭が煮え立ちそうなるのを痛みで抑え、意識を切り替え避難誘導に専念する。
    「おらー取って喰われちまうぞ! あっち逃げろー!」
     大きな声を上げると同時に飛ばした強力な精神波。それで周囲の人々は更に混乱するが、扇動に従い彼女が指差した方向へと素直に進み出す。
    「扉に向かって逃げなさい! 押しあっては駄目よ!」
     扉に近い所では、富貴も同様に強力な精神波を飛ばすことで、人の流れをコントロールする。
     攻める4人と、そこに癒し手として付く静女が時間を稼いでいる間に一人でも多く。3人の時間との勝負が始まった。


     オーラを纏った匡の拳の連打が殴烈に叩き込まれ、仙花が刀を上段に構え一気に振り下ろして斬りつける。
     後方より放たれた静女の癒しの力を込めた矢が、零の傷を癒し眠っている感覚を呼び覚ます。
     研ぎ澄まされた感覚で、零は殴烈の動きを読んで狙いを定める。
    「遅い」
     バスターライフルから撃ち出された魔力光線は、殴烈の動きが僅かに止まった瞬間を的確に捉えた額を撃ち抜いた。
     額を撃った衝撃でよろめいた殴烈の前に、間合いを詰めたツバサが迫る。
    「我が爪に断てぬ存在を認めない――天地纏斬」
     武器の重量を活かした、超弩級の一撃。龍の爪の如き巨大な刃が、粉砕せんと殴烈の頭上へと叩き込まれる。確かな手応えはあった。
    「はーっはっはっは!」
     続いた灼滅者の攻撃を受け額から血を流しながらも、殴烈はまだ笑った。
    「俺が血を見ることになるたぁな。なりそこないのままで、頑張るじゃねえか」
     5人に向けられる殴烈の気配が変わった。濃くなった殺気に、相対する5人の肌がざわつく。
    「本気で殺しに行くぞ」
     既に殴烈の視線は、逃げる人々には向いていない。避難の時間を作るために気を逸らす目的は叶ったと言えるが、その代償が5人のまま殴烈を本気にさせてしまった。
    「退いてはならぬ時があると教えられた。今が、その時だ」
     向けられる殺気に怯むことなく、ツバサが愛用の大きな刃を構え直す。
    「いいぜ、まずお前からだ」
     再び振り下ろされたツバサの刃が届くよりも早く、振り下ろされた巨大が鉄球がツバサを舞台へと叩きつけた。

     敵の気配が変わったのは、他の3人も感じていた。残る人々の避難が完了すれば、3人も戦列に加われる。
    「急げ、あっちからも逃げろ!」
    「押し合わずに! こちらの扉も使えます!」
     戦いの場が舞台に移動した事で、2つの出入口を両方使えるようになっていた。斬と富貴がそちらにも誘導する。
    「歩けるか? 早く逃げるんだ」
     背中から聞こえて来る戦闘音を意識的に遮断し、夕は残る人々に声をかけ、時に肩を貸して逃がして回る。
     逃げ遅れる幼い子供や、人に押されて転倒してしまう人。助けが必要になるケースは少なからず出ていたが、それは3人で手分けして必要とあればホールの外まで担いで避難させる。避難誘導は順調に進んだ。
    「外に出たら急いで此処から離れろ。さっさといけ!」
     強い口調で言い放ち、夕が最後に残っていた子供を外へと送り出す。
    「もういないか?」
    「いません、今の子供で最後です」
     3人が全ての生存者を逃がしきれたと確認できたその時。
     パチパチパチ。
     手を叩く乾いた音が3度響いた。
    「もう逃がしきったか。お見事。……ま、こっちはもう持ちそうにないがな!」
     響いたその声に、3人が振り向いた時には、舞台上では立っているのは――殴烈だけだった。
     仙花とツバサが足元に倒れ伏している。舞台の外では、吹き飛ばされたか客席に倒れている零と匡の姿。2人を庇うように立つ静女も無傷ではない。
     ダークネスは灼滅者数人がかりで互角に戦える相手である。その中でも強力な六六六人衆が本気で殺しに来た結果がこれだ。
    「ま、多少手足にキても、なりそこない5人程度ならこんなもんだな」
     殴烈のその言葉が事実だった。サイキックのエフェクトはかかっていたが、それが敵にとって致命的な影響を与えるレベルになる前に、押し切られたのだ。一人庇い手だった仙花がまず倒れ、一人、また一人と。
     静女は必死に癒しの矢を放ち優しい風を招いて回復し続けたが、彼女でなくとも一人で癒し支えきれる相手ではなかった。
    「ここまでやられて、まだ堕ちねんだよな。残ったお前らはどうだ?」
     倒れたツバサの体を無造作に踏みつける殴烈。
    「てめエ!」
     斬の足元から伸びた影が殴烈を絡め取り、縛る。
    「させんぞ、アフロ」
     一気に舞台上の2人に駆け寄った夕が硬く握り締めた拳を放つが鉄球に阻まれる。
    「力の無い人をいたぶる事でしか力を誇示できないの? 情けないことね」
     富貴が挑発めいた言葉を紡ぐが殴烈の表情は変わらない。上段の構えから振り下ろした刃も、鉄球に逸らされた。。
     虐殺を止める、その目的は達した。あとは、敵を撤退に追い込められれば。だが、4人で殴烈を追い詰める事が出来ないのは、倒れた4人が如実に語っていた。
     夕が前で自身を癒しながら守りに徹しながら、斬も後ろから倒れた仲間を救う隙を伺う。だが、その隙が見つからないどころか、殴烈の鉄球は後ろまで容赦なく届き、静女が膝をつかされる。
    「痛めつけるだけじゃ堕ちねえんなら……1人くらい頭ぶっ潰すか」
     それでもなお、闇堕ちの気配を見せない4人に殴烈は苛立ちを見せる。
    「殺させるかよ!」
    「やめなさい!」
     殴烈の言葉に、斬の両手からオーラが、富貴が心を惑わす符を飛ばす。しかし符が鉄球に阻まれ、殴烈を止めるには至らない。鉄球が掲げられ、殴烈の視線が倒れる仙花へと向けられる。


     後ろから伸びた手が殴烈の腕を掴んだ。
    「悪いけど、これ以上はやらせないよ」
     匡だ。満身創痍だった筈だが、今はその腕は殴烈を強く掴んで離さない。更に黒瞳が赤くなり、負傷を感じさせない笑みを浮かべているではないか。
    「やっと堕ちたか! しかも同類か」
     このままでは撤退もできない。霞む視界で判断し、決めた。匡の身に起きた事を察し、殴烈の顔にも笑みが浮かぶ。
    「目論見通りだね? 愉しいかい?」
    「あぁ、愉しいぜ!」
    「僕も愉しいよ。お前と、サシで殺り合えるからね?」
     匡がそう言った次の瞬間、殴烈が舞台の外まで殴り飛ばされた。障壁を纏って放たれた拳は鋭く、鉄球に阻まれることなく敵を捉えた。
     夕が仙花にの元に、斬がツバサの元に駆け寄り、状態を確認する。
    「ここからは僕に任せて。今は退いて。そして、僕を……頼んだよ」
     変わらぬ笑みを浮かべたまま振り向いて、まだ無事な4人に告げた匡は殴烈に追いすがる。
    「他の連中は堕ちそうにねぇな……一人で我慢しといてやるか!」
     殴烈の鉄球と、障壁を纏った匡の拳が空中でぶつかり合う。衝撃で2人ともに弾かれ、その勢いを利用してホールの外へ向かった殴烈を匡が追う。
    「撤退しよう……」
     言って、夕が仙花の体を背負い立つ。今なら倒れた仲間を問題なく連れて帰れる。斬がツバサを背負い、零には富貴が駆け寄り抱き上げる。
     救いきれなかった遺体に縋りついて謝りたくなるのを、泣き出しそうになるのを必死で堪え、静女は出口へと走る。今は一刻も早く学園に戻るべきだ。
     重い物が激しくぶつかり合う衝撃の音は徐々に遠ざかり、4人がホールの外に出た頃には匡達の姿は見当たらない。
     一般人の被害者は全体の1割にも満たないという素晴らしい成果こそ得られたが、全員での帰還は適わなかった。

    作者:泰月 重傷:虹燕・ツバサ(虹龍の鎮魂歌・d00240) 黒夜・零(黒騎士・d00528) 浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179) 
    死亡:なし
    闇堕ち:笠井・匡(白豹・d01472) 
    種類:
    公開:2013年3月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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