酔拳の使い手(籠絡済み)

    作者:灰紫黄

     廃ビルの室内で二人の人物が話している。正確には両者とも人間ではないが。
    「これでわたし達、上手くやっていけるよね?」
    「よっしゃよっしゃ」
     きらびやかな衣装を着た少女が笑いかけると、男も返事をよこす。赤ら顔で意識が確かかは怪しいけれど。
     大きな目は容姿に似合わぬ妖しい輝きを放つ。すると、男はたちまち破顔する。
    「何かあったらよろしくね、おじさん」
    「よっっ……しゃ……zzz」
     ウィンクひとつ、淫魔は廃ビルを立ち去る。けれどその時には男は眠りこけていた。

     口日・目は(dn0077)は顔を赤くしながらも、取り繕って集まった灼滅者に説明を始める。
    「今回、妙な淫魔の動きを察知したわ。他のダークネスに根回しして自分達の派閥を守らせようとしてるの。……その、いかがわしい方法で」
     露骨に顔をしかめる目。具体的なところは依頼に直接関係ないので察してほしいと彼女は付け加えた。
    「淫魔を攻撃すると、根回ししたダークネスとも戦うことになる……はず。さすがにダークネス二体を敵に回すのは厳しいから、淫魔が去ったあとに襲撃して」
     そこで目はぽりぽりと頬をかく。淫魔とは関係なく、変わったダークネスらしい。
    「ダークネス……アンブレイカブルなんだけど、常に酔っ払ってて、酔拳みたいな動きで戦うわ。あと、空の酒瓶をハンマーのように使ってくる」
     淫魔が去った後、根城にしている廃ビルに行けばバベルの鎖の予知を回避して襲撃できる。外見はスーツを着たやせぎすの男で、頭にネクタイを巻いているらしい。
     それって本当に酔拳なのかとか、酔って足元ふらついてるだけじゃとか、そもそも酔拳って本当に酒飲んでるんじゃないぞとか思ったけど灼滅者達は黙っておいた。
     加えて、アンブレイカブルはなんかお酒臭いので、苦手な人は気を付けてほしいとのこと。
    「淫魔が出て行ったあとのアンブレイカブルは油断こそしてるけど、弱くはないから油断はしないで。あと繰り返しになるけど、淫魔を攻撃するとアンブレイカブルが助太刀に来るからまず勝てないと思、う……っ!」
     説明を終えた目は未来予測で見たものを思い出したのか、黒板をバンバンと叩き出す。灼滅者達は邪魔にしないよう、そそくさと教室を後にした。
     
     


    参加者
    源野・晶子(うっかりライダー・d00352)
    天城・桜子(淡墨桜・d01394)
    新城・七葉(蒼弦の射手・d01835)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    月雲・彩歌(月閃・d02980)
    六連・光(リヴォルヴァー・d04322)
    極楽鳥・舞(艶灼姫・d11898)
    ヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401)

    ■リプレイ

    ●不意打ち
     淫魔がいないことを確認した灼滅者達は廃ビルへ侵入する。元はテナントか何かが入っていたのだろうが、今は荒れ放題だ。人の気配どころか、ネズミ一匹見かけない。と思ったらどこからかいびきが聞こえてきた。おそらくアンブレイカブルのものだろう。それにしてもすごい音量だ。
    「呑気なものですね」
     アンブレイカブルの元へ向かいながら、六連・光(リヴォルヴァー・d04322)が呟いた。バベルの鎖のおかげで、普通の危機は察知できる。ダークネスにとって不測の事態はそうそう起こることはない。油断はある意味当然のことだった。
    「……ところで淫魔ってどうやって籠絡? してるの?」
     不意にすごいことを聞く天城・桜子(淡墨桜・d01394)。小学一年生にはまだまだ早い話である。分かっている人がどうにかうやむやにできないかと考えていたら、さらに小学五年生のヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401)が乗っかってきた。
    「そういや『いかがわしい』ってなンだ?」
    「私、知ってますなのです! こういうのどぶ板営業って言うんですよね!」
     はいはい、と元気に手を上げるのは日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)だ。どこからどう突っ込んだものか。
    「それを言うなら枕営業だよ。ね、晶子?」
    「え!? あ、ええと……」
     悪戯っぽく笑う極楽鳥・舞(艶灼姫・d11898)に話を振られて、源野・晶子(うっかりライダー・d00352)はしどろもどろ。みるみる顔が真っ赤になる。そろそろ湯が湧くんじゃないかというところで、見かねて月雲・彩歌(月閃・d02980)がフォローしてくれた。
    「まぁ方法はさておき、ダークネス同士が連携を始めると今の私たちでは対処できません。そういう意味では恐ろしい相手ですね」
     苦笑しながら、彩歌はそうやって話を終える。真実にはそれを知る正しい時があるのである。ああ、きっとそうに違いない。
    「着いたよ」
     ぽそっと新城・七葉(蒼弦の射手・d01835)が呟く。そんなこんなでアンブレイカブルのいる部屋の前に着いた。年長者にとっては長い時間だった、気がする。
     アンブレイカブルを起こさないようにそっとドアを開け、中に入る。当の本人は気持ちよさそうに眠りこけていた。そして極めて残念なことに、眠りながら女性物の下着を握りしめていた。凄惨な光景だった。
     寝ている間に不意打ちをしてやろうと武器を構える。しかし、殺気に反応したのか、アンブレイカブルが瞬時に飛び起きた。それに伴って下半身にかけられていた毛布がずり落ちかける。瞬間、高校生組は下級生の目を塞いで猛ダッシュで部屋の外へ。間一髪だった。もう少しでえらいことになるとこだった。
     おそらく淫魔の営業の後、そのまま寝てしまったのだろうがあんまりにもあんまりである。ともかく不意打ちは失敗に終わった。やがてもうええよーと中から声が聞こえたので、恐る恐る中へ戻った。

    ●酔っ払いの拳
     スーツ姿の男は頭をかきながら、灼滅者達を出迎えた。一見、酔っ払いのオッサンにしか見えないが、これでもダークネス。油断はできないしちゃいけない。
    「さっきはごめんねぇ。でも起こしてくれればよかったのにぃ」
     酔いが残りまくりで呂律の回らないご様子。まだ飲み足りないのか、片手には酒瓶を持っている。油断を誘おうと、舞が進み出る。
    「ねぇ、オジサン。どんなことされたい?」
     こぼれそうなほどのたわわを見せつけ、甘い声でささやく。すると男もいやらしい笑みを浮かべた。彼女の体を舐めるように見まわして、こう言った。
    「お嬢ちゃん、ええ体しとるねぇ。……ちょっと殴り合わん?」
     アンブレイカブルとは、命懸けの闘いこそを生き甲斐とする種族である。ちなみに状況は全く選ばない。色事は淫魔で満足していたのか、それとも武器を向けられたことで戦闘スイッチが入ったのだろうか。とにかく今の彼に誘惑は無意味であるようだった。
    「来んなら、こっちから行くでぇ」
     酒を飲み干し、空になった瓶で舞に殴りかかる。素早く彩歌が庇いに入った。
    「見た目はこんなですが、油断しないでいきましょう」
     防御していても攻撃の威力は小さくはない。どれだけ間抜けに見えようと、相手はダークネス。打ち合えば、強大な存在なのだと嫌でも理解できた。
    「いい夢見たのでしょう? 続きはあの世で見るがいい!」
     長い髪を振り乱し、光が黒い風となる。螺旋を描く槍がアンブレイカブルの喉元を狙う。しかし、ゆったりとした動作で避けられてしまう。速度は光の方が上のはずなのに、届かない。
    「あの酔拳の使い手と戦えるなんて、願ってもない機会なのです! 水鏡流神楽拳法の日輪かなめ……参ります!!」
     踏み込む脚は大地さえ震わす。小柄な体からは想像できないほどの激しい突進だった。けれどそれすら、酔拳の動きにかわされる。元来、酔拳は酔った時の予測不能な動きを取り入れた拳法だ。その真髄は柳ともいわれる。折れず、逆らわず、柔らかく、だ。
    「お酒臭いよ」
     感情の感じられない声で呟く七葉。左手にはめた指輪が淡く光り、麻痺の魔弾を放つ。今度こそ当たったようで、動きがわずかに硬くなる。瞬間、ヘキサがウサギのように跳び上がった。天井を蹴ってアンブレイカブルの背後へと回る。
    「喰い千切れッ! 火ウサギの牙ァ!!」
     炎をまとった一撃が、スーツに黒い焦げ跡をつくる。痛みと熱さに、アンブレイカブルは楽しそうに笑った。
    「お嬢ちゃん達、ボウズも、ええ腕してんなぁ。よっしゃよっしゃ」
     足下は覚束ず、発音も怪しい。それどころか誰もいない方向へ話しかけている。それなのにアンブレイカブルが放つ闘気は灼滅者を飲み込まんとするほど膨れ上がっていた。

    ●楽しい殴り合い?
     ひとつ欠伸をしてから伸び。戦場だというのに、ひどく緊張感のない動きだった。それこそ深夜の居酒屋にいそうな雰囲気だ。まぁ、アンブレイカブルが居酒屋なんかに来られても困るわけだが。
    「よいしょ」
     酒瓶が虚空を叩く。途端、空気が破裂して、衝撃波となって後衛を襲う。晶子への攻撃は相棒のライドキャリバーが受け止めてくれた。
    「いつもありがとうね。今日も頑張って」
     主の声に応え、キャリバーはエンジン音を吹かす。機関銃掃射に合わせ、晶子もライフルでアンブレイカブルを狙い撃つ。弾丸は脚を貫き、動きを制限する。
    「酔拳、か。テレビで見た事あるけどみ切りづらいわね、っと!」
     腰まで届く長い髪をかき上げ、ナイフを構える桜子。かわされないよう体幹を狙い、刃を振るう。切っ先がスーツをかすめ、大きく裂いた。
    「よっしゃよっしゃ。楽しくなってきたでぇ」
     ますます笑みを深め、酒瓶を振り回すアンブレイカブル。瓶は光の頭に直撃、さすがの彼女も足元がふらつく。頭から流れた視界を遮り、目眩までする。
    「大丈夫? いま歌うよ」
     後衛の舞が口を開けば、可愛らしい歌声が部屋を満たす。目眩も出血も止まり、手足に元の感覚が戻った。
    「……成る程。淫魔が用心棒にしようとするだけの事はある」
     指で手を拭う。開けた視界の中で殺戮経路を計算。瞬時に演算を繰り返し、最善の路を見つけ出す。
    「そこ!」
     鋭く振るわれた槍が腕を引き裂く。鮮血が飛び散り、壁を汚した。さらにヘキサが炎の牙が追い討ちをかける。
    「酔拳だろーが何だろーが、オレの『牙』からは逃げらンねェぜ!」
     ヘキサはフットワークを駆使して、しつこくアンブレイカブルを狙う。かわしきれず、やがて顎に一撃を喰らった。
    「酔拳の独特な動き……惑わされるわけには行きません」
     日本刀を振りかぶり、武器ごと断つような重い斬撃が繰り出される。しかしアンブレイカブルは体を捻って回避。それでも彩歌はふっと笑う。
    「惑わされたのはあなたのようです」
    「あい?」
    「ちょっと……じゃなくて、かなり痛いやつですよー! 水鏡流柔術技、那智の直瀑……なのですよぉー!!」
     回避で出来た隙を狙い、かなめはアンブレイカブルの腕をがっちり捕まえた。そのまま脳天落としの投げを決める。アンブレイカブルの頭から血が滲み、巻かれたネクタイが赤く染まった。
    「たぁのしい、たぁのしいいよぉぉ?」
     もう一口、ぐびっと酒を飲む。酔いもダメージもかなりのようだが、かなり楽しそうだった。

    ●酔いはさめない
     アンブレイカブルの実力は高く、特に回避能力は酔拳の動きのせいでずば抜けていた。お互い攻めきれず、膠着状態が続く。その中で均衡を破ったのは桜子だった。
    「いい加減にしなさい、そんなに遊んでられないのよ!」
     桜子のナイフがアンブレイカブルの脚を切り裂き、その場に縫い止める。さらに彩歌も念押しに脚に一太刀。
    「お願い!」
     再び主に応え、ライドキャリバーが飛び出す。大きな車輪でアンブレイカブルを轢き倒し、さらに晶子が炎を帯びたライフルで打撃を浴びせる。加えて霊距離でビームを叩き込んだ。
    「もう、さよならかな?」
     バベルの鎖を瞳に集めた七葉は指輪に魔力を込める。指輪をはめた指先から呪いを放たれ、完全に動きを止めた。膝をついた状態で足元から石化していく。
    「ね、あの淫魔の名前なんて言うの? アンタに勝ったご褒美に教えてよ」
    「アイツの名前は? 目的は? 吐かねーとまた蹴ッ飛ばすぜ!」
     桜子とヘキサが淫魔について聞き出そうとするが、時すでに遅し。なぜなら淫魔は、
    「……zzz」
    「って寝ンなあっ!」
     寝ながら石化していた。その安らかな寝顔のまま完全に石となり、やがてぼろぼろと崩れ去る。あとにはズタズタのスーツとネクタイだけが残された。

     アンブレイカブルを倒した後、淫魔の痕跡を探したが目ぼしいものは見つからなかった。最初にアンブレイカブルが握りしめていた下着は教育上よろしくない形状だったのでさくっと灼滅(焼却)しておいた。
    「全く。悪酔いがすぎましたね」
     帰り道、ぼんやりと呟く光。探してはみたが、ラブリンスターにつながるものは見つからなかった。無事に敵を倒すことはできたが、少し引っかかる戦いではあった。
    「……私達の周りにも淫魔が籠絡に来る可能性がないわけじゃないんですよね…恐ろしい話です」
     もし身内が誘惑されたらと思うとぞっとしない。それが近しいものであればあるほど、と思いかけて彩歌はかぶりを振る。
    「淫魔を追えないのは悔しいけど、私達の力不足ね」
     新たな敵の存在を感知しながらも、今は手出しできない。この悔しさは強くなってからぶつけるしかないのだ。桜子の長い髪を風が撫でた。
    「酔拳、マジ強かったな」
     ヘキサは受けた傷を確かめる。侮ったつもりはなかったが、体には無数の傷があった。なんとなく全身が酒臭いのも嫌な感じである。ウサミミが少しだけ垂れる。
    「ところで、まくら営業ってなんですかー!?」
     戦闘前の話題を思い出したらしく、かなめがまた元気に手を上げた。舞がにやにやし始め、晶子は真っ赤に再点火。
    「なんならマナに聞けばよかったね」
    「そんなことしたら、目さん困っちゃいますよ」
    「じゃあ晶子が説明する?」
     ひゃあと悲鳴を上げ、晶子は顔を覆う。年少組には何が起きているのかてんで分からなかったが。まぁ、いずれ分かるさ。
    「むっつり?」
     七葉が小さく首を傾げて聞く。それが無表情だったものだから、冗談なのか本気なのか晶子には判断が付かず、またまた真っ赤になった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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