がんばと淫魔は持ちつ持たれつ?

    作者:草薙戒音

     薄暗い廃倉庫の奥から、人影が現れる。
    「がんば怪人さんにお会いできて嬉しかったです~♪」
     アニメ声、というやつだろうか。妙に可愛らしい声で男に語りかけるのはフリフリの可愛らしい衣装を着たまだ若い女の子。
    「ああ……俺も、嬉しかった」
     低く落ち着いた男の声が彼女に応える。耳に心地よい声、均整のとれた肉体――ただ非常に残念なことにその頭部はまんま「フグ」だった。
     そんな違和感ありまくりの男の体にしなだれかかるようにして、娘が囁く。
    「これからも、いろいろよろしくお願いしますぅ~♪」
     若く可愛い娘に上目遣いで可愛らしくお願いされて、男の顔がだらしなく歪む――フグのせいではた目には目じりが下がったくらいにしか見えなかったが。
    「こういうのは持ちつ持たれつってやつだからな。何かあったら俺を頼るといい。そのかわり……」
     下心全開の男――がんば怪人に、淫魔の娘が妖しく笑う。
    「もちろん、わかってますよぉ……持ちつ持たれつ、ですもんね」
     
    「今まで予知にかからなかったダークネスの動きが察知された」
     集まった灼滅者を前に一之瀬・巽(中学生エクスブレイン・dn0038)が口を開く。
    「予知に引っ掛かった理由は淫魔がそのダークネスのもとを訪れたからだ。淫魔はそのダークネスと『仲良くしましょう』と約束していく。彼が自分たちの邪魔をしないようにな」
     やや間があって。
    「仲良くする方法はまあ、淫魔だからな……察しろ」
     そう付け加え、巽は小さく息を吐く。
    「今回は淫魔が去った後……油断してるダークネスのほうを撃破してほしい」
     巽が未来予測で察知したのは長崎県島原地方を根城とするご当地怪人――「がんば怪人」。
     ちなみに「がんば」とはこの地方の方言で「フグ」のこと。「棺(ガン)ば(を)そばに用意してでも食べたい」から「がんば」と呼ばれるようになったとか。
    「淫魔とがんば怪人は廃倉庫から出てきてその出入口で別れる。淫魔はすぐにその場を立ち去るが、がんば怪人の方は逢瀬の余韻にでも浸ってるのかしばらくその場に残っている……そこを狙うといい」
     がんば怪人の攻撃方法は三種。「がねだきキック」「湯引きビーム」「がんばダイナミック」――威力の違いこそあれ、ご当地ヒーローと同じようなサイキックを使ってくるらしい。
     「倉庫の前はだだっ広い広場になってるし、街灯もあるから夜でも普通に戦えると思う」
     がんば怪人と淫魔が現れるという廃倉庫までの地図を灼滅者に手渡しながら、巽が告げる。
    「狙いはあくまでがんば怪人だ。淫魔を狙うとなるとがんば怪人も淫魔を守る為に戦いに参戦してくるからな……そうなるとこちらが勝つのは難しくなる」
     ダークネスは1体でも強力な相手なのだということを忘れないでほしい。
     最後にそう付け加え、巽は灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    風早・真衣(Spreading Wind・d01474)
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)
    松下・秀憲(午前三時・d05749)
    パメラ・ウィーラー(シルキー・d06196)
    黒岩・りんご(凛と咲き誇る姫神・d13538)
    リーベット・グレン(ヴィジョナリー・d13587)

    ■リプレイ


     時折チカチカと点滅する街灯が、古びた倉庫の扉を照らす。
     倉庫の中では淫魔とがんば怪人の密会が行われているはずだ。少し離れた別の倉庫の陰に身を潜め、灼滅者たちは時を待つ。
    (「フグのクセに綺麗なおねーさんととか……!」)
     内心ギリギリと歯噛みしていた高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)の耳に、仲間たちのやり取りが聞こえてくる。
    「淫魔さん、怪人さんと何をしていらっしゃるのでしょう、か?」
     何気なく疑問を口にした風早・真衣(Spreading Wind・d01474)にリーベット・グレン(ヴィジョナリー・d13587)が答える。
    「色仕掛けや、色仕掛け。淫魔が怪人をたぶらかしとるんや」
     リーベットの言葉で、琥太郎の目が完全に覚めた。
    (「うらやま……し、くもないか。淫魔だし。かんっぺき騙されてるし」)
     ぶっちゃけ、哀れである。
    (「モテないからこんなんに騙されるんだろうし……いやオレも彼女いないからヒトのコト言えな……」)
     そこまで考えて、琥太郎はぶんぶんと頭を振った。その横で、真衣は僅かに首を傾げる。
    「たぶら、かす……」
     もともと狭い世界で暮らしていた真衣、幸か不幸かリーベットの言葉からは具体的なイメージが湧かなかったらしい。
    「……ダークネスもえらい人間臭いんやね……」
     肩を竦めるリーベットに、黒岩・りんご(凛と咲き誇る姫神・d13538)が同意する。
    「本当にやれやれですわね」
     呆れたように首を振り、言葉を続ける。
    「下心全開の怪人とは、実に情けないといいますか」
     どうやらりんごのほうは淫魔が怪人と何をしているか大体理解している様子。
    「淫魔たちは何を企んでるのかな」
     独り言のように呟いた白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)に二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)が「さあ?」とだけ答える。
     そんな中、パメラ・ウィーラー(シルキー・d06196)は何か納得できないような表情をしていた。
    「河豚なのに毒を持っていないなんて……」
     ぼそっと呟かれた言葉に、松下・秀憲(午前三時・d05749)が思い出したように口を開く。
    「そう言えば、俺フグ調理師免許持ってないよ」
     一瞬の間の後。
    「けど別にアイツは食わんしいっか」
     彼があっさり結論を下した直後、ゴ、と音がした。灼滅者たちの視線の先で、重そうな音を立てながら廃倉庫の扉が開く。
     先にがんば怪人と思われる男が、続いて可愛らしい服を着た淫魔であろう女の子が廃倉庫の中から姿を現す。
     扉の前で楽しげ(?)に言葉を交わす2人。場所柄や時間帯もあってか、あまり周囲を警戒している様子はない。
     数分ほど経った頃だろうか、淫魔ががんば怪人に背を向けた。可愛らしく手を振り、時折振り返りながらもその場を去っていく。
     完全に淫魔の姿が見えなくなったのを確認すると、灼滅者たちは互いに頷き行動を開始した。


     倉庫の陰から次々と飛び出す灼滅者たち。淫魔の立ち去った方向をボーっと眺めていたがんば怪人が慌てて向き直る。
    「む、貴様ら何者だ」
     誰何する声に、りんごがくすっと笑ってみせた。
    「ふふ、随分とお楽しみでした?」
    「おアツイことやな。フグ男ごときがイッチョ前に色気づきよってデレデレと鼻の下のばしてからに……」
     腕組みしながら話すリーベットの瞳には、馬鹿にしたような光が宿っている。
    「いったいどのような話をしていたのか、興味ありますわ」
     続けられたりんごの言葉に、がんば怪人がふん、とそっぽを向く。
    「別に何も話していない。仮に話したとして……貴様ら如きにホイホイ話すはずがなかろう?」
    「エロフグ野郎、鼻の下伸ばしてキメェんだよ!」
    「なんだと?!」
     秀憲の発言にがんば怪人が怒鳴る。気色ばむがんば怪人に、パメラが僅かに反応した。いつ戦闘が始まってもいいように、万が一にも奇襲などされないように、注意深く推移を見守る。
    「あ、でもふぐ顔よく見たら可愛い……」
     続く雪姫の呟きに、一瞬がんば怪人の顔がぱあ、と輝く――しかし。
    「体目的でどーせ彼女のことなんも知らねぇんだろ? お前彼女の自宅どこか知ってんのかよ!」
    「知ってんのかよ」
     続けられた秀憲の言葉の末尾を捕まえて、雪姫が無表情に淡々とくりかえす。
    「む?! そ、そんなものは今関係ないだろう!!! それに貴様! さっきの発言の直後に『ソレ』とはどういうことだ!」
     僅かに動揺しつつも言いかえすがんば怪人に、琥太郎がこれ以上ないと言うほどの憐みの視線を向けた。
    「……お前なーんにも教えてもらってないんしょ? それって信用されてなくない? うわー……かわいそ……」
    「かわいそ……」
     視線までしっかり真似て繰り返す雪姫。
    「だ、黙れ黙れ黙れ! 今は、今はその時期じゃないだけだ!!!」
     激しく動揺するがんば怪人。
    「もしかして本当に何も知らないんでしょう、か?」
    「ごめんやっぱり全然可愛くない……」
     ゆるゆると首を傾げる真衣。知らないのなら用はないとばかり、はっきりと言いきる雪姫。
    「哀れなマリオネット、か。繰り師の糸が見えているのか、いないのか……」
     雪紗がやれやれとでも言いたげに肩を竦める。
    「あぁ、いや気にしないでくれ。どのみち、君には灼滅しか待っていない」
     パタパタと手を振りながら、雪紗がサラりと言い放つ。
    「……どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがってーーー!」
     切れたがんば怪人のフグ顔が、怒りゆえかぷぅ、と膨らむ。
    「貴様ら、許さん! 生きて帰れると思うなーーー!」
     叫ぶと同時、がんば怪人が飛び上がる。
    「がねだきキッーーーク!」
     がんば怪人の必殺技がさく裂した。


    「ぜんじろうさん頑張ってくだ、さい」
     自らのサーヴァント、ライドキャリバーの「ぜんじろう」にそう声をかけ、真衣は高純度に詠唱圧縮された魔法の矢でがんば怪人を狙う。
     放たれた矢ががんば怪人に着弾するとほぼ同時、ぜんじろうがギュルギュルとタイヤを鳴らしながらがんば怪人に突撃した。
     雪姫が護符を頭上に放り投げ自らの守護を強化する傍らで、雪紗は高速演算モードを発動。
    「フグは美味しく食われてろっつーの」
     螺旋のような捻りを加えながら、妖の槍を突き出す琥太郎。その槍先に何やら私怨が混ざっている気がしないでもないがそれはさておき。
     琥太郎の槍ががんば怪人から引き抜かれたその直後、今度はやはり捻りを加えられた秀憲の妖の槍ががんば怪人を貫いた。
    「~~~♪」
     パメラはふわっとその場で一回転。リングスラッシャーから分裂した小さな光輪はパメラの身を守るためのもの。
    「フグのデートコースってウチめっちゃ気になるわ。次のデートはどこでするん? 水族館か? それともフグ料理屋か?」
     挑発的な言葉を発するリーベットの胸元に、トランプのマークが現れる。
    「どうやって篭絡されたのか、そのあたり詳しく聞いてみたいですわねぇ」
     言いながら、りんごが左に構えたガトリングガンから爆炎の魔力を込めた弾丸を連射した。
    「わたくしにもできるかしら?」
     大人びた表情でくすっと笑うりんごに対し、がんば怪人が答える。
    「ふん、子供が。そんなことに興味を持つなどまだ早い! 実にけしからん!!」
     前衛たちの間をすり抜け、がんば怪人がりんごに迫る。
    「くらえ、がんばダイナミッーク!」
    「させるかボケ!」
     咄嗟にりんごとがんば怪人の間に割って入るリーベット。がんば怪人が割って入ったリーベットの体を思い切り高く持ち上げる。がんば怪人が彼女を地面に叩きつけると同時、大爆発が起きた。
    「っ……」
     リーベットが小さな呻き声を上げる。
    「大丈夫で、すか?」
    「私に任せて……」
     答える雪姫にこくりと小さく頷いて、真衣はリングスラッシャーをがんば怪人目掛けて射出した。ぜんじろうがそれに合わせるようにして機銃掃射を開始する。
     そんな中、雪姫はリーベットの傷を癒すべく歌い出した。天使を思わせる美しい声が戦場に響く。
    「ナイス、白伽」
     軽口を叩くような口調でそう言って、秀憲が地を蹴った。
    (「なんかフグ面破裂しそうでハラハラすんな」)
     ちらりとそんなことを考えながらもがんば怪人の体をマテリアルロッドで殴りつけ、その体へと魔力を流し込み体内で爆発させる。
    「フグァ!」

     ……幸い、爆発しなかったようである。

    「本っ当になんも知らねえのかよ、使えねぇ怪人だな!」
    「本当に情けないですねぇ」
    「情けないですねぇ」
     攻撃を続ける間にも灼滅者たちの挑発は続く。何か淫魔に繋がる情報の欠片でも掴めればと思ってのことなのだが、非常に残念なことにがんば怪人は本気で何も知らないらしい。
    「うるさい! 貴様らに言われる筋合いはない!」
     最後には微妙に涙目になり言い返し始めたがんば怪人に対し、割と本気で憐みの視線を向ける琥太郎。がんば怪人のボディを連打するオーラを纏った拳からは、先ほどまでの私怨のような気配は綺麗に消え去っている。
    「まぁ、所詮は人形か」
     淡々とした口調で凄まじく辛辣な言葉を吐き、雪紗はバスターライフルを構えた。
    「情報を持たない人形に用はない。QEDだ」
     引き金を引けば、心の深淵にある想念を集めて作った漆黒の弾丸ががんば怪人に向けて撃ち出される。
    「―――♪」
     パメラの神秘的な歌声ががんば怪人を催眠状態に陥れ、りんごのガトリングガンとバスターライフルが火を噴く。
    「わたくしの弾幕から逃れられますか?」
     ばら撒かれた大量の弾丸ががんば怪人に着弾すると同時、がんば怪人の体が燃え上がった。
    「うお?!」
     動揺するがんば怪人の一瞬の隙をつき、リーベットががんば怪人の死角へと回り込む。
    「ガンバだかカンパだかよう分からへんけども、いうたらタダのフグやろが。フグはフグらしゅう、店の軒先にでも吊られとけや!」
     リーベットががんば怪人の腱を絶つ。
    「ぬおおおお!」
     毒と炎に苛まれるがんば怪人の顔がぱんぱんに膨らんだ。
    「こんな……こんなところで終わるわけには……!」
     最後の攻撃を放とうとするがんば怪人に、灼滅者たちが止めとばかりに猛攻を掛ける。
     真衣のフォースブレイクが炸裂し、雪紗のトラウナックルが決まる。雪姫のディーヴァズメロディががんば怪人を苛み、秀憲の螺穿槍ががんば怪人を貫く。
    (「まー、可哀想っちゃ可哀想よね」)
     ついに地面に膝をついたがんば怪人を見下ろし、琥太郎は思った。淫魔には利用され、その結果灼滅者に存在を知られ……。
    「でもまあ、仕方ないよな。お前、ダークネスだし」
     さらっとそう告げて、琥太郎は手にした妖の槍をがんば怪人目掛けて突き出した。
    「ぐおおおお!!!」
     がんば怪人が断末魔の声を上げる。
     爆散するがんば怪人の体――後には何も、残っていなかった。


    「終わりました、ね」
    「意外とちょろかったわ……」
     がんば怪人が立っていたあたりを眺め、真衣と雪姫が呟く。
    「まったく役立たずの人形だったがな」
     眼鏡の位置を少し治しながら、雪紗が言った。
    「本気で何も知らされてないみたいだったもんな」
     琥太郎が遠くを見るような目で応える。
     がんば怪人は何も喋らなかった――というより、何も知らなかった。本気で可愛い女の子とイチャイチャできればそれで良かったのかもしれない……。
     少々残念そうに、りんごがほうと息をつく。
    (「むしろ淫魔の手練手管に興味があったのですが……」)
     とは、口に出さない本音だったりする。
    「駄目だな、特に何も残ってなさそうだ」
     何かしらの手掛かりを求めて倉庫周辺を見回っていた秀憲がパタパタと手を振りながら戻ってくる。
    「こっちも何もないですね~」
     倉庫内を探っていたパメラもそう言って屋外へ出てきた。
    「手がかりなしか」
     腕組みする雪紗。
    「こればかりは仕方ないと思い、ます」
     真衣が言えば、雪紗もこくりと頷いた。
    「ふー。ええ汗かいたらおなかすいたわ」
     リーベットは思い切り伸びをした後、仲間たちに問いかける。
    「よっしゃ! 折角やしフグくいにいこや? どない??」
     自分たちがここですべきことは全てやり終えた。夕食には少々遅いが、この時間ならまだ幾つかの店舗は開いているだろう。
    「……そういえば、オレ、フグ食ったコトないや」
    「今後もう一波乱ありそうだけど、今はふぐ刺しかしら……」
     思い出したように琥太郎が呟き、僅かに目を細めて雪姫が言う。
    「そうと決まったら善は急げや。早速行こか」
     リーベットの言葉に頷いて、灼滅者たちは廃倉庫を後にした。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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