人飼い

    作者:灰紫黄

     地方都市の廃ビル。人の手から離れて久しいそこに、人の声が聞こえていた。歳は十五、六ほど。セーラー服を着た少女の首には首輪が着けられ、鎖でつながれている。
     かつり、かつりと乾いた足音。少女の表情が恐怖に染まる。それを見て、足音の主、大柄な男はにやにやと笑った。
    「ふっふっふ~ん」
     鼻歌を歌いながら、大男は少女を殴る。たまに蹴る。少女は泣き叫び、命乞いするが、大男の興奮を高めるだけだった。

     灼滅者が揃うのを待ってから、口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は口を開く。
    「説明を始めるわね。羅刹が事件を起こすのを察知したの」
     そう言って、目は一冊のファイルを示す。一枚目は、ビルの写真だ。
    「羅刹は屋島と名乗って廃ビルを根城にしてる。その屋島なんだけど、配下を使って女性や子供をさらっては暴力を振るってるみたい。被害が増える前に灼滅して」
     さらにファイルをめくると、少女の写真が出てきた。注意して聞いてほしい、と目は念押ししてから続ける。
    「ビルにはこの子が捕まってる。ううん、正しくはこれからかもしれないけど。……安心して、助けられるわ」
     ファイルをもう一枚めくる。ビルの見取り図だ。
    「ビルは三階建てで、みんなが突入するとき、屋島と女の子は三階に、配下3人は二階にいる。五分以内に配下を倒して、三階に登って。でないと、女の子は殺されるわ」
     目は唇を噛む。逆に言えば、彼女が死ぬ五分前以外には突入タイミングは見つけられなかったということだ。かといって無理に突入すれば、バベルの鎖によって予知されてしまう。
    「屋島は神薙使いのサイキック以外に猟銃をバスターライフルみたいに使う。配下は手にした金属バットで攻撃してくるわ」
     配下は屋島から力を与えられて強化されている。強力というほどではないが、灼滅者と十分に渡り合える。タイムリミットを考えれば、油断はできない。
    「救えるなら救いたい。みんなもそう考えてると思う。だから、頑張って」
     私にはどうすることもできないけど、と目は悔しげに呟いた。


    参加者
    羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)
    九曜・亜門(白夜の夢・d02806)
    ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)
    櫓木・悠太郎(半壊パズル・d05893)
    高倉・光(羅刹の申し子・d11205)
    九十九折・羽織(はぐれ坊主・d12412)

    ■リプレイ

    ●鬼の棲家
     廃ビルの空気は重い。支配する羅刹の気配、そして暴力の臭いがそう感じさせるのだろう。灼滅者達は階段を駆け上がる。事態には一刻の猶予もなかった。
     二階に上がると、羅刹の配下が酒をあおっていた。傍にはそれぞれの得物となる金属バットが置かれていた。
    「さて、此処は時が肝心じゃ。行くぞ」
     言うのと同時、白い面を被った九曜・亜門(白夜の夢・d02806)の影から霊犬のハクが現れる。その名の通り白い体毛をなびかせ、男達を威嚇する。
     遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)は時計を操作してアラームを設定する。五分までに配下を倒しきれなかった場合、数名が羅刹のもとに向かうことになる。無論、配下を倒せれば問題ない。日本刀の柄を握る手に力が入った。
    「何者だてめぇら!」
     配下の一人がバットで殴りかかってくる。櫓木・悠太郎(半壊パズル・d05893)は縛霊手で受け止めると、鬼の腕で反撃。配下を吹き飛ばす。
    「何者でもやることは同じです。すみませんが、力ずくで通ります」
    「ガキがぁ!」
     今度は手近にいた高倉・光(羅刹の申し子・d11205)に襲いかかる。だが、彼は優美な歩法でそれをかわす。綺麗な髪がふわりと揺れた。
    「よく見りゃ上玉じゃねぇか。お前も屋島さんにいじめてもらうか」
    「いえ、私は男です。そうでなくともお断りですが」
     ふふ、と笑った目の奥には暴力の色。いかにして敵を叩き伏せるかを思案しているようだった。
    「邪魔なの! とっとと退いて!」
     ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)がスレイヤーカードからロッドを呼び出した。先ほど悠太郎が殴り飛ばした配下めがけて振り抜く。ロッドが体幹を捉えた瞬間、一気に秘められた魔力を解放する。大威力の一撃に、配下も頭を揺らす。
    「やれやれ、女性を傷付けるとは許せんな。成敗だ」
     黒い風となって、九十九折・羽織(はぐれ坊主・d12412)が配下に肉迫する。シールドを展開、顎を殴りつける。急所に当たったのかふらふらと足取りが覚束なくなる。
     体勢を立て直す時間など与えはしない。羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)がすかさず前に出た。束ねられた髪が風になびく。
    「時間が無いので手荒に行かせていただきます! レニーさん、行きますよ!」
    「ああ!」
     途端、智恵美の腕が巨大化し、鬼の腕となる。配下はバットで防ごうとするも、バットごと押し潰した。攻撃はそれだけ終わらず、智恵美の後ろから現れたレニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)が配下に迫る。彼の腕も鬼のそれに変化し、配下に叩きつけられる。同じクラブの同輩同士の連携である。
     一連の攻撃で気を失った配下は、窓ガラスを突き破り、下まで落ちて行った。ビルといっても二階だ。大した怪我にはなるまい。それに、ある程度は身から出た錆とも言えるだろう。何より今、助けるべきは上にいる少女なのだから気にしてもいられない。
     仲間を倒され、へらへら笑っていた配下の顔にも緊張が走る。
     カチ、カチ。時計の秒針の音が、妙に大きく感じられた。

    ●鬼の手下
     配下がバットで殴りかかる。受け止められないと判断したのか今度は何もしない。その代わり、逃れられないよう配下の腕を捕まえる。
    「何なんだよてめえら!」
    「答える気はありません。……言葉を交わすことさえ億劫です」
     口調こそ大人しいが、悠太郎の瞳には怒りが滲む。零距離で鬼神変を叩き込み、さらに相棒のライドキャリバー、雷轟も同じ敵を轢き倒していった。
     光が腕を虚空に伸ばすのに合わせて、足元から影が伸びる。夜闇よりもなお濃いそれはやがて大きな腕の形をとる。人間をすっぽり包めそうなほどの掌が配下の足を覆うと、光は手を握る。すると影も掌を閉じて、配下を締め上げる。苦悶の声を上げるのを、光はつまらなさそうに眺めていた。
    「合わせて!」
    「はい!」
     今度はレニーからの連携だ。軽やかなフットワークで配下の懐に潜り込むと、オーラをまとった拳で一撃。さらに重心を左右に移しながら拳を重ねていく。数発の拳を受けた配下の背後に智恵美が回り込む。彼女のロッドが風を切り裂き、配下を捉えた。その瞬間に魔力を解放、大きなダメージを与える。結果、配下は音を立てて倒れた。
     二人も仲間を倒され。一人残された配下の表情にも焦りが見える。ここに来て、残りは三分。一分に一人を倒す、いいペースといえるだろう。
    「クソガキが!」
    「さっきから同じことばかり言っておるぞ。芸が、いや脳みそが足りないんじゃないか」
     バットをシールドで受け止め、羽織は鬼の腕で反撃。配下の体が軽々と吹き飛ぶ。その着地点に回り込む形でピアットが再びロッドを構えた。
    「こん、のお!」
    「がぁっ!」
     ロッドから光が弾け、魔力が放たれる。配下の体を駆け回る魔力が幾度もダメージを与える。着地すらままならず、配下は床に叩きつけられる。
    「ごめんね、さっさと倒れてもらわないと」
     瑪瑙の両手が刀に添えられる。瞬間、目では捉えられない速度の斬撃が走り、配下を断つ。普段の穏やかな物腰からは想像できない鋭い一撃だった。
    「ハク!」
     主の命に応じ、ハクが駆け出す。口にくわえた刀で配下を一閃。そこに重ねて亜門のおこした風が刃となって襲いかかる。この攻撃がとどめとなって、最後の配下も倒れ伏した。
     配下を倒すのにかかった時間は三分。およそ最高の結果といえた。損傷の確認もそこそこに、灼滅者達は階段を駆け上がる。

    ●鬼の遊び
     三階にたどり着いた灼滅者達の目に、まず少女と屋島の姿が跳び込んでいる。ぼろぼろのセーラー服を着た少女は四つん這いの姿勢をさせられ、その上に屋島が座っていた。少女の腕は震えていて、今にも力尽きそうだ。
    「何をしている」
    「いや、どれだけもつかなと思ってね」
     コンピューターで合成したような、機械的で抑揚のない声。それでいて発言の内容は残忍。ひどく不快だった。
    「下の連中はやられたようだね。どうだい、君達も遊ばないかい?」
     薄く笑い、屋島は服の上から少女の体をまさぐる。ひ、と短い悲鳴が聞こえた。そして服の下に手を入れようとしたが、鬼の腕に掴まれた。
    「女性を冒涜するマネは許せんな」
     羽織だ。普段は女性にだらしない彼だが、この局面においては怒りに燃え上がっていた。雄叫びを上げ、羅刹を投げ飛ばす。
    「ちぇ、つまんないな」
     手をさすり、屋島は舌打ちした。値踏みするように灼滅者に視線を走らせる。やがて光と目が合う。
    「縛られるのとか、興味ない?」
    「嫌です。あなたをぶっ殺す方が好みです」
     光の腕が巨大化、しかし屋島も同じサイキックで迎撃する。加えて空いた方の手で猟銃を握り、反撃。
    「安心いたせ、我らは味方ぞ」
     面をずらし、その隙間から笑顔を見せる亜門。魂鎮めの風で少女を癒し、眠らせる。その間もハクが射撃で牽制する。
    「悪い鬼は退治される時間なの。覚悟しなさい!」
     彼女にとって、力とは正しくあるべきものだ。弱きを助け、強きをくじくためのもの。その真逆を行う屋島の存在は許せなかった。真っ直ぐな彼女の瞳に、屋島は嫌悪を表した。
    「なりそこないが偉そうに。君は楽には殺さないぞ」
    「それはこっちの台詞だ」
     雷轟のエンジンが轟き、同時に悠太郎も守りを固める。目つきからは絶対に負けないという強い意志が感じられる。
    「行くよ」
     瑪瑙の掌から黒い魔弾が放たれ、屋島の体を毒で汚す。反撃の銃弾はディフェンダーが受け止めてくれた。くそ、と屋島は悔しそうに呟く。
    「年貢の納め時、というやつでしょうね」
     鋭い視線が屋島を射抜く。智恵美を包む風が加速し、屋島を切り刻む。同じ力を操る彼は、苦虫を噛み潰したような顔で自らの傷を見下ろす。
    「面倒だな。やっぱりさっさと殺しちゃおうか」
     自分の方が上位の存在であるはずなのに、戦況は上手くいかない。焦りか、あるいは苛立ちからか、笑っているのか怒っているのかどちらともつかない表情だった。

    ●鬼の死
     本来、灼滅者とダークネスと戦力差は圧倒的だ。種族によっても異なるが、一般的に灼滅者十人でようやくダークネス一体に匹敵するくらいである。だというのに、屋島は追い詰められていた。最初は侮っていたが、回復役の力は大きかったようだ。
    「智恵美、全力で仕留めにいこう」
     癒しの光を灯しながら、レニーが話しかける。智恵美も頷いて前を向く。
    「行きましょう、ピアットさん」
    「OK、正しい力の使い方を教えてあげるの!」
    「いちいち煩いんだよ!」
     繰り出される鬼の腕を同時に跳んで回避、頭上から連続のフォースブレイクが脳天を直撃。黒い角にヒビが入る。
    「さっさとくたばれ! このクソガキども!」
    「また同じこと言っておるな。本当に芸がない」
     額を抑えて喚く屋島を盾で強く打ち付ける。さらに瑪瑙の斬撃がライフルごと彼の体を断ち切る。最後の抵抗にと放った弾丸も、雷轟のボディに受け止めらた。
    「これで終わりだ」
     短く言い捨て、悠太郎の鬼の腕が屋島の腹部を貫く。この一撃がとどめとなり、屋島は石礫になって崩れ去った。

     極度に疲労していたようで、少女はなかなか起きなかった。置いていくわけにもいかなず、近くの交番かどこかに預けようということになった。
    「では俺が運ぼう」
    「いや、君は駄目じゃ。ハクがそう言うとる」
    「なんと!」
     すかさず立候補する羽織に、ハクを撫でながら亜門が突っ込む。戦闘中の気迫はすでになく、羽織からはエロ坊主の臭いがした。くつくつと細い目をさらに細める亜門。
    「では、私が」
     智恵美が少女を抱えてやる。小柄ではあったが、灼滅者には人ひとりくらいはなんともない。穏やかな寝息を立てるのをみて、ふっと笑みをこぼす。
    (「……羅刹ならもっと豪快に、派手に暴れろっつーの」)
     変わり者の羅刹に育てられた光にとって、羅刹という種族そのものは嫌悪の対象ではない。けれど、今回の事件は陰湿でひどく腹が立った。
    「とても、怖かったでしょうね」
    「うん。……いつか、忘れてられるといいのだけど」
     心配げな悠太郎の言葉に、瑪瑙が頷く。街灯が青い髪を冷たく照らした。
    「女のひと、助けられてよかったね!」
     ピアットは少女の顔を覗き込む。今この瞬間にもダークネスはどこかで人々を苦しめているかもしれない。だから、もっと頑張ろう。
    「うん、そうだね」
     レニーは微笑み、左胸にそっと触れた。服の下には戒めの傷跡がある。今回は無事に勝つことができた。次もきっと負けない。そんな決意を込めて。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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