午後三時、風冴ゆる

    作者:桐蔭衣央

     平日の午後3時。地方都市の、某百貨店のあるレストラン。
     おやつ時ともなれば、買い物客がお茶を一杯飲みに訪れる。
     お喋りに花を咲かせる女性グループや、子ども連れ。一休み中の営業マン。
     
     その中で、ひとりの男性客が異彩を放っていた。
     クリームソーダ、チョコパフェにイチゴパフェ、クリームあんみつに白玉ぜんざい。追加でキャラメルパンケーキ。メニューに載っているほとんどのデザートメニューをオーダーし、片っ端から平らげる若い男。
     歳の頃は20歳半ば、ひょろりと背が高くて、天然パーマなのか髪はふわふわ。黒のトレンチコートの下は派手な柄シャツ、ブーツには銀の鋲が打たれている。駅前でナンパでもしていそうな、軽い雰囲気の男だ。
    「あー食べた食べた。ここのレストランは和風洋風の甘味が揃ってて実にいい!」
     そう言って腹をさする男の様子に、通りかかったウェイトレスが慎ましく笑みを浮かべた。
    「お茶をお持ちいたしますか、お客様?」
    「うん、サービスもいいね」
     男は爽やかに笑って、無造作に手を翻した。
     次の瞬間、ウェイトレスの片腕がボトリと床に落ち、血が噴水のように吹き上がる。男は表情も変えず、不幸なウェイトレスの心臓に、正確に日本刀をつきたてた。

     周りの客や従業員が状況を飲み込めないまま、呆然と視線を向けている。逃げようとする者がいたが、その動作は、男から見てあまりに緩慢だった。
    「もうちょっと機敏に逃げてくれてもいいのになー」
     男はまず、逃げようとした客を血の海に沈めた。そして、テーブルの上を、椅子の間を身軽に飛び越え、次々と客を刃の餌食にする。その数、30人余り。

    「灼滅者とやら、現れないなぁ。まあいいか、甘い物いっぱい食べたし」
     男は厨房に逃げるウェイターを追った。ぶらぶら、という表現がぴったりの歩調で。しかし、彼の切っ先は獲物を逃さない。
     ウェイターを後ろから袈裟斬りにして、男は厨房を覗き込んだ。厨房内の人々は騒ぎに気付いていないようだ。
    「甘味を作ってくれたのは学生アルバイトさんかなー? パートのおばちゃんだったら萎えるなー。まあ、殺すからいいんだけど」
     ホールと厨房の境目にかかっていたカーテンで刃についた血糊をぬぐうと、男は厨房の中へ、ぶらりと入り込む。抜き身の日本刀を引っさげて。
     男は耳慣れぬわらべ歌を口ずさんでいた。それは、彼が人を斬る時の奇妙な癖だった・・・・・・。

    「今回現れたのは、六六六人衆、五二四番目の砂書・千水(すながき・ちすい)っていう男だよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、いつになく真剣な様子で手帳を読み上げた。
     六六六人衆と聞いて、灼滅者たちの間に緊張が走る。

     明日の午後3時、砂書・千水はレストランの客や従業員を皆殺しにしてしまうという。しかし、灼滅者が助けに行けば一般人の殺戮は止められる可能性がある。
     そして、砂書・千水は甘党らしい。お腹いっぱいになるまでデザートを平らげた後、おもむろに殺戮を開始する。食べている間は多少警戒が薄くなるので、レストランの客や従業員を装えば、彼の近くに待機する事が可能だろう。 うまくやれば、相当有利な状況に持ち込める。
     しかし察知される恐れがあるので、店に人が来ないようにする等のあからさまな行動はできない。

    「砂書・千水の武器は日本刀。かなりの使い手だよ。灼滅者が束になっても敵うかどうかわからない。わらべ歌を歌いながら人を殺す癖があるらしいよ。
     それと……この殺戮は灼滅者をおびき寄せるためらしいんだ。最近、六六六人衆の中で、誰が一番多くの闇堕ち者を出せるかを競っているような動きがあって」
     それでも一般人の殺戮を見逃す事はできない……と、まりんは呟いた。
    「とにかく、砂書・千水を撤退に追い込んで、一般人の殺戮を止められれば成功だよ。厳しい戦いになるだろうけど、なるべく闇堕ちはしないでね……どうか全員無事で帰ってきて」
     まりんは、灼滅者たちをひとりひとり見つめて、祈るように言った。


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    片月・糸瀬(神話崩落・d03500)
    雨宮・悠(夜の風・d07038)
    銃沢・翼冷(証拠不在の機密暴露背徳諜報犯・d10746)
    片桐・公平(二丁流殺人鬼・d12525)
    炬里・夢路(漢女心・d13133)
    獺津・樒深(燁風・d13154)

    ■リプレイ

    ●八つ時
     人の会話がたゆたい、食器の触れ合う音がかすかに響く。午後三時のレストラン。
     砂書千水はいま、テーブルに所狭しと並べられたデザートを無心に平らげている最中だった。

     千水の死角、しかしほど近い席で抹茶パフェを嗜んでいるのは、千水に先んじて入店していた泉二・虚(月待燈・d00052)。彼はさりげなく、店内の客の出入りを確認していた。
     その虚の向かいに座っているのは、紫色の瞳の少女、ユニス・ブランシュール(淡雪・d00035)だ。
    (何だか緊張しますね……。上手く立ち回れると良いのですが)
     彼女は紅茶で喉を潤しつつ、頭の中で避難ルートを何パターンか想定していた。

     ユニスと虚の視線の先に、炬里・夢路(漢女心・d13133)と獺津・樒深(燁風・d13154)がいた。夢路と樒深は入口近くの席にいる。
     樒深は、千水の席から流れてくる甘味の甘い香りに微かにゲンナリしていた。
    「うえ。別に甘い物が嫌いって訳じゃないけど」
     メニューを広げ見る振りをしながら千水をチラリと見やる。六六六人衆、五二四番。血に塗れた殺人鬼。甘味の群れを消費している人物に問題があるのだ。
    「日中堂々良い度胸だな、本当に」
     その時、仲間からアイコンタクトが送られてきた。入口を見ると、一組の男女が入ってきた所だった。雨宮・悠(夜の風・d07038)と銃沢・翼冷(証拠不在の機密暴露背徳諜報犯・d10746)だ。

    「外が見える席がいいんだけど……」
    「ではどうぞこちらへ」
     悠の言葉を受けて一礼したウェイターも、実は灼滅者。プラチナチケットで入り込んだ片桐・公平(二丁流殺人鬼・d12525)である。
     公平の案内で難なく千水の後ろの席に通された悠と翼冷は、遠目で仲間の位置を確認する。すると厨房係として入り込んでいた片月・糸瀬(神話崩落・d03500)が、ホールと厨房の境目に出てきたのが見えて、目でうなずきあった。

     席に着いた翼冷は、即座にメニューを開き、デザートのページを指差した。
    「あのー、ここからここまでお願いします。え? あ、はい。ここからここまでです。あ、これは二つで。そっちのは三つでね。悠は?」
    「あ、えっと、ケーキセットで」
    「かしこまりました」
     公平は動じず、オーダーを正確に書き留める。
    「じゃあお願いしまーす」
     大量注文に厨房がかかりきりになり、従業員がどこかに行った新人アルバイト・糸瀬の行方を探す暇もなくなったのはお手柄か。
     やがて運ばれてきた色とりどりの甘味を、翼冷はあっという間に食べ終えた。しかもメモ帳に全部の料理に対して細かく感想などを書き込む。メモを書き終えた後、彼は思いついたように言った。
    「そうだ、今度クラスのみんなも呼ぼう! ……で、取り敢えず避難準備は大丈夫かな?」
     後半は聞き取れないほどの小さな声だった。
     翼冷の食欲に驚きつつも、窓ガラスの反射で千水の様子を観察していた悠がうなずく。
    「うん。みんなを信じよう」
     悠はケーキをつつくスプーンをゆっくりと動かした。彼女の見つめる窓ガラスには、千水が最後の皿を食べ終える様子が映っていた。

    ●かこい囲いて
    「あー食べた食べた。ここのレストランは和風洋風の甘味が揃ってて実にいい!」
     エクスブレインが予知した、千水の言葉。灼滅者たちの緊張は、否応なしに高まっていた。
     食べ終わった千水に、公平が近づく。
    「お茶をお持ちしますか、お客様?」
    「うん、サービスもいいね」
     瞬間、千水のくつろいだ姿勢から抜き放たれる居合い斬り。それもエクスブレインの予知。
     一般人には見ることも敵わぬその太刀筋を、公平は読み取った。ガィンッ!という重い音がして、両手のガントレットが千水の刀を防ぐ。 
    「危ない危ない。もう少しで腕がなくなるところでした」
     特殊金属のガントレットさえも裂く一撃だった。その威力に顔を歪ませながらも、公平はガンナイフを抜き、黒死斬を放った。しかしその攻撃は千水にかすりもしなかった。

    「強盗ヨ! ドアから逃げなさい!」
     夢路が立ち上がって叫び、パニックテレパスを発動した。店内が騒然とした雰囲気になる。
    「あちらの出口が近いので、そちらへ!」
     ユニスも近くにいた客を促して移動させ始めた。
    「火を消して裏口から逃げろ!」
     厨房内の従業員を裏口から避難させているのは糸瀬だ。彼は従業員を近づけさせないよう、客席と厨房の間に敢然と立ちふさがり、声を上げていた。
    「現れたね、灼滅者」
     千水が逃げる客の背中に凶刃を振るおうとした。
    「危ない!」
     ユニスがその身を壁にして攻撃を受けようとしたその時。

    「お?」
     千水は意外そうな顔をした。後ろの席から、龍翼飛翔を打ち込んできた者がいたのだ。千水が振り返ると、それは一見普通の少女、悠だった。
    「おお? いいねいいね、可愛いね。どう彼女、闇堕ちしない?」
     軽いとしか言いようがない口調で笑いながら、千水は避ける。
    「闇堕ち狙いで事件起こすって……闇堕ち強化キャンペーンでもやってるの?」
     悠の龍砕斧が、千水の座っていた椅子を粉砕した。攻撃がかわされたと見ると、悠は龍砕斧を軸として身体を回転させ、千水との間合いを取る。
    「そういうのはちゃんと連絡と相談してからにしてくれないと……断るけど」
     そっけない悠の態度が気に入ったらしく、千水は笑顔になった。満面の笑みのまま、彼は光る刃を悠に向けた。

     そこに、翼冷が間合いに飛び込んできた。旋風輪の穂先が、千水の胸板をかする。
    「闇堕ち者を出すために虐殺かぁ、わけわかんない事するもんなんだね」
     翼冷も笑顔だった。
    「うん、だって、灼滅者がきたら闇堕ちさせてオイシイし、来なかったら殺して楽しいだろ?」
     答えて、不意に千水が跳躍した。逃げ遅れて転倒した、小学生くらいの男の子を見つけたのだ。男の子に千水の刃が届くその時、樒深がその身をするりと滑り込ませ、男の子を抱えて飛び退く。
    「笑止。好きにさせるかっての……熄」
     樒深は静かに言葉を紡ぎ、スレイヤーカードを解放した。彼は瀾、と目に獣を宿し、マスク下の口許を歪ませた。
    「殺める獣の徒が、お前だけだと思うなよ」
     解体ナイフが敵の剣先をさばく。樒深のジグザグスラッシュが、千水に浅手を負わせた。
     わずかにできた隙の中、樒深は男の子の背をぽんと叩く。
    「大丈夫だから。命護る為にその足、動かして」
     樒深は男の子を後ろ手に回し、駆け寄って来たユニスに男の子を託した。ユニスは男の子を抱き上げ、入口に走る。
    「おや、彼女も可愛いねぇ。灰色の髪って好きだよ」
     千水がユニスに剣先を向け、追いすがろうとする。
    「ドコ見てんのヨ!」
     そこに夢路が怒鳴って、間に割り込んだ。
    「アタシ達はスイーツみたいに甘くないわヨ? アナタの食い物にはならないワ。ナメてかかると火傷するわヨ」
     夢路の放つ鬼神変が床をも砕き、千水の殺戮の手から一般人を隔てた。

    「……幽かに聞こえる口笛。秋は過ぎされど、殺人鬼を呼ぶ手」
     千水の背後から聞こえてきたのはわらべ歌。それは、刀を下段に構えた虚の歌声だった。千水に先んじて歌うことで挑発しているのだ。虚は滑るように近寄り、死角からシールドバッシュを放つ。命中。
     腰を落とした千水が、刀を鞘走らせようとしたところを、虚は自身の日本刀の鍔で封じる。その封じはあっさりと解かれ、逆に居合い斬りを喰らってしまった。

     額から血を流しながらも、淡々として虚は言った。
    「位格を求め殺しあうことを放棄してまで別のゲームである灼滅者狩りをするなど、位格が上の者にはかなわぬという証明ではないか? 何か反論があるならば聞くができまい?」
     挑発に、千水が犬歯を見せて笑った。
    「まあ、六六六人衆が灼滅者に倒されたりしてるしねえ。六六六人衆同士で争ってるのもいかがなものか。と、いう口実での、楽しい殺人ゲームなんだよ。これは」

     後ろに下がった公平が援護射撃で足止めし、悠が龍翼飛翔、翼冷が旋風輪を打ち込んで挑発する。
     千水は灼滅者たちに包囲されていたが、その状態を楽しんでいるようだった。

    ●闇をあやすは童歌
     テーブルに飛び乗った千水の月光衝が、灼滅者達に深手を負わせた。技の重さ、その速さ。千水は剣先を浮かせ、低くわらべ歌を歌い始めた。
    「くっ……」
     包囲を解かれる、そう思った瞬間、
    「そうはさせません!」
     ユニスのフォースブレイクが千水の肩を抉った!

    「どうにか退避完了です。後は敵を倒すのみですね」
     穏やかな表情も淑やかな声色もそのまま、ユニスが戦線に加わる。そして夢路も。
    「お生憎サマ、アタシ達って結構しぶといの。オシオキの時間ヨ。全力で、お相手しましょ」
     夢路が前衛を回復する。そこに、糸瀬が飛び込んで、傷ついた仲間を背中にかばった。
    「おい砂書、いいこと教えてやる。お前が食ったもんのうち、チョコパフェとイチゴパフェ、あと白玉ぜんざいは可愛い女の子アルバイトじゃなくてな――」
     糸瀬は片腕を巨大化させ、千水に鬼神変を打ち込む。
    「俺が作ったんだよ、ざまあみろっ!!」
     全力の鬼神変と、糸瀬の嫌がらせは千水の脇腹を突き、千水は数歩よろめいた。
    「えー? なんだよ野郎が作ったのかよあれ。あ、でもクリーム巻くの上手だね?」
     まるで緊張感のない千水が、わらべ歌を歌いながら、手近にいた樒深を雲耀剣でばっさり斬った。

     樒深は右肩から血しぶきを上げて膝をついた。樒深は自身の血溜りの中、息を乱しながらも言う。
    「童歌とか気分悪いんで止めてくんねぇか」
     無敵斬艦刀を杖に立ち上がろうとするも、立つことができない樒深の前に、悠が進み出て黒死斬で千水の膝を狙った。その攻撃は千水の足に浅手を負わせた。さらにぴたりと喉元に刃先を定める。
    「その歌、なんていうの? よかったら名前教えてもらえないかな? なんとなく気になるんだ。合唱同好会副会長的に!」
     刃を突きつけられて、千水の歌が止まった。
    「名前なんざ無いよ。むかーし、岡場所のいかれた女が、息子を殺そうとした時に歌っていた歌さ」
    「それは……」
     思わずといった風に呟いたユニスに、千水は振り向いた。ユニスは槍の穂先を捻って千水の篭手を突く。右手を穿たれながらも千水は、
    「強い女性っていいよね」
     そう言ってにやついた。

    「それにしても防御が硬くてナマイキだなぁ」
     千水は月光衝を放つ。公平と夢路が強烈な衝撃波を食らって、床に倒れこんだ。
     倒れた夢路が咳き込んだ。隣を見ると、公平が肩から血をどくどくと流していた。顔が蒼い。肝の冷える思いで、夢路は自分より先に公平を回復する。
     傷ついた仲間を見て、翼冷が旋風輪を繰り出した。その技は千水の注意を引いたが、翼冷がティアーズリッパーの対象になる結果を招いた。
    「うあー、いてぇー」
     全身にダメージを負い、翼冷は呟いた。
     虚がソーサルガーダーで翼冷を回復するも、傷は深い。

    「さァ根性見せなさいヨ、アタシ……!」
     苦戦の中、傷を負いながらも夢路の目は毅然として千水を捉えていた。
    「お? そろそろ闇堕ちする?」
     千水がからかうように言う。夢路はぴしりと言い返した。
    「闇に堕とすも奪うも冗談じゃない。何ひとつだってアナタに渡す気は無いワ。力の差は歴然としてる。分かってるワ。でも退くわけになんていかないじゃない」
     夢路は契約の指輪をはめた拳を千水に突きつける。
     夢路の前を、まだ立ち上がれる余力を残した灼滅者たちが固めた。皆、血を流し、負傷していた。

    ●凍て風
    「ギリギリまで戦ってみせる……!」
     ゆっくりと夢路が立ち上がる。正眼に構えた千水と、灼滅者が対峙した。

    「俺が引きつける! これ以上は許せないね!」
     翼冷が自分の中の何かを解放しようとした。その時。

    「他の誰かが闇堕ちするくらいなら、自分が堕ちます」
     その言葉とともに、誰よりも早く千水の眼前に迫った藍色の影。
    「公平!! おい!!」
     糸瀬が叫んだ。戦友の呼びかけに、公平が精一杯の笑顔をつくった。
    「皆さんまでこっちに来る必要はありませんよ。後で灼滅されるのは私だけでいいのです。」
     それが最後の笑顔。公平は足元から黒い影を噴出させ、信じられない速さで千水に射撃と斬撃を繰り返した。
     公平の攻撃に、千水は胸と右腕を切り裂かれ、窓際に追い詰められる。

     千水が口笛を吹いた。
    「殺人鬼の本道に立ち返ったみたいだね、公平くん。俺も怪我しちゃったし、そろそろ潮時かな」
    「逃げるなんて、そんなつれないことしないでくださいよ。思惑通り動いたんです。どっちかが倒れるまで、付き合ってもらいます」
     公平には千水を倒す殺戮経路が見えていた。美しい最適解に彼は夢中になっていた。

    「公平さん……」
     虚が沈痛に呟いた。しかし彼は戦場の掟を見失わない。すなわち、敵を倒すこと。虚は黒死斬で千水の腿を裂いた。その一撃が、千水に撤退を決意させた。
    「ちえ。闇堕ち1人だけか。それに殺しもしてないし。いやいや、君たちはよくやったよ」
     千水はなおざりに拍手すると、灼滅者たちに背を向け、背後の窓ガラスに日本刀を閃かせた。
    「千水っ! 逃げんのかよ! 公平お前もだ! 行くな!!」
     糸瀬が叫ぶ。彼が走って止めようとした直前、千水がガラスの下方を蹴った。

     日本刀でくり貫かれた巨大なガラスが、灼滅者達の方に倒れてくるのが見えた。

     ガラスが音を立てて砕け、無数の破片となって灼滅者たちに降り注いだ。
     数秒後、ガラスの雨音が止み、彼らが目を開けた時、千水と公平の姿は消えていた。
     ……闇堕ちした灼滅者は、戦闘後、姿を消す。その常識どおり。

    「くそっ!」
     糸瀬がガラスのなくなった窓から下を覗き込み、壁を殴りつける。残っていたガラス片で手を切ったが、悔しさのあまり痛みを感じないようだった。
    「必ず……公平さんを助けましょう」
     ユニスはその糸瀬に歩み寄り、控えめな動作で、傷ついた彼の拳をそっとハンカチで包んだ。
    「皆さん、お怪我は大丈夫ですか? ひとまず……終わりましたね。本当に、お疲れ様でした……」
     吹き付ける冷たい風が、仲間を気遣うユニスの髪を揺らす。

     窓の外を、灼滅者たちは見た。敵と仲間のいなくなった空。
    「命も魂も、一つも取り零したくない……」
     しぼり出すような夢路の言葉が、息が、冬の風のなか、白く流れていった……。

    作者:桐蔭衣央 重傷:獺津・樒深(燁風・d13154) 
    死亡:なし
    闇堕ち:片桐・公平(二丁流殺人鬼・d12525) 
    種類:
    公開:2013年3月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ