●心の中に住む獣
「……の気持ちになれば、このくらい……」
ベッドの上、シーツを小さな体で抱きしめながら、牛のきぐるみパジャマを纏う少年は一人震えていた。
心の中から沸き上がってくる熱き獣の衝動に。リビングを破壊し、家族を傷つけた力に怯えて。
「このくらい……」
だから、抑える。
普段通り接しようとしてくれている家族のため。
これ以上、誰かが傷つことがないように。
「南人、大丈夫か?」
「……兄さん?」
ノックの音とともに、兄が入ってきた。
「食事を持ってきた。楽な時に食べてくれ」
「分かったよ」
兄は机に食事の乗ったお盆を起き、素早く部屋から立ち去っていく。
抑えている衝動を刺激しないように。それが、少年によって何よりも幸いなことだから……。
「……」
そう、わかっていた。限界が近いことは。
少しの刺激で暴走してしまいそうなことは。
日に日に増していく衝動から家族を守るため、家を出て山にでも向かおうかとも考えた。そうすれば、家族が傷つくことは無いのだから……。
……少年の名は櫻井南人。きぐるみを愛する中学二年生。
イフリートを宿せし、ダークネスになりかけたもの……。
●夕陽差す教室にて
灼滅者を出迎えて、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は口を開く。
ダークネス・イフリートと化そうとしている少年を救って欲しいと。
「通常、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人間の意識はかき消えます。しかし、彼は元の人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちながらもなりきれていない状況なんです」
故に、もしもかれが灼滅者の素養を持つのであれば、闇堕ちからの救済を。
しかし、完全なダークネスになってしまうようならば、最悪が起きる前に灼滅を。
改めて頭を下げた後、葉月は地図を開いていく。
「事件現場は福島県郡山市の住宅街。そこに、イフリートと化そうとしている少年……櫻井南人さんはいます」
現在中学二年生。性格は明るく快活で、熱中すると周りが見えなくなるきらいはあるが人当たりはいい。また、色んな生き物の気持ちになれるからと、きぐるみを着られる機会があるのならば親戚の家に手伝いに行くほどにきぐるみが大好きな少年だ。
「ですが、ある日イフリートとして覚醒してしまいした。その際、家のリビングを破壊しています」
幸いけが人は出たが死者はいない。また、家族の愛も深く、現在は交代で彼を匿い、世話をする日々。
「誰もが、彼が病にかかったのだと。時間をかければ治るのだと信じています。南人さん自身も、沸き上がってくる獣の気持ちになれば抑えきれるかもしれない……とかすかな望みを抱いています。……心の奥底で、それは叶わぬ願いだと薄々感じていながらも」
ですから……と、葉月は住宅街の一角を指し示す。
「この場所が、櫻井南人さんが住む家。当日は大学生のお兄さん……東谷さんがいますので、説得して南人さんとの接触を果たして下さい」
無事接触を果たしたならば、多少の会話をした後に戦いとなるだろう。
もちろん、後々のことを考えなければ強行突破も可能である。あくまで最終手段ではあるが……。
「そして南人さんの戦闘能力ですが、全員で戦えば十分に倒せるかと思います」
イフリートとしての行動は、炎の爪に吹き上がる炎。炎の翼による回復……と、ファイアブラッドと同等のものと思っておけば間違いはない。
ただし、戦場となりうるのは南人の部屋。狭いことが予想されるため注意が必要だろう。
以上がこの度の依頼の説明と、葉月は深々と頭を下げていく。
「それで皆さん、よろしくお願いします。最悪の事件が起きない内に、こちら側へと戻れる内に……そして何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
南・茉莉花(ナウアデイズちっくガール・d00249) |
東雲・軍(まっさらな空・d01182) |
時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753) |
風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935) |
明咲・灯哉(朱月に吠える・d05672) |
文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712) |
志藤・遥斗(図書館の住人・d12651) |
エアン・エルフォード(高校生ダンピール・d14788) |
●平和な時を刻んでいたはずの家
大型の店舗が立ち並ぶ国道の喧騒など届かない、福島県郡山市の住宅街。冷涼な風の音だけが聞こえるこの場所で、櫻井家は何の変哲もない姿を晒していた。
陽射しに照らされ輝く外観同様、内部も櫻井南人がイフリートになりかけなければ平和な日々を送っていたであろう。
本人のためにも、家族のためにも救いたいと、風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935)は拳を握った。
仲間達と頷き合い、門の前にあるインターフォンを鳴らしていく。
「……」
時計の秒針が三十の時を刻んだ時、小さな音とともに内部との回線が開かれた。機械音も鳴り響き、監視カメラが設置されているのだと教えてくれた。
「……どちら様でしょうか?」
「私たちは――」
南・茉莉花(ナウアデイズちっくガール・d00249)が説明する。
自分達の立場を。救うための力を持っていると。
「私たちは、南人くんを助けに来ました。だから……まず、話だけでも聞いて下さい!」
具体的な説明に入る前に、仲間とともに深々と頭を下げていく。
返事がもたらされたのは、それから更に一分もの時を経た後だった。
●櫻井家の兄弟
「その話は本当なのですか?」
期待と疑念が入り混じったような震える声音を聞き、灼滅者たちは顔を上げていく。
カメラを真っ直ぐに見据えたまま、東雲・軍(まっさらな空・d01182)は頷き説明を開始した。
「まず、南人さんは病気ではありません」
「病気ではない?」
「はい。灼滅者とダークネス、その狭間で苦しんでいます」
最初に前提知識から。
灼滅者とダークネスの存在、その違いを語っていく。自分達が灼滅者であることも伝えていく。
「俺達は灼滅者たちが集まる学園から来た。南人を救いに、な」
家族を傷つけてしまう前に、獣に呑まれる前に何としても救いたい。
過去の自分と同じにはさせたくない。
強い思いはあるけれど、東谷の反応は鈍い。
「証を立てよう。俺自身、同じような力を持っているからな」
当然だと、時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)が歩み出る。
指を小さく傷つけ血が浮かび上がる前に火を灯し、常人とは違う事を伝えていく。
「ほら、南人と同じような力だろう?」
「……種も仕掛けもないみたいですね」
「ああ、もちろん」
聞こえてきたため息は、恐らく少しだけ安心できたから。
だから竜雅は続けていく。
救うための方法を。
救いたいという想いを、救うという決意を。
「似た者同士、苦しみを取り払って前に進ませてやりたいんだ」
「未来へ進むためにも、な」
明咲・灯哉(朱月に吠える・d05672)が前に歩み出て、説明を引き継いでいく。
「それに……このままでは不味い事にもなる」
「ああ、そうだね」
既に覚悟もしていたのだろう。素早い肯定に、灯哉は脅さなくて済むと安堵の息を吐く。
「俺達としても南人君にそんなことはさせたくない。……どうか、任せてくれないか?」
「……よろしく頼むよ」
今一度頭を下げた後、鍵の開く音が聞こえてきた。
程なくして、玄関扉から人の良さそうな青年が顔を出す。
東谷に間違いないと、灯哉は促されるままに門を開いた。
「それじゃあ……」
「はい、入って下さい」
軽い挨拶を交わした後、灼滅者たちは櫻井家へと入っていく。
それは、他所と変わらない。櫻井一家が刻んできたであろう歴史の跡が伺える、極普通の家だった。
南人と記されたボードがかかる扉に、ノックを二回。
返事を待たずに扉を開き、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)はざっと周囲を観察する。
きちんと整頓された机や制服、タンスの他には、猫と犬の着ぐるみパジャマが一つずつ。棚の上に飾られている写真の中では、直哉の姿に面食らっている南人が家族とともに笑っていた。
「……さて」
着ぐるみを愛するものとして、黒猫の着ぐるみパジャマに身を包む直哉は南人へと向き直る。
不敵な笑みを浮かべた後、ひとまず前提となる事を、助けに来たと伝えていく。
「その焔の様な獣の心はダークネスだ」
「ダークネス?」
「ああ。飲み込まれれば、本能のままに周囲を破壊してしまう。でもこうして踏みとどまっていられるのは、南人、お前の心の強さのおかげなんだぜ?」
直哉は語る。家族を、動物を、着ぐるみを愛する心がお前を支えていると。
同じ灼滅者として、着ぐるみを愛する者として、そんなお前を助けたいと。
「着ぐるみを愛する人に悪いヤツはいない、そう聞いた事がある」
エアン・エルフォード(高校生ダンピール・d14788) が、南人への説得を引き継いだ。
「もふもふは正義らしいよ」
優しい笑みと思い浮かべるは、灯哉の霊犬である紅月丸。
いわく、もふもふしているのか気になると。
「……もふもふは正義」
もっとも、返事と共に意識を戻す。しっかりと頷き返していく。
「ああ。だから堕ちてはダメだ、君には心配してくれるお兄さんや家族がいる。大丈夫、きっと戻れるから……」
「絶対に助けるから、諦めないで」
志藤・遥斗(図書館の住人・d12651)が全てを締めくくった後、南人は小さく頷いた。
頷くと共に瞳を見開き、体中から炎を吹き出した。
揺らめくかげろうの内側から現れしは、闇より出でし獣・イフリート。吐息とともに小さな火を吹き出しながら、ゆっくりとその前足を持ち上げて……。
●灼熱を凌駕する熱き決意
「いくぜ、救うための戦いだ!」
激しく沸き立つ心のまま逆立つ髪と共に斬艦刀を振り上げて、竜雅はイフリートへと向かっていく。
同質の炎を大きな刀身に走らせて、思いっきり振り下ろした。
「お前は獣じゃない。家族に愛され、他人を傷つける事を恐れる普通の人間だ」
――!
想いは届く、炎となって。
イフリートの体を更に熱き炎で焼いていく。
されど爪は振るわれる。故に茉莉花は間に割り込んだ。
「っ!」
オーラで包んだ手で受け止めて、食い込むのも構わずその頼りない足先を握り返していく。
「助けてあげるって、約束したからね」
指の間から血が流れ、腕を赤く染めていく。
激しい痛みも感じるけれど、決して手放したりなどはしない。
「全部受け止めるから。私が、一人で。南人くんに、たくさんの人を傷つけさせるなんてことさせないよ」
――!
自由が効かぬからだろう。イフリートは反対側の前足を振り上げて、茉莉花めがけて振り下ろした。
それもオーラを込めた手で受け止めて、鋭い痛みに耐えていく。
「大丈夫、あたしが支えるよ。茉莉花ちゃんの覚悟も、南人の心も」
傷を癒すため、南人の心を鎮めるため、涼花が高らかなる歌声を響かせる。
リズムは静かに、心の奥底へと響くよう。
音色は優しく、穏やかに、少しでも荒んだ心が癒せるように。
願いは一つ、助けられるのだから助けたい。南人も、家族も。
だからこそイフリートの爪が誰かを倒してしまう事がないように、南人の心が癒えない傷を負わぬよう、優しいバラードを響かせるのだ。
――!
吐息と共に吐き出される炎の勢いが弱まったのは決して気のせいではないだろう。
ただ、イフリートは前足から力を抜き、炎を噴出させていく。周囲にいる者たちを、激しき炎で焼き払う。
「……」
腕をかざし、体から噴き出る炎を混ぜ、灯哉は真正面から受け止めた。
「この程度……!」
ゆっくりと影を刃の形へと変化させ、赤月丸の放つ六文銭に合わせて解き放つ。
――!
打たれ、貫かれたイフリート。
前足の自由も奪われたまま、瞳に怒りの炎を宿していく。
「大丈夫、大丈夫。南人が南人でいる限り、僕たちが取り戻すよ」
偽りの意識を刈り取るため、エアンが逆十字の文様を刻み込んだ。
赤熱する逆十字に惑わされ、イフリートは瞳を彷徨わせる。改て茉莉花へと視線を戻し、両前足に力を込めて……。
無理やり引き剥がされても、茉莉花は前へと踏み込んだ。
オーラを込めた腕で爪を受け、他へは炎以外の被害をもたらさない。
激しい痛みを覚えても、決して退いたりなどはしない。ただただまっすぐに見つめ返し、イフリートの全てを受け止める!
「茉莉花さん、今……!」
彼女の思いを支えるため、遥斗が光を撃ちだした。
優しい光で傷を癒し、次に耐えるための力を与えていく。
幸せな家族が壊れるのは見たくない。ただ、その思いのもとに……。
――……。
度重なる攻撃に、込められた思いの前に南人が僅かでも主導権を取り戻したのか、イフリートから発せられる殺気が若干だけれど弱まった。
「今だ、行くぞ」
今、このタイミングを逃す訳にはいかないと、灯哉は刀を鞘に収めていく。
霊犬の放つ六文銭がイフリートを打ち据えたタイミングで肉薄し、居合一閃。
熱き炎を削ぎとって、総攻撃の口火を切った。
「終わりにしよう。俺達の仲間を、家族の下へと返そうじゃないか」
救い出すとの想いを込めて、軍が鋭き影を放出した。
炎の獣を貫いて、動けぬ状態へと仕立てあげる。
「もう大丈夫だ、苦しむことはない。全て、俺が焼き払う!」
――!
咆哮とともに体勢を立て直そうとした体を、竜雅の体から吹き上がる炎が包み込んだ。
同種の炎に焼かれたまま、イフリートの姿が薄れていく。
「……間に合ってよかった。ここまで耐えてくれてありがとな」
倒れこんできた南人の体を、直哉がもふもふの着ぐるみで抱き止めた。
穏やかな寝息を証として、救うための戦いは終幕したのである。
●穏やかに結ばれる確かな絆
東谷を呼び、さほど汚すことのなかった部屋を整理して、灼滅者たちは南人の覚醒を待ち望んだ。
さなかには、より深い説明を東谷に行った。学園への誘いも、南人に先立ち了承を得た。
そうして、十数分の時が過ぎ、灼滅者となった少年はゆっくりと瞳を開いていく。
「おはよう。苦しかっただろう……お疲れ様、良かったね」
「……うん」
エアンの浮かべた優しい笑顔に、南人は小さく頷き起き上がる。回りで見守る彼らに向き直り。深く頭を下げていく。
「ありがとう、本当に……」
「何、当然のことをしたまでさ。後……うん、良かったら俺達の学園に来ないか?」
顔を上げさせ、直哉は語る。
同じ着ぐるまーとして、一緒に学園に通わないかと。
合わせたい着ぐるまー仲間もいると、様々な事が語られた。
最初から答えは決まっていたらしい。南人は東谷に視線を送った後、ただ静かに頷いた。
「よし、これで決まりだな。……それにしても腹が減ったな。南人、どこか美味い飯食わせてくれる場所ないか?」
「へっ?」
軍の問いかけに、南人は瞳を見開いた。
貸し借りなしな、との言葉を聞き合点が言ったようで、ならばと東谷と相談を始めていく。
「ご当地グルメとかあったら教えてよ! 美味しいもの食べたいな!」
涼花もとても弾んだ調子で、この期の予定を後押しした。
結果、歩いていける距離にある美味い蕎麦屋や和菓子屋へと向かう運びとなり、彼らは櫻井兄弟と共に櫻井家を後にした。
戦いの後は、お腹を満たして。食べながら絆を深めよう。
晴れやかな太陽が見守る中、彼らは明日へと歩み出す!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 5
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