にゃーと吸血鬼と不良達

    作者:本山創助


    「もう行くにゃん♪ みんな、ばいばーい♪」
    「待て、よ」
    「にゃっ?!」
     明け方の廃ボーリング場にて。ビリヤードコーナーを出ようとしたセーラー服姿の猫耳少女が、その手をつかまれ、ソファに引き倒された。ストリートスタイルの不良が五人、ソファに倒れた少女を取り囲む。
    「もー。にゃーが服を着るたびに脱がそうとするんだから……ふぁぁあ、ん」
     ソファに横になったまま、胸を反らせて大きくあくびをする少女。丈の短い上着とスカートの隙間から、カワイイおへそが覗く。その中に滑り込んできた手を、少女はぺしぺしと叩いた。
    「らぶりんすたー様がにゃーの報告を待ってるにゃ。もぅ、今日はおしまいっ」
     不良達の輪からするりと抜け出すと、少女はビリヤード台に腰掛ける学制服姿の男子高校生の前に立った。
    「それじゃね、啓司くん。もう、にゃー達の邪魔しちゃだめだよっ」
     真っ赤な長髪をかき上げながら、啓司は薄く笑った。
    「分かった。今日は邪魔しない。おーい、オマエら、今日はイイ子にしてろよ」
     不良達がやる気の無い返事を返す。
    「今日はって、明日は?」
     啓司の首に両手をまわして首を傾げる少女。
    「それは、今夜のキミ次第、かな」
     啓司は少女の腰に手をまわして抱き寄せると、その首筋に牙を突き立てた。
    「ん……じゃあ、今夜も、来てあげる……にゃん……」
     血を吸われる感覚にうっとりしながらも、少女は啓司を引き剥がした。
    「またね、啓司くん……。みんな、またねー♪ ばいばーい♪」
     少女は男達に両手を振ると、軽い足取りで去っていった。


    「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
     姫子がふわりと微笑んだ。
    「淫魔が、すこし変わった事を始めました。他のダークネスの所へひとりで行って、親睦を深めているのです」
     この教室には小さな子も居るので詳しくは説明できないが、とにかく、淫魔なりのやり方で親睦を深めているらしい。
    「皆さんには、淫魔に骨抜きにされたダークネスをやっつけて頂きたいのです。ダークネスは油断しているので絶好のチャンスと言えます」
     姫子はぐっと拳を固めた。
    「明け方、ダークネスの隠れ家となっている廃ボーリング場のビリヤードコーナーから、猫耳の淫魔が出てきます。そのビリヤードコーナーでは、強化された不良が五人と、学生服姿のヴァンパイアが一人、ぐったりとしています。お疲れなようで、しばらくすると眠りだすでしょう。この寝込みを襲撃すれば、かなり優位に戦えるはずです」
     なるほど。絶好のチャンスである。
    「ただ、今回のヴァンパイアもまた、すこし変わった所があります。あの制服……どこかで見た事があるのですが……。もしかすると、このヴァンパイアを灼滅すると、将来的に、なにか問題が起きるかもしれません。私たちの学園について知られるのも、まずいような気がします」
     今日はいつになく歯切れの悪い姫子であった。
    「今回の最低限の目標は『強化された不良達を全員灼滅するか救出し、ヴァンパイアを撤退させ、この隠れ家を破壊すること』とします。ヴァンパイアの灼滅については、皆さんの判断にお任せしますね」
     最低限の目標をクリアすれば、この依頼は成功だ。そのハードルは低い。なるほど、ボーナスステージみたいなものである。
    「不良達はマテリアルロッド相当のサイキックを使います。ヴァンパイアはダンピールとガンナイフ相当のサイキックを使います。淫魔については分かりません」
     姫子は、やや困惑した表情で君達を見た。
    「この淫魔は、憎たらしいことに、ほんの少しだけ、私に似ています。私が現場に赴く事はあり得ないので、どうか見間違えないよう、注意してくださいね」
     そう言うと、姫子はいつもの笑顔に戻った。
    「繰り返しますが、今回の依頼は、淫魔が去った後に油断したダークネスを叩く、というものです。一応、淫魔を攻撃する事も出来ますが、その場合はヴァンパイア達も淫魔に加勢してくると思われます。きっと大変な事になるでしょう」
     淫魔とヴァンパイアを灼滅出来れば大戦果と言えるが、そのリスクは計り知れない。
    「この依頼は、簡単なようでいて、一歩間違えば悲惨な結末を招く可能性もあります。どうか、慎重に行動してください。それでは、よろしくお願いします」
     姫子がぺこりと頭を下げた。


    参加者
    大堂寺・勇飛(三獅村祭・d00263)
    巫・縁(アムネシアマインド・d00371)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    双樹・道理(諸行無常・d05457)
    佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066)
    八川・悟(闇色の夜・d10373)
    彩風・凪紗(不壊金剛・d10542)

    ■リプレイ

    ●序
     夜空が白み始めた頃。
     静かだった廃ボーリング場の駐車場に、歌声が響き渡った。
    「たーびだつ、……あなた♪ 突然のサーヨナラー♪」
     廃ボーリング場の入り口から、猫耳の淫魔が現れた。ご機嫌な様子でアイドルソングを口ずさんでいる。
    「どーうして……気付くのおーそいーよねー♪ にゃんにゃーん」
     踊るようなステップで石段を降り、時々バレリーナのような跳躍を見せる。悲劇の乙女でも演じているかのような振り付けだ。
     石段の陰に身を潜めていた大堂寺・勇飛(三獅村祭・d00263)は、その歌と踊りに思わず目を奪われた。本当に姫子に似ている。声までそっくりだ。姫子に注意されていなければ、うっかり声をかけていたかもしれない。
    「マジかよ……けしからんな」
     勇飛の隣にしゃがんでいた巫・縁(アムネシアマインド・d00371)が、眼鏡を外して淫魔を見た。あの淫魔と色々していたであろう吸血鬼に対して、何とも言えない感情がわき起こる。
    「あなたを待ーってるー……♪」
     淫魔はひらひらと踊りながら、門を出て姿を消した。
     勇飛の反対側に身を潜めていた双樹・道理(諸行無常・d05457)は、淫魔の背中を見届けると、ほっと一息ついた。
    「普通に歩けないのか、あの淫魔は」
    「ひと仕事を終えた喜びの舞、ってやつかもな」
     道理の隣に並ぶ彩風・凪紗(不壊金剛・d10542)が、道理の言葉に苦笑いしながら応えた。
     しばし間を置いて、凪紗がフルフェイスのライダーヘルを被った。そろそろ不良達が眠った頃だ。
     道理と凪紗のディフェンダーコンビが、皆に合図を送ってから入り口の石段を駆け上る。素早く。静かに。
     入り口は大きなガラス戸になっている。淫魔が開けっ放しにしたその隙間から、灼滅者達は音もなく忍び込んでいった。
     駐車場の輪留めに腰掛けていた漣・静佳(黒水晶・d10904)は、場内に入っていくメインチームの背中を見届けると、空を見上げた。
     いつの間にか、空の底がオレンジ色に染まっている。
     膝の上ですやすやと眠る幼女のピンク色の髪を撫でながら、ボーリング場の建物へと視線を落とした。駐車場側に面した壁は、一面のガラス張りになっている。大きなカーテンに阻まれて中の様子は分からないが、あの奥にビリヤードコーナーがあるはずだ。
     ガラス壁の下は打ちっ放しのコンクリートになっており、その前にはアメリカンタイプのバイクが五台並んでいた。そこにうずくまるのは雨霧・直人(甘党ダンピール・d11574)だ。全てのバイクの配線を切った。これでヴァンパイア達は逃走手段を失ったことになる。
     直人はガラス張りの壁を見上げた。カーテンが赤く瞬き、戦いの音が漏れ聞こえてくる。直人は静佳を振り返り、幼女を指さして言った。
    「もう起こした方がいい」
     静佳は頷き、幼女の肩を揺すった。

     啓司はビリヤード台の上で半身を起こした。
    「んん……?」
     真っ赤な髪をかき上げながら、周囲を見渡す。手下が何者かに襲撃されている。
    「ようやくお目覚めか」
     横たわる不良の首から鋼糸を引き戻しつつ、佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066)が、啓司に冷たい視線を向ける。
    「ちっ」
     啓司は顔をしかめると、シューッ、と息を吐いた。
     ビリヤードコーナーが紫の霧に包まれる。
     啓司は寝起きのぼんやりした頭で戦況を整理した。手下の数は五人。そのうち一人は戦闘不能。残った四人のうち、一人は集中的に攻撃され、ダメージが蓄積している。とはいえ、そのダメージは啓司の霧でかなり癒えたはずだ。相手は八人と動くバイクが一台。どういうわけか、啓司を攻撃するものは一人も居ない。それぞれの動きから戦闘力を計算する。出した答えは――。
    「……面倒だ」
     啓司は霧に紛れると、サイキックの飛び交う戦場に背を向け、あくびをしながら通路に向けて歩み出した。
    「待て」
     啓司の前に、八川・悟(闇色の夜・d10373)が立ちはだかった。
    「どけ。見逃してやる」
     啓司は歩みを止めない。
    「……う、うみゅう……」
     神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)も悟の隣に並び、歩み寄ってくる啓司を上目づかいに睨んだ。
    「何をしている?」
     啓司は首を傾げて二人を見た。本気で不思議がっている様子だ。
    「お前に用があってここに来た。知りたい事がある。答えてもらおう」
     悟の言葉を聞いて、啓司が立ち止まった。
    「俺は、帰ろうとしているんだが?」
    「俺達はお前を帰すつもりはない」
    「なにィ?」
     啓司の頬が、ピクリと引きつった。
    「フン、出来損ない風情が、俺を殺せると思っているのか」
    「殺すつもりもない。俺達の知りたい事に答えたら、帰してやる」
    「……か、帰して……やる?」
     啓司は小刻みに震えながら、右手で顔を覆った。
     悟の隣にミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)が並んだ。日本刀を啓司に向け、挑発的な笑みを浮かべる。
    「貴方は何処の所属ですの? 目的は?」
     啓司は震えるばかりで答えない。
    「淫魔との交流は組織的なものか個人的なものか」
     悟が問いかける。
    「淫魔と協力しているダークネス種族は吸血鬼である貴様のみか」
     啓司は顔を歪めた。
    「お、おおお、俺がヴァンパイアであると知って……ししし、知った上で、その、狼藉……か……」
    「さて……答えて頂きましょうか。それとも、体に聞いた方が早いかしら?」
     ミルフィがじりじりと間合いを詰める。
     啓司は、湧き上がる怒りを抑えるかのように、両腕をギュッと抱いた。
    「お、オマエらが知るべき事は……たったひとつ……たったひとつだけだ……」
     啓司の髪が逆立つ。
    「ヴァンパイアを……ダークネスの王を……愚弄するなッ!」
     啓司が両腕を振ると、悟とミルフィが吹っ飛んだ。
     啓司の上半身が膨れあがる。バッ! とコウモリのような羽が背中に広がり、大きく開いた口からは四本の牙が鋭く伸びる。その瞳孔は縦長にすぼまり、真っ赤な瞳の周りは真っ黒く変色していた。
    「クソッ! 服が破けただろうがッ!」
     先ほどまで人間と変わらない姿をしていたモノが、忌々しげに叫んだ。制服の背中や袖がボロボロになっている。
    「お望み通り遊んでやる。俺を侮辱した罪……死をもって贖え」

    ●破
     毛足の長い通路の絨毯に這いつくばりながら、悟は胸の痛みに目をやった。彫刻刀の刃のようなものが三枚刺さっている。――いや、これは爪だ。啓司は長く鋭い生爪を飛ばしたのだ。
     トン、と目の前の絨毯に革靴が埋もれた。見上げれば、怪物と化した啓司が手刀を構えている。
    「くそっ」
     悟はとっさにガンナイフを向けた。ニヤリと笑う啓司。
     悟の銃弾が、啓司の頬に赤い筋を走らせる。
    「死ねッ!」
     ドガガッ! という破砕音と共に、悟の腹の下の床が啓司の手刀で貫かれた。
    「カハッ……」
     悟の口から血が漏れる。
    「このっ!」
     起き上がったミルフィが、小太刀を啓司に向ける。
    「絡め取れ……、封じよ」
     ぱっと広げた蒼の手の平から、蜘蛛の糸のように鋼糸が放たれる。その糸と合わせるように、ミルフィの小太刀の鍔が火を噴いた。特殊なガンナイフだ。
     啓司は鋭利な羽を一振りして糸を弾いた。その羽にミルフィの銃弾が穴を開ける。
    「クハハッ! その程度の力で……笑わせるなッ!」
     悟の背中から腕を引き抜く啓司。床を蹴ると同時に羽ばたき、ミルフィとの間合いを一気に詰める。
     声もなく悲鳴を上げるミルフィ。啓司はその首をつかむと、高く掲げてその豊満な体をまじまじと見つめた。
    「惜しい。オマエがもう少し利口なら、あの淫魔のように使ってやったんだが……なッ!」
     啓司の羽が一閃し、ミルフィの腹を切り裂いた。
    「……うっ」
     蒼の顔から血の気が引いた。
     ミルフィのメイド服が真っ赤に染まり、足元にボタボタと血が落ちる。
     啓司はミルフィを投げ捨てると、蒼に向き直った。
     血に濡れた羽はあっという間に渇き、銃創はみるみるうちにふさがっていく。
    「次はオマエだ」
     啓司の目が蒼を射貫く。蒼は啓司を睨み返した。
    「……奈落へ、落ちろ……です」
     蒼の右腕が異形と化し、啓司に襲いかかる。
    「クッ!」
     両腕をそろえてガードした啓司だが、勢いに負けてビリヤードコーナーの方へと吹っ飛ばされた。
    「よくもラビちゃんを!」
     その啓司の背後に飛びかかったのは、青い巨剣を高く振りかぶった縁だ。とっさに振り返った啓司を、左肩から斜めに叩き斬った。
    「チイィッ!」
     焼けるような痛みに舌打ちしながら、啓司はバックステップで間合いを取ろうとした。
    「もはや問答無用ッ!!」
     そのバックステップを追うように、駆けつけた勇飛の槍が伸びる。
    「クッ! 手下達は――」
     勇飛の槍に左手の平を貫かれつつ、啓司はビリヤードコーナーの奥を見た。
    「ここでオネンネしてるぜ」
     ソファに立った凪紗が左手の拳を突き出して言った。凪紗の指輪が輝き、啓司の胸に痺れが走る。
     手下達は床に突っ伏していた。
    「彼奴に利用されているだけなのに、気が付かないなんて哀れだな」
     静かに忍び寄っていた道理の解体ナイフが、啓司の羽の皮膜を切り裂いた。
    「利用だと?」
     羽を払って道理をはね除ける啓司。間髪入れず、夏槻の放った鋼糸がその羽を縛り上げた。
    「淫魔ごときに骨抜きにされるヴァンパイアとは情けない。もしかして組織の落ちこぼれだったりするのか?」
     組織の落ちこぼれ――その言葉を聞いて、啓司の顔から、スッと感情が消えた。と同時に、啓司は冷徹に戦況を分析した。先ほどのように寝ぼけていないし、手を交えたので相手の状態がよく分かる。ディフェンダーが二人。クラッシャーが三人。キャスターが一人。仕留めた二人はどちらもジャマー。動くバイクは手下が片付けたらしい。手下達はディフェンダーの体力をかなり削ったようだ。ならば――。
    「従えッ!」
     夏槻を睨む啓司の瞳が、逆十字に輝いた。
    「誰が従うか!」
     夏槻は自分に防護符を貼ろうとした――はずだった。
    「がっ……」
     夏槻の鋼糸が、自身の首を締め上げていた。
     夏槻は自分の胸を見た。赤い逆十字が二つ刻まれている。――ダブルヒット? そしてこの強烈な目眩。啓司はジャマーだ。
     夏槻は頭を振りながら、キャスターである自分がこのチームの回復の要であることを思い出した。夏槻が機能しなければ、回復は各自に任せるほかない。だが、そんな事態になったらチームはうまく機能しない。
     夏槻はこのチームの急所だった。
     そして、その夏槻の催眠を癒やせるものは、夏槻しか居なかった。
     形勢は完全に啓司に傾いていた。
     啓司は羽で斬り付けることで体力を吸い取りながら、逆十字の刻印で灼滅者達をじわじわと虜にしていった。ただでさえ二人とサーヴァントを欠いているというのに、まれに起きる同士討ちでさらに手数が減らされる。逆十字に抗えるのは夏槻と凪紗のみ。その二人とも、他者を癒やす余裕は無い。
    「クハハッ! 無様だな!」
     高笑いする啓司。
     灼滅者達は、ビリヤードコーナーの奥へと追い詰められていた。
    「食らえ!」
     縁の巨剣が、ビリヤード台を真っ二つに割った。大振りで命中率は低いが、当たれば大ダメージだ。その強烈な斬撃を間一髪で避けたのは、息も絶え絶えな凪紗だ。
    「目を、覚ませ、縁!」
     凪紗は叫ぶほかない。自分にも逆十字の刻印が記されている。それを自らの集気法で癒やすので手一杯だ。
     道理の頬に汗が伝う。
     どうしてこうなったのか。満身創痍の体を引きずりながら、そんな想いがつい頭をかすめる。だが、それを考えているヒマは無い。今はただ、逆転の望みがどこにあるのか、それを探すのが先決だ。どこに希望があるのか――。
    「こいつは重畳(ちょうじょう)」
     勇飛は膝をつきながらも、笑った。完全に負け戦だ。だが、まだ動ける。
     勇飛はありったけの力を振り絞って、啓司に飛びかかった。
     啓司の両手の指先に、鋭い爪がギリギリと伸びる。
    「終わりだ」
     啓司が両腕を振った。

    ●急
     空はすっかり明るくなっていた。
     直人と静佳は、ガラスの向こうで揺れるカーテンをじっと見つめていた。
     そのカーテンが急に膨らみ、透明だったガラスが一瞬、真っ白になった。
     ガシャーンッ! という音と共に、四つの影がガラスをぶち抜いて駐車場に転がった。
    「なっ……」
     静佳が駆け寄った。勇飛、縁、凪紗、道理の四人が、うめき声も上げずに横たわっている。それぞれの胸に、長く鋭利な爪が突き立っていた。メディックとして待機していた静佳だが、手の施しようが無い事はすぐに分かった。
    「……う、みゅぅ……」
     道理の腕の中から、蒼が這い出した。道理が蒼を抱きしめ、ガードしていたのだ。
    「やめろッ!」
     ビリヤードコーナーに立つ怪物――啓司を見上げながら、直人が叫んだ。その手には夏槻が掲げられている。
    「ぐっ……」
     夏槻の背に、啓司の腕が突き出した。
    「フン。他にも居たのか」
     直人を見下ろしながら、啓司は夏槻を駐車場へと投げ落とした。
     受け身もとれず、人形のようにアスファルトに叩きつけられる夏槻。それを見て、蒼は胸をかきむしった。
     直人の前に、啓司がふわりと舞い降りる。
    「オマエ、素質があるな。遊んでやろう。これで死ななければ、オマエは生まれ変わる」
     ダンピールである直人を睨み付ける啓司。
     その時。
    「……う、みゅ……ぅぅぅぅううううう!」
     蒼が、叫んだ。
    「――うぅぅぅぅうううあああああ!」
     その声は啓司の鼓膜を通して、心臓を鷲づかみにした。心臓が、止まる。
     啓司は膝をつき、胸を押さえて蒼を見た。
    「ハハッ。淫魔になったか」
    「――あああああああっ!」
     蒼は叫びながら、舞うようなステップで啓司に突進した。
     啓司は跳躍し、羽ばたいて空に舞った。
     蒼も跳んだが、啓司には届かない。
     啓司は上空から戦況を見直した。
    「淫魔に、出来損ないがイチ、ニィ、サン……」
     他の場所で待機していた灼滅者もまた、この場に駆けつけてきた。
    「まだ増えるか……面倒だな」
     啓司は大きく羽ばたくと、さらに上昇した。
     蒼は舞い上がる啓司を見上げながら、湧き上がる力に気付いた。
     ――闇墜ちした。
    「……う、みゅ……」
     蒼の瞳が曇る。
     倒れた仲間達を振り返って、涙がこぼれた。
     誰かが傷付くなら、いっそ自分が。
     そう思っていたのに、遅かった。
     空を見上げると、啓司の姿が遠くに見えた。
    「神宮時さん……」
     静佳が蒼に癒やしの光をあてる。
     蒼はぺこりと頭を下げると、啓司を追って姿を消した。

     ヴァンパイアを尋問しようとした灼滅者達。
     重傷者四名と闇堕ち一名という多大な代償と引き替えに得られた情報は、ただひとつ。

       『ヴァンパイアは強敵である』

     それだけだった。

    作者:本山創助 重傷:ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802) 双樹・道理(諸行無常・d05457) 佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066) 八川・悟(燐光・d10373) 
    死亡:なし
    闇堕ち:神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337) 
    種類:
    公開:2013年3月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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