カレーとニャンニャン

    作者:小茄

    「この様な時節に色恋沙汰にうつつを抜かすのは、世界征服を狙う身としてあるまじき事とは解っております。ですが自分は……貴女への恋慕の気持ちを抑えることが出来ません」
     若干堅い言い回しで恋心を伝えるのは、水兵の様なセーラー服を身に纏った青年。
    「しょうがないにゃあ。でも、そんなアナタの事がぁ……シャムも嫌いじゃないにゃん♪」
     一方こちらは対照的に、猫耳カチューシャとゴスロリドレスを纏った電波口調の少女。
    「ほ、本当ですか……感無量であります。その言葉で、世界征服の為にこの身をなげうつ覚悟が固まりました」
     全くもってミスマッチな二人だが、当人達は余り気にしていないようなので、良しとしよう……いや、良くない。
     なぜなら、2人は淫魔と怪人だったのだから。
     
    「これまで私たちの予知にも掛からなかったダークネスの動きが、今回察知されましたわ」
     灼滅者達を前に、説明を始める有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)。
    「その判明した理由というのが、淫魔の訪問ですの」
    「淫魔がダークネスを訪問?」
     怪訝そうな表情で聞き直すのは、三笠・舞以(中学生魔法使い・dn0074)。
    「えぇ、淫魔は単身でダークネスの元を訪れると、その色香でダークネスを籠絡し……自分達と敵対しないように、あわよくば意のままに操ろうと考えて居るのではないかしら?」
     今回の任務もそれにまつわる物で、1人のご当地怪人が淫魔に魅了され、ステディな(淫魔的には、一時的な事だろうが)関係になっている。
     淫魔を狙った場合、怪人は命がけでこれを守ろうとするだろう。両者を同時に相手取るのは利口とは言えない。
     それ故、今回は怪人の灼滅が主目的となる。
     
    「怪人は、カレー水兵怪人ですわ。文字通り、カレーが大好きな水兵の格好をした怪人で、横須賀を本拠地にしていますわね」
     怪人は、淫魔と逢い引きをする為に市内の公園に夜な夜な出没すると言う。
    「先ほども言ったとおり、淫魔も怪人も強力なダークネスですわ。逢い引きを終え、淫魔が立ち去った後で、1人になった怪人を奇襲すると言うのが最も確実な作戦ではないかしら」
     怪人は純情で一途だという。淫魔との関係についてあること無いこと言及するなどすれば、精神的に攻める事も可能かも知れない。
    「逢い引きの後なら、体力的には疲弊しているだろうしな。心身両面を攻めると言う訳か」
    「人の恋路に……とは言うけれど、彼らは人ではないから良いでしょう」
     舞以の言葉に対し、絵梨佳はしれっと返しつつ、出没地点が記された公園の見取り図を差し出す。
    「正面から戦えば、1人でも強力な怪人ですわ。上手く戦いを運んでね」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    八重葎・あき(栃木のぎょうざ好きゲーマー・d01863)
    スィン・オルタンシア(ピュアハートブレイク・d03290)
    青海・竜生(青き海に棲む竜が如く・d03968)
    光苑寺・華鏡(高校生エクソシスト・d03976)
    山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)
    イディオム・アランカリ(庭園の鍵番・d08928)
    村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)
    久瀬・悠理(鬼道術師・d13445)

    ■リプレイ


     神奈川県横須賀市。この港街と、日本の国民食とも言えるカレーは、切っても切れぬ深い関係を持っている。
     東京湾の入り口に位置する横須賀の港は、常に海軍の重要拠点で有り続けた。その海軍が、兵士達の食事にカレーを供し始めたのが、日本のカレー文化における大きな一歩となった為である。
     そして今、この横須賀市を拠点に世界征服を目論むダークネス。「カレー怪人」が現れたとの情報を掴んだ灼滅者達は、これを灼滅すべく一路横須賀に向かったのであった。

    「哀れな男の性ってやつでしょうか? 文字通り墓穴を掘りましたね~」
     怪人が現れるはずの公園。物陰に身を潜め、油断なく周囲を見回すスィン・オルタンシア(ピュアハートブレイク・d03290)。
     いつも通り淑やかに微笑む彼女の言葉通り、今回の怪人は有る手がかりによってその存在を察知された。
    「淫魔さんたち……意外と厄介な行動に出ましたね」
     小声で山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)が言う様に、手がかりは淫魔。本来はお互い出し抜き合う関係であるダークネス同士でありながら、淫魔が怪人に接近し、友好関係を築くに到ったのである。
    「うん。ダークネスはお互い敵同士だって聞いたけど、こんな形で手を結ぶなんてね」
     それもただの友好関係ではなく……恋愛関係と言って良い物なのだから、相づちを打つ青海・竜生(青き海に棲む竜が如く・d03968)も驚きを禁じ得ないと言った様子。
     しかし恋愛というゲームは、惚れた方が負けだと言う。このゲームに長けた淫魔は、怪人を都合良く利用しているのが実情だろう。
    (「ある意味哀れな奴ではあるが……同情してやっても詮無きことか。むしろ速やかに淫魔より解放してやるのが情けだろう」)
     眼鏡の弦を押し上げつつ、心中で呟くのは光苑寺・華鏡(高校生エクソシスト・d03976)。
     2人のダークネスはこの公園で落ち合い、愛を語らうと言う。だが、この両者を同時に相手取るのは得策とは言えない。
    「淫魔の陰謀は打ち砕きたいけど、怪人もいるし……無理は絶対にだめなの!」
     気持ちを抑え、自分に言い聞かせる村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)。
     灼滅者達は皆彼女と同じ気持ちだが、今回は怪人のみを標的とする事となった。
    「どうやら、来たようだぞ」
     瓶底眼鏡越しに、明らかに弾んだ足取りで公園へやってきたセーラー風衣装の男を見て、三笠・舞以(中学生魔法使い・dn0074)は低く呟く。余談だが、舞以もこの横須賀出身である。

    「ごめんにゃあ~、待ったかにゃん?」
     それから30分弱が経過し、セーラー怪人のそわそわがマックスに達した頃、ようやく淫魔は現れた。
     さほど悪びれる様子もなく、手を振りながら女の子走りをして来る淫魔。漫画の一コマなら、さぞかしキラキラしたトーンがコマ一面に貼られる事だろう。
    「い、いえ! 自分も今し方到着した所であります!」
     方や、怪人の方は直立不動で敬礼をしながら淫魔を迎える。
    「ほんとかにゃ~? シャムを気遣って嘘をついてるんじゃないかにゃん? じーっ……」
     淫魔はそんな怪人に急接近すると、背伸びして怪人の顔を覗き込む。
    「いっ、いえ……そそそのような」
     ほぼ石化する怪人。見ていて憐れになってくるレベルだ。
    「やっぱり嘘ついてる目だにゃ。でも許してあげるにゃん。ちゅっ」
    「ああああ有り難うございます!」
     頬にキスされ、感涙にむせばんばかりで礼を述べる怪人。
    「自分が遅刻してきたのに……」
    「哀れな」
     思わずツッコミを入れる久瀬・悠理(鬼道術師・d13445)と、ふっと肩を竦める華鏡。
    「……あれだけ一途だと、心苦しくなってくるわね」
     いつもアンニュイなイディオム・アランカリ(庭園の鍵番・d08928)だが、怪人の余りのピュアさに思わず呟く。
    「まくらえいぎょう……」
     と、どこで習ったのやら小学一年生の八重葎・あき(栃木のぎょうざ好きゲーマー・d01863)の口からそんな言葉。思わず衝撃を受ける灼滅者も数名。
    「……自分の抱きまくらを売ってなかよくするとは、淫魔もなかなかやるね」
     だが、意味の方まではまだ完全ではない様子。一安心である。
    「つ、つつ月が綺麗ですね」
    「んー、曇ってて良く見えないにゃん」
     そんな様子で、ぎこちないデートを続けるダークネス達。灼滅者達はしばし、その覗き見――もとい、監視を続けるのだった。


    「それじゃ、またにゃん」
    「は、はい! お元気で……お気を付けて! 本来であれば自分がご自宅の前までお送りすべき所、男子として忸怩たる――」
    「ちゅっ」
    「はうっ!?」
    「おやすみのキスだにゃん♪ ふふっ」
     キスで石化している怪人にひらひらと手を振って、去って行く淫魔。
    「……行ったか、それじゃ……封印解体(シール・ブレイク)!」
     淫魔が完全に見えなくなったのを確認し、猫変身を解く竜生。スレイヤーカードを解放し、臨戦態勢を取る。
    「参りましょう」
     すっと立ち上がるスィンに続き、一同は怪人の前に姿を現す。
    「……嗚呼……シャムさん……たった今別れたばかりだと言うのに、次に会う時が待ち遠しくてなりません……」
     が、怪人は気づいていない。
     顔を見合わせる灼滅者達。不意打ちをするのも気の毒(?)なので、あきが名乗りを上げる。
    「おもてなしの街宇都宮から参上っ! 将来的に栃木に来る横浜の人を守るため、成敗させてもらうよっ!」
    「……っ?! な、なんだ……シャムさんかと……」
     びくりと反応した怪人だったが、肩を落とす。
    「完全に恋するおと……こ? だな。あと、ここは横浜じゃなくて横須賀な……」
     ぽつりとツッコミを入れる舞以。
     横浜の知名度が高すぎて、神奈川の他の市は大分食われている部分がある。県民にとっては若干悩みの種である。
     ――ドスッ。
    「ぐあぁっ?!」
     心此処に在らずと言った様子の怪人につかつかと歩み寄るや、螺旋状の捻りを加えたソウルイーターを突き出すスィン。
    「き、貴様っ! 何をする!」
    「先ほどの淫魔にご執心のようですが、あの笑顔をどれだけの男に向けたのやら……」
    「ど、どう言う意味か!」
     笑顔のまま、物理的にも精神的にも怪人を抉りに行くスィン。淫魔の事を言われ、明らかな動揺が見て取れる。
    「自分が利用されているとは思わないのか?」
     バベルの鎖を瞳に集中させながら、冷徹な口調で問いかける華鏡。
    「利用だと? そんな事有るわけが……貴様ら、我々の恋路を邪魔する気か!? それとも、世界征服を妨害せんとする敵か! どちらにしても、我がカレー砲で粉砕してくれん!」
    「カレー……。白い服にカレーの黄色って目立つわね……」
     殺界形成で万が一にも邪魔が入らぬ様、配慮しつつ呟くイディオム。彼女の服は白が基調。怪人の得意とするカレー攻撃のダメージは計り知れない。
    「カレーの染みってなかなか落ちないんだよね」
     うんうんと頷きつつ、悠理。
    「差し出がましいかもしれませんが、これだけは、老婆心で言わせていただきましょう。あの方は淫魔さんです。あなたと別れた後、別のお相手の下に向かっているに違いありません」
    「シャムさんはそんな女性ではない!」
    「あの淫魔、他のダークネスともいちゃいちゃしてるのみたことあるよ~、淫魔っていうのはそういうものなんだよ~」
    「だ、黙れ! その様な虚言に惑わされるか! 彼女は門限までには必ずご自宅に帰る、貞淑な婦人なのだ!」
    「貴方がそう聞いただけでしょう……彼女が、あなたと別れたあとどうしてるかなんて、わからないじゃない……?」
     臨戦態勢を取る怪人に対し、揺さぶりを掛ける寛子とイディオム。
    「黙れ黙れ! 問答無用! 30,5サンチカレー砲……てぇっ!」
     ――ドゴーン!
    「うわっ!」
     轟音と共に放たれる砲弾。炸裂したカレーが舞以とあきに降りかかる。
    「……カレーは食べ物であって、浴びる物ではないだろう……」
    「う……これは……宇都宮カレーぎょうざを作ればきっと1位奪還できる!」
     カレーまみれで戦慄く舞以と、地元の為に新商品に思いをはせるあき。周囲にはカレーの匂いが立ちこめ、色んな意味で被害が大きい攻撃だ。
    「ところで、お前はあの淫魔の何処に惚れたんだ?」
    「そ、それは……立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花……まさに大和撫子たるシャムさん……彼女の様な女性を守るは日本男児の本懐である!」
    「へぇ……」
     どう見ても電波系の淫魔だが、恋は盲目。怪人にとっては、全く違う見え方をしている様だ。竜生は呆れたように応えつつ、毒の旋風を放つ。
    「……わたしの瞳を見たのだから、生かしては置かない……覚悟して?」
     目隠しを取ったイディオムは、輝ける十字架を形成。無数の光線で怪人を貫く。
    「ええい、猪口才な……世界征服……そしてシャムさんとの恋愛成就の人柱としてくれる! 左舷、魚雷てーっ!」
    「カレーといえば寛子はスープカレーと豊平峡のインドカレーを思い出すの!」
     放たれる魚雷を避けつつ、肉薄する寛子。
    「スープカレーキック!」
    「ぐうぅっ……その様なカレー、邪道!」
     よろめきながらも、どうにか堪える怪人。
    「死因がカレー死とか洒落にならないから、犠牲が出る前に客の入らない洋食屋のようにひっそりと消えてもらうよ」
    「援護します」
     両手に集中させた闘気を、弾丸として放つ悠理。これに呼応し、圧縮された魔力の矢を放つ山桜桃。
    「くうっ……機関室に被弾……されど戦闘航行に支障なし」
     灼滅者達の精神肉体両面への攻撃で、じわじわと追い込まれる怪人。しかし、負けじとカレー砲を放ち続ける。
    「最近ドイツ化復活が流行ってるみたいだけど、復活すると記憶が無くなるっぽいよ? 残念だけど、彼女との思い出も無くなるってことだねっ!」
    「独逸? 何を言っている! 例え七度生まれ変わろうとも、シャムさんの事を忘れはせぬ!」
     尚もゆさぶりをかけつつ、宇都宮ぎょうざキックを繰り出すあき。
    「淫魔に何を要求された?」
    「何も要求などされていない! ただ、無益な争いを避けるのが望みの、心優しき女性なのだ!」
     探りを入れつつ華鏡の影業が、怪人の脚に斬り付ける。
     しかしどうやら、淫魔が怪人らに何かを要求した様子はなく、とにかく不戦の関係になる事が目的と言う事しかうかがい知れない。
    「世界征服の為……シャムさんの為……負ける訳にはいかぬのだ!」
     最後の抵抗とばかりに、激しく砲撃を繰り返す怪人。
    「うぅ……服にカレーのシミついたらどうしてくれるですか!」
    「……」
     炸裂するカレーの飛沫を浴び、声を荒げる山桜桃。
     華鏡は服についたカレーを一瞥し、表情はそのままに一層の殺気を放つ。
    「カレー臭くなったので、散り散りに斬り刻んであげましょうか♪ 心配しなくても、あの淫魔も直ぐに送って差し上げますね」
    「やらせん……やらせはせん!!」
     スィンは飛来した砲弾の一つを切り捨てると、そのまま一気に間合いを詰める。
    「よし、トドメだ!」
     スィンのブラッディリーパーが怪人を袈裟斬りにすると同時に、背後より黒死斬を見舞う竜生。
     ――ザシュッ!
    「……シャム……さん……どうか、ご無事……で……」
     そのまま倒れ込んだ怪人は、やがてカレー状の液体となって消え去った。


    「これで一件落着ですね」
     先ほどまでの殺気はどこへやら、穏やかに微笑みつつスィン。
    「いずれは淫魔も倒さねばな」
     眼鏡を直しつつ、華鏡。
    「それにしても、ラブラブでしたね……」
     長時間ラブシーンを見せつけられた山桜桃は、多少当てられたせいか赤くなった顔を夜風で冷ます。
    「カレーの匂いを嗅いでたらお腹空いてきちゃった。どこか良いお店ないかな」
     いずれ彼女と訪れた時の為、下調べも兼ねて提案する竜生。
    「うん、服は諦めるけれど……カレーが食べたくなったかも」
    「汚れは、後でクリーニングに出せば大丈夫だよ」
     服の汚れはなかば諦めつつ、やや空腹を覚えるイディオム。自身もそうするつもりで、アドバイスする悠理。
    「当分カレーはもういいかな……甘いものが食べたいよ~」
     一方寛子は、しばらくカレーは敬遠する様だ。
    「この辺は色々有名なものあるよね……視察かねてGチャージしたい……」
     あきは地元活性化の為に、リサーチ&パワー吸収に余念が無い。
    「それじゃ、カレーと甘い物がある店でも探すとするか」
     と、白衣が汚れたのも余り気にする様子がなく歩み出す舞以。

     無事、カレー怪人を灼滅した一行は、しばし寄り道の後で帰途に就くのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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