(「……あっれー?」)
少女は小首を傾げた。
愛らしい少女である。中性的な顔立ち。すらりと引き締まった体躯。健康的な美しさに、しかしその瞳には確かな淫蕩さを秘めた――清涼さと淫らさが同居する、そんな妖しい魅力に満ちた少女だ。
それも当然、彼女はダークネスであり、淫魔であるからだ。
そんな淫魔がいたのは、寂れた道場である。その寂れた道場で、少女は汗を流していた。
「うん、何か最近は体のキレがよくなったな!」
「……はぁ、それはどうも」
そうサムズアップして満面の笑顔を見せるのは一人の大男だ。格闘一筋、そんな絵に描いたような格闘馬鹿が唸るように言った。
「最初はアイドルって馬鹿にしてたが、悪くないぜ? お前、もっと強くなれるな!」
「えーと……うん、強くならなくていいんだけど……」
「えー」
「あ、うん……ダンスのキレがよくなった気がするし、それでいいよ、もう……」
淫魔の少女としては何かが違う気はするが、気に入られた事だけは確かだ。
「また来いよ、次はもうちょい激しく戦ろう!」
「はいはい」
大男――アンブレイカブルにすっかりと気に入られた淫魔はとにかく自分の魅力に参ったんだと思う事にした……。
「――アイドルっすか」
ビシリ、とポーズを決めて湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、どこか後悔した表情で咳払いした。キャラに合わない真似はするものではない。
「あー、今回はダークネスの動きを察知したんすよ」
今までエクスブレインの予知にかからなかった相手だ。それが察知できたのは淫魔がそのダークネスの元へ訪問したからだ。
「まー、色々と勧誘があったらしいっす。口に出せないようなのも。結局、その野生のアンブレイカブルにとっては格闘するのが一番の営業だった訳なんすが」
問題は、自分達の邪魔をせずに仲良くやっていこうという約束を取り付けている事だ。
「野生の……?」
「話を続けるっすよ?」
そのアンブレイカブルは寂れて無人となった道場を根城にしている。今回は淫魔を狙った場合、アンブレイカブルも淫魔を守るために参戦してくるため、敗北の可能性が跳ね上がってしまう。なので、淫魔が道場から去った後に道場に乗り込むといい。
「アンブレイカブルは強敵っすよ? アンブレイカブルのサイキックにサイキックソードのサイキックも使って来るっす」
淫魔が立ち去るのは夜ではあるが、道場の中はきちんと明るい。広さもあるので思い切り戦っていいだろう。
「アンブレイカブルだけでも油断すれば圧し負けるっすよ、充分に作戦を練って対処に当たって欲しいっす」
翠織はそういうと念を押すように告げた。
「最終的な判断はお任せするっすけど、無理だけはしないで欲しいっす。アイドル淫魔を逃がしたとしてもアンブレイカブルを倒す意味はあるんすから」
じゃあ、よろしくお願いするっす、と翠織は締めくくり灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
風音・瑠璃羽(散華・d01204) |
砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884) |
サリィ・ラッシュ(ブルホーン・d04053) |
御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166) |
オリヴィア・ルイス(プリスマヴェルデ・d09838) |
森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363) |
黒崎・白(モノクロームハート・d11436) |
橘・希子(織色・d11802) |
●
――夜。
その寂れた道場は住宅地から少し離れた空き地にあった。周囲への騒音への気遣いなのだろう、だが、逆に相手に気付かれないような接近は困難に感じられる。そういう意味では、戦いを好むダークネスの
「なんか、見えすぎて逆に見えにくいですね」
双眼鏡を手に道場を覗いていた森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)がそう小さく呟いた。道場の中では窓からチラホラと二つの人影が交差しているのが見える。
「あ、今の歩法は良いですね」
アンブレイカブルと格闘を繰り広げる一つの影の動きを心太はそう評した。どうやら、アンブレイカブルも同じ感想をいだいたらしくそこで動きを止める。
「……あれがラブリンスターさんなのか?」
サリィ・ラッシュ(ブルホーン・d04053)はその格闘する淫魔を写真に撮ると一人こぼした。「ドキドキ☆ハートLOVE」のCDは購入して予習したが、戦う淫魔のボーイッシュで爽やかなイメージとCDのそれはまったく違う……むしろ同一人物だったら「仕事は選んでもいいんだよ」と教えてあげたくなるぐらいだ。
「アイドル淫魔と野生のアンブレイカブルって組み合わせ自体が……ちょっとアレ、だよね」
風音・瑠璃羽(散華・d01204)がそう苦笑いを見せると、砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884)が小さくそこにいた仲間達へと囁いた。
「稽古は終わったらしい、こっちも動こう」
その頃、分かれていた四人側も行動を開始していた。
「そろそろ、淫魔が出てくるぞ?」
「そうだね」
御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)の落ち着いたその声にオリヴィア・ルイス(プリスマヴェルデ・d09838)は単眼鏡を胸ポケットへと仕舞う。
「逢引の様子を覗き見、って言うとなんだか不穏当な感じですよね」
思わないところで意外な経験を積んで黒崎・白(モノクロームハート・d11436)も苦笑する。これから淫魔が確実にこの場を離れた確認をしなくてはいけない――その動きには慎重さがあった。
「……どうした? 希子嬢」
「ああ、うん」
オリヴィアの問いかけにようやく視線を望遠鏡から上げた橘・希子(織色・d11802)が満面の笑みをこぼした。
「念願ーの、宿敵だからねー」
ここから望遠鏡で見ただけでわかる――その高い身体能力にのみ頼った戦い方ではない、一つ一つ積み上げた技量があるからこその『強さ』をアレは持っている。
それと戦えるのだと思えば、希子は我知らずにその口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
●
「~♪」
軽く鼻歌を交え、淫魔がステップを刻み目の前を歩いていく。ダンスなのだろう、その動作は指先からつま先に至るまで洗練された動的美しさがあった。
「……行ったな」
その姿を写真に撮ってサリィが言えば、こちらへと歩み寄ってきた力生が厳しい表情で口を開いた。
「後は、アンブレイカブルだな」
灼滅者達は顔を見合わせるとうなずき合い、その寂れた道場へと踏み入っていく。
――何も無い道場だった。看板もなければ、装飾もない。普通の道場ならあるだろう通う者の名札させなかった……その必要もないからだ。
「……どちらさん?」
板張りの上に素足で立っていた一人の大男が灼滅者達を出迎える。その問いに、心太が告げた。
「もう一戦どうですか?」
「――続けろ」
心太は苦笑する。アンブレイカブルのまとう空気が一変したからだ。まるで格闘の最中に次の一手を読まれた気分ですね、と心太は苦笑しながら言葉を続ける。
「僕達が勝ったら、知っていることを全部教えてください」
「知ってる事?」
「淫魔は何企んでるの? そして、貴方に何をさせようとしてるの? それを教えて――」
瑠璃羽の言葉が遮られた。他でもない、アンブレイカブル自身――その笑い声によってだ。
「くくく、あーはっはっはっはっはっは! なるほどな、理解した!」
ガンッ、と両の拳を胸の前でぶつけ合い、アンブレイカブルは歯を剥いて言い捨てる。
「――断る」
「えー……いじわるー」
断言するアンブレイカブルに希子が拗ねたように頬を膨らませた。だが、それにアンブレイカブルはためらう事無く真っ直ぐと答える。
「それは、筋が通らねぇ――あいつの事は、口が裂けても言えねぇな」
「言ってくれる」
鋭二郎が静かに言って捨てる。アンブレイカブルはしかし、楽しげに口を開いた。
「……だが、あいつ以外の事なら知ってる事は言ってもいいぜ? ほとんど何も知らないようなもんだしな」
「それは……?」
アンブレイカブルの言葉に心太が問いかける。それにアンブレイカブルも言葉を続けた。
「俺が言われたのは、ただ『自分達の邪魔をしないで欲しい』って事ぐらいだ。ま、あいつ等が誰かに邪魔をされてるんだろう――とは思ったんだがな?」
(「――こいつ」)
白が密かに目を細める。こちらが情報を得るために戦いを持ち出した――その結果に気付いたのだ。
「ようするに、こうしてあいつ等の情報を集めているお前達が『そう』って訳だ――面白い、面白いよなぁ、おい! ようするにアレだ、あいつ等に手を貸してやるだけでお前等みたいなのが勝手に来てくれる訳だ! 美味しいだろう、それは!」
「……そう来たか」
オリヴィアも苦笑する。確かに、戦いを求めるアンブレイカブルにとってそれは『美味しい』のだろう――俄然やる気を見せるアンブレイカブルにオリヴィアはスレイヤーカードを手にした。
「――Fiat flamma」
炎あれ、と神に祈るが如くに凛とカードをかざし、オリヴィアはその手袋の指先で鋼糸を弄ぶ。
「灼滅開始」
マテリアルロッドを手に影業を開放し、鋭二郎は銃剣を構える――だが、その鋭二郎の動きが止まった。
「どうせやるなら殺すか殺されるかで楽しもうぜ!」
踏み込んだアンブレイカブルがその闘気をまとった拳で眼前の大気を殴りつけた。ゴッ! という鈍い轟音と共に大気が弾け光の爆発となって前衛を薙ぎ払う!
「まるで砲弾の着弾だな」
その腹の奥に響く大気の振動に力生が静かに言い捨てた。そして、サリィがバイオレンスギターを手に叫ぶ。
「ロックンロール!」
そのダウンピッキングからアップピッキングへと急激に跳ね上がるリバイブメロディと共に灼滅者達がアンブレイカブルへと挑みかかっていった。
●
剣戟が道場内に鳴り響く。
「……私の剣で、守るって決めたの!」
その剣戟の中心で、瑠璃羽はその黒龍の刻まれた刃を振るっていた。それをアンブレイカブルは素手で火花を散らし弾いていく。
(「刃の腹を……ッ」)
突き出した左腕による払いが上下左右に切り分ける斬撃に対応しているのだ。瑠璃羽はその攻防の一瞬の間隙に緋色のオーラをまとった黒龍雷刃剣を薙ぎ払った。
アンブレイカブルが後方と跳ぶ。腹を捉えるが、切っ先のみだ。そこへ影の銃床を右肩に当て狙いを付けるように構えた鋭二郎が言い捨てた。
「穿て」
撃ち出された一条の電光をアンブレイカブルは受けてその動きを止める。その右腕を鋼糸が巻きついていく――オリヴィアだ。
「――踊りでも一つどうだい?」
クルリ、とオリヴィアは横回転、指の間で遊ばせた鋼糸がアンブレイカブルのその右腕を引っ張り――体勢を崩した先に希子の姿があった。
「いらっしゃーい」
ガチャリ、と胸元に突きつけたガトリングガンの引き金を希子はすかさず引く。ガガガガガガガガガガガガガガガガッ! と零距離のガトリング連射がアンブレイカブルの胴を容赦なく襲った。
「……カハッ」
銃弾を受けたアンブレイカブルが、短い呼気と共に笑った。その笑みの意味を希子は誰よりも知っていた――何故なら、自分も同じ笑みを浮かべていたからだ。
「カカッ! 楽しいなぁ、おい!」
アンブレイカブルが裏拳で空を打つ。その衝撃は光刃となり、力生の服ごと大きく切り裂いた。ただの一撃でたやすく追い込まれる――力生は思わずのけぞった。
「大丈夫か?」
サリィが癒しと守りの歌が書かれた歌詞カードを投げ放ち、防護符でその傷を回復する。力生はそれにうなずきを一つ返し、ボロボロになった服の残りを、邪魔だとばかりに自らで引き裂き、その布を投げ捨てた。その鍛え抜かれた上半身を惜しげもなくさらし、力生がガトリングガンを構える。
「俺ならば、問題は無い」
それは仲間を信じているからこその言葉だった。それにアンブレイカブルが小さく笑う――その顎が、突然跳ね上がった。
「その攻撃待ってたんですよー。ありがとーございます」
それは攻撃の間隙を見抜き懐へ潜り込んだ白の抗雷撃だ。雷の宿るその鋭い拳打の突き上げにアンブレイカブルが上を向かされたところへ心太が跳び込んだ。
「――ッオ、オオオ!!」
振りかぶった拳を渾身の力を込めて振り下ろす。その拳と腕は異形と化し、巨大な拳となるとアンブレイカブルへと繰り出された。
その心太の鬼神変に、アンブレイカブルは顎を打ち抜かれた勢いそのままに大きくのけぞる。そして、その拳を二本の足で挟み込むとバク転の動きで心太を投げ飛ばした。
地獄投げによる相殺――その事に心太は床に叩きつけられる寸前に気付き、体勢を立て直す事に成功した。空中で体を捻り、両手両足で着地すると転がりながら間合いをあける。
「っととっ!」
アンブレイカブルがステップを踏む。そのリズムに希子は気づいた。淫魔が道場を出る時の鼻歌と同じリズムだ。
「ダンスも格闘もリズムが命ってな」
笑うアンブレイカブルから一瞬だけ視線を外し、サリィは背後を確認した。淫魔の姿は無い――その事にサリィは安堵の吐息をこぼす。
目の前のアンブレイカブルは強い。それにあの淫魔が加わってしまえば、このギリギリの均衡もあっさりと崩れるだろう。何よりも、個人的には一連の事件は、淫魔が他のダークネスと仲良くしようとしてるのではなく、わざと自分達を利用して灼滅させようとしてるように思えてならなかったが――これ以上ない好機を前にして、その気配は感じられなかった。
(「もしかして淫魔にたぶらかされて弱くなりました? ……とは、言えませんね」)
言ってやろうとは思っていたが、この戦いを見せられたは言う余地がない――そう白は苦笑した。そして、瑠璃羽の表情から笑みが消え、希子は逆に笑みが深くなっていく。
負けられない、そう瑠璃羽はアンブレイカブルの予想以上の強さに決意を固める。そして、希子は初めて知る宿敵の強さにその心を躍らせた。
「悔しい、でも……楽しいっ」
負った傷の痛みも闘志へと変わる――希子が真っ直ぐに駆け込んだ。
「いっくよー」
ヒュオッ! と希子のオーラの集中した拳が繰り出される。一撃、二撃、三撃とアンブレイカブルの防御がその拳を受け止めていく――だが、アンブレイカブルが小さく目を見張った。
「――っだと!?」
「そういえば、橘ちゃんと一緒の依頼は初めてでしたね」
心太だ。同時に動き繰り出した抗雷撃がアンブレイカブルの顎を打ち抜いたその直後、希子の閃光百裂拳がアンブレイカブルの上半身を左右から殴打していった。
「――ガッアアアアアアアアアアアアアア!」
それでもアンブレイカブルは前へ出る。その砲弾のような拳が心太の顔面へと振り下ろした。
顔面を粉砕した――そう錯覚するほどの一撃だった。そう、錯覚だ――心太は爪先で取っていたリズムに合わせ、その鋼鉄拳を真横へとかわした。
アンブレイカブルが今度こそ目を見張る。その動きに覚えがあったからだ。
「良い歩法でしたので、つい」
「今だ!」
サリィが無数の歌詞カードを繰り出し同時に軌道、五星結界符の攻性防壁がアンブレイカブルを押さえ込む。好機だ、そのサリィの言葉を受けて力生がメギドを構え、言い放った。
「淫欲におぼれたソドムを、神は硫黄の火で滅ぼした。おまえもそうなるさだめだ」
ガガガガガガガガ! とブレイジングバーストの銃弾がアンブレイカブルに着弾していき、その爆炎を開放していく。その炎に包まれていくアンブレイカブルへ白が龍砕斧を大上段から振り下ろした。
ザン! とアンブレイカブルは大きく切り裂かれ、その膝が大きく揺れる。白は床を蹴り、龍砕斧を振り上げた勢いを利用して大きく後方へと跳んだ。
「――ここ!」
そして、入れ替わるように突っ込んだ瑠璃羽が黒龍雷刃剣を緋色のオーラに包み、繰り出した。黒龍がその牙を突き立てるように、黒龍雷刃剣の刺突がアンブレイカブルの脇腹に突き刺さる!
「貫け」
そこへ銃剣の引き金を引き、鋭二郎は影の刃を撃ち込んだ。貫かれたままのアンブレイカブルがその影の刃を拳の一撃で迎撃、相殺した。
だが、鋭二郎は無表情のまま告げる。
「……これは目眩まし」
「――ッ!?」
アンブレイカブルが振り返ろうとする。瑠璃羽が黒龍雷刃剣を振り払うのと同時、舞うようにオリヴィアがその腕を振るった。
ヒュオン! と鋼糸が宙を舞い、鋭い刃となりアンブレイカブルを切り刻む――オリヴィアはタン、とステップを刻みアンブレイカブルに背を向けて囁いた。
「Buenas noches」
安らかな、良い夜を――その言葉が、アンブイレイカブルの聞いた最後の言葉となった……。
●
「……教えてくれてもよかったのにー」
拗ねた様子で希子が唸ると、仲間達の間から笑みがこぼれた。
「筋を通した、か」
サリィはそう小さく呟く。どうやら、淫魔達にとって本当にダークネス達には邪魔をしないで欲しい程度の理由がなかったらしい。
「……めぼしいものもないな」
淡々と家捜しを終えて鋭二郎が肩をすくめる。CDも何も、まず聞くための機材がここにはない――それでも、あの淫魔が来るのを楽しみにしていたのだろう、何冊かダンスに関する本だけが無造作に置いてあっただけだ。
瑠璃羽もため息交じりに呟く。
「それでも……アンブレイカブルを倒せた、それだけでも意味はあったよね」
もしも淫魔にあのアンブレイカブルが加勢していたら……そう考えれば、これは大きな一歩だ。
その小さいながらも確かな戦果を手に、灼滅者達は電気を消して道場を後にした……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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