少年達の見る悪夢

    作者:緋月シン

    「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はその場に集まった皆の顔を眺めた後、そう言って頭を下げた。それから今回の事件の概要を説明していく。
     最近小年少女が眠り続ける事件が発生しており、それにシャドウが関わっているらしいのである。
    「あれ、それって……?」
     それに反応したのは月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)だ。
     姫子も千尋に視線を向けると、頷く。
    「はい、千尋さんから依頼されたものですね」
     それが事実だという確認が取れたということである。
    「今回皆さんには眠り続ける少年の一人のところへと向かって欲しいのです」
     少年の名前は葛葉・悟(くずは・さとる)。小学五年生の、大人しい雰囲気の少年だ。
     悟は少しばかり学校で嫌なことがあり、それが原因となって悪夢に囚われることとなってしまったようである。
    「悟君は自分の部屋に居ますが、昼間には一時的に家の人が居なくなるのでその時間帯に向かえば大丈夫でしょう」
     それからソウルアクセスを使用し、悟の夢の中へと侵入する。
     しかしそこから先が少し厄介らしい。
    「本来シャドウの悪夢には夢を見ている本人とシャドウの姿があるはずなのですが……何故か悟君もシャドウもその姿を見かけることが出来ません」
     代わりにソウルボードを支配しているのは、悟の悪夢から創られたシャドウの配下だ。
     何故悪夢がソウルボードを支配しているのかは分からないが、おそらくは今回の事件の原因に深く関わっていると思われる。
     が、とりあえずやることはいつもと同じだ。
    「シャドウの配下は侵入者を見つけたら攻撃してきますので、撃退してください」
     ソウルボードの中は学校になっている。侵入するとまず校庭に出るが、そのまま待っていれば配下達の方からやってくるので特に探す必要は無い。
     校庭は戦うには十分な広さがあるし、逆に校舎の中に入ってしまうと場所によっては戦い辛くなってしまうので注意が必要だ。
    「配下達を無事に撃退できたら悟君を探し出してください」
     おそらく悟は学校の中の何処か、それも今回悪夢に囚われる原因となった場所に居る可能性が高い。
     そして悟を探し出す事ができれば、眠りから目覚めさせることはできるはずである。
    「現れる悪夢の産物は、悟君と同じ年頃の少年少女です」
     勿論あくまでその姿をしているに過ぎない。その理由は悟が悪夢に囚われることになった原因が関係しているのだが。
    「何でも、帰りの会で先生のことをお母さんと呼んでしまったらしいんです」
     その瞬間、お、おう、それは……みたいな何とも言えない雰囲気が灼滅者達の間に漂った。というかそれで悪夢に囚われるっていうのはどうなのかとも思うが、囚われてしまったのだから仕方がない。
    「実際のところクラスメイト達は、それに関しては特に何とも思っていないようなのですが……」
     精々が多少ネタになる程度だ。しかしちょうど学校が終わる時間だったために、悟は即座に帰宅してしまった。
     そしてそのまま悪夢に囚われてしまったので、そのことを知らないのである。
     ともあれ、少年達の姿をした配下の数は全部で八体居る。全員使用してくる攻撃は同じで、使用してくるサイキックはトラウナックル及び影喰らい相当のものだ。
     灼滅者に比べれば弱いので、おそらくそれほど苦労せずに倒すことが出来るだろう。
     当然油断は禁物であるが。
    「尚、囚われてしまった理由が理由ですので、おそらく悟君への説得は容易だと思います」
     余程のことがなければ、あまり言葉を重ねずとも連れ帰ることが出来るだろう。

    「悟君のソウルボードにシャドウの姿はありませんが、眠り続けている少年少女が他にもいる事から、事件の影にいるシャドウはかなりの大物である可能性もあります」
     ソウルボード内にあまり長居するのは得策では無いかもしれないが、可能な範囲で情報を集めて来てもらえると助かるかもしれない。
    「それでは、よろしくお願いします」
     そう言って、姫子は頭を下げたのだった。


    参加者
    寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)
    白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    金井・修李(無差別改造魔・d03041)
    ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)
    無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401)

    ■リプレイ

    ●降り立った世界
    「ここが夢の世界『ソウルボート』」
     その場に降り立つなり、周囲を眺めつつ白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)は呟いた。
     そこは事前に聞いていた通り、学校の校庭だった。少し遠くには校舎も見えるが、特に違和感などは覚えない。
     以前より知人から話に聞いてはいたが、実際に入るのはこれが初めてだ。特に今回は何が起こるか分からない以上、一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。気を付けながら、観察を続けていった。
     睡蓮と同様に周辺を探っていたのは、無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401)だ。こちらもソウルボートへ来るのは初めてのはずだが、その口元には僅かな笑みすら浮かんでいる。
    (「エクスブレインですら予測し切れない夢の中。ここに何があるのか、興味深くてゾクゾクするね」)
     そんなことを考えつつも、その眼差しは真剣だ。普段の全裸だったり女装したりする姿からは想像も出来ないが、拓馬だってやる時はやる男なのである。
     多分。
    「……何か、嫌な空気だね」
     呟きながらも金井・修李(無差別改造魔・d03041)の脳裏を過ぎるのは、エクスブレインより言われた、このソウルボート内でシャドウの姿を見かけないという言葉である。
     だが本当にそんなことが有り得るのだろうか。エクスブレインを信頼していないわけではないものの、疑問に思ってしまうのは仕方のないことだろう。
    (「シャドウは、何かの方法でボク達を常に見ているはず……」)
     そう考え、警戒を怠らないよう気を引き締めた。
    「事件の原因は些細なものですが、事態はそう楽観的にはなれないもののようですね……」
     言いつつ寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)の視線は、自然と今回の依頼の発端となる事件を見事探り当てた月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)へと向かう。修李にとって千尋は、同じクラブの仲間というだけではなく尊敬する人物の一人でもある。
    (「折角月詠さんとご一緒できたのですし、解決の為に尽力しましょう」)
     思いつつ、少しだけ身体に力をこめた。
     そして当の千尋はというと、今回の事件そのもののことを考えていた。正確に言えば、その原因だ。
    「『お母さん』……か」
     先生をそう呼んでしまったのが原因で、今回の少年は悪夢に囚われることになってしまったという。
     だがそれは特別なことではない。ただのよくある、笑い話になるかすら分からない、その程度のことだ。
     別に悪夢に囚われる必要などはない。
     だって言い換えれば。
    「それはキミがそれだけ……」
     ふと、視線が合った。今回わざわざ駆けつけてくれた、親友のライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)である。
     その顔には何の表情も浮かんでいない。いつも通りの無表情に、しかしだからこそ千尋は心強さを感じた。
     今回は不確定要素も多い。不安は勿論ある。けれど、やるしかない。
     ――待ってろ少年。
     千尋は胸の中だけで、語りかけるように呟いた。

    ●不気味な影
     校庭へと向かう影を捉えた、その瞬間だ。誰かが何かを言う前に、拓馬と睡蓮はスレイヤーカードを掲げていた。
    「スカーレットフォーム、セタップ」
    「火葬(インシナレート)開始」
     告げたものは、それを解放するための言葉。流れるような動作で、殲術道具をその身へと纏う。
     それは残りの六人も同様だ。淀み一つ無い、慣れた動きである。
     新たに八つの影が校庭に現れた時には、既に全員が戦闘態勢を整え終えていた。
     現れた者達は一見普通の少年少女に見えたが、そうでないことなど分かりきっていることだ。
     故に、余計な言葉を交わすつもりはない。
    「葛葉君を助け出す為に、配下にはご退場いただかなくてはね」
     言葉と共に嘉月は足を踏み出した。
     敵へと向かう動きはダンスのそれだ。足さばきと上体の動きを上手く使い分け攻撃を避ける様子は、まるで敵が踊らされているようですらある。
     その周囲を同じく回るのは、四つ星。その光輪の数は、四。即ち、敵の前衛と同じ数だ。
     すれ違いざまにぶちかました。
     態勢を整えつつ下がる嘉月に合わせ、ライラが前に出る。その手には蒼色をしたバトルオーラ。
    「……最大火力で、一気にいく、よ」
     後に何が待っているのか分からない以上、ここで手こずるわけにはいかない。狙うのは、最も手前の敵。
     腰の位置に放たれた一撃を一歩横にずれることでかわし、離れた一歩分を踏み込みに利用する。
     胴体へと拳を打ち込むのと同時、ついでに流し込むのは魔力だ。直後に体内で爆発させると、上半身ごと吹き飛んだ。
     その結果はさすがに予想外で、ライラは目を瞬かせる。残った下半身へと視線を向ければ、しかしそこには予想通りのものはなかった。
     外見だけを取り繕うのが精一杯なのか、或いは単にその以上の必要性を感じていないだけか。断面には黒い液体なのか何なのか分からないものが蠢いているだけだった。
     だが一体を倒したとはいえ、敵はまだ残っている。一瞬とはいえ敵から視線を外したことを、しかしライラは特に気にしていなかった。
     その証拠を示すように、上空から降ってきたのは影。降り注ぐのは鋼の糸、暗器・緋の五線譜。千尋により操られたそれがライラへと近づいていた敵の一体に絡みつき、その動きを封じた。
     その横を抜けたのは、特撮ヒーロー的な赤い戦闘スーツを着た拓馬だ。特撮モノと魔法使い風の装飾を加えられた大型のナイフに山吹色のシールド、ソーサリーソードとソーサリーシールドを手にしながら思うのは、今追い抜いた二人の後輩のことである。
     戦場に出たら『死ぬも生きるも自業自得』が基本思考の拓馬であるが、知り合いを優先的に守る対象として考えるのは自然なことだろう。
     そしてこういう言葉がある。攻撃は最大の防御。
     高速で死角より放たれた斬撃が、敵を真っ二つに切り裂いた。
     配下の行動や仕草から何か情報が得られないか探ってみていた睡蓮であるが、どうも芳しくなさそうである。
     少年少女の姿をした敵は動き攻撃を繰り出すものの、その顔に笑みを張り付かせているだけで何らかの言葉を喋ろうとすらしない。
     先ほど仲間を失った時も同様だ。気にする素振りどころか反応すらしなかった。これではシャドウに関して質問をしたところで、おそらくは無駄に終わるだろう。
     落胆の溜息を吐きそうになったものの、今はまだ戦闘中である。手がかりが掴めそうにない事はすっぱりと諦め、思考を切り替えた。
     後に大物が待っている可能性があるため、余力を残して戦う必要がある。とりあえず戦闘をとっとと終わらせるために、向かってくる敵の攻撃をいなしつつ、雷を宿した拳を叩き込んだ。
     犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は周りの味方にバットステータスへの耐性を与え終えたことを確認すると、周囲を見渡し一先ず敵全体の様子を眺めることにした。
     少年の姿をした敵への攻撃を集中したためにそちらはそろそろ落ちそうであるが、まだ少女側はほぼ無傷である。そちらの効果等も厄介であるものの、ここはやはり弱っている前衛から確実に落としておくべきか。
     そう結論付けた沙夜は目標を定めると、それへと向けて高速で鋼糸を繰り出した。
     沙夜と同様に敵の様子を眺め、しかし別の場所へと視線を向けたのは修李だ。その手に自らが造り上げたガトリングガンを持ち、ガシャンとポンプを引く。
     銃口が向くのは、当然視線と同じ方向。そしてそこに居るのは、少女達の姿をした悪夢。
    「相変わらず趣味悪い事してるね!」
     言いつつ、その弾丸を撃ち放った。
     その横で、同じように少女達へと攻撃を加えるのは明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)だ。いつものとろんとした目は、ほんの少しだけキリッとしている。
     片手を真上に上げてから振り下ろす動作によって降臨するは、輝ける十字架。そこより放たれる無数の光線に貫かれながら、それでも少女達は顔に笑みを浮かべたまま崩れない。
     それには不気味さしか感じられないが、考えてみれば元よりこれは悪夢だ。それも当たり前なのかもしれない。
     時折与えられる攻撃やトラウマに、その程度で竦んでたまるかと堪えつつ、止水は攻撃を続けていった。
     エクスブレインより聞かされていた通り、確かに敵は灼滅者達に比べれば弱いようであった。
     睡蓮と沙夜、拓馬に攻撃が集中するのを利用し、嘉月が傷を癒し他の仲間が攻撃を加えていく。そうしている間に敵は一体また一体と倒れていき、やがて止水の放った鋼糸が最後の敵の首を切り落とした。
     これで敵を倒し終わったことになるわけだが、むしろこれからが本番である。
     睡蓮と同様に配下の言動や行動から悪夢の異変に関わる情報を得られないか観察していた嘉月であるが、やはりというべきか特に目ぼしそうなものを見つけることは出来なかった。
     結局のところ、この悪夢に囚われているはずの本人に聞くか、自分達の目で直接確かめてみるしかないのだろう。
     八人は視線を交し合うと頷き、校舎へ向けて歩き出した。

    ●発見、そして――
     悟は一体何処に居るのか。軽く話し合った結果、一先ず教室へと向かってみることにした。
     不気味なまでに静まり返った廊下を、八つの足音だけが響く。相変わらずシャドウの姿は影も形もないが、油断などはするはずもない。
     半分の四人が周囲を警戒し、残りの四人が何か手がかりとなるものがないかを探しながら歩いていく。
     拓馬は警戒側だ。いつでも戦闘体勢に移行し味方を守れるようにと、探索よりもシャドウの登場に注意を払いながら先へと進む。
     ライラも警戒側として、強襲されても即座に対策ができるように周囲に気を張っていた。任務達成を最優先とし、多少の犠牲はやむを得ないと思っているライラではあるものの、それはあくまでも最善をつくした後での話だ。犠牲がないのならば、当然それに越したことはない。
     修李も警戒側で索敵に集中しつつ周辺を眺める。もしかしたら他のソウルボードに繋がる扉とかあるかも、などと考えていたが、怪しい扉などは欠片も見当たらない。
     最初からあっても近寄るつもりはなかったが、こうも普通のものばかりでは少々拍子抜けである。
     嘉月は探索側として周囲に気を配り、おかしな気配や状況、物音がないか注意していたが、何かが見つかりそうな雰囲気すらなかった。何処からどう見ても、普通の学校の廊下にしか見えない。
     学校に似つかわしくないモノがあれば触れて調べて持って帰るか、無理であれば写真かイラストを描いて情報を持ち帰ろうと思っていた止水も、怪しいものが見つからなければどうすることも出来ない。
     通り過ぎる教室の中を眺める睡蓮も、特におかしなものを発見することは出来ずにいた。あるのは椅子に机、普通に教室にあるものばかりだ。
     それは階段を上ってみても変わることはない。
     いつ相手が仕掛けて来ても良いように、集中は切らさないようにしている千尋も、逆に違和感を覚え始める。
     そう、おかしな状況だというのに、この校舎はあまりにも普通過ぎる。
     沙夜は警戒行動に徹しながらも、思う。
    (「何故シャドウの姿ばかりか、葛葉少年の姿も見えないのか……奇妙です」)
     犠牲者のソウルボードに居座りねちっこくやるのが奴らの手法だ。しかし今回は特に悟を追い込んでる様には見えない。只ソウルボードに閉じ込めているだけにも思えるほどだ。
     或いは、そう見えないだけなのか。
     沙夜はその思考を外に出すことなく、ただ己の内のみで思考を重ねていく。
    (「実際は学校自体がシャドウとも、他のソウルボードと繋がっているとも言い切れません」)
     そもそも、シャドウが見えない理由と、このソウルボードに居なくてもいい状況にあるかどうかは、果たして繋がりがあるのか。
     しかし何はともあれ。
    (「彼の救出を最優先です」)
     だがそんな各々の行動や思考にも関わらず、悟は割とあっさり見つかった。
     机の下やロッカーなど隠れやすそうなところを重点的に探そうと思っていたライラなどは、普通に教室の窓際で椅子に座っている少年の姿を見ると同時に一瞬その動きを止めたほどだ。
     若干釈然としない思いはあるものの、しかし楽に見つかったのならばそれに越したことはない。なるべく驚かせないように、敢えて音を立てて教室の扉を開いた。
     突然の音に反応し、少年が振り返る。少年の顔に浮かんでいる表情は、驚きというよりは何が起こっているのか分かっていないようなきょとんとしたものに近い。
     顔が分からないため確定させることは出来ないものの、状況から考えれば少年が悟であることは間違いないだろう。
     色々と分からないこと、不可解なことはあるものの、まずは後回しだ。後のことを考えることも重要だが、その前に悟を外へと連れ出す必要がある。
     とりあえず発見出来たことにほっとしつつ、八人は悟を説得するために教室の中へと入っていったのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 11
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