La porta

    作者:麻人

    「あの男を殺して!! 私を捨てたあの男、幸せになんて絶対させないんだからっ!!」
     夜の街に女の悲鳴が響き渡った。
     人知れぬ裏路地の奥、都会が光輝けば輝くほど闇を深める暗部の果てにその『扉』はあった。
     高さ五メートルはあろうかという巨大な扉だ。鉄製の重々しい二枚戸は隙間なく閉められており、厳重な鎖と錠前によって封印されている。
     扉の前にはひとりの若い男の姿があった。少年、といった方が近いかもしれない。黒い衣に身を包んだ門番だ。人々は欲しているのかもしれない。憎しみを昇華する方法を――嫌な奴に死んで欲しいという、あさましい欲求を胸に抱いて。

     北の街に流れる噂話。
     普段は人の立ち入ることのない裏路地の突き当たりに巨大な『扉』がたっている。そこへ殺したい相手を連れていくと、『扉』が開くのだという。あとは誰も見ていない。開いた『扉』のその先へ、とん、と相手の背中を押すだけで全ては終わる。

    「急いで現場へ向かって! この女性、名前をアサヒっていうんだけど……交際していた男性から別れ話を持ち出されて我を忘れてるんだ。都市伝説によって生み出された『扉』を使って、相手を殺してしまうつもりだよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の説明によれば、アサヒは「来てくれないと死んでやる」と脅して『扉』のある場所まで男を呼びつけたところらしい。今すぐに現場へ向かえば男が来る前に『扉』を倒すことも可能だろう。アサヒは既に『扉』の前で男を待っている。戦闘に巻き込まないためには、何とかしてこの場から引き離さなければならない。
    「このふたり、どうやら不倫関係だったみたいなんだよね……うう、大人の重い話は苦手かも……でも、だからって放っておくわけにはいかないよね。皆、お願いできるかな?」

     暴走体の本体は巨大な扉の方だ。
     これは動かず、その場から攻撃を繰り出す。遠距離攻撃と回復を得意とするキャスター相当の能力と考えていいだろう。
     これに付随する門番もまた、扉の前に佇んで動かない。彼の役目は扉を守ることだ。よってディフェンダー相当の能力を持つと思われる。つまり、防御を得意とする。
     路地裏は狭く、横に三人が並べる程度で視界も良いとは言えない。時刻は夜だ。表通りの電灯は遠く、ほとんど闇に包まれている。

    「戦いの最中に来られても困るから、男性の方も何か足止めになるような工夫をしておいた方が安心かもね。『扉』と門番はこちらから攻撃を仕掛けない限り手を出してこないから、時間はかかっても大丈夫」
     頑張ってね、とまりんは力強い激励の言葉で説明を締めくくった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)
    皇・千李(静かなる復讐者・d09847)
    浅見・藤恵(薄暮の藤浪・d11308)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    ユリア・フェイル(白騎士・d12928)
    陰崎・千鶴(辟邪書人・d13873)
    陸芒・和司(高校生魔法使い・d14859)

    ■リプレイ

    ●袋小路の闇
    「ふふふ、いやね。子供のくせに女を口説きなれてるの?」
     夜の街を歩きながら女はそれでも満更ではなさそうに微笑んだ。彼女を連れて裏路地を抜け出した陸芒・和司(高校生魔法使い・d14859)は意味ありげに首を傾げてみせる。
     無論、ある過去によって『言葉』を軽々しく扱うことを忌避する和司がそのような行為に慣れているわけがない。全ては甘いフェロモンの作用によるものだ。
    (「救えねェ」)
     本当に救えないと思う。
     まるで昼ドラの世界だ、と和司は営業スマイルの下で考える――そんな女を口説く自分も充分救えはしまい、と。理解できないといった顔で自分達を見送っていた陰崎・千鶴(辟邪書人・d13873)の眼差しを思い出して、ため息をひとつ。
    (「邪魔なのでしっかりエスコート致しますよ、お姉さん」)
     口元に意味深げな笑みを浮かべつつ、彼はアサヒを扉の前から遠ざけることに成功した。フェロモンの効果でアサヒは和司に警戒心を抱いていない。
    「それにしても、さっきの女の子たちには呆気にとられちゃったわ。『血で汚れてしまった手では、自分の幸せさえ掴めないし、次に触れた幸せも赤黒く汚してしまいます』ですって?」
     アサヒは懸命に言葉を紡いだ少女を思い出しながら顔を歪めた。
    「理解できないくせに、あたしみたいな女の気持ちなんて分からないくせにそんな事言う資格があるわけ? もう一人の子だってそうよ。いかにも真面目そうで、男となんて付き合ったことないって顔して
    『大切な貴女自身も捨てるなんて私は許せません』なんて……ばっかみたい」
     でも、と女はどこか遠くを見つめるような顔で続ける。
     悔恨でも怒りでもない。それはただ、情熱という感情が燃え尽きた後の諦めだった。そこの病院で待っていて、と放り出されたアサヒはぼんやりとつぶやいた。
    「私にも、ああやって夢を見ていられた時代があったのだわ……――」

     そうやってアサヒが扉の前から連れ出された後で、皇・千李(静かなる復讐者・d09847)はきょろきょろと落着きなくやって来た男を路地裏の前で引き止めた。微妙な調整は難しそうだったので越坂・夏海(残炎・d12717)の殺界形成は完全に人払いが終えてから展開される。
    「なんだって?」
     千李の話を聞いた男――それなりに地位のありそうな、四十前後の男だった――は、怪訝そうな顔で聞き返した。
    「アサヒが自殺を図って病院に運ばれたって本当なのか」
    「ああ。知り合いなら病院に行ったほうがいい」
     男からすれば随分年少の、まだ子供とも言える少年のぞんざいな口のきき方に彼は少々むっとしたようだったが、今はそれどころではないと思ったらしい。
    「…………」
     男は路地裏の奥に潜む闇にちら、と視線を向けた後でさっと踵を返した。
    「どうだった?」
     途中まで千李を迎えに出ていた夏海は首尾を聞いて即座に殺界を張り巡らせる。念のためユリア・フェイル(白騎士・d12928)が裏路地から首をのぞかせて辺りを確かめたが、女と男の姿はどこにもなかった。
     千李は相変わらず抑揚のない声で答える。
    「ちゃんと……病院に行くように言った……」
    「おつかれさまです。これで心置きなく戦うことができますね」
     レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)らと一緒に待機していた浅見・藤恵(薄暮の藤浪・d11308)はほっとしたように微笑んだが、ふと何か気になることでもあったのか口元に指先を当てて考え込んだ。
    「どうしたの?」
    「いえ、ちゃんと話し合いができているといいなと思っただけです」
     ユリア・フェイル(白騎士・d12928)の問いかけに首を振ったものの、藤恵は奇妙な不安を振り払うことができなかった。

    ●天国と地獄
     夏海の殺界形成によって『本日貸切』と相成った場所、路地裏の袋小路にて。扉は頑としてそびえたっていた。門番が無感動に鍵を錠前に差し込むと、ギ……ギギ……と重く鈍い音を立てて扉が開いてゆく。
     先にはただ闇。
     だが、誰も進み出ないのを門番は疑問に思ったらしい。
    「悪いけど、俺達それに用ないんだよね」
     夏海はにやっと強気に笑ってWOKシールドを構えた。千鶴は無言でぽっかりと開いた扉の先を見つめる。
    「惑わぬ心、織り成す虚実、見透かさん」
     呪文のような言葉とともに解放された日本刀がレイネの手元で鋭い輝きを発した。電灯の届かない闇の果てを三つのライトが照らし出す。続けて藤恵が唇を開いた。
    「『今の私にできることを』……こんな結末で終わるなんて悲しすぎますから……。灼滅、させていただきます!」
     門番が無言のまま鍵束を眼前に突き出した時が、戦いの始まり。
    「……何で、人死にを願う心の闇などあるのでしょうね」
     黄昏の剣閃と化して、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)は身軽にも大地を蹴った。一連の動きはまさに旋風、門番の脇に潜り込み、影業を鞭のようにしならせて黒衣を切り裂く。
     その肩越しに扉を狙うのはレイネのデッドブラスターとユリアのレーヴァテイン。闇より濃い漆黒の弾丸と熱情を宿す炎は門番を過ぎて開いたままの扉をそれぞれの毒と炎に捲いた。「狙い撃つ」というレイネの言葉通りそれは正確に着弾する。
    「…………」
     千李の指先がそっと、順番に耳元の青いピアスと銀のカフスに触れた。
     唇に浮かぶは苦笑――感傷を振り切って、朱塗りの鞘から刀を引き抜いた。
    「――!」
     裂傷と刀傷を負った門番は眉をひそめて態勢を立て直す。
     ユリアは体に結びつけた明かりを揺らしながら、炎を纏う日本刀を持った利き手とは逆の手のひらに冷えた空気を集中させた。
    「誰かを愛するって私にはまだよくわからないけど、キミたちが存在していちゃダメだってことは言える。この場で確実に破壊していくわ」
     宣告に応えるようにより一層大きく戸を開かせた扉の中から助けを求める亡者の腕が何本も何本も出現した。中衛にいるユリアの美しい金髪を引っ掴み、まだ幼さを残す藤恵の華奢な腕をがっしりと握りしめて地獄へ引きずりこもうと足掻く。
    「っ……!!」
     熱い、と藤恵は息を飲んだ。
     腐敗した亡者の腕はまるでそれ自体が煮えたぎったマグマのように灼熱を帯びている。
    「これくらいで……!」
     縛霊手が頭をもたげ、腕を振り切りながら門番の頭上に振り下ろされた。手ごたえはあるが、固い――! 
     門番は後ろからの攻撃など構うことなく鍵束の中から選び取った鍵を振るった。闇色の錠前が、巨大なその幻影が前衛である静香、レイネ、千李の眼前に現れる。
    「この……っ」
     血染めの散華に闇を纏わせ、躍りかかる静香の後方で和司はマジックミサイルを紡いだ。たまに導眠符を織り交ぜて敵の勢いを削がんとする。同時に清浄な風が戦場を駆け抜けた。
    「…………」
     千鶴は目を閉じて神経を集中させている。
    (「風よ」)
     彼らを援けてください、と。
     千李もまた何か深い思いを抱いているかのように静謐な眼差しを扉から逸らさない。頃合いと見て、すっと背筋を伸ばしたまま刀の鯉口をきった。
    「緋桜……行こうか……」
     桜の花びらを散らすが如くの一閃は、まさにその名が示す通り。
    「おー、きれー!」
     いまいち緊張感のない夏海は歓声をあげて彼らに続いた。後背に守る本尊からの援護を受ける門番に小細工の類は効きづらい。
     ならば、と夏海は徹底攻勢に出ることにした。
    「そっちも捕えるの得意みたいだけど、おれも負けてられないな!」
     門番のかける錠前はこちらの動きを阻害する。夏海は満面一笑、従えた影をたきつけて門番の鼻っ面に強烈な一撃を叩き込んだ。
     間断なく降り注ぐ攻撃群の前に門番がじり、じりと後退を始める。
     扉は攻撃と回復を切り替える際に大きな音を立てて開け閉めを繰り返すのだが、徐々にその間隔が短くなっていた。再びシャドウハンターの印を露わにしたレイネは大きく踏み込み、トドメの一撃を加える。
    「其の歪み、私が断ち切る」
     門番の体が割れて闇に溶けた――そして、本当の敵が牙を剥く。
     幾重にも拘束や炎の類を付与された扉の姿があまりにもまがまがしい。ユリアのために新しい符を与えながら和司は僅かに目を細めた。
    「わ、傷が……!? サポートいたしますね」
     ここが堪えどころと光の盾を拵えた藤恵は改めて、この凶悪な都市伝説を見据えた。赤き逆十字に引き裂かれた巨大な扉は時折、開閉に失敗して窮屈そうな音を立てる。それがまた、おどろおどろしい――……。
     なぜ、と静香は思った。
     紅蓮撃を見舞う動きに迷いはなく、けれど微かな煩悶が心を締め付ける。
    (「人の死を願う気持ちは……理解したく、ない」)
     好きな人にはどんなカタチでも幸せな結末を送って欲しいと、それ以外の気持ちなど分かりたくもない。
     面倒なことだ、とレイネもまた考えている。
     幾度目かのデッドブラスターを撃ち放ち、さめた瞳で敵を眺めた。歪な夢は早々に幕を下ろしてしまわねばならない。
     ユリアは槍を地面に突き刺して、影を躍らせる。
    「これ以上好きになんかさせないよ」
     扉に絡みついた影がぎり、と強くそれを締め付けた。
     終わりが近い。
     さらに違う影が襲いかかった――千鶴の影業だ。
    「さーて、ラストスパートいかせてもらうぞ!」
     攻撃の勢いは削がれない。
     夏海の影縛りが後方から到達して、これで三重。
    「まだだ」
     低い呟きは、四番目の影を操る主。
     千李の影が扉に襲いかかり、決して逃れ得ぬ拘束が完成された後に紅蓮の一太刀が全てを終わらせた。
    「――緋斬崩闇。扉を形作る暗がりの願いを、此処に果てさせす」
     背後で崩れ落ちる扉に一瞥をくれた後、静香は手慣れた仕草で日本刀を鞘にしまった。
     
    ●AFTER
     裏路地から出ると夜の街が彼らを出迎えた。何も知らない街は素知らぬ顔で光に満ちている。藤恵は無意識のうちに辺りを見回しながらつぶやいた。
    「あの二人は、大丈夫でしょうか……?」
     千鶴は無言のままだ。
     彼女の心中を代弁するかのように夏海が言った。
    「自分を裏切った男のために人殺しの罪を犯すなんて、もったいないよなー。捨てた男を見返すくらい幸せになっちゃえばいいのに!」
     ああ、と千李が頷いた時、彼は大通りの向こうで何やら騒動が起こっていることに気付いた。男が倒れているぞ、と誰かが叫んでいる。
    「喧嘩か?」
     もの憂げに和司は髪をかきあげた。
     よくよく、今日は事件の多い日である。藤恵はしばらくそちらの方向を見つめていたが、やがて思い切ったように駈け出した。
    「女が男を殴ったんだってよ」
    「石でか? そりゃひでえ」
    「痴情のもつれかね。おそろしいわ……」
     目撃した人々のささやきがあちらこちらから聞こえる。
     どうやら、女が男を襲ったらしい。嫌な予感――否、真っ当な根拠のある仮説が灼滅者たちの脳裏をよぎった。この場所の先には病院がある。そちらの方向へ向かった男女を彼らは知っている。知ってはいるが――……。
    「……お前が幸せになって、見返してやれ……」
     雑踏のなかに立ちすくみながら千李はいつの間にかつぶやいていた。彼女に伝えたくて、けれど『彼女』を思い出してしまうのが嫌で伝えられなかった言葉。
     ――お前を捨てた男に見る目がないだけだ……。
     言えていたら何か変わっただろうか。
     変わっただろうか……?
    「人を好きになるって難しいことなんだね」
     ぽつりとこぼれたユリアの言葉がさびしく夜の街に響いた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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