オサカベギツネは殺さない!

    作者:零夢

    「ひひひ。ひひひひっ!」
     人気のない夜道に少女の笑い声が響く。
     小さな行灯を片手に、ぼんやりと浮かび上がるその姿はどこか異形めいて――というか、ただ単に異様だった。
     重々しく引きずられる女房装束。
     頭の上には白い獣の耳がぴんと立ち、背後では白い尻尾がふさふさと揺れている。
     時代錯誤どころではない。存在そのものに錯誤を犯したヤツがそこにいた。
     なもので、偶然通りがかってしまった人などは全力で視線をそらしつつ、安全に通り過ぎることを切に切に祈るのだが、そうはいかないのが人の世の常。
     不幸も災難も、逃げる者を追いかける。
     それこそ全力で。
    「ひひひひひ!」
     時に笑い声付きで。
     そうして彼女は男を捕えると、ニタリと笑んで彼を見据えた。
     それは、獲物を狩る獣の瞳。
    「なぁなぁアンタ。アタシのことを知ってるか?」
    「ヒッ!?」
     彼女の問いに、男は短く悲鳴を上げ、首を横に振る。
    「そうか……じゃあ、知りたいか?」
     彼女の問いに、男は首を横に振り掛け――、
    「知・り・た・い・か?」
     慌てて縦に振りなおした。
     恐喝だった。
     それでも、彼女はその答えに満足したらしく、一人頷き満面の笑みを浮かべる。
     そうかそうか、そんなに知りたいかと。
    「ならば教えてやろう――覚えておけよ? 姫路城の、『オサカベギツネ』の名をな!!」
     名乗りと同時に、彼女の足元から四匹の狐が頭をもたげる。
     あとは一瞬の出来事。
     男は頭から呑まれ、少女の声がこだまする。
    「ひひひひひ! 全世界よ、アタシに平伏せ!!」

    「で、その男は翌朝、散歩中の女性に発見され、事なきを得たそうだ」
     可哀想にな、と帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)が事件をまとめた。
     もっとも、事なきといっても命に別状がないというだけで、その夜の出来事が彼にトラウマを与えてしまったのは、ある種の実害ではあろうが。
    「まぁ、可哀想といえば、加害者である少女の方も可哀そうではあるな。いろいろな意味で」
     言って、夜鶴は小さく笑い、説明を続ける。
    「彼女の名前は燎・イナリ。古典を愛するあまり闇に堕ちた、哀れな少女だ」

    「ところで、於佐賀部狐はご存じだろうか」
     それは姫路城の天守閣に棲む怪異。女房装束、いわゆる十二単に身を包み、八百八匹の眷属狐を連れているとか、老婆だとか美女だとか、様々な説があるが、神格化もされている伝説の狐である。
    「で、その伝承の中心地、兵庫県姫路市に住む古典好き少女――それが彼女だったのだが、今現在、彼女の強すぎる愛は全力で空回っている」
     つまり。
     古典好きが地元の伝説に惚れ込むあまり、宣伝活動に力が入り、論理が飛んで世界征服の野望に達したのである。
     於佐賀部狐の名を知らしめ、世界をキツネ色に染める計画らしい。
     一応彼女、白狐なのだが。
     閑話休題。
    「空回っているとはいえ、闇に堕ち、ダークネスになりかけの彼女の力は侮れないからな。ダークネス級の迷惑行為に終止符を打つのも灼滅者の役目、そうだろう?」
     夜鶴は灼滅者たちを見回す。
     そうなのだ。きっと。
    「イナリは今、姫路市から少し離れた人気のない道で布教活動に勤しんでいる。多くの人に広めたいものの、雰囲気を求めるあまりの矛盾だな。だからそこへ赴き、適度に隙を見せれば向こうから意気揚々と襲いかかってきてくれるはずだ」
     そうしてそこを、迎え撃て。
    「彼女が使用するのは影業とご当地ヒーローに相当するサイキック。当然ながら、きみ達よりも威力は上だ」
     だが、攻略法は存在する。
    「どうやら彼女、古典の話を振ると大いにはしゃぐそうだ。逆に狐の悪口は逆鱗らしいな。その辺をうまく使い分け、隙を狙ってみてくれ」
     古典といっても範囲は広いが、彼女の守備範囲もそれなりに広いらしい。
     もっとも、彼女が知らなくとも、逆に彼女を惚れさせる勢いで愛を語ることができれば、その心を揺さぶることができる。つまりは、隙ができるということだ。
    「最後になるが、於佐賀部狐には一つだけ譲らぬ理念があってな。彼女もそれだけは頑なに守っているんだ」
     それが何かといわれれば。
    「人を、殺さないこと」
     どんな悪事や怪異を起こそうと、それは於佐賀部狐が於佐賀部狐たる証。
    「だが、いくら殺さなくとも、布教のたびに次々と人を襲われては迷惑極まりないからな。よろしく決着をつけてきてくれ」
     夜鶴はそう灼滅者たちを見送った。


    参加者
    紅先・由良(夜闇に溶ける殺人者・d00556)
    池添・一馬(影と共に生まれし者・d00726)
    神虎・闇沙耶(闇虎熊王・d01766)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    シュネー・クリスタ(温もりの綿雪・d11788)
    祁答院・蓮司(高校生ダンピール・d12812)
    藤堂・紫苑(追憶の花・d14168)

    ■リプレイ

    ●於佐賀部狐の誘い方
    「すごい、本物のオサカベギツネさんです! 握手してください!」
     出会うなり感激の色を見せた結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)に、当の狐少女・イナリは照れ照れと頭を搔きながら、しかし右手はばっちり差し出した。
     如才無いとはちょいと違う。抜け目ないとはこの事か。
    「いやぁ、その名を知ってるとは……嬉しいじゃないか!!」
     イナリは握った手に力を込める。
     しかも静菜の隣には和服に狐面の紅先・由良(夜闇に溶ける殺人者・d00556)――なもので、お耳ぴこぴこ、尻尾ぱたぱた、そらもう上機嫌だった。
    「和装少女、可愛いわよねー。黒髪黒目なら尚更!」
    「そうそう、着物は十二単が最高! 平安浪漫ですよね♪」
     由良の言葉に、すかさず静菜も持ち上げる。
     なのにイナリときたら、「それがさぁ」なんて神妙な顔つきをして、
    「コレ重くてさー。そりゃ、これぞ於佐賀部狐なんだけど、狩衣もいいなぁとか思うわけよ!」
    「いや、今のままでも日本女性らしい良さがあると思うわよ?」
    「そうですよ、それじゃ男装じゃないですかー!」
    「だよなー!」
     きゃっきゃ。
     うふふ。
    「……なんだ、この空気」
     思わず祁答院・蓮司(高校生ダンピール・d12812)がツッコんだ。
     手には携帯、そこから響くのは何かがズレたガールズトーク。
     ブツン。
     通話終了。
     密かに囮組との集合合図を交わすための緊張状態が阿呆らしくなった瞬間だった。
     と、そこで、こちらに気づいたイナリが嬉々として寄って来る。
    「な、もしかしてアンタ達も於佐賀部狐を知ってたりする!?」
     期待に満ちたイナリが問えば、ライドキャリバー・瑠璃に乗った藤堂・紫苑(追憶の花・d14168)がふわりと笑って頷いた。
    「知ってるよ。私も古典が好きだから」
     そんな彼女の横ではシュネー・クリスタ(温もりの綿雪・d11788)も頷いている。といっても、つい最近知ったばかりなのだが、ここはアルプスのご当地ヒーローらしく、その方向で攻めるつもりだ。
    「ボクは欧州の古典が好きなんだ。戦争や当時の民衆とかが題材になってて面白いんだよ」
    「んー、イリアスとか?」
     ちらりと食いつきを見せるイナリに、シュネーは首を振る。
    「ボクの故郷はドイツだから、阿呆船とかファウストとかかな」
     聞くなり、イナリの瞳がきらっと光った。
     そしてシュネーの手をがしっと取り、びしっと語る。
    「ファウスト第一幕最後、突き刺さるような別離のシーンが大好きだ」
    「おおっ」
     じっと重なる二つの視線。
     おぬしやるな、的な。
     そちらこそ、的な。
     地元古典愛が手を取り合った。
    「……つっても、アタシは専ら日本古典なんだけどさ」
     さほど詳しくはないのだと苦笑すると、イナリは気になるあの子へ視線を送る。
    「ん?」
     気になるあの子は神虎・闇沙耶(闇虎熊王・d01766)――彼もまた着物に狐面なのだ、気にならずにはいられない。
    「……同じ狐同士、仲良くいたしませんか?」
     視線に気づいた闇沙耶がやんわりと声をかければ、イナリはぶんぶん首を縦に振った。
    「するするっ! 仲よく一緒に世界征服だなっ!」
     イナリの興奮とともに、不吉に蠢く背後の影。
     だが、琴葉・いろは(とかなくて・d11000)が静かにそれを遮った。
     いいえ、それはなりません、と。
    「あなたには妖に変わって欲しくないのです。同じ、古典を愛する者として」
     言えば、池添・一馬(影と共に生まれし者・d00726)も「ああ」と続けた。
    「イナリ、お前のその情熱は、よぉっく分かるぜ」
     彼は殊に力を込める。
     何せ最近、ご当地怪人として闇に堕ちたばかりだ。その闇も熱も、身に染みて理解できる。
    「でもな、ダメなものはダメなんだ」
     だから必ず、お前を救う――。
     そして、決意とともに幕が上がる。

    ●於佐賀部狐の躾け方
    「アタシはダメなんかじゃない!」
     叩きつけるようなイナリの叫び。それを合図に、四匹の影が目を覚ます。
     狐の影は牙を剥くが、みすみすやられることもない。
     先手必勝だ。
    「水の面にあや吹き乱る春風や池の氷を今日はとくらむ――」
     歌とともに放たれる静菜の風刃。
     その心は――『あなたの闇を、飛ばし溶かそう』。
     斬り裂く刃がイナリを襲い、一身に受けた彼女はニッと笑う。
    「ひひっ、そんじゃアタシは、『凍てゆるみ渡るすべなし薄ら氷(うすらひ)は深みの底へ人を呼ばはむ』!」
     生き生きと詠まれる即興の返し。
     楽しくて仕方ない――そんな表情を見せる彼女に、一馬が立ち合う。
    「いざ参る!」
     言葉と同時に飛び出した彼が纏うは黒き甲冑。
     突き出すは鮮やかなまでの朱で仕上げられた槍。
    「皆朱槍……その由来、知ってるか?」
    「ひひひひ。信頼と豪の証――どっかで相当な功を上げたらしい、な……ッ!」
     己が身を貫く槍に、イナリの言葉が掠れる。
     だが、彼女とて負けてはいない。
    「皆ども喰らえ!!」
     伸ばした腕で一馬を示せば、四匹の狐は地を奔り、巨大な口が彼を呑む。
     すかさず放たれるいろはの護符、そこに添えられた一首の和歌――ぴくりと反応したイナリの隙を彼女は見逃さない。
     隙があるなら、広げるまでだ。
    「於佐賀部狐が好きなら、天守物語はご存知?」
     ぴくぴくぴく――大いに揺れるイナリの耳。
     上々の反応だった。
     実はいろはもかなり楽しかったりする。
    「流石は日本の誇る白鷺城、舞台になるお話もたくさんございますね。何よりあの物語は、悪戯好きな妖達がとても魅力的で――」
    「きゃああぁぁっ!」
     いろはの言葉を遮って、イナリは奇声、もとい、歓声を上げた。
     語尾にハートを撒き散らさんばかりの勢いで迷わず彼女に突進する。
    「アレは何より、盲目だからこそ冴える恋しさと愛しさの場面がたまんな――あたっ!」
     べちんっ!
     目前に立てられた闇沙耶の斬艦刀に激突。
     盲目な愛で前が見えなかった。
    「アナタの愛情は解りましたが、そんなことでは、皆さんに好きになってもらえませんよ?」
     押し返すように繰り出される炎の斬撃、そこに紫苑の影も斬りかかる。
    「そうだよ、そもそも於佐賀部狐は刑部姫でもあるんだから、乱暴なことはよくないよっ!」
    「う。まぁ、生れは高貴だよな……!」
     もっともな理屈に一瞬どもるイナリ。
     於佐賀部狐の元とされる刑部姫、またの名を富姫。彼女は皇族の生れである。
     でも、彼女の両親凄まじいし。
     二人とも御霊――死後の祟りを恐れ、祀られた人々――だし。
     でもでもでも!
     ぐるぐる悩み、やがてイナリは結論に達する。
     でもじゃない、だからこそ!
    「大怨霊に、アタシはなる!!」
    「なんか違うよ!?」
     ツッコミの如く飛び掛るシュネーの光輪。
     正しく言おう、激しく違う。
     どこかを一周した躊躇いは、見事に着地で失敗した。
    「そんな風に脅かして宣伝すると、怖がられるぜ」
     古典に詳しくない蓮司でも、流石にその程度の予想はつく。
     それが一般常識――というか、一般感性だ。
    「逆に、誰かを助けて古典を広めれば――」
    「みんな平伏すかなっ!?」
    「いや違う」
     ぴしゃりと一蹴。
     何故そこに戻った。
     掻き鳴らしたギターで音波をぶつければ、キャリバーに跨った由良が続く。
    「オイタが過ぎるわよ? イナリちゃん」
     狐面の下で、密かに浮かぶのは好戦的な笑み。
     オイタが過ぎるとどうなるかって?
     そんなの、お姉さんのお仕置き一択だ。
    「大いなる殺戮の闇よ、我に力を!」
     容赦ない斬撃と突撃が哀れな狐に炸裂した。

    ●いとしいものの愛し方
    「いったぁ……あー、もうぼろぼろじゃんっ!」
     イナリはほつれた装束を払いながら、アタシもいっそ鎧にしようかなんてぶつくさ呟くが、そんなわけにもいくまい。
     ぱんっ、と一度、強く頬を叩くと気合の入れ直しだ。
    「これでこその於佐賀部狐……アタシたちは殺さない。でも、徹底的な仕返しもまた、アタシたちだ!」
     彼女は高らかに言い放ち、四匹の眷属を従え、闇を纏う。
     ぞくりと変わる空気――だが、怯むことなく闇沙耶が斬り込んだ。
    「好きなものは好きで結構。しかし、迷惑を振りまくのはいけませんね」
     握りしめた斬艦刀は足を薙ぎ、彼女の動きを封じ込める。
     今ならまだ、やり直せるから。
    「イナリさん。目を覚ましてください」
    「アタシは、ばっちり正気だぁーーっ!」
     闇沙耶の言葉を掻き消すように、叫んだ彼女は狐を操る。
     駆け出したそれらは一直線にシュネーを狙い、漆黒の爪がその身を裂く。
     だが、彼女が痛みに揺らぐことはない。どんなに鋭い傷口も、すぐに蓮司が光とともに癒してくれる。
    「ボクは日本の古典が読めるほど慣れてないけど、愛してるって気持ちは伝わって来るよ」
     そう、元はといえば、その衝動的な力の根源はイナリ自身の心なのだ。
     だからこそ、大好きなものの力で被害がでないように。
    「少し頭を冷やしてね――何もかも白く染め上げる自然の力、みせてあげるっ」
     繰り出されたビームは吹雪の如くイナリを襲い、彼女は強く目を閉じる。
    (「イナリもきっと、悪い子じゃないんだ――」)
     闇に囚われていたかつての己を重ね、蓮司は思う。
     古典愛が強いというのは、それだけ情が深いということで。
     ただ、今はそれが暗く澱んでいるだけで。
    「なぁ、こんなことやめて、俺たちの学園で一緒にヒーローやらないか?」
     日陰でこそこそするより、日向で笑う方がきっと楽しい。
     蓮司の誘いに、イナリは変わらず、ひひっと笑った。
    「ヒーロー……豪傑ってヤツだな?」
     まぁ、そんなところだろうか。
     頷いた由良はキャリバーとともにイナリへ走る。
    「でも、今のままじゃ、程遠いわね」
     可愛かろうともふもふだろうと、神格化されていようと関係ない。
     このまま進めばダークネス。それが事実だ。
    「だからここで、裁きを受けなさい!」
    「ぎゃんっ!」
     巨大な縛霊手に殴り飛ばされ、獣めいたイナリの悲鳴があがる。
     着物だけではない、もはや身体もぼろぼろだ。
     だが、尚も不敵な笑みを絶やさぬ彼女に、いろはが穏やかに語りかけた。
    「古典の良いところは、あらゆるものに魂が宿ると信じられているところでしょう」
     けれど、今のあなたはどうでしょうか。
     闇に堕ちかけた魂は、何を想うのでしょう。
    「心を失っては『愛』という字にはならないのですよ」
    「……――ひひっ!」
     いろはの言葉に、イナリはぱちんと一つ瞬くと、嬉しそうに声を漏らした。
    「心を失っちゃ、『恋』にもならんわな」
     ――と。
     言葉で戯れるイナリに、もう一歩と紫苑が踏み込む。
    「イナリちゃんは本当に古典が大好きなんだよね」
     じゃあさ。
    「どんな古典が好きだった?」
     イナリちゃんが愛した古典を、もっとちゃんと思い出して?
     紫苑だって古典が好きなのだ。
     だからこそ、イナリを曲がったままに終わらせたくない。
    「アタシは、」
     イナリは間を置き、しかし迷うことなく答えを返す。
    「強さも弱さも腹に呑んで、守るべき人のため、あらゆるものと渡り合う……そんな愛(かな)しい話が大好きだ!」
    「……そっか。じゃあ、闇に負けてちゃだめだよね」
     紫苑の口に微笑が灯る。
     イナリの想いに応えるように斬りかかる紫苑の影、そしていろはの神薙刃。
    「イナリさんの為に調べた於佐賀部狐の古典、すごく面白かったです」
     拳を構え、イナリに踏み込んだ静菜が言う。
     小姓の勇気に応える心意気も、人を殺さぬ信念も。
    「今度、もっと色々なお話を教えてくださいね」
     約束の言葉、想いを載せた拳がイナリに届けば、照れくさそうに彼女は笑う。
     だが、疲弊しきった身体は思うように動かない。
     力を失いぐらりと揺らぎ、そこですかさず、一馬がその身を受け止めた。
     そしてそのまま、彼は大きく跳躍する。
     夜空を背負う一馬の姿は、まるで飛び立つ白鷲のようで――。
    「終わらせようぜ、イナリ」
     短く言うと、イナリはひひっと笑って、おうと答える。
     それは全てを任せ切ったように。
     ま、悪くないか、なんて呟いて。
     近づく地面。
     全身に走る衝撃。
     それら全てを受け止めて、彼女は意識と闇を手放した。

    ●狐と辿る帰り道
    「イナリちゃん、大丈夫?」
     ぱっちりと目覚めたイナリを由良が覗き込む。
     ざっと見る限り、命に関わるほど深い傷もなさそうだ。
    「ん。ちょっと痛いけど……そんなことより……、はぁ」
     溜息を洩らし、イナリはくるんと丸くなる。
     布教は失敗しちゃうし、知名度も上がんないし、世界はキツネ色じゃないし――ぼそぼそ聞こえる声から察するに、不貞っているらしい。
    「え、えっと、私も協力するから、一緒にみんなに知ってもらう方法を考えよう?」
     紫苑の言葉に、イナリはちらっと振り返る。
     そりゃあキツネ色な世界は困るが、紫苑は一先ず笑顔を浮かべた。
    「私達の学校に行きましょう。解ってくれる人もいますよ」
    「……ほんと?」
     闇沙耶が誘えば、イナリは案外素直に反応する。
     そんな彼女に、蓮司も「そうだな」と頷いた。
    「いろいろなクラブもあるし、古典を広める仲間も見つかると思うよ」
    「えっ、じゃあ行くっ!!」
     イナリはあっさり陥落した。
     相当に餓えていたのか、予想以上のちょろさだった。
     いや、いいことなのだけど。
    「クラブといえば、俺は学園じゃ『梁山泊』ってクラブの部長をしてるんだ。イナリみたいに古典に詳しくて可愛い部員なら大歓迎だぜ?」
    「かわ……っ、え、えっとっ!!」
     差し伸べられる一馬の手。
     突然のことにわたわた取り乱すイナリ。
     だが、一通り慌て終えると、差し出されたその手をしっかと握った。
    「百八人の中じゃ、アタシは断固李逵派なんだ」
     びしっ。
     その瞳はきらっきらに輝いている。
     そりゃあもう、先ほどの戸惑いが微塵も見えないほどに。
     結局のところ、彼女の頭は使いすぎるとそちらの方面へ落ち着くらしい。
    「……てか、狐でも梁山泊に登れんの?」
     ぽそっと口をついた疑問は、静菜が笑顔で保証する。
    「大丈夫ですよ、きっと!」
     かくいう彼女も梁山泊の一員。
     一馬部長が誘うんだから大丈夫だ。きっと。
    「ちょうどテストもあるし、よかったらボクにも古典を教えてね?」
     くすくす笑ってシュネーが訊けば、イナリは「任せとけ!」と胸を張る。
     九人で辿る、賑やかな帰り道。
     いろはは小さく微笑を洩らす。
     古典の相場は勧善懲悪。
     そして、懲らしめた悪と手を取り合うのも、もう一つのお約束なのだ。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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