お父さん、大好き!

    作者:飛翔優

    ●少女は問う、答えを探して
     ――いつから、こんな事を続けていたのだろう。
    (「昨日から? 一週間前から? それとも一ヶ月? 一年? 生まれた時からずっと?」)
     わからない、と、少女は一人首を振る。考えても仕方ないと、前だけを見据えて山林の中を疾駆する。父親の命令に従うまま、麓の町を目指していく。
     目的は、命を保つために必要な血の確保。できれば処女のほうがいいらしい。
    「っ!」
     体を震わせ、立ち止まる。息を荒く乱しながら、大樹に身を預けて行く。
     ――いつから、こんな事を続けていたのだろう?
     手を見ても、汚れていないかなんてわからない。記憶を辿っても霞がかったようにぼやけたまま。
     確かなことは、命令だけ。
     父親に与えられた命令だけ。
     それだけが少女の存在理由……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     茜色に染まる教室の中、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は静かな声音で灼滅者たちを出迎えた。
     軽い挨拶を交わした後、説明へと移っていく。
    「一般人がダークネス・ヴァンパイアになろうとしている事件が判明しました」
     通常、闇堕ちしたならばすぐさまダークネスとしての意識を持ち、人間としての意識は掻き消える。しかし、今回は元の人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちながらもなりきっていない状況なのだ。
    「そのため、灼滅者としての素養を持つならば救い出してきて下さい。しかし……」
     もしも完全なダークネスと化してしまうようであれば、その前に灼滅を。
     葉月は静かに頭を下げた後、次の説明へと移っていく。
    「それではまず、今回戦うことになるヴァンパイア……東郷寺仁那さんについて説明しましょう」
     東郷寺仁那、高校一年生の女の子。父親と二人暮らしをしており、共に支えあってきた。時にファザコンの気があると言われる程に父親が大好きな、心優しく快活な少女。しかし……。
    「何の因果か、仁那さんのお父さんがヴァンパイアとして覚醒してしまいました。仁那さんはそれに巻き込まれた形になります」
     山奥の別邸宅に引っ越した二人。仁那は疑問を感じながらも、父親の命ずるままに尽くしてきた。そして……。
    「皆さんの赴く日、仁那さんは始めての犯罪に手を染めようと山奥の別邸から降りてきます。……お父さんの命ずるままに」
     故に……と、葉月は地図を広げてラインを引いた。
    「この線状のどこかで待ち構えれば、山から降りてくる仁那さんと接触できます」
     接触したならば、説得を。
     大好きな父親に命じられるまま、罪を犯そうとしている少女へと。
    「そして、説得が成功するにせよしないにせよ、ヴァンパイアは発現します。ですので、倒して下さい」
     仁那のヴァンパイアとしての力量は八人を互角に相手取れる程度で、防御面に優れている。
     得物は爪。爪に緋色のオーラを纏わせ切り裂き、体力を奪う技。赤きオーラの逆十字で相手を切り裂き、催眠状態に陥らせる技。霧の中に身を隠し、妨害能力を高める技を用いてくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを渡し、葉月は小さな息を吐き出した。
     笑顔を若干曇らせたまま、灼滅者たちを見据えて締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「何故仁那さんが、仁那さんのお父さんが闇堕ちしてしまったのかはわかりません。しかし、仁那さんが罪を犯す事は、本人はもちろん本来のお父さんも望んでいないはずです。ですから……どうか、油断せずに確実な救済を。何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    風雅・晶(陰陽交叉・d00066)
    芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)
    葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)
    暮内・影一(赤月夜行・d09665)
    黒河・壱世(暮れ沈む誰そ彼の色・d11257)
    雨霧・直人(甘党ダンピール・d11574)
    イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070)
    細野・真白(ベイビーブルー・d12127)

    ■リプレイ

    ●茜色の中でひとりきり
     茜の色が木々に久しくない彩りを与えていく夕暮れ時。人はおろか動物の気配もない山中を、灼滅者たちは駆けていた。
     春が近いからだろう。木々の合間には膨らみ始めた蕾が見える。向かい風もどこか暖かさを帯びていた。
     到達した先、大樹のたもとに佇む少女……東郷寺仁那の表情とは対照的に……。
    「こんにちは、こんなところで何をしているの?」
     弾んだ息を整えることもせず、イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070)が話しかけた。
     ワンテンポ遅れて顔を上げたタイミングに合わせ、黒河・壱世(暮れ沈む誰そ彼の色・d11257)も気さくな様子で声をかける。
    「こんな所に女の子一人やと危ないで?」
    「……別に」
     仁那は灼滅者たちを一瞥し、静かな息を吐き出した。
     視線を逸らし、横を向き、獣道に向かって歩き出す。
    「何をしに……いくつもりだ?」
     呼び止めるため、雨霧・直人(甘党ダンピール・d11574)が静かな声を響かせた。
    「……何を知ってるのか知らないけど、あなたたちには関係ないわ」
     振り返らず、けれど仁那は立ち止まる。
    「ふむ……急いでいる所申し訳ないが、そんなに慌てる程の用でも無いだろう。少し小生達の話に付き合って貰えないか?」
     少しだけ開いた心に暮内・影一(赤月夜行・d09665)が言葉を滑りこませ、振り向かせる事に成功した。
    「……何だかよくわからないけど、少しだけなら聞いてあげる」
     道が生まれた。後は、迷わず前へと進むだけ。
     灼滅者たちは小さく頷いて、仁那の説得を開始する。

    ●藍と赤が交じる空
     始めに、前提知識である灼滅者やダークネス、世界について説明した。
     その上で、細野・真白(ベイビーブルー・d12127)が想いを伝えていく。
    「一人で悩んで、泣いてる子を助けてあげてって。届いたんです、仁那さんの声」
     お父さんは変わってしまった。このまま霧の中に仁那も消えてしまったら、怖い命令しか残らずお父さんが大好きな気持ちも忘れてしまう。
     それはきっと、お父さんの願いじゃないと。
    「……」
     溢れるままに伝えた言の葉は拙く、上手くは繋がらない。けれど想いは届いたのか、仁那は瞳を閉ざして行く。
    「……父君の命ずるままに、きみの手をきみが汚して。そして君は、どこへ行くんだ?」
     畳み掛けるかのように、芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)が静かに問いかけた。
    「父君と過ごした日々。父君は、人を殺めることを願う人だったろうか」
    「っ!」
     仁那は瞳を見開いた。
     見据えたまま葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)が繋いでいく。
    「私も家族はお父さんしかいないわ。だから、あなたの気持ちも少しはわかるわよ」
     家族愛が強いのは、悪いことじゃない。だからこそ……。
    「あなたのお父さんは、本当に殺人なんて望むような人だった?」
     強い言葉で呼びかける。拳を震わす仁那の心に。
    「思い出して、お父さんとの思い出を! 優しかったお父さんの姿を! 今度はあなたが」
    「知らない」
     絞りだすように零れた声音に込められていた色は、拒絶。
    「お父さんは、殺せなんて言ってない。さらって来いって、ただそれだけ。あなたたちは何を知っているの? それともやっぱり私を騙そうとしているの?」
     たとえ辿る結末に死が生まれるとしても、今の仁那にその認識はない。
     強い言葉は刃となり、脆い心を傷つける。
     心を刃から守るため、仁那は殻を作っていく。
     このままでは、いずれ……。

    「……そうですね」
     静かな風が火照った肌を撫でた時、風雅・晶(陰陽交叉・d00066)が口を開いた。
    「私は思うのです。言われるがままに従って、本当に幸せをあげられるのか。父親の幸せの為に何ができるのか、自分で考えて行動するほうが本当の意味で幸せにできるのではないか? って」
    「……」
     仁那の表情は変わらない。ただ、少しだけ視線を上げてくれた。
    「父君を一番近くで見てきたのは、貴女でしょう。そもそも、疑問を感じているということは、心のどこかで納得できていないのでは無いでしょうか?」
     閉ざされた心を開くため、問いかけることで考えさせる。
     ぎりぎりの所で踏みとどまっている仁那を、このままダークネスになどさせたくないから……。
    「貴女が納得できていない行動が、大好きな父君の為になるのですか?」
    「……」
     沈黙は肯定か、はたまた思考の最中か。
     いずれにせよ暫く考える時間が必要だろうと、晶は一度口を閉ざす。
     風に、自然の音に、新たに紡がれるだろう仁那の言葉を聞くために耳を澄ませていく。
     しばらくして、仁那は口を開こうとした。
     言葉にすることを心の何処かが拒むのか、音にはならない。
     何度も、何度も、同じ事を続けていく。
     徐々にペースが早くなる。
    「……一つ、ええやろか」
     限界を迎える前に、壱世が静かに語りかけた。
    「さっきも話したように、ダークネスになったら元の人格は隠れてまう。今の父親は、君の知ってる父親じゃないんや」
    「……」
     考える機会を与えたからだろう。拒絶する様子はない。
    「そして、本来の人格が残ったままの君には、灼滅者の素養がある。救済の道が残されとるんや」
     含めた意は、二つ。
     仁那は生きたまま、普通の生活に戻れると。
     父親を救う機会が訪れるかもしれないと……。
    「……本当の父親を救うことができるのは東郷寺さん、あなたしかいないわ」
     ならば、救う役目を担うのは仁那でなければならないと、イリスが真っ直ぐに見据えて伝えていく。
     既に、仁那は盲信から脱しかけている。信頼し、愛している父親の為に一歩を踏み出すだけなのだと、願いにも似た言葉を続けていく。
    「私達がその手助けをする、だから私達と一緒に行きましょう」
     灼滅者へと誘い者の責務として、迷える仁那の救い手として。
     瞳を閉ざし、拳を握り、仁那は小さく震えていく。
     静かな息を吐くと共に顔を上げ、ただ、コクリと頷いた。
    「っ!?」
     刹那、瞳が見開かれる。
     大樹に手を当て身を支え、声にならない叫びを上げていく。
    「……後は私達の手で打ち倒すだけ。それまで、どうか頑張って」
    「風よ舞い踊れ! 癒しのカミも、ご照覧あれ! ……いざ、忍んで参るってな!」
     イリスが身構えたのに合わせ、壱世が灼滅者としての力を開放した。
     総員武装を整えた上で、鎮まりゆく仁那を見据えていく。
    「五月蝿い灼滅者風情が、我に、我が主に逆らうか……」
     否、仁那は既に心の底。
     大樹の傍に佇むは、仁那の心を蝕んでいたヴァンパイア。
     輝きはじめた月が見守る中、救うための戦いが開幕する!

    ●月に導かれた吸血姫
     マントを後ろに払いのけ、影一は恭しく一礼した。
    「お会いできて光栄の至りだ、吸血鬼の姫よ。目覚めてせっかくの所申し訳ないのだが、さっさと彼女の中にお引取り願おうか」
     返事を待たずに切りを広げ、己等の力を高めていく。チェーンソー剣を引き抜いて、エンジンを温め始めていく。
    「……ヴァンパイアの誇りを忘れた雑種が。分をわきまえよ」
    「断じて、小生は吸血鬼などではない。怪・人だ!」
     反論とともに盾が、刃が集うヴァンパイアの懐へと飛び込んで、騒音響く刃で斬り上げる。
     軽快なステップで避けられながらも、更に跳躍して距離を詰めた。
    「どちらでも良い。我には関係のないことだ」
     その胸元を、緋色に輝く爪が切り裂いた。
     深く食い込んだと確認し、夢乃が歌声を響かせる。
     影一に刻まれた傷を癒すため。
     歌詞には仁那への想いを、救済の願いを織り込んで。
     僅かにヴァンパイアの動きが鈍る中、晶が横合いから切り込んでいく。
    「……」
     右手で鎬に白い筋の通った黝い刀身の小太刀を、左手で鎬に黒い筋の通った白い刀身の小太刀を振るい、十字の傷を刻んでいく。
     仲間と同様、仁那を救済するとの決意を込めて。
     心が負けてしまわぬよう、早々に畳み掛けてしまおうか。
     仁那の想いも優るのか、ヴァンパイアの動きは鈍い。特筆すべき被害はなく、戦いは早くも終盤戦に突入した。

     真白は歌う、高らかに。
     仲間を癒すだけではない、ヴァンパイアの奥に眠るに何も届いて欲しいと。
     泣いているはずだから。大好きなお父さんと別れなければならない現状に、
     別れなければ、きっとお父さんも悲しんでしまう現状に。
    「――」
     想いを重ねるうち、真白の瞳からも自然と涙が零れてきた。
     拭うことなく歌い続け、抗う仁那へと示していく。
     力はコントロールできるのだと。そうすれば、明るい未来に繋がるはずだからと。
    「……五月蝿い、止めよその歌を」
    「……っ!」
     頭を押さえるヴァンパイアに、イリスが漆黒の弾丸を撃ち込んだ。
     睨みつけられても動じずに、指輪に力を込めていく。
    「君はこのままでええんか?!」
     気を取られているうちにと、壱世が横合いから殴りつけた。
     二歩、三歩と移動を余儀なくされたヴァンパイアの正面にて、直人が逆十字を放っていく。
    「仁那……」
    「く……」
     ふらついていくさまを見ながら、直人は言葉を続けていく。
    「認めるのは怖いことかもしれない、だが、このままではお前もお前の父親も、闇に呑まれて消えてしまう。頼む……俺たちの手を、取ってくれ」
    「黙れ!」
     破れかぶれに繰り出された爪が、直人の腹を引き裂いた。
     故に後方へと気を配る余裕はなく、傑人の盾がぶち当たる。
     ぶち当てたまま力を込め、ヴァンパイアの体を抑えこむ。
    「僕とて、愛する人が生きるために必要だからと血を求めたら、その通りにしてあげられたらと、思う」
     動けぬ耳元に語っていく。心のうちに届くよう。
    「けれどそれは正しく見える反面、悲劇を生む。……そうなってしまうと、自分から止めない限り、悲しい連鎖は続くんだ」
    「はっ!」
     跳ね除けられ、されど表情は変わらない。ただただ盾を構え直し、言葉を紡ぎ続けていく。
    「だから、愛するからこそ、できることがあるんだ」
     静かな言葉とともに、再び盾を構えて突撃する。
     ぶちかまし吹き飛ばしたその先で、影一が身構えていた。
    「同胞よ。今一度人の中に眠れ。次もまた小生達が貴殿をもてなしてやろう。では、さらばだ」
     ギザギザの刃を一閃し、大樹へと体を叩きつける。
     言葉も残さず倒れ伏し、ヴァンパイアとしての姿が砂粒のごとく崩れていく。
     後に残されたのは一人の少女。
     月明かりに照らされて、静かに眠り続ける少女。
     救済の証にほっと息を吐き出して、灼滅者たちは介抱のために動き出した。

    ●未来は月明かりに照らされて
     優しい風に揺すられて、仁那は静かに覚醒した。
     起き上がるなり全てを理解し、ポロポロと涙をこぼしていく。
     口から出てくる言葉は謝罪。灼滅者たちへと向けた。
    「ごめんなさい、私、私……」
    「……」
     泣き続ける仁那の体を夢乃がそっと抱きしめて、背中をぽん、ぽんと叩いていく。
    「大丈夫、あなたは救われた。だから、今度はあなたがお父さんを救って上げる番よ。お父さんの暴走を止められるのは、あなただけなんだから」
    「救う手立てもあるはずだ。探せばきっと」
     傑人も優しい言葉を投げかけて、静かに微笑み頷いた。
     しばらくして、仁那は首を横に振る。顔を上げて、真っ直ぐに灼滅者たちを見つめていく。
    「迷惑はかけられない。いつ、お父さんが……お父さんの姿をしたバケモノが手を汚すかもしれない。だから、その前に……」
     方法を探す時間で被害が増えたら、それこそ本末転倒だから。
     だから、希望は欠片しか持たずに立ち上がる。お父さんを止めるのが最優先と。
     それでも、晶は願った。
     できうることなら、仁那の父親も救いたい想いに違いはない。救えたら、それ以上に幸いなことはないのだから……。
    「違うよ、仁那さん」
    「……え?」
     頭を下げようとした仁那に、真白が静かな想いを投げかける。
    「ひとりじゃないよ、僕たちがいます。僕たちがいるから、僕たちも一緒にさがすから……だから、お父さんが大好きなままで、いいんだよ」
     前向きに心を閉ざして後ろ向きに父親討伐のための行動を始めようとした仁那に、一番大切な事を教えるため。大切な想いを伝えるため。
     涙が、零れた。
     再び、仁那の瞳から。
     悲しみではなく、喜びの。仁那自身も認識してはいなかっただろうけど。
    「お前の手で開放してやろう。俺たちと一緒に、な」
    「……はい」
     しっかりと頷いてくれたから、直人はほっと息を吐く。解かれた緊張に誘われ、自然に学園へと誘って行く。
     月明かりが輝く中、新たな仲間がまた一人誕生した。
     灼滅者たちを祝福するかのように、星々も一層瞬いて……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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