蠅叩きの塔

    「あの……これって、どういうことですか?」
     年の頃は中学生か高校生、大きなバッグを胸の前で抱え、髪はバサバサ、着ている物も薄汚れた感じでいかにも家出中といった格好の少女がおどおどとした様子で尋ねる。
     ここは都内某所にある高層マンションの最上階。
     窓から見下ろす夜の街は天の川のような眺望で、今少女がいるリビングも広さは言うに及ばず、家具や調度などから庶民には手の届かない値段である事が一目で分かる。
    「そう固くなるなって。夜はこれからなんだから、俺達と一緒に楽しもうぜ」
     そう少女に向かって言う男は、まだ学生と思われる年格好で、しかも少女を前にして下卑た欲望が顔に表れており、このマンションが彼の家族の経済力によるものである事は明白だった。
    「おい、何でこんなの連れてきたんだよ?」
     数人いる仲間のうちの1人が、怪訝そうに尋ねると、男はヘラヘラと笑みを貼り付かせて答える。
    「いつも町のクラブで踊ってる女を誘ってばかりじゃ飽きるだろ? それによく言うだろ、食いもんは腐りかけが一番うまいって」
    「だから蠅も良くたかる」
    「そうだな──って、お前!?」
     会話に割り込んできた方向を男達が振り向くと、少女が先程までのおどおどとした態度から一変、ニヒヒヒと笑いを漏らしながら、バッグから金属バットを取り出す。
    「ほいっと」
     いささか軽い調子で、少女が無造作にバットを振り下ろすと、彼女の前にいた男の頭がスイカのように粉砕され、血と脳漿が周囲に撒き散らされる。
    「な──何だよこれは!?」
     一瞬呆気に取られた後、見当外れな質問をする男の仲間達に、
    「何って、素手で蠅なんか潰したら汚いじゃん」
     さも当たり前のように少女は答える。
    「ひっ──うぁぁぁぁぁっ!!」
     その答えに、遅まきながら男の仲間達はパニックに陥り、先を争って逃げ出そうとする。が、
    「4番バッター、バットを振りかぶって、ホームラン!」
     少女が野球のスイングで1人の腹を強打すると、血混じりの泡を吹きながら倒れる。その後も少女は、
    「めーん!」
    「ホールインワン!」
     などと叫びながらバットを振り回し、その度に死体が増えていく。そして──、
    「ん~」
     死屍累々の空間と化したリビングを見回しながら、少女は一息吐く。
    「な~んだ、来ないじゃん、半端者達」
     いささか残念そうに少女は独りごちるが、
    「ま、いいや。他の部屋に住んでる蠅も片っ端から潰しながら降りてって、途中でやって来れば良し、来ないなら来ないで構わないし」
     そう気を取り直すと少女はバッグを拾い、血塗れのバットを片手に玄関へ向かった──。
     
    「先日から、武蔵坂学園の灼滅者を闇堕ちさせようと、六六六人衆が挑発するように一般人を大量虐殺する動きが度々察知されているのは皆さんご存じですね」
     重い表情で、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は教室に集まる灼滅者達にそう話を切り出す。これらの事件で動いている六六六人衆の中には400番台の序列に入る者もいるそうで、話を聞く灼滅者の表情も一様に固くなる。
    「今回動くのは序列470位、飯沼・梓(いいぬま・あずさ)という女の子で、家出少女のような格好で町を歩いて、声を掛けてきた人を金属バットで殴り殺すというのがスタイルのようです」
     声を掛けてくる人には、純粋な善意でという人もいれば、下心がある人もいたりと様々だが、一切区別無しで殺す所がいかにも六六六人衆と言った所か。
    「400番台となれば、皆さんの力を合わせても、更には闇堕ちしても、虐殺を止めるので精一杯かも知れません。むしろそれが向こうの狙いなのでしょう。けれど、放っておけば沢山の一般人が犠牲になってしまいます」
     まさに敵の思うつぼと言った所だが、それでも動かないわけにはいかない。黙って拳を握り締める者、歯ぎしりする者、机を叩く者など様々だが、灼滅者達の目は敵に対する怒りと戦意の光に溢れていた。
    「梓さんは都内のある高層マンションの最上階にある部屋に、誘い込まれたふりをして入り込み、彼女に対していかがわしい目的を持った男達数人を金属バットで殴り殺した後、マンションの他の部屋の人達を片っ端から殺していくつもりのようです」
     言うまでも無く梓にはバベルの鎖の力による予知があるので、灼滅者達で事前に罠を張って誘い込んだり、マンションの住人を人払いしたり、待ち伏せするなどはできない。
    「向こうの予知をくぐり抜けて梓さんと戦えるのは、彼女がマンションの部屋でバットを出した時だけです。その瞬間に中へ踏み込んで戦いを挑んで下さい」
     そこまで姫子が話した所へ、
    「その時じゃないと駄目なのか? その六六六人衆が、部屋にいる男どもを殺した後じゃ駄目か?」
     鳴瀬・慎一郎(中学生殺人鬼・dn0061)がそう質問をしてくると、
    「駄目に決まってます」
     言いたい事は分かりますけど、という表情で、姫子は即答する。他の灼滅者達も似たり寄ったりの表情で慎一郎の方を見る。
    「梓さんは、黒死斬、鏖殺領域、ロケットスマッシュ、マルチスイングに酷似した攻撃をしてきます。序列が序列ですから攻撃自体も強力ですけど、性格的に次に何をしてくるか分からない所もあるようで、そこの所も注意して下さい」
     そんな敵を相手に、一般人を部屋から追い払いつつ戦わなくてはならないとなると、相当に厳しい戦いになる事は間違いないだろう。
    「今回の第一の目的は、一般人の人達を梓さんによる虐殺から守る事です。向こうは皆さんを闇堕ちさせるつもりのようですが、1人も闇堕ちしないで敵を止められればそれに越した事はありません。どうか皆さん全員、無事に帰ってきて下さい──」
     そう姫子は説明を締めくくり、灼滅者達に向かって一礼した。


    参加者
    桜埜・由衣(桜霞・d00094)
    科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)
    伊舟城・征士郎(銀修羅・d00458)
    九井・円蔵(デオ!ニム肉・d02629)
    久織・想司(妄刃領域・d03466)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)
    黒崎・紫桜(葬焔の死神・d08262)

    ■リプレイ

    ●強行突入
    「おい、何でこんなの連れてきたんだよ?」
     ここは都内某所にある高層マンションの最上階。高価な家具や調度が揃った広いリビングに集まる男達の1人が、今夜の『お楽しみ』の相手として連れて来られた、いかにも家出中と言った感じの薄汚れた少女を顎で示しながら訪ねる。
    「いつも町のクラブで踊ってる女を誘ってばかりじゃ飽きるだろ? それによく言うだろ、食いもんは腐りかけが一番うまいって」
     そうリーダー格の男はヘラヘラと笑みを貼り付かせて答える。彼らが獲物と思っている目の前の少女が、実は捕食者である事に、全く気づいていない。
    「だから蠅も良くたかる」
     少女──飯沼・梓は男の言葉にそう返すと、おどおどとした少女の演技を辞め、バッグから金属バットを取り出す。そして蠅でも潰すように目の前の男の頭を叩き潰そうと振り上げようとした瞬間、ベランダの窓ガラスが割れ、同時に玄関からも激しい音が聞こえてくる。
    「ヒヒ、半端者デリバリーサービスですよぉ!」
     鋭い目つきに陰湿そうな笑みを浮かべ、九井・円蔵(デオ!ニム肉・d02629)が叩き割った窓から入ってくると、彼と同じく1階下の部屋から壁歩きで上がってきた灼滅者が3人、続いて入ってくる。
    「何だお前ら、勝手に入ってガラスまで割りやがって──」
    「うるせー、死にたくなけりゃどっか行け!」
     予想外の事態の連続に、それでも食って掛かるリーダー格の男を、科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)強引に押しのけて梓の前に出ると、他の灼滅者と玄関からドアを破って入ってきた者達も合流して梓を取り囲む。
    「そうそう、一般人の方は速やかにご退場願います」
     玄関組の伊舟城・征士郎(銀修羅・d00458)が愛想の良い笑みで丁寧に言いつつ殺界形成を展開する。
    「オラ、さっさとそいつから離れろ! 逃げろ!」
     同じく玄関組の鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)が続けて叫ぶと、男達はヒィィッと声を上げながら逃げていく。まあ彼のいかにも不良といった風貌で凄まれれば、殺界形成がなくてもたいていの一般人はそれ以上の関わり合いを避けようとするだろう。
    「それじゃ鳴瀬さん、すみませんが彼らの避難誘導をお願いします」
     プラチナチケットでマンション内に灼滅者達を潜入させた久織・想司(妄刃領域・d03466)が言うと、
    「分かった、できるだけ早く戻る」
     いささか不機嫌そうな口調で、玄関組の鳴瀬・慎一郎(中学生殺人鬼・dn0061)が答える。
    「シンイチロウ、早く!」
     サポートとして参加している慎一郎のクラスメイトのクリス・レクター(ブロッケン・d14308)が玄関から声を掛けてきて、慎一郎は部屋を出て行く。
    「あまり気が進まないようでしたね」
     ベランダ組の桜埜・由衣(桜霞・d00094)が言うと、
    「避難誘導してる間は戦いには入れないからな。まして誘導する相手が相手だし」
     かつて闇墜ちしかけた慎一郎と戦った事がある北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)が答える。
    「ったく、最初から狙うなら俺達だけにしておけよな……」
     玄関組の黒崎・紫桜(葬焔の死神・d08262)が梓に向かってぼやくと、
    「なら携帯の番号とメアド教えて」
     即座に答える梓に灼滅者達はずっこけかける。
    「ふざけてんのかコラ!」
     六六六人衆470位という未知の相手を前に、それでも思わず日方が叫ぶ。
    「アタシはマジメだよ~ん。だってこれからお仲間になるかも知れないじゃん?」
     そう梓が答えるや、梓の姿が灼滅者達の前から消えた。

    ●蠅叩きの大爆笑
     梓が征士郎のビハインドの目の前へ瞬時に距離を詰めたと、灼滅者達が一瞬遅れて気付いた次の瞬間、野球のスイングで遠心力の乗った打撃を頭部に叩き込まれ、ビハインドは消滅する。
    「こんなのに頼らないで、直で遊ぼうよ」
     ビハインドを瞬殺したバットで肩を叩きながら、梓は言う。
     400番台の力を目の当たりにして、言葉にならない恐怖が由衣の中で沸き上がるもぐっと飲み込み、鏖殺領域を展開させると、彼女と同じディフェンダーの2人も動く。
    「……外道の下らない遊戯と戯れる気はありません」
     静かな、だが怒りの籠もった口調で言いながら、征士郎は前衛にワイドガードを張る。
    「殺す事にしか価値を見出せない奴らに、そう簡単に思い通りに事は運ばせねぇ!」
     叫びながら日方はシールドバッシュで殴りかかるが、あっさりとバットで防がれる。
    「怖いの? 本当の自分を出すのが」
     間近で梓に囁かれ、日方は「くっ!」と歯噛みしながら後ろへ飛び退く。それと入れ替わりにクラッシャーの紫桜が雲耀剣で斬りかかる。
    「だったら、死神と遊んでみねえか? 飽きるまで俺達が遊んでやるよ」
     そう誘うように言う紫桜に、
    「いいね、とことん遊ぼうよ」
     バットに付いた一筋の傷を見て、梓は楽しげに答える。
    「だったら俺も混ぜてくれよ!」
     続いて同じポジションの既濁も鬼が持っていそうな金棒を振り回して梓に迫る。滅多矢鱈に振り回される金棒は家具や壁を巻き込んでいくが、梓は「鬼さんこちら!」とおちょくりながらヒョイヒョイと避ける。スナイパーの想司もソニックビートで加勢するが、梓は「アハッ、音楽付きなんて贅沢だね!」とさして効いていない様子だ。
     その間にジャマーの円蔵が日方にシールドリングを分け、メディックの千慶もソーサルガーダーで援護しようとするが──、
    「しまった、WOKシールドを忘れた!」
     千慶の絶叫に、
    「「何だよそれ!」」
     他の灼滅者達から突っ込みが入り、更には梓も大笑いする。
    「何その痛恨のミス? 超ウケるんだけど!」
    「うるせえ!」
     半ば苦し紛れに千慶はオーラキャノンを放つが、あっさりバットで打ち返されて壁に穴が空く。
    「そんなに笑わないで頂けますか?」
     由衣が黒死斬で割り込んでくるが、
    「え~っ、これで笑わなきゃいつ笑うの?」
     バットで防ぎながら梓が問う。
    「永遠に笑わなくて良いです」
     由衣にソーサルガーダーを掛けて征士郎が答え、日方が黒死斬で攻撃する。
    「え~、笑い無しで何のための人生なのさ?」
     右足に付いた傷をさして気にせず梓はバットを振り上げると征士郎の頭に振り下ろす。脳天から血を流し、征士郎はふらつく。
     直後紫桜がティアーズリッパーで梓の服を切り裂くが、彼女はこれも気にならない様子で、
    「殺人に不純はモノは不要、二次的副産物も二次的快楽も、要らない。それを付与したり考えたりするっつーのは、限りなく気分が悪いというか、ムカつく」
     そう言う既濁の金棒も
    「カッコいいねお兄さん、でもアタシは違うよ。何だって楽しい方がいーじゃん!」
     そう軽く答えながら余裕で避ける。
    「序列400番台って、所詮は半分にも届かない序列でしょう?」
     そこへ円蔵が、征士郎にシールドリングを与えながら挑発する。
    「言ってくれるじゃん」
     こめかみをひくつかせて答える梓だが、それでも想司の黒死斬を防ぐ余裕は残っているようだった。
    「ガラでもねえポジションやるからそんな失敗こくんだって思ってんだろ? ンな事俺が一番よく分かってるっつーの!」
     千慶が吠えながら閃光百裂拳を繰り出す。だが梓が横に避けたので後ろのソファを壊しただけだった。
    「アンタ面白いから、殴るのは後にしたげる。まずは──」
     そう梓は言うと、征士郎へ滑るように迫ると、幾重ものシールドを破って脇腹を強打する。肋骨が折れ、内臓もやられたのか、盛大に血を吐いて征士郎は倒れる。
    「はい、まずはいい子ちゃん1人退場~」
     軽い口調で梓はバットの血を振り払った。

    ●闇の中へ
     その後も残った灼滅者達は攻撃の手を休めなかったが、大半はかわされるが防がれ、命中しても微々たるダメージしか与えられなかった。対して梓の攻撃は一撃で深手を負わされ、回復のサイキックを使える者が治療するも追いつかず、逆に治療のできる者から先に攻撃されていった。
    「すみま、せんねぇ……」
     額から流れる血を拭う事も出来ず、そう仲間に詫びながら、床に崩れ落ちる円蔵。
    「仕方ない、本業に戻るか」
     既濁は呟くと、金棒を手放して解体ナイフを抜く。
    「さて、一度殺すと決めたら、俺はしつこいよ。 誇張じゃあなく殺されてでも、殺す」
     言うが早いか既濁は既に全身打撲だらけの身体ながら、梓との距離を瞬時に詰めて、黒死斬で彼女の左太股を切り裂く。
    「やるね」
     ニヤリと笑う梓に、部屋に戻ってきた慎一郎が居合斬りで追い打ちを掛ける。が、梓は慎一郎の刀をあっさりとバットで弾いて、
    「軽いね、弱いね、つまんない」
     残念そうに言うと、蠅でも潰すように無造作に慎一郎の頭をバットで叩き、それで慎一郎は床に倒れる。
    「……ここまでか」
     短時間で仲間3人を倒され、紫桜は小さく呟く。
    「柚姫、ごめん。誕生日が、祝えそうにないかも」
     続けてそう呟くと、背中に片方だけ付いた黒い偽翼にもう片方が増え、両方から黒いオーラが立ち上る。そして弾丸のような勢いで梓に迫り、それまでとは段違いの速さのティアーズリッパーで袈裟斬りにする。
    「ほら、飽きるまで帰らないんだろ? もっともっと遊ぼうぜ。お前が死神に恐れるまでな!」
     日本刀に付いた血を舐めながら紫桜が言うと、
    「アハッ、やっと半端者じゃなくなったね!」
     肩から血を流しながら、梓は嬉しそうに叫ぶ。
    「紫桜さん……」
     とうとう闇堕ちを出してしまった事に、由衣は表情を曇らせる。
    「さあ、他のみんなもいい子ちゃんぶってないで、はっちゃけてみなよ。そこから先は楽しい世界が待ってるよ!」
     目的を達成した事でテンションが上がったか、梓は片手でバットをグルグル振り回して迫ってくる。日方はWOKシールドで防ごうとするが、変則的なバットの動きが読めず、側頭部を殴られて倒れる。
    「どうやら、私も覚悟が必要みたいですね……」
     決意の籠もった目で由衣が言うと、彼女の身体が黒いオーラに包まれる。
    「ありゃりゃ、これはちょっとはっちゃけさせすぎちゃったかな?」
     それを見て、流石の梓も相変わらずの口調ながら危険を感じたように言う。
     想司も闇墜ちしようと眼鏡を外しかけていたが、眼鏡から手を離し、
    「既濁さん、急いでここから離れましょう。2人に仲間殺しまでさせちゃいけない」
     想司は言うと、悔しげに歯噛みする。
    「倒れている皆さんにも、よろしく言っておいて下さい」
     心の中の闇に必死で抵抗しているのか、荒い息を吐きながら由衣も言ってくる。既濁はそんな闇墜ちした2人を見て、
    (「殺人鬼ってのは殺しが『出来る』んじゃあない、殺し『しか出来ない』んだ。じゃあその殺しも出来なかったら、何の意味があるってんだよ!?」)
     今の自分とは桁外れの存在を前に、闇墜ちする勇気さえない事に、既濁は心の中で絶叫する。
     だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。痛む身体に鞭打って、倒れている仲間達を想司、千慶とで手分けして背負う。
    「まあ、2人なら上々かな? さ~て、蠅叩きの次は追いかけっこと行こうか?」
     背後から梓の声と、金属の激しくぶつかる音が聞こえるが、既濁達は立ち止まる事も後ろを振り返る事も無く、全力で玄関に向かった──。

    ●残された者達
    「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
     耳元に届く声に円蔵が目を覚ますと、後頭部に柔らかい感触を覚える。数秒して、それが嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)の膝枕だと理解する。
     慌てて円蔵は起き上がり、まだ無理しちゃ駄目と言うイコに構わず周囲を見回すと、そこはマンションの外だった。
    「他のみんなは!? ダークネスは!?」
    「サポートのみんながマンションの他の住人とかを避難誘導してくれたおかげで、一般人の犠牲者はゼロだ。だが……」
     円蔵の問いに、頭や手足に包帯を巻いた既濁が答える。よく見ると一緒に戦った他の灼滅者や円蔵自身も似たり寄ったりの状態だ。だが、紫桜と由衣がいない事に気付いて、伊舟城が言葉を繋ぐ。
    「桜埜様、黒崎様は……」
     言いかけて、伊舟城は言葉を詰まらせ、その後サポートが説明を引き継ぐ。既濁達が撤退してしばらく経ってから部屋に戻ったが、爆弾が炸裂したような惨状の部屋には誰も残っていなかったという事から、その後の顛末は容易に想像が出来た。梓が灼滅されたか逃げたかは分からないが、向こうの目的が灼滅者を闇墜ちさせる事から考えれば、後者の方があり得るだろう。闇墜ちした灼滅者達と関わりのあるサポートの間から、口々に名前が漏れる。
    「クソッ、腕や脚が折れたって、立ち続けてあいつを止めてみせると決めてたのに!」
     地面に拳を叩き付け、日方が叫ぶ。慎一郎も拳を握り締め、
    「あいつ、俺の事を『弱い』と言いやがった! 何のための灼滅者なんだよ! ダークネスを倒せなくて! 仲間を守れなくて!」
     血を吐くように叫び、涙を流す慎一郎。それが心の底から怒っているのだと知っている者達は、声を掛けずに黙って見ている。
     普段から無表情な想司も、その両目に深い喪失感をたたえていたが、イブ・コンスタンティーヌ(楽園インフェクティド・d08460)がスッと進み出てその手を取る。
    「取り戻しましょう、想司先輩。闇の彼方へ完全に墜ちる前に──」
     イブの言葉に、「そうですね」と答える想司。その目は相変わらず暗いままだったが、僅かな光のかけらが入っている。
    「どんだけ笑われたって構うもんか。俺達の役目はダークネスから人々を守る事、そしてダークネスを滅ぼす事だ。見てろダークネス、見てろ飯沼梓、半端者の意地を見せてやらあ!」
     千慶が叫ぶと、他の灼滅者達も一斉に頷く。
     それからゆっくりと立ち上がると、傷のせいでいささか弱々しいが、それでもしっかりとした足取りで歩き出した。
     遠からず臨むだろう、次の戦いに向かって──。

    作者:たかいわ勇樹 重傷:伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458) 
    死亡:なし
    闇堕ち:桜埜・由衣(花天の桜・d00094) 黒崎・紫桜(殺人鬼トゥンク・d08262) 
    種類:
    公開:2013年3月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 18/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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