たのもー、どこか呑気な口ぶりで、青年はがらりと戸を開けた。
「ここに、町一番の強いモンがおるっちゅうて聞いたんじゃがー」
伸びっぱなされてぼさついた赤い髪、長身で体躯の良い身体には黒のジャンバーを着込んでいる。印象は田舎町のヤンキー、そんな風貌の青年が一体何ようか? その道場の師範である男は首をかしげた。
「なんだ君は、まさか道場破り、だとでもいうんじゃないだろうな?」
訝しそうに言った男は、しかし即座に、この青年がそんな生易しいものではないのだと悟る。その直後だった。各々稽古に励んでいた胴着姿の全員が雰囲気の異様さを感じ取り、彼へと、彼の持っているものへと視線を集中させた。
「ここに強いやつがいるっちゅうて、こいつが言ったんぜよ」
唇を尖らせる青年の右手には金属バット、そして左手には……師範の男は一際目を見張る。ぐったりとくたびれている人間、鷲掴むようにその襟が握られていたのだ。子供がぬいぐるみを後ろ手に引きずっている、そんな扱いを受けているその男、青あざだらけの顔面を見た全員が息を呑み、表情を青くした。血に汚れ腫れ上がっていたとしても分かる、紛れもなくこの道場の門下生であった。
既に死んでいる、またはそれに近しい状態にあることは誰の目にも明らかである。
「貴様ぁっ!!」
怒りのあまり男は青年に吠えた。その場の全員が同じ気持ちだ、可愛い弟子を、共に修業した仲間を無残な姿にされた。青年ただ一人に全員から向けられる溢れんばかりの激情、殺意とも取れる戦意に怖じけることなく、今度は青年が首をかしげた。
「……おまんら、獲物は持たんちゅうんか?」
目を丸くして青年は問うた。子供が疑問符を浮かべるようなその瞳は、何故彼らが自分を前にして武器を持たないのか、本当に分からない様子だった。
「……ここは武道を学ぶ場だ、不良ごときを成敗するのに拳は十分すぎるくらいだ」
「……? よう分からんが、ほんら、俺も素手でやっちゃる」
言うと、青年は握っていた金属バットを捨てた。
「お楽しみの時間ぜよ、こいつみたいにすぐくたばりなや~」
気楽なその台詞に男が、全員が青年に吠えてかかる。爆発寸前の怒りに火をつけるのはそれで十分だった。
「それで……どうなったの?」
集められた灼滅者のうち一人が、唾をごくりと飲み込んで問うた。
「一般人が束になったところで、ダークネスは止められません」
もちろん皆殺しにされたと告げる五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の声も暗い、その凄惨な現場を鮮明に予知し、しかも食い止められなかったのだから尚更だ。
「ターゲットはアンブレイカブル、皿鉢 雪(さわち ゆき)です、彼がまた現れるので、そこを迎撃して下さい」
現れるのは、また別の道場。中の人を排除して戦闘に持ち込むのは難しいので、その道中にある広い空き地にて彼を撤退、あわよくば灼滅に追い込んでほしいと姫子は説明する。
通り道として彼は空き地を横断するが、こちらが灼滅者だとわかれば、彼は即座に食いつくだろうとも付け足して。
「えらく好戦的なダークネスなようだが、手強いのか?」
用意されていた、赤い髪の青年の映った写真を人睨みして、灼滅者の一人が尋ねた。
「彼の性質でしょうか、相手の装備によって武器を持ったり捨てたりするようです」
要するに、主に彼と近しい距離で戦う前衛のうち半分でも武器を持っていれば金属バットで戦い、無ければ素手で戦うのだという。
金属バットで戦う場合はやや攻撃力が上がり、素手の場合はやや素早さが上がる、いずれの場合も遠距離攻撃は持ち合わせていないようだ。
風貌、場所、戦闘能力、自身の知る限りの情報を与えつくすと、改めて姫子は一同の顔を見渡した。
「アンブレイカブルの性なのか、戦闘にある程度満足すると彼は撤退してしまいますが、深追いはせず、決して無茶はしないでくださいね」
参加者 | |
---|---|
羽嶋・草灯(グラナダ・d00483) |
椎名・紘疾(クイックシューター・d00961) |
九条・雷(蒼雷・d01046) |
城代・悠(月華氷影・d01379) |
宗原・かまち(徒手錬磨・d01410) |
九条・舞(殲滅の怒涛・d01523) |
レイ・キャスケット(今この時を大切に・d03257) |
柳生・宗無(新陰流霹靂剣・d09468) |
●戦いは拳で
「そろそろ、時間だな」
人気のない空き地に灼滅者だけが出揃う中、その一人である宗原・かまち(徒手錬磨・d01410)が低い声色で呟いた。もうすぐ予知にあった時刻になる。時計を尻目に空き地で待機していれば、それは現れた。
気分良さげに聞こえてくる下駄の足音。ダークネス、皿鉢 雪(さわち ゆき)。その手には情報にあった金属バットの他にコンビニの袋をぶら提げ、もう片手には棒状のアイスが握られている。その気楽さは、これから大量殺人を行う者の雰囲気とはとても思えない。
「ねェ、あんたが皿鉢雪? あんたって強いんでしょう?」
底の高い靴など色気のある出で立ちをした女性、九条・雷(蒼雷・d01046)が放った言葉に、皿鉢は足を止めた。
目についたのは他にも、何人かの若い青年ら。しかし近所の空き地に集まって遊んでいるようにはとても見えなかった。
「おまんら……ダークネス?」
「もうっ、一緒にしないで!」
その予感を助長するように、彼らからサイキックの気配を感じ取って皿鉢は呟いたが、腰に手を当て抗議するレイ・キャスケット(今この時を大切に・d03257)を含め、全員が心外だと表情を曇らせる。
「通りすがりの、灼滅者よ」
溜息交じりにメガネを外しながら羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)が答える。一方で、それをしかと聞いた皿鉢の瞳は輝いた。
「おまんらがあの……すれーやーちゅうんか?」
さぞ美味しそうに舐めていた筈のアイスを簡単に放り捨て、目を丸くした皿鉢はにやりと笑みを浮かべて一同を見つめる。
「灼滅者ね、お兄さん」
「……よ、横文字は苦手じゃき……」
「横文字じゃねぇし」
不良のような見目とはいえ大柄の大人がそんなことを言って頭をかいている姿に、椎名・紘疾(クイックシューター・d00961)はアホだなぁとあくび交じりに呟いた。
「そ、それよかおまんら、俺を倒しにきたんじゃろ? 獲物は持たんちゅうんか?」
皿鉢は一同を見渡して尋ねた。武器を持っている者もいないわけではないが、数えればそちらの方が少ない。
それを目で確認して、皿鉢は握っていた金属バットを捨てた。
「じゃ、不公平じゃき俺も素手でやる」
「おぉ~、なんかよゆーそうでムカつくな~」
「ま、人の気もないし遠慮なくやれるかしら、さて……」
皿鉢の口ぶりが引っかかって九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)が頬を膨らまし、草灯がじりと地面を踏みつける。
開始の合図は、あまりにさりげなかった。
「僕と遊ぼうか、ダークネス」
途端に一変した雰囲気。明確な戦意とサイキックの光を纏った草灯の拳が、皿鉢へと襲い掛かった。
●戦闘開始
「ははっ、あいつらよりか面白そうぜよ!」
草灯の頬を狙った拳を皿鉢は身を翻して躱し、次に繰り出された蹴りを受け止めつつ、皿鉢は愉快そうに笑う。近距離格闘の応酬の最中に、皿鉢は拳を握って大振りに殴りつけた。
あいつらとは被害者のことに他ならない。腕をかざし防御したものの重い反撃に、そしてその言葉に草灯は一瞬表情を歪めると、自身の服の影に手を突っ込んだ。
直後に振り上げられた、鋼色のその鈍い光に反応して、皿鉢は一歩後退を迫られる。
「ナイフ……?」
「言ってなかった? ごめんね」
「むう……」
裂けたジャンバーを見て唸る皿鉢の背後に、更に迫る一つの人影。
「! ……あっぶねぇー、頭に食らっちまうとこだったっち……」
「ふ、ふふふ…! やだァ、滾っちゃう…!」
雷がサイキックの電光を纏った手刀を皿鉢の後頭部目掛け突き出したのだが、振り向き様にガードされる。しかし残念がることなく雷は頬に手を添える。
「あ、右から!!」
「ん?」
指をさす雷の言葉に皿鉢はふと右を向く。すると激しくしなった蹴りが右から……ではなく左の脇腹に叩き込まれた
「隙あり」
「が……っ!!」
「柳生零兵衛宗無…覚えておいて下さい」
「あら、あなたからだったら左だったわね、メンゴメンゴ☆」
ぺろと舌を出す雷の仕草に反省は見られない。そして不意を打つ衝撃に目を見開いた皿鉢へ向け、柳生・宗無(新陰流霹靂剣・d09468)が言い捨てた。
「そして、地獄の獄卒に柳生の恐ろしさを語ると良いでしょう」
その駆動で宙を舞い踊る着物の袖とは裏腹に、続いて繰り出される宗無の熾烈な蹴り技が皿鉢を襲った。脇腹を庇いながらも防御する腕に、次第にダメージが重なってゆく。
「いたた……、けんど、まだまだぜよ!」
「むっ!」
連撃の合間、皿鉢からの拳による反撃に、宗無は攻めを止めて防御する。
その衝撃で地面を滑るように後退した宗無の隣には、城代・悠(月華氷影・d01379)が立っていた。
「っしゃあ、そろそろ行くぜ!」
あたかも野球の素振りのように握った斬艦刀を振り回し、体温の上がった体で悠は吠えると、皿鉢へと躍りかかった。
刀にはサイキックが纏われ、それが振り下ろされるものに強大な威圧を与える。皿鉢は足に荒々とサイキックを纏うと、対抗するべく蹴りを繰り出して斬撃を受け止めた。
激突の最中、互いのサイキックが火花のようにはじけ飛ぶ。
「おまんも、まっこと楽しそうじゃのう!」
暫しの押し合いの後、刀を突き飛ばすと、途端に襲い掛かってきた蹴りをいなしつつ皿鉢は笑った。
「ハッ! 良いじゃねーか! 楽しくて仕方がねぇ!」
戦闘は楽しい、しかし楽しい戦闘には策略が潜む。悠はちらと皿鉢の背後へと目をやってみる。口に出すまでもなくそれだけで、皿鉢は不思議がって後ろを向いてくれた。
「くっ!!」
「油断してんじゃねーよ、誰も来たとは言ってねーだろうがッ!」
二度も引っかかって哀れにも思えたその身体に、しかし悠は若干理不尽な言葉を吐きつけながら刀を振り下ろした。
●喧騒のアンブレイカブル
「あたしの拳はかたいよーっ!」
攻め合いの中、鋼鉄のごとく固められた舞の拳が、皿鉢の胸部へと命中した。
「ぐ……なかなかいいのもらったぜよ」
「むむ、なかなか頑丈だなぁ」
その一撃を受けた箇所をさすりながら、皿鉢は雑把に蹴りを繰り出す。舞は腕を交差して受け止め、衝撃を凌ぎきった。
「っつー、痺れるー。力は凄いな―」
言いながら、手をぶらつかせて痺れを払う。体格差も手伝ってその威力は凄まじく、追撃を躱すべく舞は一歩後退した。
「大丈夫か?」
「ええ、傷はさほどひどくは無かったので。ありがとうございます」
その背後。かざした紘疾の手に淡い光が集まって、宗無の体へと注がれていた。疲労感はともかく、もともとそれほどでもなかった宗無のダメージは一度の回復で消えてなくなった。
「よしっ、俺もちょっくら行ってくるぜ」
「お気をつけて」
「おう」
宗無に答え、気怠さを払拭するように伸びをすると、紘疾は風を切って駆けだした。
「強いな。目が覚めるぐらいに、もっともっと俺を楽しませてくれよ。」
「なっ!」
舞と激闘を演じていた皿鉢が、突如現れた気配に目を見開く。
颯爽と取った背後に皿鉢が反応する前に、黒ずんだサイキックの拳がその背に叩きつけられる。
攻撃と同時に、紘疾は素早い駆動でこちらへと振り向いた皿鉢の死角へと入り、また一撃。相手を翻弄する動きは反撃を容易には許さなかった。
錯乱の中、皿鉢の乱暴に振るわれた腕に、紘疾はひとまず距離を置く。
「……ったく、ちょろっこいヤツじゃあ」
「ま、流石に手玉には取れねぇな」
紘疾は指をぽきりと鳴らして呟く。そして皿鉢の背後へとその指を突きつけた。
「なぁ、後ろ、気を付けたほうがいいんじゃね?」
皿鉢は一瞬目をきょとんとしたが、やがて何かを理解したらしく誇らしげに笑い出した。
「はっは、その手はもう食わんち、残念じゃった」「せーのっ」
(やっぱ、アホだなぁ……)
皿鉢が言い終える前に、背後から聞こえた、男子と女子の揃った掛け声がそれを遮った。
かまちがレイを肩に担ぎ上げ、やや膝を曲げているのに、皿鉢がやっと気付いた瞬間だった。
「よーいしょっとっ!」
「ぐはぁっ!?」
皿鉢目掛けて放り投げるように発射されたレイは、身軽な動作で空中をくるり回転、皿鉢へと到達するころには、かかった重力とサイキックでとんでもない威力になったかかと落としがその脳天へと叩き落とされた。
「~~~~ッ!!!」
「やった! かまちさん大成功っ!」
「よかったな、 だが、あんま無茶すんなよ?」
脳を揺らされた激痛に皿鉢は頭を押さえてしゃがみ込んだ。それをちらと見ながらレイは鮮やかに着地、協力したかまちへ駆け寄ってハイタッチを交わす。
「うう、頭、くらくらしちょる……」
「じゃ、俺が気つけてやるよ」
涙目になってなんとか立ち上がる皿鉢の頬を、かまちは勢い任せに殴りつけた。
拳に纏われていた激しい雷光がはじけ飛ぶ。衝撃のまま呻き声とともにのけ反る皿鉢の首を、遠慮なく掴んで引きずり起こした。
「オラッ!」
「ぐっ!……ぁ……」
ままに首相撲の態勢を維持して、かまちは声を張って渾身の膝蹴りを、皿鉢の鳩尾へと叩き込んだ。
表情を歪め、むせこんでいる隙にもう一発、かまちが構える寸前に、斬った唇から血を流している皿鉢の目がぎらと輝きを得る。
「な……めんなっ!!」
「がっ……!」
不利な体勢を乱暴に振りほどくと、拳を振りかぶり、かまちの頬を殴りつけた。
口内に血の味が染みるのに、かまちは震えるほど高揚した。
「楽しいなぁ、オイ!」
「そうじゃのぉ!」
それからはひたすらに拳の応酬、するとその間に割って入るよう、赤い髪がなびく。
「楽しそうだね~、私も仲間に入れてよ」
気楽な言葉とは裏腹に、閃光を纏った拳を次々と突き出してくるレイに、それらをいなしつつも皿鉢は目に見えて表情を苦くした。
「うっ、おまん、ちょっと怖いし、苦手じゃき……」
「こ……怖いっ!?」
先のかかと落としについて言っているのだろう。その言葉にはささやかな拒絶が見え隠れしていて、直後、怒りに燃えたレイの拳が、皿鉢の顎を天高く突き上げた。
●戦闘、そして……
「ほら、折角だからもっともっと楽しもうよ!」
「ふっとべーー!!」
雷が長い脚で蹴りを繰り出し、それを受け止めつつ反撃へと身構えた皿鉢の背後を、雷光を纏った舞の突きが襲う。
挟み撃ちでは流石に分が悪いと判断したのだろう、皿鉢は飛びのいて距離を稼いだ。
「ははっ、おまんらまっことすげぇ、こんだけやっても潰れんヤツとか、初めてじゃけ」
「黙りなさい、礼も弁えぬ痴れ者め。ここが貴様の墓です」
嫌味でなく、本当に感心したように皿鉢は言う。だからこその悪意に憤りを感じて、宗無は声を荒げた。
「良いねェ、素敵だねェ。あんたみたいな強い奴ってだァい好き!」
「でもー、さすがにちょっと疲れたかも……」
うっとりと雷は言い、隣にいた舞がそれに答えた。その声は少し荒い、二人だけでなく、全員が一様に疲労の色を見せていた。
それでも戦闘は続く、その覚悟はある。
だから、藪から棒に皿鉢が言い出した内容には、全員が目を見開いた。
「おまんらとはまた遊びたいき、疲れたし今日は帰るっ!」
「えっ!」
あまりに気まぐれで唐突な宣言にレイが口を押さえている間に、皿鉢はそこいらに捨ててあった金属バットを拾った。いっそ満足そうに一同に手を振りながら、ぐぐと膝を曲げる。
「また会ったら、絶対遊ぼうな! 絶対じゃき!」
「待ちなさいっ!!」
宗無は構えたが、攻撃に移ろうとしたころには、目を見張るような跳躍で民家の屋根へと飛び乗って、そのまま屋根から屋根へ、皿鉢は行ってしまった。
しばし呆然と立ち尽くす一同に、悠は手を叩いて戦闘の終了を知らせた。
「はいはい仕事終了! お疲れさん、お前ら。」
「本当にふざけた輩です、よもや取り逃がすとは、不覚でした……」
「いや、俺らはよくやったと思うぜ?」
行ってしまったその屋根の先を睨み、悔しそうにしている宗無の隣に重い腰を下ろし、かまちは声をかけた。
各々が、最早誰もいないただの空き地を見渡す、そこにはもう、戦闘の名残であるえぐれた土くらいしか残されていなかった。
「またやるのかしら……?」
やれやれと呟き、草灯はしまっておいたメガネを出して、再びかけなおした。
作者:ゆたかだたけし |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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