彷徨う人形

■リプレイ

　懐中電灯の細い灯りは、照らされた以外を漆黒の闇で包み込んで目に焼き付く。
　西田・葛西（迷い足掻く者・d00434）は幾つか用カンテラを用意していたが、捺木・鈴希（ジンギスカンは味付け派・d01677）も持ってきたライトを取り出して燈火する。灯りが周囲を照らしたのを確認すると、鈴希が先を早足で歩いて行った。
　私道を外れるとそこはもう雑草の生い茂る林の中で、灯りがあっても道を確認する事が困難であった。
　カンテラを持ち上げて周囲を確認する鈴希の後ろから、丁・亮（藍蓮華・d05168）がぴしゃりと鈴希をしかり飛ばす。
「あまりウロウロしないで下さいますか？　灯りを持つなら動かさないで戴かないと、目にライトが焼き付いて見えにくいんです」
　亮は肩越しに手を伸ばし、前方を指す。暗闇の向こうに、ぼんやりと何かが反射している。どうやら、それが門扉であるらしい。
　うっそうと茂った木々の間に、ぽつんと残された廃屋。かつては人が出入りしていた民家であろうに、今は獣も近寄らないような朽ちた建物と化している。
「ねえ、ヘッドライトじゃ駄目？」
　パッとヘッドライトを出してみせると、糸桜・なつめ（魔法使いナッツ・d01691）は頭に付けてみせた。にこりと笑い、そっと葛西がヘッドライトを取り上げる。
「カンテラは沢山持ってきたから、これを室内に取り付けましょう。……女の子がひな祭りで付けるのは、ヘッドライトでなくヘアアクセサリーの方が良いですからね」
「エヘヘ、それじゃあヘッドライトは外そうっと」
　少し恥ずかしそうに笑い、なつめはライトをしまいこんだ。
　もうじき九時、手早く済ませようと葛西は皆にカンテラを渡した。室内で必要な所に取り付けると、灯りを灯して確認する。
　他の仲間が持ち込んだ灯りもあり、戦うにはこれで十分だろう。
　懐中電灯に比べて広い範囲を照らすカンテラは、明るさは低いものの夜間照明としては中々便利なものである。
　しかし、日の暮れた廃屋が不気味であるのは変わらない。
　隣室にひな壇があるのを見て、鈴希はそろりと後ろを振り返る。
「だけどさ、夜のひな壇ってやっぱちょい怖いよな」
　人形には魂が宿ると言われている。
　鈴希が低い声でそう言うと、一瞬皆がしんと静まりかえった。なんだかゴーストスポットで怪談話をしているような気分である。
「人の形をしたモノに、人の心が宿るって話かね」
　伊野原・奈月（テンペスト・d12965）が答えると、鈴希がこくこくと頷いた。
　結局この手の話は誰もが好きなのか、なんとなく話が盛り上がった。殿宮・千早（陰翳礼讃・d00895）も『時間もあまり無いんだぞ』とは言ったが、止める様子は無い。
「人の形をしてたら宿るの？　じゃあ、ぬいぐるみはどうなのかしら」
　荻田・愛流（ただの猫好き・d09861）は鞄につけた猫のアクセサリーをちらりと見ながら、奈月に聞く。奈月も詳しくはしらないが、かわりに千早が口を開いた。
「人に限らないだろう。人が大切にしたものには魂が宿ると言われていて、供養寺にはぬいぐるみも持ち込まれる。そもそもヒトガタのものは呪術に使われやすいからな、流し雛もまじないの一つと言えるだろう」
「じゃあ、人形も楽しいとか苦しいとか考えるのかしら」
　ぽつんと出た愛流の疑問であったが、千早は答える事が出来なかった。何となく認めるのも否定するのも、千早はどこかで迷っているのかもしれない。
「考えるんじゃねえの？　その方が良いだろ」
　煌月・ソニオ（星霜シャングリラ・d12958）が千早より先に、はっきりとそう答えた。
　ああ、確かにその方がずっと……。
　目を伏せた千早の横で、ソニオが人形を指す。そろそろ時間も九時、男雛のお出迎えをしなければならない。
　カードをじっと見つめ、ソニオはふと目を丸くした。気付いたら、少し手が熱くなっていた。やっぱり、緊張しているのかもしれない。
　何かを言いかけ、はっと顔を上げる。
「ああ、来たぜ！」
　闇の向こうに、ぼんやりとヒトガタが現れた。

　豪奢な飾りのついた太刀を左手に掴み、紺色の装束を着た男雛が静かに廃墟に舞い降りる。背には三人の官女を従え、男雛はゆっくりと柄に手をやった。
　まるで人形が動き出したような男雛の姿は、夜闇で見ると一層怖い。
　ずるりと抜き放った太刀を、正面で千早が受け止めた。その細い腕のどこからそんな力が出たのか、と思うほどに強力な一撃に千早が息をのむ。
「お前が守るのは……三人官女じゃないだろう？！」
　太刀を妖の槍で押し返しながら、千早が男雛に言う。千早の攻撃では、ほぼ後衛には手が届かない。
　その為、前衛で男雛を攻めつつ後衛攻撃班の支援をするのが戦闘手段となる。
　引きつけながら攻撃をいなす千早のタイミングを待たず、男雛の攻撃の手元に奈月が飛び込む。千早を守る形になり、奈月が男雛の攻撃を受け止める。
「あたしらを、誘拐犯か何かと勘違いしてやしないか？　悪いが、あんたの探してる人はとっくにこの世に居ないんだよ！」
　槍を旋回させて切り裂く奈月の勢いに、男雛の体が前に傾ぐ。奈月に耳を傾けるように、男雛は太刀を大きく振り上げて切り込んでくる。
　男雛だけではなく、後方からは毒を忍ばせた小柄を官女が放つ。
　それを、奈月も歯を食いしばって受け止めた。
　どこかそれを楽しんでいるように、奈月は男雛の攻撃を受け止め続ける。亮はそれを見て、奈月にも防護符を放った。
「前のめりなディフェンスですのね。でも、そういうの嫌いじゃありませんよ」
　ふ、と笑って亮は身構えた。
　傍に付き従う尾咲とともに、官女を倒すまでの盾となる。

　鈴希が壁にしているキャリバーを背に借りながら、愛流は男雛の後ろに視線を向ける。キャリバーごしにちらりと視線をやると、官女が毒を塗った小柄を次々放つのが見える。
　幾つかはキャリバーが防いでくれ、いくつかは前衛で阻止してくれている。
　だが、このままでは切りが無い。
「治癒はあの真ん中の人ね」
　愛流が言うと、鈴希はキャリバーから顔を出して確認した。
　眉が無いのに気付き、びくっと肩をすくませて引っ込む鈴希。愛流と顔を見合わせると、愛流は気にせず手裏剣を構えた。
　漆黒のエネルギーを込めた愛流の手裏剣が、小柄と交差するようにお歯黒の官女へと放たれる。お歯黒官女の体に突き刺さると同時に、愛流の体にも無数の小柄が貫いた。
「待ってろ、今消してやる！」
　鈴希が指を伸ばすと、愛流はこくりと頷いて呼吸を整えた。
　交替で葛西が氷で官女を攻めるが、官女は容易にそれをかわして小柄を放つ。どうやら、こちらの方が効きがいいらしい……と葛西が呟いて赤い逆十時の閃光で官女を照らした。
　ゆらりと灯りに照らされた葛西は、目を細めて二人を見下ろす。
「お歯黒と眉がないのは、既婚女性であるという印なんですよ」
「え、まじで？」
「じゃあ両脇はフリーなの？」
　鈴希とソニオが同時に聞くと、葛西は笑顔で頷き返す。
　まあ、別に官女に興味があった訳ではないが、はっきりアピールされると何となく見てしまう。べつに興味は無いが。
　重ねて言うと、葛西がふと笑った。
「それじゃあ、既婚者の官女さんに先に退場して戴きましょうか」
「攻撃準備ＯＫだぜ」
　ソニオは葛西に答えると、漆黒の弾丸を放った。影から放たれる黒い弾丸は、中央の官女に集中的に打ち込まれる。
　小柄による攻撃の治癒は後ろに任せ、ソニオと葛西、愛流が隙なく攻撃を繰り出した。風穴を開ける弾丸と閃光は官女の体を蹴散らして吹き飛ばした。
　闇の中に、官女の姿が一人、そしてまた一人とかき消える。
　さすがに毒による集中砲火は、きつかったようだ。
　荒く息をつくソニオに手を伸ばし、なつめが声をあげる。
「煌月せんぱい、後でお雛様作るんだから……今倒れちゃ駄目だよ！」
「おう、その為に来たようなもんだからな」
　にっと笑ってソニオは答えると、構えなおした。
　なつめのくれたシールドが、ソニオの傷を癒してくれたのが分かる。何より、なつめ達仲間から欠けられる声が心地よかった。
　これが、共闘ってヤツか。
　ソニオはふっと嬉しそうに笑うと、男雛に向き直った。
　あとは、一人。

　一撃一撃が強い、男雛の攻撃に亮たち防衛陣はそれでも耐え続けていた。亮は尾咲とともに自分の傷も仲間も支える事で、なつめに頼らずギリギリまで治癒をフォローし続ける。
　相手は自分達を上回る攻撃力、仲間と手合わせするのとは訳が違う。
「ですが、こちらもやられっぱなしではありませんよ」
　亮はそう言うと、ちらりと自分の腕を見下ろした。
　あまりやりたくない方法であった為、使わずに居る。しかしソニオ達官女の攻撃に回っていた仲間が攻撃に加わってくれると、亮も攻撃に転じる事にした。
「迷ってるのか？」
　見透かしたように、奈月が言った。
　悪いな、あたしは言いたい事言っちまう性格なんだと小さく呟きながら奈月は槍で太刀を受ける。受け止めきれない太刀の勢いで、槍を押し込んで奈月の体を切り裂く。
　声を飲み込み、奈月はちらりと亮を見た。
「こいつは影だ。……単なる噂の作り出した、幻だ。あたし達は、とっとと片付けて本物の男雛に女雛を届けてやらなきゃならない」
「……そうですね」
　ぎゅっと拳を握り、亮が前を見据える。
　構えた二人の腕がみるみるうちに巨大にふくれあがり、血管を浮き上がらせる。振り上げた腕は共鳴するように風を鳴らせ、男雛の体へ叩き込まれた。
　太刀を砕き、体を粉砕する。
　切れた装束の切れ端が、まるで折り紙のように風に舞う。やがてそれは、闇の中へとすうっと消えていった。

　割れた窓の外からは、ちょうど月が見えていた。
　三段飾りの敷布を大きく振りながら埃を払っていた鈴希は、月に目を取られて手を止める。ちょうど月がお雛様を照らしていて、とても綺麗だ。
「なんか、お月見でもしたくなるな」
「お月見の前に、片付けとお雛様でしょう？」
　亮は鈴希に言うと、机に向かった。
　埃まみれだった机も拭けば綺麗になった。皆で顔を合わせ、さっそく折り紙を取り出す。中には綺麗な和紙も入っており、もちろん金と銀の折り紙も。
　亮は懐かしそうに目を細めると、それをなつめと愛流に渡した。
「金と銀は二人が使いなさい」
「ほんと？　何に使おうかなぁ」
　嬉しそうななつめの横で、愛流はじっと銀紙を見つめる。使いたかったのか、雛段の片付けをしていた鈴希が何やら抗議しているが、愛流は無言でそれを鈴希の方を差しだした。
「……いいのか？」
「ええ。……その代わり、白い紙をもらってもいい？」
　愛流が聞くと、亮は不思議そうに白い紙を渡した。白ではなく、もっと綺麗な和紙だってあるのに……何を作るというのだろう。
　白い紙を見つめ、愛流は何やらじっと考え込んでいる。
　一方、ソニオは亮に教えてもらいながら人形を折っていた。自立出来るように、おにぎり型の人形である。お雛様はなつめが作る！　という事らしいので、ソニオは別のものらしい。
　お雛様作りは、やはり女の子優先であろう。
　そろそろ何なのか教えてくれてもいいのではないか、とソニオが隣の奈月を見ると、彼女もよく分からず作っているようだった。
「なぁ、何作るの？　これもお雛様か？」
「馬鹿、お雛様何人も作ってどうすんだよ。お前は男雛に愛人作る気か」
　そう言って、ようやく奈月は気付いてあっと声をあげた。
　なるほど。
「五人囃子か」
「アタリ」
　楽しそうに笑い、亮は頷いた。
　頭をかきながら奈月は五人囃子……五人囃子と呟く。ソニオは五人囃子がなんなのか聞いているが、奈月も細かくは覚えて居ない。
「うーん……紙雛は親父がよく作ってたんだけどなぁ」
　千早はとっくに五人囃子に気付いていたのか、黙々と作っている。案外凝り性なのか、和紙を使って重ねたりしている。
　それだけでなく、菱餅まで作っていた。
　結局、なつめたちにかかり切りの亮に代わって千早がソニオや奈月達に教える事になった訳である。
　ようやく戻って来た鈴希が、机に座って期待満々で亮を見やる。銀紙をもらったから、さぞかし凄いモノが作れそう。
「何作るの？」
「そうですね、まだ右大臣と左大臣が居ませんね」
　笑顔で葛西が、鈴希に言った。
　なんだか地味そうで、ひどくガッカリした様子の鈴希。それでも折始めた鈴希の様子を後ろから見守りながら、葛西は灯りをもう一つ手元につけてやった。
　からりと窓を開けると、月の光が差し込む。
　光に照らされた雛飾りの一番下で、愛流が作った小さな猫がこちらを見守っていた。

作者：立川司郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年3月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 5／キャラが大事にされていた 0
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